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TommyおじさんのSF綴れ織り(5) −1997年11月7日−
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AI(人工知能)。 70年代には近未来のコンピュータの姿だった。 80年代には、ほらそこにある技術となった。 (私も一時、Lispプログラマーだったことがある。例の80年 代の人工知能ブームの頃。) そして、現在では家電製品の殆どはチップを搭載し、なかにはA I技術から派生したファジー制御をするものまである。 コンピュータのチップやハードウェアの冪乗的進化は<夢想>を 現実のものとしてきた。しかし、未だにコンピュータはコンピュー タでしかない。一方で、SFの世界では進化したコンピュータは人 工知能として登場する。だが、巨大なスーパーコンピュータと巨大 な知識ベースを駆動する「推論エンジン」という図式は、もはやS F的とはいえないだろう。SF作家たちは、あるときは超越的存在 として「AI」を描き、あるときは現実の技術地平でコンピュータ ネットワークの世界を描こうとする。その様態は、ときには滑稽で すらある。 その隘路を、持ち前の奇抜な発想と息つかせぬストーリー展開で 一気に読ませてくれるのが、本書「ターミナル・エクスペリメント 」である。ロバート・J・ソウヤーといえば、前作「さよならダイ ノサウルス」も随分と奇抜なお話であった。正直に言って、この前 作は大変印象深い作品であったが、とてもセンス・オブ・ワンダー を刺激してくれるものではなかった。ただ、読ませる力のある人だ とは思えたが。本書ではそのストーリーテラーとしての力量と着想 の面白さがマッチして、結構読みごたえのある作品となっていた。 いったい人間の脳全体をスキャンして、まるごとコンピュータの 内部に移植することができるであろうか。私たちには未だに解明さ れていないことの多い<脳>について、何も断定的には言えない。 しかし、私がコンピュータに入門した頃は512KBのメインメモ リー(しかもチップではなく、磁束コイル)のホストコンピュータ でバッチJOBを2系統動かし、なおかつオンラインやスプールも 動かしていた。パソコンが登場し、初期のDOSマシンでもなんと 640KBのメモリーを積んでいた。それが今や数百MB(メガで すぞ!!)のメモリーを搭載するパソコンすらあるのだ。どうして SF作家の着想を笑うことができようか。今では自然認識系の処理 を現実のコンピュータが実現しているのだから。 さて、この作家はひとりの人間の<脳>全体をスキャンしてサイ バースペース上に、そっくりコピーともいえる<仮想人格>を形成 できるとしたうえに、しかもそれが3つの<仮想人格>として複製 され、さらにそのひとつひとつを純粋なオリジナルコピーと、生物 学的な機能を削除したコピーと、さらに「老化や死に対する恐怖と 関心」を取り去ったコピーの3体として生成することができる、と いうお話しをはじめるのだ。どうだ、驚いたかと。しかし、現実に ニューラルネットのうえで実現されるかもしれない、という奇妙な リアリティを読者に与えてもいる。この<夢想>と<現実>の絶妙 な距離感、バランス感覚がこの作品を見事に仕立てているのかも知 れない、とも思う。 この作家の秀でたところは、こうした未だ<実現されていない> ものが獲得するであろうリアリティの確からしさにあるのだが、前 作で見せた荒唐無稽なところも失せてはいない。前述の<脳>をス キャンする技術の延長で、人間の<臨終>の瞬間を記録することが できたとき、<脳>内部で起きている事象、つまりニューロンの発 火(私がはじめて米国製の推論エンジンを学んだとき、やたらとフ ァイアーと言っていたっけ)するさまをトレースすると、あたかも <霊魂>が身体から遊離するかのような現象を発見するというくだ りである。この辺りは、ちょっと「おいおい」と言いたくなるね。 まあ、ストーリー上はこの布石がないと<仮想人格>であるシムた ちの行き場がなくなるので、多少目を瞑ってもいい。 この作家の小粋なところは、次のようなくだりではないだろうか と思う。それは、人間がチンパンジーを同属として認め(しかも国 連で決議する、ときたもんだ)、ヒト属は孤立したホモ・サピエン スだけではなくなり、ホモ・トログロダイト(普通のチンパンジー )とホモ・パニスカス(ピグミーチンパンジー)という仲間ができ る、というくだりである。思わずにやっと笑ってしまった。 あらためて、新作Starplex,Frameshitの両作品 に期待したい。 |