

ピリ・レイスの地図
1929年、イスタンプールのトプカプ宮殿が博物館に改造された際に、一枚の古い地図が発見された。オスマン・トルコの提督(=レイス)だったピリ・イブン・ハジ・メムドが1513年に作製したその地図には、アフリカ北西部や南北アメリカの東海岸などが描かれていたのだが、そこには・・なんと『南極大陸』の一部までが描かれていたのだ!
公式には、南極大陸が発見されたのは19世紀初頭の事。 なぜ、そこに南極が・・? ピリ・レイスがこの地図の作製にあたり、元にしたという何枚もの古い時代の地図には、超古代文明の知識が紛れ込んでいたのだろうか・・?
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この地図は、さらに古 い時代の何枚かの地図 を参考にして作成され たという。 |
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さて、『ピリ・レイス地図』で南極大陸とされている部分の右の方と真ん中あたりを見てみよう。右の方には蛇の絵が、真ん中の方には四本足で立っている正体不明の動物と牛に似た動物が描かれている。
冷静に見れば、それらの絵は、そこにそういう動物がいるという事を表しているのでは・・・?と考える人も多いと思う。 実はまったくその通りで、それぞれの絵の下には、そういう動物がその土地で見られたらしいという(
ピリ・レイス自身の )注釈文が書き込まれている。 そう、そこには蛇とか牛がいたのだ!
しかも、【 この土地はとても暑いと言われている。 】などとも書かれている。 つまり、地図のこの部分が南極大陸を表したものではありえないという事は、地図自体に書き込まれた『解説』によっても明らかなのだ。
さらに、ピリ・レイスが書いたそれらの注釈文には、地図のこの部分の情報が、ポルトガル人からもたらされたものである旨が記されている。 つまり、ビリーバーたちが説くような超古代文明の記録などから得た情報ではない事は、この点一つとっても明らかなわけだ。
ビリーバーたちは、『ピリ・レイスの地図』が、人工衛星から撮った地上の写真と比較しても、驚くほど「正確」に描かれていると言う。 だが、この地図は、大航海時代に作られたものである事を考えると非常にすばらしい地図である事は間違いないけれど、そういった主張と異なり、「正確さ」という点で言えば、かなりの問題がある。
一例をあげれば、南アメリカの東海岸には、アマゾン川が二本ある事になっているし、海岸線が1400Km以上にもわたって抜け落ちている。 しかも、南アメリカと南極大陸?は、完全に繋がって陸続きになってしまっている。
● では、この『南極大陸』の正体は何なのか?
結論を言えば、中米と南米の東海岸線のスケールが、誤った知識のために大きく広がってしまい、途中で曲がってしまっただけである。 古い時代の地図にありがちな間違いであって、これは、ビリーバーたちの言う事に惑わされずに、素直にこの地図を眺めれば誰にでも判別できる事だろう。
<End>