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◆人間塾のページの構成
[1]教育を考える
[2]人の生き方、人との交わり
[3]心ゆたかに、思いやりを育む


[1]教育を考える


●目 次(contents)
1)登校拒否(不登校)は病気ではない 
2)幼児虐待と子どものしつけ 
3)キレること
4)「不登校」と「登校拒否」の違いは?
5)惑い、悩むこと 

◎登校拒否(不登校)は病気ではない


雑感・随想および「心ゆたかな教育;君が必要なんだ!」より転載  

 登校拒否(不登校)児童が増えています。
 十数年前は、「登校拒否」の言葉がよく使われましたが、いつの頃からか「不登校」
という言葉に変わってきました。私は、現在のような知識の詰め込みを中心とした教育を
する学校ならば、「登校拒否」の方が適していると考えています。
積極的に学校へ行かないことの方が、子どもにプラスになると思います。
ここでは、敢えて「登校拒否」の言葉を使います。

 現在の日本の学校は、政府・文部省によってがんじがらめに縛られた制度に問題があるのです。
児童のことを真剣に考え、悩み苦しんでいる教師がいることは、承知しています。
多くの教師が現状に疑問をもっていると思います。
発言できない職員会議、雑用の多さから児童と一緒に過ごす機会が少ない、などの問題があるでしょう。

 しかし、現在の制度でもトップである校長が変われば学校が変わるのです。
子どもたちは、すき好んで「登校拒否」したり、「荒れている」わけではないのです。
心から話せる相手がいない、不満をぶつける相手がいないのです。
どんな子どもも素晴らしい可能性を秘めています。
親や教師である大人が、特に親が子どもを見捨てたらお終いなのです。
嘘やごまかしをしなければ、子どもは心を開いてくれると思います。

 まず、最も基本的な点を明らかにしておく必要があります。
「登校拒否」は病気ではありません。
おそらく、多くの親および教師の方々は、子どもが「登校拒否」になりますと、
病院の精神・神経科へ行くことを考えるかと思います。
これは、正しくありません。
理由は、「登校拒否」は病気ではないからです。
もし、精神・神経科へ通い続ければ、本当に精神的な病気にさせられて
しまうかもわかりません。

ではカウンセラーへ行くことはどうでしょうか?
「『登校拒否』は病気ではない」との考えを
もっているカウンセラーの場合には有効な場合があります。
そのようなカウンセラーでも、親が覚悟を決めていなければ効果は現れません。

「登校拒否」は、病気でなければなんでしょうか?
心が怪我をしている(傷を負っている)のです。
腕の骨を折った場合、傷口を広げたり、腕を使ったりしますか?
そんなことをする人は、一人もいませんね。
それは、誰が見ても「骨折」と分るからですね。
しかし、残念ながら「心の傷」は、他人(第三者)には目にみえません。
ここに、「登校拒否」を誤解する原因があるのです。
周りの人々は、子どもが悲鳴をあげても、傷を負っていると認識しないのです。

「登校拒否」に対処する最良の方法は、静かに遠くから子どもを見守ることなのです。
学校の教師は(地位が高ければ高い程?)、学校へ出てくることを強くいいます。
多くの親はそれに負けて(親自身も教師と同様に考えている場合が多い)、子どもの「心の傷」を深くします。

 最も良い対処の仕方は、親が覚悟を決めなければ実行できません。
どのような覚悟かといいますと、
「私の子どもは、学校へ行かなくてもいいのだ」という強い覚悟と、子どもを信頼することです。
徹底的に信頼することです。
 「登校拒否」の子どもに、親や教師が接する上で重要なことは、
「学校へ行く」あるいは「学校」と言う言葉を出さないことです。
学校と言う言葉はださないけれど、「勉強」と言う言葉は使って構いません。
何故なら、人間は一生勉強の連続ですから。学校だけが勉強ではありません。

 本来学校は人間性を、人間の長所、特技・特徴を見つけ、磨くところです。
これもダメ、あれもダメ、では人間が畏縮してしまいます。
自信の持てない、夢のない、展望の持てない人間になってしまいます。
子ども(子どもだけではないですね)は、ほめなければいけません。
褒められることで自信を持ちます。
悪いことをした場合には、「愛情をもった叱り」が必要です。
現在の学校は、日本社会は、「褒めること」と「愛情をもった叱り」
が行われていないのです。これでは人間は育ちません。

このように接していきますと、必ず子どもの「心の傷」は癒されるはずです。
傷が深ければ深いほど、時間はかかります。しかし、必ず回復します。

 多くの方々が、小学校、中学校は義務教育だから学校へ行かないと卒業できない、と考えています。
義務教育の「親の義務」とは、学校へ行きたい子どもを行かせないことが、罰せられると言うものです。
登校拒否の場合は話が逆なのです。
学校の状況が悪いから子どもが「学校へ行くのは嫌だ」と言っているのです。
学校が変われば、楽しい学校になれば、子どもは「行くな」といっても行くようになるのです。
行きたくない所へ行かせる必要はないのです。

進級、卒業も親の意志に左右されます。最終決定権は、校長にあると思います。
しかし、親が進級させて欲しい、と言えば、校長は進級させる必要があり、
留年させる権限はないと思います。

高校の場合には、義務教育ではありませんから、話が違ってきます。
しかし、学校で教わる学力は、それほど社会では役立たない、ということでは共通しています。

今年の「青年の主張」では、何人かの高校生が、学力一辺倒の教育に強い批判を投げていました。
学力による子どもの「輪切り」が続くかぎり、「荒れる学校」は改まらないでしょう。
いわゆる「学力的に最低」、と言われる高校でも、トップが、校長が変われば子ども達も変わります。
何故なら、子ども達は無限の力を秘めているからです。
親、教師、社会がどれだけ学力一辺倒の考えを改められるかにかかっています。
「荒れる学校」も「登校拒否」も基本的に(根本は)同じなのです。
学力でなく、人間性を取り戻すことが大事なのです。

 親は子どもの学力を気にします。
しかし、社会生活する上で、学校の授業で教わったことが役立つのは、
「読み、書き、そろばん」だけといっても過言ではありません。
これ以外のことは、殆どすべて、親の躾けと社会の躾け、社会常識なのです。
家庭と社会から勉強するものです。
学校へ行かなくても恐いことは何もないのです。
安心して「登校拒否」を続けてください。

しかし、社会生活する上で必要な事柄の勉強だけは続けてください。
「心の傷」が癒えたら、再度学校へ行くなり、職につくなりしてください。
これが「登校拒否」に対する最善の対処方法だと思います。

御意見、御感想がありましたら、是非およせください。
(Jan. 16, 1998)

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◎幼児虐待と子どものしつけ


 最近、親による子ども(幼児)虐待が増加しています。
虐待による死亡も報告されています。
新聞、テレビなどの報道によれば極めて些細なことで子どもを死に追いやっています。
「冷蔵庫の物を無断で食べた。」、
「幼児が泣き止まなかった。」、
あるいは「言うことを聞かなかった。」などです。

 何故このような些細なことで子どもを死にいたらしめるほどの物理的行為(虐待・折檻せっかん)を行うのでしょうか。
親の言い分を聞きますと、殆どが「子どものしつけである。」と言っています。
親が死に追いやるほどの虐待・折檻を「子どものしつけ」と考えているところに大きな問題があります。
これは、親が精神的に成熟していないことと親の無知がそのような行為を「しつけ」と誤解しているのです。
 現在の若い親達(二十代から中には四十代前半の世代まで)は、「共通一次試験」(センター試験)が実施されて、
試験が◯×あるいは選択式試験が主流となり、受験競争が激化し、ランク付けされた世代です。
学校で教える内容も入試に直結したものを暗記することに力を注ぎ、詩、文学、絵画、音楽を味わって、
喜怒哀楽の感情を表したり、抑えたりすることを放棄しました。
当の親は家庭の手伝いを免除する代わりに、成績が上がることを強要し家族の団らんもなくなりました。
そんな状態で育った人間が親になった場合、今度は子育て競争が始まるのです。
若い親は、子育てマニュアルに沿って子どもを育て、そうして「母子手帖」の成長曲線に乗らなかったり、
這ったり、歩いたり、話すことが遅れるとあせります。
さらに、子育てマニュアルを金科玉条のごとく信じてしまい、子どもが言うことをきかないと
「しつけ」という折檻せっかん、虐待が起こるのです。
 子どもは生き物であり、幼児と言えども一人ひとり個性があります。
マニュアル通り行かないのが当然、と考えることが必要なのです。
しかし、学生時代の偏差値の高い低いに関係なく、若い親達は子どもの対応で「キレ」てしまうのです。
「キレ」は、人間の理性が働かない状態(詳しくは拙著「心ゆたかな教育」参照)で、
理性的でない人ほど「キレ」やすくなっています。
それは、一人の人間として親の脳が十分に発達していないからなのです。
生活の智恵・知識不足、間違った情報を鵜呑みにする習慣、自ら調べない習慣が、これに拍車をかけてしまいます。子どもを諭すだけの知識を持ち合わせていないのです。
正当に子どもを叱れない(諭せない)から暴力・虐待になってしまうのです。
他方では、子どもを叱れないで逆に子どもから叱られる親もでています。
これらは何れも親の未成熟、智恵・知識不足に由来しています。
 早急に若い親と高齢者の交流によって、高齢者からの知恵を授かる場が必要です。
事態は深刻です。
(「心ゆたかな教育:君が必要なんだ!」より転載)


その他、「心豊かな教育」に興味のある方は、
拙著 「心ゆたかな教育:君が必要なんだ!」(中野昌俊著;生物資源研究所出版)
をお読みください(定価1200円)。

大見出し:第1章 学校教育はどうなっているか
     第2章 家庭教育はどうなっているか
     第3章 若者社会はどうなっているか
     第4章 社会生活に民主主義を
     第5章 脳の発達と教育・学習
     第6章 子どもの未来

本書は、書店では手に入りにくいと思います。

御希望の方は直接出版社へFAX(052-323-5477)でお問合せください。
あるいは下記私宛にお問合せくださった場合には、。
本代1200円 + 送料300円で送らせていただきます。
Mail to: sodmn@geocities.co.jp

 ◎キレること
雑感・随想および「心ゆたかな教育;君が必要なんだ!」より転載  (一部追加)

 先日(1998年1月)、中学1年生が校内で教師を刺殺したことで、
子どもたちの「キレる」ことが、問題となっています。

子どもたちが、「キレやすくなっている」ことは確かでしょう。
では、何故このようになったのでしょうか?

 子どもたちが、「キレやすくなっている」大きな要因は、次の点にあると思います。
  1. 受験勉強一辺倒で家庭教育がなされていないこと
  2. 学校教育が受験勉強一辺倒になっていること
  3. 複合的なものとして、ストレスが過大になっていること
「キレやすい人間」は、大人でも少なからずいます。
「キレやすい」か「キレにくい」かは、人間の理性がどれだけ働くかにかかっています。
人間は、誕生直後は、脳の発達(脳の神経伝達系の発達)は不十分です。
人間は未熟な状態の脳で誕生してきます。
サル、チンパンジーなどの霊長類の脳は、他の動物と比較して大脳特に前頭葉が著しく発達しています。
その中で、人の脳は、前頭葉がさらに一段と発達しているのです。
人の脳は、本能行動をつかさどる脳の中心部分の脳(爬虫類の脳とも言われる:脳幹部)とその部分を包み込むように発達している膨大な量の大脳皮質から成り立っています。
大脳の中でも特に前頭葉と呼ばれている脳の前の部分は、知性・理性、総合的な判断力に関わっています。脳の働きは、読書・学習による新たな情報入手 、生活に根ざした 経験、それらの情報を使った人との会話、をすることで脳の情報伝達機能、判断機能が発達します。
熟や学校での受験勉強、親兄弟との会話もなく自分の部屋に閉じこもって 自分の好きな事をするだけでは、脳は十分な発達をしないのです。
脳の形は大きくなっても脳細胞が発達していない人間とは言えない人間になり、すぐに「キレる」人間となってしまうのです。

家庭で、学校で、社会で人間生活をする中で、人と話したり、学んだり、泣いたり、笑ったり、怒ったりして 人と人とのつながりの重要性を学び、「行なっていいこと」、「悪いこと」を学びます。
この「行なっていいこと」、「悪いこと」は、「他人に迷惑をかけないこと」、「相手を思いやる気持ち」につながり、
「理性」として働きます。

 幼児は、ほぼ本能的な行動が多く、あまり理性は働きません。
欲しいものが手に入らないと、「ダダ」をこねます。
これは、「キレ」なのです。
幼児の「キレ」は、「泣き叫んだり」、「ひっくり返ったり」、「引っ掻いたり」、「噛みつき」で終わります。
幼児のこの「ダダをこねる」ことに親が妥協すると、「ダダをこねればよい。」あるいは「泣けばよい」と幼児は学習し、次回から「ダダをこねる」、「泣きおどし」が増すことになります。
そうして、年齢が増し、体力がつき、いろんな知識が増してくると、
「キレ」たときの行動が、エスカレートするのです。  その結果、10代あるいは大人の「キレ」は、人を殺す行為となってしまうのです。
イギリスでは、小学生が幼児を殺す事件が起きています。
凶悪犯罪の低年齢化です。

 大人の「キレ」は、車に関わった事件、あるいはやくざ・暴力団の抗争事件などがあります。
これらは、「理性で自分の行動を制御できないこと」に由来しています。
「理性」を養うには、子どもの頃からの家庭教育、「しつけ」と学校教育、社会教育が
非常に重要なウェイトを占めています。
学力一辺倒の受験用の詰め込み教育でなく、人間教育が必要なのです。

 子どもの頃に、欲しいものを「がまん」すること、「いいこと」と「悪いこと」の判断力を学ぶことは、 重要な意味を持ちます。
幼児期、小児期に欲しいものを与え続けて、ある年齢になって、
学業成績を含めて、手に入らなくなる、自分の自由にならなくなる、親や教師から追い立てられることは、
子どもにとっては、強いストレスになります。
その上、学業成績などで、親や教師からさらにストレスをかけられますと、
心の「イライラ」は一段と強くなり、「キレ」の直前状態になっています。
そこへ、(たとえ些細なことでも)一つの要因が加わりますと、「キレ」るのです。

「キレる」心をなくすには、親子の対話、人との対話が重要な意味を持ちます。
 親子の会話がなく、詰め込みの受験勉強をするためだけに、自分の部屋を持つことは、
親子の会話が一段と少なくなり、子どもの自分勝手な判断を助長することもあり、
人間教育には大きなマイナスとなります。
子供の部屋にカギをつけることは、もってのほかです。

親子の会話で「世代の断絶」を埋め、少なくすることができるでしょう。
現在の日本では、これらの人間教育、倫理教育が非常に弱くなってきています。
家庭、学校、社会が、本当の人間教育をしないと、子どもによる事件はさらに増加し続けるでしょう。
親子の会話、生徒と教師の会話が重要な意味を持ちます。

文部省による強い管理教育、詰め込みの受験教育をやめにして、
早急に本来の人間教育を取り戻すことが必要です。
(Jan. 31, 1998)、(追加訂正;Sep. 14, 2000)

◎「不登校」と「登校拒否」の違いは?


以前は、「登校拒否」の言葉を使っていましたが、いつの頃からか「不登校」の言葉を使うようになってきました。
「不登校」と「登校拒否」はどう違うのでしょうか?
まず、「不登校」は、学校へ行かない児童・生徒です。この中には、ずる休み・怠けで学校へ行かない児童・生徒も含まれます。
次に「登校拒否」は、学校へ行きたくても 脳からの拒否司令がでて学校へ行けない児童・生徒のことです。 ですから、「登校拒否」と「不登校」は、厳密には異なった現象を、つまり 学校へ行きたくない・行かない児童・生徒と学校へ行きたくても行けない児童・生徒を一つにまとめていることになります。
登校していない児童・生徒ということで、現象的には同じでも中身は大きく違いますから、その対応も異なってきます。
しかし、最近は児童・生徒へのストレスが余りにも強くなっていますので、「登校拒否」と「不登校」の区別は付きにくい場合があるのです。
「登校拒否」児童・生徒は、頭痛、腹痛、吐き気、自律神経異常、精神不安などの病的症状がでますから、親は病気だと勘違いして病院、時には精神科へつれて行きます。
病院へ連れて行きますと脳からの司令による病的症状がでていますから、医師は病気と診断し、さらに精神科へ連れて行けば自律神経異常、不安症状もでていますから、精神異常と診断されることがあるのです。
このようになりますと、本来「心の傷」であった「登校拒否」が、精神異常にされ、時には悲惨な状況が起きる事もでてしまうのです。
親は子供の状況がわからずオロオロし、子供は親がわかってくれないと、さらにイライラして親への八つ当たり、あるいは過大な要求をしてしまうのです。
「登校拒否」であれ、「不登校」であれ、親が子供を徹底的に信頼、理解した場合には、子供のイライラは必ずおさまるものです。
親が子供を理解・信頼するには、親は見栄とメンツを捨てる必要があります。
親がそれ(見栄とメンツ)を捨てて、「いい高校・大学への入学」、「いい企業への就職」、あるいは「親の地位・身分」から吹っ切れて子供と穏やかに話すようになった場合に、子供の荒れ、「登校拒否」がおさまるのです。

子供は、現在の世の中で何をしていいかわからないで悩んでいます。
子供は、自分にどんな才能・能力があるかわからないでいます。(親も教師も子供の能力をわかっていないが・・・)
親と子供が一緒になって、子供自身の能力・才能を見つける「見つけ旅」をすることが必要です。
そうした場合に、「登校拒否」、「不登校」がおさまるのです。 子供の心の中で、完全に吹っ切れた場合には、「登校拒否」、「不登校」が二度とでることはありません。< 「登校拒否」、「不登校」のぶり返しが起きるのは、親あるいは子供の中で完全に吹っ切れていないからなのです。
(Sep. 14, 2000)


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