キレート滴定
5:0.05mol/L エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム液の調整と標定
6:酸化マグネシウムの定量
実験日:2001年6月25日、26日、29日
Shalon Kreutzer
目的
代表的なキレート滴定法を取り上げ、錯体生成平衡の定量分析への応用について認識を深め、錯体生成反応機構に立脚した金属指示薬の選択、滴定条件の決定について理解する。また、日本薬局方収載の医薬品を試料として、キレート滴定法による定量を行い、Ca2+、Mg2+の分別滴定についても理解を深める。
操作・結果
[0.05mol/L EDTA・2Na液の調整]
エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム二水和物(C10H14O8N2Na2・2H2O:372.24)9.3gに水を加えて溶かし500mLとすると、無色透明の溶液となった。これをポリエチレン瓶に保存した。
[0.05mol/L EDTA・2Na液の標定]
表面の酸化被膜を希塩酸で洗って除き、水とアセトンで洗ってから110℃で5分間乾燥したZn(標準試薬、65.37)0.7885gを希塩酸12mL、臭素試液5滴を加えおだやかに加温し溶かし、煮沸して過量の臭素を追い出した後水を加えて正確に200mLにあらかじめ調整してある液を20mL正確に量り、NaOH溶液(1→50)を加えて中性とした。この時加えたNaOHは1滴であり、滴加すると白い沈殿のようなものを生成したがすぐに消失した。これにpH10.7のアンモニア・塩化アンモニウム緩衝液5mL及び紫白色粉末のエリオクロムブラックT・塩化ナトリウム指示薬0.04gを加えた。この溶液の色は紫色透明でアンモニア臭があった。これを調整した0.05mol/L EDTA・2Na液で液の色が青紫色透明になるまで滴定した。この滴定で消費した0.05mol/L EDTA・2Na液は1回目が24.00mL、2回目が23.94mLであった。
[酸化マグネシウムの定量]
まず、白色粉末の試料0.2gを正確に量ったところ、その質量は0.2067gであった。これに水10mL及び希塩酸4mLを加えて溶かし、水を加えて正確に100mLとした。希塩酸を加えて溶かす過程では、最初は白濁したが振り混ぜているとやがて色は消失し、無色透明、無臭となった。この試料はなかなか溶解せず、溶かすのに数分間を要した。この液25mLを正確に量り、水50mL、pH10.7のアンモニア・塩化アンモニウム緩衝液5mL及び紫白色粉末のエリオクロムブラックT・塩化ナトリウム指示薬0.04gを加えた。この液は紫色透明で、アンモニア臭があった。これをファクター既知の0.05mol/L EDTA・2Na液で滴定し、液色が淡青色透明になる点を終点とした。この時消費した0.05mol/L EDTA・2Na液は1回目が24.20mL、2回目も24.20mLであった。
[酸化カルシウム(CaO、56.08)の定量]
まず試料約0.25gを精密に量ったところ、1回目が0.2494g、2回目が0.2516gであった。これに希塩酸6mLを加え、加熱して溶かした。希塩酸を加えるとすぐに溶解して白濁した液となったが、加熱するとすぐに色は消失し、かすかに黄色をおびた透明な溶液となった。この液を冷後、水100mL、酒石酸溶液(1→5)3mL、トリエタノールアミン溶液(3→10)10mL、8mol/L 水酸化カリウム試液10mLを加えた。この時の液は無色透明、無臭であった。この液を5分間放置し、NN指示薬0.1gを加えたところ、青紫色透明となった。これをファクター既知の0.05mol/L EDTA・2Na液で滴定し、液色が青色透明となる点を終点とした。消費した0.05mol/L EDTA・2Na液は1回目が0.35mL、2回目が0.48mLとなった。
結論
まず、0.05mol/L EDTA・2Na液の標定では、標準試薬のZnは0.7885gであり、希塩酸、臭素試液、水を加えて調整された溶液での濃度は
6.031x10−2mol/Lである。これを用いて0.05mol/L EDTA・2Na液のファクターfを求めると、
f=(6.031x10−2x20x1000)/(1000x23.27x0.05)=1.006
となった。
酸化カルシウムの定量では、その含有率(%)は、
1回目:(0.05x1.006x0.35x56.08x100)/(1000x0.2494)=0.40(%)
2回目:(0.05x1.006x0.48x56.08x100)/(1000x0.2516)=0.54(%)
となり、平均して0.47%となった。
また、実験結果より、試料(0.2494+0.2516)/2=0.2505gあたり0.05mol/L EDTA・2Na液を(0.35+0.48)/2=0.42mL消費する。よって、これは酸化マグネシウムの定量での試料0.2067gあたりでは、
(0.2067x0.42)/(4x0.2505)=0.087(mL)
となる。これを用いて試料中の酸化マグネシウムの含量を求めると、
{0.05x1.006x(24.20−0.087)x4x40.30x100}/(1000x0.2067)=95(%)
となった。
考察
今回の滴定はキレート滴定であり、EDTA・2Na液を用いた。NH3などの単座配位子は金属イオンと段階的に錯体を逐次生成する。しかしEDTAなどのアミノポリカルボン酸類は金属イオンと安定なキレート化合物を生成し、特に多座配位子のEDTA、CyDTAなどは金属:多座配位子のモル比が1:1の錯体だけを生成して、当量点において明瞭なpM飛躍が得られる。また、EDTAは相手の金属イオンの電荷に関係なく常に1:1の比で反応し、無色で水溶性のキレートを生成する。今回用いたのは二ナトリウム塩であるが、このEDTAの遊離の酸(H4Y)は水に溶けにくく、また四ナトリウム塩は潮解性がある。よって、今回は比較的安定で扱いやすい二ナトリウム塩が用いられたと考えられる。また、このEDTAはpHにも影響を受け、
Mn++H2Y2−→[MY]n−4+2H+ (pH4〜5領域)
Mn++HY3−→[MY]n−4+H+ (pH7〜9領域)
Mn++Y4−→[MY]n−4 (pH4〜5領域)
の反応が起こる。よって、pH4〜9ではH+が遊離し、
Y4−+ H+→HY3−
HY3−+ H+→H2Y2−
H2Y2−+ H+→H3Y−
H3Y−+ H+→H4Y
などの副反応が起こる。その結果、EDTAの各段階の化学種がそれぞれのモル分率の応じて金属イオンと反応するので、滴定曲線が複雑になる。このような副反応を起こさせないためには、pHを10付近に保つ必要があり、このために今回はpH10.7のアンモニア・塩化アンモニウム緩衝液を加えpHを安定させている。
今回行ったようなキレート滴定で金属イオンを滴定する場合は、その終点指示は金属イオンの濃度変化によって鋭敏に変色する金属指示薬を用いる。この金属指示薬は、指示薬自身の色と金属指示薬キレートの色が異なり、この金属指示薬キレートの安定度が滴定剤−金属キレートよりも小さく、指示薬、金属指示薬キレートがともに水溶性である。今回用いた終点指示薬はエリオクロムブラックT(EBT)であるが、この金属指示薬はフェノール性水酸基2個、スルホン酸基1個を持ち、分子形H3Inで表される。これは水に溶かすとスルホン酸基が電離して赤色のH2In−となる。pH7〜11ではさらに1個の水酸基が電離して青色のHIn2−となり、pH12以上では完全電離型の橙色のIn3−となる。この指示薬を今回の手順のようにpH10付近でZn2+を加えると、
HIn2−+ Zn2+⇔ZnIn−+ H+ ・・・@
となる。このHIn2−は青色、ZnIn−は赤色である。よって、今回滴定前に観察された紫色は、平衡によりこの2種いずれも存在したため、青と赤が混色したものであると考えられる。この状態に、EDTAを加えてゆくと、
Zn2++ Y4−→ZnY2−
となり、[Zn2+]が減少し@の平衡が左に進み、ZnIn−が減少、終点では[Zn2+]が急に減少するためほとんどがHIn2−になるため液色はこの指示薬自身の色である青色、あるいは若干ZnIn−の赤が混じって青紫色になったと考えられる。これはEDTAが金属指示薬キレートからZn2+を奪ったことになる。よって、この反応では滴定のpHにおける指示薬EBTとZn2+の錯生成定数が、EDTAとZn2+の錯生成定数よりも小さいと考えられる。
また、酸化カルシウムの定量ではエリオクロムブラックTではなく、NN指示薬、すなわち2−オキシ−1−(2’オキシ−4’−スルホ−1’−ナフチルアゾ)−3−ナフトエ酸(naphthol azonaphthol)を用いた。この指示薬は色の変化はEBTと同様であるが、適用pHが異なり、EBTがpH7〜11の範囲で用いるのに対し、このNN指示薬はpH12〜13の範囲で用いる。
今回の実習のようなpHでは、この指示薬はIn3−となっており、これがCa2+と
In3−+ Ca2+⇔CaIn−
と反応する。滴定が進んで[Ca2+]が減少し、やがて終点付近で急に[Ca2+]が減少するとこの反応は左に偏るようになる。
酸化カルシウムの定量では、Mg2+をMg(OH)2として沈殿させるため、水酸化カリウムを加えており、pHは大きくなっている。よって。このNN指示薬が用いられたと考えられる。なお、このNN指示薬はCa専用の指示薬である。
酸化マグネシウムの定量では、まず最初に希塩酸を加えたが、これにより
MgO+2HCl→MgCl2+H2O
の反応を起こし、Mg2+を生成、これをEDTAで滴定した。試料中には微量のCaOも含まれており、このときのEDTAの消費量はMg2+に対応する分とCa2+に対応する分の和である。よって、酸化カルシウムの定量を行い、試料中に含まれているCaOを調べ、またこのCa2+に対応する分のEDTAを算出し、補正してより正確にMgOの含量を求めた。Mg2+のEBTとの反応はZnとほぼ同様であり、
HIn2−+ Mg2+⇔MgIn−+ H+ ・・・A
のような反応をする。このMgIn−は赤色であり、青色のHIn2−と混在していたため、滴定では最初の色は紫に見えたと考えられる。また、EDTAもMg2+とはZn2+と同様に反応し、
Mg2++
Y4−→MgY2−
となる。滴定が進み、[Mg2+]が減少するとAの反応は左に進み、赤色のMgIn−がなくなるため液色は青色、または紫色となる。よって、この反応では滴定のpHにおける指示薬EBTとMg2+の錯生成定数が、EDTAとMg2+の錯生成定数よりも小さいと考えられる。なお、MgY2−は無色である。
また、日本薬局方ではMgOの純度試験の1つとして、不純物であるCaOを定量する際には、0.01mol/L EDTAを用いている。
参考文献
・第十三改正 日本薬局方解説書 廣川書店 1996年発行
・薬学生のための分析化学 荒井ら著 高村喜代子編集 廣川書店
平成13年2月25日3刷発行