Nothing comes of nothing・・・

無からは何も生まれない・・・」私の大切な言葉です。
行動しなければ、結果は生まれない。
待っているだけでは、奇跡はやってこない。
失敗したっていいじゃん。
思う通りの結果ばかりじゃないかもしれないけど、
Step step step!
 一歩 一歩、これからも歩んで行きます。 


ご あ い さ つ

 H9年にうけた脳低体温療法(脳低温療法)と、その後のリハビリ・就学・学校生活等を記録したホームペ−ジです。
 明日を信じて見つめながら、9年間、ちょっとずつ歩んで来ました。
 諦めないで前に進んでいった結果、お医者様も驚くほど、回復しました。でもそれは、私達家族だけの力ではなく、多くの方から心をかけて頂いた結果だと思っています。お世話になった多くの皆さんに恩返しは出来なかったけれど、代わりに別の誰かの力になりたい・・・。
 私達の体験が、過去の私たちのような状況に陥って悩んでいる方々の参考になればいいなと思って、このホ−ムペ−ジを開設しました。
 また、多くの方々に、「脳低温療法」という治療の存在やリハビリの重要性を知って頂きたいと願っています。
 ここの内容はちょっと重い部分もあるけれど、現在の我が家は、笑い声でいっぱいなんですよ。
だから、くれぐれも深刻にならないでくださいね。感想のメ−ルも、お待ちしています。




H9.3.13 ICUから出て、個室にて


 
 平成9年2月 ワゴン車と石垣の間に挟まれる事故により、胸部圧迫で、心肺停止状態となり(心拍開始まで約30分)、絶望的と宣告されました。従来の臨床例からすると、95%以上の確率で死亡、万が一助かったとしても、よくて植物状態・・・。
 ドクターの決心で治験的に行われた脳低体温療法によって、一命はとりとめましたが、20分以上という長時間脳への酸素の供給が滞ってしまった「無酸素脳症(低酸素脳症)」の後遺症で、運動機能全般に障害が残りました。(四肢麻痺、体幹麻痺、構音障害、高次脳機能障害) 4月末、全面介助が必要な状態で退院。その後、児童福祉施設に単独入所にてのリハビリ生活を5ヶ月、退所してからは家庭で様々なリハビリを探し挑戦しました。
 色々すったもんだはあったものの、平成10年4月、地元小学校に入学。16年3月に同校を卒業し、4月に町に1つの中学校に入学しました。(今は町村合併により、市内に中学は4校です)
 現在、普通学級に在籍中の中学3年生です。

* 運動・生活年齢・・・
3才程度(歩行能力は、1歳児以下)

* 精神年齢・・・・・・・ 7才〜13才程度を行ったり来たり
(家では、ほとんど末っ子状態です)
* 知的年齢・・・・・・・
多分、年相応?



あーちゃの ぷろふぃーる



画:ゆのちゃんのパパ
名  前
「あすみ」です。どんなときにも明日つめることのできる子になって欲しいと願って付けました。 HPでの愛称は あーちゃです。
年  齢
  平成3年 終戦記念日生まれの 14才
性  別
女の子
家  族
パパ ママ あーちゃ 年子の妹2人(双子)
生息地 お茶県 茶所
好きな物
たべもの・・・メロン カレ− キムチ(?_?)
いろ  ・・・ピンク きいろ
スポ−ツ・・・ドッチボ−ル
どうぶつ・・・うさぎ りす ハムスタ−
タレント・・・天海祐希さん
そのほか・・・パソコン ピアノ  
           NHKの朝ドラマ ファン
尊敬する人 一生懸命生きた、加藤大治郎さん
得意な事
パソコン。ワープロ・メール・インターネット・ダウンロードやインストールもできちゃうよ。ただ今、ブログにはまっています。
仲よしさん
 まゆこちゃん
将来は
ピアニストになりたい(と、小学校の卒業文集に書いていた)と言っていたが、今は「英語関係の仕事に就きたい」だそうです

トップページへ