ラジオ展示室「戦前」





このサイトで展示している最も古いラジオ。初期のラジオは蓄電池使用のラッパ付きですが、あまりに高価で手が出ないし、入手したとしても修理に苦労する。また維持費が莫大にかかる事も分かっている。それに、もしお金があったとしても保守用の真空管やトランス類も殆ど入手出来ない。

私が持っているのは、エリミネーター(交流受信機)になってからのもの。以下にお見せするのは、初期の縦型受信機と、昭和7年から15年頃の比較的豪華な作りの横型受信機。この頃の物でもなかなか出てこないし、保守用真空管等、部品の入手に苦労している。

修理済のものを購入することは殆どない。未修理の物は壊れているのは当然としても、部品が足りないとか改造されているとか、あげく戦災にあったような物まである。修理復元に四苦八苦、元の形に直せないと悲しいので、回路が大幅に変更されていたり、ひどく改造されて原型をとどめていないものには手を出さない方が良いと思っている。

ラジオは順次修理調整中。修理清掃済みのものから展示してゆく。


 
【001】松下電気器具製作所(National・現:松下電器産業) 交流受信機四球四號型 R-44型 1932年(昭和7年)
 
使用真空管:224,227,247B,112B
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:不明
 




松下電気器具製作所時代のラジオで、現在の松下電器産業(株)製。松下は昭和6年にラジオの生産を開始、昭和8年にラジオ事業部を設立、昭和10年からは松下無線(株)で生産。このセットは社名表示と特許の最終日付が昭和7年の始めであることから、昭和7年製である。このラジオは私が入手したとき、多少の手入れが施され、なんと動作していた!ただ、真空管は112Bを除きすべて交換されていたが・・・。内部の部品も殆どオリジナル。調子が悪いにしろ動作しているのだからすごい。製造から72年たっているにも関わらず、清掃すると昔の輝きがよみがえってきた。

不調の原因はエレバム製227の不良。カソードがボロボロとはがれ落ちて、ニッケルのスリーブがほとんどむき出し状態、エミッションが出ないのだろう。やむなくRCA製を取り付けた。国産の227はまず入手できないが、アメリカ製中古なら、まだ1本4000円以下で入手可能。ただ、たくさん持てるほど安い値段ではない。出力管は撮影のため、47Bを外して247を付けている。247Bは入手不可能。ちなみに47Bも3YP1もまず入手できない。(247Bの代わりに247を付けてはいけません。ヒーター電流が全然違いますので、トランスを痛めます。)

真空管のラインナップから見ても当時の高級品。いったい定価でいくらしたのか、非常に豪華な作りになっている。機構部品は立派の一言。シャーシの塗装や使っている部品も高級品。箱の木も分厚く重い。マグネチックスヒーカーは鉄のフレームにマグネットカバーまでついていて、焼き付け塗装状の丁寧な仕上げ。ダイヤル目盛りは0〜100の表示、指針の先はスペード型。再生にも指針があり、ダイアル目盛り上を2本の指針が動く。

回路構成は、再生式だが227を使用しているため感度は悪い。試しに227の代わりに56を付けると感度か画期的に上がった。音は電話の様な音、よろしくない。

戦前、松下では真空管は製造していないため、シャーシに真鍮製のマツダの特許実施許可証が付いている。写真の真空管は左から224,227,247,112B。


 
【002】松下無線(National・現:松下電器産業) ナショナル受信機 R-10型 1936年(昭和11年)
 
使用真空管:24B,47B,12B
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:23円00銭(発売当時)
 
 




松下無線(株)のプレートの付いた、昭和11年のラジオ。大変珍しい再生検波低周波1段増幅の3球式。ご覧のように、ラジオ自体も真空管ラジオとしては異例の小型で、横のVHSのビデオテープと比較するといかに小型かが分かる。内部は真空管が触れ合うほどぎっしり詰まっていて、マグネチックスピーカーの磁石も隙間を縫って配置してある。縦型とは言えないが、横型とも言えない微妙な形状。ツマミは2つしかなく、選局はSERECTOR、再生はTICKLERというプレートが付いている。TICKLERとは鉱石検波器をゴニョゴニョとつつく事で、大正時代の名残。

当時真空管は高価だったようで、1球でも減らすと安いラジオが出来上がるが、性能の悪い真空管では無理だったようだ。しかし、ゲインの大きく取れる24Bの出現で、3球でも強電界地域なら聞こえるラジオを作れるようになった。これがそんな製品。

修理して動作させたところ、非常に感度が悪く音も悪いので驚いた。私の家から約15Kmの所に、日本最大の500KW出力を誇るNHK札幌第2放送の送信所がある。この放送が50cm程度のリード線をアンテナに付けただけではかすかにしか受信できないのである。きちんとしたアンテナとアースが無ければ地元放送局ですら満足に聞くことが出来ない。これでは弱電界地域ではうんともすんとも言わないであろう。音も悪い・・・ゲインを取るために再生を強くかける事になるが、これが災いしてガラガラ声になってしまう。良い音にしようとして再生を弱くすると音も低くなると言う始末。

しかし、回路には先人の苦労と工夫の跡が伺える。小型のため、シャーシ内に普通のバリコンは入らない。ポリバリコンと思われる部品が使われている。松下無線シールドバリアブルコンデンサと英語で書いて有る。また24Bにはシールドをすべきと思うがシールドはない。その代わり、ソケットをシャーシ内に落とし込んである。またスピーカーは木箱では無くシャーシ側に固定されている。これも小型化の工夫だろうか。修理の時には大変便利である。写真の真空管は左から57S,47B。12Bは奥に付いているため写真では見えない。

このラジオは入手した時から動作していた。ACコードが昭和30年代半ばのものと交換されていたため、直感的に動くと思った。簡単なチェックをしてスイッチを入れたところ、調子が悪いにしろ受信は出来る。真空管は左から57S,47B、奥に12Fが付いていた。ソケットの刻印は24B,47B,12B。47Bはマツダの刻印球で、このラジオのオリジナル球と思われる。これらの真空管は全て生きていた。電解コンデンサは昭和35年頃のチューブラ型アルミ電解に交換されているが、全て中身がはみ出していて、見るからにダメなので全て交換した。ACとシャーシGNDの間にマイカコンデンサが付いていたが、これには昭和20年2月と書いて有る。絶縁計でテストしたところ使えそうであるが、100MΩ程度では不安である。これもYキャパシタとして認定されている物と交換した。抵抗は全て生きている。電源コードも交換した。またツマミはオリジナルではなく、布も失われていたため交換している。

ところで、このラジオは電源トランスを昭和20年代後半に交換しているようである。青く塗装されたトランスがそれで、特に不良ではなかった。しかし、何かおかしい・・・。ヒューズが無いのである。何と恐ろしいことか。仕方がないのでシャーシに元々ある穴を利用してラグ板を取り付けここにヒューズ等の配線をした。

修理完了、機嫌良く動作して30分程度聞いてからシャーシを木箱に入れようと思ったところ、トランスが異常に熱い。触れないのである。よく見るとトランスに2.5V1.0Aの表示が・・・。24Bは1.75A、47Bは0.7Aのヒーター電流で、2.5V巻線は2.5A程度必要であるが、全く容量不足。電圧を測ったところ2.1Vしかなかった。いずれ電源トランスも交換しないと、長時間動作は無理のようだ。また、ヒーター電圧が正規になれば、もう少し感度が上がり、音も良くなるかもしれない。

(追記)

古い電源トランスに無理をさせてはいけません。昔のエナメル線はA種で最高使用温度は90℃までです。当然劣化しているため、この温度では使用できません。また現在のポリウレタン線はE種で最高使用温度は115℃です。約130℃を超えると加水分解してレアショートになります。この温度は巻線温度ですから、手で触れないコイルやトランスはまず間違いなくダメです。またヒューズは必ず入れましょう。自分で修理できるので有れば定格ギリギリのヒューズで十分です。誤溶断しても取り替えるだけですから。大きすぎて切れないのは困ります。火災事故になります。

 

 
【003】日本無線電信電話(NRT/Nippolet・現:日本無線) 4-SA型 1932年(昭和7年)
 
使用真空管:227,227,112A,112B
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:不明
 
 




日本無線電信電話(株)(現・JRC,日本無線)のラジオ。当時流行った丸屋根の縦型で、いわゆる「カセドラル」型である。古いラジオといえばまず思い出す形で、何とも言えない優美さとノスタルジーがあると私は思っている。

入手した時、真空管は56,56,12A,12Fが付いていたが、銘板プレートの配置図では4球全てナス管である。一番左側からNV-227R、NV-227R、UX-112A、KX-112Bの表示がある。NV-227Rとはどんな真空管だろう。ソケットには227と書いて有るので、227と同じだと思うが現物は見たことがない。なお、左端の227はシールドケースが付いているが、このシールドケースはシャーシに固定されていて外れない。

内部もR-44程ではないが、かなり立派である。ソケットはベークライトと思われる豪華な物、NRT(Nippon Radio & Telecom?)のマーク入り。スピーカーは交換されていると思ったが、銘板通り調整ネジが付いているのでオリジナルらしい。前面の布と電源コードは交換されている。回路は多少の部品交換はあるものの、ほぼオリジナルで、動作状態のまま残っている。ハーメチックシールされた抵抗とコンデンサ、角ばった配線も当時のまま残されている。配線も丁寧に出来ており、清掃もされていて、私が手を出す余地もない。完璧な完動品である。世の中修理のうまい人もいるなと感激した。

オール3極管なので感度は悪い。現在56,56,12A,12Fの構成で動作させているが、56を2本とも227に交換したところ、更に感度が落ちた。聞くラジオというよりは鑑賞して楽しむ程度の物。

R-44もそうだが、この頃のラジオは大変高価な物だったためか、非常に大切にされて、美品のまま出現することがある。このラジオも木箱にキズも少なく、72年間美しさを保っている。ただ、裏蓋は無い。蓋を取り付ける穴や溝も無く、シャーシが木箱の縁ギリギリまであるため、元々裏蓋が無いのかも知れないが、今となっては全く不明。つまみはオリジナルと思われる木のつまみがついている。多少すり減って、使用痕が認められる。

(追記)

最近オークションで丸屋根のラジオが出品されていますが、殆どが改造品です。中にはアンティーク風ラジオの木箱に、真空管ラジオを組み込んだ物も散見され、悲しい限りです。丸屋根のラジオは現在でも大変高価ですが、投機や詐欺の対象にならないよう祈るばかりです。

 

 
【004】松下無線(National・現:松下電器産業) 朝鮮放送協會特選シスター受信機 R-40型 1937年頃(昭和12年頃)
 
使用真空管:58,24B,47B,12F
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:不明
 
 




ナショナルシスター受信機R-40型、松下無線(株)製。「朝鮮放送協会特選」のプレートが付いている。内部には「日本放送協会認定」との印もある。戦前、日本が朝鮮半島で使用する目的で製造した物と思われる。朝鮮放送協会は、戦前日本の支配下にあった朝鮮半島でラジオ放送を行っていた組織で、終戦後、設備等はKBS(韓国)、朝鮮中央放送(北朝鮮)に引き継がれた。消えたコールサインJODKの話は有名である。

このラジオも私が入手した時点で何とか動作していたが、音が非常に小さく殆ど聞こえない。内部を開けてびっくり、3個付いているチョークトランスが断線したのか、2Ωの巨大なホーロー抵抗でパス回路が組まれている。ホーロー抵抗は芋半田でブラブラ。この抵抗を接続するリード線もACコードを引き裂いた物が使われている。左のつまみはスイッチ兼ボリウムであるが、これは壊れており、スイッチが針金でグルグル巻きにされショートされている。使っている部品から推定すると、1970年頃修理されたと思われる。多少の知識はあるが、プロの修理ではない。これではまともに動作するはずがない。まったくひどい修理をされたものである。

とりあえず、ホーロー抵抗、改造部品の類は全て外し、元の回路に戻した。当然、このままでは不動なので、チョークトランスはやむなく新品と交換した。ボリウムは500KΩのスイッチ付き松下無線製(オリジナル)であるが、これは針金巻きの上、こじ開けられた形跡があり再起不能。手持ちの新品の軸を切って同じ長さの物を作り交換した。抵抗は24Bのグリットへ行く2MΩを除いて全て誤差10%以内に入っているため、そのまま使用。ペーパーコンデンサはデジタルテスタで見ると全て1MΩ程度を示すため、不良として交換。試しに絶縁計で計ると明らかに不良であった。電源トランスとコイル類、スピーカーは問題ない。しかし、これでも再生がかからずひそひそ話程度の音しか出ない。

問題は缶入りコイルの中に有った。再生側コイルの1次と2次側の間に入っているトリマコンデンサが不良になっている。これは2枚の板をずらして重ねたような構造の単純な物であるが、固めたピッチが原因でリークしている。しかたなく普通のトリマをコイルの中に付けて調整した。ついでにこの缶の中にグリコンと呼ばれる高絶縁?のコンデンサもあったため、昭和30年頃の新品のマイカコンと交換した。

また布もオリジナルではない、昭和40年頃の赤と黒の縞模様の化繊がついていたので、麻布と交換した。オリジナルは赤と黒の縞模様であるはずがない。付着した繊維痕より色は茶色と金色の布であることが分かるが、入手できないので仕方ない。つまみは全てオリジナルである。

球のラインナップは上記の通り、現在は手持ちの都合で左から58,24B,3YP1,80HK。ただ、箱のプレートには24B,24B,47B,12Fとある。しかし、現物は58が入っている。後で改造された物かと思ったが、ソケットがリベット止めのままであること、ソケットにも58の刻印表示があり、他のソケットと同じ系統のものが使われていること、58周辺の半田を外した形跡が全くないことを考えると、仕様が変更になり最初から58だったと見られる。セルロイドの窓の中はSTATION SELECTORの表示と0-100の目盛り。つまみは左から電源音量・選局・再生である。ゲインが大きいためか、この頃にしては珍しく音量調整ができる。音量は普通、再生で兼用していることが多い。ただ、音量を最大にしてもあまり大きな音はでない。音質は電話のような音、よろしくない。
 
 


 
【005】滿洲電信電話(MTT・存続会社無し) 普及型五號受信機 1937年(昭和12年)
 
使用真空管:57,26B,12A,12B
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:不明
 
 


 

滿洲電信電話(株)製の普及型五號受信機。昭和12年7月のプレートが見える。この会社は、満州の電信電話放送を独占するいわゆる特殊法人で、南滿洲鉄道とともに日本の国策会社である。(この辺は歴史に詳しくないので詳細は知らない。)このラジオは、満州で使用することを意図して作られた受信機であるが日本製。滿洲電信電話(株)ではラジオの設計製造は行っていないため、日本のメーカーから購入して自社ブランドで販売する、いわゆるOEMを行っていたようだ。この受信機に製造会社名は入っていないが、内部の部品にコンサートーンの印があることから、タイガー電気製と見られる。

正面向かって左側のツマミは再生調整。鉄製のプレートにはMTT RECIVER書いて有る。Manchuria Telephone and Telegraphの略称と見られる。右は同調ツマミで、電源を入れると小窓に明かりが入る。目盛りは0〜100で、周波数表示ではない。正面下のマークは滿洲電信電話の社章。箱は材質不明の木箱に、桜の皮を貼ったと思われる物で、ニスの質は良いが、皮が剥がれかかっていたため接着剤で再度張り付けている。表面のニスはコンパウンドで曇りをとってあり、再塗装はしていない。スピーカーの前には2本の横木、布はオリジナルであるが、大変古びていて力を加えると破れそうである。スピーカーを止めているビスが正面に出ているが、これは桜の形をした飾りビスである。

背面を見ると、真空管は右から57,26B,12A,12Bで、57はアルミ製のシールドケースがついている。普通戦前のラジオのシールドは鉄であるが、このラジオはアルミのシールドケースを使用。シールドケースの袴もアルミ製で、リベット止めされているため、最初からアルミが使われていたらしい。26Bと12Bはオリジナルの球と見られ、ゲッターで内部は殆ど見えない。12Aは戦後の球に変わっていた。ソケットにも球と同じ刻印があり、この真空管ラインナップでオリジナルと見て良い。左端のトランスは戦前によく見られるタイプの物であるが、4本ある取付足の内、手前の2本が破断している。何か強い衝撃が加わったような形跡があり、あるいは落下したことが有るのかも知れない。電源スイッチは正面左横。トランスの真上にある。

シャーシにはアンテナ端子があり、ここにアンテナを接続するが、この下に意味不明な穴が二つ開いている。一つには長波、もうひとつには中波と書いてあり、LW/MW2バンドだった可能性を感じるが、部品は何も付いていないし、付いていた形跡、ネジ止めの傷などはない。また銘板下にも穴があり、こちらには明らかに何かが付いていた形跡があるが、入手したときは何もなかった。

入手後に内部を点検したところ、電解コンデンサが交換されていた。付いていたのは昭和40年頃のコンデンサで、それ以外はほぼ元の部品であった。前に修理された時、オリジナルの回路が失われた可能性はあるが、とりあえず現状の回路で修理することに決めた。トランスは生きていたが、チョークは外されて抵抗で置換されていたので、抵抗を外してチョークを取り付けた。その他、不良のペーパーコンデンサを一部交換している。内部の修理より、外観の修復に時間がかかったラジオである。

このラジオも音はキンキンしていて悪いが、感度はかなり良い。5極管様々といった感じである。24Bではこの感度は得られないだろう。満州は広いので、当時高価だった5極管を使ったのかも知れない。このラジオも戦争の遺産である。
 
 


 
【006】松下無線(National・現:松下電器産業) 國民受信機 Z-3型 1936年(昭和11年)
 
使用真空管:24B,24B,47B,12B
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:37円00銭(発売当時)
 
 




比較的豪華な作りのラジオ。また物資が豊富にあったらしく、箱の木は非常に分厚く重い。シャーシを取り出して丁寧に磨いたところ、昔の輝きが戻ってきた。保存状態も非常に良い。シャーシは青っぽい灰色の焼き付け塗装、シールドケースは使用せずに球と球の間にも厚い鉄板が立っている。スピーカーはマグネチックで、これも立派な物。コイルもオリジナルのまま切れていない。

入手して内部を見ると、CR類が数点交換されていた。昭和30年頃に一度修理したらしい。スーパーに改造されず良かった。各部品を確認し、簡単な部品交換と清掃で元通りになった。真空管は左から35B,224,3YP1,80BKが付いていたが、オリジナルは24B,24B,47B,12B。ソケットは改造されていない。35Bはリモートカットオフの4極管で35を小さくした日本独自の球だか、殆ど見かけない。とりあえず24Bと交換しておく。224はメッシュプレートが付いていたが、特性的に24Bと同一なのでそのまま使用している。47Bは戦後の3YP1に、12Bは80BKになっていた。良く本体を改造せずに互換球で使い続けたものだ。このラジオの様にシールドケースを使わず余裕のある物は良いが、24Bが壊れた場合、224や24Aは普通のシールドケースには物理的に入らない。24BはST-12だか、24AはST-14だからだ。47Bも死んだら手に入らない。互換球は戦後の3YP1であるが、これも最近まず入手不能。12Bと80BKはまあまあ互換性がある。47B/3YP1を使っているため出力も1W以上は出るようで、大きな音も出せるが、再生方式のため、音はキンキンしていて良くない。

外観であるが、ダイヤル目盛りは周波数が書いて有る。上の大きなツマミがチューニング、2連パリコンが付いており高周波1段増幅、いわゆる高1である。下の小さなツマミは再生調整。電源スイッチは右横。ダイヤルはこの頃良くあるセルロイドの窓で、磨いて綺麗になったが黄ばみを取ることは出来ない。ダイヤルライトは1個。キャピネットはニス塗りの質の良い物。裏蓋も厚く、箱の上の方に機種名を記した鉄製のプレートが付いていた。

ところで、このラジオは長い間生産されたらしく、シャーシの塗装の色が違う物、ツマミが3つある物、整流管が12Fの物、初段が58の物等色々存在するらしい。このラジオはソケットに真空管名が刻印されており、リベットで止められているので、オリジナルは24B,24B,47B,12Bである。12Bは昭和12年頃から12Fになった。なお、写真の真空管は左から24B,224,3YP1,80BK。
 
 


 
【007】日本ビクター蓄音器(Victor・現:日本ビクター) 5R-70型 1939年(昭和14年)
 
使用真空管:58,2A7,57,2A5,80
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:155円00銭(発売当時)
 
 




日本ビクター蓄音器(現:日本ビクター)のラジオ。戦前物としては大変珍しいスーパーヘテロダイン方式のラジオである。当時の国産受信機としては最高クラスの性能を誇る。

戦前の日本のラジオは再生付きストレート方式が殆どで、高級受信機でも5球式(高周波2段増幅、ダイナミックスピーカー付き)程度。一般的な受信機は4球式が多い。当時の日本では放送局の数が少なく、混信が問題にならなかった事、主要都市には送信所があり、再生式でも実用になった事、経済的な問題で高価なスーパーヘテロダインが買えなかった事、等の理由でスーパーヘテロダインは殆ど普及しなかった。広告には各社ともスーパーヘテロダイン方式を掲載しているが、あまり売れなかったためか、戦前のスーパーは殆ど現存しない。そんな中、ビクターのスーパーは多い方である。

回路は57,2A7,58,2A5,80の5球スーパー。よく考えると非常に変則的な構成である。まず、初段の57で高周波増幅、次に2A7で周波数変換、普通は次に中間周波増幅が来るべきであるがこれは無し。いきなり58で検波・増幅して、2A5で電力増幅、スピーカーを鳴らす。整流管は戦後も使われた80である。この設計はRCAなどの古いスーパーに見られる物で、2A7の変換能率の悪さと、低い中間周波数によるイメージを妨害をカバーするのが目的と思われる。2A7は戦後の6WC5/6BE6等に比べると変換効率が悪い。従って高周波増幅をしてから周波数変換を行わないと良好な結果は得られない。また本機の中間周波数は175KHzであり、かなり低いため、周波数変換の前に高周波増幅を行わないと、アンテナから中間周波数が輻射し、イメージ妨害が発生する可能性が大きい。このため高周波増幅は必須で、代わりに中間周波増幅を省いたのであろう。音質を優先する場合は中間周波数を高めに設定し、周波数変換後に増幅するのが定石であるが、当時は選択度が優先されたのであろうか。

性能であるが、戦前物としては非常に良い。放送局が多い現在、再生式では分離が悪く、地域によっては実用にするには苦しい。しかし、このラジオは現在でも十分に実用になる性能を持っている。ただし、戦後の5球スーパーに比べると音質面で1ランク落ちる。中間周波数が低いため、チューニングが非常にシャープで、僅かでもずれていると音質が悪化する。微動機構が付いたバリコンを使用しているが、同調指示が無いため使いにくい。また高域が出にくく、戦後のHi−Fiラジオに比べて音が悪い。これはスーパー特有の欠点を露呈している。中間周波数を低く取り、帯域を狭くして選択度を上げると、音質が落ちるのは仕方がない。当時は送信側の周波数特性も悪かったので、大きな問題ではなかったのかも知れないが。当時の本によると50Hz〜4KHz位の再生帯域で、特性もでこぼこしている。前面の切り替えスイッチでNFBを入れるとかなり改善される。また、AGC回路が無いため、電波状況で音量が変化する。ただし、地元局を受信するには何ら問題は無い。感度は当地(札幌市)で3m程度の外部アンテナを接続したところ、夜間の東京の民放局が実用レベルで受信できる。これには正直驚いた。これがIF無しスーパーヘテロダインの実力なのかと・・・。予想より遙かに良い。

外観であるが、ダイヤル目盛りは周波数が書いて有る。周波数目盛りと実際の受信周波数は完全に一致している。ダイヤルライトは1個でこれは4球受信機等と同一、少し寂しい。つまみは左から電源・NFB、同調、音量で、トーンコントロールは無い。当然、再生調整も無い。再生調整が無いため、当時としては大変使いやすかったと思う。木箱はニス塗りの胡桃材で大変重い。

真空管は左から58,2A5,80。58の後ろに2A7、更に後ろに57が付いている。キャビネットの大きさの割にはシャーシが深く、真空管の上に余裕が無いため、2A7と57はシャーシを引き出さなければ外すことが出来ない。深いシャーシで修理がしにくい上に、真空管が外しにくく、メンテナンス性は最悪と言える。

 

 
【008】山中電機(TELEVIAN・存続会社無し) 青年4號A型 1937年(昭和12年)
 
使用真空管:24B,24B,47B,12B
 
受信周波数:550-1500KC
 
定価:不明
 
 




山中電機が青年団の注文を受けて作ったラジオ、「青年4號A型」。木箱の正面、スピーカー部分に「青」の文字が彫って有り、本体下に「青年團」「大日本聯合青年團指定受信機」のプレート、セルロイドのダイヤル窓の中には、日本を中心とした世界地図とダイヤル目盛りが付いている。裏蓋は写っていないが単なる木の板で飾りはない。軍国主義的な色彩が濃厚なラジオ。青年団指定受信機はこの他にも数種類有り、殆どが青の透かし彫りの木箱に納められているが、これはそのうちの一つで残存数は比較的多い。

回路は24B,24B,47B,12Bの高周波1段再生式であり、感度は比較的良いが音質は悪い。シャーシが浅くシャーシ内にコイルを配置する事が出来ないため、シャーシ上に大きなシールドケースを2個置き、その中にコイルを入れている。当時としては標準的な配置で安定度は良いが、缶で囲うとコイルのQが低下する。電源はチョークインプットの立派な物。47Bのプレートと電源の間には普通マグネチックスピーカーのコイルが入っているが、ここにもチョークが入っており、その中点からコンデンサを介してスピーカーが接続されている。これは低音を出す工夫だったと聞くが、チョークが断線した場合交換用の部品に困る。このラジオも残念ながらチョークコイルは全て断線、内部配線がボロボロのため修理に苦労した。マグネチックスピーカーは回路上直流がかからない構造が幸いして、断線を免れていた。

真空管は左から24B,24B,47B,12B。つまみは左から音量・電源、同調、再生。真空管は手持ちの都合で47Bの代わりに33を、12Bの代わりに80BKを挿して動作させている。選択度は良いが、バリコンには微動機構が無く、つまみと直結のため使い勝手は悪い。
 
 


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