はじめに

 このホームページ」は、息子「多聞(たもん)」を中心に我が家の様子を綴ったものです。
 将来、息子が自身の生い立ちを振り返る際の一つの資料ともなればとの思いから作ってきましたが、現在は主に私の両親に対しての近況報告といったところでしょうか。
 春(1999年)から研修として大学院で学ぶなかで「動作法」に取り組み始めました。家でも肢体不自由という障害をもつ息子多聞とともに日々訓練に励んでいます。
 そこで、親子での訓練の様子を通して「動作法」の紹介になればと思い、内容を新しくしました。不十分な点も多いかと思いますので、御指導を賜れば幸いです。
 
 「動作法」による訓練を開始するまでの多聞は、つかまり立ちや伝い歩きがやっとで、移動の手段としては主に四つん這いを用いていた状況でしたが、訓練を開始して1年余り経た今、歩行を獲得しました。歩き方はまだ改善の余地が多く、歩く距離もそう長くはありませんが、それでも家庭や保育園等の日常生活で、移動手段としての歩行が定着するに至りました。また自転車(補助輪付き)にも乗れるようになり、行動範囲が広がり、生活の様式も大きく変わりました。動作法に出会わなければ,おそらく多聞が歩くことは生涯なかったように思います。それだけに,動作法に巡りあえた喜びは、親として大きいものがあります。しかし、反面、もっと早く動作法に出会いたかったという気持ちも強くもっています。そうした思いも、このホームページ作成の原動力になっています。
 
 息子を通して、「障害」という現実に直面し、訓練場面や日常生活においても、いろいろ考えさせられるものがあります。多聞の現在の様子を目の当たりにするとき、障害の早期発見、早期治療(療育)の重要性を強く思う次第です。乳幼児期は、目ざましい発達をみせる時期であるだけに、その発達を阻む「障害」に対する早急なケアは必要不可欠であり、特に重度重複化の傾向にある今日においては、その必要性はますます大きいものがあると思います。
 また、障害児をもつ親としては、障害の軽減・克服はもとより、子どもの成長・発達に向け、より多くの手だてや機会が用意され、必要に応じて活用できる環境をもつことが何より大切なことだと思います。その手だての一つとして、動作法を紹介できればと思い、ページを公開することにしました。
 
 動作法は、脳性マヒによる肢体不自由という障害をもつ人のための訓練法として、成瀬悟策先生(現九州大学名誉教授)が開発されたものです。脳性マヒで動かないはずの腕が、催眠中に挙がったという事実に端を発し、脳性マヒによる強烈な緊張を心理的な活動によって自ら弛めるという自己弛緩、力の入れ方抜き方を正しく学習し自らの意図どおりにからだを動かすという動作の獲得を目指すものです。動作法は、現在、肢体不自由のみならず、自閉症や多動症、さらには精神的疾患といった多岐にわたる治療や訓練場面においても効果が得られることが分かり、「臨床動作法」「動作療法」として知られるようになりました。また、一般に見られる猫背や側湾、腰痛や肩凝りに対する健康法として中高年の方の健康維持やリハビリに用いられ、さらには、近年、「ストレスマネジメント教育」として、児童・生徒のストレスへの対処法としても確立されるに至っています。
 
 動作法の大きな特徴として、「母親指導」「母親研修」を重視し、親が訓練者として家庭で訓練ができるようになることを目指している点があげられます。私自身これまで専門の先生に訓練をお任せする姿勢から、自分が訓練を行なうという姿勢に変わってきました。親が訓練を行なうことで、多聞の緊張の様子や動作上のつまづきなど、徐々にですが把握できるようになってきたと思います。訓練技法等未熟な面はあるにせよ、日々家庭で訓練を行なうという利点は、何にも増して大きいものがあると実感しています。また、過度な緊張からくる姿勢や骨格の歪み、またそこから派生する二次障害を予防・軽減する観点からも、家庭での取り組みは重要であると思います。
 
 こうした意味から、この「野田さんちのホームページ」は、わが家同様肢体不自由という障害児をもつお父さん・お母さんに特にご覧頂き、お子さんを育てるうえで何らかの参考にして頂ければと願う次第です。

 息子のこれまでの成長に際し、私と妻の両親をはじめ、医療関係の方々、療法・訓練関係の方々、保育園の先生方、地域や職場の方々等、誠に多くの方々のお力を頂きました。そうした方々の支えがあって、現在の多聞や家庭があることを強く感じます。これまでお世話になった方々に心より感謝申し上げます。
 このホームページは、現在進行形です。今後いろんな紆余曲折があるとは思いますが、先を楽しみとし、おいおいと綴っていきたいと思います。

平成11年10月21日(多聞5歳の誕生日)父記す
平成12年7月25日加筆

「never ending story」 by kacchan