
空想力、冒険心、勇気、愛情をはぐくむSFの名作集!
SFこども図書館(岩崎書店)
第21巻 ついらくした月
(シェリフ・作/白木 茂・訳/長 新太・絵)
(1976年2月20日 第1刷発行)
(あらすじ)
「わたしは、ローソクの光で、いまこれをかいている。」
「われわれは、みんな、ひとりぽっちになってしまった。そして、なんののぞみもうしなってしまい、ただ、死をまつばかりといったありさまである。」
…………
中学教師のエドガー・ホプキンス(52歳、独身)は、父の遺産を手にしたのを機に、田舎の隠遁生活を始めることにして、ハンプシャー州のビードルという村のはずれに小さな農地を買い、丘の中腹にこじんまりした家を建てて畑仕事を始めた。近所のパーシバルというアマチュア天文学者と仲良くなり、彼の紹介でイギリス月研究会の会員となる。
10月8日午後6時、イギリス月研究会の特別集会が開かれ、そこで、会長のハートレイ博士により、ある力が働いたため、地球の周りを回る月の軌道が変わり、月が一日に1280kmのスピードで地球に近づきつきあり、来年5月3日の月曜日、夜8時頃に地球に衝突する、と聞かされる。世界の政府は平和と幸福の時を少しでも長くとどめるため、このことを極秘にしており、科学者でもある月研究会会員も、月についてのいかなる噂話も打ち消し、嘘によって人々をわずかの間でも救うように、と求められる。また、衝突の際に発生すると思われる大嵐や大洪水にそなえて、各国政府は、水爆を防ぐためという口実で退避壕をあらゆる町や村に作ることにしたので、この仕事がはかどるように協力するように、とも求められる。
やがて月は肉眼で見ても明るく大きくなり、新聞紙上でも問題にされ始める。月と地球の間の距離が今までの半分近くになった1月14日の朝、ついに世界中の政府が一斉に真実を発表する。翌日の新聞は、このことについて科学者や評論家達の意見を掲載したが、それらは全て、希望に満ちたものだった。月は地球に近づいた後宇宙の彼方に飛び去る、とか、月がばらばらに壊れて土星の輪のようになる、といった意見など。ホプキンスはこれを読んで感動する。新聞は冗談のためにこのように扱ったのではなく、人々に絶望ではなくて希望を持たせるため、少しでも生き残れる希望があればそれを強く押し出して人々を安心させるためにこう扱ったのだ、と。
政府は、月の近づく日に備えて色々準備をする。陸海空の三軍は一つにまとめられ、地球防衛軍が作られた。その軍隊は、武器の代わりに、つるはしやシャベルを持っていた。兵隊は退避壕建設学校で訓練を受け、この学校を出た者が各地に派遣された。ビードル村にもエバンズという技師が派遣され、ホプキンスも彼らとともに退避壕造りに精を出す。こんな退避壕で月との衝突で生き残れるのだろうか?政府の狙いは、別にあった。人々には、何かすることが必要だったのだ。怠けていると、恐ろしいことばかり考えて気が狂いそうになる。考えることを忘れて体を動かしている必要があったのだ。
5月3日まであと2週間というとき、とうとうビードル村の退避壕が完成した。エバンズはさらに、月との衝突後の洪水に備えて、いかだを作るように提案した。エバンズは、人々から急に仕事を取り上げてしまうことがどんなに危険なことか知っていたのだ。残された日々を何もしないでいたら、人々の頭には、恐怖だけがしみこんでしまうに決まっていたからである。
ビードル村の人たちは、最後の週を、陽気なパーティーで過ごした。
運命の5月3日が来た。ビードル村の人々は次々と退避壕に入っていくが、ホプキンスは入らないことにした。締め切った場所にいるのが怖く、狭い所に閉じ込められるくらいなら激しい嵐の中に放り出される方がずっといい、と思ったのである。家の窓やドアの隙間をびっしりとふさぎ、その時に備える。
やがて、真っ黒な空が、血のような色でおおわれ、ものすごい風が吹き荒れた。家がきしみ、空気が薄くなる……。
気が付くと、窓の下に海が広がっていた。丘の中腹にあったホプキンスの家は奇跡的に助かったのだ。やはり家にいて助かったパットとロビンの姉弟とともに、水の引いた村を探検したが、誰に会うこともできない。3人は、一緒に生活することにする。
その後、3人は、飛行機に乗って視察に来た科学者から、月は大西洋に墜落し、墜落した時のショックで平らにのびてしまい、イギリスからアメリカまで歩いていけるようになった、と聞く。
生き残った人々は、早くも、大災害からの復興に立ち上がった。電気も復活し、新聞も入るようになる。明くる年の夏には、大西洋に墜落した月を見物に行く人が増えてきた。月の東の端が、イングランドの南西のはずれにあるペンザンス地方とくっついていたのである。ホプキンス達も月見物の旅行に行く。そこは、見渡す限り、ねずみ色の石ころとほこりだらけの地面の広がりだった。
国際会議が、月を調べるためにヨーロッパ中の国から集めた科学者たちの一団を月へ送り、月には石油・金・石炭・ラジウム・ウラニウムなど、貴重な資源が信じられないくらいたくさんあることが分かる。この資源をめぐって、各国が優先権を得ようとする。月を国際管理に置こうとするイギリス総理ジョン・ローリングの提案は、国際会議によって否決され、代表者はそれぞれの国に帰ってしまう。国の再建のために力を尽くした、穏やかで良識あるジョン政権は、ジャガー少佐率いる反対グループに倒される。ジャガー少佐は、平和と月の資源の公平な分配のため、イギリス帝国が指導的な役割を果たすべきだと考え、戦争を開始する。全ての資源や労力は戦争のために使われることになり、町の復興はストップする。当初、イギリスは華々しい戦果をあげるが、ヨーロッパの国々が連合して反撃し、イギリス軍は後退する。ホプキンス達が作った農作物は、飢えて青ざめている人々の目の前を素通りして、軍用自動車で運ばれていく。ヨーロッパ連合軍も、月の資源をめぐって仲間割れを始める。
ホプキンスと一緒に暮らしていたロビンは、軍隊に志願して出征する。姉のパットも、従軍看護婦として出征していった。イギリスの町や村は再び、大異変の後のような混乱に引き戻された。人々は、今度は、前のように立ち上がろうとする気力も力もなかった。電気の出力も落ち、全ての報道機関はストップした。ロビンやパットと別れたホプキンスも気が抜けたような生活を2年ほど送り、思い立ってロンドンに向かう。そこで見たのは、泥とごみの町をさまようぼろの服を着た人々。誰も、仲間を作ろうとせず、自分の食べ物を探すのに夢中だった。
ホプキンスはおじさんの家を見つけ、そこに住んで、これまで体験したことを手記に書き続けてきた。小さな金属の箱は、この手記が書き上げられるのを待っている。
「わたしは、手記をかきおえたら、その金ぞくのはこにいれて、あなにうずめておくつもりである。いつかは、だれかの手で発見されますように。
そして、この暗黒時代が、いつの日にか、ふたたびあかるいしあわせな日びにかわることをいのるとしよう。」
The Hopkins Manuscript by Robert Cedric Scheriff
(書評:二度の世界大戦の間に描かれた風刺SF!
このシリーズとしてはシリアスな内容に驚く)
by SF Kid
この本は、私がヤフーの掲示板に作らせてもらった「子どもの頃読んだSF」というトピックで、sfmovie03さんという方が回想されていた本です。sfmovie03さんの紹介では、長新太さんが挿絵を描いている、シュールなユーモア小説、というイメージを受けました。その後、otiyuさんが説明されたところによると、結構シリアスな内容だと分かりました。実際読んでみて、このシリーズの作品としては珍しくシリアスな内容に驚きました。長新太さんのユーモラスな挿絵がそのショックを和らげてくれます。なお、この掲示板は、当HPの表紙の「お気に入りのサイト」から入れますので、一度覗いてみてください。
1939年にイギリスで出版された物語です。第二次世界大戦直前の不穏な、平和がいつ崩れるか分からない状況のもとで、作者シェリフは、月が地球に墜落するという大異変を描くことで、警告を発し、風刺していたのでしょう。シェリフの不安は的中し、その後世界的に戦争の悲劇が起こることになります。そういった背景もあり、この物語の結末は明るいものではありません。だからこの書評も明るくならないのも仕方ないかもしれない、ということをあらかじめ断っておきます。
しかし、この物語では、月に埋蔵されていた天然資源をめぐって戦争が始まるまでは、結構前向きな展開です。月が衝突するまでや衝突直前、衝突後の復興など、人々は結構落ち着いて行動しています。ロンドンでは混乱が起きたようですが、概してイギリスの人々は冷静です。さすが紳士の国。
ただ、ホプキンスは、ビードル村の人々のこの冷静さについて、3種類に分けて分析しています。一つは、月の衝突なんてイギリスには関係無い、という人々。二つ目は、新聞が書いているような楽観論を信じている人。残りの人々は、世界の終わりを覚悟して静かに受け入れようとしている人。
まあ、月との衝突、という、人間の力ではどうしようもない悲劇を前にして、こう考えるより他に仕方ないわな。どうせ死ぬんだからめちゃくちゃやってやろう、と暴走してパニックが起こるのが一番の悲劇だから。作者シェリフとしては、戦争が近づいても真剣に回避の方法を考えない人々を風刺しているのではないでしょうか。また、月との衝突後、人々が協力しての復興の日々は、第一次世界大戦後の世界協調時代を表し、月の資源をめぐっての戦争の時代は、第二次世界大戦に向かう世界情勢を表しているのでしょう。
もし今、同じようなことが現実に起これば、人々は一体どんな行動をとるのでしょうか。
まず、このSFそのままに、彗星や隕石が地球に衝突する場合。実際、こういうことは絶対ありえないとは言い切れません。恐竜も隕石衝突が原因で滅んだ、という説もあるし、1999年の恐怖の大王は巨大隕石の衝突だ、という説もあったくらいです。
次の日には月が衝突する、という前の日の夜、ホプキンスは子どもの頃読んだ『ハックルベリ・フィンの冒険』を引っ張り出して読みます。もし私だったら、何を読むでしょうか。静かに本など読める心境でしょうか。パニックに陥らないでしょうか。
また、シェリフが風刺したような世界情勢、すなわち戦争に向かう状況のもとで、どう行動するか、理想と現実の折り合いをどうつけるか、ということも考えました。
イギリスが世界をリードするべき、というジャガー少佐がイギリスの政権を奪い、イギリスは世界を相手に戦争を始めます。現実はナチスドイツが世界相手に戦争を始めたのですが、それはまあ置いておくことにしましょう。
この物語の語り手のホプキンスはジャガー少佐に批判的です。政治から離れて、畑で食料を作って食糧補給によってイギリスの人々を助けよう、と消極的な態度です。もともとホプキンスは田舎の村に隠居生活をしに来たのですから、こう考えるのも当然です。しかし、若い二人の同居人は直接的に関わって祖国イギリスのために戦います。ロビンが戦争に志願した時、ホプキンスに言います。
「ぼくはもう、じっとしてはいられないのです。ぼくたち国民は、いつも、じぶんの国をまもる軍人でなければなりません。もし、パーカーおじさんがいきていたら、ぼくに、ここにとどまるようにといったでしょうか?そして、おそろしい祖国の危機に、作物なんかをつくっていろなんて……。」
姉のパットも言います。
「たとえ、どんなにばかげていても、またわたしたちを戦争にひきずりこんだ人びとをどうおもうとも、ここは、まちがいなくわたしたちの国なのですわ。そうじゃなくて?わたしたちは、じぶんの国をすくうために、すべてをなげすてなくてはならないんだわ」
私自身としては、若い二人のこの言葉が最高に、いや、最悪に悲劇的でした。私自身は、この考えにはどうしても賛成できません。私自身は、ジャガー少佐(首相)の考えは間違っているし、彼の始めた戦争は間違った戦争だと思います。私としては、どうせ戦うのなら、ジャガー少佐に倒されたジョン前首相のような人たちと一緒に、ジャガー政権打倒のために戦うべきだ、と思うのです。しかし、私の考えは世間一般の人とズレが大きいので、私のように考えるのは少数派でしょう。ほとんどの人がロビンやパットのように考えるのでしょう。すなわち、国家や権力はその内容を問わず、その存在そのものが正当化されるのです。戦争は、いかに悪い侵略戦争であっても、国内的には支持されるのです。また、国民は、どんなに虐げられていても、国家や戦争には協力するべきものなのです。しかし、それに当てはまらない少数派もいるので、歴史認識や戦後補償などで紛糾する。……と、冒頭で断っていた暗い結論がこれなのですわ。現代も新しい「ついらくした月」が書かれる必然性があるのでは?
ところでこの物語は、いつの時代を描いているのでしょうか。日付については詳しく書かれていますが、年代については書かれていません。翻訳の際、省かれたのでしょうか。しかし、このような記述があります。
「水爆をふせぐためだというこうじつで、原爆戦争のときにつくられたとおなじようなたいひごうが、いま、あらゆる町や村につくられようとしています。」
この物語が書かれた当時、水爆はおろか、原爆すら実用化されていなかったはずですから、同時代を描いたのではなさそうです。この書は、現代や未来の人々に対しても警告の書でもあるのです。
2001.12.2(日)
ご意見・ご感想を掲示板にお願いします。
ご意見・ご感想お寄せください