(最終改訂:2002年3月13日)

パイパー(レオノーア、Leonore E.Piper)

 1859〜1950。ボストンの霊媒。1884年、信仰治療師を訪れた際トランス状態になり、インディアンの霊クロリースからのメッセージを受けたことがきっかけで内輪の交霊会を催すようになる。指導霊はワランスイのフィヌー博士で、特にパイパーが知るはずのない参加者の個人的な秘密を告げる能力に優れていた。1885年からパイパーの交霊会に参加したウィリアム・ジェームズはその能力を本物と確信し、以後心霊研究に手を染めるようになる。1887年にはリチャード・ホジソンの調査を受け、1889年にはホジソンによりイギリスに招待される。イギリスを訪問した際には、オリバー・ロッジの家で荷物チェックを受け、さらにホジソンは私立探偵を雇ってその素行を調査したが、いんちきは発見できず、さらにロッジが行った交霊会でロッジの死んだ叔父ジェリーが語った内容は正しいことが判明している。他方彼女の支配霊の一人はフィヌーと名乗るフランス人医師の霊であるが、フランス語をほとんど喋らず、医学の知識もないという批判がある。アメリカに帰国するとフィヌーの代わりにG.Pと名乗り霊が現れる。1911年よりは自動書記霊媒となり、ホジソンは18年間パイパーを研究し真正を信じた。しかしホジソンは2児を得て長生きするとの予言は外れた。

参考:『Mystics and Prophets』(Paragon)


パスカグーラ事件(Pascagoula Abduction)

 1973年10月11日、アメリカのミシシッピー州パスカグーラで夜釣りに来ていたチャールズ・ヒクソン(45才)とキャルビン・パーカー(18才)が身長5フィートくらいの3人の、腕の先がはさみのように分かれた人影にUFOに連込まれた事件。午後9時頃、ヒクソンは空気を切り裂くような音を聞いて上空を見上げたところ、青い光を放つ楕円形の物体が浮かんでいた。その直後、身長1.5メートルくらいで灰色をした3つの生物が中空に浮かんだまま二人に近づき、ヒクソンはそのうち2体に抱え上げられてUFO内に連れ込まれた。UFO内では二人は直径約25センチの目のような機械に観察され、その後川岸へ戻された。
個人的疑問:この種のアブダクションの場合、複数の人間が同時にアブダクトされ、しかも両者の証言が一致するという場合、アブダクションが真正であることを示す好例とされる。パスカグーラ事件とヒル夫妻事件はそうした例として紹介されることが多い。しかしこの二つの事件の場合も、アブダクション中に何をされたかという証言はほとんど一人の人間のみから得られている。パスカグーラ事件ではパーカーはほとんど証言していないし、ヒル夫妻事件でもUFO内部での検査について雄弁に語ったのは夫人の方だけである。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

ハヌッセン(エリク・ヤン、Erik Jan Hanussen)

 1889〜1933。ドイツの予言者で占星術師。本名はハーシェル・シュタインシュナイダー(Herschel Steinschneider)というユダヤ人。旅芸人ジークフリート・シュタインシュナイダーの子としてウィーンに生まれる。父親と旅をするうち、ルビーニという奇術師の助手として手を触れないで物を動かすなどのトリックを身につける。21才でデア・ブリッツという新聞を発行。第一次世界大戦中の1917年よりハヌッセンを名乗り、サーカスに身を投じる一方、透視やテレパシーに関する書物を出版し、自分がそのような能力を有していると主張し始める。オーストリア及びチェコでは詐欺の疑いをかけられたが、ベルリンでは透視能力者として名声を得る。ヒトラーの演説の指南などの助言を行ったり、ヒトラーが首相になることを予言したりしたが、1933年2月に国会議事堂放火を予言、その予言が現実となった数日後の3月24日、何者かに連れ去られたまま行方不明となり、4月7日に射殺体で発見された。
個人的感想:ハヌッセンは実際に奇術師として舞台でパフォーマンスを行っており、その透視能力が本物であったかどうかは定かでない。国会議事堂放火の予言についても、ランディなどは、ハヌッセンとナチスとの関係という状況証拠だけで、放火計画について何らかの情報を得ていたに違いないと述べている。他方、このような予言をすれば自らの身に危険が迫ることは十分予想できたはずである。もちろん、自らを予言者として演出したいという見栄の方が危険に対する予測を上回ったということもあるかもしれない。いずれにせよ日本ではあまり知られていないが、欧米ではけっこう有名な人物らしい。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
   前川道介著『アブラカタブラ奇術の世界史』(白水社)


ハバード(ラファイエット・ロナード、Lafayette Ronald Hubbard)  

 1911〜1986。サイエントロジーの創始者、SF作家。アメリカのネブラスカに生まれる。第二次世界大戦争中は朝鮮で軍の仕事を手伝ったが怪我をして失明、しかし1949年に奇跡的に視力を回復し、以後文筆業に転じSF作家として自立する。代表作に『バトルフィールド・アース』など。1950年にサイエントロジーの基礎となるダイアネティックスの理論をSFという形で発表する。このダイアネティックスの理論によると、人間の細胞の一つ一つに記憶力があり、生まれてからこれまでに体験した恐怖やショックなどのネガティブな感情がすべて細胞内に刻まれている。このように細胞内でトラウマとなって残っているネガティブな記憶をエングラムと呼び、このエングラムのために人間は本来有している能力を発揮できなくなっているという。このエングラムを取り除く方法がダイアネティックスであり、ダイアネティックスを基礎に組織されたのがサイエントロジーである。またハバードは、アメリカO∴T∴O∴(オルド・テンプリ・オリエンティス)という魔術結社にも所属していたことがある。

蛇足:サイエントロジーは今や全世界に800万人もの信奉者を持ち、ハリウッド・スターのトム・クルーズやジョン・トラボルタも信者に名を連ねている。ハバードの代表作『バトルフィールド・アース』は、信者であるジョン・トラボルタのプロデュースにより映画化された。
参考:荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)

パーマー(レイ、Raymond Arthur Palmer)

 1910〜1977。アメリカのUFO研究家。ウィスコンシン州ミルウォーキーに生まれ、子供の頃の交通事故の後遺症で背骨が曲がったまま身長は一生120センチ以上にならなかった。10代からパルプ雑誌にSF小説を書き始め、1930年6月に処女作「ジャンドラの時間光線」が『ワンダーストーリー』に掲載される。28歳で『アメイジング・ストーリー』の編集者になると才能を発揮し、リチャード・シェイバーの作品掲載などで発行部数を大幅に増やした。1947年の退社後は『フェイト・マガジン』など多くのオカルト関連雑誌を発刊し続けた。初期の円盤神話の形成にかなりの役割を果たしたとされているが、一方でシェイバー・ミステリーを事実と主張するなど虚実ない交ぜの主張も目立ち、モーリイ島事件の捏造にも関与したとされる。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
   カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
   Fortean Times第127号

   

バミューダ・トライアングル(Bermuda Triangle)

  船舶や航空機が謎の失踪を遂げるとされる北米大陸東部の海域。バミューダ・トライアングルというのはビンセント・ガッディスの命名で、フロリダ半島の先端とバミューダ島、プエルトリコを結ぶ三角形の領域であるが、研究者によって範囲は異なる。年間約15万隻の船が行き交う領域で、実際に行方不明となるのは100隻程度である。有名な失踪事件としては1945年12月5日のアベンジャー雷撃機5機とその捜索に向かった飛行艇1機の失踪、石炭運送船サイクロプス号の失踪などがあり、失踪の原因についてはUFO、竜巻、重力や地磁気の異常、海流が集まるため三角波が起きやすい、アメリカ軍の兵器実験、メタンガス水和物説などの諸説がある。

参考:チャールズ・バーリッツ著『謎のバミューダ海域』(徳間書店)
    John & Anne Spencer著『the Encyclopedia of the Worlds Greatest Unsolved Mysteries』(Headline)


パラケルスス(Philippus Aureolus(or Theophrastus) Bombautus von Hohenheim,Paracelsus

 1493?〜1541。本名フィリップ・アウレオールス・ボンバトゥス・フォン・ホーエンハイム。スイスの魔術師で医者、化学者でもある。パラケルススとは、高名な医者ケルススを凌ぐとの意味。スイスのアインジーデルンに生まれる。父が開業医であったため1502年頃にはフッガー家の鉱山で医学助手となる。16才でスイスのバーゼル大学、その後イタリアのフェッラーラ大学で医学を学んだ後、ヨーロッパ各地を遍歴し、産婆や理髪店等で医術を学ぶ。1527年、ストラスブールでエラスムス等の人文主義者と知り合い、医学を講義するが、ガレノス、ヒポクラテス、アビケンナらの権威を否定し、化学薬品と占星術を利用した診断を行った。またドイツ語で講義を行ったりしたため裁判にかけられる。その後バーゼル大学で医学教授となったが、またしても異端として追放され、再びヨーロッパ各地を遍歴し、48才の時ザルツブルグで死亡。錬金術の副産物である化学薬品による治療を提唱し、磁石で催眠状態を引き起こすことができると考えるなどの先駆的研究も行っている。物質と人間とに宿る宇宙霊としてシルフ、ニンフ、ウンディーネ、サラマンダー、ピグメーンなどを特定。自然魔術の体系を確立した。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)

薔薇十字団(Rosicrucians)

 アンドレーエの著作『化学の結婚』の主人公である伝説の人物クリスチャン・ローゼンクロイツを開祖とする神秘主義的団体。伝説によれば中東で古代の英知を得たローゼンクロイツはこの知識をヨーロッパに持ち帰り、数人の同士とともに薔薇十字団を結成した。見えない大学と呼ばれる特別な教育機関を持ち、人類の啓蒙に務める。 ローゼンクロイツと薔薇十字団の存在については実在の証拠は乏しく、「薔薇十字団」の存在及びその活動については1614年に出た宣言文で初めて明らかにされた。そこでローゼンクロイツと「薔薇十字団」の存在を疑問視する説も強いが、一方薔薇十字運動はフリーメーソン内部でひそかに展開し、19世紀に至ってヨーロッパ各地で薔薇十字を冠した神秘主義的団体が続々と結成されることにもなった。        

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)


パラディーノ(ユーサピア,Eusapia Palladino)

 1854〜1918。イタリアの霊媒。結婚後デルガイス夫人を名乗る。生後すぐに母親が死亡し、12才のときに父親が殺され、翌年ナポリでの内輪の降霊会で家具をひきよせ、宙に浮くという現象を見せる。20年後、現地の学者エルコーレ・キアイア教授がその能力に目を付け、イタリアの有名な犯罪学者で心霊研究家としても知られるチェザーレ・ロンブローゾに書簡を送る。1891年、ロンブローゾは5人の協力者とともに調査を行ない、彼女が起こした現象を本物と判断した。1905年から1908年にかけては、キュリー夫妻、ベルグソン、リシェなどが名を連ねるパリの心理学協会による調査が行なわれ、43回の実技調査が行なわれたしかしホジソンは1895年8月の調査で、彼女の心霊現象はトリックであると結論した。しかし1908年にイギリス心霊研究協会評議会の調査は心霊現象の多くがトリックで説明できないというものだった。しかしアメリカで公演旅行を行った際にはいんちきを行ったことが確認されている。

参考:『Mystics and Prophets』(Paragon)
   ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)


バンイップ(Bunyip)

 ビクトリア、ニュー・サウス・ウェールズなどオーストラリア各地で目撃される怪獣で水中に住む。その形状については様々に描写され、例えば頭はカンガルー、牛、犬、ヒクイドリなどに似ているとされ、長い首の後ろにたてがみ状のものがあるとか、足はオットセイ、尾は鳥などに似ているとされる。本来はアボリジニが霊的存在を呼ぶときに用いた言葉で、半人半魚で人を水中に導く力を持つとされる場合もある。白人としては1801年にシャルノム・ベイリーがスワン川でほえ声を聞いたのが最初。オイー・オイー、ヤー・ハーと呼ばれるものとも同視される。オーストラリア国立博物館のギルバート・ホワイトリーは、有袋類のうちカワウソに相当する生物ではないかと主張している。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)


ハンス(Clever Hans)

 ドイツ人ウイリアム・フォン・オステンが飼っていた馬の名前で、1891年、計算ができる馬として有名になる。質問すると、床を正解の数だけ叩いて答えた。1904年に心理学者シュテュンプ教授らに調査され、いかなるトリックも発見できなかった。しかしアルバート・モールは、この馬が飼い主の動きを追っていることを指摘し、シュテュンプの生徒であったオスカル・プングストの調査により飼い主や見物人が正解の数字になると無意識に頭を動かすことに反応して叩くのをやめることが確かめられた。このように動物が飼い主の無意識の動きに反応し、一見知性があるような行動を示すことは以後「クレバー・ハンス錯誤」と呼ばれている。

参考:板倉聖宣他著『超能力・トリック・手品』(季節社)


ッグ・キャット(Alien Big Cat:ABC)

 1960年以来イギリス南部の広範な地域でピューマに似た動物が目撃されている。目撃者によれば体長は1.5メートルくらいで、時に背に黒い縞模様が見られる。また色は濃い黄褐色、あるいは赤褐色。ネコに似た顔。1964年9月4日、サリー地方のマンステッドでは足跡が発見され、動物園関係者はピューマのものと断定したがモーリス・バートン博士はブラッドハウンド犬のものとした。1980年にはスコットランドでピューマが捕らえられたが、これはペットが逃げ出したものとされた。また日本でも1971年に紀伊半島でピューマのような動物が目撃されている。

参考:John & Anne Spencer著『the Encyclopedia of the Worlds Greatest Unsolved Mysteries』(Headline)
   Janet & Colin Bord著『Modern Mysteries of Britain』(Grafton)


ビッグフット(Bigfoot)
 北米に住む雪男のこと。ビッグフットにさらわれたとするオストマンによれば人間より背が高く2メートルを越え、体重は270キロ。米国北西部からカナダにかけて目撃される雪男のような生物。土地のインディアンはこれをサスクワッチと呼ぶ。身長は2〜3メートルで褐色または灰褐色の毛に覆われ、長さ35〜45センチの足跡を残す。身長は2〜3メートルで褐色または灰褐色の毛で覆われている。人間を攻撃しないが犬を嫌い、不快な体臭がする。体毛や血液が採取されたこともあり、1967年10月20日には元カウボーイのロジャー・パターソンが、ビッグフットが歩く様子を16ミリ・フィルムに収めたが、このパターソン・フィルムはぬいぐるみを着た人間ではないかとされている。米国の40州とカナダの5つの州で、過去100年間で1万件以上の目撃例を収集したボード夫妻によれば、目撃の密度が最も高いのは米国北西部からカナダのブリティッシュ・コロンビア州にわたる地域で、、体毛や血液が採取されたこともある。人間を攻撃しないが犬を嫌う。不快な体臭がする。土地のインディアンはこれをサスクワッチと呼ぶ。ビッグフットの目撃多発地帯ではしばしばUFOも目撃されることから、ビッグフットとUFO目撃に関係があるとの結論を得た。

参考:ピーター・バーン著『ビッグフット』(金沢文庫)


ヒューム(ダニエル・ダングラス、Daniel Dunglas Home)

 1833〜1886。スコットランドで生まれ、直ぐに叔母の養子となってアメリカに移住。13才の時、友人のエドウィンの幻影を見て以来霊能力に目覚め、霊媒となる。22才でヨーロッパ各地を公演し、1858年にロシアで結婚するが妻は1862年に死亡。その後英国の富裕な未亡人ジェイン・リヨンの養子となるが、英国の裁判所は不当な影響を行使したとして資産の返還を命じる。鍵のかかった檻の中のアコーディオンを演奏したり、伸張・縮小や空中浮揚を演じた。また、他の霊媒と異なり、白昼でもその能力を発揮できたが、実際にはトリックの現場をおさえられたことが何度かある。彼の霊現象を目撃した人物の中にはナポレオン三世、ブルワー・リットン、ウィリアム・クルックスなどが含まれる。他方、彼の死後、所持品の中から口中に隠せるくらいのハーモニカが発見されたことや、彼がアコーディオンでかなでる音楽は1オクターブのものに限られていたことからトリックの可能性も指摘されている。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)
   コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)


ピリ・レイスの地図(Piri Reis Map)

 オスマン・トルコの提督ピリ・レイスが1513年に作成したと伝えられる古地図で、1929年にトプカプ宮殿で発見された。当時は知られていなかったはずの南極大陸が描かれている地図として有名。ピリ・レイス自身は、この地図を作成するにあたりアレキサンダー大王の時代から伝わる地図や、コロンブスが使用した地図などを作成したと言われている。アメリカの地質学者チャールズ・ハプグッドによれば当時は未発見のフォークランド諸島なども描かれているというが、否定派は、何枚もの地図を使用した結果同じ地域が重複して描かれたものであり、南極大陸と見えるのも実際は南米の一部であると主張している。

ヒル夫妻事件(Hill Abduction)

 1961年9月19日、バーニー・ビルと夫人のベティ・ヒルは休暇先のカナダから自宅へ車を走らせていた深夜車を運転中、ニューハンプシャー州インディアンヘッド付近で、ハイウェイ右の上空に光体を目撃した。最初は飛行機かと思ったが木星よりも明るい、一列の窓のあるUFOで、窓には数人の人影も見えた。夫妻は驚いて車を走らせたが、帰宅後通常よりも2時間ほど余分に時間が経過していることを発見した。その後夫妻は耳鳴りなどの精神的不調、電気機器の突然の故障、UFO目撃や悪夢などに悩まされたため催眠治療師のサイモン博士の催眠治療を受けたところ、催眠下でUFOに連込まれ、身体検査された体験を語った。夫妻を誘拐したのは身長1.5メートルくらい、顔は人間とほぼ同じだが目は黒く吊り上がり、鼻はほとんど穴だけで、唇のない生物であった。ベティは催眠下でUFOの内部や異星人の似顔、星図などを描き、この星図を研究したマージョリー・フィッシュは、宇宙人がゼータ・レティキュリから来たものと結論した。

蛇足:アメリカの映画やテレビ・ドラマを見ていると、たいていの場合黒人の結婚相手は黒人である。もちろん100%そうとは限らないだろうが、これはある程度現実を反映しているのではないかと考えている(統計があったら教えてください)。しかるにヒル夫妻は白人女性と黒人男性というカップルであった。この珍しい組み合わせは、地域社会において夫妻に相当のストレスを与える原因となっていたであろうことが指摘されている。アブダクションを心理現象として捕らえる者は、このストレスが夫妻の奇妙な体験に寄与したものと推定している。いずれにしても夫妻(証言は主に夫人のベティから得られている)の体験は、その後の医学検査を伴うアブダクション証言の増大(さらにはインプラント)、目が黒くつりあがった異星人、ゼータ・レティキュリの伝説化など、その後のUFO研究にいくつかの新しいのアイテムを導入した影響力のある事件である。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
    高倉克祐著『世界はこうしてだまされた』(悠飛社)


ヒルデガルト(ビンゲンの、Hildegard)

 1098〜1179。ドイツのベネディクト会の女子修道院長。聖人。ベッケルハイムの貴族の家に生まれる。若い頃から様々な神秘的現象を経験し、福者ユッタの修道院で育つ。予言の能力があると信じられ、ラインの女予言者とも呼ばれる。1116年この修道院に入り1136年院長になる。英国王ヘンリー二世、クレルボーの聖バーナード等と文通。生涯に渡って健康状態は良くなかった。1136年に修道会会長となり、1147年にビンゲン近くのルペルトスブルグに移動。そこで神託や啓示を発表した。自然科学関係や聖人の生涯などさまざまな著作を残す一方天使の幻を見、謎の予言を残す。ドイツにおける最初の女性神秘家といわれる。

参考:『キリスト教人名事典』(日本基督教団出版局)


ァーティマ(Fatima)
 ポルトガルの地名。1917年に3人の子供が聖母マリアの姿を見た。ファーティマでの出現は5月13日から10月13日まで続き、10月13日には太陽の乱舞が5万人とも7万人とも言われる群衆の前で発生した。また7月13日には、三人の子供は聖母から3つの秘密を授けられており、3つ目は公開されていない。この出現は13年後にカトリックから認定された)  ポルトガル中部の地名。1917年5月13日、ルチア(10)、フランシスコ(8)、ヤシンタ(7)の3人の羊飼いの子供がトキワガシの木の上に若い美しい女性の姿を見た。彼女は子供達に、毎月13日にこの場所に来るよう頼んだ。家族や地域住民の脅しにも拘わらず子供達は地方行政官に拉致された8月13日以外聖母との約束を守った。7月13日にルチアは3つの秘密を授けられた。それは第一次大戦の終結と第二次大戦の発生であるとされるが、ルチア自身は後に地獄のビジョンと聖母への献身であったと述べている。10月13日には太陽が乱舞する奇跡が発生し、5万とも7万とも言われる群衆が目撃した。25マイル離れた場所の詩人や12マイル離れた場所の少年がこの光景を見たが、書かれたのは14年後であった。3人の子供は1916年に3回天使の姿を見ており、聖母に話すことができたのはルチアのみで、ヤシンタは話を聞くことができたがフランシスコは見るだけだった。フランシスコとヤシンタの夭逝や1938年1月のオーロラについても予言があったが、この事実が明らかにされたのは1968年のことである。
追記:2000年6月、法王庁はファーティマ第三の予言を公開した。それによると三人の子供たちは白衣の司教が銃弾に倒れる幻を見たという。これは1981年5月13日に発生した、法王ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件の予言だったとされている。

参考:鬼塚五十一著『ファチマ大予言』(サンデー社)


フィラデルフィア実験(Philadelphia Experiment)

 第二次大戦中の1943年10月頃、アメリカ海軍がアメリカ東部のバージニア州フィラデルフィアで戦艦エルドリッジの透明化を図った実験でレインボー計画とも呼ばれる。実験は戦艦エルドリッジに強力な磁力をかけた結果エルドリッジは一旦消滅し、南方900キロのノーフォークに現れた、あるいは時空を越えて1983年のモントーク基地に現れたというもので、エルドリッジの乗員は実験後も突然消滅したり現れたりしたという。フラデルフィア実験については、1955年にモーリス・ジェサップがカール・M.アレンと名乗る人物から報告を受けたのが最初とされ、ジェサップ自身はアレンと会うことなく謎の自殺を遂げた。その後1967年になってアレンはUFO研究家のジャック・バレーと接触してきたが、アレンと会見したバレーの代理人は、アレンを信用できない人物と評したという。その後のバレーの調査によれば1943年6月及び7月にはエルドリッジ他の艦船に対し、磁気魚雷からの防御策の実験が行われており、フィラデルフィア実験はこの実験をもとにしたアレンの捏造ではないかと考えられる。

参考:チャールズ・バーリッツ著『謎のフィラデルフィア実験』(徳間書店)


フォーチュン(ダイアン、Dion Fortune)

 1891〜1946。イギリスの魔術師。本名バイオレット・マリー・ファース。ヨークシャー出身の孤児であったが、クリスチャン・サイエンスの家庭に引き取られる。10代から霊媒的素質を顕し、フロイト派やユング派の心理学研究を経てブラヴァツキーの著作に傾倒する。ロンドン大学心理学科を卒業した後、1919年に魔術結社「暁の星」に加入、ブロディ・イネスの「A∴O∴(アルファ・オメガ)」やモイナ・メイザーズの「A∴O∴」にも加盟するが、秘密の首領からの霊界通信を受けて独立を図ったことから、モイナ・メイザーズとの魔術的闘争を繰り広げたという。フォーチュン自身の証言によると、まず彼女の家に多くの黒ネコが侵入し家の周囲にうずくまるようになり、いくら追い払っても無駄であった。そしてある日、トラの二倍はありそうな巨大なネコが階段を降りて向かってきた。そして彼女が肉体を離れて魔術の世界を旅しているとき、魔術の衣装を着けたメイザーズと出会い、空中に投げ飛ばされたかと思うと自分の肉体の中に戻っていた。この後すぐにフォーチュンは秘密の首領に願ってメイザーズを抑えることに成功した。しかしその夜、彼女が寝ようとして服を脱ぐと、背中に巨大なネコに引っかかれたような跡が付いていたという。1922年に自らの結社である「内光協会」を設立、これはユング心理学の理論を取り入れ、また魔術の通信教育を行うというシステムで会員を増やした。
蛇足:モイナ・メイザーズは、フランスの哲学者アンリ・ベルグソンの妹で、黄金の夜明け共同設立者であるマクレガー・メイザーズ夫人その人である。 

参考:コリン・ウィルソン著『驚異の超能力者たち』(学研)
   『魔術』(学研ムーブックス)

物質化現象(Materialization)

 物理的心霊現象の一種で、霊の身体の一部、全体が実体となって現われる現象。その媒体にはエクトプラズムが用いられることが多いが、水や煙など他の物体が利用されることもある。多くの場合物質化は照明を落とした室内で発生し、物質化した霊自身が許可しないまま参会者が霊に手を触れたり、出現中に明かりが付けられると霊は消滅し、霊媒の肉体が傷つくと言われる。また霊の物質化の際には、特別な匂いが漂ったり温度低下などの現象も同時に起こることがある。逆に交霊会の場にある物体が消えてしまう現象を非物質化と呼ぶ。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

フーディニ(ハリー、Harry Houdini)

 1874〜1926。アメリカの奇術師で本名エーリッヒ・バイス。ブダペストのラビの子に生まれ、生後すぐに家族とアメリカに移住。1887年にダベンポート兄弟の実演を見て、何らかの方法で戒めを解いているものと解釈、自ら奇術師となり、脱出芸で有名になる。1913年の母親の死を機会に交霊術に興味を持つが、出会った霊媒の起こす心霊現象がいずれも奇術で再現可能であったため、そのトリックをあばく活動を行なう。他方、コナン・ドイルとは晩年まで親交を保っていた。しかし彼の死後、あるメッセージを妻に伝えることとしていた。なお、フーディニの芸名は19世紀のフランスの高名な奇術師ロベール=ウーダン(Robert-Houdin)をもじったものである。

個人的見解:フーディニは実際に多くの霊媒の起こす心霊現象を調査し、それらがトリックにより可能なことを証明して見せたため、現代でもスケプティックのヒーローのように言及される。しかし彼の本心はどうだったのだろう。死後の世界にいる母親と何とかして連絡をとりたいというのは、人間としてはかなり自然な感情であろうし、その仲介役となる霊媒がじつは詐欺師で、肉親の悲しみを金儲けの道具に利用していると知れば腹をたてるのも当然であろう。しかし、死後自分のメッセージを伝えると約束したことから、最後まで死後の世界の存在を否定しきれていなかったようにも思える。なお、フーディニがその名をもじったロベール=ウーダンもまた、フランス政府の依頼でアルジェリアに渡り、そこで様々な奇跡を演じて対仏反乱をあおりたてていたイスラム僧に奇術で対抗したことがある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
   前川道介著『アブラカタブラ奇術の世界史』(白水社)



プハリッチ(アンドリア、Andrija Puhich)
 1918〜1995。超心理学者。医学博士であるが医者として開業したことはない。軍に勤務した経験あり。1948年にメイン州に円卓財団を設立し霊媒のアイリーン・ギャレットやピーター・フルコスの研究を行う。1958年の円卓財団解散後は医療機器の発明など行うがその後ブラジルの心霊手術師ホセ・アリゴーについても研究、さらに1971年にはテルアビブでユリ・ゲラーと出会い、欧米に紹介した。単にこうした超能力者を世界に紹介しただけではなく自身大カフナ(ハワイの伝統的な魔術師)の認定を受けており、50年代にはCIAのマインド・コントロール計画に協力したこともあると言う。リン・ピクネットによれば彼とCIAの関係はその後も続いており、古代エジプトの9人の神の名を名乗る通称「ナイン」とのコンタクトの中心人物であった。
蛇足:プハリッチについては、懐疑派がアリゴーフルコスを批判する際に、彼らを紹介したプハリッチはこんなに変な奴だ、従って彼の言うことは信用できないという感じで言及されることもある。クロアゼを研究したテンハフ教授についても同様の個人攻撃がなされることがある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    Fortean Times第126号

  

フライ(ダニエル、Daniel William Fry)

 1908〜。アメリカのコンタクティー。米ニューメキシコ州ホワイトサンズにある米軍ミサイル実験所に勤務していた1950年7月4日午後9時頃、ホワイトサンズのロケット発射試験場近くの平原を散歩中に、最大部で直径9メートルくらい、磨かれた金属の表面を持つ卵型UFOが降下するのを目撃、近づいたフライは内部からの声に導かれてUFOに搭乗した。すると物体は平均時速1万キロ以上のスピードでニューヨークまで往復したという。声の主はアーランという、昔レムリアから火星へ移住した民族の子孫で地球から1500キロ離れた宇宙母艦におり内部で相対性理論の話や、レムリア帝国とアトランティス帝国の戦争の話を聞く。コンタクトはその後1954年まで4回行われた。1954年に『われわれは円盤に乗った』を著す。

参考:カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)


ブライディ・マーフィ(Bridey Murphy)

 1798〜1864?。1952年、アメリカのアマチュア催眠術師モーリー・バーンスタインがマディソン出身の女性バージニア・タイに退行催眠を行った際現れた別人格。タイはそれまでアイルランドを訪れたことがなかったがブライディ・マーフィはアイルランドなまりで話し、アイルランドのコークでの生活を詳しく語った。アメリカのEmpire誌はウィリアム・バーカーをヨークに送ってブライディ・マーフィの証言を調査し、いくつかの点で詳細まで事実と一致することを確認した。一方「シカゴ・アメリカン」紙はタイが幼い頃シカゴの自宅の前にブライディ・マーフィ・コーケルというアイルランド人女性が住んでおり、その時得られた情報が催眠下で蘇ったのではないかと主張しているが、タイはこの女性とは一度も話したことがなく夫人の名前についてはコーケルという結婚後の姓だけしか知らなかったと主張している。
個人的疑問:ブライディ・マーフィ事件は、当初前世の存在を示す有力な証拠とされた。しかしその後は潜在意識化の記憶が催眠下で蘇ったとする「シカゴ・アメリカン」側の主張が一般に受け入れられている。確かにこちらの説明の方が科学的合理主義には沿うだろう。他方、「シカゴ・アメリカン」紙の調査は、事件を曇りなき眼で突き詰めた結果というより、最初から結論があってその結論にあう証拠を収集しただけではないかという疑問もある。この最初に結論ありきの手法は、ビリーバーはもちろん、スケプティックもしばしば用いるので注意する必要がある。現にジョン・ベロフなどはこの結論を笑止千番としている。他方、ブライディ・マーフィの語った内容がすべて確認されているわけではない。肝心のブライディ・マーフィの実在それ自体も確認されていない。

参考:ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)
    the Unexplained第4号


フラットウッズの怪物(Flatwoods Monster)

 アメリカのウエスト・バージニア州のフラットウッズでUFOとともに目撃された怪物のこと。1952年9月12日の日没から30分くらいの時間に、フラットウッズに住むキャスリン夫人と9人の少年が赤く輝く発光体が近くの丘に降下するのを目撃、7人が丘に登った。するとそこには直径約8メートル、高さ約2メートルの物体があった。さらに一同は茂みのなかから身長3メートルほど、赤い顔で緑がかった赤い目、頭にフードを被ったような空中を浮くように異動する怪人を目撃してその場から逃げ出した。一時間後保安官が駆けつけたときは円盤も怪人もいなかったが、現場に匂いが漂い、草が丸く倒れた痕跡が残っていた。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)

 


ブラヴァツキー(へレナ・ペトロブナ、Helena Petrovna Blavatsky)
 1831〜1891。19世紀最大の神秘家と呼ばれる。ロシアのウクライナ地方エカテリノスラーフに生まれる。幼時から啓示を受けたり、サイコキネシスで物を動かしたりできたと言われる。17才でニキフォル・ブラヴァツキー将軍と結婚するが、3ヶ月でブラバツキーの許を飛び出し、イスタンブールをはじめ世界を遍歴、チベットではマハトマと接触したという。しかし実際にはピアノ教師、サーカスの裸馬乗り、霊媒などの職を転々とし、ダニエル・ダグラス・ヒュームの助手を務めたこともある。カイロでは交霊会の部屋から綿や手袋が発見され、パリに移動。1875年に米に移住し、オルコットと出会い、奇跡クラブという心霊主義サークルを結成するが失敗。その後心霊主義と袂を分かちジャッジを加えて神智学協会を設立。1878年にはオルコットらとインドを訪問し、1880年に二人は仏教徒となったことから神智学協会もインドのアーリア・サマージと合体、本拠地をインドに移す。19世紀最大の神秘主義者とされ、現在のニューエイジ運動にまで至る神秘主義の流れに多大な影響を残している一方で、何度かトリックを暴かれたことがあり、1884年にはブラヴァツキーの家政婦を務めていたクーロンブ夫妻がその詐術を暴き、1885年にはイギリス心霊研究協会もブラヴァツキーのトリックを暴いている。

個人的見解:神智学関係の方には申し訳ないが、個人的にはブラヴァツキーはいんちきだと思っている。もちろん、何らかのマイナーな能力は持っていたのかもしれないが、何しろ行く先々でトリックを暴かれている。他方で、神智学協会を通じて残した彼女の影響力は恐るべきものがある。人里離れた場所にいてときおり人類を導くというマハリシやマハトマ、それにグレート・ホワイト・ブラザーフッドだとかいった存在、アカシック・レコードの原型とも言うべきジャンの書、7つの根源人種の存在や、宇宙考古学の先駆ともされるアトランティスやレムリアでの文明など、現在のニューエイジ運動にその影響は大きく残っている。世の中は真実ではなく多数の人が真実と信じることによって動かされるのである。たとえそれが彼女の創作だとしても、いまだに大勢の人々が真実と信じるアイテムを数多く広めたブラヴァツキーはやはり傑出した人物と言うべきであろう。さすがにBritanicaも無視できないようである。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
        


フリーメーソン(Freemasons、Free and Accepted Masons)

 会員数600万人と言われる世界最大の秘密結社。近代フリーメーソンの発祥は1717年に4つのロッジがイギリスでグランド・ロッジを結成したのが最初であるが、実際はそれ以前から組織があり、その起源は未だに謎に包まれている。フリーメーソンに伝わる伝説では、その開祖はソロモンの神殿を建てたフェニキア人頭領ヒラム・アビフとされ、古代エジプトの秘儀やテンプル騎士団に起源を求める説もある。当初は徒弟、職人、親方の3段階の位階を持っていたがその後位階の数は増加し、現在のスコッチ儀礼には33段階の階級がある。単なる親睦団体に過ぎないという見方がある一方で、世界支配を企む陰謀結社とする意見も根強く、フランス革命議会のメンバーの3分の2はフリーメーソンとされ、ジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンなどなどアメリカ独立の立役者や歴代アメリカ大統領の大部分がフリーメーソンであった。またそのシンボルはアメリカの1ドル札の裏側のデザインなど、欧米の政府関連の事物にしばしば見られる。

参考:アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)
   赤間剛著『フリーメーソンとは何か』(三一書房)
   スティーブン・ナイト著『知られざるフリーメーソン』(中央公論新社)


フルコス(ピーター、Peter Hurkos)

  1911〜1988。オランダ生まれの超能力者でサイコメトリーが得意。本名:ピエテル・ヴァン・デル・フルコ(Pieter Van der Hurk)。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの占領下にドイツ軍兵衛のペンキ塗りの作業中10メートルの高さから落下、頭を強打して意識不明になったが入院中から超能力を発揮、同室の病人の過去などを的中させるようになった。その後1951年のスクーン石盗難事件の犯人を当てたりなど犯罪捜査に活躍、超心理学者アンドリア・プハリッチに見出され、ヘンリー・ベルクの支援でアメリカに移住した。しかし、カリフォルニア大学デービス校でチャールズ・タートが行った実験では否定的な結果が出た。晩年は病気の診断やヒーリングに専念した。イギリスの超心理学者スーザン・ブラックモアによれば、晩年はヒーリングに専念しており、パセドウ氏病で体調を崩したブラックモア自身が診断を受けるため訪れたが、まったく見当違いの療法を教えた。

参考:Susan Blackmore著『In Search of the Light』(Prometeus Books)


プロジェクト・グラッジ(Project Grudge)

  1949年2月、それまでライトパターソン空軍基地に置かれていたプロジェクト・サインに代わってUFOを調査研究する目的で設置された機関。オハイオ州立大学天文学教授兼マクミラン天文台長のハイネック博士が中心となった。1949年8月、ハイネックは最終レポートを提出したが、内容はUFO目撃事件244件のうち物理的現象として正体不明のものが48件あるが、これらは心理学的に説明可能であり、報告された物体が他国の進歩した科学技術によって開発された航空機類ということはない。従って報告された物体が国家の安全保障に直接の脅威を及ぼすことはない、というものであった。しかしこの2年後の1951年9月、ニュージャージー州フォート・マンマス基地で訓練中のジェット・パイロット二人が巨大UFOを目撃、レーダーもこれを捕捉する事件が発生したためプロジェクト・グラッジが再編され、1952年、プロジェクト・ブルーブックに昇格した。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)


プロジェクト・サイン(Project Sign)

  アメリカ合衆国陸軍航空資材司令部がトワイニング中将の見解に基づき、1948年1月にライトフィールド空軍基地(後のライトパターソン空軍基地)に作られたUFO研究機関。設立当初は暫定的にプロジェクト・ソーサーと呼ばれたこともある。設立時にはUFOを地球外からの宇宙船と考える勢力が優勢で、それまでに起きた内外の目撃事例を分析した結果、1948年8月に「状況判断報告書」を提出した。そこには「円盤は他の惑星から来た宇宙船の可能性がある」旨記されていたとされるが、当時の空軍参謀長ホイト・S・バンデンバーグ大将はこれを焼却処分し、サインに再調査を命じたとされる。サインは4ヶ月後UFOに否定的な生命を発し、その作業はプロジェクト・グラッジに引き継がれた。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)


プロジェクト・ブルーブック(Project Blue Book)

  1952年3月25日、プロジェクト・グラッジを引き継ぐ形で誕生したUFO研究のためのアメリカ軍特別機関。発足時の責任者はE.J.ルッペルト大尉で、正規スタッフはわずか10名だったが、その背後には全米空軍基地の将校、全世界の米空軍レーダーステーションがあった。1952年1年間だけで処理した目撃報告は1501件、そのうち正体不明の者が303件としたが、 1953年にロバートソン査問委員会がUFOに否定的な報告を提出した後ブルーブックは縮小され、さらに1969年にコロラド大学UFOプロジェクトが出したコンドン・レポートがもとになって1969年12月に解散、ルッペルト大尉は9月にブルーブックを追われ12月に退役した。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

アス事件(Villas Boas Abduction)

 ブラジルのミナス・ジェライス州サン・フランシスコ・デ・サレスで一人で農作業中であった農夫、アントニオ・ビラス・ボアス(当時23才)がUFO内に連れ込まれ、異星人女性とのセックス強要された事件。1957年10月15日午前1時頃、ボアスは光る卵型をした物体が下部から3本の脚を伸ばして着陸するのを目撃した。その中からはヘルメットに身体にぴったりフィットした灰色の服を身につけた4人の搭乗員が現れた。彼らの身長はヘルメットも含めて5フィート4インチのボアスと同じくらいであったが、ボアスはUFO内に引き込まれ、顎から採決をされた後、服を脱がされて部屋に一人で残された。すると彼の肩くらいの身長の裸の女性が部屋に入ってきた。女性は目が大きく薄い唇、小さい鼻と耳、大きな尻と太い太股を持ち、陰毛は赤だが、ボアスがこれまで見たどの女性よりも美しかったという。女性は性行為の最中うなりを発し、ボアスは動物と行為をしているように感じたという。行為後、女性は自分の腹を指さしたが、これはボアスの子を宿すのが目的だったと示すものではないかとも言われている。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)


ホピ族の予言(Hopi Prophecy)

 アメリカ・アメリカンの部族の一つであるホピ族に伝わる予言。ホピには12の村があり、各の村に予言解読の指導者がいる。1948年、12の村の指導者が緊急集会を行い、石板の予言解読を行う。灰が詰まったひょうたんの予言は原爆を予言したものとして有名。彼らの言い伝えによれば現在は第4の世界で、第3の世界が浄化されたとき彼らの守護神は教えと予言を残した。この予言には鉄道や航空路、電話や高速道路、原爆まで予言されており、これらの予言が的中したときは予言を知らしめ警告しなければならないとされている。また浄化の日が近づくと「失われた白い兄」が現れて世の中を邪悪から守るという予言もあるが、1994年9月にはアメリカで白いバッファロー「ミラクル」が誕生している。

参考:『超常科学謎学事典』(小学館)
   山内雅夫他著『予言のすべて』(日本文芸社)


ホープ・ダイヤモンド(The Hope Diamond)

  世界で最も呪われた宝石と呼ばれ、歴代所有者の多くが不幸に見舞われている。る。インド北西部で発見され、17世紀にフランスの探検家タベルニエがインドの古都ベーガンの寺院の仏像の額にはめてあったものを盗み出しフランスにもたらしたが、タベルニエは後に全財産を失ってロシアで死亡した。タベルニエから宝石を買い取ったルイ14世がカットを施し、以後フランスの青と呼ばれる。その後ダイヤはルイ14世からルイ16世まで伝えられ、革命の混乱の中で一時失われるが1800年にオランダの研磨紙ファルスが入手しかしファルスの息子がこれを盗んで売り飛ばす。この息子は気が狂って自殺、買い取った相手はノドに肉を詰まらせて窒息死、1830年にそれを手に入れたイギリスの実業家エリアソンは馬から落ちて死亡、次いでロンドンの銀行家ヘンリー・ホープは破産、このときからホープ・ダイヤと呼ばれるようになる。ホープの息子フランシス・ホープとその妻歌手・メイ・ヨーは離婚、次いで所有したロシア貴族は愛人のコーラスガールを射殺し、後に革命党員に殺された。さらにオスマン・トルコの皇帝アブドル・ハミドは退位させられた。後にフランスの宝石商ピエール・カルティエがこれを買い取り、1911年にワシントン・ポストの跡取りエドワード・マクレーンに譲るが、10際の息子ヴィンソンは交通事故死、マクレーンは精神に異常をきたして狂死、妻のエバリンの娘は1946年に睡眠薬の飲み過ぎで死亡、翌年エバリンも風をこじらせて死亡。。その後ニューヨークのハリー・ウィンストンが約100万ドルで買い取るが、4度車にひかれかけ、破産した。そこでウィンストンはこれをスミソニアン財団に送った。現在はスミソニアン自然史博物館の宝石展示室に展示されている。

参考:黒沼健著『霊と呪い』(新潮社)
    桐生操著『世界史戦慄の怪奇ミステリー』(日本文芸社)



ホメオパシー(Homoeopathy)
 代替療法の一種。ドイツのザムエル・ハーネマンが提唱した治療法で同種療法と訳される。何らかの症状がある場合、この同じ症状を起こすような物質を極く微量投与し、患者の身体の抵抗を促して自然治癒を助けるというもの。じっさいには投与する物質の副作用を抑えるためこれを極度に希釈し、理論上この物質の分子が存在し得ないまでになった状態で砂糖の丸薬にして投薬を行う。当然正統派医学からはいんちきよばわりされ、この方法で効果があがってもプラシーボ効果に過ぎないと主張される。他方ドイツやイギリスでは保険医療の対象となっており、イギリス王室には専属のホメオパス(ホメオパシーの専門医)が雇われているという。
参考:『Guide to Natural Healing』(Geddes & Grosset)
    「論座」2000年7月号

   

ポルターガイスト(Poltergeist)

 ドイツ語で騒々しい幽霊を意味し、騒霊と訳される。ラップ音や食器が宙に舞う、家具や家全体が振動するなどの現象が主で、古来から多くの例が報告されている。日本にも江戸時代に練馬の女と呼ばれる同様の怪談が伝えられている。一般的にはこの現象はラップから始まり、次第に食器が宙を舞う、家具が振動するなどの現象に発展し、水分のない所から水が染み出したりどこからともなく石が飛んできたりする。また壁に文字などのメッセージが現れたり、チェスターの例ではコンピューターを通じてメッセージが送られてきたこともある。通常は6ヶ月程度の短期で収まるが、時には何らかの霊的な存在が目撃されることもある。また殆どのケースでは思春期前後の青少年が関与しており、そうした青少年を中心に現象が発生する。こうしたことから思春期の抑圧された性エネルギーが無意識のサイコキネシスとして発露という説もある。アメリカの超心理学者ウィリアム・ロールは、これを再起性偶発的サイコキネシス(RSPK)と呼ぶ。あるいは電磁波の影響、地下の水脈との関係を指摘する説もある。ロールによれば1949年以前のポルターガイストの事例ではいんちきは10%以下で、1949年から1970年にかけての34件では32%、以後は3分の1がいんちきと推定している。

参考:コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)
  アーサー・C・クラーク著『超常現象の謎を解く』(リム出版)