(最終改訂2000年7月23日)

マイヤー(エドアルド・ビリー、Eduard (Billy) Meier

 1937〜、スイスのコンタクティー。5歳のときにUFOを目撃した経験があり、8才まで頭の中で何者かの声を聞く経験をする。12才で学校をやめると、カーレーサーになったり、窃盗で服役したり、フランスの外人部隊に所属したりと様々な職を経てインドのアシュラムに入り、蛇の捕獲人となる。この頃再び頭の中で声が響くようになり、再度UFOを目撃し始め、スイスに帰国する。1975年1月以来、プレアデス星団のタイゲタ星系にある惑星エラから来たという三人のUFO乗組員、セムジャーゼ、プタハ、アスカットとコンタクトを開始し、その後100回以上コンタクトし、3000ページ以上の記録、数百枚の写真を残す。彼によればUFOはプレアデスからハイパー・スペイス・ドライブにより7時間で地球まで飛来し、彼自身UFOに同乗して他の惑星や恐竜の住む過去の地球などを訪れたという。しかし、彼の写真には二重写しの疑惑があり、またアメリカの民間UFO研究機関GSWが彼のUFO写真を調べたところトリックと判明した。

個人的見解:マイヤーが出会ったというセムジャーゼ、プタハ、アスカットはいずれも非常に地球的な名前である。セムジャーゼはマイヤーのガールフレンドにそっくりだという話もあったが、『エチオピア語エノク書』には、人の娘の美しさに魅せられて自ら天を下った200人の天使の主張についての記述がある。その親玉の名は日本語ではシェミハザ、サムヤサ、などと記されている。セムジャーゼと全然違うじゃないかと言いたくなる所だが、これは結局エチオピア語表記をいかに記すかの問題に行き着く。エチオピア語はセム語であり、母音は表記しない。したがってシェミハザの場合SMIHZのみで表記される。そしてSとSH、IとJは同じ文字で表される上SとZも混同されることがある。とここまで書けばわかるだろう。SMI(J)HZにどのような母音を加えるかによってシェミハザにもセムジャーゼにもなるのだ。プタハは古代エジプトのメンフィスの創造神と同名だし、アスカットはイギリスの地名に似たようなのがある。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)

マジェスティック12(Majestic12)

 第33代アメリカ大統領トルーマン直属の12名で構成されたUFO問題を専門に検討する委員会。略称をMJ12という。アイゼンハワー概況報告書と呼ばれる米政府の極秘文書によれば、1947年にロズウェル事件が起きた際、トルーマン大統領が12人の科学者、政府関係者を集め、墜落したUFOと宇宙人の死体を調査するため大統領直属のトップシークレット調査開発情報作戦機関として設置したとされ、、メンバーはヴァニーヴァー・ブッシュ博士、ロスコー・ヒレンケイター中将、ロイド・V・バークナー、デトリーヴ・W・ブロンク、ジェイムズ・V・フォレスタル、ゴードン・L・グレイ、ジェローム・C・ハンセイカー博士、ドナルド・H・メンゼル博士、ロバーツ・M・モンタギュー将軍、シドニー・W・サウアズ少将、ホイト・S・ヴァンデンバーグ将軍。1987年にウイリアム・ムーアが発表した初代CIA長官のロスコー・H・ヒレンケッター提督からアイゼンハワー次期大統領への申し送り文書でその存在が明らかにされたが、この文書にあるトルーマン大統領の署名は他の文書のものをコピーしたものらしい。

参考:と学会著『トンデモ超常現象99の真相』(洋泉社)

   

魔女(Witch)

 魔術を行なう男女のこと。特に中世の魔女狩りにおいて、悪魔と契約を結び、社会集団に様々な害悪をなしたと認定された男女のこと。中世の俗説では、魔女は悪魔との契約により、家畜を赴任にしたりチーズを固まらなくしたりして地域社会に様々な害悪を与える。また使い魔と呼ばれる小動物を従え、身体のどこかに「悪魔の印」を持ち、水に沈まないと信じられた。そこで魔女狩りにおいては、この「悪魔の印」を見つけることが決め手の一つとなり、イギリスのマシュー・ホプキンス(?〜1647)、フランスのピエール・ド・ランクル(1553〜1631)などの魔女狩り人は刺すと先が引っ込むよう細工を施した針で多くの魔女をでっち上げた。魔女と思われる人間を縛ったまま水に投げ込んで確かめるということも行われた。中世ヨーロッパの魔女狩りでは数十万の犠牲者を出たとされる。
 中世ヨーロッパに限らず、アフリカなどの途上国では現代でも魔女の実在が信じられている。中南米諸国のブードゥーの祭司も魔女、あるいは魔法使いと言えるだろうし、欧米にも魔女を自称する人物が大勢いる。ただし現在活動する欧米の魔女はそのほとんどがジェラルド・ガードナーにはじまるウィッカの系統に属するらしい。

蛇足:グリム童話に登場する悪い魔法使いばかりでなく、アーサー王の師でもあったマーリンや眠り姫などの良い魔法使いのように、良い魔女の伝説も古くからあったようである。魔女を主題とする文学や映画は現代に至るまで数多く量産されており、テレビでも「奥様は魔女」だとか東映動画の魔女っ子シリーズだとか数え切れないくらいの作品が生み出されている。最近アメリカでは「Charmed」がけっこう人気らしい。


現代の魔女ハリウェル三姉妹(アメリカのテレビ・シリーズ「チャームド」より)

参考:バーナード・W・マーチン著『不思議オカルト・ブック』(たま出版)



 
 

マンテル事件(Mantell Incident)

 1948年1月7日、ケンタッキー州ゴッドマン空軍基地上空でUFOを追跡したトマス・マンテル大尉が死亡した事件。当日ゴッドマン空軍基地上空に直径80〜90メートルの巨大UFOが出現し、近くを飛行中のトーマス・マンテル大尉ら4名のパイロットに物体確認の指令が降った。4名のうちヘンドリクスはスタンディフォード飛行場に着陸、ハモンド、クレメンツ、マンテルの三名が22000フィートに上昇したがハモンドとクレメンツの二人は酸素不足のため追跡を中止、マンテルだけが上昇を続け「金属的で恐ろしく大きな物体を正面わずか上方に発見」と無線連絡したがマンテル機は高度3000メートル以上の高空で空中分解した。これにより、マンテル大尉の名はUFO事件における最初の犠牲者として記録されているが、死因はマンテル大尉が酸素不足で気を失ったためコントロールを失った機体が激しく錐もみして空中分解したものである。空軍は当初、マンテルは金星を見誤ったと発表したが、後に大尉が追跡した物体は大型気球のスカイフックであったと訂正している。

蛇足:以前自衛隊のパイロット(当時三佐でした)と親しくお話させていただいたことがある。その際星をUFOと見誤ることはまずない、と彼は断言していた。しかし気球はわからない、と述べていた。位置も特定できないし形状も一定しないのでそんなものが突然現れるとにわかには確認できないらしい。他方、彼とその知り合いに限って言えばUFOを見た者はいないということであった。少年時に読んだ本などには、自衛隊はUFO情報を山ほど隠しているようなことを言ってる人もあったように記憶しているが、あるとしてもそれほど大量の情報はないようである。ちなみに自衛隊の場合、パイロットになるのは防衛大学に入って希望者の中から適性検査で選ばれるそうで、もちろん視力が悪いと不可。他に平衡感覚とか気圧の変化に対する適応とか(飛行機が降下するときに耳が痛くなるようでは駄目)身体的能力がテストされる。また、ほとんどが理系出身だそうである。そしてパイロット一人の養成には練習機やら整備員の人件費やら含めて一人数億円の経費がかかるという。数百万ドルの男である。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

 

ミステリー・サークル(Mystery Circle)

 イギリスを中心に麦畑などに出現する円形の図形。クロップ・サークル、コーン・サークルとも呼ばれる。1946年に初めて報告され、イタリア、ブラジル、フランス、カナダ、米、ハンガリーなどでも報告された。イギリスでは1979年から多発するようになり、形も単なる円形から次第に複雑化した。1988年にはイングランド南部で8ヶ月に70件以上が報告された。UFOの着陸痕、プラズマ、つむじ風によるものなどの説があるが、実際には人力で製作可能であり、1991年にサウサンプトン出身のダグ・バウアーとデイブ・コーリーと名乗る老人が、自分たちがイギリスでサークルの製作を始めた旨名乗り出た。彼らは厚板とロープなどの簡単な道具を利用して15年にわたりミステリー・サークルの作成を続けてきたと主張し、実際に彼らが作成したサークルは、研究家たちから本物とされた。他方、依然としてミステリー・サークルは人力では作成不可能であり、本物と偽物とは明らかに異なっており、何らかのメッセージが込められていると主張する研究家もいるが、彼らが偽者のサークルをちゃんと見分けたという話は聞かない。

 

 

未知動物学(Criptozoology)

  ネッシーイエティなど、通常の動物学からは存在し得ないとして無視されている動物を専門に研究する学問で、ベルギーの動物学者ベルナルド・ユーベルマンが最初に提唱した名称。Criptoはギリシャ語で「隠された」という意味。1982年にはワシントンで国際未知動物学会が設立され、ユーベルマンが会長に選ばれた。1986年にユーベルマンが作成したリストによれば、未知動物学の対象となる動物は150種に及ぶ。他方日本ではこうした未知動物学の対象となる動物を指して実吉達郎が唱えたUMA(Unidentified Mysterious Animal)という名称が普及している。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』(KPI)

 

ムー(Mu)

 イギリス陸軍の元大佐を自称するジェームズ・チャーチワードがその存在を主張する古代大陸。チャーチワードはインドの寺院に伝わるナーカル文書の解読によりムー大陸の存在を発見したとする。チャーチワードによればムー大陸は太平洋に存在し、5000万年前に最初の人類が発生し、東西8000キロ、南北5000キロで、その東端はハワイ、西はマリアナ諸島、南はフィジー、トンガ、東南端はイースター島にまで及んでいた。人口は6400万人で、異なる10の種族が住み、白人が支配階級で宇宙創造神の地上代理人である帝王ラ・ムーが統治していた。首都ヒラニプラなどには屋根のない神殿が建ち並び、マストドンが地上をのし歩いていた。太陽の紋章を掲げ、その勢力は西はアジア、ヨーロッパ、エジプト、東は南北アメリカに及んでいたが、地下のガス・ベルトの爆発により一夜で水中に没したという。チャーチワードはまた、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアの住民は彼らの子孫の一部であるとし、マヤのトロアノ古写本の記述や世界各地の古代遺跡などにその痕跡を求めるが、太平洋の海底にはムー大陸が存在した形跡はない。

参考:ジェームズ・チャーチワード著『失われたムー大陸』(大陸書房)



メイザーズ(S.L.マックレガー、S.L.Macgregor Mathers)

 1854〜1918。イギリスの魔術師で、黄金の夜明けの共同創設者の一人。ウェスコットにフリーメーソンの哲学、薔薇十字会の理念、儀式を学び、1888年、ウエストコット及びウッドマンとともに黄金の夜明けを設立。1880年代にブラバツキーに会見するが、その東洋的傾向には反発し、黄金の夜明けに西洋の秘教的伝統を注入した。自らスコットランドの首長の血筋を主張し、1892年には秘密の首領と連絡を取ったと宣言し、セカンド・オーダーの改革を実施するなどして黄金の夜明けの実権を握るが、その後パリに移住し、グランストリエ伯爵を名乗る。1894年にはアハトゥール・テンプルを設立。しかし1900年にシュプレンゲル書簡が捏造であることを暴露したため追放される、A∴O∴(アルファ・オメガ)を設立。1918年、インフルエンザで死亡した。同じく魔術師で夫の死後A∴O∴を主催した妻のモイナは、哲学者アンリ・ベルグソンの妹である。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)

 


メスメル(フランツ・アントン、Dr.Franz Anton Mesmer)

 1734〜1815。メスメリズムの提唱者。現在では催眠術の元祖的存在とも目されている。オーストリアのボーデン湖畔にあるイツナングという村で生まれる。インゴルシュタット大学で神学を学ぶが、25歳のときウィーン大学法学部に入学、すぐに医学部に転部する。1766年5月に「天体の影響について」という論文で医学博士号取得。1774年7月より磁石を用いた治療を開始するが、そのうち磁石を用いずにメスメル自身の介在で治療が発生することを発見、動物の体内に磁石と同様の力があると想定してこれを動物磁気と名付けた。1777年、盲目のマリア・パラディースの治療に失敗してウィーンを追われるが、1778年にパリで治療を開始する。しかし1784年にルイ16世が召集したフランス科学アカデミーの委員会が、メスメルは単に暗示を利用しているとの報告を提出したため1792年にパリを去った。現代ではメスメリズムは基本的に暗示による変成意識状態の生起と考えられているが、後の催眠術の誕生を導くことにもなった。他方、メスメリズムを施された患者は骨相学上の刺激に敏感に反応することが知られており、トランス状態で透視を行なったり、催眠下で霊が乗り移って話したりするという現象も何例か観測されメスメリズム透視と呼ばれた。

参考:コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)




メンナー(ハワード、Howard Menger)

 1922〜。アメリカのコンタクティー。高校卒業後ピカティー弾薬庫で働く。1942年には米軍機甲部隊に所属、後に軍情報部に移る。1946年には自分の広告会社を設立していたが、1956年、ニュージャージー州プレザント・グローブで円盤を目撃、中からでてきた男女に会う。それ以来金星、火星、木星、土星から来たという宇宙人と何度か会見を繰り返し、1957年には月の裏側にある基地を訪れたと主張。その後彼のコンタクトは1936年に金髪の女性を見たことが最初であったと主張するようになり、彼の妻コニーも金星人の生まれ変わりでもあるという。その後ハワイに移住。

 参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

 


モアイ(Moai)

  イースター島に残る独特の形の巨石像のこと。島内各地に約700以上が確認されている。絶海の火山島であるイースター島に大量のモアイが残ることから、島内の材料、人的資源のみでは製作不可能であるとして、太古地球を訪れた異星人の関与やムー大陸など超古代文明の名残とする説もあるが、実際には島内のラノ・ララク火山の凝灰岩を用い、10世紀〜11世紀にかけて製作されたものである。本来はアフと呼ばれる台座の上に立てられ、髪の毛を示す赤い岩(プカオ)が頭上に乗り、目が入れてあったが、1774年にイギリスのキャプテン・クックが訪れたときはほとんど倒されていた。モアイ建設の理由、それがその後倒された経緯は不明であるが、1956年にイースター島を訪れたノルウェーの探検家トール・ヘイエルダールは、かつて島を支配していた長耳族と短耳族の対立を述べている。

参考:トール・ヘイエルダール著『アク・アク』(社会思想社)



モケーレ・ムベンベ(Mokele-mbembe)

 中央アフリカのコンゴにあるテレ湖や、カメルーン南部の淡水湖一帯に生息するといわれる怪獣。リンガラ族の言葉で「河の流れを止める者」の意味で、コンゴ・ドラゴンとも呼ばれる。現地の伝説では昔から水中に巨大な生物が住むと言われているが、第二次世界大戦前にドイツの植民行政長官をしていたボックスバーガーの報告で知られるようになる。体長は8〜15メートル、胴体は象と同じくらいだが表面はつるつるしており、灰色がかった茶褐色をしている。首は長くて自在に曲がり、小さな三角形の頭に長い一本の歯、あるいは角を持つ。ドイツ植民地軍大尉フライヘア・フォン・フタインツ・ランスニツの1913年の探検報告に最初に登場。長い首と尾を持ち、水中の岸の穴に住んで岸の植物を食べる。原住民を襲いカヌーをひっくり返すが食べはしない。1980年、81年にはロイ・マッカル教授率いる探検隊が現地を訪れ、また1981年には米カリフォルニア・ジェット推進研究所のレガスターズ一行がテレ湖畔で怪獣の叫び声を録音、写真に収めた。1992年9月には日本のテレビが湖上の物体を収めたが、これはカヌーに乗った2人の人物のボヤケタ映像とされる。最も実在可能性の高い未確認動物とされる一方で、モケーレ・ムベンベの主要な生息地とされるコンゴのテレ湖は、平均水深が3メートルもない浅い湖であり、巨大生物が発見されずに生き続けている可能性は疑問視されている。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』(KPI)


モーガウル(Morgawr)

 1975年以来英国コーンウォールの海岸で何度も目撃されている海の怪獣で、コーンウォールの言葉で海の巨獣の意味。全長は18フィート(5〜6メートル)くらいで色は黒または濃い茶色、背中にはこぶがあり、像の鼻のように見える長い首を持つ。1976年2月には写真にも撮られている。

参考:Janet & Colin Bord著『Modern Mysteries of Britain』(Grafton)

(典型的なモーガウルの図)



モーリー島事件(Maury Island Hoax)

 1947年6月、ワシントン州タコマ近くのモーリー島でハロルド・ダールとフレッド・リー・クリスマンの二人がUFOの群を見たと報告した事件。ハロルド・ダールは10代の息子と犬を連れ、モーリー島近くのピュージェット河口で2人の乗員と船に乗っていて、突然巨大なドーナツ型の6機のUFOを目撃した。5機はゆっくり回転していたがダールが写真を撮っていると物体の一つが中央の物体と衝突、融けた岩のようなものを撒き散らしたため息子は怪我をし犬は死んだ。残った5機は高度を上げて飛び去った。この事件に関しレイモンド・パーマーがケネス・アーノルドを調査に送ったが、問題の物体はただのスラグで、事件はパーマーもからんだ捏造とされている。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)