ベリヤ―エフ少年空想科学小説選集(岩崎書店)(全6巻)

著者 A・ベリヤ―エフ 訳者 馬上義太郎

 

 

第6巻 永久パン 

 (196311月初版発行)

 

(「はじめに」より)

 人類を飢えから解放する「永久パン」という思想は、古いむかしからあります。ブロイエル博士も、人類を救おうとする崇高な精神から、「永久パン」を発明したわけですが、その結果は、人類の悲劇におわってしまいました。ベリヤ―エフの作品には、こうした、たとえ人類のためになる、正しい発明や発見も、資本主義社会では、人類の不幸を招く悪魔の発明になってしまうことを物語った作品がたくさんあります。この選集の中の「ドウエル博士の首」「空気を売る男」や、また「世界の征服者」など。これは、その後、ソビエト空想科学文学の一つの伝統となって、現代作品の中に、いわゆる「発明、発見の運命」をテーマとした一連の作品を生んでいます。

 ブロイエル博士は、空気中のバクテリアから「永久パン」をつくろうとしていますが、緑藻植物、クロレラから「永久パン」をつくろうという研究が、現在、実際に行なわれています。クロレラを加工して、菓子や、みそ、しょう油や航空食をつくろうとしています。この方面の研究では、日本もかなり進んでいるということです。

 だが、人間の幸福は、食べることの満足だけでは得られない、人間の幸福は、創造と労働によってかちとるべきものであることを、ベリヤ―エフの作品「永久パン」は示しているのです。

 

(登場人物)

ブロイエル博士……世界的に有名な生化学者。数年前、ベルリン大学を辞職してフェル島に研究所を作り、移り住んだ。

フリッツ……ドイツ・フェル島の漁村に住む若い漁夫。

リュードビッヒ……上に同じ

ハンス……ブロイエル博士に永久パンの人体実験に選ばれた。うっかり永久パンの秘密をばらしてしまい、世界を混乱させる。

ローゼンシトック……大農業機械工場主。永久パンを商売利用する。

クリグマン……銀行家。ローゼンシトックと組んで、金儲けする。

マイヤー……ローゼンシトックの秘書

シュミット……大学非常勤講師。青年科学者。永久パン絶滅のためにブロイエル博士に協力する。

 

(あらすじ)

ドイツ・フリッドランド諸島のフェル島のある漁村。冬も近づいた風の冷たい秋のある日、不漁に終わった漁夫達は不機嫌に帰ってきた。島でまた網の盗難があり、リュードビッヒが、犯人はハンスではないか、と言い出す。ハンスとは、島のぶっ壊れた灯台の建物の中に一人で住んでいる、半病人の、まるで骸骨のようにやせ細った、背のひょろ長い老人である。最近むくむく太ってきており、この謎めいた肥え方は、すでに村中のうわさの種となっていた。ハンスが、漁夫達の網や魚を売り飛ばしているのではないか、と疑った漁夫達は、ハンスの家に尋問に行く。

口達者なリュードビッヒやフリッツらに責められて、ついにハンスは、ブロイエル博士に「永久パン」をもらったことを白状させられる。「永久パン」またの名を「ねり粉」は、カエルの卵のようなぶよぶよしたもので、見かけは悪いが、とてもおいしくて栄養がある。少し食べるだけで満腹になり、体中に力があふれてくる。また、一昼夜たつと二倍に増えるので、いくら食べても、種を残しておけば減らないのである。

ブロイエル博士とは、世界的に有名な生化学者である。数年前にベルリン大学を辞職して、「隠退」と称してフェル島に移り住んだのである。博士は、全人類を飢えから解放するパンの発明に一生をささげてきたのである。博士は、必要な一切の栄養を含んだ極めて単純な有機体を培養して育てようと苦心してきた。この物質は、単細胞生物のように単純分裂をして増殖する。最初は、培養に手間と費用がかかっていたが、改良を重ね、ようやく「飼育」に手数も費用もかからない単細胞生物の「品種」を育て上げたのである。すなわち、栄養を直接空気からとっている品種である。永久パンは、空気中に含まれる有機物のほこりなどから必要な栄養素をとってきて、それを自分のオルガニズムの中で作り変えて増えるのである。

村の漁夫達は、ブロイエル博士の研究所に代表団を送り込み、永久パンを分けてくれるよう交渉するが、博士は、まだ実験段階でどのような危険が現れるかもしれないから、分けてやるわけにはいかない、ハンスは実験台だ、と拒絶する。

やがて冬になり、確かにハンスはひもじくはなかったが、服も靴もボロボロで、半分こわれた家の中で寒さに凍えていた。これに目をつけた村人達が、ハンスから永久パンを買うようになり、ハンスは徐々に金持ちになっていく。永久パンは村に普及していき、やがて有名なベルリンの新聞社にすっぱ抜かれる。この記事を読んだ、大農業機械工場主のローゼンシトックは、銀行家のクリグマンと組み、永久パンで金儲けをしようと企む。ブロイエル博士が永久パンに対して特許権をとっていないことに目をつけたローゼンシトックは、村人から永久パンを買いあさり、青年化学者シュミットに分析させ、永久パンの二番煎じを作らせようとする。

村に秘書のマイヤーが派遣され、永久パンの値がつり上がる。クリグマンは永久パンを買い占めるため、村に歓楽街を作る。酒とばくちでおかしくなった村人から、どんどん永久パンを買い占めていく。そしてついに、シュミットが「永久パン」の成分を突きとめ、人工的につくりだすことに成功、「永久パン」販売輸出株式会社が活動を開始する。ブロイエル博士が抗議しても、相手にされない。「永久パン」が市場に現れたことで、物価の大変動が起こり、全世界の経済界に大動揺を与えた。これほどの強力な手段を個人の事業に握らせたのはよくないと、「永久パン」は、国家の独占事業になる。

春になって暖かくなるにつれ、永久パンの増える速度が速くなっていく。フェル島の漁村でも、村人達が種としてとっておいた永久パンが急速に増え始め、村人達を困らせる。やがて永久パンを食べるという新商売「食べ屋」まで出る始末。しかしそれも、夏になると追いつかなくなり、大洪水のように村人に襲いかかった。フリッツの提案で、永久パンを海に放り込むと、陸よりも早く増えていく。パニックに陥った村人は、ブロイエル博士に責任を押し付け、ブロイエル博士の屋敷を取り囲む。ようやく逃げ出したブロイエル博士は検事の家を訪ね、保護を申し込む。丁度博士の逮捕状が出ており、博士は起訴されてベルリンの監獄へ入れられる。

世界中で、たくさんの村や町が、永久パンの下に埋まり、海や川が永久パンで埋め尽くされていた。政府が永久パンの独占をして売っていたため、自分で自分を起訴するわけにはいかず、博士に罪をなすりつけ、注意を引きつけようとしていたのである。博士は、実験の途中で永久パンを労漁夫ハンスに与えるという犯罪的軽率さを犯したという理由で起訴された。博士は、監獄内に作られた実験室に移され、永久パン絶滅の手段を研究させられる。助手として派遣されたのは、青年化学者シュミット。政府は、犠牲者は一人だけで十分と思ったのか、彼やローゼンシトックやクリーグマンにはお咎めなしだそうである。ローゼンシトックやクリーグマンは、永久パンを物理的に絶滅するための機械を作って、それで大変もうけているという。今では、たくさんの労働者が永久パン退治のために働き、世界中どこでも労働時間は12時間に延長されているそうである。

ブロイエル博士は、以前から行なってきた永久パンが増えるより早く永久パンを食い尽くすバクテリアの細菌群の研究を再開し、シュミットは、永久パンが空気中からとっている栄養を殺菌する研究を開始し、二つの方向から研究を開始し、やがて二つの研究はほぼ同時に完成する。

世界は永久パンから解放された。人類は救われた。

フェル島の漁村では、永久パンの恐怖から開放された漁夫達が、悪夢からさめたように、しばらく忘れていた海に出かけて、生活の糧をかちとるために、荒海に向かって勇ましく船出していく。

 

書評:偉大な発明の結末はいつも……。

バイオテクノロジー以前、生物学発展を予言したSF!!)

この作品は、私がヤフー掲示板に作らせてもらっている「子どもの頃読んだSF」というトピで、euphozillaさんが、結末を忘れたと書き込んでおられた作品です(このトピの11番目参照)。私も幾つか結末を予想させてもらいましたが、改めて読んでみることにしたものです。私の住んでいる地域の公立図書館は、図書館にない本は他の図書館から取り寄せてくれる、いい制度があるのです。今回は私のリクエストに答えて、宮城県立図書館から貸していただきました。宮城県立図書館さんに感謝します。

 ブロイエル博士は世界的な生化学者です。生化学、とは、懐かしい響きですね。バイオテクノロジーや遺伝子研究の直系の先祖に当たる学問です。博士は、永久パンの研究のために、生物学の助けを借りた、と述べていますが、これこそまさにバイオテクノロジーの発想です。博士はバイオテクノロジーを利用して永久パンを発明したのです。ベリヤ―エフがこの作品を発表した1929年は、物理学が飛躍的に発展していた時代です。

1905年              アインシュタインの特殊相対性理論

これで相対性理論が発展します。

1913年              ボーアの理論

このあたりから量子力学が登場、論争を巻き起こします。1924年のド・ブロイ、1925年のボルン、ハイゼンベルグの発見を経て

1926年              シュレーディンガーの波動方程式により、量子力学が確立します。

一方、生物学の方発展は、1944年にシュレーディンガーが『生命とは何か』を著すまで待たなくてはなりません。ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を解明するのは、1953年です。生物学発展以前の時代、来たる生物学の進歩を予言した作品ですね。

 また、20世紀後半に日本の少年少女のためにこの本が出版された1963年も、(「はじめに」より)での記述に見られるように、バイオテクノロジーに期待が高まっている時代でした。本書の解説は、「酵母とクロレラ」と題して、国立栄養研究所食品化学部長 医学博士の速水泱氏が、説明されております。「食料資源としてのクロレラ」「未来の食料としてのクロレラ」など、クロレラについて期待させることが書かれています。酸素の供給源として潜水艦や宇宙船に持っていくことについても触れています。それにしても現在、クロレラの研究はどうなったのでしょうか。健康食品としての通信販売の広告ではよく見るのですが……。

私が少年時代を送った20世紀後半、こういった生物学的な発展について希望を持たれていました。学研の「○年の科学」には、上がトマトで根っこがジャガイモの、「ポマト」という植物が載っていたものです。この植物が普及すれば、生産量が2倍になる、と言われていたものです。どこかの小学生が夏休みの自由研究でポマトを作った、という記事も載ったような……。また、トマトを水栽培すると恐ろしく大きな大木となり、実がものすごく大量に実る、という記事も、写真と共に紹介されていました。あのトマトの大木の大きかったこと。少年の未来への夢と希望をかきたてたこういった試み、一体どうなったのでしょうか。ポマトも最近は聞きませんね〜。今の子どもは、ポマトといっても知らないでしょう。

 それどころか現在、遺伝子組み替え食品は危険だとか、クローン研究は倫理上問題があるとか、むしろ科学の発展の負の側面を強調したニュースが目立ちます。進みすぎたゆえに現実的な問題に直面しているわけですが、現実的な問題に直面せず、素朴に科学の発展に心ときめかすことができた20世紀後半は、科学と未来に対して最も希望が持てた時代だったのでしょうか。確かに科学の発展には負の側面も多いですが、子どもたちには科学と未来に対して夢と希望を持つことが必要でしょう。そういった夢と希望を子どもたちに受け継いでもらうことが、20世紀後半に夢を持って育った我々の使命でもあるのです。

 それにしても、偉大な発明の結末はいつも失敗ですね〜。H・G・ウェルズに『神々の糧』(小倉多加志訳/ハヤカワ文庫)があります。すごく栄養のある「神々の糧」。これを食べた子どもは恐ろしく大きく成長し、巨人になります。最初は歓迎されていましたが、やがて発明者の博士に責任がなすり付けられ、物語は悲劇に終わります。結構「永久パン」と似た展開です。それまで発明を享受し、称えていた野次馬達は手の平を返して偉大な発明家に罪をなすりつけます。

 それにしても、なぜ急に永久パンは増え出したのでしょうか。ブロイエル博士は、夏になって気温が上がったのと、夏になって空気中に、栄養となる細菌が増えたからだと説明しますが、永久パンを何年も研究してきたうち、夏は何回も経過しているはずです。その時もこんなに増えたのでしょうか。

実験室で管理されていた時と違って、世間に広まっていたので、管理が難しくなったのでしょうか。或いは、突然変異を起こしたのでしょうか。

 永久パンは細菌の一種だ、とされています。だから突然変異の可能性もあるわけです。

 細菌といえば、熱に弱いはずです。ブロイエル博士は永久パン対策の応急手段として、こすりつぶしたりうすに入れてついたりする機械的方法と、なべで煮るという方法を提示しております。その後前者の方法ばかりとられて、金持ちは機械を買って、労働者は人力で機械的方法をとって働くのですが、後者の方がはるかに楽なのに。火でもやす方法もある。物語の展開上、その方法を出すことはできなかったのか。

 ブロイエル博士を出し抜いて永久パンを商業化したローゼンシトックとクリグマンは、はるかに罪が重い。物語ではなぜかブロイエル博士だけが罪を問われて起訴されましたが、ついでに彼らも起訴するべきだった。「多分、犠牲者はひとりだけで十分だと思ったのでしょう」とシュミットは言っていますが、人々の怒りをそらすためには、犠牲者は多いほどいいのでは?一番いけないのは、独占販売していたくせに責任をなすりつけようとしている政府なのですが。

 それにしても、永久パン退治の方法を研究しているのがブロイエル博士とシュミットだけというのはだらしない。他の科学者は何をしているのでしょうか。

 ブロイエル博士とシュミットの研究により、人々は永久パンの恐怖から解放されました。しかし、物語はむしろこれから始まるのでしょう。書かれていませんが、その後、ブロイエル博士と永久パンはどうなったのでしょうか。永久パンは完全になくなってしまったのでしょうか。研究用に一部だけ残されて、ブロイエル博士やシュミットによって更なる研究が続けられているのでしょうか。

 尋問されてふさいでいる博士にシュミットはこう言って励まします。

「人がなんと言おうと、あなたの発明が偉大なことには変わりありません。どんな科学的仕事にも、失敗はつきものです。

 ぼくたちは、いま、あなたの発明を破壊する仕事をやっています。しかし、ぼくらはこの『破壊的』仕事に止まってはいないのです。いつかは、ぼくらはあなたのねり粉を御するくつわを発見し、ねり粉を人類の従順な武器とならせ、人類を飢餓から解放するでしょう」

 永久パン退治の方法を発明した直後、自殺しようとした博士を止めてシュミットは言います。

「ねえ、博士、ぼくらは生きていきましょう。生きて仕事をしましょう。

 ぼくたちは、自分の、いや、あなたの『永久パン』を完全なものにしましょう。やがて、すべての人びとがこのパンを食べ、そしてその天才的『パン焼職人』の徳をしのぶようになるでしょう」

 これを聞いた博士は、にっこりほほえんで、シュミットに手をさしのべるのです。

 2002.3.21(木)

 

 

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