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ヒドリノトキ(雨ニモマケズ)
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花巻の賢治記念館に、この草稿の写真があります。それを見たときから、いまだに不思議に思っていることがあります。
それは、写真を見る限り、「ヒデリノトキハ」は、「ヒドリノトキハ」と読めるのです。つまり、「ひとりの時は」ということでしょう。これを、従来のように、「日照り」と読む理由は、次行の「寒さの夏」と対照させてよんでいるからではないでしょうか。(学校でもそいう風に教わったような記憶があります。)私も、写真を見るまでは思ってももみないことでしたが、いっぽう、「ひとりの時は」と読んだ時の賢治の寂しさのほうが、気候による寂しさよりも数段増すと思えるのです。あえて、「日照り」と読む理由はありませんので、そのまま、「ひとりの時」と読みたい、そう思います。 そして、最近、発行された、「新校本」全集ではどうなっているか確認してみようと思ったら、どうでしょう。写真入りで、「ヒドリノトキハ」とされているではありませんか。しかもなんの説明もなく。 私たちはたいていの人がいまだに、ヒデリノトキと思っているはずです。誰がどうやって、いや実は、と説明してくれるのでしょう。誰がいったい読み換えをしたのでしょう。
Seiichi Nakahashi さんからのメール 「雨にもまけず・・・」の「ヒドリ」は、やっぱり「ヒドリ」で、日雇い労働者の意味だそうです。
Takeuchi Yasuhiroさんからのメール 「ヒドリ」は日照りと日取りの二説があるようですが、前者が有力です。 あそこを「ひとり」と読むと、東や西や云々という文脈の中で不自然な気がします。自分とその外の世界(人を含めて)との関係の上での「詩」(ほんとうは詩ではないかもしれない)なわけですから。 いきなり自分だけのことを一行だけ言い出したら変ではありませんか? 雨や風、寒さ、他人など、ぜんぶ自分を取り囲む「世界」です。そして日照り、なわけです。では。
Ayako Motoishi さんからのメール(12/3) 私は賢治が大好きですが研究者でも、研究好きでもありません。 「ヒドリ」のことは聞いたことをそのまま憶えているなりにお知らせします。 10年位前の賢治祭で、賢治の農学校の教え子でいらして、賢治の脚本を演じる子供の演劇 活動をしておられた照井謹二郎さん(記憶だけで書いているので名前の字が間違ったら すみません。もう90何歳かになられます。賢治学会賞かイーハトーウ゛賞をもらわれた 方です。)が「日照り=日どり(日雇い)」説を言われたのが最初です。冷夏は農業にとって打撃ですが、 日照りは、あまり心配ないのだそうです。 山形県のある地方では「日照りに不作無し」 と言うことを昔からいうということを知っていた私は、なるほどなあ、と共感する思い がありました。照井さんのお話では、あの時代農業だけで食べられない貧しい農民がたくさんあり、農業以外に 日雇いで収入を得なければならない過酷な状態だったそうです。その日雇いのことか、日雇いで得る 現金のことかを「日取り」と花巻のあの辺りでは言ったとのことです。その説はその後岩手の地方紙などで 少々論争になりましたが、権威のある研究者の方たちの一致した意見として、「日照り」に落ち着いた経緯を覚えています。もっと論じられてもいいように思いましたが。その後さらにどうなったかは知りません。 「一人」という発想も面白いですね。 「日雇い」説に興味がおありだったら、花巻の照井さんはまだお元気だと思いますので、訊ねてみられたらいかがでしょう。賢治記念館でも分かると思います。 おせっかいまで。
たんぱく質さんからのメール(2001.5) 私は賢治の教え子の孫(28歳)です。 花巻生まれの私としましては「ヒドリ」説の方に一票です。 夏の晴天は、今でも喜ばれるものです。 作物が大不作で涙を流すほどの日照りは、まだ経験したことがありません。 (多少困るようになったのは、温暖化が進んだ近年だけだと思います。) 祖父の影響もないとは言い切れませんが・・・。 因みに、祖父は、その詩をあれこれ綿密に推敲したとは思わない、とも言います。 生きていた宮澤賢治を知っていたからこそ言える言葉だと思います。 対句法だとかいう技法の類は、あまり考えていなかったのではないでしょうか。 あまり深く考えずに、人間としての宮澤賢治と見ても悪くは無いと思います。 (学会の先生方や研究なさっている方には申し訳ありませんが。)
Tatsuo Sasayamaさんからのメール(2001.5) 諸説紛々、ますます興味深くなっているのですが、私も次のホームページに私のヒドリ説を載せておきましたので、ご連絡もうしあげます。でも、やっぱりヒデリでは無く、ヒドリであることは、間違いないとおもうのですが。
ROKAIさんからのメール(2006.6) 「ヒドリノナツについて」 私は「ヒドリ」はヒドリであって、「ヒデリ」の誤記ではないと考える。 以下にそう考える根拠を述べる。 1 賢治は「ヒデリ」を「ヒドリ」と誤る癖があった、という説。 そのような箇所があったとしても、手帳がそうであったとは言えない。 手帳の本文をみると、何箇所かに修正が入っている。 ヨクワカリ→ヨクミキキシワカリ ワスレズ→ソシテワスレズ 稲ノ束ヲ負フ→稲ノ束ヲ負ヒ 死ニサウナ人アレバシヅカニ→死ニサウナ人アレバ行ッテ マタナメラレモセズ→ナメラレモセズ 他にもあるが、写真からは不明なのでこれだけにする。 もし「ヒデリ」を「ヒドリ」と誤っていたのであれば、賢治は当然修正してい るはずである。賢治がそれを敢てしていないということは、賢治は「ヒドリ」と書いたと理解すべきだと思う。 2 冷夏と旱を「対応」させるのが妥当だという説。 これについては「ヒドリ」でも十分対応しているという説があり、私もその説に賛成である。 それは、「ヒドリ」は方言で 「カンカン照りの猛暑が10日も続き空気が極端に乾燥状態になり、戸板などが反り返ったり、日中数時間も戸外におれば、汗が目に入って目がすごく痛くなり、目が真っ赤に充血する一種の日射病に近い目の炎症になり、涙がボロボロと流れて苦しくなると話し、このような炎症になることを別に「ヒドリマゲ」とも言い、今でも「カンカン虫(電気溶接者)」は、電気溶接のとき保護メガネ無しで強烈なスパークを裸眼で何度も見れば5〜10時間後に目が真っ赤に充血して痛くなり涙がボロボロと出る炎症になるから、今も使うよと話した。」 「方言の解釈は、その土地の風習風土から生まれた言葉(方言)や、通称の土地名など熟知しないと正しい意味がくみ取れないもの。他県の賢治研究者は方言の発音語呂を共通語に結び付けて意味を重ね合わせて、自己流に解釈された見本だと、両氏がはっきりと言っていやんした。 賢治研究者が「ヒドリ」を「ヒデリ(日照り)」と解釈し、賢治の誤記でミスだと断言して追加訂正までしている。教科書にも「雨ニモマケズ」は「ヒデリ(日照り)」と書かれているが、原書原文のまま「ヒドリ」に復権させて、正しい語句と意味の賢治作品を受け継がせたいと提唱しやんす。(滝沢村、自営業)」 (2004年 9月 14日 (火)盛岡タイムス 盛岡弁に隠された先人の英知に迫る) 3 「日取り」説 小作人が日雇い仕事等で稼ぐことを「ヒドリ」と言い、賢治はこれを言おうとしているという説。 私は以前はこの説に賛成していたが、2の説から特に「日取り」説でなくとも良いと考える。2の方言説の方が自然だし、なにより賢治の修正がないと言うことを大事にすべきであると思う。 以上 |
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