フィッシャーの艦隊

 「何トカの艦隊」とか「超戦艦○○」とか名うった架空戦記小説は、たいてい超巨大戦艦や潜水空母が登場し、どうしようもなく間抜けな敵をやっつけて万々歳、というのが相場ときまっている。
 だがそんなおめでたい方法で勝てるのなら、現実に超兵器を作ってたはずではないか。作らなかったということは、そういう超兵器が実際の役に立たないか、作れないような荒唐無稽な代物だからだ。
 それに超兵器があったとして、敵は小説に登場するほど馬鹿ではない。そもそも、超兵器を作ろうとするほど現実の政治家や軍人は非常識ではないはずだ。
 だがどんな時代にも例外はいる。二十世紀の初頭、超兵器によるあっと驚く奇策で戦争に勝とうとした人物がいる。イギリス海軍の実力者、ジョン・アーバスノット・フィッシャー大将である。
 これはそのフィッシャー提督の、限りなく架空戦記に近い実録である。

超弩級提督フィッシャー
 「超弩級」という言葉がある。
 辞書を引くと「並外れて大きい」ことの形容だと記載されているが、そもそもは軍艦の名前に由来している。イギリス海軍が1906年に進水させた戦艦「ドレッドノート」がそれだ。
 ドレッドノートは従来の戦艦三隻分の主砲を装備し、蒸気タービンを搭載した画期的な戦艦だった。どの戦艦よりも速くて強力なドレッドノートの出現で、各国の新型艦は完成前から旧式化してしまったのである。
「弩級戦艦」の元祖ドレッドノート。

 もちろん主砲の数を増やすことは各国とも考えていたが、新たな試みに対してはつい慎重になりがちである。画期的な新型艦を建造するには、卓越した先見の明と、反対を押しきる実行力が必要だった。それがイギリス海軍にその人ありと言われた名物提督、我らがフィッシャー大将である。
 1904年に海軍第一本部長に就任したフィッシャーは艦隊編成の改革、海軍兵学校の創設、射撃法の改良などの改革を立て続けに行った。古きよき帆船時代の影を引きずる大英帝国海軍を、名実ともに近代的海軍に生まれ変わらせた立役者こそフィッシャーなのである。その総仕上げがドレッドノートの建造であった。
 ドレッドノートの性能に青ざめた各国海軍は、時代に乗り遅れまいと一斉にドレッドノート・クラスの戦艦、つまりド級艦の建造を開始、ついにはド級艦を越える超弩級戦艦が登場する。しかしこの建艦競争は軍事的緊張を高め、第一次大戦の要因ともなっていくのだ。

奇策! バルト海上陸作戦
 1914年に第一次世界大戦が勃発すると、英国政府は引退していたフィッシャーを海軍本部長に復帰させた。この国家危急の折に海軍を任せられるのは、業績赫々たる彼を置いていないというのが衆目の一致するところだった。
 ところが海軍大臣チャーチルは会議の席上、フィッシャーの披露した作戦案に仰天する。
 大英帝国海軍の総力を挙げてドイツ北部海岸に上陸、キール運河を抜けてバルト海まで突っ走り、一気にベルリンに攻め込むという大作戦だったのだ!
 そんな作戦を行うためには、あらゆる物資を投入した上でドイツ海軍を撃滅しなくてはならない。その間、必死にパリを維持しているフランスを見捨て、イギリスを支える商船団をUボートの餌食にさらさなくてはならないだろう。だが失敗すれば英国海軍は消滅して連合軍は崩壊する。博打も博打、大博打というよりも立派な誇大妄想である。でなけりゃ架空戦記小説だ。
 成功による自信過剰のなせる業か、寄る年波でボケが来たのか。それとも最初から誇大妄想の気があったのか……多分、一番最後のやつだろう。
 当然ながら大反対にあったフィッシャー提督はしぶしぶ作戦案を引っ込めた。しかし彼は諦めてなぞいなかった。政府の意向などどこ吹く風とフィッシャーは、海軍本部長の職権を濫用して秘密兵器を勝手に作り始めたのだ。それもただの兵器ではない。フィッシャーの信念(というか妄想というか)を忠実に反映した、奇怪きわまる軍艦だった。

秘密巡洋艦を建造せよ
 フィッシャーのバルト海作戦の第一段階は、ドイツ沿岸部への砲撃である。猛烈な艦砲射撃でドイツ陸軍を叩きのめすのだ。だが御自慢の超弩級戦艦を使う訳にはいかない。ドイツ近海やバルト海は水深が浅いため、大型艦では座礁の危険がある。そこで計画されたのがカレイジャス級である。
 カレイジャス級は喫水の浅い中型の船体に、超弩級戦艦並の主砲を搭載していた。まるで小学生の体にゴリラの腕を移植したような代物である。装甲は薄くてブリキも同然だが、その代わりに速力は大きい。「高速は最大の防御」というのがフィッシャーの持論だった。軽くて速ければ弾丸なんか避けられるというのだ。
 このカレイジャス級は「大型軽巡洋艦」という、何が何だかわからない呼び方をされたが、専門家なら沿岸砲撃にしか使えないとすぐわかるだろう。つまりスパイに見られたら、それだけで奇襲上陸作戦はバレてしまう。そのためカレイジャス級は極秘の下に建造された。英国政府すらその実態は知らなかったかもしれないが、政府の許可も下りてない作戦のために、こんなもの造っていいのか?

巡洋艦カレイジャス

フィッシャーの「大型軽巡洋艦」
艦名全長排水量主砲船体装甲速力
カレイジャス239.7m19,230t38cm砲676〜179mm32kt
グロリアス239.7m19,230t38cm砲676〜179mm32kt
フュリアス239.7m19,510t46cm砲276〜179mm31.5kt

巨砲潜水艦
 巡洋艦だけではない。何でも巨砲を搭載しなければ気のすまないフィッシャー提督は、潜水艦に巨砲を搭載するという無茶までやらかした。こっそりドイツ沿岸に接近して海中から敵要塞を砲撃しようというのだ。この漫画としか言いようのない計画のため、4隻の潜水艦が建造された。
 建造されたM級潜水艦は旧式戦艦から転用した30センチ砲を1門、船体上部に固定装備している。水中から砲身だけ突き出して射撃できるというスグレものだが、再発射には浮上しなければならなかったのである。

無茶を絵に描いたようなM級潜水艦。

M級潜水艦
艦名全長排水量武装速力
M190.1m1,594t30.5cm砲1、7.6cm砲1、45cm魚雷発射管4水上15kt・水中9kt

 実際にぶっ放してみると巨砲の反動はすさまじく、ほとんど標的には命中しなかった。船体がショックで壊れないのだから大した技術力だが、これでは敵をビビらせる程度の効果しか期待できない。
 そもそもフィッシャーは海軍砲術を近代化した本人だから、M級の情け無い実力がわからぬはずはない。それを承知で作ったとすれば、もはや趣味のために戦争しているとしか言いようがないだろう。

巨大桟橋作戦
 だがフィッシャーは本気であった。その証拠に、巨砲で沿岸を制圧した後に行う上陸作戦の装備開発も進めていた。そのため計画したのが強襲上陸用の特殊桟橋である。
 この桟橋がまたすさまじい代物だった。全長200m、兵士一万人と戦車十数台を乗せる超大型桟橋である。これに沿岸砲撃用の砲艦2隻が「合体」して、大砲をぶっ放しながらずりずりとドイツ沿岸まで押していき、そのまま沿岸にのし上げて上陸しようというのだ。
 一万を超す兵士が吹きさらしの桟橋に突っ立ったまま、敵の待ち受ける北海をのろのろ横断していくのだから、想像するだに寒気がする光景ではないか。
 この桟橋は実際に建造され、来るべきドイツ上陸の日に備えてイギリスの港に浮かべられていた。勿論、陸軍がこんな無謀な上陸作戦をやりたがるかどうかなど、フィッシャーは全くお構いなしだったのである。

壮絶無比の超々弩級戦艦
 フィッシャー提督の妄想はとどまるところを知らなかった。バルト海侵攻のためには、強力なドイツ海軍の撃破が必要だ。そのための切り札はもちろん巨大戦艦である。それもとびきりの戦艦だ。
 この目的と手段を取り違えたとしか言いようのない経緯で計画されたのが、超々弩級巡洋戦艦「インコンペアブル(壮絶無比号)」である。
 インコンペアブルは全長308メートル。主砲は50センチ砲6門、最大速力35ノット。もし完成すれば大きさ・武装・速力の全てで戦艦大和を上回る巨艦だった。

インコンペアブル
インコンペアブルと大和の比較
艦名全長排水量主砲速力
インコンペアブル308m48,000t50cm砲635kt
大和263m64,000t46cm砲927kt

 さすがの英国海軍をもってしても、本当に建造できるか極めて疑わしい怪物である。だがここでもフィッシャーの悪癖が現れる。高速軽装甲主義の結果、インコンペアブルの排水量は48,000トンと、戦艦大和の7割しかないのだ。命中しなきゃいいというが、これでは特大のハリボテ戦艦である。おいおい、本当に大丈夫か?

怪物どもが夢の跡
 フィッシャーが超兵器艦隊を率いることはなかった。これらの秘密兵器計画に手をつけて間もなく、彼はガリポリ上陸作戦(*)の責任をとって辞職、バルト海侵攻プランも葬り去られたのである。
 その後、英独の海軍は1916年にジュットランド沖で激突する。ところがこの時、フィッシャーが建造させた最新式の巡洋戦艦二隻が呆気なく爆沈してしまい、軽装甲・高速主義の弱点が露呈してしまう。いくら高速でも、弾丸は命中する時には命中するのだった。当然ながらインコンペアブルの設計にも疑問が続出し、超戦艦計画は中止される。
 それでも他の艦は惰性で建造が進められたが、秘密のヴェールを脱いで姿を現わしたのは、戦争がとっくに峠を越えた頃であった。

(*)大軍をガリポリ半島に上陸させてダーダネルス海峡を占領、英国艦隊を黒海まで突入させて同盟国ロシアへの輸送路を確保すると同時に、コンスタンティノープルを占領して敵国トルコを降服させようという、どこかで聞いたような大作戦。うっかりチャーチル海軍大臣がその気になった結果、3隻の戦艦と25万以上の兵士を失うという惨澹たる失敗に終わった。チャーチルもこれで失脚、男を上げたのはトルコ軍の司令官ムスタファ・ケマル(後のトルコ大統領ケマル・アタチュルク)だけであった。

 英国海軍は出来上がった特殊艦に頭を痛めた。カレイジャス級巡洋艦は帯に短し襷に長しで、ドイツが降服してしまえばどこにも使い道がない。困った海軍は航空母艦に改造した。フュリアスなぞ建造途中から改造され、後部に戦艦大和と同じ46センチ主砲を積んだまま、前半分だけ航空母艦という異様な姿で完成した(後で完全な空母に改造される)。
フュリアス。戦艦大和と同口径の巨砲を積んだ航空母艦。英国海軍よりガミラス艦隊にいた方が似合いそうである。

 それでも空母として活躍したのでカレイジャス級はましだった。哀れを極めたのはM級潜水艦だ。役に立たない巨砲を取り外し、空いたスペースに機雷を積んだり飛行機を搭載したのだが、無理な構造がたたって次々と事故を起こし沈没する破目となったのである。結局、英国海軍はフィッシャー提督の後始末に貴重な時間と金を費やしたのである。
 なおカレイジャス級から取り外された大砲は20年もお蔵入りになった後、新造戦艦ヴァンガードの主砲に流用された。ヴァンガードは第二次大戦終了後に完成したが、もはや戦艦の時代ではなく、いくらも活動しないまま解体される。これがフィッシャー提督が切り開いた超弩級戦艦時代の終焉だった。

 フィッシャー提督をどう評価したらよいだろう?
 あらゆる反対を押しきって英国海軍を近代化した功績には文句のつけようがない。知略と先見性があったのも確かだ。だが彼の断固たる実行力とは、ようするに玩具を欲しがる駄々っ子のそれだったのじゃなかろうか? いずれにしろ最大の責任は、彼の正体を見抜けず暴走させたイギリス政府にあるだろう。
 もしもフィッシャー提督が、バルト海作戦の実行に着手していたら?
 興味深々たる仮定だが、その結果は見えているだろう。
 英国海軍の敗北? いやいや違う。提督の解任と精神病院送りに決まっているではないか……。


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