環境破壊と殺人ウイルスの恐怖

 かって、オウム真理教ではサリンなどの毒ガス以外に細菌やウイルスなどの生物殺人兵器の製造も考えていたと伝えられ、エボラウイルスにも関心があったと聞きました。目に見えないものだけに全く恐ろしい話です。この“エボラウイルス”というのはまさに吸血鬼タイプとも言われ、勝負が早いのが特徴で、感染から10日もすると出血死に至ると言われているのです。

 ウイルスというのは病原体になるという悪玉以外に、最近のバイオ技術開発にも欠かせない善玉として役に立つ面もあるのですが、今回は悪玉の最たるものである殺人ウイルスをめぐっての話をご紹介してみたいと思います。

<エボラの登場>

 1976年、アフリカのザイールのエボラ川流域の小さな村で、1週間ほどの短い間に出血熱による死者が次々と出たのです。これを「エボラ出血熱」と言います。

 3日から10日の潜伏期間を経て発症すると、高熱が出て頭痛、喉の痛みが現れ、しだいに胸や筋肉も痛み、激しい下痢を起こします。その後、皮膚や臓器、つまり胃や腎臓、肺、肝臓、脳など、骨と骨格筋を除いた体内の至るところから血液が流れだし、臓器がどろどろに溶かされてしまうと言うのです。致死性は極めて高く、50%から90%の死亡率と言われています。

<エボラウイルス>

 この病気はウイルスによることが確かめられ、このエボラウイルスは電子顕微鏡で見ると、紐のような形をしていて「フィロ(ひも状)ウイルス」とも言われます。このウイルスが普通、どんな動物の体内にいるのか、つまり自然宿主はまだ分かっていませんが、人同士では感染者の血液や排泄物から皮膚や粘膜を通じて感染します。 

 医学関連の研究機関ではさまざまな病原体を扱う場合に、危険度に応じてレベル1から4までの分類がありますが、このウイルスは最も危険で最も厳密な取り扱いを要する「レベル4」に指定されているのです。

<エボラの再登場>

 ごく最近、つまり、発見から19年ぶりの1995年に、ザイール中部のキクウィト周辺の地域でこの出血熱が大発生したのです。感染者はキクウィトを中心に周辺のバンドゥンドゥ州内の7町村で見つかり、地元民のほか、地元の医師、看護婦など病院関係者に加えて、看病に当たった家族からも死者が出て、医療援助に携わったイタリア人修道女も死亡したといいます。

 治療法もなく、感染すると死亡率も高いことから周辺住民はパニックに陥り、数千人が首都に向かい逃げ出したといいます。ザイール政府は軍を動員し、幹線道路を封鎖したので脱出者の行き先がなくなり、大混乱になったそうです。これに対して国際医療チームは冷静に対応、住民の啓蒙活動に重点をおき、発症例の早期発見を呼びかけ、見つかると気密服に身を包んだ担当者が患者を隔離、さらに火葬の習慣のない同国で、棺への接近を遺族に禁ずるなど、ウイルスの徹底封じ込めを図りました。政府も専門家の忠告で封鎖を解除して患者の隔離に全力を注いだといいます。

 世界保健機構(WHO)などの支援も加わって患者の隔離策が推進され、死者300人近くを出しながら今回は何とか制圧したようです。このウイルスは体内に侵入するとわずか2日間で百万倍に増殖するほど感染力が強く。潜伏期間が短いだけ患者の把握や隔離がしやすく、制圧が可能であったようです。

<発症の経過>

 血管は細胞に栄養や酸素を与え、炭酸ガスを排出するために体中のすみずみまで回っていて、体の中のハイウエイとなっています。血管というのは無数のブロックとブロックを寄せ合わせて、その隙間をセメントでつなぎ合わせているような構造になっています。その血管組織のつなぎ目で、セメントに相当するコラーゲン繊維でこのウイルスは増殖し、血管の内皮細胞を食い破ります。つまり、血管を作っている細胞のつなぎ目部分が食い破られてばらばらになり、血管内の赤血球、白血球、リンパ球などのすべてが、ざあーと流れ出してしまうのです。

 このウイルスの自然宿主は何であるかはまだよく分かっていないようです。人間でないことだけは明らかですが、そのウイルスが何かのきっかけで人間に踏み込むと危険な殺人ウイルスとなるわけです。似たような出血熱を起こさせる他のウイルスについては宿主の正体が判明しているものもあります。例えば、韓国のハンタという村で見つかった「ハンタウイルス」というのは腎臓からの出血で腎臓を溶かす腎出血熱を起こしますが、その宿主はネズミと言われています。

<多発する出血熱ウイルス>

 1960年代まで日本で恐れられていた「梅田熱」がこのハンタウイルスと同じものだったというのはあまり知られていないようです。大坂・梅田の闇市で、ネズミが持っていたこのウイルスに人間が感染し、119人が発病したのです。その後、全国の大学医学部付属病院でも同じような死亡事故が起きました。研究用のネズミの持つウイルス感染が原因でした。そのため、研究用の貴重なネズミ数千匹を安楽死させたということもあったようです。

 60年代以降は、とくに出血熱ウイルスを中心に新しいウイルスが次々と発見されました。それらはまとめて「エマージング(新参)ウイルス」と呼ばれ、いずれも「レベル4」の恐ろしい殺人ウイルスたちでした。

 マールブルグ病を起こす「マールブルグウイルス」は67年に当時の西ドイツのマールブルグ市の実験動物施設で発見され、ポリオワクチンを作るために輸入されたミドリザルの腎臓を扱っていた職員らが高熱から、嘔吐や出血傾向を示して腎不全で多数がなくなりました。

 1976年、アフリカ・ナイジェリアのラッサ村で見つかったラッサ熱はマストミスというネズミが持っている「ラッサウイルス」によるもので、飛沫感染や皮膚の傷口から感染し、高熱、下痢、腹痛などが生じエボラ出血熱のような全身性の出血を起こします。高い致死性を示し、欧米にも持ち込まれ国際問題になりました。

 この他、デング出血熱ウイルス、マチュポウイルス、キリミア・コンゴ出血熱ウイルス、ブラジル出血熱ウイルス、新型黄熱ウイルスなどとエマージングウイルスは後を絶ちません。とくに4大出血熱ウイルスとしてのエボラ、マールブルグ、ラッサと並ぶコンゴ出血熱はウイルスの宿主として家畜が疑われていて、アフリカからユーラシア大陸へ、そして中国西部にまで広がり、いずれわが国へも侵入の危険性が高いと言われています。

 新しい話では1993年から95年にかけて、アメリカのロッキー山脈のあるニューメキシコ州やアリゾナ州にハンタウイルスによく似た新型のウイルスが現れ、ニューハンタウイルスと呼ばれています。これは腎臓ではなく、肺から出血し、50人の命が奪われたと言います。宿主はシカネズミで感染経路ははっきりしていないようです。

<ネズミはウイルスの宝庫>

 哺乳類の中で地球上で一番繁栄しているのがネズミですが、世界中のほとんどのネズミがハンタウイルスを持っていると言われています。このウイルスはネズミにとっては危険性が低いのですが、ひとたび人間にうつると出血熱を起こして死に至らしめるのです。ネズミと同居して暮らしている人間にとっては、絶えず出血熱の危険性と背中合わせであると言えます。現に1948年から94年までハンタウイルスによる事故報告はずっと続いており、死者延人数はエボラよりも多いようです。

 エボラが全身に広がるのに対してハンタは腎臓を溶かすのが特徴です。致死率は宿主から人間に最初に入った時ほど高く、怖いものですが、人間から人間に感染していくにしたがって毒性は次第に消えていきます。

<環境破壊とウイルス>

 エボラはアフリカで出現しましたが、出血熱はアメリカ、ブラジル、中南米などで出ており、今後どこにでも顔を出す可能性があると言われています。

 その背景としては環境破壊による地球温暖化現象による影響が大きいのです。熱帯地方がだんだんと亜熱帯地方にまで及んでくると、それまで熱帯地方だけに局在していた動植物が、未知のウイルスとともに広がることが予想されます。人間が未踏の地に入り込んで環境破壊をしていくたびに、新しいウイルスとの接触も増えていくというものです。

 フレボウイルスという分類に入る仲間のウイルスの主な隠れ家となっているのが蝿や蚊と言われます。蚊によって伝播されるリフト渓谷熱は家畜のみならず人間にとっても恐ろしい出血熱で、1930年代に出現しました。このウイルスが猛威をふるうきっかけとなったのは、農地の拡大に伴う水不足の解決、あるいは、市の中心部から郊外に向かって伸びる住宅地への水の需要に応えるために始まったダムの開発ではないかと言われています。東アフリカ、ケニアのリフト渓谷のあたりで、まるで人間の悪性インフルエンザにかかったような初期症状を見せて、ヒツジ、ヤギ、ウシたちが苦しみ出しました。それで終われば問題はなかったのですが、病原体は血液を介して他の臓器へと波及し、それらの細胞をボロボロにしてしまったのです。ヒツジでは死亡率が90%を超えたと言いますから、エボラも顔負けの凶暴さでした。この奇病が発生したのは、その近辺でダム開発の大がかりな工事が始まった1930年代に入ってからと言います。蚊を使った伝播実験などからその正体が明らかになり、このウイルスは人にも取りつき、重症例では肝臓が破壊されて出血し、網膜炎で目をやられ、髄膜炎にかかって死んでいくこと分かりました。とくに1977ー78年にナイル川沿いに発生したこの出血熱には20万人のエジプト人が感染し、600人が死んだと 言います。このときのリフト渓谷熱ウイルスは1970年から始まったアスワンダムの建設によって出現したという説が有力なのです。

 私達にとってウイルスが恐ろしいのは、それを抹殺できる特効薬がないということです。数少ない成功例は天然痘ウイルスに対してだけです。生命がある限り、ウイルスは存在し、戦い合い、滅ぼし、滅ぼされ、共存、共生し合っていくのです。あらゆる生物はウイルスとかかわり合い、切っても切れない関係にあります。

 エボラの出現は私達人間を恐怖に陥れましたが、ウイルスの世界からすれば、ほんの少しウイルスの怖さを見せただけなのかも知れません。人間の病原体となるウイルスは百種類以上確認されていますが。この数もさらに増えていくことでしょう。

 しかし、突然に新しいウイルスが出現したわけではなく、極端な話、古くからひっそりと生きてきたウイルスの生態系に、人間の方から侵入した結果に過ぎず、原因は人間の側にあるのです。急速に地球環境を変えている人類にとって、未知のウイルスに遭遇する可能性はますます高くなっているのです。
 ウイルスこそは環境破壊をする私達に対する警告灯なのかも知れません。

<21世紀に向けての無気味なウイルスの胎動>

 インフルエンザを研究している研究者の間では、今、寄るとさわると今後やって来る新型インフルエンザウイルスの話で持ち切りだそうです。その第一は1918年に世界中で2,400万人以上の死者を出したスペイン風邪の子孫がブタの体の中で武装強化をしているので はないかという話。 第二には1958年に中国南部に発生して世界中に広がり、嵐のように吹き荒れ、10年後に波が引くように静かに去っていったあのアジア風邪の再来ではないかという話。第三には、直接トリの世界からやってくる予想もつかない新型ウイルスの恐怖だと言います。どんなタイプのウイルスがいつやって来るのかの正確な予測は不可能ですが、ともかく、死亡率の高い強力な新型インフルエンザが世界中を襲う日はそう遠くないというのです。

 人間に取りつくインフルエンザウイルスのルーツはアヒルやカモなどのトリたちだと言います。このウイルスはトリには何の被害も与えないで共存しているのです。トリから人間への仲介役を果たすのがブタです。ブタの細胞にはすでに人間から侵入してきたインフルエンザウイルスがいて、トリから乗り移って来たウイルスと交雑し、雑種強勢で、世界規模で流行するようなパワフルな新型に生まれかわるというのです。このインフルエンザの故郷は中国南部の広範な地域、つまりアヒルとブタと人間が日常的に高度な接触を保って生活しているような場所だと言われています。

 インフルエンザウイルスはオルソミクソウイルスのファミリーに属し、A型、B型、C型に分類されていますが、人間や動物で大流行する風邪はほとんでA型だと言います。A型はさらに抗原タンパク質の種類で細かく分類され、スペイン風邪はH1N1型、アジア風邪はH2N2型、香港風邪はH3H2型と言われます。インフルエンザウイルスの最大の武器は、何と言っても空気伝染によるその伝播スピードの速さです。数カ月で世界中を一周してしまうのです。

 1988年にヨーロッパの海岸でアザラシの大量死事件がありましたが、それに先立つ1979年冬にもアメリカの東部海岸で同様のアザラシの地獄絵が展開されていました。 その原因はトリの世界から送り込まれたA型インフルエンザウイルスと推定され、H7N7型と同定されました。このウイルスこそ、哺乳動物の世界に本格的に挑戦してきた最初のトリインフルエンザウイルスでした。それはトリからブタを通してヒトへという経路ではなく、直接、トリから哺乳動物である人間へ感染する可能性も示唆するものでした。

 最近、人間の脳を狙って、さまざまな神経障害、早発性の痴呆症、人格の消失していく精神障害などを引き起こすウイルスがクローズアップされています。ボルナウイルスというものです。1992年に神経病患者の中からこのウイルスが発見されました。それは脳の中に侵入し、ゆっくりと神経細胞を破壊しながら神経病へ、記憶の喪失へと追いやるのです。これはもともと、ヒツジやウマの脳に潜んでいたウイルスだと言います。どういう経路で人間に伝播したのかは今のところ不明です。

 出血熱のエボラウイルスは血液や体液を介さなければ感染しないと言われていますが、実際は熱帯雨林や洞窟に入っただけでエボラやマールブルグに取りつかれた人達がいるという事実から、どうしても空気伝染ルートも考えざるを得ないのです。昆虫や小動物によって排泄された病原体、あるいは患者から流れ出した血液が乾燥して舞い上がり、それを鼻や口から吸い込むという可能性も否定できないのです。

 エボラはほんの前触れに過ぎないのです。今やスーパーウイルスとも呼ぶべき新しいウイルスは、植物、昆虫、小動物たちの間に居を構え、あらゆるルートを介して人間体内に侵入するチャンスを狙っていると言うのです。

 目次に戻る