海王星

海王星の写真

なんだか未知の世界へ迷い込んだような・・・?
こうしてみると美しい星ですね?
天王星、海王星、冥王星って名前しか知らなかった(^^ゞ
水・金・地・火・木・土・天・海・冥・・・・学校で習ったから知ってるんだよね。
でも、この広い夜空のどこにあるのか今まで知らなかった( ;^^)ヘ..
でも、調べていくうちにだんだん面白くなってきて、へぇ〜!とか、うひゃぁ〜!なんて
驚くことも一杯なんです。(笑)天文学がこんなに面白かったなんて・・・(^_-)ネッ




・・・海王星の呼び方・・・
漢字 英語 ラテン語 ギリシア神話 ローマ神話
海王星 Neptune Neptunus ポセイドン
オリンポス12神で海洋の支配者。
クロノスとレアの子ゼウスとは兄弟。
ゼウス同様有名ですよね。
澄み切った青い色が海洋の支配者にピッタリかと。
ネプトゥヌス
*漢字は、日本、中国、韓国共通です。



大きさ(直径) 4万9528km
自転周期 16時間8分
公転周期
(海王星の一年)
164.774年
質量
(地球=1として)
17.15倍
衛星 ・ナイアッド
・タラッサ
・デスピナ
・ガラテア
・ラリッサ
・プロテウス
・トリトン
・ネレイド
海王星の構造
天王星が発見されてから、各国の天文学者たちは熱心にその運動を観測しはじめましたが、
そのうち奇妙なことに気がつきました。天王星は万有引力の法則通りに動かないのです。
天王星の運動を決めるのに一番大きな力を持つのは太陽ですが、木星や土星も天王星に引力を及ぼし、
その運動を乱しています。しかし木星や土星、他の惑星の引力を考えに入れても、
天王星は理論通りには動きません。そこで、これはまだ発見されていない惑星があって、
それが天王星に引力を及ぼすので、天王星の運動が乱れるのだと、考えられるようになりました。

━ここまでは、天王星の項より引用━

天王星のこの運動の乱れを手がかりに、未知の惑星を発見できないものかと
二人の天文学者が研究しました。フランスのルベリエと、イギリスのアダムスです。
そして、とうとう苦労の末に答えが出ました。
ところが当時フランスには良い望遠鏡がありませんでした。
そこでルベリエは1846年9月18日に、ドイツのベルリン天文台に手紙を書き、
自分の計算した位置に新しい星があるかどうか、探してくれるように頼みました。
当時ベルリン天文台の台長は有名なエンケでした。
ところがルベリエが手紙を書いたのは、エンケの助手のガレでした。
ガレと、ルベリエは仲が良かったからです。

ルベリエの手紙は9月23日にガレの元へ着きました。
当日は晴天でした。ガレはエンケに新惑星探しの許可を求めたのですが、エンケは許しません。
土星の環に関するガレの観測のことでエンケとの間にわだかまりがあったのと、
エンケの見解がそうさせたのでしょう。しかし、ガレはエンケと大激論の末、
エンケにしぶしぶ承知させました。
ガレはその夜、ベルリン天文台が誇る新鋭望遠鏡(口径23cmの屈折望遠鏡)を、
ルベリエの示した位置にに向けました。
位置=みずがめ座の1点。黄経326°。山羊座δ(デルタ)星の東北約5°


ルベリエの手紙では新惑星の視直径は3”あまりのはずと書かれていましたが、
8等星9等星クラスとなると星が多すぎて、どれが新惑星なのかまったく見当もつきませんでした。
しかし幸いなことに、ガレの手元には昨年末にベルリン天文台で完成させたばかりの星図がありました。
ガレはこの星図と実際の空とを丹念に見比べ、探し始めて30分立つか立たないかで、新惑星を発見しました。
その位置は、ルベリエが指示した位置から52´しか離れていませんでした。これが、海王星です。
ルベリエ35歳。ガレ34歳。エンケ54歳でした。  一方アダムスはと、いうと???

ちょっと計算してみたら、ビックリしてしまった!!
公転周期が天王星は約165年なわけだけど、1846年に発見されてから、太陽の周りを
まだ一周してないよ〜〜〜〜〜〜\(゚o゚;)/ウヒャー
一周完了するのは、2011年だよ〜〜〜つまりあと、11年なわけだぁ〜すごいね〜〜〜(^^ゞ


海王星が発見されてから調べてみると、51年も前に2回も観測されていることがわかりました。
観測者はパリ天文台のラランドで、1795年5月8日と10日の2回です。
彼は惑星だとは夢にも思わず、恒星だとばかり思っていたので、8日の観測位置が10日の観測位置と
一致しないので(惑星は動くのですから一致しないのが当たり前)、8日の観測を捨て、
10日の観測を採用してました。ラランドがこの位置の違いを探求したら、
海王星は1795年に発見されていたのでしょう。

大黒斑は、巨大な暴風圏で
西方に秒速300m(時速440km)で移動しています。
この他にもスクーターと呼ばれる白色の渦巻き雲が
16時間かけて1周するのをボイジャー2号が観測してます。
海王星にある大黒班の写真




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アダムスの研究

一方のアダムスの研究はというと・・・・
当時まだ、ケンブリッジ大学の学生だったアダムスは、
ルベリエよりも2年も早く研究をはじめ、ルベリエよりも1年も早く完成していました。
アダムスはグリニッジ天文台長のエアリに新惑星を探してくれるように頼んだのですが、
若いアダムスは相手にしてもらえませんでした。
これが絶対と言えるまでに、研究をよくするようにと、突き返されのです。
アダムスは6回にわたり研究過程を見直し、改善を加えました。
エアリも拒む理由もなくなり、ケンブリッジ天文台のチャリスに探させることにしました。
チャリスのところには、ベルリン天文台にあったような、良い星図はありませんでした。
それで、アダムスが指示したあたりの星の位置を測定し、その動きから新惑星を発見しようとしました。
アダムスにとって不運なことは、チャリス位置測定の結果を直ぐ整理して、
赤経赤緯の変化する星があったか調べようとしませんでした。
観測結果はたまる一方です。そんなところに『新惑星発見』という知らせがベルリン天文台から届きました。
10月1日のことでした。驚いたチャリスは早速観測結果を整理してみました。
なんと彼はすでに2回も新惑星を、知らずに観測していたのです。
この観測結果をさっさと整理してたら、海王星の発見の名誉はアダムス・チャリスになったでしょう。

海王星発見には、ルベリエ、ガレ・・・・・そして、アダムスの努力も忘れてはなりません。   ↑へ