海の雑学コーナー

(北海商報のコラム「連絡船」その他より。どこまでほんとか保証しません。居酒屋での潤滑油にでもどうぞ)

目次

いかたこ いわし さけます まぐろ
さんま 海藻 貝類 その他
ことわざ 記念日 海の生き物で楽器 魚のGIFアニメ

いかたこ

魚介類の介は鎧を意味し、転じて甲殻類を意味し、貝ではない。

竜涎香はマッコウクジラの腹にたまった不消化なイカのトンビカラスの塊。マッコウクジラは北太平洋ではテカギイカ科、大西洋ではクラゲイカ科を食べる。

茨城ではアカイカを鹿島、大洗、日立などから同じ漁場に来て釣るのでゴウドウイカ(合同イカ)という。

イカソーメンは東京の人が乱切りに醤油をかけたのが始まりで函館には逆に伝えられたもの。

安政年間から明治初年まで姫路藩で藩士の間に金券の外に慶事に贈る「鯣(スルメ)札」が発行された。冗費節約のため、藩内だけに通用させた藩士の交際費。

スルメという言葉は、平安時代に使われていたイカ・タコなど墨を吐く仲間を意味する「すみむれ」が転じたものという説がある。

烏賊という字は、イカをついばみに来たカラスを逆に殺して(賊害して)食べてしまうという中国の故事に由来している。

アタリメという言葉は、「スル」が「擦る」を連想して縁起が悪いことから、「当たり」に変えた言葉遊び。

タコは「半夏生のタコ」と呼ばれ、夏が旬。有名なのは神奈川県久里浜、明石のマダコ。北海道は大部分がミズダコ、2〜3割がヤナギダコ。8〜10月に産卵が終わった後は深海に移動し、ブヨダコとかダブダコと呼ばれて死ぬ。全国の消費量は世界の漁獲量の3分の2に当たる。婦人の好みは「タコイカナンキン」と言われる。タコは1尾2尾と数える。タコシャブは下海岸戸井町が発祥地で、お湯よりも日本酒がよい。

タコを湯がくにはタケノコの皮で包んで熱湯に入れると軟らかになる。

タコは一夫一婦制であるといわれる。

いわし

東日本ではイワシはウロコのついた方、西日本ではウロコのない方を好む。

セグロイワシは東京ではシコイワシ、常磐〜房総ではセグロイワシと呼ばれ、大きい順に大ゴボウセグロ(13〜15cm)ゴボウセグロ(12〜13cm)中ゴボウセグロ(10〜12cm)中セグロ(8〜10cm)ジャミセグロ(5〜8cm)カエリ(稚魚)ボウズシラス(仔魚)、セグロイワシからは3種類のアニサキス科寄生虫の幼虫が見つかっている。

イワシといっても世界中にざっと330種もある。カタクチはマイワシと遠く、ウルメイワシとマイワシが近い。

秋の空、イワシ雲は絹積雲、サバの背の斑点のようなサバ雲は絹雲と呼び、サバ雲が出ると一両日中に雨が降る。

さけます

山口青邨の句「釣魚大全枕にしたり三尺寝」(三尺寝とは日脚が3尺つまり1m移るだけの僅かな昼寝)釣魚大全は伝記作家アイザック・ウォルトンの著。原本は「ザ・コンプリート・アングラー」1653発行。大正末から昭和初頭にかけて雑誌「釣りの研究」に連載。第4章「マスの巻」では、「昔の詩人は葡萄酒が最高と主張するように私はマスこそ最高の魚だと言いたい」

シューベルトの歌曲「鱒」はトラウトのことで、ウィーン郊外の小さな村ヒンターブリュールを貫くメードリング川に泳ぐマスの姿にシューベルトが感動したという。

ニジマスは明治10年にアメリカから移殖。

コックの第一人者エスコフィエは「サケは煮るにせよ冷たいままでも温めても、またグリルしたり、ムニエルするにせよ出来るだけ簡単に料理し必ずキュウリのサラダを添えるべき」アメリカの人気料理は白ブドウ酒で料理してブレイズしたサーモン・ア・ラ・アメリカン。

温燻サケはユダヤ社会で好まれ、1879年ロンドンに温燻製造会社が初めて設立されたときは生産量の90%がユダヤ人社会で消費。

村上市のサケ料理として、「のっぺい」「なわた汁」「醤油ハラコ」「ヒズなます」「大海」「酒びたし」「こかわ煮」「かげなます」心臓の別名「ドンビコの塩焼き」「目玉の味噌づけ」吸物の「雅味(がじ)」「焼き漬け」

大昔のサケマスは川に入ってからとったので、山間部のみ遺骨が発見された。

お歳暮サケの習慣は1799年寛政11年に函館奉行戸川筑前守が将軍に献上したことが一般大衆に広まったもの。

メフンは明治天皇のお気に入り。寄生虫がいるので、塩蔵して2〜3年で商品にする。

まぐろ

ホンマグロは歯ごたえがあり、メバチは身が軟らかで身がしなり、トロッとする。寿司屋で出るのはメバチ。

若い本マグロをメジというのはメジカの略。目の付近の肉が鹿の肉に似た旨さという意味。

マグロの卵はイワシの卵より小さい。

マグロの解体は、上身の背、腹、下身の背、腹に分けられ、値段は上身の腹、下身の腹、上身の背、下身の背の順で安くなる。マグロはそのため四つものと言われる。歩留まりは5割。

さんま

目黒のサンマは実話で殿様は徳川家光。サンマを焼いた百姓は彦四郎爺さん。場所は現在の目黒区目黒二丁目付近で当時は14戸、60人足らずの村。彦四郎の11代目の子孫で島村金一さんの家には「将軍休息の図」「将軍御成之節記録覚」が家宝となっている。昭和29年1月の毎日新聞で紹介。

サンマは「和漢三才図絵」の49巻に「伊賀土民は好んでこれを食べるが魚中の下品である」岐阜には「サンマの釜炊き」という高級釜めしがある。

サンマの語源は、体が狭い魚を意味する、狭真魚(さまな)が転化したものといわれている。

海藻

アラメは奈良時代から貢納され、「滑海藻」とアテ字。土佐日記でも正月料理として紹介。

古事記にワカメの茎を砕いて火種にした、とある。

大宝律令の物納の海藻としては、紫菜、凝海藻(こもるもは、天草)、海藻(にぎめ、若布)、海松(みる)、滑海藻(あらめ)、海藻根(まなかし、メカブのこと)、末滑海藻(かじめ)の7種であった。コンブ、ヒジキ、ホンダワラは戦国時代に登場。

古代では、海藻の新芽は「藻(も)」、大きくなったものを「布(め)」、ぬるぬるするのを「のり」、細い糸のようなのを「みどろ」「おどろ」という。

コンブの銘柄。黒、赤切、天水長拾、促雑折早、ふがも雑、毛短、走水あか中、屑A、屑B、拾雑短、走水あか白上、拾雑、雑箱、雑耳、縮み

耳かき昆布はカキ殻付きの昆布の耳のこと。

家庭冷蔵庫の収納食品筆頭はワカメ。理由は、@即席性 A健康食品 B値段が安く買置可能。

ワカメのうち、北方系のナンブワカメは西日本のワカメよりメカブが小さい。古名をマナカシとよび、平安時代から朝貢品としての価値は海苔の次。メカブは抗腫瘍性があるフコイダンが多い。

浅草ノリを有名にしたのは上野東叡山寛永寺の天海僧正という説がある。

フノリは渤海では5千年前から微細な線画用や日傘の防湿剤にしており、2100年前の馬王堆漢墓の棺を覆ったフノリ塗り絹布が見つかっている。漆喰は石灰と砂、麻や藁とフノリを固める。ヨーロッパではフノリの代わりに膠になった。

三陸では、マンサクの花が咲くころにモズクがうまい。

海外で食べられる海藻は、紅藻類のダルスで1〜6月にとれ、欧米ではスープやシチュー、カナダではビタミン・ミネラル補給剤、南米やアフリカでは蛋白補給や精力剤。ソゾ属という別の属の一種もペッパーダルスというスパイスとしてスコットランドやアイルランドで売られ、アイスランドでは胡椒ダルスとして噛みタバコにしている。日本国内では若芽を味噌汁の具にしているだけ。

佐賀大学が紅藻類の一種ソゾノハナから抽出した4種類の臭素インドール系化合物(屁の臭いと同じものらしい)がMRSAの細胞壁を溶かし、10分間で99%死滅させる。

磯の香りは昆布に含まれる有機態のヨウ素化合物が細菌の作用で酵素分解されるため遊離したヨウ素やイオウ化合物のジメチルサルファイドなどが主体。コンブの香りは、松やにの芳香であるテルペン化合物であるが、悪い香りであるトリメチルアミンも微量に含まれる。

貝類

マダカをオス、メガイをメスと間違っている人がいる。日本近海のアワビはメガイ(赤)、クロ、マダカ(青)、エゾアワビの4種。旬は餌としての海藻が豊富な夏。エクアドル領ガラパゴス沖合いの小さなドールアワビは貝殻一個数千ドル。細工物に利用されるのはメキシコ産クジャクアワビとアカネアワビ。

エゾアワビはクロアワビが縄文以降の寒冷化で変化したもの。礼文島船泊遺跡でクロアワビが大量出土したことから分かった。

越中バイは白バイ、島根県西部から山口県にかけての山口バイは黒バイと呼ばれる。越中バイを半分にし、中に蝋や鉛を入れた独楽がバイ独楽。それがベーゴマに訛化した。昔は9月9日の重陽の日の遊び物。

イガイは縄文遺跡からも出土。

紀元前の古代ローマ時代にタイルや瓦状のものを海に入れてカキを養殖。東京板橋の中里貝塚では縄文前期後半のカキ養殖遺跡が発見。ドイツのビスマルクは1度に175個を食べ、日本の頼山陽は「天上天下牡蛎独尊」と賞賛。

北海道の貝は奥尻のエゾアワビ、厚岸のカキ、北見のホタテ。

ホッキガイは北海道浜中で36才という記録がある。

ホッキガイをアオヤギというのは、上総国青柳村が名産地であったためで、古くはミナトガイといった。

青森県漁連と陸奥湾漁業振興会が設定したホタテの日は、6月がムツでホを分解して18日で6月18日。

シジミは寒シジミと夏シジミの2回旬がある。青森十三湖のシジミ汁は塩味で、塩7味噌3、葱か粉さんしょう、椀によそう時に酢を一滴。

トリガイは肉の味が鶏肉に似ているとか足の三角形が鳥の首を思わせるとか、から来ている。最近は韓国産が多い。冬が旬。

シェル石油の貝印マークは19世紀後半、老マルコス・サミュエルがロンドン塔のそばで水夫相手の店を出して東インドのホタテを水夫たちから安く買って大儲けし、その遺産4万ポンドでタンカーを作り石油業を始めたことから、ホタテに感謝の意味で紋章にしたもの。

広島の茶道上田宗箇流では、風炉の季節(5〜10月)にはかき殻を細かく擂り潰した「かき灰」を使用し、初夏にはかき灰と本灰8:2、盛夏にはかき灰だけにして白さを強調し、茶席に涼しさを表し、炭火の赤とのコントラストを映えるようにしている。

その他

カジカ類の卵のうは大きい。この卵のうの中の卵を水洗いし、醤油、酒、ミリンを入れる。

北陸では娘を嫁に出した家では塩ブリを藁で巻いた「巻きブリ」を嫁ぎ先へ正月挨拶の手土産にする慣わしがある。

皮を剥ぐからカワハギだが、瀬戸内ではハゲ、マルハゲ、静岡や北陸ではバクチ、青森ではチョイチョイ、その他ロッポウ、ラケット、メンボウなど。エサ取りをするので、釣り師の間では「一度はかかるカワハギ病」といわれる。

半助はウナギの蒲焼きの頭のこと。昔はアナゴやハモの頭も言ったが、今はウナギだけ。半助豆腐はこれと焼き豆腐、青葱と煮たもの。

日本人がウナギを食べ始めたのは縄文期かららしく、貝塚から時折ウナギの骨が出土。万葉集巻16に大伴家持の歌「石麻呂に吾物申す夏やせによしといふものぞ牟奈伎漁り食せ(むなぎとりめせ)」という1首がある。

アナゴやウナギなどの無足魚類は表皮の下にウロコが埋まっている。

仙台湾・江戸前のアナゴはほとんどが雌。

魚市場で見るカツオには縞模様があるが生きているときはない。切手の図柄で縞が書かれて論争になった。神経作用によるらしい。

江戸川柳では、「今食えばいいと不気味な刺身なり」「鰹売いかなる人を酔はすらん(芭蕉)」ケチで有名な伊勢屋について、「伊勢屋さんもう食えるよと鰹売」「ヒリヒリと辛いが伊勢屋の鰹也」、その他「鎌倉の松で袷(あわせ)は土の牢(鎌倉の松とは相模沖で獲れた松魚ともいった鰹のこと、土の牢とは質屋もこと)」「女房と半いさかいで初鰹」「初鰹十軒呼んで壱本売れ(長屋の仲間10人でやっと一本買えた)」

「鎌倉を生きて出けん初かつお(芭蕉)」「まな板に小判一枚初かつお(芭蕉の弟子の榎本其角)」「目に青葉山郭公初鰹(山口素堂)」

カツオのタタキのルーツは、天生年間(1573〜1592)四国でカツオの刺身を食べて食中毒が発生し、時の領主がカツオを刺身で食べることを禁じたが、どうしても生で食べたいという者が、火を通せば生ではないとして、表面だけあぶってごまかしタタキを作って食べたのが始まり。ニンニク・ネギなどを添えたのは毒消しのため。

ホッケは不幸な魚で、元々その研究は春ニシンの卵を食い荒らす害魚としての調査から始まり、戦中戦後に配給に用いられた。

「だんだんよく鳴る法華の太鼓」蝦夷地開拓時代に法華経を説いた坊主がホッケの旨さを普及したのが語源とも。

ホッケを浜では電灯にかざして寄生虫を取り除いてサシミにする。アニサキスなので激痛だが、浜では刺身が好まれる。

アイナメは根を釣れホッケは群れを釣れ

アイヌがシシャモを採ったのは11月23日に限ってだった。

コマイはだいたい15cm以下、オオマイは25〜30cmでその中間はない。水揚げの9割はオオマイ。小さいのはゴタロウとかゴタッペという。コマイというのはアイヌ語で「小さな音がする魚」とか。コマイの稚内での別名カンカイはギリヤーク語のカンカツから来ているとも。

ドンコ(エゾイソアイナメ)の腹ビレ後方に黒い発光器があり、このヌメリをしごいてとり、釣りのエサにつけると海中で光るらしい。ポーランドの漁師が昔から行っている。

ドンコの空吹き焼きは、炉辺で内臓を出さずに口に串を刺し、頭を下にして火の周りで焼く。内臓や肉から出る生臭いアクは串を伝って下に垂れる。ウロコと内臓を取ったドンコの腹に肝臓と刻み葱と味噌を押し込んで尾の方から串に刺し頭を上向きにしてまず腹側から焼く手の込んだ炉辺焼きもある。

能登地方の「ブリ起こしの荒れ」11月のシケあとは必ずブリの大漁がある。ブリは最高時速130km。「本朝食鑑」で「当今丹後の産を上品とし越中の産これに次ぐ」。近畿以西では1月20日を骨正月といい塩ブリに大豆酒粕を入れて食べると古い歳時記にある。

アブラツノザメは寿命の最長が100年にもなる。

モウカザメはサケが好きなところからサケザメとも呼ばれる。

モウカザメの「もうか」はまふか(本当のフカ)がなまったもの。関東ではゴウシカといいうが、腹子が5か4か、から来た。

中華料理でフカヒレが文献にでてくるのは明代中期の15世紀。普及したのは清代。日本では江戸中期。それ以前は鯉のヒレ料理。

日本マクドナルドは最近、白身のフライの材料をマダラからホキに転換しようとしている。

マンボウの昼寝(水面で横たわってじっとしている)は皮膚についた寄生虫を鳥に食べてもらうため。マンボウのジャンプも衝撃で寄生虫を取るため。

マンボウは謎の抗生物質を発散することから「海の病院船」と呼ばれる。また、マンボウの体表を利用して他の魚が寄生虫をこすり取るため、「海の診療所」と呼ばれる。

「メンタイ」は韓国語。スケソウ子をタラコと言い出したのは東京で、語感がいいので定着した。北海道ではマダラの子をタラコ、スケソウの子をスケソウコまたはスケコと言っていた。スケソウをスケトウというのは、北大が江戸時代の本に介党と書いているから強引にスケトウと読ませたもの。本来は明治の終わりに専売局の塩の奨励金がタラでないともらえなかったところからスケソウを助宗鱈という字を当てた。スケコを赤く染めるのは大正年間からで、鮮度落ちのものが色がくすむのを嫌って着色し紅葉子と称したのが始まり。

「タラチリと雪道はあとほどいい」マダラは鮮度がいいものを昆布締めするとよい。

「タラタラと汗をふくいのご献上」江戸時代の川柳では夏にも食べている。タラは貪食なので胃潰瘍になる。タラフクはここから。自分の体の3分の2の魚さえ食う。報告では100種の動物はおろか、財布から車のキーまであったとか。

もともと毛ガニは邪魔者だったが、長万部の弁当屋が茹でガニとカニ弁当を発売したのが始まり。

マダラの語源は斑模様から来ている。

鱈場蟹はタラが語源。タラの漁場のことを「鱈場」といい、同じ漁場で獲れることから名付けられた。

昔、京都では生タラが手に入らなかったことから、珍しいものや、ありそうもないもののことを「京の生タラ」という。

日本海の下層は沿海州沖で冷却沈降した寒冷水塊のため、平均水温は北極海に次いで寒冷。

鮮度指標のK値は、刺身では20%なのに寿司だねは40〜60%と細菌の繁殖が進んでいる。

ニシンは春告魚と呼ばれるが、魚偏に非と書いていた時代もある。中世のヨーロッパでは、各都市のニシン輸送貿易のため海賊防止を狙ってハンザ同盟が結成されている。燻製ニシンはスコットランドの漁師が1793年に炉の上に吊るして偶然できたのが始まり。温燻はイギリスヤーマスのビショップが偶然作って広がったもの。

コウナゴは砂に潜って夏眠し、そこから英語名サンド・イールができた。

魚市場が日曜休みになったのは昭和37年から。それまでは月1回22日。それが7日と22日の月2回、さらに2の日休みの月3回となった。22日休みは給料日前で売れ行きが悪いだろうという理由。

ヒラメのエンガワの取り方は、おろす前にヒレの付け根に切り取らない程度に包丁で筋目を入れることが大切。

夏はホシガレイ、冬はマツカワといわれるが、ホシガレイがうまいのは3〜4月にかけての1週間だけといわれる。

「3月ヒラメはイヌも食わぬ」春先のヒラメはツルというが、「ツルになったらソゲにいけ」ツルは脂の抜けたツルツル、ソゲは1kg半以下の2年もののこと。首都圏では房州産七目が最高。縦に七つ目のつながった網で取ったヒラメという意味。

ブイヤベースの語源は、煮立たせる意味のブイールと弱火にする意味のアベセからきたもので、コングル(アナゴ)・グロンタン(カナガシラ)・ラスカス(カサゴ)を入れるのが定石。

腸チフスメリー。メリー・マロンはニューヨークで流行した腸チフスのうち7回が彼女が発生源。1907年に一旦拘留されたが調理に関係しないという条件で釈放。その後1915年に彼女の勤める病院で腸チフス発生。友人のためにゼリーを作ったのが原因。以後23年間死ぬまで隔離された。

神奈川県相模中央化学研究所が深海魚ニギスの腸内細菌の培養液から発見した新しいリン脂質分解酵素がDHA濃度を高め、乳化剤を作るのにも使えそうだ。H10日本脂質栄養学会報告。イカ皮のDHA含量を80%まで上げられる。

昭和天皇は野草や海綿、今上天皇はハゼ、弟の秋篠宮はナマズ、叔父の三笠宮はオリエント考古学。今上天皇はH9にハゼの寄生虫を発見。秋篠宮の紀子さまとのデートは日本唯一のナマズ専門店「なまず屋」だった。

寄生虫は日本で約30%の人が保菌。サシミを食べての腹痛はアニサキスの可能性大。タラ、スケソウ、ホッケ、オヒョウなどはアニサキス属のシュードテラノーバの宿主。サケマスにいるのは広節裂頭条虫(サナダムシ)。

伊達政宗は「ホヤを食ったら必ず中の汁を飲め」と家臣に厳命。土佐日記にはホヤの記述がある。根室の赤ホヤはマボヤのようなイボイボが一切ない。マボヤのような強いクセがない。

ホヤの香りはオクタノールという不飽和アルコール。ほやの殻はチュニックと呼ばれ、チュニシンという繊維でできている。

体表によってアカナマコ、アオナマコ、クロナマコ、キンコナマコなどと呼ばれるが、色の差は生息している場所やエサの差で、全部マナマコ。研究者によっては別種あるいは亜種との考えもある。アオは身が軟らかく関東で、アカは旨味があり関西で好まれる。伊勢鳥羽地方では赤が青の3倍する。一般的には赤が青の倍値。赤は肉が厚い。

昔は海鼠と書いて「こ」と呼んだらしい。家の中で飼うのを「カイコ(飼い子、蚕)」、生で食べるのを「ナマコ(生海鼠)」と区別するようになった(そのため腸は「コのわた」、卵巣は「コの子」、乾燥品を「いりコ」と呼ぶらしい)。ねばねばしているので「ナメリコ」と呼んでいたとの説もあり。イリコは海参と書くが、朝鮮人参からきているといわれている。

キンコは金華山沖のナマコが砂金を含んでいるといわれたところから来た。今は乾しナマコをキンコと呼ぶ。夏に餌をとらず、秋から冬に餌をとることから、冬のナマコは味がよく、「冬至ナマコ」という。ナマコを海参と書くのは中国風で、和製漢字では海鼠と書く。江戸末期の「魚鑑」では薬効として「胸隔を開き小水を利し、ふぐの毒を伏す。いりこ、くしこ、からこ、きんこは元気を補い五臓六腑を慈し三悪の熱を去り、あひると共に煮食えば労損諸疾を療し髪を黒くし骨を固うす凍瘡に摺り付けてよし」。ナマコの腸が体の3倍あることから、コノワタは「三条の腸」と呼ばれる。

ヒトデやナマコの粘液にはサポニンが含まれるために海藻やイソギンチャクが付かない。

北海道ではキヒトデを焼いて食べ、東京湾では終戦前後に塩辛にし、九州天草では茹でて食べる。

「一足二味三に色」かまぼこの品定めの順。足とは弾力のこと。

魚の旨みはグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果が大きく、その方程式は、yamaguchiの式 y=u+64200・u・v(uはグルタミン酸、vはイノシン酸のモル濃度)で決まる。

シロウオを茹でると「つ」「く」「し」の文字になることから、九州筑紫地方では喜ばれ、よく椀だねとして食されている。

シラウオは精液も透明である。

アンコウの産地市場では消費市場のセリ上がりと違い、セリ下げである。

アンコウの語源は暗愚魚(あんぐうお)、つまり「おろか」、動きが鈍いということから名が付いた。

はたはたについて、大田蜀山人が「魚の形小さくウロコの中に富士山の模様生じ候段めでたき魚と祝し、文字はいつ頃なりか魚偏に神と書くなり」と書いている。

大半の魚は10ヘルツ〜1kヘルツまで聞こえる。人は10〜40kヘルツ位。浮き袋がある魚のほうが耳がいい。

船底にたまった水をくみ出すことを「船のあか(漢字では閼伽と書く)を汲む」と言うが、この「あか」とはサンスクリット語の水のことで、英語のアクアの語源である。

うぐいとは、「鵜の食いたる魚」という意味で、あまり人の食べるものとは思われていなかった。

夏のウグイ食うべからずというのは、メタゴマスという複世代吸虫類の幼虫が産卵を終えた体に黒い星状となる。

そい、の語源は、磯魚(いそいお)が縮まったものとか。

英語のケチャップの語源は、中国語(アモイ地方の方言)の魚の塩漬けを意味する言葉。

さわらの語源は、魚体の断面がやや偏平であることから「狭(い)腹」つまり「さはら」→「さわら」となった。

ことわざ

「土用の蛸は親にも食わすな」「麦藁蛸に祭りはも」日本の海にいる蛸は約50種、主に食用とされているのはマダコ、ミズダコ、テナガダコ、ヤナギダコ、イイダコ等。イイダコは冬が旬だが、マダコ等は夏の産卵期が旬で、蛸は麦藁ができるころ、ハモは夏祭りが盛んな頃がおいしいといわれています。

「強飯に蛸」おいしくて身体にもよいタコに、力がつく強飯が並べて出されるとよすぎることから、話の巧すぎる事を打ち消すときに使われます。

「芋・蛸・南京」女性の好む食物として、ほのかな甘味のある物。

「鯉が踊れば泥鰌(どじょう)も踊る」「鯉が跳ねると雨になる」鯉が跳ねるのをみてどじょうが真似して踊っても天気の変わり目を教えてはくれない。分不相応なものが優れたものの真似をしても滑稽なものだ、という意味。

「菜の花(桃の花)が開かぬと鯉の口も開かぬ」春からが釣りシーズンです。

「鯉の羹食いたる日は鬢(びん)そそげず」鯉の吸い物を食べた日は横鬢の毛が乱れないほど精が強いということで、鯉こくを母乳の出ない母親に食べさせると乳がでるとも言われています。

「鯉は焼いて食わぬもの」他人の恋にやきもちを焼くな、という意味。

「牡蠣船は十夜に来て御忌に帰る」昔は広島の牡蠣を大阪の掘割に留めた船で牡蠣料理を食べさせたが、難波本願寺の御十夜(陰暦10月の念仏法会)の頃に来て、法然上人の御忌(正月下旬)に帰ったことから。「田植えになったら」「梅が散ったら」「桜が咲いたら」と地方によって異なるが終わりの時期も語られています。

「6月のキスは絵に描いたのでも食え」「夏のスズキは絵にも見よ」ことわざの6月は陰暦で、今の7月中旬から8月中旬で、このころが旬。

「イカの甲(亀の甲)より年の功」ご存知のとおり。

「白魚もさかな鯨もさかな」形の大小で差別したり見かけだけで人や物を評価してはいけないという意味。

「サザエの拳、白魚の手」男性と女性の手の例え。サザエは大人の握り拳くらいのものがおいしい。

「白魚の肝のよう」対馬でいう、気の小さい小心者のことです。

「九穴の鮑」殻に9つの孔(呼水穴:こすいこう)があるものを食べるとか、殻で食事をすると長寿を保つといわれた。風俗としては、貝殻が光るので牛小屋や鳥小屋に掛けて魔除けにしたり、子供の夜泣き止めとして屋根に置いたりしたとのこと。

「磯のカサゴは口ばかり」口ばかりで食べるところがないこと。

「盆過ぎのサバ商い」産卵後のサバは脂が抜けてまずい。ヨーロッパのサバはニシマサバといって班模様が単純で浮き袋がない。

「ボッケの宵越し」奥松島では、ボッケ(ケムシカジカ)は次の日になると味が悪くなることをいう。

「くじらの子とれて賑ふ三里半」1頭の鯨が捕れると7つの集落が賑わったと言われており、小さな子鯨では三里(さと)半しかなかったということ。

「尾かしらつけて鮪を三井買う」三井とは三越、越後屋のことで、下層の雇われ人にはろくな食事も与えておらず、鮪のような安い魚を買っていた。

「どちらでもおとりなさいと鮪売り」鮪は価値がなかったので魚屋は儲けが少なかった。

「鎌倉に鰹も食はず三年居る」鎌倉東慶寺は縁切寺で、ここ三年過ぎれば離婚できたが、精進料理しか食べられなかった。

●水産界エッセイスト檜田弘明氏の「新お魚よもやま話」より、以下中国のことわざ

「魚も我が欲するところなり、熊掌も亦我が欲するところなり。二番兼ぬるを得べからざれば、魚を捨てて熊掌を取る者なり」命と正義のどちらかを選ぶ場合は、命を捨てて正義を取る。魚を命、熊掌を正義に例えている。

「魚を受けるものは禄を失う」賄賂は人生を破滅させる。

「魚を争う者は濡れる」利を取り争えば身を苦しめる。

「網、呑舟の魚を濡らす」呑舟の魚は大魚の意味で、法という網が荒いために大罪人を捕らえ罰することができない。

「魚は餌無きを以って釣るべからず」事業を興すにも元手がなければ何もできない。

「魚を得て笙を忘る」目的を達成していまうと手段を忘れてしまう。「ウサギを得て罠を忘る」ともいう。

「魚を食らいて反すること無かれ、駑馬に乗る無かれ」安易なやり方で民力を無力にすることはいけない。暗愚な家臣を側に置くなといういましめ。

「魚千里」学問の道を究めるのには長い時間がかかる。

「魚の釜中で遊ぶが如し」釜下に火が入るまでの命、目の前に迫った災いに気づかず逸楽を貪ってはいけない。

「魚を煮るに煩わしければ砕く」政治も締め付けたり干渉してはいけない。

「魚を以って蝿を駆る」蝿を追うのに魚を使うことはますます蝿を集める。手段を間違えると逆効果になる。

「魚の掛かるは甘餌に由る」名利につられて命を失うことがあってはならない。

「ホールのさかなを察見するは不祥事なり」秘密を知ることは身に危険を及ぼす。

「魚氷に上る」2月14日から18日に魚が飛び出すことから。

同じ檜田弘明氏のエッセイ「諺のなかの魚達日本編」から、「青身魚に梅干」「烏賊は山のものと煮ると柔かい」「魚は表側から焼け」「魚の網は熱いうちに洗え」「貝の砂抜きには包丁」鉄の錆びが砂出しに有効。

「菜の花が出たら鰹が釣れる」「蕎麦鯛は馬も食わぬ」「花見過ぎたら牡蠣食うな」「夏座敷と鰈は縁側が良い」「夏の鰈は絵に書いても見ろ」「夏は鯉、冬は鮪」「夏の蛤は犬も食わぬ」「寒鰤、寒ボラ、寒鰈」「三月ヒラメは貰っても食えぬ」「猫の魚辞退」三日坊主のこと。

「猫を追うより魚を引け」後悔先に立たず。

「猫に生イワシ」「猫が肥えれば鰹節が痩せる」一方に利があれば他方が損をする。

「猫に魚(鰹節)の番」「鰹節にする」出しにする。「鰹節に使う」手先として使う。

「鰹節にキャベツの葉」「鰹節と砥石には借り入れが無い」使えば減るものは借りるのではなく貰うことになる。

「田作りも魚のなか」「ごまめの歯軋り」「ごまめでも尾頭付き」「イワシの精進落ち」「イワシの頭も信心から」東海道名所記に「鰯の頭も信心からなれども無理非法の公事は神仏も力及び難し」

「干潟のイワシ」木から落ちたサルのこと。

「轍に生きずく鮒」切羽詰まった状態のこと。

「鱒は三年の古疵も呼び戻す」おいしいものを食べると古傷も疼き出す。

「鯒の頭は嫁に食わすな」「同、食わせ」「鯒の頭には姑の知らぬ身がある」嫁いびりだが、嫁だけが頭のうまいことを知っている。播州赤穂地方に伝わっていた。同様にカマス、サバ、フキ、タナゴ、茄子なども「食わすな」との例えだがすべて秋のものを指している。

「アサリ蛤が糊売りをする」江戸時代の物売りの姿。

「夏の蛤で身腐っても貝腐らぬ」見くさっても買いくさらぬの意味。

「貝殻で海を干す」できないことの例え。

「鯉の一跳ね」すぐ諦めてしまう人のこと。

「ハゼは飛んでも一代、鰻はぬめって一代」「鱧も一期、海老も一期」人生は焦らず楽しく、ということ。

「京の生鱈」絶対ありえないことの意味。

「鰹掻くなら形よく掻けよ」力入れずに細かく削れ。

「秋刀魚が出れば按摩が引っ込む」秋刀魚の栄養。

「鰻香」期待だけで一向に実現しないもの。

「魚へんに安いと書くは春のこと」アンコウの旬は冬だが、その時季は値が高くて庶民は口にできない。食べられるのは味が落ちた春になってからだということを、鮟鱇の漢字になぞらえて皮肉ったもの。

「アンコウは梅が咲くまで」上と同様。

「アンコウは唇ばかり残るなり」アンコウの7つ道具で食べ尽くされるため。

「アンコウの待ち食い」何もしないでじっとしていてご馳走にありつくこと。

「三月ヒラメは犬も食わぬ」「三月ヒラメはもらっても食えぬ」「夏ビラメはネコも食わない」産卵のために岸に近づく時季のヒラメは旨くないという意味。

「鯛も一人はうまからず」どんなに高価でおいしい鯛でも一人きりで食べるのでは、その旨さも半減する。

初鰹を詠んだ江戸時代の川柳。「四月上旬に小判を味噌で食い」「初鰹そろばんのない内で食い」「鎌倉の魚で袷は土の牢(鎌倉直送の初鰹に代わり、袷は質屋へ)」「寒い時お前鰹が着られるか(女房の意見)」「聞いたかと問えば食ったかと答える(聞いたかはホトトギス。目には青葉の俳句から)」

「塩マグロ取り巻いているかかあたち」という古川柳があり、マグロは庶民のものだった。

魚市場の川柳「人止めに肴屋とって返すなり」「肴売り押さえの背中すって行き」「肴売り四つ過ぎ(午前10時頃)まではえらを見せ」「昼までの勝負と歩く初鰹」

「コノワタを嘗めて酒豪の列に入る」

記念日

クジラの日(毎月9日)

かつおぶしの日(毎月24日)

ふくの日(毎月29日)
1981下関ふく連盟、「ふ(2)く(9)」の語呂合わせ。

2月6日:海苔の日
1967全国海苔貝類漁業協同組合、大宝律令の中で、海苔が歴史上の文献として初めて現れ、大宝2年1月1日(702年2月6日)に正式に年貢の一つとして指定されたことから。

2月13日:タコの日
由来は不明。

3月3日:金魚の日
1989全国鑑賞魚振興会、江戸時代、ひな人形を売るひな市で金魚が売られ、ひな祭りにひな壇に金魚を供える習慣に因んだもの。

4月13日:水産デー
1933 5月大日本水産会(大水)、1901(明治34)年の同日、旧「漁業法」が制定されたことから。

4月の第3日曜日:もずくの日
沖縄県もずく養殖業振興協議会が定めたもの。

5月5日:わかめの日
1982日本わかめ協会、健康な子供の成長を祈念して、5月5日の子供の日をわかめの日にした。新芽わかめの製品が店頭に出回るこの頃、消費拡大を兼ねて制定。

7月20日:海の日
1941運輸省、海事思想の普及を目的に海の記念日として制定、明治天皇が明治9年に東北・北海道行幸の帰り、明治丸で横浜に帰港された日に因む。1995年に海の日として法案成立。アラメの日。

8月8日タコの日
蛸の足の数が8本であることから。

8月8日ハゼの日

8月11日かまぼこの日

8月15日刺身の日
1448年、刺身がはじめて文書に登場したことから。

9月15日:ひじきの日
三重県ひじき協同組合、敬老の日に高齢者に料理方法を伝えてもらいたいとの願いをこめて。

10月 :魚食普及月間
水産庁水産流通課が制定。

10月4日:いわしの日
大阪おさかな健康食品協議会、1985多獲性魚有効利用協会、ごろあわせ。

10月10日:まぐろの日
1986日本鰹鮪漁業協同組合連合会、万葉集に、神亀3年(726)山部赤人が聖武天皇のお供で明石地方に行った際、まぐろ漁をたたえて歌った歌があり、その日が10月10日であった。

10月10日:缶詰の日
1987日本缶詰協会、北海道開拓史の国営石狩缶詰所で、1887年のこの日、サケ缶製造を日本で初めて開始した日。

10月10日:釣りの日
1977全日本釣り協議会・日本釣り振興会、魚(と・と)のごろあわせ。

10月10日:魚の日
2006全国水産物卸組合連合会、魚(と・と)のごろあわせ。

11月1日:すしの日
1961全国すし商環境衛生同業者組合、新米の季節でこの日がすしネタの旬。

11月11日:さけの日
1986新潟県村上市、圭の字をもじって。

11月15日:かまぼこの日
塩釜蒲連、後に全国蒲鉾水産加工業協同組合連合会、平安時代の古文書に1115永久3年、祝宴の膳に蒲鉾が載っており文献初登場。西暦に因む。

11月15日:こんぶの日
1956日本昆布協会、乳児が初めて大人と同じ物を口にする頃から昆布を食べる習慣をつけてもらうため、753の日を昆布の日とした。実際に消費地に出回るときでもある。

11月23日:カキの日
2004全漁連、需要期直前でアピール効果、貝毒が少なくなる時期で、新嘗祭の日でもあることから。

語源

かれい
中国の伝説によると、もともと両面黒かったのが二つに裂けてしまい、目のあるほうが目無しのまま漂っている片身を 探して泳いでいると言う可哀相な話があるのだそう。 カレイの語源は、この片割魚(カタワレ-イオ)から由来して、運よく片割れに巡り会うと、寄り添って末長く暮らせるそう。我々が食べた残りの半身は、一緒になる機会を失い片身の「目の無い鰈」が、それとは知らず相方を待って海の底をさ迷うそう。別説では、「からえひ」がなまって「かれひ」になった、と言われている。唐エイ、つまり外国のエイ、の意味。エイはアカエイとかイトマキエイとかのエイ。

たい
地位の高い魚として「大位(たいい)」と呼んだのがタイになった。もしくはひらたい魚なので「平魚(たひ)」から変化。

あゆ
くだる、落ちることを意味する「あゆる」が転じた。

まぐろ
目が黒いことから「眼黒」といい、「マグロ」になった。

いわし
すぐくさりやすいので「弱し」が転じた。

さんま
読み方はほそながい魚を意味する「挟ま魚(さまな)」が変化した。書き方は秋にとれ刀のように光っているから秋刀魚と書く。

にしん
食べるときに身を二つ(二身)にして料理するから。

かつお
かたい魚を意味する「かたうお」が転じた。

あじ
味がよい魚だから。

さば
歯がほかの魚より小さいので小歯といった。

ふぐ
腹をふくらませる、から。もしくは「ふくべ(ひょうたん)」に似ているから。

まんぼう
こどもが身に付けるお守り袋「万宝」に似ているから。フランス・ドイツ名は満月の形をしていることから「月の魚」

からすみ
墨の形に似ているから唐墨味。

このコーナーの感想を聞かせて下さい。

おもしろかった
参考になった
つまらない

 


いしのまき食味シュラン

ホワイトサンドアリス