
2002/09/08母が倒れてから 始まった介護の日々を ここに母が生きていることを 母と妹は四国の徳島 私は東京 実際の介護は 妹がしてくれています。 そして感想として 「お姉さん お母さんの生の情報がもっともっとあったらいいと思うよ。 私の眼からみた母と妹の姿を書いてました。 それが私ができることでした。 数日後 妹から分厚い封筒が届きました。 妹が母の傍で書きとめたメモ帖 手紙 覚書等すべて送ってくれました。 克明に小さな字で 付けられた日記。 こんなにつけているとは… 私もいない。 父は頼りにならない状況で 一人で書きつづけてきたであろう日記。 ひとつひとつ目を通しながら その時々の母と妹の姿が見えるようで 胸が熱くなりました。 これを 載せたい! これを 載せなきゃ意味がない! 妹に「受け取ったよ」と電話すると 「最初から書いてね。同じようにくも膜下出血になった人の家族は 初めから知りたいと思うから 私がそうだったから」といわれました。 それから毎日毎日妹の記録をうちこんできました。 会社で 自宅で・・少しづつうちこんできました。 すぐそばに 母と妹を感じながら そして どこかで同じようにがんばっている介護の仲間を感じながら・・・ 妹の介護日記はこうしている今も続いています。 今日は母にはじめて習字をさせてあげたそうです。 100円ショップで習字道具一式そろえ 子供の習字の教科書をもちこみ 母にかかせたら ヒットヒット!久々のヒット! 「天空」と堂々とした字を書き 自分の名前も書いたそうです。 その作品をピンクの厚紙にはりつけ 病院中のいろんな人にみてもらい 今は母の枕もとにはってあるとのことです。 5分後には自分がしたことをすっかり忘れている母。 でも いいの・・・ たとえ 片っ端から忘れていっても その母の笑顔を私は決して忘れないから。 母も妹も自己最高で今を生きてるんかなと思ったりします。 そしてちょっと恥ずかしいけど わ・た・し・も 。 妹の介護記録を加えて HPのタイトルを変えてみたくなりました。
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