偕成社版少年少女世界の名作

ポンペイ最後の日 

ブルーワー=リットン・原作

柴田錬三郎・訳

土村正寿・絵

1965年5月初版

19828月改訂版一刷

19896月改訂版5

(登場人物)

グロウカス……

≪ローマの貴族。正義を愛する熱血青年で、怪僧アーベエシイズを敵として戦う。ローマ第一と称せられる剣の名人である。≫

アーベエシイズ……

≪エジプト人。妖術魔法を会得した怪僧。アイシスの女神という木像を祀って人々を騙し、陰で恐ろしい悪事の数々を行なっている。アイシスの女神によってローマもギリシアも征服するという野望を持っている。≫

 

アイオン……

  ≪ギリシア生まれの美しい娘。アーベエシイズに騙されて全財産を失い、アーベエシイズの後見でポンペイに兄と共に住むことになった。≫

アペサイデス……

  ≪アイオンの兄。純情で気の弱い青年。アーベエシイズに騙されてアイシスの宮の僧官となるが、グロウカスにアーベエシイズの正体を教えられ、キリスト教に改宗する。≫

サラスト……≪グロウカスの親友。≫

ニジア……

  ≪幼い頃に人さらいに誘拐されて奴隷にされ、ポンペイの酒場でこき使われていた盲目の美少女。グロウカスに助けられ、グロウカスの別荘で花を育てることになった。≫

リドン……

  ≪荒くれ者ぞろいの剣士の中で珍しく気品があり、若々しい純情を持っている。奴隷となった父を市民に戻す金を稼ぐために剣士になった。≫

メドン……

  ≪リドンの父。貿易商人だったが、アーベエシイズに騙されて破産して、今では商売敵だったダイオミイドの奴隷となっている。キリスト教に改宗した。≫

オリンサス……

  ≪もとギリシアのネアポリスの住人。キリスト教徒となったために故郷を追われ、ポンペイに流れ着く。ベスビアス火山の噴火が近いことに気付き、人々にキリスト教への改宗を説く。≫

 

カレナス……≪アーベエシイズの部下の悪僧官。≫

ブルボ……≪海賊の頭領。アーベエシイズの意を受け、数々の略奪行為を行なっている。≫

ニゲル……≪剣士の頭領。≫

ジュリア……

≪金持ちのダイオミイドの娘。ポンペイ第一の美女というのを鼻にかけている高慢な女。グロウカスに気がある。≫

妖婆……

  ≪ベスビアス山中の洞穴に大蛇や狼とともに住む巫女。幸福な人間を不幸にするのが楽しみで、呪いをかけるのを商売としている。≫

 

(あらすじ)

ポンペイの町の真ん中にある大広場は今日も朝から非常なにぎわいで、活気に満ちていた。大理石を敷き詰めた中央には噴水が設けてあり、初夏のさわやかな太陽の光を浴びて水煙は宝石をちらばせたようにキラキラと輝いている。

 そこに黒衣をまとった一人の老人が現れ、静かな口調で説教を始めた。

「皆さん、このポンペイの町には、いま非常に不幸な影がさしております」

 老人はキリスト教の伝道師・オリンサスであった。オリンサスはポンペイの町の後ろにそびえるベスビアス山を指差し、ベスビアス山の頂きにわだかまる灰色の雲を示した。ベスビアス山が火を噴いてポンペイの町を破壊する恐れがある、この不幸な影を追い払うために神様にお祈りしないといけない、その神様というのは天に昇られた主キリストだとオリンサスはイエス=キリストの生涯について語り始める。しかし人々はオリンサスをからかい、石を投げつけて追い返すのだった。

 

(訳者の柴田錬三郎さんはまえがきでこう説明しています。

 「ベスビアス山が噴火し、ポンペイ市が消え去ったのは、キリストが昇天してからまだ幾年もたっていないころであります。この時代は、人びとは、奇怪な神々を信仰して、妖術とか魔術とかが非常にさかんでした。

 この物語にも、そのことが出てきますが、読者諸君は、二千年もむかしのことだということを頭においてお読みください。)

 

 そんな時、ローマの貴族グロウカスがポンペイに帰ってきた。彼は毎年夏にはポンペイの別荘で過ごすのである。グロウカスは親友サラストに再会し、アイシスの宮の僧官長アーベエシイズと戦うつもりだと告白する。彼は数か月前に知り合ったアペサイデスとアイオンの兄妹がアーベエシイズによって全財産を巻き上げられたという事実をつかんだのである。サラストも陰ながら応援すると励まし、グロウカスの手をしっかりと握るのであった。

 アイシスの女神……。この女神は当時ポンペイで非常に信仰されていた女神である。アイシスの宮の僧官長アーベエシイズは女神のお告げと称して部下のカレナスに女神の木像の後ろから話させ、ポンペイの人々をだましていた。今回アーベエシイズはギリシアの兄妹をだまして全財産を巻き上げ、兄のアペサイデスをアイシスの宮の僧官に、妹のアイオンをアイシスの女神の声優とする魂胆であった。

 グロウカスはポンペイの奉行のパンサに、アーベエシイズの悪事を調べてくれと頼むが、気弱なパンサは実力者アーベエシイズを恐れて断る。グロウカスは自分一人でアーベエシイズと戦うことを決意する。

 一方、アーベエシイズはアペサイデスを妖術でだまし、アイシスの宮の僧官にしてしまう。さらに部下のカレナスを海賊の頭領のブルボのところへやり、次の悪事の指示を出す。ところが、酒場で出会ったグロウカスがブルボをやりこめ、アペサイデスとアイオンの船を襲ったことを白状させる。

 

 アーベエシイズは別荘にある尖塔の頂上で星を占っていた。占いのお告げは「なんじの頂上に死の神が落ちてくるであろう」と出る。

 その時、カレナスから、ブルボがグロウカスに過去の悪事を白状させられたと報告を受け、海賊のブルボと剣士のニゲルにグロウカス暗殺を指示する。しかしこれは、グロウカスに心酔する剣士リドンによってグロウカスに知らされ、グロウカスは大浴場の読書室で海賊や剣士らを返り討ちにし、さらにアーベエシイズを倒すために彼の別荘に向かう。

 

 その頃、アーベエシイズの別荘では、アーベエシイズがアイオンを妖術で脅し、アイシスの女神の声になるよう脅迫していた。グロウカスに注意されていたアイオンはアイシスの女神に疑いを抱いており、拒もうとする。そこへグロウカスとアイオンの兄・アペサイデスが駆けつけ、アーベエシイズやカレナスらと乱闘になる。アーベエシイズがグロウカスにとどめをさそうとしたその時、大地震が起こり、アーベエシイズは大理石で作った女神の首の下敷きとなる。グロウカスがアペサイデスとアイオンを連れて外に出た直後、建物はアーベエシイズを残したまま崩れ落ちる。

 ああ!怪僧アーベエシイズも、ついに悪運つきて、あえない最後をとげたのであろうか?

 

 それから10日後。ポンペイの大広場ではオリンサスが再び、ベスビアス山噴火の危機を説いていた。ベスビアス山の頂きの雲は今や20日前に初めてオリンサスが説教した時の5倍にも広がっていた。10日前の地震の恐怖も残っている人々は今度はオリンサスを追い返そうとはしなかった。アペサイデスはオリンサスを信じてキリスト教徒の集会所へ行き、キリストから直接教えを受けたという80歳以上になる神々しい老翁から祝福を受け、正式にキリスト教徒となる。

 

 しかし、怪僧アーベエシイズは死んではいなかった。カレナスに助け出されたアーベエシイズは生死を伏せたまま密かに別荘で療養していた。

 そこへ、嫉妬に狂った高慢な金持ちの娘・ジュリアがやって来る。彼女は、グロウカスの召使いのニジアから、グロウカスとアイオンが近々結婚するということを聞き出したのである。そこで、魔法使いとしても有名なアーベエシイズに、二人の仲を裂いてもらおうと頼みに来たのだった。

 アーベエシイズは、ベスビアスの山すそに住んでいる年老いた巫女を紹介する。

 巫女はジュリアに人を発狂させる毒薬を渡し、ジュリアはニジアをうまくだましてグロウカスに毒薬を飲ませる。毒薬を飲んだグロウカスは間もなく発狂し、ふらふらとポンペイの町をさ迷い歩く。

 

 ちょうどその日、オリンサスらキリスト教徒は町でアーベエシイズの数々の悪事を群衆に告げ、アーベエシイズをポンペイから追放する予定であった。彼らはシベリイの森で落ち合う約束をしていたが、早く着いたアペサイデスとアーベエシイズが偶然その場所で遭遇し、口論の末アーベエシイズはアペサイデスを刺し殺す。そこに発狂したグロウカスが現れ、悪賢いアーベエシイズはグロウカスをアペサイデスの殺人犯に仕立て上げる。

 早速裁判が開かれ、グロウカスは8月9日の円形劇場における競技会で獅子に食い殺されることに決まる。

 

 用心深いアーベエシイズは、ニジアとアイオンまでも誘拐して監禁した。

 今まさにアーベエシイズの勝利は目前となる。果たしてグロウカスは絶体絶命の危機を逃れ、アーベエシイズの野望を打ち砕くことができるのであろうか。果たして、ベスビオス山は噴火するのであろうか。そしてポンペイの町の運命は……。

 

(書評:スペクタクル!スペクタクル!!スペクタクルの連続!!!

最後の日を目前とした正義と悪のハルマゲドン!

現代の社会にも通じる名作!!)

by SF Kid

全編映画的でスリリングな展開、ドラマチックな事件とシーンの連続であります。

活気あふれるポンペイの町で当時の新興宗教であったキリスト教の伝道師がベスビアス山の噴火の危機を説くプロローグからすでに読者はこの物語の世界に引き込まれていきます。そして格好良さ、強さ、人気の三拍子揃った正義の主人公と悪の権化・怪僧アーベエシイズの登場。物語はこの二人の戦いを軸に展開していきます。脇を固める多彩なサブキャラ。これら多くのサブキャラは複雑な人間関係によってグロウカスとアーベエシイズの戦いに絡んできます。これがストーリーに厚みを加えているのです。

そして、物語の随所に現れるベスビオス火山の描写。物語は初夏の頃から8月9日のベスビオス火山の大噴火に至るポンペイ最後の数か月における正義と悪の戦い、いわばハルマゲドンを描いております。残された時間はあとわずか……。ベスビオス火山の描写は最後の瞬間がいよいよ近づいていく様子を如実に表しており、そのことが読者に緊張感を与える効果を演出しています。

物語のクライマックスは89日のポンペイ最後の日の描写です。その日、円形劇場では競技会が行なわれており、ポンペイの町の主だった人々は円形劇場に集まっています。

そしてベスビアスの頂上から巨大な真っ黒な煙の柱が中天高く吹き上がります。黒煙と灰の雨と真っ赤な焼け石のあられ、さらにすさまじい鳴動の中、逃げ回る人々。その中でグロウカスとアーベエシイズの最後の血闘が行われます。ものすごく映像的・映画的なシーン、スペクタクルです。スペクタクルであります。数ある児童文学の中でも十本の指に入る名場面であります。

その他にもこの物語は映像的・映画的な名場面の連続であります。夜中に尖塔に登って星を占うアーベエシイズ、大浴場でのグロウカスの大立ち回り、大噴火の前触れの大地震で崩壊するアーベエシイズの別荘、山中で老婆の洞窟に迷い込んだグロウカスとアイオンのシーンなど、どれをとっても絵になるシーンの連続であります。

 さらに登場するキャラクターも多彩で豪華な顔ぶれです。

 主人公は三拍子揃ったグロウカス。

 アイオン、ニジア、ジュリアといった三人の美女も登場します。

 神秘的・怪奇派路線としてはオリンサスとアーベエシイズ、さらにベスビアス山の洞窟に住む老婆(名前記載ナシ)がいます。

 そして、グロウカスを助ける善人側としてはアペサイデスとサラスト、悪役側の下っ端キャラとしては、アーベエシイズの片腕のカレナス、海賊のブルボ、剣士のニゲルも登場します。

 さらに、若くて純情な剣士リドンとその父親のメドンの人情ドラマもあります。

 おおっと、緊迫感を与えるベスビオス火山の物言わぬ“名演技”も忘れる訳にはいかないでしょう。

 このようにこの物語では良質のスペクタクル映画を観た時のような興奮と感動を味わえます。マンガやテレビや映画に親しんだ映像世代の子ども達もきっと満足できるスペクタクルであります。この物語を子ども時代に読まないのは一生の損!と断言できる内容であります。

 訳者の柴田錬三郎はこの物語を、こう紹介しています。

 

「この『ポンペイ最後の日』は、リットン卿が、1833年の秋、イタリアを旅行してベスビアス火山の噴火のために、一夜にして廃墟と化したポンペイ市の遺跡をおとずれ、あちらこちら見物してあるいているうちに、すばらしい想像力をはたらかせて、たちまち一編の物語を頭の中でつくりあげ、そしてネエプルス市に滞在して、ひといきに書き上げた作品であります。」

 

 一夜にして滅んだといわれるポンペイ。伝説上の大陸といわれるムーやアトランティスも一夜にして滅んだと言い伝えられています。最後の瞬間まで、人々は、自らの運命が終わりに近づいていることを知らず、日常通り暮らし、そして突然終わりが来たのです。

 ひるがえって目を現在の日本に転じれば、「人類滅亡の予言」が出回っております。ノストラダムス、エドガー=ケイシー、ファチマの予言、出口王仁三郎、神々の指紋、聖書の暗号などなど……。それら全てが今世紀末から21世紀初頭にかけての人類の危機を警告しています。

 そうでなくても、小惑星の衝突、地軸移動、大地震、オゾン層破壊と地球温暖化、異常気象や食糧危機、エネルギー危機、公害、民族紛争とテロ、経済危機、そして核戦争など心配の種はつきません。

 さらに、アーベエシイズやその手下のような悪人も次から次に現れ、猟奇的な異常な犯罪も後を絶ちません。まさしく「ポンペイ最後の時代」と同じような状況が日本を始め世界各地で起こっているのです。それでも人々は、ポンペイの人々がそうであったように、最後の瞬間まで自らの運命を知ることはできないのです。

 しかしこの物語はまた、たとえ最後の時が来ようとも、最後の瞬間まで正義と理性を失うな、正義は勝つ、と勇気づけてくれます。訳者もこう述べておられます。

 

「とはいえ、いかに妖術や魔術がさかんであろうとも、心正しい者は、ついには最後の勝利を得るということを、この物語もまた、あきらかに教えております。」

「さいわいに、読者諸君が、この物語を読みつつ、正義の血をわきたたせるなら、筆者のよろこびはこのうえもないことです。」

 

 末期的症状にとらわれて世の中が乱れてくると、子どもたちの心もすさんでいくようです。そんな時、人類滅亡の危機がささやかれている現在こそ、『ポンペイ最後の日』の再発見・再評価がなされ、読まれるべきではないでしょうか。

 

1970年、小松左京の『日本沈没』(光文社)。この小説は、地震で沈み行く日本列島をあとに日本人が船で脱出するシーンで終わります。これはいわば『ニッポン最後の日』とでもいうべき小説であります。この本はベストセラーになり、映画もヒットしました。

(注:松竹が企画したと言っていた『日本沈没1999』は、中断したのでしょうか?)

 ところで、物語の最後、グロウカスはアイオンや他の人々とともに白帆をはった小舟でポンペイを脱出します。多分ギリシアかローマへ行くのでしょう。『日本沈没』では日本を脱出した日本人は世界各国に散らばり、同化していくことになります。

自分の住んでいる国が滅びても、どこか他の場所が無事ならば、そこへ逃げていくことができます。しかし、地球そのものが滅亡したならば、どうなるのでしょうか。かけがいのない地球が滅んでしまえば、どこにも逃げるところはないのです。限られた一握りの人々だけが地球を脱出して火星に移住する、という『第三の選択』ではいけないのです。だからこそ我々は地球を守るために、一人一人心がけていかなければならないのです。『ポンペイ最後の日』を読んで、ぜひこんなところにまで思いを馳せてください。

 

……という風に『ポンペイ最後の日』は、「地球最後の日」の危機が迫っている地球上に住んでいる現在の全ての子どもと全ての大人にとって必読書ともいえる重い内容をも含んだ超スペクタクル娯楽小説なのですが、残念ながら現在は絶版になっていて、児童向けの本も一般向けの本も入手できません。だからこそ「B級・マイナー版」として本書で紹介しているわけですが、本書での紹介をきっかけに再発見・再評価されて「A級・メジャー版」への昇格を願います。

 

なお、本書を訳した柴田錬三郎は、『柴錬三国志』『眠狂四郎』などで知られる戦後の大衆娯楽時代小説の大家でありますが、この「偕成社版少年少女世界の名作」シリーズでも何冊か翻訳されておられます。本書の訳文もスピーディーで緊迫感あふれる歯切れいい名調子で、原作のドラマチックな演出を一層引き立てております。偕成社さんにはぜひ柴錬訳の本書の復刊を偕成社文庫あたりでやるよう、リクエストしたいところであります。

1998.9.229.24

 

 なお、当初、この本を復刊ドットコムで復刊リクエストするつもりでしたが、リクエスト直前に調べると、講談社青い鳥文庫から出ており、現在でも入手可能だということが分かりました(講談社は結構あなどれない出版社だ)。

 柴田錬三郎の訳ではありませんが、この名作が現在でも読めた、というのはうれしい。柴錬訳のも文学史上価値あるとは思いますが、今回は復刊アンケートを見合わせることにしました。(6/2

 

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