小説の中の螺旋


 夢枕獏の小説の中に登場する螺旋

 1980年代後半に発刊された夢枕獏の小説に、「月に呼ばれて海より如来る」と「上弦の月を喰べる獅子」という題名の、螺旋をテーマにした作品がある。「上弦の月を喰べる獅子」は第10回日本SF大賞受賞作ということである。
 両作品とも久々に一気に読みたくなるような作品で面白かったが、ここでは、文学としてこの作品を取り上げない。

この両作品とも、「螺旋」とりわけアンモナイトの螺旋と比較した「オウムガイの螺旋」に関する独特の見解が、ストーリー展開の中心にすえられている。この螺旋に関する「論考」では、対数螺旋(ベルヌーイの螺旋)について幾つか述べている。これが、いかにも初歩的な間違いをしている。少々野暮とは知りつつ、このサイトのテーマでもあるので、考えてみたい。


 生き残った螺旋と滅んだ螺旋

 夢枕は、2つの小説の中でアンモナイトとオウムガイを、「アンモナイトが滅び、オウムガイが生き残った。−それは何故か」という問いを何度となく発している。

 確かに同じ蛸やイカの仲間である頭足類に属していてその多くが同じように螺旋の殻を持ちながら、アンモナイトは6500万年前に滅んだのに対して、オウムガイは今でも数種類が生き残っている。

 なぜオウムガイは生き残ったのか、なぜアンモナイトは絶滅したのか、面白いテーマだと思う。でも、夢枕は、何故か?何故か?と何度も問いながら、いっこうに論考を深めようとはしない。(小説なのだからそんなもの求めるな、といわれたら身もふたもないが・・・)

 夢枕氏にとってこの問いかけは、なぜかを考えるための問いかけではなく、すでにある「答え」を強調するためのものでしかない。その「答え」が、独特の螺旋についての見解である。

 夢枕氏の螺旋考

 小説の中でアンモナイトの螺旋とオウムガイの螺旋がどのように論じられているのか、具体的に見てみよう。

 
「月に呼ばれて海より如来る」より
主人公である麻生が冬山で遭難して仲間を失い意識朦朧としながらなおも頂上を目指す場面で、麻生の思念とも作者の説明ともつかない書き方で、次のように述べられる。

 五億年の昔、海の底に生まれた螺旋の生き物は、アンモナイトの他に、オウムガイがある。
 しかし、このふたつの螺旋は、違う性質、違う螺旋を描いている。
 アンモナイトの螺旋が、同じ太さの縄を巻いた同心円形の螺旋であるのに対して、オウムガイの螺旋は、螺旋を巻きながら外に広がっているのである。
 一定の率で太くなってゆく縄を巻いた螺旋がオウムガイである。
 ある異国の神智学者が言うには、オウムガイの螺旋こそ、黄金分割のラインに沿って成長する完全な螺旋であるという。
 アンモナイトの類が、今は滅びた絶滅種であるのに対し、オウムガイは、今なお、南太平洋の海に、生き残っている。
 同じ時期に、同じ海に発生した同じような生き物の一方が滅び、何故一方が生き残ったのか?
 それは、アンモナイトが、螺旋として閉じていたからである。
 オウムガイは、宇宙に対して開いた螺旋であった。
 それが、このふたつの生物の運命を分けたのだという。


                                (廣済堂書店 1999年版 PP62-63)

「上弦の月を喰べる獅子」より


 数億年前、古生代のほぼ同じ時期に出現したアンモナイトがすでに絶滅した化石種であるのに比べ、オウムガイは、現在でも、当時とほぼ同じ体系を保ちながら、太平洋熱帯部に生存している。
 時間にして約5億年−
 アンモナイトが滅び、オウムガイが生き残った。
 −それは何故か。
 シオドア・クック(1867-1928)は、オウムガイの螺旋が「数学的に理想の螺旋を描いている」からだという。
 オウムガイの螺旋には、その弧に接する直線をひくと、その直線と弧とが常に、60度角になる性質がある。黄金分割の比率を曲線に展開したものが、対数螺旋と呼ばれるこのオウムガイの螺旋なのである。アンモナイトの螺旋は円に近い。オウムガイの広がりのある螺旋に比べ、その螺旋は、同心円で同じ太さの縄を巻いたような形をしているのだ。

                        (中略)

 太古の海に発生した似たような生物の一方が生き残り、どうして一方が滅んだのか。
 前記のクックの説をとれば、まさに、それはオウムガイとアンモナイトの螺旋の数学的な美しさに原因があることになる。
 美しい螺旋が生き残り、そうでない螺旋が滅びたのだ。


                             (ハヤカワ文庫 1995年版 上  PP140-143)





夢枕氏の螺旋説を考える


 アンモナイトが滅びオウムガイが生き残った原因として、夢枕は、

 「月に呼ばれて海より如来る」では、「閉じた螺旋(アンモナイト)」か「開いた螺旋(オウムガイ)」か、を挙げ、

 「上弦の月を喰べる獅子」では、「美しい螺旋(オウムガイ)」かそうでない(アンモナイト)か、を挙げている。

 論理としてまともに考えるとわけが分からなくなるが、どうもオウムガイの螺旋が「対数螺旋」であるのに対して、アンモナイトの螺旋が「同心円で同じ太さの縄を巻いた」螺旋であることをことさら意識しているように読める。

小説の中では、ある異国の神智学者とかシオドア・クックとかいう人物の説、として記述されている。しかし、これらの説が物語の中心にすえられているのは間違いない。“天動説をいまだにかたくなに信じる男の狂気の物語”という風情でもない。

 アンモナイトの螺旋はアルキメデスの螺旋か?


 同じ太さの縄を巻いた形の螺旋は、「アルキメデスの螺旋」と呼ばれているものである。

 右の写真のようなものである。例えば渦巻き型の蚊取り線香もアルキメデスの螺旋である。

 アルキメデスの螺旋は、巻きが進んでも巻き幅は変わらない。

 アルキメデスの螺旋は、次のような極方程式で記述することができる。


 。

 
賢明な読者は、すでにお気づきだろうが、アンモナイトの螺旋は「アルキメデスの螺旋」ではない。オウムガイの螺旋と同じ「対数螺旋」なのだ。

 右の図は、アンモナイトの写真の上に、螺旋を調べるソフト「Spiral」で螺旋を描いたものだが、巻きが進むにしたがって間隔が大きく太くなっているのがわかる。これは「アルキメデスの螺旋」ではない。

 私が調べた限りアルキメデスの螺旋になっているアンモナイトにはお目にかかっていない。

 アンモナイトだけではなく、巻貝や2枚貝の殻も対数螺旋になっている。

夢枕はどこで認識違いをしてしまったのだろうか。

アンモナイトの螺旋とオウムガイの螺旋の違い
 
 右の写真は、オウムガイの殻を2つに割った断面である。赤い線は、「Spiral」で螺旋を調べて描画したものである。

 上のアンモナイトの螺旋との違いはなんだろう。
 巻きの向き(時計回りか、反時計回りか)の違いはあるが、これは写真の撮り方の違いである。オウムガイの切り離したもうひとつの殻を写真で撮ると、アンモナイトの螺旋の巻きと同じ向きになる。

 また、アンモナイトを反対側から写真をとることもできる。

 対数螺旋では、巻きが進むにつれて開き方が大きくなるが、オウムガイのほうがアンモナイトより開く度合いが大きいのである。

 アンモナイトは閉じているわけではない、開き度合いがオウムガイより小さいだけのことである。

 



 対数螺旋の性質
 
 対数螺旋は等角螺旋とも呼ばれ、曲線の接線と中心からの線とがなす角(右の図でb)は常に一定になる性質がある。

 このbの値が、アンモナイトとオウムガイでは異なるのである。

 極方程式では次のように記述することができる。


 アンモナイトではこのbの値が82〜85°になるものが多い。
 
 それに対してオウムガイではbの値がおおよそ80°になる。

 ちなみにbの値が90°になる螺旋は円である。だから、夢枕が言う「アンモナイトの螺旋は円に近い」というのは、正しい。だが、アルキメデスの螺旋は円にはならない。円になるのは、対数螺旋(ベルヌーイの螺旋)である。

 「オウムガイの螺旋には、その弧に接する直線をひくと、その直線と弧とが常に、60度角になる性質がある。」との記述は、等角螺旋であると言いたいように聞こえる。が、明らかに錯乱している。

 だいいち「接線と弧との角度」などどのように測るのであろうか。弧は曲線である。通常は曲線の接線を曲線側の特性として、他の直線とのなす角度を評価するのである。

 また、どこから60度などという角度が出てくるのであろうか。ぜひ図示してほしいものだ。

 夢枕のこの表現は、それらしい言葉を並べてはいるが、全く意味をなしていない。
 
 黄金分割に沿った螺旋?
 夢枕は何度も「オウムガイの螺旋は美しい」と書いている。

 確かに、オウムガイの殻を切断すると極座標に規則的に描いたような螺旋が現れて、魅力的である。また、殻の内側が真珠色に輝いて綺麗なものもある。

 だが、生きているオウムガイや外側から見たオウムガイの殻の螺旋が美しいであろうか?
 私はあまり美しいとは感じないが、まあそれはどうでも良い。

 上記の記述の中では、「数学的な美しさ」とか、「数学的に理想の螺旋」といわれている。数学的に綺麗、という場合シンプルな式で記述できることをさすが、オウムガイもアンモナイトもその螺旋は対数螺旋の式で同じように記述できる。

 螺旋を調べるソフト「Spiral」はこのことを簡単に確認できるツールである。

 「オウムガイの螺旋=美しい螺旋」という主張は、
 「オウムガイの螺旋こそ、黄金分割のラインに沿って成長する完全な螺旋」である、という考えを根拠にしているようだ。私の印象では、「美しい」と感じたのではなく、「黄金分割だから美しいはず」と観念から言っているように思える。「名画だから美しい(はず)」という、鬱陶しい説教のように・・・。

 ではオウムガイの螺旋には、本当に黄金比はあるのだろうか。

    黄金分割とは、
大きい部分と小さい部分の比が、大きい部分と線分全体との比に等しくなるように線分を分割することである。

この比のことを黄金比という。




 オウムガイの螺旋では、中心角が約156°回転するごとに中心からの距離が1.618倍になる。これをもって、オウムガイの螺旋の中に黄金比がある、といえるのだろうか。

 もしそのむちゃくちゃな論理が成り立つとすれば、アンモナイトの螺旋にも黄金比があるといえるのだ。上のアンモナイトでは、約216°回転で黄金比が現れる。

 対数螺旋である以上、どこかで1.618倍になるところがあるというだけのことである。

 90°回転するごとに1.618倍になるとすると黄金矩形に沿う螺旋になる。この螺旋はbの値が約73°になる。宇宙の螺旋のページで調べたM74などの渦巻き銀河の螺旋は、bの値がぼぼ73°なのである。

 
 オウムガイの螺旋に黄金比がある、という誤解は夢枕だけでなく、時々平然と主張されていることがある。

 画像情報処理検定3級の問題に、

「(黄金比)はオウムガイなどの巻貝に見られる(対数)らせんや植物など、自然界に多く見られる比としても知られる。」

というのがあった。オウムガイが巻貝にされているのも乱暴だが、オウムガイも巻貝も対数螺旋になっているが、黄金比になっていない。違う例証を出して「多く見られる」といわれてもねぇ・・・。  

 黄金矩形に沿う螺旋が対数螺旋になっている、オウムガイの殻には対数螺旋にそった形がある、という事実から、「オウムガイの殻が黄金比になっている」という誤解が多いようである。笑ってしまう論理だね。
 
検索

ひとつの角が83度の三角形を直角三角形に近いとはいえても、直角三角形とは言わない。オウムガイの対数螺旋は黄金矩形には沿った螺旋に一見似ているけれど、一致はしない。

ホームページを検索すると、検証抜きに黄金比の具体例としてオウムガイをあげているものが多い。デザイン系では仕方がないかとは思うが(でもかたちに対する感性で”違う!”と分かってほしい・・・)、数学の教案と思われるページにも見られるのは、どうにかしてほしい。(結構あります。数学の先生、自分で確かめてくださいね)

数学者秋山仁先生が日本テレビ世界一受けたい授業」(5月28日放送)の中で「オウム貝に黄金比」とやったらしい(このページ)。秋山仁先生、あなたまでもですか、といいたい。この著名な「数学者」も検証を忘れたいる。


Googleを使って「オウムガイ 黄金比」で検索すると比較的間違いが少ないのに、「オウム貝 黄金比」で検索すると間違いのオンパレードになる。オウムガイは貝ではない、ということを調べておくぐらいの慎重さは必要だということか。




アンモナイトの絶滅

 夢枕の螺旋に関する記述は「オウムガイの螺旋は対数螺旋である」ということ以外はほとんどデタラメである。小説は面白かっただけに、ちょっと興醒めである。

 アンモナイトが絶滅してオウムガイが生き延びたその原因を「かたち」に見出そうという発想は魅力的である。でもあまりに粗雑に「了解」してしまっている。

 夢枕の小説の中身には触れないつもりであったが、ひとつだけ・・・。

 「完全なもの」「美しいもの」が生き延びる、というシェーマの元に、「完全」や「美しさ」に近づこうとあくまで上昇しようとする「生き物」を描いている。でもちょっと待ってほしい。

 オウムガイが生き延びた理由について、夢枕も参考文献に挙げている小畠郁夫・加藤秀著「オウムガイの謎」(筑摩書房)では、白亜紀の大海退や隕石の衝突による環境の変化、などの説を紹介したうえで、次のような記述がある。

 「生きているものはだれでも、いごこちの良いところへのし上がろうと競争をする。しかし、いごこちのよいところに長いあいだぬくぬくとおさまっていると、大きな変わり目の時にあっけなく滅んでしまう。  (中略)

 ところがオウムガイの仲間は、生存競争に負けたために、いごこちの良いところから身を引いて、世界の片隅でひっそりと生きてきた。えさは十分にはなかったけれど、長いあいだに数日間食べなくても困らない体のしくみが出来上がった。
 暗く冷たい深海だから、命を脅かす天敵はほとんどいない。食べ物の奪い合いでしのぎをけずる必要もない。自然に逆らうことなくゆっくりゆっくり生きていく・・・実際そういう生き方でオウムガイは、5億年の歳月を生きのびてきたのだ。」(PP171-172)


 これもひとつの説であろう。
 夢枕の描いた世界とは180度異なる世界である。優れたものや、優れたものを獲得したものが、直線的に進化し上昇するのではない。繁栄を極めたものの絶滅をも伴いながら、なお生き延び進化していく生き物の姿が想像できる。そこに螺旋の面白味があるのではないか?

 私は、夢枕の筆力で、このオウムガイの執念や諦念さらに図太さなどを、アンモナイトの華やかさの中にある無常との対比で、ドラマティックに描いてほしいと思う。夢枕が書いたら、きっと面白いと思うのだが・・・。
 
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