(最終改訂2002年10月27日)

ガイア仮説(Gaia theory)

 イギリスの科学者ジェームズ・ラブロックが1979年の著書『ガイア』で唱えた概念。ラブロックと生物学者リン・マーギュリスがNASAで火星上の生命の存在可能性について研究していた際ラブロックが発案し、マーギュリスの協力で仮説として提唱した理論。ラブロックによれば地球生命圏はその化学的・物理的環境を生命にとって望ましい一定の状態に保つ自己制御機能を持つ。それが生命体のホメオスタシス(恒常性)に比定されたことから、地球自体が「ガイア」と呼ぶ生命体に例えられるようになった。この概念はエコロジー運動のみならず、地球を一個の意思ある生命体と見なす形に拡張されてニューエイジ運動にも取り入れられている。おそらくニューエイジ運動におけるガイア仮設は、ラブロックが本来想定したものを大幅に踏越えていると思われるが、これは科学上の仮説がニューエイジ運動に取り入れられる際どのように変容するかという好例であろう。ガイアは本来ギリシャ神話における最初の被造物で混沌から生まれた地母神の名前である。

参考:ジェームズ・ラブロック著『ガイア』(TBSブリタニカ)


カイロ(Cheiro)

  1867〜1936。アイルランド生の手相家。本名ウイリアム・ワーナー(William Warner)、本人はルイ・ル・ワーナー・ド・ハモン伯爵(Count Louis le Warner de Hamon)と称する。人間の皮膚に書かれた手相の書物を発見し、エジプト、インドで学んだと主張。ロンドンのニュー・ボンド・ストリートに手相のサロンを開き、当時当時最高の手相家となる。マタ・ハリとのロマンスやラスプーチンとの霊的闘争を行ったとも主張し、彼の顧客にはイギリス首相のアーサー・バルフォア、クリーブランド・アメリカ大統領、イギリス王エドワード7世及びエドワード8世、キッチナー将軍、レオポルド・ベルギー首相、マーク・トウェイン、オスカー・ワイルドなどの名士が名を連ねていた。しかし晩年はカリフォルニアで貧困のうちに死亡したと言われる。

個人的弁明:日本ではキロと表記されることが多い。英文ではCeiroであるが、実際にどう発音するかは未確認。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

カサノバ(ジャコモ、Giovanni Giocomo Casanova)

 1725〜1798。ベニス生まれの漁色家、フリーメーソンで魔術師。役者の子に生まれ、聖キプリアヌス神学校に入るがスキャンダルで追放される。その後ローマの枢機卿に仕えたりベニスでバイオリニストをした後1750年にリヨンでフリーメーソンに加入、パリ、ドレスデン、プラハ、ウィーンなどヨーロッパの各地を放浪して漁色家として浮き名を流す。1755年にベニスに戻るが、そこで魔術師でフリーメーソンであるとして投獄されるも1756年10月31日に脱獄、パリに逃げる。しかし債権者に追われてヨーロッパ各地を点々とし、薔薇十字団の一員を自称して各国の宮廷に出入りした。晩年はボヘミアのワルドスタイン伯爵の図書館員となり、そこで死亡。

参考:コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)

果心居士(かしんこじ)

?〜1584?果心居士は、じっさいには架空の人物と思われる。筑紫の生まれと言われる一方、インド系の人物で、興福寺に伝わるインド起源の音楽「迦陵頻」を聞いてバラモンの妖術に目覚めたとも言われる。いずれにせよ果心居士の名は、様々な幻術を見せた妖術師として残っている。あるときなど藤沢の池で多くの人の前で笹を撒き散らした。すると、笹が魚になって泳ぎ始めたという。当時大和を支配していた松永弾正が彼の噂を聞き、果心居士を召し出した。果心居士は弾正と二人きりになると灯火をすべて消し、自身も姿を消した。すると月の光がなくなり、雨の降る音が部屋のなかに満ちてきた。縁には白い人影が現れた。よく見ると、5年前になくなった弾正の正妻だった。
 果心居士は1584年に秀吉に召し出されたともいう。このとき果心居士が呼び出したのは、若いとき秀吉が戦場で犯し、死に至らしめた女性であったが、秀吉はこのことを誰にも口外したことがなかった。恐れた秀吉は、果心居士を磔にした。一方、果心居士は鼠に姿を変えて逃げたとの伝説もある。

蛇足:1972年から放映されたテレビ・ドラマ「怪傑ライオン丸」では、主人公獅子丸の育ての親で、大魔王ゴースンとともにインドでバラモンの秘術を学んだという設定になっている。

参考:歴史読本増刊「忍者」のすべて

火星効果(Mars Effect)

 フランスの統計学者ミシェル・ゴークランが出生時の惑星の位置が本人に与える影響の一つとして主張したもので、一流のスポーツ選手には火星が天球上の特定の位置にある者が統計上有意な確度で多いというもの。同様の現象は木星についても主張され、木星効果と呼ばれる。CSICOPの統計学者アービン・ゼレンはポール・カーツやジョージ・アベルとともに1976年から1980年にかけて火星効果を反証しようと試みたが、レイ・ハイマンやエリザベス・スコット、ローリンズらはその手法に問題があることを指摘、ディングウォールやドルッチら多くの会員が脱会する結果となった。いわゆる超常現象に属する事例のなかで未だ反証されていないものの一つである。一部の西洋占星術師たちは火星効果について、西洋占星術が正しいという証明であるような言い方をしているが、ゴークランは同時に他の占星術上の理論をも検証し、それらは統計上まったく意味がないことも証明している。またゴークランが指摘した火星の位置は、伝統的な西洋占星術では軽視されてきたケーデントの位置にある。

参考:H.J.アイゼンク、D.K.B.ナイアス著『占星術』(誠信書房)

カタリ派(Catharism)

 中世の南フランスを中心とした異端キリスト教派。ブルガリアのボゴミール派の影響を受けて成立したとされ、厳格な二元論をとって現世を否定、転生を信じていた。これに対しインノケンティウス3世は1208年にアルビジョワ十字軍を派遣、南フランスのカタリ派はほぼ壊滅した。この事件はその後の異端キリスト教に対する大弾圧の嚆矢となったとされている。しかしイギリスのアーサー・ガーダムなどは、当時のカタリ派が現代に多く転生してきていると主張している。

個人的疑問:カタリ派についてはアルビジョワ十字軍による虐殺やその後のカトリック教会の教化政策で消滅したというように記されている。少なくとも今のところ、現在まで一部で生き延びているという話は聞いていない。しかし世界にはけっこうとんでもないものが生き延びていたりする。ウィッカを名乗る魔女宗がドルイドの秘術の継承を名乗るのは別にしても、イランやインドにはゾロアスター教が健在だし、イラクのマンダ人などはグノーシス派ではないかと言われている。日本でも安倍晴明の子孫たる土御門一族が命脈を保っているし、何より島原の乱で根絶されたはずの切支丹たちが、明治になって名乗りを上げたという実例もある。丹念に探せば密かにカタリ派の教義を伝える者が生き延びているのかもしれない。なお、知り合いから聞いた話では、シャーリー・マクレーンの著作などを翻訳している山川紘矢夫妻もカタリ派の生まれ変わりということである。

カバラ(Cabala、Kabala,kabbala、kabbalah、qabala、qabalah)

 伝承を意味するヘブライ語で、ユダヤ教神秘思想のこと。13世紀スペインのカバリスト、アブラハム・アブラフィアによれば、その学習は三段階に分かれ、第一段階はトーラの学習で第二段階はタルムードとミトラシュを学ぶ。ここまでは通常のユダヤ教のラビと同じであるが、その後の第三段階としてカバラの学習がある。つまりカバリストに言わせれば、ユダヤ教における最奥義の教えということになる。その起源は1世紀のパレスチナに現れた、『エゼキエル書』の神の乗り物(メルカバ)を観想するというメルカバ神秘主義に求められ、その後文字を数字に置き換えて特定の単語に使用される文字の総数で他の単語との関係を見る「ゲマトリア」、一つの単語を複数の単語の頭文字を並べたものと見なす「ノタリコン」、アナグラムとしての「テムラー」など様々な手法が加わった。カバラの解釈を行う『創造の書』、『ゾハール』はそのまま西洋魔術の基本書ともなっている。
参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)



カリエール(エバ、Eva Carriere)
1886/90〜1943。エバ・C、マルト・ベロー、ウエスペ夫人としても知られるフランスの霊媒で、史上最も傑出した霊媒と言われる。ノエル将軍夫妻の息子の婚約者だったが、息子の死後1911年より物質化現象を起こし、シャルル・リシェやシュレンク・ノッチングも彼女を調査し、その真正を認めた。アルジェでは300年以上前に死亡したインディアンのビアン・ボアを物質化させたが、これについてはその後くびになった御者のアレスキがその一部を演じていたことを暴露した。また1914年に彼女が物質化させた霊の顔はフランスのファッション雑誌「ル・ミルワール」の顔写真とそっくりだったり、イギリス心霊研究協会が彼女のエクトプラズムを調査したところ紙だったとの報告もある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

カリオストロ(アレキサンダー、Count Alessandro di Cagliostro)

 1743〜1795。本名ジョゼッペ・バルサモ。1743年にイタリアのシシリー島、パレルモに生まれたとされ、自身はジプシーの出自であると主張している。ナポリでロレンツァ・フェリシアニと結婚し、1776年にロンドンでカリオストロ伯爵夫妻を名乗る。不老薬エリクシルの販売や降霊術、ダイヤモンドや金の生成ができると主張してヨーロッパを放浪し、34才の時にはフリーメーソンに入団、フリーメーソンにエジプト的儀礼を導入した。その際、20才のロレンツァは実は60才であるとか、自分はエリクシルと呼ぶ秘薬により何百年も生きていると主張している。34才の時にはフリーメーソンに入団し、フリーメーソンにエジプト的儀礼を導入した。1785年にはマリー・アントワネットのダイヤモンド・ネックレス事件に関与して9ヶ月半の間バスチーユに収監されるが釈放され、1789年イタリアに帰った後、フリーメーソンを違法とするローマ・カトリックの膝元、ローマで活動したため夫人の告発を受けて捕らえられ、死刑を宣告されるが終身刑に減刑、幽閉先のサン・レオ要塞で死亡した。

蛇足:アレキサンドル・デュマの小説の主人公にもなり、またルブランの怪盗ルパン・シリーズにはカリオストロ伯爵夫人という敵役も登場する。

参考:コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)



(き、ki,qi)

 中国思想において宇宙、自然、生命などこの世のあらゆる物体の中に潜在するエネルギーのこと。人間の体内においては肉体の隅々にまで満ち、時に肉体の外側にまで放射される。中国医療においては血管やリンパ管と同様に気の流れる通路が経洛であり、気を用いることでヒーリングや思念の伝達、さらには人間をはねとばすことも可能とされる。自然の気についてはその状態により皇帝が住まうに相応しい地や合戦の勝敗を探る望気術のような試みもあった。気を練るための修行法は、現在では一般に気功(qui gong、qi gong)と呼ばれる。しかし気功という名称は1955年に劉貴珍が唐山市に気功療養院を開いたのが最初とされ、町好雄東京電機大学教授によれば相手をはね飛ばしたりする鉄骨をねじ曲げたりする硬気功と軟気功、透視などの特異効能の3種に分けられる。軟気功はさらに気功師が自分の気を出して相手の病気を治したりする外気功と自ら気を高めるための内気功に、内気功は静功、動功、按功に分けられる。気功師が気を放出する際には脳内のベータ波の消失とアルファ波の優勢、1ヘルツ前後の波長を乗せた遠赤外線や低周波の発生、経穴を中心とした体表面の温度変化などが見られるが、同様の現象は霊媒や超能力者がその能力を発揮しているときにも確認されている。

参考:町好雄著『「気」を科学する』(東京電機大学出版局)



キャトル・ミューティレーション(Cattle Mutilations)

 アニマル・ミューティレーションとも言う。1974年末にアメリカで表面化した家畜、特に牛の奇怪な殺害事件のこと。ミネソタ、ウィスコンシン、カンザス、ネブラスカ、アイオワなど広範囲で数百頭の家畜が被害に遭ったとされる。こうした家畜の死骸は血液が全部抜き取られていたり、内臓、生殖器などが失われており、しかも目や性器の切り口はレーザーやメスを用いたかのようにきれいにえぐられていたりする。しかも周囲に人の足跡はないのが通例である。UFO搭乗員の仕業とする説もあるが直接の関連を示す証拠はない。他に魔術教団等の仕業、プラズマ説がある。他方、元FBI捜査官のケネス・ロメル・ジュニアは、キャトル・ミューティレーションの犠牲となった多数の家畜の報告にも拘わらず年間の牛の死亡件数に変化がなかったことを指摘、さらに牛の死体を実際に放置して実験すると、血は流れ去り鳥や動物の噛み口がキャトル・ミューティレーションにおけると同様であると述べキャトル・ミューティレーションそのものを否定している。

参考:と学会著『トンデモ超常現象99の謎』(羊泉社)、
   Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)


吸血鬼(vampire)

 生きた人間や動物の生き血を吸う悪鬼や妖怪のこと。時にはむさぼり食う場合もある。この種の妖怪の伝説は世界中にあるが、吸血鬼の典型として知られているのはスラブ起源のものである。それによると不正直者や邪悪な人間、貪欲な人間や不愉快な人、犯罪者、人狼や魔女、呪術師などが死後吸血鬼になり、蝶、蛙、鶏、犬、狼、馬、ロバ、猫、山羊、鼠、梟、油を入れる山羊の革袋、干し草の山などさまざまな物に変身できる。また鏡に写らない、十字架や日光、ニンニクを嫌うなどの特徴がある。滅ぼすには心臓を木の杭で貫き、首を切り、死体を燃やしてその灰を川に流す。

参考:栗原成郎著『吸血鬼伝説』(河出書房新社)

キュブラ-ロス(エリザベス、Kubler-Ross)

 1926〜。スイス生まれの精神科医で、ターミナル・ケアとサナトロジーの世界的権威。臨死体験研究家でもある。三つ子の一人として900グラムの未熟児に生まれる。チューリヒ大学医学部卒業。コロラド大学で精神科の助手を務めているうちにターミナル・ケアに取り組む。一方1967年より、自分の病院の患者が死の瞬間に見るビジョンの研究をはじめ、1969年に『死ぬ瞬間』を著し、臨死体験研究の先駆者となる。死後の世界の存在を主張。近年はアリゾナ州フェニックス近くにあるスコッツデールのはずれで一人暮らしをしている。

参考:キュブラ・ロス著『死ぬ瞬間』(読売新聞社)



ギルガメシュ叙事詩(Gilgamesh Epic)

  世界最古の文学作品と呼ばれるバビロニアの叙事詩。ウルクの支配者で3分の2が神、3分の1が人間というギルガメシュを主人公とする。叙事詩ではギルガメシュはウルクの暴君で、人々がその暴政から救ってくれるよう神に祈ったため、神はエンキドゥという人物を生み出し、ギルガメシュと戦わせる。戦いの後ギルガメシュとエンキドゥは親友となるが、神の牡牛を殺した罪でエンキドゥは死に、ギルガメシュは不死の秘薬を求めて大洪水を生き延びたウト・ナピシュテムを訪れる。その際ウト・ナピシュテムが語る洪水伝説はノアの方舟の物語の原型であると言われる。なおメソポタミアから出土した粘土板文書には、紀元前2800年頃に実在したウルクの王としてギルガメシュの名が記されている。

参考:H.ガスター著『世界最古の物語』(社会思想社)

キルリアン写真(Kirlian Photography)

1937年にソ連のセミヨン・ダヴィドヴィッチ・キルリアンとヴァレンティナ・キルリアンの夫妻が発見した撮影法によって撮影された写真。あるいはその撮影法のこと。本来はクロアチア出身の発明家ニコラ・テスラが考案したテスラ・コイルを利用し、フィルムの上に置いた伝導物に高電圧を加えることでコロナ放電の模様をフィルムに記録できる。指や手などの周囲に放射状の光が映ったり、木の葉の一部を切り取って写すと切り取った部分が映るなどの現象が生じることからオーラを写す方法とされることもあるが、実際は単なる電気現象で、硬貨など生命のない物体でも同様に撮影できる。木の葉の切り取った部分が写る現象については、切り取るときに木の葉を載せたガラスごと写すと、木の葉の水分が残っていてそのように見えるとされる。

参考:S・オストランダー、L・シュロウダー著『ソ連圏の四次元科学』(たま出版)
    James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)



キング(ケティ、Katie King)

 イギリスの霊媒フローレンス・クックの支配霊で、霊としては史上最も有名な人格である。1860年代にクックがダベンポート兄弟の舞台で行なった交霊会で初めて出現した。生前の名はアニー・オーエン・モーガンと言い、17世紀にジャマイカ副総督となったウェールズ出身の海賊ヘンリー・オーエン・モーガン(1635〜1688)の娘とも言われるが確認されていない。その後クックの交霊会にしばしば出現し、1874年よりクルックス教授の研究を受けたことで有名になるが、その容貌がクックにそっくりだとの批判もある。クックの死後1974年にローマで行なわれたフルビオ・レンデルの交霊会にも出現したことがある。ケティ・キングの父親と称するジョン・キングの霊も、幾つかの交霊会やSORRATの実験に出現しているが、これはモーガンの霊界での名とされる。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    ウィリアム・クルックス著『心霊現象の研究』(たま出版)


ァダルーペ(Guadalupe)

 メキシコ・シティ郊外の地名。1531年12月9日、改宗インディオの農夫ファン・ディエゴは、当時テペヤクの丘と呼ばれていたこの場所で、彼と同じ肌の色をした輝く少女から話しかけられた。少女は、自分は聖母マリアであると名乗り、彼女の立つ場所に教会が建てられることを望んだ。そこでディエゴは、メキシコ・シティの司祭ファン・デ・ズマラガに会い、聖母の願いを伝えるが、ズマラガは聖母出現の証拠を求めた。するとディエゴの前に再度聖母マリアが現われ、真冬にも拘わらず咲いていた薔薇をつみ取り、それをズマラガに届けるよう述べた。ディエゴが薔薇をマントに包んで運び、ズマラガの前でマントを広げると、マントにはディエゴが見たとおりの聖母の姿が描かれていた。この聖母の出現はカトリック教会から承認され、現在そのマントはグァダルーペの神殿に飾られている。しかし1979年5月の赤外線による調査では下書きの跡が発見されており、人の手により作成されたことは明らかとなっている。(左上はグァダルーペの聖母像)

参考:Joan Ashton著『Mother of Nations』(Veritas)


クインビー(フィニアス・パークハースト、Phineas Parkhurst Quimby)

 1802〜1866。アメリカの精神治療家でニューソート運動の元祖とされる。ニューハンプシャー州のレバノンに生まれる。時計職人をしていたが1833年、結核に罹ったとき馬に乗ると良いと聞いて四輪馬車に乗って回復した。同じ年にフランス人催眠術師の話を聞き、霊媒のルーシャス・バークマーに催眠術を施して透視により病気を治療するという療法を始めるが、やがて、患者は単に催眠状態の助手の言葉を信じることから回復すると考え、自ら患者の病状を言い当てることで治療を行うようになる。その裏付けとして、病気は基本的に患者自身の誤った信念から生じるものであり、この誤った信念を正すことで治療できると主張した。クインビーはこの治療法を、イエス・キリストが説いたのと同じ方法の「科学」であるとも主張し、クリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディも、クインビーの治療を通じて影響を受けている。

参考:マーチン・A・ラーソン著『ニューソート』(日本教文社)


空中浮揚(levitation)

 人体及び他の物体を何の支えもなく空中に浮揚させる現象。伝説では魔術師の元祖とされるシモン・マグスの他、チベットのミラレパ、日本の役小角など世界各地に空中浮揚を行った人物の伝説が数多くあり、またキリスト教の聖人230人にこの種の現象が発生している。近代ではイタリアのジョゼッペ神父やアビラの聖テレサなどの空中浮揚、1868年12月のアシュレー邸でのヒュームの空中浮揚が有名である。オウム真理教やTMなどいくつかの宗教団体は、修行で空中浮揚が可能と主張し、空中浮揚の写真を公開しているが、そうした写真はトリックである。物体の浮揚については19世紀末から今世紀初頭に頻繁に行われた交霊会やポルターガイストの際しばしば報告される。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)


クック(フローレンス、Florence Eliza Cook)

 1856/7〜1904。イギリスの霊媒。ロンドンのイーストエンド出身の教師であったが霊媒に転じ、当初は妹のケティとともに招待客のみの交霊会を行っていた。1870年代にダベンポート兄弟と舞台で共演した際出現したケティ・キングと名乗る女性の霊は、その後クックの交霊会に何度も出現し、ウィリアム・クルックスの研究を受けた。クルックスはその能力を本物としたが、ケティ・キングが多くの場合クックとそっくりであることや、交霊会の条件を厳しく設定すると物質化に成功しなかったなどの批判もあり、1881年1月にはジョージ・シットウェル卿がそのいんちきを暴いたこともある。クルックスとクックの関係についてはクックがトリックを用いていたのを承知しながらそれを公表しなかったとか、両者は愛人関係にあったとの説もある。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    ウィリアム・クルックス著『心霊現象の研究』(たま出版)


クラギーナ(ニーナ・セルゲイビッチ、Nina Kulagina)

 1925〜1990。旧ソ連の超能力者で、サイコキネシスで有名。レニングラードに生まれ、若い頃から霊感があると言われていた。第二次対戦中はドイツ軍の包囲網の間隙をぬって物資を運ぶ汽車の通信士として活躍し、レーニン勲章を受ける。結婚して二児の母となるが、1964年、ノイローゼで精神病院に入院した際、入院中手を触れないで物体を動かしたり他人の持ち物を言い当てたりしたことから超能力者として有名になり、レニングラード大学のワシリエフ教授らの調査を受けた。目隠しをして文字を読んだりガラスのケースの中の物体やコンパスの針を動かしたり、カエルの心臓を止めたりする実験を行い、その模様は数々のフィルムに記録され、ソ連科学アカデミーをその能力を本物と認めた。

参考:S・オストランダー、L・シュロウダー著『ソ連圏の四次元科学』(たま出版)
    ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)



クラフト(カール・エルンスト、Karl Ernst Krafft)

 1900〜1945。スイスのバーゼル生まれの占星術師。バーゼル大学で統計学を学んだ後チューリッヒで占い師となる。1935年、ナチス宣伝相ゲッベルスに見出されドイツに移住し、1939年11月のヒトラー暗殺未遂事件を予知したことでルドルフ・ヘスの顧問となる。その後ノストラダムスの予言詩がナチス・ドイツの勝利を予言していると解読することでナチスに協力、彼自身も1943年のドイツの勝利を予言していた。しかしヘスがイギリスに逃亡するとともにクラフトも関与を疑われて拘束され、オラニエンブルクの収容所で死亡した。統計的に占星術の正しさを証明すべく研究も行うが、その統計上の処理には現在疑問が出されている。

個人的疑問:占星術関係の書物を見ると、彼はヒトラーの偽のホロスコープを見せられたためにナチスの勝利を信じていたように書かれていることがある。しかし、クラフトが見たホロスコープが偽物だったとしたら、彼がヒトラー暗殺事件を予知したのは単なる偶然だったということになる。実際西洋占星術には、出生日時を推定するという手法もある。従って、クラフトが偽のホロスコープを見抜けなかったとしたら彼が大した占い師ではなかったか、彼が修めた西洋占星術の理論に重大な欠陥があるか、あるいはその両方であるということになる。ちなみに、世界に同じ指紋の持ち主がいないように、西洋占星術でまったく同じホロスコープを持つ人間はいない。もっとも、数キロ程度しか離れていない場所で数分程度しか出生時間が異ならない場合には、判断上差が出てこない。しかし2時間以内に生まれた同性の人間が皆同じ運命となる東洋占星術よりは精緻と言える。

参考:フェニックス・ノア著『神の計画』(日新報道出版部)
    コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)

クリシュナムルティ(ジドウ、Krishnamurti)

 1895〜1986。インドの思想家。神智学協会で働くブラーミンの子であったが、1909年、14才のとき、神智学協会の本部のあったアディヤールの海岸で遊んでいたところをチャールズ・リードビーターの透視力により見出され、同協会がメシアと仰ぐマイトレーヤその人であると認定される。これによりクリシュナムルティをメシアと仰ぐクリシュナムルティ運動(あるいは東方の星教団)がアニー・ベザント及びリードビーターによって結成され、1912年には15才でイギリスへ連れて行かれ、リードビーターより教育を受ける。1929年になって、クリシュナムルティ自身が人間宣言を行なったことでクリシュナムルティ運動も解散したが、クリシュナムルティはその後も神智学協会とは独自に神秘主義的な思想を説き続け、今でもニューエイジ運動におけるグルの一人となっている。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)


クリスチャン・サイエンス(Christian Science)

 1879年、メリー・ベーカー・エディによって創始されたキリスト教の一派。エディは、1866年に氷の上に倒れ、3日の命と宣告されながら聖書を読むことで奇跡的治療を経験したと主張しているが、実際にはクインビーが行った治療法を流用していることが明らかとなっている。基本的には聖書の内容を信じるキリスト教の一派であるが、その特徴は精神こそが唯一の実在で物質は幻想、苦難・病気は物質の実在を信じる誤った思想から生じるという極端な精神性の重視にあり、医薬を拒否して信仰により病気を治療する信仰治療で有名。1879年の最初の教会は、エディと15人の信者がボストンに設立したが、その後信者数は増大し、1936年には269000人の信者を数えた。アメリカのクオリティ紙の一つである『クリスチャン・サイエンス・モニター』も、本来クリスチャン・サイエンスの資本で発刊されたものである。

参考:マーチン・A・ラーソン著『ニューソート』(日本教文社)



グルジェフ(ゲオルグ・イワノビッチ、Georg Ivanovitch Gurdjieff)

 1870?〜1949。ギリシャ系アルメニア人。コーカサス地方アルメニアのアレクサンドロープルで生まれる。生年については70年、72年、73年、77年の諸説ある。1888年頃から1912年まで南ヨーロッパからアフリカ、アジアの広い範囲を放浪、1899年頃、サルムング教団の僧院にたどりついて修業を積む。その後タシケントで事業を営み、100万ルーブルの大金を持って1913年にモスクワ、次いでペテルスブルグに現れる。ロシア革命後、ウスペンスキー夫妻、ハートマン夫妻などを伴ってコーカサスのエッセントゥキに移り、1918年にそこで「人間の調和的発展研究所」を開くが、その後内戦を避けてグルジアのティフリス、コンスタンチノープル、ベルリンを経て1922年7月14日、パリに到着する。ドレフュス事件の弁護士ラボリーの未亡人の持ち物だったフォンテーヌブロー・アヴォンのプレオーレの屋敷を購入し、本格的な活動を開始。1949年10月29日死去。グルジェフの思想はスーフィーの教えを機軸とし、7段階にわたる人間の発展段階など独自の宇宙論、認識論を含む。機械的人間のレベルを脱して意識状態をコントロールできる第7段階に至るためにワークと呼ぶ独自の修行法を創出した。

個人的コメント:グルジェフについてはそれほど深入りしてないせいもあるが、正直言ってどう評価したものかわからない。ニューエイジ運動における彼の影響は無視できないものがあるが、彼の行動ややり方を見ているとどうも全面的に信頼できないという気がする。彼の経歴についても大部分は彼自身の主張によるものであり、スーフィーの教えを基本とするという彼の教えも、神との合一を本来の目的としたはずのスーフィーの修行と整合するのかどうかは疑わしい。人間の潜在能力開発という意味では、元祖的存在かもしれない。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)


クルックス(ウイリアム、Sir William Crookes)

 1832〜1919。イギリスの理化学者。富裕な仕立てやの16人目の子として生まれ、王立化学大学卒業後オックスフォード大学のラドクリフ研究所員となり、チェスター・トレーニング・カレッジの講師を務める。科学者としてクルックス管の発明、タリウムの発見などの業績を上げる。1897年にはその科学的業績に対しナイトの位が与えられる。1867年に弟のフィリップが海で死亡した後、1869年より本格的に心霊現象の研究をはじめ、1883年のSPR創設以来のメンバーとなる。ヒューム、クック、フォックス姉妹等の霊媒を研究、1896年から99年までイギリス心霊研究協会会長に就任。サイキックの名称の提唱者でもある。他方、シャワーズなど霊媒のいんちきの現場を捕らえたことがあるがそれをわざと公表しなかったとも言われる。またエリファス・レヴィの心棒者で神智学会会員でもあった。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    ウィリアム・クルックス著『心霊現象の研究』(たま出版)


クレアラー(エリザベス・マージェリー、Elizabeth Magery Klarer)
 1910〜。南アフリカのコンタクティー。1917年10月、妹とともに地球に衝突しそうになった隕石を金属質の物体が軌道からそらせるのを見たことがある。1954年12月27日午前10時、作男たちが騒いでいるのでドラケンスバーグ山脈の丘陵地帯にある農家から表に出、1917年に物体を目撃した丘まで走っていくと上空の雲の中に明るい閃光が見え、巨大な皿の形をした幅約55フィートの飛行物体が降下してきた。物体は地面から12フィートほどで止まり、近くを行ったり来たりした。物体は平たい形で三つの窓が彼女に向けられ、その一つからハンサムなヒューマノイドが覗いていた。さらに1956年4月、クレアラーは無性に丘へ帰りたくなり、丘に着くと宇宙船が天辺に止まっていた。ヒューマノイドは外に出ており、背が高く、深くしわの刻まれた顔で目は澄んだグレイ、頬骨が付きだし、髪の毛は白かった。服装は上下続きのクリーム色だった。クレアラーは円盤に乗り込み、1000マイル上空から地球を眺め、母船に運ばれた。ヒューマノイドはエイコンといい、母船には彼に似たヒューマノイドが大勢おり、故郷であるメトンという惑星の写真も見せられた。そこの人々はベジタリアンらしく政治もお金も議論も戦争も病気もなく、銀河系のどこにでも旅をすることはできるが銀河間の移動はできないという。クレアラーはエイコンと恋に落ち妊娠の最後の4ヶ月を彼の惑星で過ごした。子供は今は父親と一緒にいるという。

個人的感想:正直言ってにわかには信じられない話であるが、異星人と地球人との混血というストーリーの元祖であろうか。

参考:Fortean Times No.121


グレイ(Grey)

 UFOに搭乗して地球を訪れている異星人の一種で、身長は1〜1.2メートル、頭が大きく、目は一重でつり上がり、髪の毛等の体毛はなく、鼻は穴が二つ空いているだけで唇はなく、手は異常に長く指は4本。皮膚の色が灰色っぽいものが多いことからこう呼ばれる。現在では異星人の代表的なタイプとなっているが、この形態の異星人が頻繁に搭乗するようになるのは1961年のヒル夫妻事件以降である。ただし、ゼータ・レティキュリのレティキュリアンとは区別されることもある。アブダクションについて出生時外傷説の追体験説をとる立場からは、その顔つきが胎児に似ていることも指摘されている。


クロウリー(アレイスター、Aleister Crowley)

 1875〜1947。20世紀最大の魔術師と言われ、自ら黙示録の獣と称した。イギリスのレミントンに生まれる。ケンブリッジ大学卒業後1898年にアーサー・エドワード・ウェイトの推薦で「黄金の夜明け」に参加する。しかし学生時代から同性愛者の噂のあったクロウリーの加入にはウェリアム・バトラー・イエイツなどメンバーの多くが難色を示し、「黄金の夜明け」分裂の原因の一つとなった。一時ネス湖畔で魔術にふけるが、その後ロンドンにおけるメイザーズの全権大使となって儀式用具や文書の押収を図ったのを他の団員に妨げられたことから1900年に脱会。1904年4月、新婚旅行中のエジプトで妻ローズがトランス状態に陥り、そのとき彼自身に降りてきた聖守護天使エイワスの声を記録したのが『法の書』である。その後娘の死や妻の精神錯乱、離婚を経て1907年には、『法の書』の研究実践のためA∴A∴という魔術結社を設立するが、1910年にはドイツの魔術結社O∴T∴O∴に参入し、ロンドンにイギリス支部M∴M∴M∴を設立する。1920年、魔術の理想郷を目指してシシリー島のセファルーにテレマ僧院を作り性魔術を実践するがムッソリーニに追放される。死に際し、医師トンプソンがモルヒネの供与を拒否したため、彼を一緒に連れていくという呪いをかけたが、トンプソンはクロウリーと同じ日に事故死した。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)


黒魔術(black magic)

 魔術の分類法の一つ。主として利己的な欲望実現のため、悪魔等邪悪な存在の力を借りて行う魔術が黒魔術で、多くの場合は自分の魂を代償に悪魔と契約するという形をとり、特定の書式に自分の血でサインをする。逆に白魔術は天使や善なるダイモンの力を借りて善なる意図の下に行なわれる魔術で、基本的にはいずれも超自然的な存在の力を借りるダイモン魔術である。ただし白魔術という用語は、中世ヨーロッパで魔術がほとんど黒魔術と同視されていたことに対し魔術師の側が弁護のために主張するという意味合いが強く、生産の豊穣を祈る豊穣魔術や災厄から守る防御魔術、自然魔術などが含まれる場合もある。

参考:バーナード・W・マーチン『不思議オカルト・ブック』(たま出版)


クロワゼ(ゲラルト、Gerard Croiset)

 1909〜1980。オランダの超能力者でサイコメトリーを得意とする。少年時から知り合いの死亡を言い当てたりする能力を示したが、長じてその能力を犯罪の捜査や行方不明者の探索に生かし、実際に数百件の事件を解決したという。オランダのユトレヒト大学のウィルヘルム・テンハフ教授は彼の能力を調査し、本物と認定した。1976年には来日し、行方不明の少女の写真を見てその死体のある場所を透視したことがある。娘のナニー・フェアマン・クロワゼも同様の能力を持つ。

個人的疑問:クロワゼ(あるいはクロワゼット)の名は1976年の来日以前から中岡俊哉氏などの著作で一部では有名になっていた。1976年にはあるテレビ局の招待で来日し、当時行方不明となっていた少女の遺体があるだろう場所を透視し、実際にその場所で遺体が見つかるという、この種のケースとしては非常に良好な結果となった。これが彼の超能力によるものか偶然かは不明だが、その後彼自身が、この日本での事件をもっとも成功したものとして宣伝していたという。とすると、それ以前の事件で彼の超能力が果たした役割というのはどの程度のものだったのだろう。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)


イシー(エドガー、Edgar Cayce)

 1877〜1945。ケンタッキー州ホプキンスビル郊外の農家に生まれる米の予言者で、バージニア・ビーチの眠れる予言と呼ばれる。24才で声が出なくなり、レーンという催眠治療師に治療を受けたのを機会に催眠状態で病人の診察、予言を行う。名前と住所を与えられるだけで会ったことのない遠方の人間の診断を行う。彼が催眠下で残した診断や予言はリーディングと呼ばれ、ケイシーは生涯に3万件のリーディングを残し、中には前世の問題やアトランティス大陸などに言及するものもある。これらの記録はエドガー・ケイシー財団に残され、現在も研究されているが、彼の行った予言では第一次世界大戦の勃発年と終了年、日独伊三国同盟の成立、ルーズベルト大統領の死、ケネディ暗殺などが的中しているとされ、また1945年1月5日の自分自身の死についても予言したという。今後世紀末にかけては数多くの地震やアトランティスの一部ポセイドニアの浮上があり、1968〜69年にかけてその前兆があるという。1998年の日本沈没の予言は外れたが、2001年の極移動なども予言している。

 参考:ジェス・スターン著『超人ケイシーの秘密』(たま出版)
    ジナ・サーミナラ著『超能力の秘密』(たま出版)


外科医の写真(Surgeon's photograph)

Famous Surgeon's Photo ネッシーの写真のなかで最も有名なもの。ロンドンの外科医ケネス・ウィルソンが1934年4月19日に撮影したとされていた。しかし実際には映画製作者ママデューク・ウェザラルが1933年に息子達と撮影したもので、おもちゃの潜水艦に木製の首をとりつけたものであった。この事実はウェザラルの息子で実際におもちゃを製作したクリスチャン・スパークリングが1993年11月に死亡する直前に明らかにした。ティム・ディンスディールはこの写真を本物としたが、レンズの角度等からかなり小さな物体を写したものであるとの批判は以前からなされていた。

参考:ティム・ディンスディール著『ネス湖の怪獣』(大陸書房)


血液型性格判断(Character Profiling by blood Group)

 ABO式の血液型に基づいて特定の人物の性格を判断する試みで、ほぼ日本のみで行われている。昭和2年に古川竹二女子師範学校教授が唱えたのが最初とされるが、その後の研究で血液型と性格との間の相関関係は完全に否定されている。しかし1970年代になって作家の能見正比古の作品がベストセラーになったことから広まった。現在は正比古の子俊賢が父の業務を引き継いでいる。能見親子は占いではなく科学であると主張しているようだが、科学的な根拠はなく、判断の余地もないことから占いでさえない。特定個人の言説をそのまま受け入れるという意味では単なるドグマである。

蛇足:ゴルゴ13シリーズなどの作者さいとうたかお先生は血液型性格判断の信者だそうで、AB型の人間を蛇蠍のごとく忌み嫌っているという。ちなみに一匹狼で完全マイペース男のはずのゴルゴはA型らしい。確かに恐ろしく几帳面ではあるようだが、組織で働くサラリーマンには向かないのではないか。

参考:菊池聡著『超常現象の心理学』(平凡社新書)
   世界ゴルゴ調査会東京本部著『ゴルゴ13の秘密』(データハウス)



ゲラー(ユリ、Uri Geller)

 1947〜。イスラエル、テルアビブ生まれの超能力者で透視、スプーン曲げを得意とする。幼少時より異常な能力を発揮し、1968年に軍隊から解放された後にテレパシーで名を知られるようになる。1971年8月、アメリカの医師で著述家のアンドリア・プハリッチに見出されて1972年に訪米し、スタンフ。ォード研究財団で調査を受け、多くの実験を成功させる。1973年には訪英、翌年訪日したが、その際大勢の少年少女達がスプーン曲げなどの能力を発揮しはじめ、ゲラー効果と呼ばれた。1985年にはイギリスに移住し、リオティント・ジンク社のバル・ダンカン社長と知合い、石油資源や貴金属鉱脈の探知を成功させた。ユリ・ゲラーの能力については、彼が奇術師をしていた過去もありいんちき説も強いが、SF作家のアーサー・クラークや物理学者のジョン・テイラーなども一時認めていた。彼の超能力はホーボという惑星から来たフーバと呼ばれる存在に由来するとも言われる。他方、彼のスプーン曲げが有名となるや、各国の奇術師が同様のパフォーマンスを実演しはじめたことも事実である。

蛇足:ユリ・ゲラーをアメリカに招いたアンドリア・プハリッチは彼自身非常に奇妙な人物である。ブラジルの心霊治療師ホセ・アリゴーを研究したり、ピーター・フルコスをアメリカに紹介した人物でもある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    ユリ・ゲラー著『ユリ・ゲラーわが超能力』(講談社)


ケリー(エドワード、Edward Kelley)

 1555〜1595。スコットランド人あるいはアイルランド人と言われる。錬金術師、降霊術師。ジョン・ディーのパートナーとして知られる。大学で学んだが学位はとらず、公証人になったが文書偽造で有罪となり、1582年にジョン・ディーと知り合ったときにはその罰で両耳の端を切り取られていたという。ディーに欠けていた水晶球凝視の能力で彼の助手となり、シューストーンと呼ばれる水晶球に似た道具を用い、この中に大天使ウリエルの姿を見る。ディーにエノク語を伝えたのもケリーである。その後ディーとともにポーランド、プラハを訪れるが、後に仲たがいし、ディーのイギリス帰国後は単独でプラハに戻る。1591年5月、皇帝の命令により拘禁され、モスト城で脱獄を図って死亡した。『錬金術の鏡』の作者で、銅を金に、ラピスラズリを銀に変えたと伝えられる錬金術師オドアルドゥス・スコトゥスはエドワード・ケリーであるとの説もある。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)


賢者の石(Philosopher's stone)

 練金術において卑金属を金にし、人間を不老不死にする力を持つとされる聖なる物質のこと。第五元素として四元素を内包し、創出し、育む万物変成の媒体で、鉱物を何度も蒸留した後の原質であり、金が輝いているのはこの作用とされる。一般的には赤い色をしていると伝えられ、赤い妙薬とも呼ばれる。金より重く、簡単に粉末にでき、蝋のように溶解させることができる。溶けた鉛に混ぜるとこれを金に変えることができ、これを溶かした液体はあらゆる病気を治す万能薬となり、不老不死の霊薬エリキサと同視されることもある。アゾス、エリクシル、アルカヘストなどもほぼ同じ意味で用いられる。ノアの方舟の中で光を与えるために吊されたという伝説もある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)


極経世書(こうきょくけいせいしょ)

 古代中国の秘教的易学をもとに、宗代の邵康節の主著で、易の原理を応用して天地開闢以来の治世を解説したもの。全12巻から成り、6巻までで古代中国の伝説の皇帝尭帝から後周の顕徳6年(959年)までの治世のあとを示し、7巻から10巻までは律呂声音が、11、12巻では動植物の飛走が論じられている。12辰を1日、30日を1月、12月を1年、30年を1世、12世を1運、30運を1会、12会を1元と定める独自の時間単位と、万物は1元ごとに1変遷するという原理を基本に、地球の始まりを甲子元の丙寅会と定め、それぞれの元、会などの期間に易の六四卦を配置している。この方法を応用すれば長期の未来予測も可能となる。

参考:『超常科学謎学事典』(小学館)
    『ジャポニカ』(1973年版)

   

ゴークラン(ミシェル、Michel Gauquelin)
 
1928〜1991。フランスの統計学者。ソルボンヌ大学で心理学と統計学を学び、1954年に心理学博士号取得。1951年に仏医学アカデミー会員576人の出生データを調べたとき、このグループには誕生時に高いパーセンテージで火星、または土星が上昇点、天頂にあることを発見、これをもとに科学者、スポーツマン、俳優などを対象に研究。ゴークラン・セクタと呼ばれる独自の位置に天球上の天体を配置した。この結果は火星効果、木星効果と呼ばれ、出生時の惑星の位置とその人間の性格や職業に因果関係があることを示すものとされる。CSICOPのアービン・ゼレンアービン・ゼレンやポール・カーツらはこれを反駁しようとしたが、その手法を巡ってCSICOP内部の分裂をもたらす結果となった。

参考:コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)


骨相学(Phrenology)

 頭蓋骨の特定部分の隆起の状態により、その人間の性格や行動上の傾向を推定しようとする理論。オーストリアの医師フランツ・ヨセフ・ガルが最初に提唱し、ガルの弟子で共同研究者でもあるヨハン・カスパル・シュプルツハイムが完成した。ガルは脳と脊髄の白質と灰白質をはじめて区別した解剖学者であるが、脳の機能は大脳皮質上の各部位に機能分散した形で所在し、例えば情動を司る部位が発達していれば情緒的な人間であるとした上で、大脳皮質の発達状況は頭蓋骨の外面の形状に反映されると考えた。骨相学は一時、人間の脳の機能を解明する重要な手段として20世紀初頭まで欧米で流行した。大脳には特定の機能を司る中枢があることは認められているが、現在では、大脳皮質の発達具合と頭蓋骨の形状との関連は否定されている。

蛇足:メスメリズムとの関連で、メスメリズムを施された被験者は骨相学上特定の機能を司るとされた部位により鋭い反応を示すと言われている。

ゴーレム(Golem)

 ユダヤ教の伝説に登場する土の像で、呪文により生命を与えられて動く。「ゴーレム」という名称は聖書、タルムード等で不完全な存在に対して用いられ、中世において現在の意味が与えられた。ゴーレムは秘密の言葉や神の名前のひとつにより生命を与えられ、この呪文の文書はゴーレムの口の中に入れたり額に付けられたりする。16世紀のカバリストであるヘルムのエリアがその額に文字を書いて像に生命を与えたという伝説や16世紀のプラハで、ラビのレーブ・ベン・ベーサレルがユダヤ人を守るために作ったと言われる。その額にはヘブライ語でEmet(真実)とあるが、E(ヘブライ文字のアレフ)を消すとmet(死)となり、ゴーレムは土に帰る。レーブ・ベン・ベーサレルの場合は安息日にゴーレムの活動を停止させるために額の文字を消したという。

参考:坂下昇著『オカルト』(講談社)


コロラド大学UFOプロジェクト(Univercity of Colorado UFO Project)

 オブライエン委員会の提言を受け、1966年10月、コロラド大学を中心に行われたUFO研究プロジェクト。コロラド大学物理学教授のエドワード・U・コンドン博士を長とし、各分野の学者40人で構成されたため、コンドン委員会とも呼ばれる。実際にはコンドンはハーフ・タイムで関与し、フル・タイムで関与したのは副委員長のロバート・ロウのみで、彼が実務の大半を担当した。2年以上の歳月と50万ドルの巨費をかけてUFO事件を調査したが、1969年1月にUFOに対し否定的な内容のコンドン・レポートを提出して終了した。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

コンガマト(Kongamato)

 コンゴや北ローデシアに住む空飛ぶ怪獣。原住民によれば鳥のように飛ぶが、とかげのように毛のないなめらかな肌をしている。くちばしには歯がある。蝙蝠のような翼を広げると1.2〜2.15メートルあり、カヌーをひっくり返し人間を襲う。原住民はこの怪獣を見ると死ぬと恐れている。1923年、フランク・メランドがプテロダクティルス(左)の写真を原住民に見せたところ、彼らはこれをコンガマトと呼んだ。同様の空飛ぶトカゲのような怪獣はキリマンジャロ近くでも目撃され、1932年にアイバン・サンダーソンがカメルーンのアスンボ山中で目撃したものはオリティアウと呼ばれた。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』(KPI)
    アンガス・ホール著『ネッシーと雪男』(学研)


コンタクティー(Contactees)

 UFOの搭乗員と接触したと主張する人物のこと。1947年6月のケネス・アーノルドの目撃直後から、ジョージ・アダムスキーやダニエル・フライをはじめUFOに搭乗した異星人と友好的なコンタクトを行ったと主張する人物が多く現れた。こうしたコンタクティーたちは地球外起源説を一般化する上で大きな役割を果たしたが、ジョージ・キングやラエルなど宗教的、哲学的傾向に走る者も多く、彼らの発言の多くは科学的事実に反することから、現在ではコンタクト・ケース全般につき疑問視する見方が強い。他方でこうしたコンタクティーやその支持団体には、未だに相当の人員を集めているものもある。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)