田辺製薬 水内 博
創薬の河を自由自在に泳げるように

田辺製薬の水内と申します.現在は探索動態研究に従事しています.今回,「薬物動態の輪」への執筆を引き受けましたが,これまで担当された方々(中には同じ会社だった方もいらっしゃいます!)のように,これといった専門分野がなくお恥ずかしいのですが,これまでに歩んできた道,これから歩みたい道について雑感を書かせていただきます.
私自身,今の探索動態の仕事に就くまでにずいぶん回り道をしたなと感じています.と言いますのも今を遡ること20年以上前ですが,某地方大学の農学部に籍を置き,いわゆる「ムツゴロウ」を目指していた自分がありました.広いキャンパスに附属農場,附属牧場での実習.スケールが大きく,体力勝負,毎日が充実しておりました.当時は「バイオテクノロジー」ブームも手伝ってか,農学部は結構人気があったかと記憶しています.実習はバイオへのプロローグだったのです(やや強引?).生命の誕生に興味を持ち,メカニズム研究に没頭しました.食肉解体工場にお邪魔してウシの卵巣をもらい,細胞を分離培養し,ホルモン分泌量を測定するというものです.培養技術と共に,ラジオイムノアッセイ,エンザイムイムノアッセイ,高速液体クロマトグラフィーとの出会いでした.修士での研究でしたが,何をやったかを書けるようになれたのは,当時の恩師の叱咤がなければ成し得なかったと思っています.今では口癖の「目的は何や?」や「それをやってどうなんの?」は当時の恩師に叩き込まれました(部下側から見ればややうるさいかも知れませんが…).明確な目的を自分で立てるまでは研究室への出入りも禁止で,空き講義室(図書館でないところが恥ずかしい)に一人こもり,考えを纏め上げた日々が懐かしいです.このような教育が今も残っているのかわかりませんが,私にとっては辛かったものの,良い経験となっています.
生命関連企業への就職を志望し,多くのお断りを受けつつも,念願かなって今の会社へ就職することができたのですが,最初はCMC関連の仕事に携わりました.日本薬局方の存在すら知らずにCMCに関する業務をこなすのは非常に厳しいものがありました.後日談で,当時の上司が教育的意味合いも込めて配属したようです(なんとありがたい話です).その後,臨床試験サンプルの分析業務を担当,申請業務に携わるようになり,どのようなメカニズムで動態プロファイルが決定されたのかに興味を持つようになりました.決定因子の一つとして当時(今も)クローズアップされ,クローニング報告が絶えなかった薬物トランスポータの門を思い切って叩き,大学の附属病院で研究生として学ぶ機会を与えていただくことができました.今考えれば非常に不思議ですが,培養技術と測定技術を持っていたことが幸いし,当時の研究結果を学位論文としてまとめるまでに発展できたのは自分にも驚きです.この時をきっかけに,広く薬物動態分野の研究者の方々と交流できたのは大きな喜びでした.研究生としてお世話になっていた際には基礎研究だけでなく,附属病院だけあって,臨床に携わる方のお話も伺えたのが,企業研究者としては感慨深いものでした.創薬に携わる者としてのバランス感覚を養う上でも,臨床現場に触れることを皆さんにお勧めしたいです.
会社復帰後は,創薬の河を上り(駆動力は何だったのか…),探索動態の仕事に携わっています.探索動態という概念が出て久しいですが,結局のところどこまでやっても十分なものはなく,ある種の消化不良を感じています.リスクとコストの問題もありますし,メガファルマと同じようなことをやっていてもモノ(新薬)は出ないのではないでしょうか.モノ創りは,多くの専門家の知識,技術をいかにうまく集めるかに掛かっていると信じています.サイエンスレベルでは決して負けていないはず(?)ですから,システマティックに進めるメガファルマに対抗した「何か」を用意できればと思います.もちろん「何か」に相当する部分は人(会社)によって異なっているでしょう.幸い,物理的コミュニケーションは良好ですので,「カギ」は案外近いところにあるのかもしれません.「人のためになる医薬品を世に出す」というミッションに,各々が自分の研究,仕事をどのように落とし込んでいけるかを真剣に考えるのはもちろんのこと,日本流の組織力を見せる時期がやってきたなとニヤニヤしています.企業の薬物動態研究者は,種探しから承認申請まで自由に動き回ることができ,河を上ることも,下ることも志さえあれば自由自在に航行できます.各ステージで,人の話を聴き,場数を踏むことが薬物動態研究者に求められるのではないかと考えています.クロスファンクショナルチームのまとめ役のような役目を担ってみたいものです.異分野からの人を受け入れ,異分野に人を送りだしている,そんな薬物動態であればよいのですが,近頃は薬物動態という枠を作ろうとしているのではないかと危惧しています.うだうだと書いてきましたが,こんな道のりを許してくれるのが薬物動態だと思っています.最近は自身よりも後輩を導く役割に比重が移りつつありますが,「専門性の枠を打ち砕き,自由自在に航行してみたい.」に共感してもらうのは難しいようです.ふと振り返ったとき,「その道一筋」よりも「回り道している」ことを実感できる方が心地良いと私は思いますが,研究者としては失格ですかね???