国宝建築巡りー奈良



東大寺金堂(とうだいじこんどう)(大仏殿) 奈良市雑司長
 正面5間、側面5間、一重裳階付、寄棟造、本瓦葺、正面唐破風付、銅板葺(1709)
東大寺法華堂(ほっけどう)(三月堂)
 正面5間、側面8間、前部入母屋造、後部寄棟造、本瓦葺、閼伽棚(あかだな)を含む
 正堂;(8世紀前半)、礼堂(12世紀末〜13世紀)
東大寺南大門(なんだいもん)
 五間三戸二重門、入母屋造、本瓦葺(1199)
東大寺開山堂(かいさんどう)
 正面3間、側面3間、一重、宝形造、本瓦葺(1250)、内陣(1200)
東大寺鐘楼(しゅろう)
 正面1間、側面1間、一重、入母屋造、本瓦葺(1206〜10)
東大寺転害門(てがいもん
 三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺(8世紀)
東大寺本坊経庫(ほんぼうきょうこ)
 正面3間、側面2間、校倉、寄棟造、本瓦葺(8世紀、1714移築)非公開
正倉院正倉(しょうそういんしょうそう
 正面32.84m、側面9.23m、床下の高さ約2.5m、校倉造、寄棟造、本瓦葺(8世紀)

 東大寺の金堂は752年の大仏開眼(だいぶつかいげん)時創建されたが、1180年焼失、1195年再建、 1567年焼失、1709年再建といった経過を経て現在に至っている。焼失はすべて戦火によるもので、東 大寺が如何に時の権力と関係深かったかが伺われる。大きな金堂、大きな南大門、大きな鐘楼、大きな 正倉院正倉等大きいことが東大寺の特徴のようでもあるが、法華堂、開山堂、転害門等こじ んまりしていて優れたものも多い。

 現在の金堂は江戸期に集成材方式を採用して建てられている。現 今、大建築物を建てるには集成材方式が常識となっているが、金堂はその最初の例といえる。法華堂は 2堂を合体した仏堂であること、奈良朝には珍しい板敷きのお堂であること、また本格的な大仏様であ ることなどがその特徴とされている。
 南大門は宋の様式を改良し日本的な技巧も加味した建物である。
 開山堂は重源の東大寺再建にかかる遺構として南大門とともに現存する2例の内の一つで、重源 の技法を伝える小堂である。
 鐘楼の建築様式は、大仏様から禅宗様に至る中間に位置する新様式で、日本人工匠が創出した新機軸 であるという。
 転害門は東大寺天平創建時の姿を留める数少ない遺構の一つである。宮大工の西岡棟梁の跡を継いだ 小川棟梁は、仕事に行き詰まるとここにやって来るという。天平大工の心意気が伝わってきて気持ちが 引き立つからだという。
 正倉院正倉は宮内庁が管理していて、土・日・祭日は見学できない。正倉院正倉は現存唯一の双倉 (ならびくら)形式で、左右は校倉、中央は板倉の三倉造である。校倉造は気候の変化に応じ木が収縮 膨張しても、部材と部材の間に隙間ができないようになっていて、常に内部の湿度をほぼ一定に保つこ とができるのが特徴である。

東大寺(金堂・南大門)



金堂全景



金堂柱と木組み



南大門全景



南大門木組み



東大寺(転害門・正倉院)へ
東大寺(法華堂(三月堂)・鐘楼など)へ



国宝建築探訪へ戻る
国宝建築巡りへ戻る
ページの初めへ戻る