ノバルティスファーマ株式会社 原 久典
もがき続ける現実

エーザイの佐野さんからご指名を受け、少しドキドキしながら筆を進めている原でございます。武田の森脇さんとほぼ同年代でしかも同じく2回の転職を経験しております。しかし、森脇さんの仰る「自身の市場価値を高める」状況には未だ至っておらず、少しでもそこに近づくべくもがいている状況です。そのような私が外資系製薬会社の研究所において開発分野(主にBioanalytics)に身を置く立場での雑感を綴りたいと思います。

最近、国内のプロ野球の人気凋落が何かと話題になり、一方で松井選手やイチロー選手、さらにゴルフの藍ちゃんや丸山選手、サッカーの中田選手や小野選手等の、世界と堂々と渡り合っている姿には非常に注目が集まっている。
なぜ日本人は、かつて娯楽の王道であった国内のプロ野球に関心を失い、海外で活躍する選手に魅力を感じるのかと不思議に思うことがある。その理由の一つは、グローバルな競争の真っ只中に放り出されている若しくは今後立ち向かわねばならない自分自身の姿に彼らの活躍を重ねているのではないか?
日本人すべてにおいて、島国という環境に守られてきた過去は既に過ぎ去り、世界的な競争というものはもはや他人事ではなくなってきている。

  我々が身を置く製薬業界も外資の巨大な会社再編に連動するかのように内資の会社も再編成が進んできて、大型化が進んできている。では、メガファーマと呼ばれる外資系企業の研究所に働く者は、その巨大さゆえに安閑と出来ているのか?というと全くそうではない。一昔前までは、海外で開発された先端技術を日本の研究所に導入し、国内の学会等ではその紹介を(さも自分でやったかのように)するだけで良かった。依然として規模に勝る海外のメガファーマの技術が先行することは多いものの、日本の製薬企業・大学等との技術の格差は、確実に小さくなってきていると感じる。

一方、外資系メガファーマの国内の研究者の悩みの一つは、「親企業の技術の高さ・規模の大きさ」と「日本における研究所の実はそれ程高くない技術・規模の中途半端な小ささ」という現実とのギャップではないだろうか?
さらに挙げるとすれば、海外の状況次第でコロコロと変わる方針に振り回される点、ある程度海外にお伺いを立てなければ物事が決まらない点があること、であろう。

社内協調の裏には、なかなか対等の関係になれない現実もある。
例えば、出張で海外の研究所を訪問したとする。「おお、よくも日本のような遠いところから来たな。Welcome、Welcome・・・。」といった具合に歓迎される。いわゆるお客さんである。ところが、仕事の話になると一転することもある。組織上では、日本の研究所は対等のはずであるが、現実は研究所のGLP化、コンピューターシステムバリデーション、部署の規模、個人のスキル・専門性、言語能力(特に英語)等、どれをとっても見劣りがする。
結果的に「GLP-likeにやっているのであれば、なんでGLPに出来ないんだ?」等と散々言われた挙句、「日本は独自のペースで進めればよい。」日本の研究所は邪魔だ!と言わんばかりの場面も無いわけではない。海外の研究所では当たり前のように行われていることが、たまに得られる研究所訪問の機会や電話会議/ビデオ会議で初めて見たり聞いたりすることだってある。ディスカッションもかなり進行した時点で内容が漏れ聞こえてきたりするのだ。日本の研究所は油断すると置いてきぼりを食らいやすい存在である。

外資系製薬会社の国内における研究所は、つい最近まで、世界第2位といわれる日本の市場に立脚した仕事さえすれば済まされていた。だがその結果、多くの外資系の製薬会社は国内の研究拠点を閉鎖した。投資に見合う見返りが得られないからである。現状で存在している外資系の製薬会社の研究所に勤務する者のほとんどは、しばしば変わる組織・方針に悩まされ、いつ閉鎖されるか分からない現実に直面しながら、規模が桁違いに異なる海外の研究拠点に対抗するべくもがき続けている。ここで感じるのは、「客観的に自分たちのスキル・能力を見直し、客観的に自分たちに何が出来るのか?どこで勝負するべきか?をじっくりと考える場が欲しい。」ということである。

「で、おまえらはどんな点で我々に貢献してくれるの??」と問いかけられる言葉に表されるように、「日本独自の技術」での貢献を求められる。スケールで太刀打ちできない海外の研究所と同じことをしていては勝ち目は見えてこない。

何でも良いから出来ることから存在を主張していこう。納得いかないことがあれば何でも聞こう。何しろ言わなきゃ分からない。黙っていればその存在は無視される。そのためには森脇さんが強調されたように、必要最低限の語学力が必要だ。一方で、学会・ジャーナル等からの情報には常に目を光らせておく必要はあるし、種々のコラボレーションは未知の可能性を引き出すかもしれない。ヒトのつながりは大事で、雑談から非常に重要なことに気が付き、そこから大きな成果を得るかもしれない。
エーザイの佐野さんが書かれた「つくばの交流会」はそんな淡い期待と共に、他のヒトがどんなことをやっているのかをベンチマークとして自分を客観的に見つめる助けになればという願いもあり行われている。


以上のことを書いて、内資であろうが、外資であろうが研究員の目指すべき方向は、優れた技術を応用し優れた医薬品を作り出すこと、で完全に一致していることに改めて気が付く。立場は若干異なるにしても基本はなんら変わることはない。

幸いにも?薬物動態分野は日本が世界に誇れる数少ない分野のひとつであると理解している。あとはその利点を最大限に生かしつつ、Multi Nationalの環境において、いかに自分たちの能力を発揮できるのかということなのだろう。

我々の苦闘はさらに続く。

(以上)