遊邑舎遊邑舎分館HOME概要実際原論遊邑ブログメール

学童保育とは?
(更新2003.01.27)

 はじめて、学童保育に関わる方には、このページはやや取っつきにくいかと思いますので、「学童保育の実際」のページからご覧になることをおすすめします。また、学童保育関連書籍(遊邑舎サイト内)もご利用下さい。

 今では、学童保育という言葉だけはある程度知られる様になりましたが、その本来の意義やその実際の姿はまだ余り知られていないのが現状だと思います。1997年に児童福祉法の中に法的な根拠が作られたにもかかわらず、保育所の様にすぐにそのイメージを多くの人に想起していただけないのは何故でしょう。まさにここに今の学童保育をめぐる諸事情が凝縮されいるのではないでしょうか。この点に留意して学童保育を見ていくことにします。

 また、この小論は学童保育運動に現在関わっておられる方には、蛇足的な内容になっていますが、当ページのもう一つの目的、「学童保育原論(試案)」の完成のためあえて論を進めることとさせていただきます。

CUT−木々 学童保育の定義

学童保育について、代表的な説明(定義)を上げてみました。これらを見ていただくと、学童保育の意味がある程度理解していただけると思います。

 児童福祉法での定義?(学童保育という語を使用していない。)

 「この法律で、放課後児童健全育成事業とは、小学校に就学しているおおむね10歳未満の児童であつて、その保護者が労働等により昼間家庭にいないものに、政令で定める基準に従い、授業の終了後に児童厚生施設等の施設を利用して適切な遊び及び生活の場を与えて、その健全な育成を図る事業をいう。」
 (第6条の2第7項)
 上記の放課後児童健全育成事業が学童保育にあたるとされている。(遊邑舎注)

 辞書・辞典などによる定義
 「親が働いていて放課後の保育が十分保障されない小学校低学年児童に対し、家庭にかわる保育を行う施設・事業。」
 (infoseek検索:現代用語の基礎知識2001年版 (c)2001 株式会社自由国民社より引用)

 「両親が共働きであるなど保護者が不在である学童を,放課後一定時間保育すること。」
 (goo検索:デイリー新語辞典 三省堂より引用)

 学童保育の運動団体による定義
 「・・・・・共働き家庭や母子・父子家庭の小学生の子どもたちの毎日の放課後(学校休業日は一日)の生活を守る施設が学童保育です。学童保育に子どもたちが入所して安心して生活が送ることができることによって、親も仕事を続けられます。学童保育には親の働く権利と家族の生活を守るという役割もあります。・・・・・」
全国学童保育連絡協議会のHPより引用)


学童保育の定義について考える

まだ、草稿案という域を脱してはいないので中途半端で、誤字・脱落・不明解なところもあるかとは思いますが、あえて掲載していますのでご了承下さい。
 学童保育に対する認識の現状
 これまで、幾つかの学童保育の定義を見てきてお気づきだと思いますが、それぞれ若干のニュアンスの違いがあります。それは、学童保育がそれぞれの自治体により異なった名称で実施されている現状と軌を一にしています。また、学童保育という名称が使われているところは、意外と少ないのが実情です。というより、政府や自治体は学童保育という名称を口頭では使用するが、法律や条令では使用を避けて来たといった方が正確かも知れません。

 さらに、学童保育を一般児童(保育を必要としない小学生)の健全育成(遊邑舎はこの言葉には、賛同しません。)に統合する動きが全国各地で流行するかの様に出ることにより、学童保育の実際上の定義がますますぐらつきつつあります。この動きは、幼保一元化(幼稚園と保育所の統合)までエスカレートし、民営化ブーム?の動きとあいまって、保育という定義のおおもとまで迫っています。

 よって、もう一度原点に返り保育や学童保育の定義を再認識し直す事を提案します。もちろん、その原点から微動だにしておられない方や団体もたくさんあるかと思いますが、学童保育の各地での状況を見た時そのことは決して無駄な努力ではないと思っております。

 学童保育の原点に立ち返って
 その原点とは何でしょう。それは、憲法以前に子ども達に保証すべき、「どの子も健やかに育つ権利」が自然権としてあり、憲法をはじめとする様々な条約・法律・条例はそのことを全うする(保育を必要とする子は、幼児であれ小学生であれどの子も保育をうける)ことを子ども達に約束し約束しなければならないという、その精神そのままの確固たる位置に立つということです。とりわけ政府や自治体がその先頭に立たない限り、保育を必要としない子ども達を含めたすべての子ども達の、健やかな育ちはあり得ないんだということです。

 だからこそ、数十年も前に、保育所を卒園し小学校に入学する子を持った親たちが引き続いての保育を求め、当時まだ無かった学童保育所を自らの手で作っていったのです。それ以後も、ぼつぼつできはじめた不特定の児童を対象にして一時的健全育成をはかる児童館では不十分で、やはり対象を一人一人特定して(一人一人の成長・発達に責任を持って)継続的子育てしてくれる小学生のための保育所が必要だったのです。まさに、ここに学童保育の原点とその精神があると思います。(2003.02.08一部改訂)

 参考:遊邑舎本館に「育ち」と「育て」のハーモニー(1)という関連エッセイを掲載しています。

遊邑舎の提案する定義

 一言定義 
 「小学生(学童)の保育」

 簡単すぎて分かりにくいと思われますが、これを「保育」のように万人周知の言葉にすることの大切さは、つぎに展開する詳細な定義を見ていただくと理解していただけると思います。

 詳細な定義 
 「親やそれに代わる保護者が、労働、傷病をはじめ何らかの理由で保育を必要とするすべての小学生を、その保育を必要とする時間帯及び期間、親やそれに代わる保護者に変わって保育すること。それは、国や地方自治体の責任で進められ、実際の運営は、実施主体(自治体など)と、親やそれに代わる保護者及び保育にあたる学童保育士(指導員)と随時協議してすすめられる。また、さらによりよい保育をするために、学童保育施設(学童保育士・指導員)と卒園保育施設(保育士)や就学小学校(教師)との連絡・協議が適宜必要とされる。」(2003.01.27.初稿、2003.02.12.改訂)

 まず学童保育の対象をいわゆる「保育を必要とする」小学生全般に規定し、低学年児童だけに限定しない。

 また、保育をうける時間を放課後や長期学校休業日だけに限定しない。(学校休日でも保育は継続されなければなりません。)さらに病児保育が必要なように、病児学童保育も当然必要で、その時は授業時間中の保育と言うことになります。(これは、幾つかの自主運営・共同保育の施設で行われた実績があります。)

 保育することと、児童一般の健全育成とは明確に区別されることが大切です。(前章参照)


 憲法・児童福祉法などの諸法規は、その精神として国・自治体の学童保育への責任は明確です。このことは、たとえ実施主体が民間であってもいささかも変わりがあってはなりません。

 保育は、実施主体、親やそれに代わる保護者、保育にあたる学童保育士(指導員)の3者の継続的で綿密な協議無しでは、その成果を上げ得ないことは、数十年の学童保育の経験とそれ以上の保育の経験からして、明らかなことだと思います。

 保育施設・小学校との連絡や協議は、必要な時は適切に実施可能な仕組み作りは 、よりよい保育をつくることは間違いありません。

 注:上記の「学童保育士」という語は、遊邑舎提案の造語です。これについては、いずれ論をおこしたく思っております。

Copyright (C) 遊邑舎 2003 All Rights Reserved.
遊邑舎遊邑舎分館HOME概要実際原論ニュース遊邑ブログメール