知られざるエジソンの大発明

「SOS」
ご存知の通り、緊急遭難信号(助けてぇ〜、ってヤツ)ですが、これの発明者がエジソンだ、と聞いたらビックリするでしょうね。
もちろん、エジソンが「SOS」というモールス符号を発明したのではありません。遭難時に、この「SOS」を自動発信する装置の発明者がエジソンだったのです。
博識な方でしたら「発明者が違うじゃないか!」と言われる事でしょう。そう。公式には「発明者はベル研究所の職員」となっています。
ここに面白いエピソードがあるのです。


当時エジソンは15歳。鉄道の車両監視小屋に勤務する「ただの少年」でした。
夜勤の時、小屋で居眠りをしていない証拠として1時間毎にモールス符号を本社に打電する規則になっていました。ついうっかり打電し忘れたり、うたた寝をしてしまう事もあります。その度に本社から怒られ、その週の給料はゼロ、という惨めな目に逢っていました。
そこでエジソンは、なんとか自動的にモールス符号を打電できないか、と智恵を絞り、モールス自動送信機を発明してしまいました。それを監視小屋に設置しました。


これでメデタシ、メデタシ(*^^*)・・・だったら良かったのですが、今まで頻繁に打電忘れがあったエジソンの小屋から、きっちり1時間毎に正確なモールスが送られて来るようになった事に疑問を感じた本社の職員が、エジソンの小屋を訪問する事にしました。本来あるモールス送信機の横に見慣れない機械の箱があり、その送信机の上でイビキをかいて寝ているエジソン少年がいました。(注:寝ていたのは送信机じゃなくソファーだった、という説もある)本社の職員はカンカンに怒り、エジソンは即刻クビにされてしまいました。


ここで終わったら「ただの怠け者一代記」なのですが、鉄道会社の中でしばらく「エジソンの話題」が嘲笑と共に流れていました。その話をたまたまベル研究所の職員が耳にしました。ベル研の職員は「自動的にモールス符号を送信する機械」という部分に尋常ならざる興味を示し、エジソン少年に逢って実物を見せてもらおう、としました。

その頃エジソン少年は貧窮のどん底でした。レイ・オフならまだしも解雇(Fired)された少年を雇ってくれる会社なんて、そうそう無かったからです。そんな所に突然立派な背広を着たエンジニアが訪問してきたのですからエジソン少年はびっくり! その上彼が、自分が解雇された原因ともなった自動送信機を見せて欲しい、と言うものだからビックリの2乗!
とにかく自動送信機を彼に見せました。彼は暫く装置を見聞し、突然こう言ったのです。
「この装置、100万ドルで譲ってくれないか?」(注:10万ドル、もしくは1万ドル、という説もある)
エジソン少年の驚きは筆舌に尽くし難いものだったでしょう。学も何もない、ましてや解雇されて貧窮のどん底にあった少年に突然100万ドルなんていう金額が飛び出したのですから。

エジソンは自動送信機と引き替えに100万ドルを手にしました。
このお金を基に「エジソン発明会社」を設立したのは言うまでもありません。
一方、ベル研究所の方でも自動送信機は「金のなる木」でした。すぐに特許を申請し、船舶用に改造した自動送信機を売りに出したところ世界中の船会社から購入希望が殺到しました。


それから100年。エジソンの自動送信機は幾多の遭難事故現場から人命を救い出してきました。特に2度の大戦の時には何百万人の人命を救ったか知れません。
2001年の今年、「SOS」と自動送信機は、その役目を引退する事になりました。
エジソンの発明品と言ったら生活・娯楽に密着したものばかりが目立ちますが、その最初の発明品が人命に関わるものであった、という事を、この引退の節目に振り返ってみるのも良いかも知れません。