(最終改訂:2002年3月13日)

ライヒ(ウィルヘルム、Wilhelm Reich)

 1897〜1957。フロイト左派の心理学者。ガリシア地方で生まれ、第一次大戦ではオーストリア将校として従軍。戦後ウィーン大学で韻律学、医学を専攻し、1922年に医学博士。卒業後フロイトの精神分析総合病院に分析医として勤務し、1928年に同病院副院長となる。一方オーストリア社会党、共産党にも加盟し、フロイト派精神分析理論とマルクス主義を結びつけようとしたが1933年には共産党除名。マルキシズムのため精神分析学会からも除名。分解した食物を顕微鏡で観察した結果、青緑色に発光しながら動き回るバイオンという粒子を発見、やがて海の砂のバイオンから生じるエネルギーに気づき、これをオルゴンと名付ける。1939年、ナチスの弾圧を嫌ってアメリカのオレゴン州に亡命後オルゴン研究所を設立、オルゴンを拡大するオルゴノスコープやオルゴンエネルギーを集積するオルゴンボックス等を発明するが、1956年米食糧麻薬局に訴えられ、投獄中に心臓発作で死亡。

参考:阿久津淳著『マージナル・サイエンティスト』(西田書店)

ライヘンバッハ(カルル・フォン、Baron Karl von Reichenbach)

 1788〜1869。オディック・フォースの発見者。当時ベルテンブルグ王国の首都であったシュツットガルトに裁判所司書の子として生まれる。チュービンゲン州立大学で自然科学、政治経済、法学を学んだ後、ハウサクに製糖工場を建設して成功する。その後も数々の化学上の業績を上げ、1839年、ベルテンブルグ王より男爵の称号を得る。1844年5月、彼がセンシテブと呼ぶ少女アンジェリカ・ストゥルマンが暗やみの中で結晶が青く光るのを見たことから未知の放射線を仮定、オディック・フォースと名付けた。

参考:阿久津淳著『マージナル・サイエンティスト』(西田書店)

ライン(ジョセフ・バンクス、Prof.Joseph Banks Rhine)

 1895〜1980。米国デューク大学の超心理学教授。ペンシルバニア州ジョニアータ・カントリーに生まれ、シカゴ大学で哲学、心理学、生物学を専攻。ウエスト・バージニア大学、デューク大学などで植物生理学、哲学等の講師を務めた後、デューク大学の心理学教授となる。1922年、コナン・ドイルの講演やロッジの『人間の生存』に影響を受け心霊主義に関心を抱き、1926年にウイリアム・マクドウガルと知り合う。一時クランドンを研究するが、その結果彼女をいんちきとしたためコナン・ドイルから批判を受ける。1930年初頭、ウイリアム・マクドゥガルとともにノースカロライナ州のデユーク大学に超心理学研究室を開設、ゼナーや妻のルイーザとともにESPを命名、カードやダイスを用いた超能力実験、レディ・ワンダーの調査などを行う。1962年にthe Foundation on Research on the Nature of Man(FRNW)を設立。超心理学の父と呼ばれる。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)
    宮城音哉著『神秘の世界』(岩波書店)
    ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)


ラエリアン・ムーブメント(Raelian Movement)
 フランスのコンタクティーであるクロード・ボリロンがはじめた組織。ボリロンは1973年にエロヒムと名乗る異星人とコンタクトし、ラエルという名を与えられた。ラエルによれば、地球のあらゆる生物は25000年前に異星人が作った人工の生物で、キリストやムハンマド、ブッダなども異星人が派遣した預言者だとする。ラエルは最後の預言者であり、ラエリアン・ムーブメントはその教えを広める団体である。一方でフリーセックスを説くカルトとの主張もある。以前からエルサレムに異星人の大使館を作る計画を立てていたが、最近ではクローン人間の作成を宣言したことで有名になった。全世界に55000人の信者がいるという。


ラスプーチン(グレゴリー・エフィモヴィッチ、Grigori Yefimovch Novykh Rasputin)

  1872(1865/71/72?)〜1916。ロシア正教の僧侶で予言や治療を行った。一説には1871年1月23日シベリアのポクロフスコエ村に生まれる。18才でベルコツーレの修道院に入り、隠修士となる。19才で一旦ポクロフスコエ村に帰り結婚するが、ギリシャのアトス山、エルサレムなどを訪れ、1903年にザングトペテルスブルグに現れる。1908年、皇太子アレクセイの血友病を治療したことからニコライ2世の宮廷に入りアレクサンドラ后妃の信頼を得る。第一次大戦で皇帝ニコライ2世が出征している間は、アレクサンドラの顧問として内政にかなりの影響を与えたと言われる。1916年、ザングトペテルスブルグの貴族の一団が彼の暗殺を謀り、フェリックス・ユスポフの自宅で青酸カリ入りのケーキを振る舞われるがラスプーチンには何の効果もなかったのでユスポフは銃で撃った。死体を運ぶ途中息を吹き返し、ユスポフに飛びかかったので仲間のマクラコフが警棒で殴る。さらに銃撃をしてネバ河の氷に穴を開けて投げ込まれる。1911年5月のストルイピン閣僚会議議長暗殺を予言。ロシア農民、兄弟が殺したのなら皇帝は何百年もロシアを支配するが、貴族が自分を殺したなら25年以内に貴族はいなくなるとの遺言が死後公開された。 

参考:ア・シマノウィッチ著『ユダヤ人とラスプーチン』(新人物往来社)

ラップ(Rap)

 物理的心霊現象の一つで、の出現に先だち、また霊の出現中に何かを叩くような音や木が割れるような音が生じる現象。霊の出現とは関係なく音だけが聞こえる場合も多い。質問をして音が一つならイエス、2つならノーと定めたり、音の数とアルファベットの文字を対応させることで(アルファベット・ラッピング)霊との交信にも用いられる。ポルターガイストの際もしばしば報告される。1848年のハイズビル事件で有名になった現象であるが、1528年のフランスの書物に、アリス・ド・テリューという修道女のが叩音を起こしたことが記録されており、1759年のコックレーン事件でも報告されている。ユングがフロイトとの会見中に叩音を経験し、再度叩音が起こると予言した。他方、同様の現象は様々なトリックでも可能であり、エリ・ノイエスは叩音を人工的に生み出す方法として17種類を挙げている。

参考:アーサー・C・クラーク著『超常現象の謎を解く』(リム出版)
    James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)


ランディ(ジェームズ、James Randi)

 1928〜。本名Randall Zwinge。驚異のランディと呼ばれるアメリカの奇術師。超能力は奇術で再現できると主張し、実演している。カナダのトロントに生まれ1987年にアメリカに帰化した。15歳の時、地元の協会の降霊会でゴミ箱に捨てられていたトリックのネタを拾い出してトリックを暴いたところ「神聖な宗教的集まりを汚した」として警察に4時間拘禁された経験を持つ。高校中退後サーカスに入りマジシャンとして成功した。1986年にはマッカーサー財団から賢人賞を受賞しており、その賞金を元に目の前で超常現象を起こせたものに100万ドルの賞金を与えると豪語している。CSICOP設立メンバーであったが、ユリ・ゲラーの友人が子供に性的いたずらをしたという主張が事実ではなく、その友人から訴えられたため1991年にCSICOPを退会した。チャネラーのアルバレスを演出したりプロジェクト・アルファを企画して世間や超心理学者の騙され易さを証明したりするなど、超常現象の否定に躍起になっている。

個人的見解:ランディという人物は実際に会ってみると非常に小柄な人間である。しかしエネルギッシュでユーモアのあるパフォーマンスを行う。超常現象全般にわたってそのイカサマを暴こうとする熱意は相当のものだし、調査にかけるエネルギーも凄まじいものがある。本ページでも彼の著作をけっこう参考にさせてもらっているが、勘違いや勇み足もあるようである。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    ジェイムズ・ランディ著『ノストラダムスの大誤解』(太田出版)  
    カール・セーガン著『科学と悪霊を語る』(新潮社)


ランド(エイン、Ayn Rand)

1905〜1982。アメリカの作家。ロシアのザングト・ペテルスブルグに生まれる。ペテルスブルグ大学で歴史を学んだ後観光ガイドとなる。1926年アメリカに移住し、執筆を始める。1943年の『水源』が成功を収め、1957年の『肩をすくめたアトラス』で説いた客観主義という独自の哲学が有名になり、彼女の周りにカルト的な集団が形成された。この客観主義の信奉者には、アメリカ連邦準備理事会のグリーンスパン長官やフレイザー元オーストラリア首相などといった人物も含まれている。また太田竜氏によれば300人委員会のメンバーである。

蛇足:アメリカでは記念切手も発行されているほど有名作家であるが、日本語に翻訳されたものはない。このこと自体不思議な話である。
www.aynrand.org

死体験(Near death experience)
 医学的に死を宣告された後に蘇生した人間が、死の状態にある間に体験したと感じる事物。臨死体験はレイモンド・ムーディの命名。こうした現象はエリザベス・キュブラ・ロスが1969年に発表した『死ぬ瞬間』で注目を集めるようになった。ケネス・リングの調査では死にかけた人間の48%にあたる102人中49人が、マイケル・セイボムによれば42%にあたる78名中33名が、さらに82年のギャラップ世論調査によれば死にかけた人間の35%がその間何らかの異常な体験をしたと回答している。そうした体験には個人的にばらつきもあるが、相当の事例に信仰とは関係なくある程度共通の要素が見られ、ケネス・リングはこれをコア体験と呼ぶ。代表的なプロセスは、まず物理的肉体からの分離が生じ、続いて暗闇を通過して光に至り、自分の人生の回顧、死んだ親族や知人との出会い、至福感を覚えたり、超自然的存在と接触したりなどである。死後生存の証拠としてしばしば言及されるが、脳内現象に過ぎないとの反論もある。

個人的な論理の飛躍:臨死体験について脳内現象説をとる場合、なぜ死ぬ瞬間になって特定の、それも多くの場合幸福感を覚える体験をするプログラムが組み込まれているのかについて、いまだ満足のいく回答は得られていないようである。そう言えば死ぬ瞬間に至福を覚えさせる必殺拳として「北斗の拳」に北斗有情拳というのが登場していたが、臨死体験は自律的北斗有情拳なのだろうか。

参考:ケネス・リング著『いまわのきわに見る死の世界』(講談社)
    キュブラ・ロス著『死ぬ瞬間』(読売新聞社)
    レーモンド・ムーディ著『かいまみた死後の世界』(評論社)



ドルフ2世(Rudolph U)

 1552〜1612。ハンガリー王、ボヘミア王、神聖ローマ帝国皇帝。神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン2世の息子として生まれ、1572年にハンガリー王、1572年にボヘミア王となり、1576年10月12日に父皇帝を継いで即位。生来の憂鬱症のためプラハに隠遁し、晩年は弟のマシアスとの争いから、事実上プラハに幽閉された。芸術や魔術に関心を持ち、ルドルフ2世治下のプラハには当時の魔術師や錬金術師が多く参集したことで名高い。天文学者にして占星術師だったデンマークのティコ・ブラーエとヨハンネス・ケプラーは、ともにルドルフ2世に招かれて天体観測を共同で行っており、当時のイギリスの有名な魔術師ジョン・ディーとエドワード・ケリーのコンビも一時プラハに身を寄せている。ルドルフ2世の侍医にはミハエル・マイエルだとかアンセルム・ボエティウス・ボート、マルティン・ルーラントなどの錬金術師が名を連ね、領内にあるヨアヒムスタール鉱山の監督官もゼーバルト・シュベルツァーやニコラウス・マイウスなどの錬金術師が務めていた。

蛇足:ヨアヒムスタール鉱山の銀で鋳造された銀貨は、当時ターレルと呼ばれてヨーロッパ各地で広く流通していた。アメリカ合衆国の通貨ドルの呼称はこのターレルが語源となっている。ドルと錬金術の隠された関係である。

参考:ロバート・ジョン・ウェンストン・エヴァンズ著『魔術の帝国』(平凡社)



ルールド(Lourdes)    

  南フランスのピレネー山脈の中腹にある町の名前。この町に住んでいた貧しい少女ベルナデット・スビルーは、1858年2月11日、他の二人の子供と町外れのマッサビエルの岩場に薪を拾いに行った。そこで一陣の風を聞き、対岸の洞窟を見ると若い女性の姿を見た。教区司祭ペラメルは当初子供達の話に否定的であったが、3月25日の16回目の出現で謎の婦人が「無原罪の宿り」と述べたことからこの女性を聖母マリアと認め、出現を信じた。2月25日の9回目の出現の際ベルナデットが地面を掘ると泉が沸き出し、やがてこの泉の水を飲んだ者に奇跡的治療が多数発生した。ルールドの聖母出現は5年後にローマ法王庁から認定され、1876年には礼拝堂が建てられた。現在は年間500万人が訪れる聖地となっている。ルールドでは年間3000件の治癒が発生すると言われるが、そうした事例についてはパリの国家医学委員会が審査を行って真に奇跡的なもののみを認定する。1999年までに66件が認定されている。  (右はルールドの聖母像)

蛇足:学生時代、日本で病気治療を売り物にする新興宗教の伝道者と話したことがある。そのなかでルールドでの治療は60件くらいしか発生していないが、自分のところでは年間何百人もの治療を行っているという話が出た。しかしルールドでの奇跡的治療はパリの国家医学委員会が厳重な審査を行い、どうしても医学的説明がつかないという事例のみが奇跡として認定されるのである。少々腹が痛いのが回復したとか便秘が治ったとかいう程度のものは含まれない。国家医学委員会の審査についてはスケプティックの側から、現在の医学から見れば奇跡でもなんでもない事例が認定されているとしてその審査を疑問視する意見もあるが、それはあくまでも現代から過去の例を見た結果言えることである。それのみをもってルールドの奇跡の認定全体が疑問だなどいう言い方は論理のすり替えであろう。

参考:志村辰弥著『ルルドの出来事』(中央出版社)

(Spirit)

 物理的肉体を離れた実体で、生命の本質的部分。古来、肉体が滅びた後も、霊とよばれる実体が生前の本人の記憶や人格をそのまま継承して存在し続けるという信仰は世界各地で見られる。こうした霊は死後は霊界と呼ばれる世界を訪れるが、生前の姿で現れるのが幽霊で、何らかの原因で地上に留まったり、特定の人間と関係を持ったりすることもある。この場合は霊の及ぼす作用により守護霊、支配霊、因縁霊など様々に分類される。こうした霊が現世の人間に何らかの形で伝える通信が霊界通信であり、霊の介在により発生する超自然現象が心霊現象である。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版 


レイキ(Reiki)
 ヒーリングの一種。本来は日本の臼井甕男が鞍馬山で啓示を得て創始したもので、患部に手を当てる手かざしや古代のシンボル、マントラを使用して治療を行う。日本では一時すたれていたが、日系アメリカ人のハワヨ・タカタが臼井の後継者ハヤシ・チュージローからの伝授を受けてハワイに持ち帰ったことから欧米に広がり、現在では100万人が実践しているという。日本では近年、能力開発法の一種として逆輸入されている。

レイ・ライン(Ley Lines)

  古代の遺跡や教会、古井戸、マウンドを結ぶ直線でイギリスのアマチュア考古学者ワトキンズが発見した。ワトキンズは1921年6月30日、ブレトワーデンの丘陵地帯の頂上から田園地帯を眺めたところ古代の遺跡や立石、教会などが直線上に並んでいることを発見した。直線上の地点にはレリ、ゴールド、コール、ホワイトなどという語が末尾につく場合が多かったが、ワトキンズはそうした中からレイを選んでこの直線をレイ・ラインと命名した。こうした直線は地球的規模で存在し、まっすぐ走るという黒犬獣や大地のエネルギー流との関係も指摘されている。他方偶然そう見えるだけだとする説や、ローマ時代の軍道の跡とする説もある。

参考:リン・ピクネット著『超常現象の事典』(青土社)
    John & Anne Spencer著『The Encyclopedia of the World's Greatest Unsolved Mysteries』(Headlines)

  


レヴィ(エリファス、Eliphas Levi)

 1810〜1875。本名アルフォンス・ルイ・コンスタン。フランスの著述家、オカルティスト。パリで靴職人の子として生まれ、神学校卒業目前で退学し、社会改革運動に身を投じる。36才で結婚するが妻に裏切られ、ウロンスキーの影響を受けて1853年にロンドン訪問、テイアナのアポロニウスの招霊を行う。この時の霊の指示により、名前をアルフォンヌ・ルイのヘブライ語表記であるエリファス・レヴィに改め、以後魔術関係の著作を数多く著す。1861年にロンドンを再訪し、フリーメーソンに入会。パラケルススにも傾倒し、薔薇十字団に対する関心を復活させた他、心霊研究家のクルックスにも影響を与えた。代表作の『高等魔術の教義と儀礼』は魔術の入門書として有名で、彼の著作に由来する典礼魔術の体系は特に「サンクトゥム・レグヌム」と呼ばれる。

参考:『魔術』(学研ムーブックス)
   エリファス・レヴィ著『高等魔術の教理と祭儀』(人文書院)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)

  


レムリア(Lemuria)

 ある種のキツネザルがインドとマダガスカルにしか存在しないことから、両方を結ぶ仮想の古代大陸としてドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルが提唱した大陸。後にイギリスの動物学者フィリップ・スクレーターは、キツネザルの学名であるレムールにちなんでこの大陸をレムリアと名付けた。キツネザルの分布については、現在では大陸移動説で説明されるが、ブラヴァツキーなどはレムリアを人類の発祥地と主張、アトランティスと並んでレムリアにも異質の文明が栄えていたと主張するようになり、現在でも映画やテレビ番組でインド洋の古代大陸として言及される。

参考:A.コンドラトフ著『失われた大陸群』(大陸書房)




錬金術(Alchemy)

 鉛などの卑金属を一定の操作により貴金属に変える技術。名称の由来はケムの国(エジプト)の技術という意味であるが、その起源は中国の練丹術にあるとされる。中国においては不老長生の象徴として変質しない金を卑金属から生成するという試みがあったが、西洋に伝わると金の生成それ自体が目的となった。錬金術の基本には全ての存在は四大元素(エレメント)から構成されており、その組成を変えることである物質から別の物質を造り出すことができるという中世ヨーロッパの考えがあり、物質変成の過程では賢者の石と呼ばれる特殊な物質が重要な役割を果たす。貴金属の生成に成功したとの伝説もいくつかあるが確認されていない。他方、中世ヨーロッパで盛んに行われた錬金術の実験はその後の化学の成立に貢献するとともに、硫酸、硝酸、塩酸など様々な化学物質の発見ももたらした。また、貴金属が様々な過程を経て金となる過程を、人間の魂が浄化されていく過程としてとらえる見方もある。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)

六曜(ろくよう)
 六輝ともいう。先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の6星がこの順番で日替わりで循環するもの。中国起源とされ、三国時代の蜀の軍師諸葛孔明が発明したとの伝説もあるが確実ではない。現在も旧暦の1月1日は先勝、2月1日は友引というように決まっているので、太陽暦の上では普通の順番が飛ぶように見えることもある。かなり伝統があるかのように誤解されているが、日本で一般に使用されるようになったのは江戸時代以後のことであり、明治時代に太陽暦が使用されるようになってからなぜか普及した。つまり、友引に葬式を避けたり、結婚式を大安に行ったりする風習はたかだか140年程度の伝統に過ぎない。

参考:2000年7月7日付読売新聞夕刊
   


シア宇宙主義(Russian Cosmism)
 19世紀のロシアに生まれた独特の哲学派。この一派はニコライ・フョードロビッチ・フョードロフ(1829〜1903)を始祖とし、人類が宇宙に進出することで、より高次元のあらたな存在に進化するという基本理念を軸としている。ソ連時代のロケット工学の先駆者ツィオルコフスキーやニコライ・レーリッヒなどもこの学派に属し、トルストイやドストエフスキー、テイヤール・ド・シャルダンなどにも影響を与えている。哲学派としては途絶えてしまったが最近再評価の動きがあり、また旧ソ連の宇宙開発が人類を遠くへ運ぶことよりもより長く宇宙に滞在させる方向進んだことは不思議な暗号である。

個人的見解:人類が宇宙(そら)へ進出することでより高次の存在になるという考えの基本には、天から降りて人の子と交わった堕天使の存在が前提にあり、天から降りて堕落することの対極として天に進出することでより高度な存在になるとのアナロジーがあったようである。基本的にロシア宇宙主義は、進化と進歩を同一視し、しかもそれを魂の分野にまであてはめようとしたという意味で、神智学と同じ誤りを犯していたと言えよう。他方、人類の宇宙進出によりニュータイプと呼ばれる新しい人類が生まれるというのは、初期ガンダム・シリーズの重要なモチーフとなっていた。ロシア宇宙主義と何か関係あるのだろうか?

参考:『ロシアの宇宙精神』(せりか書房)

ロズウェル事件(Roswell Incident)

 1947年7月、ニューメキシコ州ロズウェル及びその西方200キロのサン・アーグスティン平原にUFOが墜落し、米軍がその残骸及び宇宙人の遺体を回収したとされる事件。1947年7月2日夜10時頃、ロズウェル市郊外の牧場主W.ブレーゼルは奇妙な爆音を聞き、翌朝放牧地帯に見慣れぬ物体が散乱しているのを発見、保安官事務所に届け出た。7月7日、基地報道官W.ホート中尉は、軍が円盤を回収した旨のプレスリリースを行い、これが新聞の一面トップニュースで報道された。しかしこの発表は数時間後に第8空軍司令官ラメイ大将によって否定され、8日にラメイ大将は問題の飛行物体は観測用の気球であったと発表した。しかし1979年になって牧場から破片を回収したマーセル少佐が、自分が回収した残骸と公表された残骸は別物と暴露したことから再び注目を浴びた。アメリカ軍がロズウェルで回収したUFO及び異星人の遺体を隠匿しているとの噂は今や一種の都市伝説となって時折映画にも登場するが、アメリカ政府は1994年9月に、この物体は旧ソ連の核実験を探知するモーガル計画に使用された気球であったと発表。さらに1997年には50年代の人形による降下実験や航空機事故が宇宙人の死体と混同されたとの最終報告を行った。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

ローゼンクロイツ(クリスチャン、Christian Rosenkreuz)

 1378〜1484。「薔薇十字団」の開祖と言われる伝説的人物で、サンジェルマン伯爵に転生したとも言われる。ヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーエの『化学の結婚』の主人公であり、1614年を中心にドイツで書かれた薔薇十字関連のパンフレットに登場する。ブロッケン山近くの貴族の家系に生まれ、若くして東方へ旅し、アラビアの賢者から古代世界の英知を学んだ。その知識をラテン語で著したものが『Mの書』である。世界改革の大任を自覚して帰郷後、8人の忠実な弟子からなる僧院を作り、世界各地で慈善運動を展開した。1604年にはある会員が彼の秘密の墓に通じる隠し戸を偶然に発見、そこに「我は120年後に蘇るであろう」と記された碑文を見つけた。埋葬室は七角形の壁で、天井に永遠のランプが輝き、ローゼンクロイツの遺体は腐らずに安置されていたという。

参考:アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)
    『魔術』(学研ムーブックス)
    荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)

ローゼンハイム事件(Rosenheim Poltergeist)

 1967年、西ドイツ、バイエルン州のローゼンハイム、ケーニッヒシュトラッセ13番地にあったジグムンド・アランという弁護士の事務所で発生した大規模なポルターガイスト事件。1967年夏、電話の調子がおかしくなったが、調べても異常は発見できず、10月になると誰も電話を使用していないのにメーターが通話中だったり、何者かが時刻案内に頻繁に電話していることが発覚した。その後蛍光灯が自然にソケットから外れたり、ヒューズが飛んだりする事件が続発、電流・電圧計、テクトロニックスを事務所に設置した結果、業務時間内に限って異常なぶれが記録されていた。11月になると電球が爆発したり壁に吊された絵が回転したり落ちたり、机の引き出しやその中身が飛び出したりといった現象が発生するようになった。計器の異常がアンネマリー・シュナイダーという女性が事務所にいる時間帯に発生していることや、彼女の休暇中や解雇後は事件が沈静化した。

蛇足:アーサー・クラークなども肯定的に言及している事例。ただし何が何でも超常現象を否定しないと気がすまないという連中は事件を研究したハンス・ベンダーに対する個人攻撃に逃げている。

参考:アーサー・C・クラーク著『超常現象の謎を解く』(リム出版)
    コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)

ロバートソン査問委員会((Robertson Panel)

 1953年1月、CIA情報諮問委員会の勧告に基づいて開催されたUFOに関する秘密会議。メンバーは天文学者のソーントン・ペイジ博士、統計学者のS.グーディメル博士、地球物理学者のロイド・バークナー博士、物理学者のルイス・アルバレス博士で、顧問にアレン・ハイネック博士とフレデリック・デュラントがいた。委員会は4日間にわたって開催され航空技術センター司令官ウィリアム・ガーランド准将、科学情報局内の管理者達、特別研究班のスティーブン・ポソニー、空軍情報部長官、将校、エドワード・ルッペルト、空軍報道士官など多くの士官と面談を行ったが、結局ほとんどの目撃報告は自然に起こった物理的現象あるいは大気現象として説明でき、UFOが国家の安全にとって直接的な脅威となることを示す証拠はなく、敵対行為を示す証拠も地球外生命体の招待だとする証拠もないとの結論を下した

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
   カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)