親になって思ったこと

親になって思ったこといろいろのメモです。

まだ娘も小さいし大きくなるとまた考えることも違うと思うし

いつか整理して行こうと思うけれどその前に忘れないように

書いてるめも程度なのでわかりにくい文章沢山あるかと思います。

でも、そんなことまで親のせいじゃない〜とかしょっちゅう

思い言いたいこと沢山・・・なのです。

更新の新しい方が上になっています。

言葉の遅い子の親3〜娘の場合

(話の流れからいくと下の2から読んでもらう方がわかりやすいかも)

娘の場合2ヶ月早く936グラムという極小低出生体重児で産まれたので

常に大きくなったね〜と言われ続けまあほとんどのことが

小さく産まれたからのんびり成長しても当然よねで、育ち、

1歳半健診で「1歳半だと意味のある単語5個くらい言えて普通です」

それは実際にはちょっとハードルが高いかも。。と後から知りましたけど

それで別室での言葉相談、発達心理相談へまわり、

市で言葉の遅れの心配な子のための遊び教室の月一回に3回通い

今は週一回へ行ってます。

この週一回に変わる頃から言葉はどんどん増えてきていて

とりあえず一段落の心配は終わっても良い感じだけど、

うちの子微妙に好奇心の固まりで元気が良くて、幼稚園、小学校で

とりあえず机に座っているとか出来るようになるのかなあと、

そんな先まで今から解るわけないことだけど心配になったりしてます。

2才の子の集中力はそんなにある訳じゃないし、

娘は遊び広場以外に1歳児の体操教室へも行っていて、

極端に目立ってついていけない程でもない気もする

(気もするだけで本当はどうも落ち着きのない子と思われているのかも)

文字通り微妙。今からはつきり障碍の診断がつくことはないのだけは

確かなんだけど、言葉は不適切だけど、普通というのか

とりあえず特別心配もしないで幼稚園、小学校と集団生活についていける子

の仲間かどうか微妙だったりついていけるぎりぎり微妙だったりする子の

親の心配とか困惑は、これがほんと実際当事者じゃないと全然

わかってもらえない感じですね。

娘の場合特に、社交性があってノリノリで実際その場だけだとかわいいし、

極端に例えば親とよその人の区別がないとかそんなんでもないし、

無謀なことも極端にはしないし、で、どうしてそんなに心配すると

聞かれたらう〜んと。。親の私だってなんで心配するのかなと

思うんだけど。。

人見知りしない、構ってもらいたい。

(といっても外見の恐そうな人とかは区別して遊んでくれそうな人を選ぶンだけど)

のりのりで、でもそういうのって2才3才はいいけど、

年齢が上がると相応にTPOとかコミニュケーション能力が伴わないと

絶対トラブルメーカーだろうし、

まあそれはかなり極端なマイナス査定過ぎるけど

このくらいの年齢の子って意味もなくきゃ〜きゃ〜

つるんで走り回るだけで楽しいとかそういうのあるんだけど、

どうも娘は構ってもらうの大好きなので

その扇動を頻繁にしていて、いいんだけど、

興奮してるから転んだ転ばされた等々とにかくそんな心配ばっかりとか

あるいは、一緒に遊びたい、他の子が遊んでいると気になる。

割り込むのが上手でちゃっかりしていて、

公園とか児童会館とかでどうもまわりのママとかよその子にも気を配って

更に娘のことも気を配るなんてのはストレスにしかならなくて、

でも、どうも娘の雰囲気みていたら幼稚園に入れる前に

子ども慣れというか集団行動って慣れていかないといきなりは難しいかなぁと

思ったりしていて、

でもこれが専業主婦していると公園か児童会館くらいしか

同じくらいの子がいるところもないし・・。

30後半で産んだら友達の子どもって小学生になっていたりが多いしね。。

それが市のその遊び広場は

「おかあさん好きに遊ばせて良いのよ」と言われるくらいで

娘にはあっていたので遊び広場は集団健診で紹介されないと

(つまり言葉の遅れとかどうみ他の子と違う気がするとか心配があるからいく

ということ)

行けないので、うちの娘っ遊び広場が必要じゃない子とどこが違うの?とか

これからって福祉制度説明会もあったりそういうのと

無縁な子は無縁なのになあとか思ったり複雑な気分なのも本当だけど

とりあえず、娘にはあっている遊び広場に繋がったし、

心配してよかったかなと思うことにしてます。

娘の場合、最初に出会った発達心理の専門家の説明が

凄く良くて、言葉の芽という言葉に繋がる色んな下地というか

言葉ってちょうどほんと沢山地下の根から沢山養分吸って

それで喋るわけでその手前の言葉の芽、これの娘の

その時の状態についても実際娘と遊んでくれながら説明してもらい

更に遊び広場、まだ乳児に近いくらいから微妙な子たのめの遊び広場みたいな

のもあったり、

自治体や出会う専門家によってもの凄違いがあるようで

1歳半で言葉言えないと

「まだ喋れないなんて、馬鹿じゃない?」と小児科医に言われた実際もあるし

あるいは言葉は伸びるタイミングにあわないとどんなことも無駄だし

だから必ずしも心配した方が良いとは言わないけど、

もし自分の子に障害があってもあるなら診断につながっていい療育に繋がる方が

実は苦労が減るようだし、

難しく、子どものへの全責任とか、全面愛、とか障碍を含めて

受け入れられるかどうかとかそれ考えると重いし

深く考えないでとりあえず自治体のサービスとかに繋がったり

相談してみるといいですよ。

そのうちにそうまでしなくてもよかったのねって程、喋っているかもしれないし

でも、取り越し苦労って格好悪い気もするけど、

でもそれも親の愛情なんだし。。

2才前後の言葉の遅れは、「みんな大丈夫」とは限らないのです・・



言葉の遅い子の親2


こどもは1才前後から言葉がででくるようになるのですが、

なかにはのんびり成長する子達も多いのですが、

いろいろ知るときっとラッキーだったと思うのですが

娘の場合、1歳半健診で意味のある言葉一つも言えてなくて、

はじめてそれで言葉の遅い子なんだと気がつき、

親の感覚としては指摘されて気がついてああそうか、

だからどうもよその子に比べてなんかちがうなぁと感じていたのは

娘が幼いからなのねと思い、じやあ心配しようと思ったんだけど

でも今の常識は

「うちの子も言葉は遅くて心配したけど(あるいは知り合いの子)

2、3才からうるさい位喋っている今から心配したり気にしなくて大丈夫」

心配するんじゃないと否定(言う側は励ましだけどね)されます。

あるいは「遅いとか早いとかよその子とくらべてどうするの

成長はみんな個性でしょう。」

とかなり私としては見当はずれに思うお説教する人もいる。

一般論と比べられたってうちの子はうちの子で3才に喋っているかなんて

わからないじゃん。と

私は思ったわけだけど、それは別に悲観でだけというか

マイナス思考でだけそう思うわけじゃないのになんで心配するななの

後で取り越し苦労で一杯喋っていたらそれはそれで幸せだし

でも問題があって遅れているなら早めに療育に繋がるとか

今出来ることしたほうがいいし、その区別はあるわけで、

だいたい大丈夫って何?もし将来娘が特殊学級行っていたら

「大丈夫」の仲間ではないわけで、大丈夫、大丈夫じゃない。

そんなアウトかセーフかみたいなそれって何?

どうも嫌だなぁと、多分もし本当に娘に障碍がはっきりしたら

その時はまたもんもんとしてはいると思うけど、

私はとりあえず娘の将来に障碍があることも入れてしまったんだけど

でも実際には言葉の遅れている子の親はたいてい。

障碍の可能性を外して考えたがるんだなぁとびっくりです。

ああ、こんなにも障碍を無意識に区別して差別していたのねと、

改めて気がつきました。

だいたい「いまから心配しなくてきっと大丈夫」ってだけど

今言葉の遅れてる子のすべてが3才には喋っている訳じゃないのに

無責任過ぎます。

自分の子のことだものどれだけ心配したって良いじゃないですか。

心配も愛情だし、度を超えて

例えばぴりひぴり話しかけ続けて何で喋らないの〜とか

子どもに当たるとなると話は又違うけど、そんなんじゃないんですよね・・

言葉の遅い子の親の気持ちとかは実際育ててみないと

ほんとわからないというか、一般論や自分の子の場合と

比べられても困るなぁと思うこと度々ですね・・・



言葉の遅い子の親1

言葉の遅い子の親にはまずたいてい一生懸命話しかけましょうと

言われますけど、言葉の成長がのんびりな子の親になってわかったことは

はっきりいって親の言葉掛け以前に子どもの成長の個性が先で、

話しかけが足りないから言葉の遅い子というのは子どもの表情とかなにかは

サインがあると思うし、そういう例外をのぞく親の接し方で遅れるていることは

ほとんどないんじゃないでしょうか。

話しかけるということは子どもの言葉を理解する能力につられて

増えていくというのか、成長のんびりで知的年齢が幼い子に

話しかけ続け続けるって反応のない赤ちゃんに話しかけ続ける感じで

「沢山話しかけてあげましょう、遊んであげましょう遊びが言葉の発育を

促します」

10ヶ月健診でもそんな説明の紙をもらいましたけど、

娘が喜ぶのはせいぜいもっと低月齢な子が好きな例えばくすぐるとか

そんなだったので、あれ私って遊び下手なのかとふと思ったり。

言葉のもともとのんびり育つ子に言葉を促す接し方というのは

言葉ののびが平均的な子が伸びていく時に釣られて相互作用のように

更に話しかける量が増えていくのとは別なのだと思います。

最近、言葉のまだない子ともベビーサイン教えたらコミニュケーションが

出来たり言葉が早くなったり豊かになると言われるけど、

それは多分もともと言葉ののびが順調な子の話で、言葉の下地の準備が

ゆっくりな子は覚えるの不得意じゃないかと思います。

よほど非常識に一日中、例えばおむつかえるのも授乳も無言とか

そうじゃなかったら話しかけのせいで言葉が遅いというのはないと思います。

実感として・・・





ブラックジャックによろしく

医療の現場を描いた人気漫画で、そのドラマ化された作品で

新生児救急NICUが舞台の回。世間は好意的。未熟児ちゃんの親も

障害者の親も当事者のかなりが好意的なんだけど、

私はどうなの?と思うんで感覚差はかなりショックでした。

自分の子が突然小さく産まれて、しかもダウン症の障碍があることが

わかって、その時葛藤があるのも育てられないンじゃないかと

思うのも、当たり前だけど、

それと治療拒否と言う行為は別な事だし、ドラマは結果として

親も受け入れる気持になって終わるけど、それってでも、

一秒一刻の命の現実の優先としてはどうなのでしょう。

親の権限で助かる命切られてしまうんですよ。

自分が死んだ後の子どもの心配、本当に育てられるかどうかの不安。

う〜ん、きれいごとに思われるけど、

実際障碍を持ったことを受け入れられなくて拒否された子達も

最終的には施設保護などでそれなりに楽しく生きてる子もいるし

子どもの命は親の持ち物じゃないので、

あのドラマはどうもいただけません・・・。

小さく産まれることと障碍を持って産まれることはまた別だし・・。

もし障碍を自分の子が持って産まれたらその時は

徐々に受け入れて親らしく子どもと共に親に育てば良くて

そんな産まれた今、全部愛していこうとかそんなのどうでもいいというのか

どうでいもいいなんて言い方よくはないけど、

だいたいそれって今思ったところでただ、その瞬間の気持と言うだけで

長い意味でそれが本物かは時がたたないとわからないし。

子どもの障碍まして今小さく産まれて戸惑って混乱して

こんな子いらないと思うのもそれもありだろうし

ちなみにNICUに入る子どもの親の気持の変化って

普通に産まれる親の1日の変化を子どもがNICUにいる何週間から何ヶ月で

ゆっくりかわるそうです。そこへ更に障碍だとか手術だとかって

そりゃそんなすぐに親らしく反応できなくてあたりまえじゃないの〜と

思いますね。その親に寄り添うケアって

あのドラマのようなドクター達じゃないと思うけどなぁ・・




母乳かミルクか

出産してから挨拶がわりで聞かれ続けました。

これどっちでも健康で元気で育てばいいじゃん。

なのに・・・。みんな好き勝手にどっちが良いかの

評論されて、かなりストレスでした。

今かなりの母親がそう思ってると思う。一時期の

ミルクに傾きすぎた反動で今って母乳神話の方が強い。

でも母乳もそれしかなかった頃は

でないともらい乳していたり、あるいは栄養足りていないまま育ったか。

母乳神話で言うほど昔だって完全はなかったし。

かといって確かにきっとミルクより元々でる母乳の方が

子どもにはよさそうだけど、それだってどこまでが絶対なのか

ほとんどデーターの根拠はないし。

母乳オンリーの子とミルク混合とかミルクだけの子のその後

成人までの追跡調査があるわけでもないし。

だからいちいち聞かないでよ〜と思います。

どっちが良いのか不安で育ててるのは親自身だし、

ほんとつらかったです聞かれ続けるのもいろいろ言われるのも。

乳幼児の発達目安が偏差値?

今現在母子手帳にも発達目安として細かい月齢で90スタイ。

▲ヶ月の子の100人のうちの90人の平均身長体重と、

首がすわる時期とかいった身体能力の発達がグラフになっていて

そして健診とか医療判定にも使われています。

実際母親の多くは、乳児のうちは今●才★ヶ月と即答出来る人多いし

祖母世代も私の親の世代だとそうでもないけど、もっと若いママの

婆世代だと「今●才★ヶ月なの?」と聞かれます。

でも娘は予定日より2ヶ月半早く産まれているから、

普段その予定日からの修正月齢を意識することが多く

聞かれるとえっと。。と数えたりします。

そうやって二つを比べて、

娘を育てて思うのですけど

2ヶ月って微妙なんですよね。誕生日からの生活年齢とか、

小さく産まれるとのんびり目に成長するのが普通だけどその90スタイ

ギリギリとしては予定日でも誕生日でも大差はない感じ。

それに変だと思うのは平均より遅れて成長してる事実は

問題があるから遅れているのか

のんびり育つ個性として良い範囲なのかの区別を親は知りたいし

大事なことなのだけどその区別と90スタイに入っているかどうかは

別なことの筈だけど、区別がなくて、

ただ心配だから様子見ましょう。

あるい育つスピードは個性があるから様子見ましょう。

それだと不安で成長が遅いと親が必要以上に心配になるの

当たり前だし、それよりだいたい子どもの発達みるのに偏差値?

よその子と必要以上に比べたくなるのは

細かすぎる月齢を元にした発育グラフのせいが大きいかと。

まじに変えて欲しいです。厚生省にお願いしたいくらいだけど・・・。