ラジオ展示室「戦中」

昭和15年〜終戦頃までは、戦後と同じ横型のラジオが多く生産されました。かなり流行した縦型や丸屋根のカセドラル型はすっかり姿を消し、普通の横型ばかりになってしまいます。昭和13年前後までのラジオは大変作りが丁寧で豪華な物が多いのですが、太平洋戦争突入後、戦局の悪化に伴い、ラジオもどんどん粗末な物になっていきます。また、このころのラジオは戦意高揚のためか、機種名も「躍進」や「愛国」等、軍国主義的な名前の物もあります。

太平洋戦争末期のラジオも、粗末な物にかかわらず、近年骨董的な価値が出てきました。美品完品が少ないので、汚い割に市場価格は安くありません。性能が悪かったり、故障が多かったりで、戦後スーパーに改造されたり、真空管が入手できずに6V球に改造されている物もあります。高い物を購入される時は十分注意が必要です。骨董店では美品であれば改造されていても高いようですが、オリジナルが良いに決まっていますし、スーパーに改造されてしまうと価値はなく、元の姿も分かりません。私も多数のラジオを購入しましたが、改造されていると修理する気が無くなってしまいます。改造も歴史の一部と割り切るのも良いのですが・・・。ここでは、戦中の横型ラジオを紹介します。


【101】松下無線(National・現:松下電器産業) 國民2號型 1941年(昭和16年)

使用真空管:57,56,12A,12F

受信周波数:550-1500KC

定価:36円60銭(発売当時)
 
 





戦前、太平洋戦争突入の頃に作られたラジオ。國民受信機Z-3と比べて作りが安っぽいが、使用している部品はまだ贅沢な方だろう。これ以降はもっと粗末になる。シャーシは薄い鉄製?で品質は悪い。所々錆びが出ている。シールドケースは写真の通り、57に帽子が被っているだけの最低限の物で、この頃から良く見られるやり方である。マグネチックスピーカーは紙のフレームに銀色で塗装して有り、硫黄の臭いがしている。これは断線していたので、コイルを巻き直して修理した。回路は再生検波低周波2段増幅で、バリコンは単連である。箱の木もニスも薄いが、外観は大変保存状態が良く、磨いて綺麗になった。デザインは戦前の典型的なもので、全面上部が円く加工されている。

入手して内部を見ると、完全なオリジナル品で一度も修理されていない。当然、動作しないだろうし、このまま使えるはずもないので修理した。57は空気が入りゲッターが真っ白なので交換。スピーカーは巻き直し、電源コードは腐ってボロボロなので交換した。その他一部CR類の交換とセット全体の清掃もしている。真空管は左から57,56,12A,12Fで、ソケットは改造されていない。真空管は国産を使用したが、12F以外の球はまだ海外製も入手できる。出力管は12Aなので、出力が小さく、音も良くない。キンキンした電話のような音。

外観であるが、ダイヤル目盛りは周波数が書いて有る。ダイヤルライトは1個で、窓はセルロイド製。電源スイッチは右側面にあり、ツマミは真ん中がチューニング、左は再生でバリコンが付いている。右はコイルを切り換えており、音質、分離、感度の三段切替。どれを優先にするか決められるようだが、放送局の出力が大きい現在では感度を使用する必要はなく、音質か分離を使用している。表示の感度階級は弱電界級で当然スーパーに比べると落ちるが、この構成としては優秀だと思う。

真空管は左から57,56,12A。12Aの後ろに12Fがある。球のラインナップからは1940年制定の「新国策2号」に相当する。なお、1942年には57Aを入れた「標準10号」が制定されている。ところで、このラジオ「國民2號」と書いているがこれは国が決めた物ではなく、松下の商品名。
 


【102】ミタカ電機(ARIA・存続会社無し) NK-4号型 1941年頃(昭和16年頃)

使用真空管:57,56,12A,12F

受信周波数:550-1500KC

定価:不明







戦前、太平洋戦争開戦頃に作られたと思われるラジオ。ナショナル國民2號と同じ球のラインナップ。スピーカーもマグネチック型の粗末な物で、これも紙のフレームを銀色に塗装している。シャーシは鉄製で比較的厚いが、不純物が多いのか質は悪い。57のシルードケースはやはり帽子型の最低限の物。木箱は全体的に傷んでおり、朽木と化しつつある。内部清掃の時、一部ボロボロと崩れ落ちた。また、全面のツマミが1個紛失して、後年の物が付いている・・・残念。

このラジオの回路には疑問が多く、製造年代を特定できない。製造年を特定する手がかりが無く、譲っていただいた方もいつからあったのか分からないとの事。なお、このラジオを譲っていただいた方がラジオの最初の持ち主である。

まず、後ろの銘板に書いて有る電源トランスの規格と、現在付いている電源トランスの規格が異なっている。銘板では2.5Vと1.5Vの巻き線があるはずなのだが、付いているトランスには5Vが2組と200Vの巻き線しかない。電圧等は書いていないが実測値からそう判断できる。トランスにはMECの表示があり、ミタカ電機製であるが、修理のため巻き直しているのだろうか。57と56はヒーター電圧が2.5Vだが、この2本のヒーターは直列に接続されている。ヒーターを2本直列にして5Vにして使用するのは物資節約のためらしいが、真空管の起動時間が揃っていないため、電源ONの直後に56に3.0Vを超えるヒーター電圧がかかり、57があたたまるにつれて2.5Vになる。これでは56が傷むし、57のヒーター電圧がなかなか上がらないため、音が出るまで時間がかかる。電球には電圧が書いていないが、おそらく6.3Vを5Vで使用していたのだろう。6.3Vの電球を取り付けて修理した。

また、電源トランスが銘板通りであるとすると、真空管は56,26B,12A,12Fか57,26B,12A,12F等の構成で、ヒーター電圧1.5Vの26Bが入っているはずであるが、26Bは入っていない。ソケットも取り替えた形跡はなく、ソケットには球名が書いて有るから、現在の球がオリジナルなのか?

修理も大変だった。戦前のラジオは簡単には直らないが、修理中に行き詰まることは殆どない。しかし、このラジオの修理は泥沼化した。いつものように分解して徹底的に清掃し、電源コードを交換、絶縁試験をしてOKになった。電解コンデンサは紙ケース入り目黒電気化学工業製「目黒の電解」、多分終戦直後に交換した部品。これはパンパンに膨らんでいて見るからにNG。とりあえず古い電解コンデンサの配線を外して、新しいものを取り付けた。トランスとマグネチックスピーカーは断線していない。ラッキーと思った。ここまで15時間程度、いいペースだった。

いよいよ音出し、各部の電圧をチェックしながら慎重に・・・鳴らない?ブーンという凄まじいハム音。あわてて電源を切る。すぐに部品を1本1本チェック。100KΩの抵抗が断線しているので交換、他はとりあえず致命的ではない。再度電源を投入、鳴った。OKだと思った。真空管等をピカピカにして仕上げ、再度電源ON、ブーン・・・凄まじいハム音の後ろでかすかに鳴っている。何かがおかしい?

ここから2ヶ月かかった。1度だけ鳴ったので部品の不良か接触不良だと思いこみ、あちこちいじくりまわしたが直らない。コンデンサも抵抗もコイルも全部見たが症状は同じ。これには困った。やむなく最後の手段としてオシロスコープを持ち出した。真空管ラジオの修理にオシロを使うことはまず無いが、こんな時は頼りになる。早速電源整流後の波形を見る。70Vp-pのリブルが乗っている。なんじゃこりゃと一瞬思ったが、とりあえず10uFの電解コンデンサを今ある電解コンデンサにパラ付けしてみる。変わらない・・・。よく見ると、電解コンデンサのアースが変なところに接続されて浮いているではないか。完全な誤配線である。昔誰かが修理した時に誤配線したのを私がそのまま接続変更せずに付けたのか、それとも単に私が誤配線したのか定かでないが、そこには「動かない回路」ができあがっていた。

外観であるが、正面のダイヤル目盛りは周波数表示ではなく0から100の目盛りが入っているだけで、STANDARD BROADCASTの表示がある。左のツマミは電源スイッチ、真ん中がチューニング、右は再生調整。コイル等を切り換えることは出来ない。感度階級は中電界級で、ナショナルの國民2號よりは落ちる。ただしどの程度差があるのかは不明。鳴らしてみると遠距離受信は無理だが、実用上は全く問題ない。真空管は左から57,56,12A。12Aの後ろに12Fがある。あちこちチェックしたせいか、現在絶好調である。
 


【103】松下無線(National・現:松下電器産業) 放送局型第百二十三號受信機 1943年(昭和18年)

使用真空管:12YV1,12YR1,12ZP1,24ZK2,B37

受信周波数:550-1500KC

定価:61円70銭(発売当時)
 





太平洋戦争中を代表する受信機、日本放送協会の統制の下に各社が同一回路、同一デザインで生産、昭和16〜19年にかけて生産されたと思われる。鉄を使わないようにするため電源トランスを省いてトランスレスとし、24ZK2で倍電圧整流して電源を作っている。コイルのシールドケースは初期の製品には付いていたようであるが、このラジオにはシールドケースが無く、コイルはシャーシ上に1本、内部に1本を配置している。真空管にはシールドが付いているが、付いていない製品も存在する。スピーカーのフレームは紙に銀色塗装。トランスレスであり、外郭金属部とシャーシ間に絶縁が必要であるから、シャーシと木箱の間には磁器製のスペーサーが付いている。

このラジオは回路と銘板が百二十三號であるが、デザインは本来のそれとは異なる。昭和18年11月製造であり、物資の調達がままならないのであろうか、一段と質の悪い箱が使われている。百二十三號は外観からは製造会社が分からないが、裏蓋にメーカー名を記したプレートが付いていることが多い。現物はプレートが失われたのか付いていないが、中に貼ってある紙が松下製であることを示している。

回路構成は高周波増幅付き再生式で、12YV1で高周波増幅、12YR1で検波、12ZP1で出力を行う。B37は安定抵抗管と呼ばれ、電球のような非線形抵抗素子である。これはヒーター電圧を100Vに合わせる為の物であり、B37を除く4本の球のヒーター電圧が60Vであるから、残りの約40Vを被る為に付いている。電源を入れた直後は、真空管のヒーターが暖まっていないため抵抗値が低く、結果的にB37に100Vの殆ど全てが印可され明るく光る。真空管のヒーターが暖まると、徐々にB37に加わる電圧が下がり、ヒーター電圧が上がる仕掛け。最終的にB37には37V0.15Aの電流が流れ、他の真空管には適切なヒーター電圧が与えられる。

しかし、戦時中で電力が大変貴重であるはずなのに、何故B37を使うのかが気になる。この回路構成では安定動作中はB37が37V0.15A、すなわち5.5Wも無駄に電力を消費するわけで、電力損失は馬鹿にならない。これなら真空管のヒーター電圧を上げ、電流を0.1A程度に下げる方が利口ではないかと思うのだが、ヒーターの標準化を図った結果こうなっているのか。

性能はなかなか立派で、これだけの部品点数にしては大変優秀だと思う。相当部品交換したためか、安定に動作して再生もスムーズ、音もそこそこ良い。出力管も入れてオール5極管のため、音も大きい。ただ、トランスレスの為電源からのノイズには弱く、掃除機をかけると掃除機の音が検波されてスピーカーから聞こえてくる。ノイズカットトランスが必要だと感じる。また、真空管の出来が悪いため本来の性能は発揮できていないようにも感じられる。

修理記録は修理と復元のコーナーを参照下さい。
 



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