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◆人間塾のページの構成
 [1b]「どんぐりネット」最近の活動
[1]教育を考える
[2]人の生き方、人との交わり(論語の解説)
[3]心ゆたかに、思いやりを育む

[3]人の生き方、人との交わり


●目 次(contents)
 (1)日常生活から学び、己の言動を反省する
 (2)上に立つ者
 (3)人から信頼されるには?
 (4)正義を貫く
 (5)智をつけ、己を高める
 (6)惑い、悩むこと


◎日常生活から学び、己の言動を反省し高める(「下学上達」)


★人間性を高める
人の日常生活の中に人間性を高めるのに必要な事柄がすべてあると言ってよい。
論語の中に次の言葉がある。(述而第七)

3人いて事を行なえば己の先生となる人が必ずいる。
もし、3人の中で己より優れた人がいたならば、その優れた人の行いを取り入れる。
また、己より劣った人がいたならば、劣った人の行動を見て反省して、己はそのような行動をしないようにする。

徳川家康の言葉に「己を責めて人を責めるな。」というのがある。
この言葉は論語の中にある(衛霊公第十五、顔淵十二)。
すなわち、その一つは
 ・子曰く、躬(み)自(みず)から厚くして、薄(うす)く人を責(せ)むれば、則(すなわ)ち怨(うら)みに
  遠(とお)ざかる。(衛霊公第十五)
   解釈:先生がいわれた、「われとわが身に深く責めて、人を責めるのをゆるくしていけば、
     怨みごと(怨うらんだり怨まれたり)から離れるものだ。」
「己を責めて人を責めるな。」の言葉は簡単に覚えられる。しかし、この言葉を実行するのは難しい。
人は、己がかわいいから、己を責めずにすぐに人を責めてしまう。
何かうまくいかないと、人のせいにしたり、自然(風、雨など)のせいにする。
つい知らず知らずのうちに、人を責めてしまう。
己の言動を反省し、他人の良いことを取り入れることで、人間性は高まって行くものである。
そんな風に生きたいものだ。
(4/7/2000)(6/14/2000, 訂正)

★自負心
論語の中に
「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」
という言葉がある。(公冶長第五)
この言葉は、「老人たちの心を安らかにしたい、友だちとは信義をもって交わりたい、年少者には親しまれたい。」と訳すことができる。
この言葉は、自分自身にとらわれ、他人と自分自身を比較して相手を見下し、自身の成した事を誇り、
自負心の強い者にとっては、なんとつまらない言葉と写るかもしれない。
しかし、世の中には「老者と朋友(同輩)と年少者」がいるだけなのである。
「老者と朋友と年少者」のことだけを考えて、自分にとらわれることなくただ成すべき事を成せばよい。

しかし現実は、ついそのことを忘れて、自分のことを考え、成し遂げた事を誇り、人を見下してしまう。
そうして、自分自身の言葉、行動に対して、相手の顔をうかがい、評価して(高く買って)くれると喜び、「自分をどう見ているか」不安になるのである。
「老者と朋友と年少者」のことだけを考えて行うならば、自分の言葉、行動を評価されるとか、されないとか、いうことは二の次である。

しかし、頭で分っているつもりでも、実際の行動としては、
「老者と朋友と年少者」のことだけを考えて、ただ成すべき事を成せない、のである。
現実の社会は、地位を得、欲を満足させるために他人を蹴落とし、且つ他人を脅(おど)したりだましたりして金・物をまきあげている。
脅しだますことを業とする者も少なからずいる。

「老者と朋友と年少者」のことだけを考えて、
自分中心におちいることなく、ただ成すべき事を成したいものだ。
「次郎物語」の中に次の和歌(うた)がある。
   我をわが 忘るる間なし 道行けば
        ガラス戸ごとに 我が姿見ゆ
 つい、「俺が俺が」と己がでてしまう。
  (4/20/2000) (6/13/2000; 改訂)

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◎上に立つ者

論語の中に次のような言葉があります。

 或る時、孔子の弟子の有若(ゆうじゃく)が仕えている国が飢饉(ききん)となり、飢饉で年貢(ねんぐ)が少なくなって君主の生活が厳しくなった。
(顔淵第十二) 君主哀公(あいこう)が「凶作で費用が足りないがどうしようか。」と有若に聞いた。
有若は、「ならば現在の年貢20%を10%にしては如何でしょうか。」と答えた。
哀公は「20%でも足りないのに何故10%にするのか。」と。
有若は答えて言った、「税を軽くして民が十分になれば、殿様はだれと貧しくなるのでしょうか。
逆に、重税で民が苦しく足りないというならば、殿様は誰と一緒に富み充分となるのでしょうか。」

君と民とは一体であり、民あっての主君である。
民が貧しければ、君(主君)が一人富む事はできないのである。
かの有名な上杉鷹山は、「民の貧しきは君(王)の貧しきなり、民の富めるは君(王)の富めるなり。」と
儒学の教えに基づき、これを実践した。

現在の日本の政治家あるいは上に立つ者は、哀公のような考えで政治をしている者が大部分である。
上杉鷹山、儒学(孔子)の教えとは大きな違いがある。
(4/7/2000)(6/13/2000; 改訂)

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人から信頼されるには



 社会生活の中で「信<シン>」がすべての事柄の根本です。
「信」とは、心と言葉、言葉と行いが一致することで、嘘<ウソ>をつかない「徳」です。
「信<シン>」=「信義」は、社会において己<オノレ>(自分自身)と人とをつなげるもので、
「信」がなければ己<オノレ>は人から信頼を得られず、世の中で生活できなくなってしまうのです。
人からの信頼を得るには、自身は真心をもって人に接し、相手を思いやり、言動に裏と表がなく、傲慢さと見栄をなくし、正義を貫くことです。
こんなに沢山のことはできないとお考えの方は、
「自身の真心と人への思いやりを持ち、正義を貫く」ことです。

 人が事を行う場合、終りを考え始めを慎しむべきなのです。
孔子は言う。
「最初に実行できるかどうかをよく考えて道理に近づくように約束すれば、あとで後悔することもない。
恭<ウヤウヤ>しさは、傲慢<ゴウマン>とか卑屈<ヒクツ> とかいうことを考えて、
礼節<レイセツ>に近づくようにしておけば、辱<ハズカシ>めを受ける事はない。
人に頼るには、まずその人物をみて(よく観察して)、親しむべき人を得るならば、その人を尊んで
自分の手本とするがよい。(論語、学而第一)

多くの人は、目先の欲にとらわれて、終りを考える事ができない。
また、今の世は信(=信義)がおろそかになっており、義(=正義)も失われていることが多い。
「信」と「義」は、今の社会で最も必要とされ、求められている。
(4/13/2000)

正義を貫く


孔子の教えの中で、「正義」は重要な位置を占めている。
次の言葉にあるように、君子は正義を第一とする。
もし上に立つ者が勇敢であっても正義がなければ、ただ単なる乱暴となってしまう。
現在の日本の多くの上に立つ者は、「義」に欠ける。

 ・子路(しろ)が曰く、君子(くんし)勇を尚(とうと)ぶか。子曰く、君子義(ぎ)以って上(かみ)と為す。
  君子(くんし)勇ありて義(ぎ)なければ乱(らん)を為(な)す。小人(しょうじん)勇ありて義(ぎ)なければ
  盗(とう)を為す。(陽貨第十七)
   解釈:子路がいった、「君子は勇を貴びますか。」先生はいわれた、「君子は正義を第一にする。
    上(かみ)に立つ者が勇敢であっても正義がないなら乱(らん)を起こすし、
    小人の者が勇敢であっても正義がないなら盗みをはたらく。」

 ・子曰く、君子は義(ぎ)に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利(り)に喩(さと)る。(里仁第四)
   解釈:先生がいわれた、「君子は正義に明るく、小人は利益に明るい。」

上の論語の言葉より明らかになることは、現在日本の政治、社会を動かしている人たちは、
彼らの多くの人たちは、己の利の為に働き、
「勇敢であっても正義がないなら盗みを働く」人たち、に属し、
徳を積んでいない「小人」の部類に入ってしまう。
徳を積んで正義を貫いて欲しいものだ。
(June 14, 2000)

智をつけ、己を高める


社会生活の中で、己を高めるにはどうしたらいいのだろうか?
孔子は言う。
 ・子曰く、君子(くんし)、博(ひろ)く文を学びて、これを約するに礼を以ってせば、
  亦た以って畔(そむ)かざるべきか。(雍也第六)
  解釈:先生がいわれた、「君子はひろく書物を読んで、それを礼の実践でひきしめて行くなら、
    道にそむかないでおれるだろうね。」

 ・樊遅、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して遠ざく、知と謂(い)うべし。
  仁を問う。曰く、仁者(じんしゃ)は難(かたき)を先にして獲(う)るを後にす、仁と謂う。(雍也第六)
   解釈:樊遅が智のことをおたずねすると、先生は言われた、
      「人としての正しい道をはげみ、神霊には大切にしながらも遠ざかっている、
       それが智といえることだ。」 仁のことをお尋ねするといわれた、
      「仁の人は難事を先にして利益は後のことにする、それが仁といえることだ。」

 ・曾子曰く、能をもって不能に問い、多きを以て寡(すく)なきに問い、有れども無きがごとく、
  実つれども虚(むな)しきがごとく、犯(おか)されても校(こう)せず。
  昔者(むかし)、吾が友、かって斯(こ)こに従事せり。(泰伯第八)
   解釈:曾子がいわれた、「才能が有るのに無いものにたずね、豊であるのに乏しい者にたずね、
    あっても無いように、充実していてもからっぽのようにして、害されてもしかえしをしない、
    昔、わたしの友だち(顔回)は、そういうことにつとめたものだ。」

人は、知恵をつけることの必要性を説いている。
今の世は、受験勉強だけで、生きるための知恵をつけることがおろそかになっている。
その結果が、最近の十代の子どもたちの「大事件」となっている。
ここには、親の智恵のなさも影響している。
今の世は、子どもから大人まで再度人間として生きるための教育が必要である。

人は、困ったこと、難事(なんじ)が起こると助けを鬼神(きしん)に求める者が多い。
これは極めて不知者(ふちしゃ;知恵の劣るもの)の行ないである。
知識、智恵を増し、人として為すべきことを行なって難事を乗り切きることがよいのに、
それを忘れた行ないである。鬼神を尊敬することと鬼神にすがることとは異なっている。
鬼神は敬って遠ざけるが最もよい。
すぐに損得を考えたり、鬼神を信ずる余り迷ったりしやすい人は、
自分のこととして考え、特に注意が必要である。

「犯されても校(こう)せず」は、他人から理由無しに犯されても(非難されたり、攻撃されても)
それと張り合って争わない(抵抗しない、しかえしをしない)というのは難かしいことだ。
また、能力があるのにないものに尋ねたり、あるのにないように、
さらに充実していてもからっぽのように行うというのは、難しい。
これは、寛大、謙虚な気持ち、心がなければできない。
   (6/15/2000)

◎惑い、悩むこと


人は、必ずと言っていいほど悩みます。
孔子は言う。
 ・樊遅(はんち)従いて舞雫(ぶう)の下(もと)に遊ぶ。曰く、敢えて徳を崇(たか)くして慝(あ)しきを脩め
     惑いを弁ぜんことを問う。子曰く、善いかな、問うこと。事を先にして得ることを後にするは、
  徳を崇くするに非ずや。其の悪を攻めて人の悪を攻むること無きは、慝(あ)しきを脩むるに非ずや。
  一朝(いっちょう)の忿(いかり)に其の身を忘れて以って其の親(しん)に及ぼすは、惑いに非あらずや。
(顔淵第十二)
   解釈:樊遅がおともをして雨乞あまごいに舞う台のあたりで遊んだときにいった、
    「恐れ入りますが、徳をたかめ邪悪(よこしま)をのぞき、迷いをはっきりさせることについて
    お尋ねします。」先生はいわた、「立派だね、その質問は。
    仕事を先にして利益を後回しにするのが、徳をたかめることじゃなかろうか*。
    自分の悪い点を責めて他人の悪い点は責めないのが、邪悪を除くことじゃなかろうか。
    一時の怒りに我が身を忘れたうえ、近親まで巻まき添ぞえにするのは、迷いじゃなかろうか。」

 ・子張(しちょう)、徳を崇くし惑いを弁ぜんことを問う。
  子曰く、忠信(ちゅうしん)を主として義ぎに徒(うつ)るは、徳を崇くするなり。
  これを愛しては其の生をし、これを悪(にく)みては其の死を欲す。
  既にその生を欲(ほっ)して、又た其の死を欲(ほっ)するは、是れ惑いなり。(顔淵第十二)
    解釈:子張が徳をたかめ迷いをはっきりすることについておたずねした。
       先生はいわれた、「誠の徳である忠(ちゅう)と信(しん)とを第一にして
       正義へと移ってゆくのが、徳をたかめることだ。
       愛すれば生きていて欲しいと思い、憎にくめば死んだらよいと思うのは普通の人情だが、
       さきには生きていて欲しいと思いながら、また死んだらよいと思う、それこそ迷いだ。」

人の最大の惑いは、愛憎(あいぞう)の念によって心が眩(くら)むことで起きる。
すなわち、人を愛せばいつまでも生きていて欲しいと願い、逆に憎めば早く死ねばよいと願う。
さらに、もうひとつの大きな惑いは、一時の激怒(げきど)による我れを忘れた行動によって、
己および親族・近親者の一生を台無しにすることである。

人が惑い、悩む時は、愛憎の念と次のような時に起きる一時の怒りであろう。
 ・何か事を成そうとして、あるいは得ようとして出来ない時
 ・自分にないもの(物、金 、身体的なものを含む)を求める時
 ・人から認められない時
 ・親族、身内に不幸が重なる時
 ・真実を隠した時
このような時に、誰かからの一言で我を忘れた行動を起こしてしまう。

惑いの克服は、「忠信」の徳を積んで正義へと向い、「私が、私が」と己を出さずにありのままを受け入れることである。


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