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*ずいぶんとご無沙汰です。今年は水害が多かったですね。でも梅雨も短かく、夕立も少なかったので我が家は水不足でした。
昨年から《乗馬ライフ》という、馬の総合誌のデザインを手がけ、日々東へ西へ、編集者と駈け回っています。この雑誌以前は名前のとおり「乗馬」の専門誌でしたが、「馬と暮らす・遊ぶ」をテーマに、内容を「馬の総合誌」へリニューアルしました。僕はそれをより効果的に見せるように、工夫しています。デザインというと、ほとんどは卓上だけの請負仕事ですが、雑誌の場合、デザイナー自体が現場に出て、現場を知ることが大切だと僕は思っています。そして、イラストも写真も撮っています。
描くのは初心者向けのハウツーなどが多く、こんな感じです。
《乗馬》というと、たいていのひとが「金持ちの遊び」「西洋のスポーツ」と思いがちですが、実はほんの50年前まで、馬たちは日本のあちこちで、人と共に働いていました。遡れば、日本中馬だらけ、日本は馬の国だったんです。
今は、エコロジーやオーガニック、自然回帰が尊ばれる時代で、無農薬農園も増えてきました。そこで、是非とも戻って欲しいのが、馬です。50年前までは農業に馬は当たり前だったのです。
農家での馬の仕事というと、畑や田圃を耕すこと・・・と僕はイメージしていたんですが、実際には耕す仕事は、年に数回で、ほとんどは運搬と厩肥(きゅうひ)という肥やし作りだったそうです。
馬のお仕事をひとつ紹介しましょう。日本の厩(うまや)は、一般に見る、乗馬や競馬馬の厩舎とちがって、糞尿を片づけません。そこに藁などを混ぜて、馬に踏ませるんだそうです。そうして、できるのが厩肥です。
それを、馬の背に付けたイラストのような器具に入れ、田畑に運びます。左右の袋に厩肥を入れ、袋の下をほどくと、どっと肥やしが撒かれる仕組みだそうです。
春には、田を耕し、秋には収穫物を回収します。戦前は時には、荷役仕事があり貴重な現金収入になったそうです。これを《駄賃》といいうそうです。だから、本業ではない臨時の仕事を《駄賃稼ぎ》というんですね。そして、馬は草を食べますから、雑草取りも得意です。馬は農業の相棒なんですよね。
農業をされているみなさん。是非、馬を飼うことを考えてください。きっと、豊かな畑づくりの相棒になってくれるはずです。今ならまだ、馬で農業をしていた人がたくさん残っていますから、貴重な技術を受け継ぐことができますから。
*馬が、日本の農業や町からいなくなってしまったのは、モータリゼーションだけのせいではありません。戦争にたくさんの若者がかりだされたのと同じように、馬もたくさんかりだされました。上の写真は長野にあるある農家の敷地内にある軍馬の慰霊碑です。軍馬といっても、もともと軍用に育てられたわけではなく、農家の馬が徴用されたものです。ただでさえ男手を失っている農家にとって、馬を戦争に出すというのは、大変なダメージだったと思います。出征の朝には馬の足を丁寧にお湯で洗い、無事に帰って来ることを祈ったそうです。
しかし、残念な事に無事に帰って来られた馬は一頭もいません。そして占領軍は、日本の馬生産や調教の技術を伝授することを禁止し、資料は全て焼かれたそうです。
戦後、日本の馬文化は競馬を中心に復活し、輸入された文化の上になりたって来ました。だから、私達の馬に対する印象が《西洋》なのです。
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