近田春夫と私

ある意味。
表面的に。
意味としちゃそういう事。

情報募集中!【掲示板泌沖】


〈近田春夫のオールナイトニッポン〉25周年記念    
期間限定BBS
【オール・アバウト・近田春夫】終了











act0:予告

まず、こっち先に読んどいてください。

【タモリ音源】1980年の項目より『星くず兄弟の伝説』解説
【今週の課題図書】1998年4月24日号『ダディ』の巻
【今週の課題図書】1998年5月5日号『考えるヒット』の巻
【今月の芸人BOOK】1995年6月号『VIBE RHYME』の巻
【さらにそれからの神州愚鈍城】『気分は歌謡曲』について









act1:近田文書(調査中)

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★著書
1979 気分は歌謡曲(インターソング/雄山閣出版) #1998 定本 気分は歌謡曲(文藝春秋)
1994 演奏しよう! バンドっておもしろい(ポプラ社:音楽が好きだ!(3))
1994 VIBE RHYME((有)アイ・セクション)川勝正幸 編
1998 考えるヒット(文藝春秋) #2000(文春文庫)
1999 考えるヒット2(文藝春秋) #2001(文春文庫)
2000 考えるヒット3(文藝春秋) #2002(文春文庫)
2001 その意味は 考えるヒット4(文藝春秋) #2003(文春文庫)
2002 大きくふたつに分けるとすれば 考えるヒット5(文藝春秋)
2003 いいのかこれで 考えるヒット6(文藝春秋)
2008 僕の読書感想文(国書刊行会)
2009 俺は最低な奴さ(白夜書房)内田裕也/インタビュアー:近田春夫



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★原案
1985 星くず兄弟の伝説(講談社X文庫)北吉洋一【映画ストーリーブック】
1985 フィルムストーリィブック 星くず兄弟の伝説(小学館)
【映画フィルムストーリー】


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★共著/アンソロジー
1979 死者のカタログ ミュージシャンの死とその時代(ニューミュージック・マガジン社:ニューミュージック・マガジン2月増刊号)
「マーク・ボラン〈ロンドンから生まれた「電気の武者」〉」※『気分は歌謡曲』『定本 気分は歌謡曲』収録「ロンドン特製! 電気武者」

1979 EVERYBODY'S CHOICE TOP100 ALUBUMS Vol.2 これが最高!日本編(クイックフォックス社)
アンケート回答「ロックベスト10」

1980 遊 [組本3] へ組【糞! あるいはユートピア】(工作舎)

1981 青春音楽グラフィティ ★タイガースからYMOまで(集英社コバルト文庫)名田貴好・橋倉正信 編

1982 ヘンタイよいこ新聞(PARCO出版)糸井重里 責任編集

1983 ロッカーズ1983 アンダーグラウンドからメジャーまで日本のロッカー300バンド全カタログ(JICC出版局:宝島1月臨時増刊号)鳥井賀句 編
1984 ザ・ロッカーズ 日本ロック・バンド完全辞典 最新版(JICC出版局:宝島7月臨時増刊号)鳥井賀句 編


1984 書下ろし 大コラム(新潮社:小説新潮臨時増刊'84 SUMMER)
アンケート回答コラム「産婦人科の医者」

1985 勉強堂((株)流行通信:Studio Voice 別冊'85)
談話「当世大物考 ビートたけし・江川卓・矢沢永吉 ─大物ってつらいもんだよ、きっと─」

1987 ドロボー歌謡曲 盗作ヒット曲リスト公表!!(データハウス)日本歌謡曲倫理委員会 編

1987 フリーター(リクルート出版)フロム・エー編集部 編

1988 ぼはなん(新書館)ぼはなんプロダクショイ 編(代表:手塚真)
自筆4コマ漫画(無題)

1988 百人力新発売 新しい「知」を担う百人一論 ネオ・インテリジェンス宣言(NESCO/文藝春秋)F・B・I (Feel and Bank of Intelligence)
「オレ、もう自分でも何やってんのかよくわかんねぇんだ」

1992 スーパーコラム VOL.2 カルトTV(ソニー・マガジンズ)
佐川秀文によるライブレポート「"東京" を冷ややかに見つめるニューヨーク ──ビブラストーン、苦闘の旅──」
1992 小泉今日子無責任編集 裏小泉(ワニブックス)川勝正幸 企画・構成・編集

1992 MINNA 1985─1991(マガジンハウス)八木康夫

1993 CLUB CULTURE A to Z(銀河出版)ディスコ研究会

1994 鈴木いづみ 1949〜1986(文遊社)西村珠美 編集
談話「「明るい絶望感」への過程」

1994 猿のこだわり(ビクターブックス)渡辺祐
1995 J・POPS CDで聴く名盤・名曲716(日本文芸社)田家秀樹・前田祥丈


1995 ブリティッシュ・ロック Vol.2(株式会社ミュージック・マガジン:レコード・コレクターズ増刊)
T-REX論「ボランの自然な不自然さ、ふしぎさ、新しさ」

1995 男と女とSEXと… 愛の言葉・性の名言 著名人のことばに学ぶ「愛」のかたち(ハローケイエンターテインメント/ワニ文庫)福地有美 編
対談【初出:週刊実話1995年2月9日号】抜粋

1996 東京ヒップホップ・ガイド(太田出版:¥800本(6))藤田正 ほか
1996 J-ROCK ベスト123 1968─1996(講談社文庫)篠原章


1996 スペシャル・エディション パート(3) 1977─1979(株式会社ミュージック・マガジン:ミュージック・マガジン11月増刊号)中村とうよう 責任編集
「サザン・オールスターズを中心に最近の音楽界を見てみれば…」【初出:ニューミュージック・マガジン1978年10月号】※『気分は歌謡曲』『定本 気分は歌謡曲』収録「何かの間違いで! サザンオールスターズ」
遠藤賢司との対談「電撃VSワッショイ 東京あれこれ気の向くまま 近田春夫・遠藤賢司 はとバス対談」【初出:ニューミュージック・マガジン1979年3月号】※『気分は歌謡曲』収録
コラム「ニュース/近田春夫プロモーション攻勢」【初出:ニューミュージック・マガジン1978年3月号】
コラム「ニュース/近田春夫の新グループ、BEEF」【初出:ニューミュージック・マガジン1979年10月号】


1997 オルタカルチャー日本版(メディアワークス:オルタブックス)

1998 たまゆら(マガジンハウス)神藏美子
女装写真「未亡人の決意」+インタビュー【初出:週刊宝石1998年「宝石女装館 WHO'S WHO」】

1998 電子音楽イン・ジャパン 1955〜1981(アスキー/アスペクト)田中雄二 #2001 ELECTRONIC MUSIC IN JAPAN(アスペクト)

1998 日本の論点 '99 生き残るために(文藝春秋:文春ムック)文藝春秋 編
「論点77●Jポップは変わるか/「ないと寂しい」程度のJポップ──変革のカギは「筒美京平」以前にあり」
「データファイル77●「Jポップ」とは何者か──その過去と未来を知るための基礎知識」

1999 ロック・クロニクル・ジャパン Vol.1 1968〜1980(音楽出版社:CDジャーナルムック)
1999 21世紀のロック(青弓社:寺子屋ブックス05)陣野俊史 編著
1999 ロック・クロニクル・ジャパン Vol.2 1981〜1999(音楽出版社:CDジャーナルムック)
2000 テクノ歌謡マニアクス(ブルース・インターアクションズ)コイデヒロカズ 編
2000 歌姫2001(太田出版)松本亀吉
2001 サブカルチャー世界遺産(扶桑社:SPA!BOOKS)サブカルチャー世界遺産選定委員会 編
2001 ポップ中毒者の手記2(その後の約5年分)(DAI-X出版)川勝正幸
2002 Jポップの日本語 ─歌詞論─(彩流社)見崎鉄


2003 THE SWIMMING BOOK(マガジンハウス)Tarzan 特別編集
「近田春夫の考えるフィット 水泳が作り上げた52歳の肉体!!」【初出:Tarzan2002年4月24日号(No.371)「水泳が作り上げた51歳の肉体!!」/構成:鈴木一朗】
(文中引用:「自分のためにわたしが繰り返し読む三冊」【初出:週刊文春2002年1月3日&10日合併号「文春図書館」】抜粋)
「近田春夫の考えるフィット 肉体盆栽という名の水泳による体型作り。」【初出:Tarzan2002年4月24日号(No.371)/構成:鈴木一朗】
2004 椎名林檎 VS Jポップ(河出書房新社)阿部嘉昭

2007 YMO GLOBAL YMOから広がるディスク・ガイド(シンコーミュージック)田山三樹 監修
インタビュー「"歌謡曲って、いずれは全部こういうもんになっちゃうんだろうなー" って思ったのを憶えている」
2008 「テクノ歌謡」ディスクガイド(扶桑社)ユービック「テクノ歌謡」研究チーム
掟ポルシェ。との対談


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★ゲスト対談/インタビュー
1980 テクノ・ボーイ(双葉社)
鈴木慶一との対談
1982 都市の彩・都市の音(冬樹社)相倉久人

1984 金魂巻 現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造(主婦の友社)渡辺和博とタラコプロダクション #1988(ちくま文庫)
「ミュージシャン」(取材協力)

1985 ニューウェイブ世代のゴジラ宣言(JICC出版局)宝島編集部 編
井上誠との対談
1989 ヌードなオニオン(河出書房新社)サエキけんぞう
「ロックは「祭」を呑めるか?」【初出:ミュージック・マガジン1983年1月号】より、インタビュー「都市における祝祭空間」
1989 銀星倶楽部(11)/テクノ・ポップ(ペヨトル工房)
鈴木慶一・あがた森魚との鼎談「テクノ・ドラッグの快感中枢」
1990 日本ロック大系 1957─1979 (下)(白夜書房)月刊「オンステージ」編集部 編
川勝正幸によるインタビュー
1991 ポップス イン ジャパン(新潮社:03増刊)萩原健太 編 #1992 ポップス イン ジャパン "ロック" を超えるミュージシャンたち(新潮文庫)萩原健太
インタビュー(無題)【初出:03 1990年2月号「MUSICIAN'S PORTRAIT」】
1992 けっこう凄い人(新潮文庫)泉麻人
インタビュー「第三京浜の逃亡者」【初出:小説新潮1985年5月号】
1993 パチパチ読本。 No.12(ソニー・マガジンズ)
「異色大物対談 前川清VS近田春夫」【構成:小野島大】
1993 ぴあミュージック・コレクション(2) Pia Club Complex(ぴあ:pia mooks)
米原康正によるインタビュー(無題)
コラム「Record selectioN:17」
1993 きれいな歌に会いにゆく(大栄出版)長谷川博一
インタビュー「レッツ・グルーヴ・アゲイン 絶望的な状況をユーモアに置き換える 表現の一番大きなポイントはそこなんだ」
1996 ポップ中毒者の手記(約10年分)(大栄出版)川勝正幸
インタビュー「都市生活者の不安を描いた日本語のラップが凄く身につまされるのに、腰がくいくい動くのはなぜだろう」
『VIBRATION+STONE』アルバム評「ベスト盤が似合わないバンド」
1997 Jラップ以前 〜ヒップホップ・カルチャーはこうして生まれた〜(TOKYO FM 出版)後藤明夫 編
インタビュー(証言構成)
歌詞採録「NASU-KYURI」
    「Masscommunication Breakdown」

1997 このCDを聴け! 買って絶対損はない洋楽CD638枚(宝島社:別冊宝島342)
REE・Kによるインタビュー「ヤバクて先が見えないから、サイケデリック・トランスはハマる」
1998 対談集 男のヒットパレード(文遊社:鈴木いづみコレクション(8))鈴木いづみ
インタビュー「鈴木いづみの蘇る勤労感謝感激:近田春夫 ハーフ&ハーフ」【初出:ウイークエンド・スーパー1980年10月号】
1998 歌謡ポップス・クロニクル 素晴らしき歌謡曲に愛をこめて(アスペクト:特集アスペクト39)
川勝正幸によるインタビュー(with 井上孝之)「歌謡曲へのラヴ&ヘイト78/98」
1998 TALKING LOFT VOL.1(マトリックス/ソフトバンク:SOFTBANK MOOK)
サエキけんぞうとの公開対談「考える近田春夫」【LOFT/PLUS ONE開催〈サエキけんぞうのコアトーク Vol.26〉1998年1月30日より収録】
1999 よいこの広告 テレビCMが10倍面白くなる本!(宝島社:別冊宝島430)
岡田睦子によるインタビュー「純粋"CM音楽"批判」
2000 秋元康大全 97%(エイティーワン・エンタテインメント/スイッチ・パブリッシング)
秋元康との対談「理想の追求の果て」※『その意味は 考えるヒット4』収録
2000 じゃがたら(河出書房新社)陣野俊史
インタビュー「言葉は打楽器だった 近田春夫インタビュー」
2000 いきなりハッピー(文藝春秋)石川三千花 #2003(文春文庫)
対談「ズビズバトーク・ 近田春夫さんの巻」【初出:CREA2000年3月号「石川三千花のズビズバで行こう!」第11回】
2001 ヲノサトルの甘い作曲講座 すぐに使える珠玉のアイディア(リットーミュージック)ヲノサトル
対談「特録 甘い対談」
2001 批評の事情 不良のための論壇案内(原書房)永江朗 #2004(ちくま文庫)
「近田春夫 見立てが命!」
(関連インタビュー「メディア異人列伝」【噂の眞相1998年7月号】)
2001 PANTA 暴走対談(コアマガジン:BURST10月増刊号)
PANTAとの対談「暴走対談[第二十二回] パンタ VS 近田春夫」【初出:BURST1999年9月号/構成:豊城智子】
#2003 一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」(文藝春秋)坪内祐三 #2006(文春文庫)
「暴走対談」(一部引用)
2003 無差別級 ナンシー関対論集(河出書房新社)ナンシー関
対談「紅白歌合戦大改革試案」【初出:週刊文春1998年1月1日&8日合併号】※文藝春秋→文春文庫『考えるヒット』収録
2003 ナンシー関大全(文藝春秋)ナンシー関
対談「「紅白」革命! 今年もまかせなさい」【初出:週刊文春1998年12月31日&1999年1月7日合併号】
2005 メディア異人列伝 1993→2004(晶文社)永江朗
インタビュー【初出:噂の眞相1998年7月号「メディア異人列伝」】
2005 CDは株券ではない(ぴあ)菊地成孔
対談「CDは株券になるか? 対談・近田春夫」
2007 阿久悠 命の詩 「月刊you」とその時代(講談社)阿久悠
山川静夫・阿久悠との鼎談「これが史上最強の「紅白歌合戦」!」【初出:週刊文春2000年1月】※文藝春秋→文春文庫『考えるヒット3』収録
2008 ジャップ・ロック・サンプラー 戦後、日本人がどのようにして独自の音楽を模索してきたか(白夜書房)ジュリアン・コープ/奥田祐士 訳
マーティ・フリードマンとの対談「日本版特別解説対談/近田春夫VSマーティ・フリードマン」

2009 ヤンキー文化論序説(河出書房新社)五十嵐太郎 編著
インタビュー/近田春夫


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★特別寄稿・解説
1976 俺はロッキンローラー(講談社)内田裕也 #2009(廣済堂文庫ヒューマン・セレクト)
コメント(無題)

1978 BOMB バム これっきりの創刊号 特集・郷ひろみ(ペップ出版)
郷ひろみ論「想像を絶する精巧なつくりものだ!」
「近田春夫のヒロミ20選」
1979 雨あがり・ミーとケイ(ペップ出版)ピンク・レディー
ピンク・レディー全シングル評「ペッパー警部」〜「ミラクル伝説・ジパング」※『気分は歌謡曲』収録「ミーとケイはやっぱり歌謡界のホームラン王です」

1979 おしゃれ女のノート 楽しいファッションの冒険(じゃこめてい出版)近田まりこ


1983 天虫花(CBSソニー出版)式貴士
式貴士『カンタン刑』書評【初出:スポーツニッポン1979年7月15日号】抜粋


1986 熱狂!GS図鑑(徳間書店)黒沢進
コラム「あの袋小路さがたまらない」

1988 This is サエキングダム(白夜書房)サエキけんぞう
「サエキけんぞう賛江」


1995 ウメカニズム 楳図かずお大解剖(小学館)楳図かずお 登石もめ 編
欄外コメント

1999 まことちゃん (2)(小学館文庫)楳図かずお
解説「そんな人には見えない」

1999 駅弁の丸かじり(文春文庫)東海林さだお
解説「フェラーリの似合う男」

1999 地の果てのダンス(メディアワークス/角川書店)清野栄一
アンケート回答「voices from the dance floor」

1999 東海林さだお自選 なんたって「ショージ君」 東海林さだお入門(文藝春秋)東海林さだお #2003(文春文庫)
「フェラーリの似合う男」【初出:文春文庫『駅弁の丸かじり』】

2007 マグレと都市伝説 間暮警部の事件簿(小学館文庫)鯨統一郎
解説(無題)
#2009 マグレと紅白歌合戦 間暮警部の事件簿(小学館文庫)鯨統一郎
解説(無題)/亀和田武(『マグレと都市伝説』解説より一部引用)

2007 歌謡曲の時代 歌もよう人もよう(新潮文庫)阿久悠
解説

2009 1980年代のポップ・イラストレーション(アスペクト)小田島等
特別寄稿/近田春夫



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★番組本
1977 伊東四朗・小松政夫の笑って!笑って!60分(KKベストセラーズ:ワニの豆本)田村隆 編
1978 ビバ・キャンディーズ(ペップ出版)オールナイトニッポン+キャンディーズ 編著
1978 写真集 ムー一族(レオ企画)TBS映画社 編 真島誠一 撮影
1979 マトモジンVSインベーダー(サンケイ出版)ニッポン放送+UFO軍団
1980 伊東四朗・小松政夫の笑って!笑って!! 60分 PART2(KKベストセラーズ:ワニの豆本)田村隆 編



1992 FM802 MUSIC GUMBO FRIDAY 君だけにラジヲ(浪漫新社/SSコミュニケーションズ)森田恭子

インタビュー(無題)【FM802〈MUSIC GUMBO FRIDAY〉1991年7月12日放送】
1994 浅草橋ダイナマイト日記(白夜書房)浅草キッド
1995 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.1(幻冬舎)小室哲哉 #1997 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.1(幻冬舎文庫)
1995 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.2(幻冬舎)小室哲哉 #1997 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.2(幻冬舎文庫)
1996 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.3(幻冬舎)小室哲哉 #1997 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.3(幻冬舎文庫)
1996 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.4(幻冬舎)小室哲哉 #1997 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.4(幻冬舎文庫)
1996 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.5 THE FINAL(幻冬舎)小室哲哉 #1997 With t 小室哲哉音楽対論 VOL.4(幻冬舎文庫)
1997 SMAP MIND 中居正広音楽対談 VOL.1(幻冬舎)MUSIC CLAMP 編
1997 SMAP MIND 中居正広音楽対談 VOL.2(幻冬舎)MUSIC CLAMP 編
1997 SMAP MIND 中居正広音楽対談 VOL.3(幻冬舎)MUSIC CLAMP 編
1997 SMAP MIND 中居正広音楽対談 VOL.4(幻冬舎)MUSIC CLAMP 編
1997 オールナイトニッポン大百科(主婦の友社)ニッポン放送 監修 オールナイトニッポン友の会 編



2001 鈴木慶一&キタキマユのグレイトフル・カフェ(株式会社ミュージック・マガジン:レコード・コレクターズ11月増刊号)

鈴木慶一・キタキマユとの鼎談【BS朝日〈GREAT+FULL〉2001年7月16日放送】



2005 NHK わかる国語 読み書きのツボ 表現力がぐんぐんあがる!(MCプレス:MC mook)飯間浩明 監修 大野晋 番組監修



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★映画原作
1978?〜 フリテンくん(1)(2)(3)(4)〜(竹書房:バンブーコミックス)植田まさし
【初出:近代麻雀連載】【初出:近代麻雀オリジナル連載】【初出:ギャンブルパンチ連載】
1979 カリフォルニア物語(1)(小学館:フラワーコミックス)吉田秋生 #1995 きつねのよめいり(小学館文庫) #2000 吉田秋生コレクション 悪魔と姫ぎみ(小学館:My First BIG)
「悪魔と姫ぎみ」【初出:別冊少女コミック1977年11月増刊号】収録
1980 刑事珍道中(角川文庫)鎌田敏夫
2003 嫌われ松子の一生(幻冬舎)山田宗樹 #2003(幻冬舎スタンダード) #2004 嫌われ松子の一生(上)(下)(幻冬舎文庫)
2005 ララピポ(幻冬舎)奥田英朗 #2008(幻冬舎文庫)


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★関連書籍
*泥沼になるので、やめました。
鈴木いづみ『恋のサイケデリック!』と
小林信彦『地獄の観光船』(『コラムは踊る』)『笑学百科』『時代観察者の冒険』&「素晴らしい日本文化」と
『三国一の幸せ者』だけ読んでおけば、何とかなるっす。
[近田まりこ]のファッション本も、無理に読まなくていいっす。










act2:近田音源(調査中)

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★SINGLE
1975「FUNKY ダッコNo.1/MORE FUNKY ダッコNo.1」ハルヲフォン(キング)
FUNKY ダッコNo.1(石原信一/近田春夫/ハルヲフォン ナレーション:サム)
MORE FUNKY ダッコNo.1(/近田春夫/ハルヲフォン)
 #1990.07.21 オムニバスCD『渡邊祐の発掘王〜FUJIYAMA FUNKY編』(キング)に「FUNKY ダッコNo.1」収録
 #1999.04.25 オムニバスCD『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』(キング/P-VINE)に「FUNKY ダッコNo.1」「MORE FUNKY ダッコNo.1」収録
 #2001.11.25 オムニバスCD『ディスコ歌謡コレクション*キング編 ディスコお富さん』(キング/P-VINE)に「FUNKY ダッコNo.1」収録
幻のデビューシングル。タカラの{ダッコちゃん}とタイアップした?新手のダンスのリズム、ファンキー・バンプ《ダッコ》(おそらく捏造)をフィーチャーした、企画物。ディスコの箱バン時代からハルヲフォンに参加していた、黒人とのハーフの女性・2名がボーカルを務めていた。B面はインストゥルメンタル・バージョン。
2004年4月、『カモン・レッツゴー』『ハルヲフォンレコード』『電撃的東京』の再発売に加えて新譜ベスト盤『考えるベスト』の、全部で4枚の近田春夫CDアルバムが(キング)から同時発売されたが、この4枚すべての購入者に対するサービス特典として、「FUNKY ダッコNo.1/MORE FUNKY ダッコNo.1」の非売品CDシングルが製作された。CD4枚それぞれのオビに応募券が印刷されていて、その応募券を4枚とも切り取って郵送すると、もれなくCDシングルがプレゼントされるのである。届いたのは同年6月ごろであった。CDシングルの表面には、黒いドーナツ盤を模した印刷があり、小さいCDシングルに合わせた縮小サイズながらジャケットのスリーブ、穴の開いた中袋まで忠実に再現されている、ファン垂涎の限定品である。

1976「シンデレラ/レインコート」近田春夫&ハルヲフォン(キング)
もともと「シンデレラ」は1975年、クールス(キング)に提供された作品。歌詞の一部を変更し、ハルヲフォンの正式なデビュー曲としてリリースされた。TBSテレビ〈ぎんざNOW!〉が懐かしい。(ちなみに余談ですが、まあ奇しくも、ウルフルズの「借金大王」を歌っていると[貸した金返せよ、カワイ子ちゃん、踊りに行こうよヘヘイヘイ…]と、途中で「シンデレラ」になってしまうのはオレだけだろうか?)この時期、近田はハルヲフォンと並行してファミリーバンド【谷啓とスーパーマーケット】にも参加、ピアノを弾いていた。このバンドとしてはTBSテレビ〈笑って!笑って!60分〉にレギュラー出演。ここで同じバンドメンバーだったのが後に〈オールナイトニッポン〉金曜第1部パーソナリティを一緒に務めることになる女性、コッペ。
1976「恋のT.P.O./プラスチック・ムーン」近田春夫&ハルヲフォン(キング)
 #1999.04.25 オムニバスCD『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』(キング/P-VINE)に「恋のT.P.O.」「プラスチック・ムーン」収録
 #2002 オムニバスBOXセットCD『J-ロックの細道〜日本ロックの軌跡 70年代名盤セレクション』(ポニーキャニオン)に「恋のT.P.O.」収録
シングル「恋のT.P.O.」は『電撃的東京』収録のバージョンとはアレンジが違う。このシングル・バージョンは、近田のアルバムとしてはベスト盤『Time,Place&Occasion』(未CD化)にしか収められていない。(1999年発売のオムニバスCD『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』で初CD化)この曲リリースから2年後の1979年4月、植木等をゲストに迎えた笑福亭鶴光の〈オールナイトニッポン〉特番に近田も出演し(その日の様子は『鶴光の新かやくごはん第5集』[1981・ワニの豆本] にも描かれている)バラード曲から一転して曲調がアップテンポに変わる「恋のT.P.O.」の構成は「ハイそれまでョ」から"パクりました"と、植木に向かって告白している。植木の返事は"そういう人真似みたいなことばかり考えてると売れないんだ。売れなかっただろ? そうだろうな"という手厳しい言葉だった。(ちなみに同時に出演していた所ジョージも、植木の前で自信の新曲「いい加減にしろよ」を歌ったが、"トイレに紙がないとか、そういう下品な笑いを入れるのは良くない"と、やはりオヨビでない評価だった。植木イズムを最も強く継承する…と自負する所のほうが、よりショックであったのだろう。その時は。)B面の「プラスチック・ムーン」も『ハルヲフォン・レコード』収録の同曲とはアレンジが違い、このバージョンも『Time,Place&Occasion』のみに収録。(同じく『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』で初CD化)
「プラスチック・ムーン」は1982?年、近田プロデュースのピンナップス(ビクター/インヴィテーション)がアルバム『抱きしめて!!』で、「プラスティック・ムーン」としてカバーしている。
1977.08「ロキシーの夜」近田春夫/「闇にジャックナイフ」近田春夫&ハルヲフォン(キング)
ロキシーの夜(島武実/筒美京平/小田健一郎)
闇にジャックナイフ(島武実/筒美京平/佐孝康夫)
 #1999.04.25 オムニバスCD『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』(キング/P-VINE)に「ロキシーの夜」「闇にジャックナイフ」収録
「ロキシーの夜」は、〈オールナイトニッポン〉火曜第2部パーソナリティを皮切りに、バンドから離れた単独活動をスタートさせた近田の、初ソロシングル。作詞:島武実(なぜかシングル盤のレーベル上では、名前が[島武 実]に!?)、作曲:筒美京平の書き下ろし作品で、もはや純然たる歌謡曲。近田の最も敬愛する作曲家・筒美京平とは、雄山閣版『気分は歌謡曲』で対談していることを始め、言及は非常に多い。(『大きくふたつに分けるとすれば 考えるヒット5』に最新の対談が収録。「ロキシーの夜」誕生までの経緯にも触れられている)1997年12月12日に発売された筒美京平作曲家活動30周年記念オムニバスCD『HITSTORY 筒美京平 ULTIMATE COLLECTION 1967-1997』(ソニー)でも、付録ブックレットには近田のコメントが掲載されている。この8枚組(4枚組×2)に限らず、各社からこぞって出た筒美京平オムニバスの、どこにも「ロキシーの夜」が拾われていないことは、本当に惜しまれる。B面『闇にジャックナイフ』も島=筒美作品で、ボーカルはハルヲフォンのドラムス、恒田義見(元【裸のラリーズ】)
1978「きりきり舞い/東京物語」近田春夫&ハルヲフォン(キング)
 #1999.04.25 オムニバスCD『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』(キング/P-VINE)に「きりきり舞い」収録
「きりきり舞い」ボーカルはハルヲフォンのベーシスト高木英一。"自分のボーカルじゃない曲をシングルカットしたら、TVのベストテンとかで歌う時にハルヲちゃんが目立てないのでは?"というファンの声に、当時の近田は"もちろん、そういう場合は正面にピアノをド〜ン!と置いて、オレがいちばん目立つようにする"と答えていた。(そんな、この曲が売れてTVに出る場合には、どうするか…なんて心配は、結果的に、まったく無用だったわけだが。)ボーカルをとらずとも、ピアノで目立つ…というプランを聞いて、当時のオレは具体的に、どんな画になるのか? 近田の抱いているイメージが思い浮かばなかったのだが、はるか後年、コムロ&トモちゃんのバカップルぶりを観て、"なるほど、こういう形にしたかったのか!"と納得しました。近田の、小室哲哉・高評価の理由が分かったような気がする。ラブ イズ コンピューター。このシングル・バージョンは、『電撃的東京』収録の「きりきり舞い」とはアレンジが違い、ずっと歌謡曲っぽい。(このバージョンではアルバム未収録。『ハルヲフォン・メモリアル』に入っているのも、ベストCD『BEATS PER MINUET』収録の曲もアルバムバージョンである。1999年発売のオムニバスCD『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』で初CD化)ディスコサウンドを意識した、コンガの鳴り続ける長めのコーダは、近田が【夢先案内人・ヘホ】として出演していたTBSテレビ〈ムー一族〉の中で、[ディスクジョッキー近田春夫のコーナー]BGMに使用されている。なお〈ムー一族〉ドラマ最終収録となった生放送(オンエアは最終回の1回前)エンディングで、レギュラー出演者全員がセッションバンドを結成、「林檎殺人事件」を演奏しているが、この時の、この時限りのバンド名が【近田春夫とMW, FLY FOREVER】。近田はコンダクターを務めていた。(桂木文が制服姿でキーボードを弾きながら泣いていた。可愛かった。)「東京物語」ボーカルはハルヲフォンのギタリスト小林克己(元【四人囃子】)。『電撃的東京』中でも一番の人気曲であり、アルバムタイトルとも通底した[東京]がテーマであることから、シングルカットの第一候補であったが、森進一の原曲が発表されてからのタイムラグが、あまりにも短い…という理由からB面に回された。当時、テレビ朝日〈みごろ!たべごろ!笑いごろ!!〉で、いそがしバンド(後のビジー・フォー)が、やはり「東京物語」をカバー作品に取り上げていたりもして。ナベプロ帝国バンザ〜イ。
1979「恋のグンギン・ナイト」(仮題)
"思いっきり売れ線を狙った"ハルヲフォンの新曲として準備されていたもの。…と〈オールナイトニッポン〉では予告されていたが、ついに完成は見なかった。(守屋浩「夜空の笛」にインスパイアされた曲だったような、違ったような…?"いんぐりムックリいんぐりムックリ笛〜の音が〜♪" ちなみに「夜空の笛」は後に1992年、巻上公一がソロアルバム『殺しのブルース』(東芝EMI)でカバーしている
新曲リリースもないままに、この年、ハルヲフォンは解散。近田はソロ活動へ。
ベースの高木【玉】英一(火曜2部の〈オールナイトニッポン〉にも、トークの相棒として後半からレギュラー出演。『おすぎとピーコのこんなアタシでよかったら』[1979・エイプリル出版] 刊行を羨ましがり、対抗して『ハルヲとタマの・ボクたち男の子』を出したい!…なんて与太バナシもありましたね。は近田のマネージメント等で行動を共にする(近田の〈パック・イン・ミュージック〉にも、ちょくちょく出演)。自らのバンド【STRIKE】等を率いて音楽活動も続行。
ギター・小林克己は独立後、ギター講座の講師として『小林克己のロック・ギター教室/初級編』『/中級編』(RGS)など多くの教則レコードをリリースする傍ら(北海道方面ではラジオパーソナリティーとしても有名)フリーのミュージシャンとして活躍。代表的な仕事は、ハルヲフォン解散直後の1979年7月公開、角川映画『金田一耕助の冒険』(監督・大林宣彦。松田優作の『蘇える金狼』と同時上映)での音楽担当か(歌と演奏はセンチメンタル・シティ・ロマンス&村岡雄治。サントラ盤LPは(日本コロムビア)から発売、1996年CD化)
ドラムス・恒田義見は、後に長沢ヒロ(元【あんぜんバンド】)等と【Pegmo】を結成。
1979.04.21「エレクトリック・ラブ・ストーリー/エレクトリック・ラブ・ストーリー」近田春夫(キング)
 #1999.10.25 オムニバスCD『テクノ歌謡/キング編 エレクトリック・ラブ・ストーリー』(キング/P-VINE)に「エレクトリック・ラブ・ストーリー」(編曲:YMO)収録
 #2002 オムニバスBOXセットCD『J-ロックの細道〜日本ロックの軌跡 70年代名盤セレクション』(ポニーキャニオン)に「エレクトリック・ラブ・ストーリー」収録
 #2004.11.25 オムニバスCD『グワシ!! まことちゃん/楳図かずおワールド』(コロムビア)に「エレクトリック・ラブ・ストーリー」(編曲:YMO)収録
 #2005.02.23 オムニバスCD『イエローマジック歌謡曲』(ソニー)に「エレクトリック・ラブ・ストーリー」(編曲:YMO)収録
A/B面とも、作詞:楳図かずお(ちょうど、ロックンローラー【KAZZ】を名乗り、自らのバンド【よいこ党】→後に【スーパー★ポリス】を率いて、人気漫画『まことちゃん』のテーマ曲「まことちゃん/ビチグソロック」「グワシ!! まことちゃん/ギャングの母」アニメ映画版主題歌「パパ&ママROCK/サンバ・デ・まことちゃん」など多くのシングル(日本コロムビア)をリリースしていた時期だったが(それらシングル曲は、2004年11月25日発売のコンピレーションCD『グワシ!! まことちゃん/楳図かずおワールド』(コロムビア)に一挙収録。同CDには近田の「エレクトリック・ラブ・ストーリー」「ああ、レディハリケーン」も収録)、それ以前からも作詞家・楳図の存在は郷ひろみ「寒い夜明け」で、近田ファンにはオナジミだった。何度となくライブで共演するなど、その時代の近田と楳図の深い交流については、漫画のキャラクターにハルヲフォン(やクールス)も頻繁に登場する名作『まことちゃん』が、小学館文庫から全12巻で刊行されているので、ぜひぜひ参照のコト。第3巻「おむつ軍団の巻」「ゆうれいタクシーの巻」第4巻「ああ沢田城の巻」「ちびるの巻」「どど彦さまの乙女ごころの巻」「ぼくしゃんの結婚指輪の巻」第5巻「悩みごと相談室の巻」「ロックンロール大賞の巻」←最高!「がんばれらん丸の巻」第6巻「臨海学校のナゾの巻」第8巻「姫はもらったの巻」←これも最高![講談!! 芸能界をきる!!]聴きてェ〜ッ!!!!「エレクトリック・ラブストーリーの巻」←トビラ絵以外、タイトルは内容に関係ナシ?…などなど。とくに文庫第2巻では近田自身が、ホラー味あふれる解説を寄稿しているわけだし。そうか、『天然の美』ジャケット写真の衣装は、ありゃー楳図先生のコスプレだったのか…。(その以前、「きりきり舞い」ジャケット当時の髪型には"ヒトラーのコスプレだった"説も。)2001年夏以降は、コンビニ販売用の廉価版シリーズ【My First BIG】でも『まことちゃん』セレクション版が次々と発売されている。既刊7冊(2001年11月発行、室伏哲郎事務所が出している季刊アート誌『プリンツ21』2001.冬号の特集【楳図かずお・脳の中の宇宙】にも、近田が「本物の表現者として、お慕い申し上げます」と題するコメントを寄せていた)(河出書房新社から2004年6月に発行されたKAWADE夢ムック『文藝別冊/総特集 楳図かずお』にも、「楳図かずおについて聞きました」というアンケート企画に近田の回答が掲載されている。なお、まったく同時期に刊行されているユリイカ2004年7月号の楳図かずお特集には、近田は不参加の模様。なお、この『文藝別冊』では、安田謙一による作詞家・楳図かずお論、足立守正によるタレント・楳図かずお論の中でも、当然のことながら近田についても、深く言及されている。前者では「エレクトリック・ラブストーリー」の歌詞も掲載)、作曲:近田春夫の同じ曲だが、アレンジが異なる。編曲が、A面はイエロー・マジック・オーケストラ(『天然の美』A-1)、B面は若草恵(『天然の美』B-1)。同じ曲を、アレンジだけ変えてカップリングさせる、という実験的シングルであった。ブレイク直前の存在だったYMOは『天然の美』でもう3曲、「何故かアップ・サイド・ダウン」(A-3)「ワン・シーン」(B-2)「プシー・キャット・ラブ」(B-4)をアレンジしている。"ザ・芸能界"的な歌謡曲の職業作家を集めた中で、どうしてまた…とも思うが、それは今にして思うからであって、この頃のYMOは"つい、この間までティン・パン・アレーだった"わけだから、歌謡曲作りの職人ミュージシャンとして活躍していても何の不思議もない。
1979.09.21「ああ、レディハリケーン/世界で一番いけない男」近田春夫(キング)
ああ、レディハリケーン(楳図かずお/近田春夫/矢野誠)
世界で一番いけない男(ちあき哲也/近田春夫/若草恵)
 #1999.10.25 オムニバスCD『テクノ歌謡/キング編 エレクトリック・ラブ・ストーリー』(キング/P-VINE)に「ああ、レディハリケーン」収録
 #2002.09.04 オムニバスCD『スーパー・セレクト・CM SONGS/大都会』(キング)に「ああ、レディハリケーン」収録
 #2004.11.25 オムニバスCD『グワシ!! まことちゃん/楳図かずおワールド』(コロムビア)に「ああ、レディハリケーン」収録
「ああ、レディハリケーン」は資生堂のシャンプー{レディバスボン}CMソングだが、それほどのヒットはしなかった。(同じ時期の資生堂化粧品・秋のキャンペーンCMソングは柳ジョージ&レイニーウッド「微笑の法則〜スマイル・オン・ミー」で、こちらは当時の化粧品CMの例に漏れず、大ヒット。この頃はミッキー吉野率いるゴダイゴと並び、ゴールデン・カップス第2期黄金時代であった。…とか書くと皆さん本気にするだろう!? ちなみに柳ジョージと、ハルヲフォンのギタリスト小林克己は、1976年に【アルバトロス】というセッションバンドで共演の過去がある。山際淳司がまとめた柳ジョージ自伝『敗者復活戦』[1979・小学館] →『ランナウェイ』[1983・集英社文庫] 参照ジャケット写真の女性は、そのCM出演のモデル(大出真里子)である。作詞は「エレクトリック・ラブ・ストーリー」に続き楳図かずお、作曲は近田、編曲は矢野誠。アレンジャーについては"『天然の美』に続いて、またYMOに頼もうとしたんだけど、この半年ぐらいの間にYMOが急に有名になっちゃって、もう気軽に引き受けてもらえなくなった。だから別の人に[YMOっぽい音にしてくれ]と頼んだら、本物のYMOよりも[YMOっぽく]なってしまった"(近田〈オールナイトニッポン〉での発言より)という事情だったとか。そもそも『天然の美』へのYMO参加も、近田と細野晴臣との対談(初出:Don Don 1978年12月号。雄山閣版『気分は歌謡曲』に収録)席上で、それこそ"気軽に"発した誘いから始まったものだった。(細野晴臣自身の『天然の美』への見解は『レコード・プロデューサーはスーパーマンをめざす』[1979・CBSソニー出版/1984・徳間文庫] を参照)しかし、その[YMOっぽく]する、というプライドを無視した失礼な依頼を、平気で引き受けた"別の人"とは矢野誠なんだよなー。どう思いますか、アッコちゃん。
※1980年4月29日、日比谷野音でのライブイベントに【近田春夫&BEEF】で出演。「ああ、レディハリケーン」等を歌うが、2番の歌詞を間違える…など、やる気のなさ満開な最低のステージだったらしく、後に平凡パンチ誌上で酷評されていた。曰く[十の二十のシャネルズを! 近田某にクソを!!]。
1980.10.25「星くず兄弟の伝説/星くず兄弟のテーマ」近田春夫(日本コロムビア)
「星くず兄弟の伝説/星くず兄弟のテーマ」は角川映画『刑事珍道中』(日本テレビ〈俺たちの旅〉のカースケ=中村雅俊&〈俺たちの朝〉のオッス=勝野洋が主演。監督は斎藤光正、脚本に鎌田敏夫と、スタッフ陣も同じく日テレ〈俺たち〉シリーズや〈青春〉シリーズを支えてきたメンバーを揃えている。角川映画史上では初の、原作小説を持たないオリジナル脚本による作品として製作されたが、鎌田敏夫自身によるノベライズ小説版『刑事珍道中 ニッポン警視庁の恥といわれた二人組』が角川文庫から、公開にあわせて1980年9月に書き下ろしで刊行された。(その後、鎌田敏夫は『刑事珍道中』のキャラクターを使って、映画とは無関係に小説版の続篇を2冊、書き下ろしている。これを称して【刑事珍シリーズ】。1983年2月『さらば愛しき女よ』1989年4月『女刑事さっちゃん』いずれも角川文庫)『刑事珍道中』は松田優作の『野獣死すべし』と同時上映の作品だったが、公開時にキャンペーンの一環として、東京のヒマな若者を集めて"山手線の全行程を歩いて走破する"という【珍道中イベント】を開催。実際に丸1日、歩かされた参加者の中に怪我人が続出し、大問題となった。『化石の荒野』の宝捜しキャンペーンと並んで、往年の角川春樹の発狂ぶりを示す、無茶なエピソードのひとつ。)の主題歌・挿入歌として使用されている(映画本編中の劇伴も近田が担当)。主演の中村雅俊(近田と中村は、ともに昭和26年2月生まれで、慶応大学の同級生。まったく面識はないらしいが)が歌う挿入歌「マーマレードの朝」(日本コロムビア)が桑田佳祐作詞・作曲で、(2年後の「恋人も濡れる街角」(やはり角川映画『蒲田行進曲』主題歌)のような書き下ろし作品ではなく、サザンオールスターズ「Five Rock Show」(「わすれじのレイド・バック」B面)のカバー。ゲイについて歌われていた歌詞の日本語部分を、中村向けに穏便なラブソングへ書き直し、タイトルを変更したもの)その縁からのアミューズ(と(日本コロムビア))のネジ込みだったのだろう、と考えられる。
(「星くず兄弟の伝説」でコーダに流れているギターソロって、「人間バーベキュー」の[やわらかいし おいしいし 黒焦げならガンになる]の部分と同じメロディだよねー。)
1981.11.25「金曜日の天使/ほんとはジェントルマン」近田春夫&ビブラトーンズ(日本コロムビア)
金曜日の天使(近田春夫/福岡裕/近田春夫&Vibra-Tones)
「金曜日の天使」は『ミッドナイト・ピアニスト』収録の「Soul Life」を、歌詞の一部とアレンジをシングル用に変更したもの。1998年、面影ラッキーホールのアルバム『代理母』(徳間ジャパン)でカバーされている(プロデュース:OTO)
石川誠壱の〈笑っていいとも!〉オーディション時代の苦戦ぶりを綴った無題のエッセイ(1984年・ひかりのくに刊『とにかくテレビに出る本』収録)に、実は原題があり、この曲名を元にした『金曜日の戦士』という若気の至りが恥ずかしいタイトルであったことなど、知らなくてもよい。
※1986年7月、日比谷野音でのアン・ルイス企画によるライブイベント[ANN CALL '86]に【近田春夫+PINK】で出演。激レアなメンバー構成で「金曜日の天使」を歌う。ロッカー近田の、最後の勇姿か?
1983「スマートなゲートボール」ゲートボール(徳間ジャパン)
A-1.FASCINATION(魅惑のワルツ)
A-2.STAR MAN(スター・マン)
B-1.YOU REALLY GOT ME(ユー・リアリー・ガット・ミー)
B-2.PEARLY SHELLS(真珠貝の歌)

33 1/3回転、4曲入りシングル。



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★MOVIE SOUNDTRACK SINGLE
1981「Goin'にMy Way/夢みるカカオ」青木美冴 演奏:人種熱+近田春夫(日本コロムビア)

1985「星くず兄弟の伝説/ガソリンの雨」スターダスト・ブラザース(SMS)




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★12 INCH SINGLE
1986.10.25「Masscommunication Breakdown」President BPM(sixty)
ビブラトーンズ解散後、今までのバンド活動に疑問を抱いていた一方で、RUN D.M.C.の出現に衝撃を受けた近田が、これからは本気でラップに取り組もう! …と、新興の会社(sixty)レコード内に自らのレーベル(BPM)を立ち上げ、【President BPM】を名乗っての初12インチシングル。日本のヒップホップミュージックの歴史を紐解けば、ここから全てのムーヴメントが始まっている。
平山三紀「真夏の出来事」のイントロがブレイクビーツに使用されているのは、「WALK THIS WAY」の日本的解釈…ということなのか?
C/Wは「Masscommunication Breakdown」インスト。
※前述[ANN CALL '86]では、まだ【BPM】立ち上げ以前の時期でありながら、レコードも発売されていなかった新曲「Masscommunication Breakdown」も【近田春夫+PINK】により披露。ラッパー近田の、最初の登場か?
1987「NASU-KYURI」President BPM/「I Luv Got The Groove」TINNIE PUNX(sixty)
12インチシングル。後にビブラストーンのナンバーとしても代表的になったドラッグ・テーマの名曲「NASU-KYURI」を、【タイニイ・パンクス】との両A面としてカップリング。【タイニイ・パンクス】は映画『星くず兄弟の伝説』に主演した高木完が、藤原ヒロシと結成したユニットであり、この12インチには彼らの御披露目としての意味がある。
1987.02.25「Hoo! Ei! Ho!」BPM PRESIDENTS featuring TINNIE PUNX/「NASTY BEAT」HIP HOP CREW(sixty)
近田の新ユニットにタイニイ・パンクスをフィーチャーした12インチシングル。作詞・作曲・編曲:近田。(尾崎紀世彦「また逢う日まで」のイントロをブレイクビーツに使用)
「Hoo! Ei! Ho!」はビブラストーンのナンバーとしてもオナジミだが、これを1998年、YOU THE ROCK(avex)がマキシングル『ROCK THE POINT』で「HOO! EI! HO! '98」としてカバー。この曲のリミックスバージョンには近田自身もプロデュース等で参加。1998年6月24日発売の2枚組アルバム『THE★GRAFFITI ROCK'98』にも収録されている。
1987.04.28「COME★BACK」F.O.E. featuring HARUOMI HOSONO with President BPM and SEIKOH ITOH/「Cold Getting Down」M.I.D.(sixty)
近田・高木・藤原のBPM一派と、細野晴臣が野中英紀(ex インテリア)と結成したユニット【F.O.E.】(Friends Of Earth)とのコラボレーションによる12インチシングル。この頃、タイニイ・パンクスと組んで『建設的』(キャニオン)を発表していた、いとうせいこうも特別参加。(『建設的』はビデオ『業界くん物語』サントラ盤として製作されたアルバム。だから大竹まことのソロ曲「俺の背中に火をつけろ!!」などが一緒に入っていたりするわけだ。それ以前に(東芝EMI)から『業界くん物語』というLPも、ヤン富田プロデュースで別に出ている。このアルバムと『建設的』は直接の関係はない。HOT DOG PRESSの連載『業界くん物語』をまとめて世に出すにあたり、単行本は講談社、レコード版は(東芝EMI)、ビデオ版は(ポニー)と、それぞれ[業界くん]に対する別個のアプローチで、同時進行で製作されていたメディアミックス戦略だったのである。LPの『業界くん物語』からは「夜霧のハウスマヌカン」というヒット曲が生まれたものの、音楽よりもコントが中心のアルバムだった。いちばん完成が遅れたビデオ版はオリジナル曲に力を入れ、そのために作られた曲を集めたサントラ盤が『建設的』で、結果的にラッパーいとうせいこうのデビュー盤ともなったのであった。いとうの筆による近田評・等は『全文掲載』[1992・新潮社/1995・新潮文庫] 収録エッセイ「近田さんのこと」(初出不明)「自宅闘争者の日記」(1988年の宝島連載)「私の生活8ヵ月の日記」(1990年の宝島連載、近田発言からの引用多数アリ。スペースシャワーTVの対談集って、けっきょく世に出たのか?)あたりを参照のこと。まあ、もっと他にもあるのだろうが。ユリイカ2003年6月号の特集【Jポップの詩学 日本語最前線】には、歌詞論をめぐる近田×いとうの最新対談「俺たちだって、騙してよ Jポップな日本語、その意味は?」が掲載。作詞:いとう+高木+近田+細野。作曲・編曲:細野。(いとうは「COME★BACK」と前後して、同時期に【リアルフィッシュ featuring 桑田佳祐&いとうせいこう】の名義でリリースされた12インチシングル「ジ ャンクビート東京」(ビクター)にもゲスト参加。ここでは自ら作詞したライムで(作曲:戸田誠司)桑田とラップの競演を果たしている。リアルフィッシュのアルバム『4 when the world was young』にも収録。)カップリング曲の「Cold Getting Down」はモンチ田中率いるDJグループ【M.I.D.】(小泉今日子『KOIZUMI IN THE HOUSE』(ビクター)にも参加、「水のルージュ」を「水のルージュ(Break "Acid" Beats Mix)」としてリアレンジしている)による作品。 作詞:Kenmith Abrahams-Bond。作曲・編曲:田中正彦。
1987「 FAITH,HOPE&CHARITY..../DO the PUNK ROCK(ROUGH&TOUGH)」TINY P@NX(sixty)



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★CD-SINGLE
1991.07.21「ジェット・コースター」ビブラストーン(ポニーキャニオン)
ジェット・コースター(CHIKADA HARUO/Dr.Tommy/VIBRASTONE)
調子悪くてあたりまえ REMIX 
(MAIN)(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/JAMES SHIMOJI)
調子悪くてあたりまえ HAPPY MAN'S MIX(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/JAMES SHIMOJI)
調子悪くてあたりまえ REMIX 
(Back Track)(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/JAMES SHIMOJI)
調子悪くてあたりまえ 10 MILLIONS POWER LIVE VERSION(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)

『エントロピー・プロダクションズ』からのリミックス盤。マキシシングル。「ジェット・コースター」と「調子悪くてあたりまえ」には小泉今日子がゲスト参加。また当時(ポニーキャニオン)の取締役だった亀渕昭信(ex カメ&アンコー)も「調子悪くてあたりまえ」にゲスト参加。「調子悪くてあたりまえ HAPPY MAN'S MIX」のメインボーカルは河内家菊水丸。
1991.09.21「MIKKY-D/金っきゃねえ」ビブラストーン(ポニーキャニオン)
MIKKY-D HARD CORE MIX(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/Dr.Tommy)
金っきゃねえ HOODOPE MIX(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/OTO)
金っきゃねえ ONE MONEY DAT LIVE VERSION(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)

『エントロピー・プロダクションズ』からのリミックス盤Vol.2。マキシシングル
1992.01.21「フーディスト村」ビブラストーン(ポニーキャニオン)
フーディスト村(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO)
パブリック・エネミー─VIETNAM MIX(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO)
パブリック・エネミー─INSTRUMENTAL(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO)
MIKKY-D─RAID MIX(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO)
WABI SABI─9.29 QUATTRO(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO)

マキシシングル。「パブリック・エネミー VIETNAM MIX」のリミックス担当は【PUBLIC ENEMY】のエリック・サドラー。
1992.07.17「やだ/いいじゃん」ビブラストーン(ポニーキャニオン)
やだ (LIMITED MIX)(近田春夫/近田春夫/OTO)
いいじゃん(近田春夫・白土謙二/近田春夫/近田春夫)
やだ 
(Back Track)
いいじゃん 
(Back Track)
「いいじゃん」は志村けんが出演していたサントリービール{ライツ}[ビールなんてうまけりゃいいじゃん、カロリーオフならなおいいじゃん] のCMソング。
1993.01.21「TVドラマはすべて現実?」ビブラストーン(ポニーキャニオン)
TVドラマはすべて現実?(佐藤公彦+岡田陽助/岡田陽助+佐藤公彦/岡田陽助)
HEAVY ─Live Version─(近田春夫/近田春夫/VIBRASTONE)
TVドラマはすべて現実? 
(Back Track)

1994.09.07「ナイトメア」ビブラストーン(ポニーキャニオン)
ナイトメア(CHIKADA HARUO/YUJI OKIYAMA/VIBRASTONE)
ユアループ(CHIKADA HARUO/OTO&VIBRASTONE/VIBRASTONE)
B-BOY(CHIKADA HARUO/Dr.Tommy/VIBRASTONE)
ナイトメア 
(Back Track)
ユアループ 
(Back Track)
B-BOY 
(Back Track)
マキシシングル。



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INDEES SINGLE
1997「444」AFROMIX(RED ALERT/HIJACK)

1997「WORM」AFROMIX(RED ALERT/HIJACK)
 #1997.02.21 CD(RED ALERT/グランドファンク/バンダイ)

1997「SCUTTLE SHAKE」SCSI-TR(RED ALERT/HIJACK)
 #1997 CD(RED ALERT/HIJACK)

1997「HOT ROD 2001」SCSI-TR(RED ALERT/HIJACK)
 #1997 CD(RED ALERT/HIJACK)

1997「BLACK LIGHT」NO CHILL OUT(RED ALERT/HIJACK)
 #1997 CD(RED ALERT/HIJACK)

1997.11.21「FUNKY-ZERO」NO CHILL OUT(RED ALERT/HIJACK)
 #1997 CD(RED ALERT/HIJACK)



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★PROMOTION CD-SINGLE
2000「エステキューズCMソング あとちょっとの女」近田春夫
あとちょっとの女(とある女(佐々木貴子)作曲研究所(近田春夫)作曲研究所(近田春夫)
あとちょっとの女 カラオケ バージョン

クリーク{MISS エステCUZE}CMソングで、そのキャンペーン用に製作された非売品マキシシングル。これが現在までのところ、歌手・近田春夫がボーカルを務める最後のソロシングルとなっていて、そのせいか、70年代『天然の美』時代のチカダ節・エセ歌謡曲風味が満載であり、もはや秀逸なセルフパロディとも思える。(ただし、CDのどこにも歌手名のクレジットはない。)
近田が作曲したオリジナルCM音楽の中で、近田本人が歌っている曲というのは意外と少なく、他には1993年のヘレンカーチス{プログラム}(出演:まだ14歳の奥菜恵)CMソング「プログラムのうた」(作詞:森島由紀)があるぐらいか?(その曲も、こぶしコロコロのエセ歌謡曲路線だった。自分で歌うと必ずそうなっちゃうのかね。)
(2000年のライオン{エメロン・アクアピュア}
(出演:20歳の竹内結子)CMソングも近田春夫本人の作曲・歌唱。)
(2005年のアダムス{リカルデント}CMソング【かみたい】篇も近田春夫本人の作曲・歌唱。)




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★ALBUM
1976.06『COME ON,LET'S GO』近田春夫&ハルヲフォン(キング)
A-1.COME ON,LET'S GO(Valens/Valens/近田春夫)原曲:Ritchie Valens
A-2.パーティー・パーティー(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-3.シンデレラ(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-4.秘密のハイウェイ(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-5.黄色い太陽(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-1.レインコート(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-2.いえなかったんだ(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-3.見つめられ、抱きしめられた、その時…(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-4.おどりなさい!(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-5.週末(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-6.COME ON,LET'S GO(Valens/Valens/近田春夫)
 #1989.10.21 CD(キング)
 #2004.04.07 CD(キング)
「シンデレラ」同様、「いえなかったんだ」も1975年、クールス(キング)に提供された作品。その際のタイトルは「言えなかったんだ」。『COME ON,LET'S GO』収録にあたり歌詞のごく一部を変更している。(単語ひとつだけ、だが。[プレイボーイ]→[イカシた男])「黄色い太陽」は4年後の『星くず兄弟の伝説』で、新アレンジによるセルフカバー・バージョンが収録されている。
1977.09『ハルヲフォン・レコード』近田春夫&ハルヲフォン(キング)
A-1.グローリアのうわさ(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-2.TVエンジェル(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-3.ロックン・ロール・マイ・ウェイ(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-4.恋のパレット(ラヴ・カラー)(佐藤憲吉/近田春夫/近田春夫)
A-5.あの頃〜ジョカへ(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-1.十年早いぜ(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-2.恋の昔気質(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-3.プラスチック・ムーン(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-4.ポップス・メドレー
 HULLY GULLY(F.Smith/C.Goldsmith/近田春夫)
原曲:Grateful Dead
 〜DO YOU LOVE ME(Berry Gordy,Jr./Berry Gordy,Jr./近田春夫)原曲:The Contours
 〜花とみつばち(岩谷時子/筒美京平/近田春夫)原曲:郷ひろみ
 〜HULLY GULLY
 〜ACTION(Tommy Boyce/Steve Venet/近田春夫)
原曲:Freddy Cannon
B-5.こんなに愛しているのに(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
 #1989.10.21 CD(キング)
 #2004.04.07 CD(キング)
タイトルの『ハルヲフォン・レコード』とは、遠藤実のミノルフォンレコード(現(徳間音工)→(徳間ジャパン)→さらに身売りして第一興商?)から。(『定本 気分は歌謡曲』によれば"ほんと言うとね、ビートルズのレーベル、パーロフォンが元なんだ。あと、グラモフォンとかね"であるらしいが…)「プラスチック・ムーン」はシングルとは別バージョン。「TVエンジェル」でのコーラスは、当時(キング)に所属していた小学生男女5人組のアイドルグループ【クリケッツ】(1976年の夏に、シングル「私のベイビーボーイ」でデビュー)。「あの頃〜ジョカへ」のタイトルは大島弓子『ジョカへ……』(初出:別冊少女コミック1973年4月号+7月号+9月号に連載。[1975『ジョカへ・・・・・』小学館:フラワーコミックス] 他、[1977『大島弓子名作集 PART1』朝日ソノラマ/1978『海にいるのは…』小学館漫画文庫/1986『ジョカへ』朝日ソノラマ:大島弓子選集 第3巻/1988『大島弓子短編集1 雨の音がきこえる』小学館叢書] 等に収録)にインスパイアされたもの。そして「ポップス・メドレー」での郷ひろみ「花とみつばち」カバーがファンには好評で、これが後の企画『電撃的東京』へとつながった。
翌1978年、内田裕也(ワーナーパイオニア)がソロアルバム『A DOG RUNS』で「恋の昔気質」をカバー。
1978.06.21『電撃的東京』近田春夫&ハルヲフォン(キング)
A-1.ついておいで(尾中美千絵/鈴木邦彦/近田春夫)原曲:シャープホークス
A-2.恋の弱味(橋本淳/筒美京平/近田春夫)原曲:郷ひろみ
A-3.東京物語(阿久悠/川口真/近田春夫)原曲:森進一
A-4.きりきり舞い(阿久悠/都倉俊一/近田春夫)原曲:山本リンダ
A-5.真夜中のエンジェル・ベイビー(橋本淳/筒美京平/近田春夫)原曲:平山三紀
A-6.ラストショー(杉山政美/木森敏之/近田春夫)原曲:ジャニーズ・ジュニア・スペシャル
B-1.でさのよツイスト(石原昭/前田憲男/近田春夫)原曲:スリー・ファンキーズ
B-2.情熱の砂漠(山上路夫/加瀬邦彦/近田春夫)原曲:ザ・ピーナッツ
B-3.気になるお前(安井かずみ/加瀬邦彦/近田春夫)原曲:沢田研二
B-4.ブルドッグ(伊藤アキラ/都倉俊一/近田春夫)原曲:フォーリーブス
B-5.人間狩り(なかにし礼/馬飼野康二/近田春夫)原曲:ピーター
B-6.恋のT.P.O.(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
 #1989.03.21 CD(キング) ※オリジナル+「ロキシーの夜/闇にジャックナイフ」
 #1992.11.21 CD(キング) ※オリジナル+「ロキシーの夜/闇にジャックナイフ」
 #1995.11.22 CD(キング) ※オリジナル+「ロキシーの夜/闇にジャックナイフ」
 #2004.04.07 CD(キング) ※オリジナル+「ロキシーの夜/闇にジャックナイフ」
新旧の歌謡曲11作品を、ほとんど同じ曲調のパンク風アレンジでカバー(+ハルヲフォンの2ndシングル「恋のT.P.O.」も似たイメージの新アレンジで、セルフカバー)した企画作品。当時の近田本人の弁によれば"お茶濁しアルバム"。
「ラストショー」間奏に入っている女声ナレーション、"20世紀最後の…"云々という英語のトークは、あれは近田が適当にデッチ上げたイメージ効果であり、英文の意味もデタラメである。もちろんJJSのオリジナル曲には、ああいう部分はない。
スリー・ファンキーズ「でさのよツイスト」はペティ・ブーカ(クラウン)にも、1999年2月24日発売のアルバム『ペティ・ブーカと踊ろう!』でカバーされているが、その再カバーバージョンには、縁あって近田がオルガン演奏でゲスト参加している。
1979.05.21『天然の美 NATURAL BEAUTY』近田春夫(キング)
A-1.エレクトリック・ラブ・ストーリー(楳図かずお/近田春夫/イエロー・マジック・オーケストラ)
A-2.震えて眠れ(さがらよしあき/宇崎竜童/近田春夫)
A-3.何故かアップ・サイド・ダウン(近田春夫/加瀬邦彦/イエロー・マジック・オーケストラ)
A-4.罪なレディ(竜真知子/筒美京平/近田春夫)
A-5.V.T.R.SHADOW(近田春夫/井上忠夫/若草恵)
B-1.エレクトリック・ラブ・ストーリー(楳図かずお/近田春夫/若草恵)
B-2.ワン・シーン(山口洋子/近田春夫/イエロー・マジック・オーケストラ)
B-3.哀愁専科(近田春夫/杉本真人/若草恵)
B-4.プシー・キャット・ラブ(近田春夫/筒美京平/イエロー・マジック・オーケストラ)
B-5.HALF AND HALF(小林和子/加瀬邦彦/近田春夫)
 #1989.03.05 CD(キング) ※オリジナル+「ああ、レディ・ハリケーン/世界で一番いけない男」
 #1992.11.21 CD(キング) ※オリジナル+「ああ、レディ・ハリケーン/世界で一番いけない男」
初のソロアルバム。近田の敬愛する、歌謡曲の職業作家を積極的に起用している。作詞・作曲・編曲のいずれもこなす近田だが、本作では、その3役を同時に務めている楽曲は、ない。全10曲のうち、作詞した曲は、詞だけで、作曲・編曲は担当していない。同様に作曲した曲については作詞・編曲は別の者である。あるいは他人の作詞・作曲に編曲のみを加える。自身の音楽家、歌謡曲作家としての可能性を追求した意欲作であった。(というか、このアルバムでは楽器には一切手を触れず、[歌手]に徹した、というのが正しいんだけど。)(アルバムのライナーに写真入りでコメントを寄せている、各[職業作家]陣の中で、最も熱心な長文を寄せていた井上忠夫の、署名が抜けていることは20年以上もの間ずっとオレの気にかかっていたことであった。そのことと関係があるのかないのか、絶対に関係などないに決まっているのだが、2000年5月30日、井上忠夫氏は自ら死を選んだ。合掌。奥さんにも合掌。シングルカットされた「エレクトリック・ラブ・ストーリー」と並び、「HALF AND HALF」もライブでの人気曲であり、これもシングルで…という動きもあったらしいが、果たされていない。
《敬愛するミュージシャン 近田春夫さんへ》と献辞が掲げられた故・鈴木いづみのSF短篇集『恋のサイケデリック!』[1982・ハヤカワ文庫JA/1996・文遊社:鈴木いづみコレクション・] には、「なぜか、アップ・サイド・ダウン」というタイトルの青春SF小説(初出:S-Fマガジン1980年12月号)が収録。近田的価値観への圧倒的な共感のもとに執筆された作品世界で、モチーフには「エレクトリック・ラブ・ストーリー」の歌詞も巧みに引用されている。必読。同様に、ラジオ等での近田発言・近田行動の数々に全面的に影響された…とおぼしき(ほぼ)表題作「なんと、恋のサイケデリック!」(ハヤカワ文庫・書き下ろし)も必読。(『鈴木いづみ短編集 声のない日々』[1993・文遊社] にも収録)ヒロインが唐突に近田の歌手活動を心配し、結末で「真夜中のエンジェル・ベイビー」を口ずさむ「ラブ・オブ・スピード」(初出:SF宝石1980年8月号)も必読。【ロキシーの夜】【ジョカへ】などの店名が出現する「ペパーミント・ラブ・ストーリィ」(初出:S-Fマガジン1981年2月号)も必読。(『声のない日々』にも収録)まるごと1冊、みんな必読。(『女と女の世の中』[1997・文遊社:鈴木いづみコレクション・](ハヤカワ文庫版ではない)で単行本初収録の「カラッポがいっぱいの世界」(初出:S-Fマガジン1982年1月号)も、同じ傾向の作品世界である。できれば必読。余裕があれば『感触(タッチ)』と『ハートに火をつけて! だれが消す』も必読、と言いたいところだが、無理には勧めません。)もっとも、当の近田本人は"送ってもらったから読んだけど、よく分からなかった"という感想。"失敗作だったんじゃないの"とまで断じている。(文遊社『鈴木いづみ 1949〜1986』参照)
1980.06『Time,Place&Occasion』近田春夫(キング)
A-1.ロキシーの夜
A-2.ああ、レディ ハリケーン
A-3.エレクトリック ラブ ストーリー 
(編曲:YMO)
A-4.何故かアップサイド・ダウン
A-5.恋の弱味
B-1.シンデレラ
B-2.プラスチック ムーン 
(シングルバージョン)
B-3.パーティー パーティー
B-4.十年早いぜ
B-5.恋のT.P.O. 
(シングルバージョン)
ベスト盤。(キング)時代に残したソロ作品(A-1〜4)と、ハルヲフォンの近田ボーカル曲(A-5、B-1〜5)を集めている。帯コピーには《世の中変ってもハルヲの気分はひとつ、パンクからテクノまで近田春夫ヒストリー……》とある。確かに《世の中変わって》《パンクからテクノまで》と、そう言われたらそうだけど、この当時には《ニューウエーブ》という言葉(概念)がなかったのかなあ。
この時期、近田は自らの新編成バンド【近田春夫&BEEF】を結成。ライブ活動を展開していた。しかし、このメンバーでのレコードリリースはついになく、近田は自分(と茂木由多加(ex 四人囃子))を除いた【BEEF】メンバーのうち4人(イリアこと奥野敦子・柴矢俊彦・沖山優司・高木利夫)を【ジューシィ・フルーツ】として独立させ、(日本コロムビア)から「ジェニーはご機嫌ななめ」でデビューさせる。近田の作曲、プロデュースによるものである。また【ヒカシュー】をプロデュース、(東芝EMI)からシングル「20世紀の終りに」アルバム『ヒカシュー』でデビューさせたことも、この頃の近田の大きな仕事である。(2ndアルバム『夏』も、加藤和彦プロデュースの「アルタネイティヴ・サン」1曲を除き、近田プロデュース)この頃、近田とジューシィ、ヒカシューの3組のアーティストはアミューズ系列の個人オフィス【近田春夫事務所】に所属しており、半年間の休養から「いなせなロコモーション」でブラウン管に復活したサザンオールスターズの活動再開記念ライブには近田(司会)と、ジューシィ、ヒカシューも出演していた。(ライブの模様は、TBSテレビで1時間番組としてオンエア)ちなみに近田はサザンのデビュー当時、ニューミュージック・マガジン誌上で『勝手にシンドバッド』のヒットを"何かのマチガイで売れた"と酷評しているのだが…。(『気分は歌謡曲』に収録の「何かの間違いで! サザンオールスターズ」参照)
1980.09.05『ハルヲフォン・メモリアル』近田春夫&ハルヲフォン(キング)
A-1.きりきり舞い (アルバムバージョン)
A-2.シンデレラ
A-3.秘密のハイウェイ
A-4.東京物語
A-5.ロックンロールマイウェイ
B-1.ブルー・シャトウ(橋本淳/井上忠夫/近田春夫)
原曲:ジャッキー吉川とブルーコメッツ
B-2.君に会いたい(清川正一/清川正一/近田春夫)原曲:ザ・ジャガーズ
B-3.キサナドゥーの伝説(なかにし礼/A.T.ブレイクリー・K.C.ハワード/近田春夫)原曲:ザ・ジャガーズ
B-4.ノー・ノー・ボーイ(田辺昭知/かまやつひろし/近田春夫)原曲:ザ・スパイダース
B-5.愛のリメンバー(鈴木義之/鈴木義之/近田春夫)原曲:寺内タケシとバニーズ
B-6.朝まで待てない(阿久悠/村井邦彦/近田春夫)原曲:モップス
 #1994.06.22 CD『メモリアル』(キング)
ハルヲフォンの残した(キング)音源の中から、近田ボーカル作品以外を集めたベスト第2集。B面全部を占めるGS名曲メドレーは、ライブでは演奏されていたがレコードにはこのベストが初収録のカバー集。(『電撃的東京』に続き、今度は全曲GSカバーのアルバムを出す予定だった、そのために録音されたもの…という話は聞いたことがないが、そうとも考えられる。アルバムを出す前にハルヲフォンは解散してしまったのだから。そう考えないと、こういう未発表音源が残されている理由がわからない。どうなんでしょうか?)
日劇取り壊し記念[最後のウエスタン・カーニバル]をキッカケに、GS景気が再燃するのは翌1981年3月以降の話である。ここでも近田、早すぎた。オリジナル版のジャガーズ「君に会いたい」や、ザ・サベージ「いつまでも いつまでも」がアサヒ{ミニ樽}のCMで使われたり(そのCMのヒロイン真行寺君枝は、後に何の因果か元テンプターズのドラマー・大口ヒロシの嫁となる)、カーナビーツのアイ高野がクリエション(近田もクリエションには一時的に在籍していたことがある)のボーカルとして復活。そしてピー抜き、トッポとシローが横一列に並ぶ異様な構成でのタイガース活動再開(復活タイガースに近田は作詞「BA-BA-BANG」を提供)……と、どちら様も同窓会ムード。この間も、ワイルドワンズだけは今に至るも、ずっと現役だったが。そういえばGSブームの中で"近田春夫的ポジション"にいたのはワイルドワンズの植田芳暁であった。トラ参加の【ロック・パイロット】以来、ヘレン・メリルのバカ息子アラン・メリル等と結成した【ゴジラ】、あるいは内田裕也の【1815ロックン・ロール・バンド】等でGS末期にかろうじて間に合っている近田だが、その前には、解散(最初の!)直前のワイルドワンズに参加、ボーカルのバックでキーボードを弾いていたこともある。その当時から楽屋では植田と息が合っていたらしく、78〜80年あたりには、ギョーカイ口調丸出しでタレントたちの裏側を暴く、近田と植田の漫才コンビが、どこの番組にも顔を出していたものである。植田芳暁、その余勢を駆って〈お笑いスター誕生!〉にも出てなかったっけ? ……それにしても。なぜ加瀬邦彦は、もっといいヅラを使わないのだろう。
【追記】『ハルヲフォン・メモリアル』B面のGSメドレーは、1976年に発売された2枚組の企画物アルバム『リメンバーGS』(キング)というLPに収録されていたものが出典、だそうです。
1980.10.25『星くず兄弟の伝説』近田春夫(日本コロムビア)
A-1.星くず兄弟のテーマ(/近田春夫/近田春夫)
A-2.ガソリンの雨(近田春夫/赤城忠治/近田春夫)
A-3.若者達の心にしみる歌の数々(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-4.黄色い太陽(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-5.強敵アトミック(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
A-6.モニター(近田春夫/赤城忠治/近田春夫)
B-1.オートマチック(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-2.往年のバラード(近田春夫/近田春夫/近田春夫)
B-3.星くず兄弟の伝説(近田春夫/赤城忠治/近田春夫 ホーンアレンジ:新田一郎)
B-4.クレージー・ゲーム(近田春夫/赤城忠治/近田春夫)
B-5.星くず兄弟のテーマ(/近田春夫/近田春夫)
 #1990.10.21 CD(日本コロムビア)
 #1993.10.21 CD(日本コロムビア)
 #2008.08.20 CD(U-POP RECORDS)
ジューシィのヒットに続け、とばかりに満を持して発表された(日本コロムビア)移籍第1弾のアルバム。『ファントム・オブ・パラダイス』を下敷きにした"架空のロック・ミュージカル映画のサントラ盤"というコンセプトで、製作された。(近田の【BEEF】というバンド名は、同映画のキャラクターからのリスペクトであった)そこへ思想的バックボーンとして"ピンク・レディーに代表される歌謡アイドルの、あまりにもテンポが早い栄枯盛衰"と"国会で有事立法が検討されるなど、右翼陣営に本気で心配されていたソビエト侵略の恐怖"という、1980年当時を象徴する、ふたつの時事ネタが盛り込まれている。(村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』の影響があったかどうかは、よくわからない。発売時期が微妙に前後するからである)この"架空の映画"から、5年後に手塚真の監督により、実際のミュージカル・コメディ映画『星くず兄弟の伝説』が作られる。(2002年9月27日、DVD化)その中では近田アルバムの収録曲も、映画出演者(久保田しんご・高木完・尾崎紀世彦など)によって歌われている。それら、実際の映画用楽曲を収めたサントラ盤アルバムも(SMS)から発売された。未CD化。
『星くず兄弟の伝説』には作曲とギター演奏で、当時【フィルムス】の赤城忠治が全面協力しており、ほとんど近田と赤城の合作である…とも言えるアルバムだが、フィルムスは、この『星くず』と同時発売で、最初で最後のアルバム『MISPRINT』を同じく(日本コロムビア)からリリースしている。(復刻CD発売も1990年、『星くず』と同時。)フィルムス解散後、赤城忠治(信夫)は、前述『星くず兄弟の伝説』映画サントラ盤アルバムで、自作曲「モニター」と「クレージー・ゲーム」のボーカルを務めた。
この頃の近田は"ジューシィ・フルーツのプロデューサー"としてのみ、著名であった。(この【ジューシィ・フルーツ】というのも、実は『ファントム・オブ・パラダイス』に登場するバンド名)それほど「ジェニーはご機嫌ななめ」は大ヒットし、アイドル的人気を博していた。近田作・プロデュースの続くシングル「なみだ涙のカフェテラス/恋はベンチシート」、アルバム『ドリンク!』『ジューシィ・アラモード』『パジャマ・デート』もヒットしていた。近田の楽曲提供は3rdシングル「十中八九N・G」4th「これがそうなのね仔猫ちゃん」5th「二人の東京」あたりまで続く。また後に【ビブラストーン】に参加することになるベーシスト沖山優司も、ザ・ぼんちのアルバム『THE BONCHI CLUB』(フォーライフ)に提供した自作曲「東京キケン野郎」を自ら歌ってソロシングルを出している。翌年5月には原宿の(ビクター)本社屋上で『Let it Be』よろしく、サザンオールスターズと共演したシークレット演奏が、歩行者天国に警官が動員されるほどの騒ぎになったことでも有名。(原由子ソロ曲「I Love Youはひとりごと」が放送禁止にされた、その措置に対する抗議行動だった。ハラ坊のレコードが直接マズかったわけではなく、【ベティちゃん】という大阪のオカマさんが同曲をカバーして競作シングルを出していて、そっちが先に放送禁止になったため、ハラ坊のバージョンも引きずられて放禁となったのである。そりゃ抗議したくもなりますわ。当時は近田も共闘して怒っていた…という詳細は、桑田佳祐の月刊PLAYBOY連載エッセイをまとめた『ケースケランド』[1984・集英社/1986・集英社文庫] 収録「放送禁止!? 由子ちゃん心配しないで」参照)(ちなみに、まったく同じ時期、近田は『タモリ3〜戦後日本歌謡史』の発売中止問題でも共闘の人となり、自ら先陣を切って、サンプル盤テープを大量にダビングして業界内部に配付しまくり、盛んにアジッていたらしい。詳細は平岡正明『タモリだよ!』[1981・CBSソニー出版] 参照)ジューシィには〈紅白歌合戦〉出場のオファーもあったらしいが、"俺が選ばれないのにアイツらだけ出るのはシャクだからさ、断っちゃった"(〈パック・イン・ミュージック〉にて)と、ジョーク混じりではあろうが近田は発言している。ただし近田の〈紅白〉出場への夢が、ほとんど[本気]であることは『考えるヒット』収録のナンシー関(2002年6月12日、急逝。合掌。)との対談「紅白歌合戦大改革試案」(2003年6月刊、ナンシー関対論集『無差別級』で再録)からも明らかである。(今年[1998年末] も週刊文春でやってたねナンシーとの【紅白対談】。(「「紅白」革命! 今年もまかせなさい」。2003年7月刊、ナンシー関の追悼本『ナンシー関大全』で単行本初収録)どうやら近田が〈紅白〉出たがってるの、ますます[本気]みたいだ)(1999年末の週刊文春・恒例【紅白対談】は近田と阿久悠(2007年8月1日、死去。合掌。)、元NHKアナ山川静夫の3名による鼎談で、〈紅白〉出場メンバーのオールタイム・ベストを選ぶ…という企画に変わっていた。「これが史上最強の「紅白歌合戦」!」[←『考えるヒット3』に収録](2007年12月刊、阿久悠の追悼本『阿久悠 命の詩 「月刊you」とその時代』に再録) そういう席では、"その豪華メンバーの中に自分も一度は加わりたい"という[本気]の声は、出せなかったようである)"NHKへの貢献度"を積むためか、近田は「星くず兄弟の伝説」を歌って〈レッツゴー・ヤング〉にも出演している。その熱演ぶりは司会の太川陽介に冷笑されていたが。(ハルヲフォンとしてのデビュー当時、"NHKの新人歌手オーディションに一発で合格している"というのが、近田の自慢のタネなのであった)また"あんまりジューシィが売れたから、シャク"を裏付ける事実として、近田はジューシィに似た"女性がボーカルのテクノ系アイドルバンド"【ピンナップス】(ビクター/インヴィテーション)もプロデュース、デビューに力を貸している。(デビューアルバムのプロデューサーは近田の盟友・高木英一。2ndアルバムが近田の全面プロデュース。)ジューシィの成功以来、そういう"ジューシィのライバル"と目される同傾向のバンドは続出していたが(佐藤奈々子の【SPY】、小川美潮の【チャクラ】、鈴木さえ子の【シネマ】をはじめ【ビジネス】【ノーコメンツ】【イミテーション】等々。先輩格のプラスチックス、テクノバンドではないと口を酸っぱくして主張していたシーナ&ロケッツはもとより、なぜか【ブラディ・マリー】まで混ぜて語られていたことも。それぐらいなら戸川純と野宮真貴を混ぜてやれ!)ピンナップスのボーカル・リタ嬢は、ジューシィのイリア嬢と同じ元【ガールズ】(フィリップス)のメンバーであった。厭でもライバル意識が剥き出しとなるはずの両バンドを同時に手がけているところに、近田の底の知れない恐ろしさがある。
1981.11.25『ミッドナイト・ピアニスト』近田春夫&ビブラトーンズ(日本コロムビア)
A-1.ハイソサエティ(近田春夫/近田春夫/近田春夫&Vibra-Tones)
A-2.Soul Life(近田春夫/福岡裕/近田春夫&Vibra-Tones)
A-3.真夜中のピアニスト(近田春夫/近田春夫/近田春夫&Vibra-Tones)
A-4.ほんとはジェントルマン(近田春夫/近田春夫/近田春夫&Vibra-Tones)
A-5.ソファーベッド・ブルース(近田春夫/福岡裕/近田春夫&Vibra-Tones)
B-1.昼下がりの微熱(近田春夫/窪田晴男/近田春夫&Vibra-Tones)
B-2.どしゃぶりハイウェイ(近田春夫/近田春夫/近田春夫&Vibra-Tones)
B-3.夢のしずく(峰岸洋/窪田晴男/近田春夫&Vibra-Tones)
B-4.恋のシルエット(近田春夫/近田春夫/近田春夫&Vibra-Tones)
 #1988.10.21 CD『ビブラトーンズFUN』近田春夫&ビブラトーンズ(日本コロムビア) ※オリジナル+「金曜日の天使」+『VIBRA-ROCK』+未発表曲「ほうれん草サラダ」
 #1992 CD『ベスト・ソングス ビブラトーンズFUN』近田春夫&ビブラトーンズ(日本コロムビア) ※オリジナル+「金曜日の天使」+『VIBRA-ROCK』
 #1993.11.21 CD(日本コロムビア) ※オリジナル
 #2008.08.20 CD『Vibra-Tones Fun』近田春夫&ビブラトーンズ(U-POP RECORDS) ※オリジナル+「金曜日の天使」+『VIBRA-ROCK』+「ほうれん草サラダ」
タレントでは有名になっていたが、肝心の音楽がサッパリ売れず、業を煮やした近田は1981年秋、"タレント廃業、ミュージシャンに専念"宣言をする。テレビ出演、ラジオのDJ、細々とした雑誌露出などマスコミ仕事の大部分を整理し、バンド活動を再開させることになった。そんな頃、窪田晴男(→パール兄弟)福岡裕(→PINK)等を中心に活動していたアマチュアバンド【人種熱】に近田が注目。そのメンバーを中心に、近田がフロントとなり自らの新バンド【近田春夫&ビブラトーンズ】としてデビューする。その時のメンバーは近田(Vo.&Key.)福岡(Vo.&Per.)窪田(Gu.)岡田陽助(Gu.)横山英規(Ba.&Sax)矢壁篤信(Dr.)矢野正道(Key)の7人であった。
それまで、近田のレコードが売れなかった理由を"時代を先取りしすぎているから"とか"世の中より早く進みすぎているから"とか、そう言って好意的に分析している声はファンの中にもあった。そのことは自分でも意識しながらも、やはり売れなかったらしょうがない…と考えた近田は、とにかく時代と合致して、曲をヒットさせるために、時代から早くもない、遅くもない、《1981.11.25.現在のPOPS》を目指す、とLPの帯コピーに謳われているのは、そういうことである。
ダンサブルなニューウェーブ・バンド【ビブラトーンズ】はライブも定期的に行われ、他アーティストの曲にも旺盛に参加するなど、80年代初頭のシーンの中で大きな存在とはなっていたが、やはり一般的なヒットとは縁遠かった。半年後、このメンバーで製作された平山みきのアルバム『鬼ヶ島』を残して、窪田は脱退。(そしてサエキけんぞうと【パール兄弟】を結成。)
1982.11.21『VIBRA-ROCK』ビブラトーンズ(日本コロムビア)
A-1.区役所(ビブラトーンズ/ビブラトーンズ/ビブラトーンズ)
A-2.恋の晩だな(ビブラトーンズ/ビブラトーンズ/ビブラトーンズ)
B-1.地球の片隅で(砂漠編)(ビブラトーンズ/ビブラトーンズ/ビブラトーンズ)
B-2.AOR大歓迎(ビブラトーンズ/ビブラトーンズ/ビブラトーンズ)
 #1988.10.21 CD『ビブラトーンズFUN』近田春夫&ビブラトーンズ(日本コロムビア) ※オリジナル+『ミッドナイト・ピアニスト』+「金曜日の天使」+未発表曲「ほうれん草サラダ」
 #1992 CD『ベスト・ソングス ビブラトーンズFUN』近田春夫&ビブラトーンズ(日本コロムビア) ※オリジナル+『ミッドナイト・ピアニスト』+「金曜日の天使」
 #2008.08.20 CD『Vibra-Tones Fun』近田春夫&ビブラトーンズ(U-POP RECORDS) ※オリジナル+『ミッドナイト・ピアニスト』+「金曜日の天使」+「ほうれん草サラダ」
4曲入りミニアルバム。「AOR大歓迎」は発表から1年後、レナウンのCMソングに使用される。
『VIBRA-ROCK』リリースの後、矢野が脱退。ホッピー神山をキーボードに迎えてライブ活動が続けられたが、1984年1月に解散。(このメンバーを母体として【PINK】が生まれる。)
1983.08.25『スマートなゲートボール』ゲートボール(徳間ジャパン) ※カセットのみ
FASCINATION(魅惑のワルツ)(F.D.Marchetti/Dick Manning)原曲:THE PERCY FAITH ORCHESTRA
STAR MAN(スター・マン)(David Bowie)原曲:David Bowie
SEE YOU IN SEPTEMBER(シー・ユー・イン・セプテンバー)(Sid Wayne/Sherman Edwards)原曲:Happenings
PEARLY SHELLS(真珠貝の歌)(Webley Edwards/Lean Pober)原曲:Billy Vaughn
THEME FROM A SUMMER PLACE(夏の日の恋)(Max Steiner/Mark Discant)原曲:Paul Mauriat
YOU REALLY GOT ME(ユー・リアリー・ガット・ミー)(Ray Davies)原曲:The Kinks
LOOK FOR A STAR(星を求めて)(T.Hatch)原曲:Tony Hatch
SUKIYAKI(上を向いて歩こう)(永六輔/中村八大)原曲:坂本九
THE MODEL(モデル)(Ralf Hutter/Karl Bartos/Emil Sshult)原曲:KRAFTWERK
SAIL ALONG SILV'RY MOON(浪路はるかに)(Marry Tobias/Percy Wenrich)原曲:Billy Vaughn
LOVE LETTERS IN THE SAND(砂に書いたラブ・レター)(J.Fred Coots/Charles Kenny/Nick Kenny)原曲:Pat Boone
STRANGERS IN THE NIGHT(夜のストレンジャー)(Bent Kaempfert/Charles Singleton/Eddie Snyder)原曲:Frank Sinatra
 #1991.04.25 CD(徳間ジャパン)
元ハルヲフォンのベーシスト・高木【玉】英一と、ピンナップスのボーカル・リタ嬢(野元貴子)と、近田の3人で結成されたアンビエントミュージックのユニット。
1987.06.05『HEAVY』President BPM featuring TINNIE PUNX and F.O.E(sixty)
NASU-KYURI (ULTIMATE GO-GO MIX)(TIKADAHARO/TIKADAHARO/TIKADAHARO)President BPM
HEAVY(TIKADAHARO/TIKADAHARO/TIKADAHARO)President BPM
Hoo! Ei! Ho!(TIKADAHARO/TIKADAHARO/TIKADAHARO)BPM PRESIDENTS featuring TINNIE PUNX
Masscommunication Breakdown(TIKADAHARO/TIKADAHARO/TIKADAHARO)President BPM
I Luv Got The Groove(KAN TAKAGI/HIROSHI FUJIWARA/TINNIE PUNX)TINNIE PUNX
EGOIST(TIKADAHARO/TIKADAHARO/TIKADAHARO)President BPM
COME★BACK(SEIKOH ITOH+KAN TAKAGI+TIKADAHARO+HOSONOHAROMI/HOSONOHAROMI/HOSONOHAROMI)F.O.E. featuring HARUOMI HOSONO with President BPM and SEIKOH ITOH
DUVGOTHEGROOVE II(TINNIE PUNX/TINNIE PUNX/TINNIE PUNX)TINNIE PUNX
NASU-KYURI(TIKADAHARO/TIKADAHARO/TIKADAHARO)President BPM

 #1987.06.05 CD(sixty)
 #1993.03.24 CD(sixty)
近田=President BPMの曲に限らず、(BPM)レーベルから発表された各アーティストの12インチ作品を一挙に集めたオムニバス。(ちょうどアナログからCDへの過渡期にあたる時代だったため、近田のオリジナル盤としては唯一の"LPレコードとCDが同時に発売された"アルバムでもある)このアルバムで初披露された新曲「HEAVY」は、後にビブラストーンの代表作ともなる。



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★MOVIE SOUNDTRACK ALBUM
1981.03.25『悪魔と姫ぎみ』オリジナル・サウンド・トラック(日本コロムビア)
A-1.Goin'にMy Way(森雪之丞/近田春夫/人種熱+近田春夫)青木美冴 演奏:人種熱+近田春夫
A-2.悪魔のテーマ(/近田春夫/人種熱+近田春夫)(インスト)
A-3.キミはステキ(/窪田晴男/人種熱+近田春夫)(インスト)
A-4.十中八九N・G (English Version)(沖山優司 訳詞:メアリー・スティックルス/近田春夫/ジューシィ・フルーツ)ジューシィ・フルーツ
A-5.ヒースクリフの肖像(/窪田晴男/人種熱+近田春夫)(インスト)
B-1.毒薬(/窪田晴男/人種熱+近田春夫)(インスト)
B-2.姫・その愛(/近田春夫/人種熱+近田春夫)(インスト)
B-3.悪魔城の戦い(/近田春夫/人種熱+近田春夫)(インスト)
B-4.キョウイチ(/近田春夫/人種熱+近田春夫)(インスト)
B-5.夢みるカカオ(森雪之丞/近田春夫/人種熱+近田春夫)青木美冴 演奏:人種熱+近田春夫
吉田秋生の短篇漫画『悪魔と姫ぎみ』(初出:別冊少女コミック1977年11月増刊号。[1979『カリフォルニア物語・』小学館:フラワーコミックス] および短篇集[1995『きつねのよめいり』小学館文庫] に収録。『カリフォルニア物語』の愛蔵版・文庫版等には未収録なので注意。2000年12月刊、コンビニ販売用の廉価版セレクション短篇集[『吉田秋生コレクション 悪魔と姫ぎみ』小学館:My First BIG] にも再収録)を原作とした、同題のアニメーション映画(竹宮恵子・原作の『夏への扉』と2本立てで上映された)サントラ盤LP。近田と、窪田晴男率いる【人種熱】とのコラボレーションによる初仕事で、この近田による映画音楽プロデュースが直後の【ビブラトーンズ】結成の契機となっているわけだ。挿入歌として使用されているジューシィ・フルーツ「十中八九N・G」の英語バージョンを除き、全曲のアレンジおよび演奏は近田と人種熱のセッション。
シングルカットもされた主題歌「Goin'にMy Way」「夢みるカカオ」の2曲が森雪之丞:作詞、近田:作曲で、歌うは青木美冴。(「うれしい体験」「町あかりキラキラ」でオナジミ、あの!青木美冴である。この映画主題歌でのカムバック後は、しばらくアニメ歌手として『パタリロ!』等の新田一郎作品を歌っていた。ところで、『悪魔と姫ぎみ』と同時期に公開されていた長嶺高文のカルト映画で『歌姫 魔界を行く』という作品があったのだが、これの主題歌も青木美冴が歌っていたんじゃなかったっけ? 違ったっけ?? 混同しているのはオレだけか??? それが本当ならカムバック作としては、そちらのほうが先になるが。なんか、後で分かったんだけど『歌姫 魔界を行く』の音楽はヒカシューだったらしいですね。まったく関係がないわけでもなかったようだ。惜しいところを突いていたのか〜、オレの記憶も。
他に近田はインスト曲「悪魔のテーマ」「姫・その愛」等を作曲しているのだが、窪田の作品である収録中のインスト3曲は、ライブにおいて人種熱のオリジナルとして演奏されていたナンバーを、近田が映画用に新しくアレンジさせたもの。(だから本来は、それぞれ歌詞がある。なお、サントラ未収録のBGMも大部分は窪田の書き下ろし作曲・近田の編曲。)したがってオムニバスの映画サントラ盤ではあるが、この『悪魔と姫ぎみ』は近田プロデュースによる、人種熱・幻のデビューミニアルバムであった…と言って言えないことはない。(こういう仕事が人種熱時代にあった縁からだろうか、さらに後の2000年4月、同じく吉田秋生の漫画を原作にしたテレビ朝日のドラマ〈YASHA -夜叉-〉の音楽は、福岡ユタカが担当している。どうにも予算がなさすぎることが丸わかりで、実にショボいドラマではあったが、あの番組は音楽だけは良かったもんな〜。大塚寧々チャンのへなちょこアクションも良かったけど。仲根かすみチャンの太モモも良かったけど。ちなみにドラマのサントラ盤は(テイチク/インペリアル)から発売)
ライナーノーツに「悪夢のように」と題した近田の一文あり。

1985.06.05『星くず兄弟の伝説』オリジナル・サウンド・トラック(SMS)
A-1.星くず兄弟の伝説(近田春夫/赤城忠治/サンバンブー)スターダスト・ブラザース(久保田しんご+高木一裕)
A-2.若者達の心にしみる歌の数々(近田春夫/近田春夫/近田春夫)アトミック南(尾崎紀世彦)
A-3.強敵アトミック(近田春夫/近田春夫/サンバンブー)スターダスト・ブラザース(久保田しんご+高木一裕)
A-4.モニター(近田春夫/赤城忠治/近田春夫)赤城忠治(赤城信夫)
A-5.往年のバラード(近田春夫/近田春夫/サンバンブー)シンゴ(久保田しんご)
A-6.星くず兄弟のテーマ(/近田春夫/近田春夫)(インスト)
B-1.マリモの気持ち(近田春夫/近田春夫/近田春夫)マリモ(戸川京子)
B-2.ピースマーク・ベイビー(近田春夫/近田春夫/近田春夫)虹カヲル(ISSAY)
B-3.ガソリンの雨(近田春夫/赤城忠治/サンバンブー)スターダスト・ブラザース(久保田しんご+高木一裕)
B-4.クレージー・ゲーム(近田春夫/赤城忠治/近田春夫)赤城忠治(赤城信夫)
B-5.本物のスター(近田春夫/近田春夫/近田春夫)アトミック南(尾崎紀世彦)
B-6.星くず兄弟の伝説(/近田春夫/近田春夫)(インスト)
出演:久保田しんご(サニー久保田とクリスタル・バカンス)
   高木一裕(=高木完)(ex 東京ブラボー)
   戸川京子
   ISSAY
   尾崎紀世彦



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★CD-ALBUM
1987.02.21『BEATS PER MINUET HARUO CHIKADA EARLY COLLECTION』近田春夫(キング)
1.COME ON LET'S GO
2.秘密のハイウェイ
3.シンデレラ
4.黄色い太陽 
(1976)
5.恋の昔気質
6.恋のパレット(ラブ・カラー)
7.プラスチック・ムーン 
(アルバムバージョン)
8.グローリアのうわさ
9.TVエンジェル
10.十年早いぜ
11.ポップス・メドレー
 HULLY GULLY
 〜DO YOU LOVE ME
 〜花とみつばち
 〜HULLY GULLY
 〜ACTION
12.ロキシーの夜
13.きりきり舞い 
(アルバムバージョン)
14.エレクトリック・ラブ・ストーリー 
(編曲:YMO)
15.ああ、レディハリケーン

(キング)時代の音源から、ハルヲフォン作品および近田ソロ作品を集めたベスト盤。(近田の初CDである)
1988.10.21『ビブラトーンズFUN』近田春夫&ビブラトーンズ(日本コロムビア)
1.ハイソサエティ
2.Soul Life
3.真夜中のピアニスト
4.ほんとはジェントルマン
5.ソファーベッド・ブルース
6.昼下がりの微熱
7.どしゃぶりハイウェイ
8.夢のしずく
9.恋のシルエット
10.金曜日の天使
11.区役所
12.恋の晩だな
13.地球の片隅で(砂漠編)
14.AOR大歓迎
15.ほうれん草サラダ(近田春夫/福岡裕/ビブラトーンズ)

 #1992 CD『ベスト・ソングス ビブラトーンズFUN』(日本コロムビア) ※「ほうれん草サラダ」割愛
 #2008.08.20 CD『Vibra-Tones Fun』近田春夫&ビブラトーンズ(U-POP RECORDS)
ビブラトーンズが(日本コロムビア)に残した、すべての音源が収録されたコンピレーションCD。アルバム『ミッドナイト・ピアニスト』+『VIBRA-ROCK』全曲、シングルのみの収録だった「金曜日の天使」に加えて、未発表曲「ほうれん草サラダ」も初公開(『VIBRA-ROCK』と同時期に録音されたものらしい)。【New Music Best Choice】シリーズ・として発売された。(同シリーズ・はヒカシュー『日本の笑顔』、・はジューシィ・フルーツ『SINGLES』である)
1992年、【BEST SONGS】シリーズの1枚としてCD再発売。(「ほうれん草サラダ」を割愛した全14曲収録)(翌1993年には、『ミッドナイト・ピアニスト』オリジナル版の全9曲のみを収録したCD『ミッドナイト・ピアニスト』も、発売された)(2008年、「ほうれん草サラダ」を含む全15曲収録で、インディーズレーベルからCD再発売)
1989.12.01『Vibra is Back』CHIKADA HARUO&VIBRASTONE(ソリッド)
1.VIBRA IS BACK 1989.7.22 Live at Ink Stick Roppongi
2.NINGEN BARABECUE 
1989.10.18 Live at Shibuya Club Quattro
3.Hoo! Ei! Ho! 
1989.10.24 Live at Shibuya Club Quattro
4.YADA 
1989.10.24 Live at Shibuya Club Quattro
5.HEAVY 
1989.10.18 Live at Shibuya Club Quattro
6.WABI SABI 
1989.1.17 Live at Shibuya Club Quattro
7.NASU-KYURI 
1989.1.17 Live at Shibuya Club Quattro
ビブラストーンCD初お目見え、"DAT一発録り"のライブアルバム。
1991.07.03『エントロピー・プロダクションズ』ビブラストーン(ポニーキャニオン)
1.ジェット・コースター(CHIKADA HARUO/Dr.Tommy/VIBRASTONE)
2.コマーシャル・スター(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)
3.調子悪くてあたりまえ(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)
4.パブリック・エネミー(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)
5.一日中ボケーッ(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO&Dr.Tommy/VIBRASTONE)
6.MIKKY-D(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)
7.金っきゃねえ(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)
8.3ナンバー(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)
9.人間バーベキュー(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)

「ジェット・コースター」「コマーシャル・スター」「調子悪くてあたりまえ」「一日中ボケーッ」「金っきゃねえ」には小泉今日子がゲスト参加。また当時(ポニーキャニオン)の取締役だった亀渕昭信(ex カメカメ合唱団)も「調子悪くてあたりまえ」にゲスト参加。
1993.02.19『Smile!! It's not the end of the world』ビブラストーン(ポニーキャニオン)
1.VIBRA JIVE(/瓶家清/瓶家清+VIBRASTONE)
2.TVドラマはすべて現実?
(パート1〜2)(佐藤公彦+岡田陽助/岡田陽助+佐藤公彦/岡田陽助)
3.宇宙人(近田春夫/近田春夫/渡辺貴浩+VIBRASTONE)
4.SOFT(近田春夫/Dr.Tommy/Dr.Tommy+VIBRASTONE)
5.ママ(近田春夫/近田春夫/OTO+VIBRASTONE)
6.先生がんばってください(近田春夫/近田春夫/OTO+VIBRASTONE)
7.[ハードコア]憎悪(近田春夫/渡辺貴浩/岡田陽助+VIBRASTONE)
8.みんなおまえが悪いのさ(近田春夫/近田春夫/沖山優司+VIBRASTONE)
9.ボンゴ熱(近田春夫/近田春夫/沖山優司+VIBRASTONE)
10.ブラックボックス(近田春夫/OTO/OTO)
11.やだ 
(UNLIMITED VERSION)(近田春夫/近田春夫/OTO)
12.フーディスト村 
(MAGICWARE REMIX)(近田春夫/近田春夫/MAGICWARE)
「みんなおまえが悪いのさ」には浪曲師・国本武春が【Naniwabushi】ボーカルとしてゲスト参加。
1994.09.21『NATIONAL』ビブラストーン(ポニーキャニオン)
1.V-Blue(/KIMIHIKO SATO,OTO/VIBRASTONE)
2.ナイトメア(CHIKADA HARUO/YUJI OKIYAMA/VIBRASTONE)
3.パルスビート(/TAKAHIRO WATANABE,YUJI OKIYAMA,YUJI YOKOZENI/VIBRASTONE)
4.ユアループ(CHIKADA HARUO/OTO&VIBRASTONE/VIBRASTONE)
5.NINTRO(/VIBRASTONE/VIBRASTONE)
6.NEVER COME BACK(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO&VIBRASTONE/VIBRASTONE)
7.B-Boy(CHIKADA HARUO/Dr.Tommy/VIBRASTONE)
8.V-Funk(/Dr.Tommy,KIMIHIKO SATO/VIBRASTONE)
9.ディープなオヤジ(CHIKADA HARUO,KIYOSHI"HEIKA"KURIHARA/KIYOSHI"HEIKA"KURIHARA,YO-SUKE OKADA&VIBRASTONE/VIBRASTONE)
10.イージーライド(/VIBRASTONE/VIBRASTONE)
11.なんかやってんじゃねぇの?(CHIKADA HARUO/OTO&VIBRASTONE/VIBRASTONE)
12.ビデオじゃつまんねぇ(CHIKADA HARUO/YO-SUKE OKADA/VIBRASTONE)
13.オーバーロード(/VIBRASTONE/VIBRASTONE)
14.まぁいいんじゃないすか
(CHIKADA HARUO,KIYOSHI"HEIKA"KURIHARA/KIYOSHI"HEIKA"KURIHARA,OTO/VIBRASTONE)
15.いいんじゃないの(/Dr.Tommy/VIBRASTONE)
16.SAY IT LOUD!(CHIKADA HARUO/YUJI OKIYAMA,YO-SUKE OKADA,Dr.Tommy&VIBRASTONE/VIBRASTONE)
17.すっぽかしちゃおぜ(CHIKADA HARUO/Dr.Tommy/VIBRASTONE)
18.アームストロング(/Dr.Tommy,OTO/VIBRASTONE)
19.NATIONAL(CHIKADA HARUO/CHIKADA HARUO&VIBRASTONE/VIBRASTONE)
20.Free(/CHIKADA HARUO/VIBRASTONE)

「V-Blue」は2002年になってから、ホンダの新車{That's}のCMに使用された。クルマ評論家の顔も持つ近田、事あるごとにホンダ車に対して賛美の声を贈っているが、そんな縁からの起用か?(本人の愛車は、ここ10年来{ビート}である)ちなみにホンダ{ライフ}のCMソング「ホンダフル・ライフ」も、近田の作曲によるオリジナル作品。(その一方で、同時期にオンエアされていた日産{リバティ}のCMソングも近田作品だったりする。いわゆる[パパ・ママ・リバティ]ね。ボーカル担当は元ゴダイゴのトミー・シュナイダー(桑田佳祐とのコラボレーション仕事も多い人)である。さらにちなむと、近田がBGMを作曲したサッポロ{黒ラベル}のCMで叫び声をあげているのもトミー・シュナイダー。実は近田のCM仕事においては、同時期にオンエアされる同業種の競合メーカーを両方とも手掛けていた…という、二枚腰な例は数多いのだ。日清{スパ王}{ラ王}と明星{一平ちゃん}とか。)
1995.09.21『VIBRATION+STONE ベスト1991→1994。→』ビブラストーン(ポニーキャニオン)
1.調子悪くてあたりまえ
2.パブリック・エネミー 
(VIETNAM MIX)
3.先生がんばってください
4.ナイトメア
5.[ハードコア]憎悪
6.やだ 
(SINGLE)
7.フーディスト村 
(SINGLE)
8.HEAVY 
(野音LIVE)
9.ジェット・コースター
10.宇宙人
11.一日中ボケーッ
12.NATIONAL

このベスト盤を残してビブラストーンは活動休止に。
1999.11.26『近田春夫&ハルヲフォン』近田春夫&ハルヲフォン(キング)
1.シンデレラ
2.プラスチック・ムーン 
(アルバムバージョン)
3.黄色い太陽 
(1976)
4.ああ、レディ・ハリケーン
5.ロキシーの夜
6.東京物語
7.ついておいで
8.きりきり舞い 
(アルバムバージョン)
9.情熱の砂漠
10.ロックンロール・マイ・ウェイ
11.ポップス・メドレー
 HULLY GULLY
 〜DO YOU LOVE ME
 〜花とみつばち
 〜HULLY GULLY
 〜ACTION
12.真夜中のエンジェル・ベイビー
13.Come On,Let's Go
14.いえなかったんだ
15.秘密のハイ・ウェイ
16.エレクトリック・ラブ・ストーリー 
(編曲:YMO)
(キング)時代の音源から、ハルヲフォン作品および近田ソロ作品を集めたベスト盤。キングCD文庫【アーティスト・コレクション・シリーズ】の1枚。CDジャケットには、『ハルヲフォンレコード』表ジャケより、パンク風にキメた近田の写真をフィーチャー。

2003.02.26『Kingdom come』The Lunatic Thunder(ANOYO)
1.Kingdom come
2.bedford drive
3.electrified constitutio
4.omega tribe
5.specific gravity
6.dornado
7.mexico city
8.cosmic shrine

近田が2000年ぐらいから、ソロユニット【RICE】名義で参加している(ANOYO)レーベルのライブイベントから生まれたプロジェクト。同イベントの参加メンバー【RICE】【USCUS】【UKIASHI】【OMB】という4人によるセッションバンドで、それぞれメンバーが宅録音源を持ち寄った上での、さらなるスタジオライブ盤。
【The Lunatic Thunder】のライブデビューは2002年10月の川崎クラブチッタで、同年末には、すでにニューヨークでのライブツアーも果たされている。

2003.09.26『B.P.M.Syndicate』RICE(ANOYO)
1.Hop
2.Border
3.Pleasures
4.Animated stability
5.Oval
6.Diet
7.After fool
8.Birthday
9.KACHIDOKI
10.Sub aqua(so soft mix)

前作から続けて(ANOYO)レーベルから発売された、ソロユニット【RICE】名義では初のアルバム。「Diet」「After fool」には【I.B.I.S.】、「Birthday」には【OMB】、「KACHIDOKI」には【USCUS】、「Sub aqua(so soft mix)」には【UKIASHI】が、それぞれ参加。



2004.04.07『考えるベスト』近田春夫(キング)
1.シンデレラ【近田春夫&ハルヲフォン】
2.プラスチック・ムーン 
(アルバムバージョン)【近田春夫&ハルヲフォン】
3.恋の弱味【近田春夫&ハルヲフォン】
4.ワン・シーン【近田春夫】
5.ああ、レディ・ハリケーン【近田春夫】
6.星くず兄弟の伝説【近田春夫】
7.ハイソサエティ【近田春夫&ビブラトーンズ】
8.金曜日の天使【近田春夫&ビブラトーンズ】
9.区役所【ビブラトーンズ】
10.Masscommunication Breakdown【President BPM】
11.NASU-KYURI【President BPM】
12.VIBRA IS BACK【CHIKADA HARUO&VIBRASTONE】
13.ジェット・コースター【ビブラストーン】
14.人間バーベキュー【ビブラストーン】
15.B-Boy【ビブラストーン】
16.Diet【RICE vs I.B.I.S.】




2006.06.25『近田春夫&ハルヲフォン LIVE! 1975-77』近田春夫&ハルヲフォン(CARAWAY RECORDS)
1.シンデレラ〜言えなかったんだ
2.COME ON,LET'S GO〜I'm The Leader Of The Gang
3.黄色い太陽〜シンデレラ
4.レインコート
(feat.森園勝敏)
5.愛なんて
(feat.森園勝敏)
6.ついておいで〜デサノヨ・ツイスト〜アカパルコのお転婆娘〜悲しきメモリー
7.十年早いぜ
8.秘密のハイウェイ
9.週末
10.GSメドレー(君に会いたい〜忘れえぬ君〜好きさ好きさ好きさ〜ブルー・シャトウ〜ガール・フレンド〜長い髪の少女〜朝まで待てない〜愛するアニタ〜君だけに愛を〜あの時君は若かった)
11.日本のROCKメドレー(一触即発〜ファンキー・モンキー・ベイビー〜Double Dealing Woman〜港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ〜ネイビー・ブルー〜タイムマシンにおねがい〜私は風〜You Better Find Out〜SATORI Part2)
12.グローリアのうわさ
13.プラスチック・ムーン
14.こんなに愛してるのに
15.ブルドッグ
16.ロキシーの夜

正式デビュー30周年を期して、秘蔵ライブ音源を集大成したインディーズCD。
また、コレが発売された2006年の4月には、ハルヲフォンはオリジナルメンバーの近田・高木・恒田が解散以来28年ぶりに再結集。【ハルヲフォン・リローデッド】としてライブ活動を展開している。




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★PRODUCE
1975 SOUL BAND(キング)
1975『SOUL PARTY』
 #1990.07.21 オムニバスCD『渡邊祐の発掘王〜FUJIYAMA FUNKY編』(キング)に「MACHINE GUN」「DO IT」収録
謎の覆面バンドによる、洋楽ディスコ・ヒットのカバー集アルバム。その時限りの企画物バンドで、メンバーの正体は不明だが、全曲の編曲者に近田春夫の名前が出ている。最初のレコードプロデュース仕事である、らしい。…のだが、こんなレコード見たこともないから、よくわかんねェや。(ステレオ試聴用のLPだった、という説も)

クールス(キング)
1975.09.21 『クールスの世界〜黒のロックン・ロール〜』
「ドント・ゲット・ホット・クールス」編曲
「愛しているなら」編曲
「涙のウェディング・デイ」編曲
「グッド・バイと言わないで」作曲・編曲
「あの娘はステディー・ガール」編曲
「恋の炎は燃えて」編曲
「紫のハイウェー」編曲
「シンデレラ」作詞・作曲・編曲
「ワン・デイ」編曲
「言えなかったんだ」作詞・作曲・編曲
「行ってしまったあの娘」編曲
「セカンド・イズ・ユー」編曲

ジョニー大倉プロデュース、近田が全編曲およびキーボード演奏を担当したデビューアルバム。まだハルヲフォンのナンバーとしてはレコードリリースされていなかった「シンデレラ」「いえなかったんだ」が、こちらで先に演奏されている。(「紫のハイウェー」「行ってしまったあの娘」「セカンド・イズ・ユー」等を作曲している【五大洋光】とは、矢沢永吉のペンネーム。後年、近田がE.YAZAWAに対して、やけに評価が高いのは、この頃からの縁によるものか。また「涙のウェディング・デイ」作曲の【ヨモ・ヨシロー】とは、もちろんあの四方義朗。名前をカタカナで綴るとは、当時からKIZAだった)
1990年11月21日、2ndアルバム『ロックンロール・エンジェルス』との2枚組パックで『クールス・ヒストリーVOL.1』としてCD発売の後、アルバム単独では1994年6月22日にCD化。
1975.09.21「紫のハイウェー/あの娘はステディーガール」
「紫のハイウェー」
「あの娘はステディーガール」

1stアルバムと同時発売のデビューシングル。
1976「甘い暴力/リメンバー」
「甘い暴力」編曲
2ndシングル。この後、2ndアルバム『ロックンロール・エンジェルス』では大木トオルをプロデューサーに迎え、ひとまず近田の手は離れることに。
1976『東京直撃/COOLS LIVE』
「シンデレラ」 (LIVE)
3rdアルバムは中野サンプラザでのファースト・ライブ盤(1990年11月21日、初収録音源も含めた新編集の2枚組『クールス・ヒストリーVOL.2/COOLS LIVE』としてCD発売の後、アルバム単独では1994年12月2日にCD化)。この後、ボーカル・舘ヒロシは脱退し、ソロ歌手&俳優の道へ。(ちなみに2002年、舘ひろしも共演している【21世紀の裕次郎】徳重聡が主演の大塚製薬{オロナミンC}CMでは、近田・作曲による音楽が使われている)
1977.04『Hello! Good-Bye!!』
「シンデレラ」 (LIVE)
とりあえずの解散ライブ盤。2枚組LPとして発表された、(キング)では最後のアルバム(1991年1月21日に『クールス・ヒストリーVOL.3』としてCD発売の後、1997年9月26日に再CD化)。【舘ヒロシとセクシー・ダイナマイト】もゲスト出演している。
この後、クールスは【クールス・ロカビリー・クラブ】となり、(キング)から(トリオ)へ移籍する。(「THE歌謡曲」で近田が、ジェームス藤木の作曲能力について賞賛の声を贈っているのは、この時代以後の第2期・クールスのことである)近田は、このクールス・ロカビリー・クラブ(CRC)にも、キーボードプレイヤーとして盛んにゲスト参加している。詳細は、当時のCRC新人メンバーだった横山剣(現・クレイジーケンバンド)と、近田の対談(初出:2000年・デマゴーグ第3号。『その意味は 考えるヒット4』収録)を参照のこと。また文庫版『考えるヒット3』の、横山剣による解説も参照のこと。(2002年6月発売の【Quick Japan】第43号では、クレイジーケンバンド特集に近田がCKB絶賛のコメントを寄せている。)

#1977?「ミスター・ハーレー・ダビッドソン/シンデレラ」
「シンデレラ」
村山一海のリードボーカルをフィーチャーした名曲「ミスター・ハーレー・ダビッドソン」を2ndアルバムから、そして「シンデレラ」を1stアルバムからカットした、メモリアル・シングル?

#1991.10.21『クールス全曲集』
「紫のハイウェイ」
「愛しているなら」
「行ってしまったあの娘」
「ワン・デイ」
「あの娘はステディ・ガール」
「ドント・ゲット・ホット・クールス」
「シンデレラ」
「セカンド・イズ・ユー」
「甘い暴力」
「言えなかったんだ」

ベスト盤CD。1stと2ndのアルバムから中心に20曲が選ばれている。
1994年10月5日、『決定版!クールス』と改題されて同内容でCD再リリース。
#1999.11.26『COOLS COLLECTION』
「紫のハイウェイ」
「シンデレラ」
「ワン・デイ」
「愛しているなら」
「涙のウェデング・デイ」
「あの娘はステディーガール」
「恋の炎は燃えて」
「言えなかったんだ」
「行ってしまったあの娘」

さらに新編集のベスト盤。キングCD文庫【アーティスト・コレクション・シリーズ】の1枚。(同シリーズ『近田春夫&ハルヲフォン』と同時発売)(キング)時代の代表作16曲が収録されている。
(この他、LP・カセットの時代から出ている再編集ベスト盤は、『クールス ベスト16』『クールス&館ひろし』等、あまりにも多数。また最近のCDでも、CRC名義のベスト盤『ベスト・オブ・ベスト〜リメンバー』『神話〜MYTH』(ポリスター)等に、(キング)音源が含まれていたりする)

南雲鈴之介と珍道中(キング)
1975? 『初姿』
「お姉様のバラード」編曲
「サンドイッチ」編曲
「日本縦断恋人探し」編曲

【南雲鈴之介】とは、「女風呂の唄」(ポリドール)の南雲修治であり、「ソウル若三杉」(テイチク)のドクター南雲(with【シルバーヘッドホーン】)でもある、不撓不屈の人。(オレは1986年ごろ、「スーパー輪島スター」(CBSソニー)を歌っていた当時のドクター南雲が、ベートーベン鈴木さんの営業ステージに乱入してきたのを目撃したことがあります)そんな複雑怪奇なキャリアのうちで、若手メンバー2名(リードボーカル三浦けんいち、パーカッション担当のムトー・ヒロシ)を従えた3人組ユニット【南雲鈴之介と珍道中】としてアルバムをリリースしていたこともあり(このアルバムからはシングル「別離の挽歌/我等が同窓会」がカットされている)、その中に収録された南雲鈴之介:作詞・作曲による「お姉様のバラード」「サンドイッチ」「日本縦断恋人探し」の3曲は近田春夫:編曲。演奏:ハルヲフォン。

THE DISCO GANG(キング)
1976 『DISCO CHRISTMAS』
謎の覆面バンドによる企画物アルバムで、ディスコ風にアレンジされたクリスマスソング集。近田が編曲を担当した(?)

Do it OURSELVES(キング)
1980『評論家ロック』
伊藤政則・大貫憲章・小倉エージ・森直也の4大センセイによる自作自演の旦那芸12曲を収録。
バックを務めるミュージシャンには高木英一の他、鈴木慶一、アースシェイカーなども参加。

ヒカシュー(東芝EMI)
1979.10.25「20世紀の終りに/ドロドロ」
近田春夫プロデュースによるデビューシングル。(シングルジャケットの表面でだけ、曲名が「二十世紀の終りに」と表記されている)
当時の近田をヒカシューのプロデュースへと至らせた、巻上公一から〈オールナイトニッポン〉終了後のニッポン放送スタジオで手渡されたという運命のデモテープ(ヒカシューの単行本『ぼくこんなにおバカさん』[1981・講談社] 参照)は約20年後の1996年10月23日、(東芝EMI)から『ヒカシュー1978』としてCD発売された。「20世紀の終りに」「ドロドロ」「プヨプヨ」「幼虫の危機」などが、すでに演じられている。
また、2000年10月25日に発売されたアルバム『トリビュート・トゥ・ヒカシュー/20世紀の終りに』(LABSICK RECORDS)は、さまざまなミュージシャンによる「20世紀の終りに」ただ1曲のみの、さまざまな形によるカバーバージョンを集めたコンピレーション盤。参加メンバーはSKYFISHER、たま、RICK STAZY(松江潤)、大正九年、ママスタジヲ、千葉レーダ、バケラッタ、SPIN、Kovacs(Petit Mit)、そして巻上公一。(余談ですが、オレが最初に【たま】を知った〈イカ天〉出場1週目、彼らの演劇性あふれるパフォーマンスから真っ先に連想したのがヒカシューであった。だから【たま】がチャンピオンとなって勝ち抜いた2週目の番組で、すかさず巻上公一を審査員席に座らせていたのを観た時には"TBSにも、物事が分かっている人がいるもんだ"と感心しました。まあ、そのブッキングは偶然だった…にしても、さ。)
なおヒカシュー「20世紀の終りに」は、新旧のコミックソングばかりを集めた6枚組BOXセットCD『笑ウインドウ』(東芝EMIファミリークラブ)にも、クレイジーキャッツ等とともに収録されており、この曲を聴いて"コミックソングである"と解釈する考え方もあるのは世の道理というものであろう。(日本テレビの、モーニング娘。のお子さま番組〈ティンティンTOWN!〉で「20世紀の終りに」をBGMに使用していたのも、その解釈の延長なのでありましょうな。…翌週からは「白いハイウェイ」も使ってるけど。)
1980.02.05『ヒカシュー』
1987年12月25日、【ザ・名盤2】シリーズから『夏』との2枚組パックでCD発売の後、アルバム単独では『ヒカシュー+2』として1989年10月11日CD化(ボーナストラックに「ドロドロ」「白いハイウェイ」収録)、1997年11月19日CD再発売。
1980.03「白いハイウェイ/プヨプヨ」
「白いハイウェイ」は1980年の春、クラリオンCMソングに使用されている(フィーチャリング・烏丸せつこ)。その同じCM第2弾、真夏にオンエアのバージョンでは、2ndアルバム『夏』収録の「オアシスの夢」が使われていた。
1980.06「パイク(JAPANESE VERSION)/PIKE(ENGLISH VERSION)
ジョイパックフィルム・配給のアメリカ製ホラー映画『チェンジリング』主題歌。A面の日本語版「パイク」は【イメージソング】扱いで、映画の本編には登場しないが、歌詞が英語のバージョンであるカップリング曲「PIKE」のみ、【サウンドトラック盤】として映画のエンディングに使用されていた。(ただし、日本国内での公開分に限って。誰だ、強引に押し込んだのは?
本来は、加藤和彦&近田のプロデュースによるTHE VENTURESのアルバム『カメレオン』(東芝EMI)のために提供された曲。(他にも同じく1980年発表、高橋ユキヒロ2ndアルバム『音楽殺人』(キング)に収録の「BIJIN-KYOUSHI AT THE SWIMMING SCHOOL」も、本来は『カメレオン』に提供された曲である)この1980年8月、渋谷公会堂でのベンチャーズコンサートには前座でヒカシューと近田が出演。日米・両「PIKE」の共演が実現している。(ライブ盤カセットも出ている、とか?)
英語版「PIKE」は、90年代ニューウェーブのバンド・POLYSICSが、1999年10月22日発売の2ndアルバム『A・D・S・R・M!』(UK.PROJECT)でカバー。(1999年12月15日発売の4曲入りシングル「Modern」には、インストバージョンの「PIKE」を収録。)
1980.07.21『夏』
アルバム・プロデュースは近田だが、なぜか「アルタネイティヴ・サン」1曲のみ、加藤和彦プロデュース。(『カメレオン』での出会いから、加藤はヒカシューに興味を抱き、アルバム単位でのプロデユース実現も望んでいたらしいが、けっきょく果たせなかった。その縁からか、巻上公一は同時期の加藤のアルバム『うたかたのオペラ』(ワーナーパイオニア)にも声でゲスト参加している。)
1987年12月25日、【ザ・名盤2】シリーズから『ヒカシュー』との2枚組パックでCD発売の後、アルバム単独では『夏+2』として1989年10月11日CD化(ボーナストラックに「ガラスのダンス」「18才のドンキホーテ」収録)。
1980.10「ガラスのダンス/モーニング・ウォーター」
「ガラスのダンス」は翌1981年1月から3月まで放映されたテレビ朝日のドラマ〈加山雄三のブラック・ジャック〉主題歌。(近田と、"手塚先生んとこのバカ息子"との間に交流が始まるのは、このあたりから…なのだろうか。山下達郎じゃないけど、昭和26年生まれの近田も手塚治虫直撃世代。やはり[アトムの子]であった、ともいえる。ハルヲフォンのベーシスト高木英一が愛称【タマ】なのは、『鉄腕アトム』のキャラクター[タマちゃん]に似ているから…と、近田が名付けたものなのだった。ちなみに1981年上々半期のこのクール、若大将は〈ブラック・ジャック〉と並び、フジテレビで〈探偵同盟〉という連続ドラマにも主演していた。両方とも不評の上に不評で、揃って1クールで打ち切り。何が加山をそうさせたのだろう、この時期。〈探偵同盟〉は明らかに松田優作〈探偵物語〉の二番煎じを狙って大失敗した探偵コメディ。加山は私立探偵ではなく"大学の探偵同好会顧問である教授"という、腰が逃げている設定で、イジメられる刑事役に成田三樹夫が、優作ドラマを引きずった同じキャラクターで出演していたのが気の毒なくらいであった。〈ブラック・ジャック〉も、オンエア当時は無免許医師・北野早苗の事件が起こっていたために配慮して、とはいえ"ブラック・ジャックが無免許ではない代わり、昼間は宝石商として暮らしている二重生活者だからと身元を隠す必要が…"なんて意味のない、へなちょこキャラだったもんなあ。ただし、TV界では…ともかく、加山雄三の音楽業界に残した功績にだけは、侮れないものがある。〈ブラック・ジャック〉の価値がヒカシューの主題歌のみ!にあったように、この〈探偵同盟〉も主題歌に限っては、日本のテクノ史に残す価値があるのだ。その曲とは、あがた森魚を変身させた【ヴァージンVS】(キティ)のデビュー曲「ロンリー・ローラー」であったのだから。第2弾「さらば青春のハイウェイ」は〈翔んだライバル〉主題歌ね。)
2009年12月4日、DVD-BOX『加山雄三のブラック・ジャック』(松竹)発売。

#1981.09.21『ヒカシュー・スーパー』
ベスト盤。1988年CD化。
タイトルのロゴは、ウイークエンド・スーパー誌のロゴをモチーフにしたもの。

#1999.02.24『ツイン・ベスト』
2枚組ベスト盤CD。1st『ヒカシュー』から3rdアルバム『うわさの人類』あたりまでの、(東芝EMI)時代の作品を集めた。

THE VENTURES(東芝EMI)
1980.06.21『カメレオン』
 #1999.05.25 オムニバスCD『テクノ歌謡/東芝EMI編 デジタラブ』(東芝EMI/P-VINE)に「PIKE」収録
加藤和彦との共同プロデュース。加藤と、ベンチャーズと、ヒカシュー+近田という、それぞれ異色な顔合わせが実現したのは、(東芝EMI)のエグゼクティブ・プロデューサー石坂啓一氏(現(ポリグラム)代表)の人脈によるもの、らしい。
2000年6月25日、(東芝EMI/P-VINE)から【テクノ歌謡DX】シリーズの1枚として初のフルCD化。ボーナストラックとして加藤、近田、ヒカシューがゲスト参加した渋公ライブより「PIKE」「SLAUGTER ON 10TH AVENUE(10番街の殺人)」「TELSTAR」を収録。

ジューシィ・フルーツ(日本コロムビア)
1980.06.01「ジェニーはご機嫌ななめ/お出かけコンセプト」
「ジェニーはご機嫌ななめ」作曲
近田春夫作品、最初のヒットシングル。
「ジェニーはご機嫌ななめ」は1991年、越智静香(ワーナーパイオニア)がカバー、シングルで発売(編曲:武部聡志)(秋葉原・ツクモ電機のCMにイメージソングとして使用される)。また1994年、【ロビン】ちゃん(ファンハウス)(あの原宿の、コスプレの人。ロリータの人)もミニアルバム『ジェニーはご機嫌ななめ』でカバー(編曲:吉澤瑛師)。さらにまた1995年、イリアがソロアルバム『JAPANESE LOVERS』(ALPHA Enterprise)で「JENNY」としてレゲエアレンジでセルフカバー。さらにさらに1999年、神咲まゆみ(パラダイムレコード)(インディーズ・アイドルの人。後に、早すぎたPerfume・【Cutie Pai】を結成。がCDシングル「ジェニーはご機嫌ななめ」としてカバー(編曲:百崎大史)、アルバム『TOKYOらいふ』にも収録。さらにそしてまた2000年、ハイポジ(CTPR/日本コロムビア)がマキシシングル「ジェニーはご機嫌ななめ」としてカバー(編曲:もりばやしみほ&Masayuki Kumahara。このマキシには近田によるリミックス・バージョン「ジェニーはご機嫌ななめ(R&R Mix'99)」も収録)、アルバム『性善説』にも収録。さらにさらにさらに2000年には、マミー・ザ・ピープショウ(Sister Records)(関西インディーズの、女性バンド)がアメリカでのステージでカバー曲として「ジェニーはご機嫌ななめ」を取り上げており、ライブビデオ『Electric Roller Girl U.S.TOUR 2000』に収録されている。(まあ、ライブで演じられている分まで挙げていったら、たしかにキリがないけどさぁ)さらにさらにさらにさらに、2001年のジューシィ・フルーツ再結成→セルフカバー盤CD発売を経た後、2003年8月には、Perfume(BEE-HIVE RECORDS)(アミューズ所属の少女3人組アイドルユニット)が自主製作マキシシングル「スウィートドーナッツ」のC/W曲として「ジェニーはご機嫌ななめ」をカバー(編曲:中田ヤスタカ)。さらにさらにさらにさらにさらに2006年12月、【ミスマガジン2004】出身のアイドル・中澤優子が、マキシシングルCD「ジェニーはご機嫌ななめ/ラムのラブソング」をリリースしてカバー(編曲:大橋好規)。さらにさらにさらにさらにさらにさらに2008年5月、【Cawaii!】誌などで人気のモデル・稲森寿世(avex)が、デビューシングルCD+DVDの「GIRLS STYLE」カップリング曲として「ジェニーはご機嫌ななめ」をカバー(編曲:野崎良太)。同時期にGO!GO!7188(BMG JAPAN)もカバーアルバム『虎の穴 2』で「ジェニーはご機嫌ななめ」を収録している(編曲:GO!GO!7188)。そして近田も大喜びのPerfume大ブレイクを経た2009年、ついに近田自身のプロデュースにより、やくしまるえつこ(キング/STAR CHILD)(【相対性理論】ボーカル)がソロシングル「おやすみパラドックス」のカップリングで「ジェニーはご機嫌ななめ」をカバーすることになった(なんと編曲:高橋幸宏)。
「お出かけコンセプト」は1988年、小泉今日子がアルバム『ナツメロ』(ビクター)でカバー。演奏は井上ヨシマサ(ex コスミック・インベンション)率いる【井上BROTHERS BAND】。
1980.07.25『ドリンク!』
「あやふやアバンチュール」作詞
「Good-bye専科」作詞・作曲
「恋はベンチシート」作詞
「恋愛タクティクス」作詞
「雨のヒロイン」作曲
「ジェニーはご機嫌ななめ」
「リズム決まれば」作曲

1993年10月21日CD化。
1980.10.01「なみだ涙のカフェテラス/恋はベンチシート」
「なみだ涙のカフェテラス」作詞
「恋はベンチシート」

この年の秋に出た、(日本コロムビア)の邦楽ポップス系シングルは、みんなそうなんだけど、通常発売のシングル盤の他に、ピクチャーレーベルの特別シングル【カラー・ポート・レコード】も発売されていた(1980年11月1日発売)。榊原郁恵も渋谷哲平も河合奈保子も、そして高見知佳も、みんなピクチャー盤が出ている。
「恋はベンチシート」は1988年、小泉今日子がアルバム『ナツメロ』(ビクター)でカバー。演奏・野村義男バンド(C-C-Bの渡辺英樹も一緒だよ)、特別出演・デーモン小暮 閣下
1980.12.10『ジューシィ・ア・ラ・モード』
「メロドラマごっこ」作詞・作曲
「母がいろいろとうるさいの」作詞・作曲
「睡眠不足は美容の敵」作詞
「ベンチシート・その後」作詞
「夢ゆめ御用心」作詞・作曲
「イリアの恋愛講座」作詞
「新・大丈夫」作詞・作曲
「なみだ涙のカフェテラス」
「ブーツ・ジョーク・コート」作詞・作曲

帯コピーに《近田春夫の『星くず兄弟の伝説』もよろしく!》と連呼されているのが、涙ぐましい。
1993年11月21日CD化。
1981.02.01「十中八九N・G/抱きしめられて気づいたの」
「十中八九N・G」作曲
「抱きしめられて気づいたの」作詞

「十中八九N・G」エンディングが「スニーカーぶる〜す」のイントロのパクリである…とは、〈パック・イン・ミュージック〉での近田本人の弁。
「十中八九N・G」は、近田が音楽を担当したアニメーション映画『悪魔と姫ぎみ』の中で、挿入歌として「English Version」が使用されている。その英語版は、同映画のサントラ盤LPのみに収録。(2001年12月21日発売のベスト盤『JUICY FRUITS THE BEST』で初CD化)
1981.05.01「これがそうなのね仔猫ちゃん/メルヘン月夜にキス3つ」
「これがそうなのね仔猫ちゃん」作詞・作曲
「これがそうなのね仔猫ちゃん」はサッポロビールの果汁入り飲料{グイミー}CMソング。CFにはジューシィのメンバーも登場。
1981.06『パジャマ・デート』
「星がきれいな夜ですね」作詞
「渚のベンチシート」作詞・作曲
「やっぱりアロハ」作詞
「レモン好きな少女」作詞・作曲
「なぞなぞドリーミン」作詞・作曲
「これがそうなのね仔猫ちゃん」
「雨上がり秘密ふたつの並木路」作詞・作曲


1981「東京キケン野郎/翔けスペースシャトルコロンビア」沖山優司
 #2003.12.25 オムニバスCD『昭和コミックソング大行進/笑いのギフトパック』(日本コロムビア)に「東京キケン野郎」収録
ジューシィのベーシスト沖山優司、ソロシングル。
「東京キケン野郎」はザ・ぼんちのアルバム『THE BONCHI CLUB』(フォーライフ)に提供された作品で、沖山自身の作詞・作曲・編曲・演奏・歌によるセルフカバーとしてシングル発売された。B面「翔けコロンビア」は沖山の一人多重録音によるインスト作品。このシングルのジャケットは、スポーツ新聞一面記事のパロディであり、『星くず兄弟』や「ぼんちシート」の流れを汲むものである。
沖山が歌う「東京キケン野郎」は、通信販売限定のBOXセットCD『J-ROCK 80's』(東芝EMIファミリークラブ)8枚組の中で、とりあえずCD化されてはいる。(日本コロムビア)篇のDISC-5『C.M.C./バラとワイン』に、「これがそうなのね仔猫ちゃん」「星くず兄弟の伝説」「真夜中のピアニスト」等とともに収録。後に、グループ再結成を機に発売(2001年12月21日)されたジューシィ・フルーツのベスト盤『JUICY FRUITS THE BEST』にも、「東京キケン野郎」は収録されている。一方、「翔けコロンビア」は2005年1月26日発売のベスト盤『ジューシィ・フルーツ ゴールデン☆ベスト』で初めてCD化された。
2002年1月19日発売、小西康陽プロデュースによる陣内孝則のマキシシングル「ワイルド・ジャンボ・ロック」(日本コロムビア)のC/W曲で「東京キケン野郎」がカバーされた。
1981.09.01「二人の東京/どうにも片想い」
「二人の東京」作詞
「二人の東京」は鈴木邦彦:作曲。

1983.06.21『天然カフェイン』
「誘ってジャマイカ」作曲:作曲研究所
近田プロデュースから離れた4thアルバム『27分の恋』を経た後の、やはりセルフプロデュースによる5thアルバム。近田は作曲研究所の名義でレゲエナンバー「誘ってジャマイカ」1曲だけを提供。作詞:竜真知子。
『天然カフェイン』は2010年3月15日、オンデマンドCDとして再発売された。

#1988.11.21『SINGLES』
「ジェニーはご機嫌ななめ」
「なみだ涙のカフェテラス」
「恋はベンチシート」
「十中八九N・G」
「これがそうなのね仔猫ちゃん」
「二人の東京」

シングル曲を集めたベスト盤CD。【New Music Best Choice】シリーズ・。
1992年10月21日、【BEST SONGS】シリーズの1枚としてCD再発売。
1985年の解散シングル「恋は何んでも知っている」(秋元康/柴矢俊彦/Juicy Fruits)は「ジェニーはご機嫌ななめ」「恋はベンチシート」「なみだ涙のカフェテラス」のフレーズを縦横無尽に使用した怪作だが、クレジット等に近田の名前は、ない。

2001.06.21「ジェニーはご機嫌ななめ」
「ジェニーはご機嫌ななめ」
「恋はベンチシート」
「ジェニーはご機嫌ななめ (オリジナル・カラオケ)」

2001年6月21日、松江潤のプロデュース&編曲による【ジューシィ・フルーツ】のCDマキシシングル「ジェニーはご機嫌ななめ」(日本コロムビア)が発売になった。1stアルバム『ドリンク!』から選曲された、「ジェニーはご機嫌ななめ」「ビート・タイム」「恋はベンチシート」の3曲を収録。オリジナルメンバー4人が再結集しての新録音バージョンではあるが、近田は直接には関わっていないプロジェクトのようだ。
#2001.12.21『JUICY FRUITS THE BEST』
「ジェニーはご機嫌ななめ」
「恋はベンチシート」
「なみだ涙のカフェテラス」
「ベンチシート・その後」
「十中八九N・G」
「これがそうなのね仔猫ちゃん」
「十中八九N・G (English Version)」
「ジェニーはご機嫌ななめ (New Version)」
「恋はベンチシート (New Version)」

再結成を機に発売されたベストアルバム。『SINGLES』のような単なるシングル曲集ではなく、近田プロデュース時代以降の『ウィークエンド・シャッフル』関係・桑田佳祐関係の作品も含めた、よりマニアックな選曲になっている。たとえば映画『悪魔と姫ぎみ』サントラ盤より「十中八九N・G」英語バージョンを初CD化。また、ようやくコレで「東京キケン野郎」が、ジューシィのベスト盤の中の1曲として、めでたく収録される日を迎えたわけで、この結末を何よりも慶びたい。
それらオリジナル版の代表曲以外にも、ボーナストラックとして、新録音による再結成バージョンの作品(マキシ「ジェニーはご機嫌ななめ」収録の3曲)も同時に収録。こうして新旧の両バージョンを聴き比べてみると…、20年後の再結成には、どんな意味があったのか(なかったのか)、やっぱり近田のプロデュースあってのジューシィだったのではないか、さまざまな疑問が解決される仕組みとなっている。
どうやら、ジューシィ復活の企画は不発のままに終わったようだが、まさか2002年になって急に、作曲家・柴矢俊彦の存在が、「おさかな天国」によって注目されてしまうことになろうとは。
#2005.01.26『ジューシィ・フルーツ ゴールデン☆ベスト』
「ジェニーはご機嫌ななめ」
「なみだ涙のカフェテラス」
「十中八九N・G」
「これがそうなのね仔猫ちゃん」
「二人の東京」
「恋はベンチシート」
「ベンチシート・その後」
「渚のベンチシート」
「あやふやアバンチュール」

アルバム曲からの初CD化作品を増やし、「恋はベンチシート」「ベンチシート・その後」「渚のベンチシート」を【3部作】と称して連続で収録する…など、さらにマニアックな選曲で手を替え品を替えお送りするニュー・ベスト盤CD。今回は「東京キケン野郎」を外した代わりに、「翔けコロンビア」が初めてCD化されている。(なお、再結成後の音源は未収録)

ピンナップス(ビクター/インヴィテーション)
1980「あなたにオーバーヒート/ドクター,ドクター,」
元ハルヲフォン・高木英一のプロデュースによる、デビューシングル。
1981『ピンナップス』
高木英一プロデュースの1stアルバム。1990年CD化。
1981「抱きしめてBABY!/ドキドキ」
近田プロデュースのシングル。2曲とも1983年6月公開のにっかつロマンポルノ『セーラー服・百合族』(監督:那須博之。監督の死後、2006年にジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントから発売されたDVDでは『制服 百合族』と改題)で挿入歌に使用された。
1982.06『抱きしめて!!』
「朝焼けの恋人達」編曲:近田春夫&ピンナップス
「ハイスクール・デイズ」編曲:近田春夫&ピンナップス
「シャワールームにて」編曲:近田春夫&ピンナップス
「私の主張」編曲:近田春夫&ピンナップス
「その手をどけなさい」編曲:近田春夫&ピンナップス
「抱きしめてBABY!」編曲:近田春夫&ピンナップス
「星空のロマンス」編曲:近田春夫&ピンナップス
「ドキドキ」編曲:近田春夫&ピンナップス
「例のラブソング」編曲:近田春夫&ピンナップス
「プラスティック・ムーン」作詞・作曲/編曲:近田春夫&ピンナップス

近田プロデュース&全編曲の2ndアルバム。1990年CD化。
ハルヲフォン「プラスチック・ムーン」のカバー曲「プラスティック・ムーン」が収録されている。
「ドキドキ」は、2003年8月21日発売のコンピレーションCD『TVロックなのだ!』(ビクター)に収録。
ピンナップス解散後、ボーカルのリタは近田・高木と3人で【ゲートボール】を結成。

ザ・ぼんち(フォーライフ)
1981.01.01「恋のぼんちシート/オーバーチュア・海」
「恋のぼんちシート」作詞・作曲
「オーバーチュア・海」作詞・作曲

 #1990 オムニバスCD『アイドル・ファイル保存版[男性編]』(フォーライフ)に「恋のぼんちシート」収録
 #1992.02.21 オムニバスCD『珍品堂/フォーライフ編 んっ!あの人がこんな歌を…。』(フォーライフ)に「恋のぼんちシート」収録
 #1996.09.20 オムニバスCD『珍味』(ポニーキャニオン)に「恋のぼんちシート」収録
 #1996.09.20 オムニバスCD『薬味』(ポニーキャニオン)に「オーバーチュア・海」収録
 #1999.11.03 オムニバスCD『ソング・バラエティー』(フォーライフ)に「恋のぼんちシート」収録
 #2000.11.22 オムニバスCD『青春歌年鑑 '81 BEST30』(東芝EMI)に「恋のぼんちシート」収録
 #2003.11.06 オムニバスCD『SHOW WA! バラエティー・レボリューション』(ポリスター)に「恋のぼんちシート」収録

作詞・作曲家としての近田、最大のヒット曲である。編曲:鈴木慶一、演奏はムーンライダース。
タイトルはジューシィの「恋はベンチシート」のセルフパロディ。(タレント本『ザ・ぼんちの王様の耳はロバの耳』[1981・ワニブックス] には、[ぼんちの新曲]として「ぼんちシート・その後」という"タイトルだけ"が載っている。近田の案ではなく、ぼんち側が勝手に作ったネタらしく、もちろんレコード化はされなかった)
近田は2番以降の歌詞([ぼんちの二人がレコードを出したんですよ川崎さん…]等)を、歌入れ当日、スタジオに入ってからその場で作った、という伝説が残っている。なお〈アフタヌーンショー〉の山本さんと川崎さんの掛け合いを最初にTVでパロディ化したのは、タモリである。この部分、テレビで歌われる場合には[ぼんちの二人がヒットスタジオに出たんですよ川崎さん][ぼんちの歌がベストテンに入ったんですよ川崎さん][1位になりたかったですよ川崎さん]等々、番組ごとに、その時々のアドリブを交えて笑いを誘っていた。最近で言うところの、テツandトモみたいなものです。(ヒットのおかげで、B面の「オーバーチュア・海」がテレビで歌われることもあり、レコード上では[帰せ、帰せ、帰せ…]のシュプレヒコールを続けつつ曲がフェイドアウトするエンディングなので、おさむチャンは[帰せ、帰せ、帰せ……帰ってこいよ〜♪]と、松村和子につなげて、その場のオチとしていた)
漫才ブーム絶頂期、年末年始の特番にマンザイ乱立の1981年元旦早々に発売され、ぼんちの持ちギャグすべてをブチ込んだこの曲の超特大ヒットは、ブームを象徴するポイントともなった。この勢いで、ぼんちは日本武道館ライブまで果たしている。(ライブ録音を含むベスト盤LP『プレゼント -大入-』も出ている)(その実情は演出家・澤田隆治のヤラセ、ギミック、アングル満載であり、観客動員数もけっして成功といえる結果にはならなかった。澤田はチケットを捌くために自ら霊友会に入信、団体客を当て込んだ…という伝説が残っている。ライブ盤のタイトルが皮肉ですな)
一方、ビートたけしは〈オールナイトニッポン〉で、ニッポン放送土屋夏彦ディレクター(現・ツッチー)の進言により"この曲は英国のバンド、THE DARTS「DADDY COOL」のパクリである"、と看破。(『ビートたけしの三国一の幸せ者』[1981・サンケイ出版/2000年5月に文庫で限定版復刻・BOXセット『ビートたけしのオールナイトニッポン2000〜世界一の幸せ者』ニッポン放送プロジェクト/扶桑社/2000年12月に『伝説の幸せシリーズ VOL.1 ビートたけしの三国一の幸せ者』として単独で文庫化・扶桑社文庫] 参照)騒動になるかと思われた直後、TBSラジオの特別番組〈ザ・ぼんちのパック・イン・ミュージック〉にゲスト出演した近田はパクリの事実を全面的に認めてしまい、近田攻撃を狙っていたたけし側は肩すかしを喰わされた。(詳細は小林信彦『笑学百科』[1982・新潮社/1985・新潮文庫] 『天才伝説 横山やすし』[1998・文藝春秋/2001・文春文庫] 参照)
この茶番劇(?)のおかげで原曲「ダディ・クール」(ディスコメイト)もヒット、ザ・ダーツはナベプロの仕切りで来日して〈8時だョ!全員集合〉にまで登場した。
またネタにされた山本耕一は角川映画『ねらわれた学園』にヒロイン薬師丸ひろ子の父親役で出演、妻役の赤座美代子から[そーおなんです]の台詞を言われている。(いかにも大林宣彦らしい小粒なギャグである)
橋幸夫はカップラーメンのCMで[サッポロ一〜番〜、アリー?]と、"自分の真似をするおさむチャンの、真似"を演じた。
ぼんちに続こうと、漫才ブーム陣営からビートたけし「俺は絶対テクニシャン」のりお・よしお「MAIDO」作詞に糸井重里を起用した春やすこ・けいこ「ハートブレイクホテルは満員」と多くのレコードが出されたが、いずれもヒットとは縁遠かった。(ツービート、B&B、SHINSUKE BAND名義としての紳・竜は、すでに前年にレコードデビューを果たしている。ちなみに、その頃。小林信彦の翻訳でBRUTUS誌1981年2月15日号に発表された、アメリカの評論家・W.C.フラナガン氏のレポート「素晴らしい日本文化」によれば、日本国内でYMOに追いつくほどに人気上昇中なテクノポップグループ【シンスケ・バンド】のプロデューサーは【ハルオ・チキダ】であるらしい!? この1篇を読んだ近田は当時〈パック・イン・ミュージック〉で、"もう嬉しくて嬉しくて。この番組で全文朗読しちゃいたいぐらいだよ"と大感激していた。『発語訓練』[1984・新潮社] および『素晴らしい日本野球』[1987・新潮文庫] に収録。『笑いごとじゃない ユーモア傑作選』[1995・文春文庫] に再録辛うじて、〈オレたちひょうきん族〉開始後に出たうなずきトリオ「うなずきマーチ」が一太刀を浴びせたぐらいか。(この曲はラッツ&スター「夢で逢えたら」が出るまで、作詞家・大瀧詠一最大のシングルヒット曲であった)
ぼんち自身も、続けて3月に同じ近田作詞・作曲、鈴木編曲のスタッフで2ndシングル「ラヂオ 〜New Musicに耳を塞いで〜」をリリースしているが、これさえもヒットしなかった。完璧な"時代の徒花"だったわけである。(その後のぼんちは近田から離れ、鈴木慶一プロデュース・岡田徹アレンジによる加山雄三のカバー「ぼくの妹に」、主演のぼんちを筆頭に吉本芸人がオールスターで声の出演をしているアニメ映画『マンザイ太閤記』主題歌・「エーメンからGo Go Go」を糸井重里+鈴木慶一で、ぼんち司会のTBSラジオ公開番組〈ヤンタンTOKIO〉テーマ曲「るんるんブギ」を宇崎竜童で、と都合3枚。合計5枚のシングルを(フォーライフ)に残している)とは言え、理念を持って設立したはずなのに初代社長・小室等、2代目社長・吉田拓郎の放漫経営のために(あと、陽水の逮捕と泉谷の離脱のため)この頃は倒産の危機を迎えていた(フォーライフ)レコードが立ち直ったのは、この「ぼんちシート」(と「ハイスクールララバイ」)大ヒットのおかげである…というのは、まぎれもない事実だ。拓郎も、近田(と大将と細野晴臣)には足を向けて寝られない。(けっきょく20年後には、解散するハメになるわけだが)(1981年末の日本レコード大賞では(フォーライフ)レコードが【企画賞】を受賞、授賞式にはぼんちの二人が登場した。イモ欽トリオは、来なかった。
なおアルバム『THE BONCHI CLUB』も近田一派がプロデュース、楽曲提供を行っている。このジャケットや、シングルジャケットはいずれもMEN'S CLUB誌の表紙のパロディだが、これはもちろん女性自身誌のパロディである『星くず兄弟の伝説』からの流れによるもの。同じ時期、近田の友人・糸井重里(むしろ鈴木慶一つながりなのだろうが、『ペンギニズム』(EPICソニー)リリース時には〈パック・イン・ミュージック〉にもゲスト出演。その中では[近田春夫を出演者に起用したポテトチップのCMを企画したが、通らなかった]という糸井発言が。ちなみに糸井と橋本治の対談集『悔いあらためて』[1980・北宋社/1984・光文社文庫] でも、近田春夫の音楽における"前衛"性が糸井によって論じられている。(「恋のバッド・チューニング」と「調子悪くてあたりまえ」は同じことを言っているわけですが、前者は、ジュリーの歌の中で提示されているメッセージだけでは飽き足らず、作詞者自身が2度もエッセイで"説明"を加えないと、その真意が伝わらなかった…ということを考えると、(『ペンギニストは眠らない』[1980・文化出版局/1983・角川文庫] および、1980年の週刊プレイボーイ特集記事「糸井重里&南伸坊のバッド・チューニング大図解」参照。後者に関しては南伸坊『面白くっても大丈夫』[1981・ブロンズ社/1984・徳間文庫/1995・ちくま文庫] も参照。)コピーライターとしての能力は糸井よりも近田のほうが優秀なのではないか?)もっと、ちなむと1979年の小説現代、連載対談「橋本治のお見合い十二番」単行本(『極楽迄ハ何哩』[1983・河出書房新社/1987・徳間文庫]未収録の「おすぎとピーコの巻」では、橋本[おすぎとピーコと俺、三姉妹って呼ばれてる]おすぎ[近田春夫も加えて四姉妹(シシマイ)ってくらいヨ]という楽しい会話が。)が作詞をした榊原郁恵「あなたは「おもしろマガジン」」のジャケットは、少年マガジンの表紙がパロディにされている。(日本コロムビア)関係のデザイナーが怪しい。(「あなたは「おもしろマガジン」」は、実は80年代的なオモシロ主義を批判した歌なのである。そんな歌詞を、よりによって"1980年に""糸井重里が"書いている…というのが時代の妙というか何というか。それまで歌謡曲のパクリ構造を積極的に批判していた近田春夫が「恋のぼんちシート」を作った…という状況と似ていないこともない。)
1981.03.21「ラヂオ 〜New Musicに耳を塞いで〜/噂のドンブリカンジョー」
「ラヂオ 〜New Musicに耳を塞いで〜」作詞・作曲
 #1999.11.03 オムニバスCD『ソング・バラエティー』(フォーライフ)に「ラヂオ 〜NEW MUSICに耳を塞いで〜」収録
「ぼんちシート」に続きA/B面とも編曲:鈴木慶一、演奏:ムーンライダース。B面「噂のドンブリカンジョー」は作詞・作曲:高木英一。「ラヂオ」は、アリス・さだまさし・松山千春に代表される"軟弱で、根が暗いニューミュージック"を批判した作品だ。この時代、YMOを中心としたテクノポップが大ブームとなる中、それと同時に、こうした女々しいニューミュージックも大流行していて、そしてまた、そんなニューミュージックを"批判すること"も、流行していたのである。批判陣営の代表は言うまでもなく、"根が暗い"という新語の産みの親でもあるタモリで、(誰が何と言おうと、いしかわじゅん発祥説は間違い!)テレビ・ラジオ等のメディアを利用して、主にさだまさしの前時代性を叩いていた。(アルバム『タモリ3』参考。あの中に収録されている【タモソ】の意見は、そのまま当時のタモリ自身の発言と重なる内容である。なおタモリは、谷村新司と松山千春には、それ以前からラジオ番組等を通じて直接の交流があったため、攻撃の穂先は鈍かった。そのぶん、さだ批判ばかりが激烈さの度合いを増していったのである)音楽的には"軟弱側"の人間と見られていた財津和夫がタモリを擁護、反さだ派にまわる(月刊セブンティーンに発表のエッセイ「偽物演じる本物タモリ」参照。『ぼくの法螺』[1981・集英社/1983・集英社コバルト文庫] 収録)…といった風潮の中で、批判勢力の尻馬に乗る輩も出現。田中康夫のベストセラー『なんとなく、クリスタル』巻末の【NOTES】には、とってつけたようなアリス・さだ・松山を批判した、註釈の項目がある。(オレが当時『なんクリ』を読んだのは、スポーツ紙の書評で"ニューミュージック御三家が痛烈に批判されている"と紹介されていたのを見て、そういったタモリ的な毒舌満載の本なのか…と期待したため、である。実際に読んでみると、いわゆる"毒舌"を効かせた部分は、その註釈の3項目だけだし、それもタモリが切り開いた風潮に、完全に"尻馬に乗った"という以上のものではない、まったく大したことのないユルい批判であったし、そこさえ除けば全然面白いと思える部分のない、意味のわからない本であった。つまり書評のテキヤ商法に騙されたのである、オレは。そんな作家を世に出すから死ぬのだ→江藤淳で! そういう"ニューミュージック批判ブーム"に、ザ・ぼんちを使って近田が参戦した、というのが、この「ラヂオ 〜New Musicに耳を塞いで〜」という曲なのであった。(近田[世界中のフォークが全部、嫌いだから(笑)。どうやってもフォーク、嫌いなんだよね。誰がやろうと、嫌いなんだよ。]陣野俊史『じゃがたら』より)これの、最大にして唯一のポイントは、世にあふれるニューミュージックの、暗いヒット曲を批判する内容を、暗いニューミュージック風の曲にして世に問うた、という、この一点に尽きる。2回ヒネッて、元に戻してしまったのである。当時、この曲の、ヒネりすぎたジョークを理解する者は誰もいなかった。(当時に一世を風靡した、この暗い/明るいの二元論は「なみだ涙のカフェテラス」にも影を落としていますね。)大ヒット曲『恋のぼんちシート』の次、ということであれば、なおさらである。前作のヒットは明白なフロックであり、次作は絶対に当たらない、当たるわけがない、ならば絶対に当てに行かないような作品にしよう…と、そこまで近田が考えていたかどうかは、わからないが。なお、この頃。ニューミュージックのイヤな暗さを、そっくり似せた暗い表現をもって批判していた、という人が近田の他にもうひとりいた。丸山おさむ、という声帯模写の新人である。彼が、さだまさしをそっくりに演じれば演じるほど、それはさだまさしの暗さを批判する芸になっていった。丸山おさむのものまねは、近田の「ラヂオ」と方法論としては同じである。おかげで丸山も「ラヂオ」のレコード同様、まったく売れはしなかったが。今でも売れていない。恐るべし。大きなお世話ですか、すいませんねえ。(丸山おさむのニューミュージックものまねは、小林信彦『笑学百科』にも"そういう新人が出てきた"というニュアンスで、その存在について触れられてはいる。が、丸山の実名が文中に記されているわけではない。だから歴史に残らない。残念。ここにも人生上の不運がありますな丸山さん!)オレは個人的には、綾小路きみまろが売れて丸山おさむが売れない、という世の中は、どうにも納得がいかない。(←それは筋が逆だ)
1999年11月3日発売のコンピレーションCD『ソング・バラエティー』に、「恋のぼんちシート」とともに「ラヂオ 〜New Musicに耳を塞いで〜」が収録。ここで初めてCD化された。(どんなつもりのデザインなのかは知らないが、あの封印は"ウザい"の一言っス!)
1981.05『THE BONCHI CLUB』
「ホストクラブ・ロストラブ」作詞・作曲
「恋のぼんちシート」
「ぼんちにて」作詞
「云い切れば勝ち」作詞・作曲
「ラヂオ 〜New Musicに耳を塞いで〜」

「ぼんちにて」は作曲:鈴木慶一。全編曲:鈴木慶一。他の収録曲は沖山優司作品「東京キケン野郎」高木英一作品「噂のドンブリカンジョー」「ザ・レクイエム」鈴木慶一作品「王様の耳はロバの耳」等。完全CD化を超々々熱望!
1981『プレゼント -大入-』
「OPENING THEME」作詞
日本武道館コンサートのライブ録音を含むベスト盤。「OPENING THEME」作曲:森岡賢一郎。
2006年4月5日、おさむチャンは【ぼんちおさむ】名義でソロアルバム『Fall in Love』(よしもとRandC/コロムビア)を発表。大西ユカリのプロデュースによるセルフカバー版「恋のぼんちシート2006(CLUBバージョン)」「恋のぼんちシート2006(DISCOバージョン)」が収録されている。また「云い切れば勝ち」や、「東京キケン野郎」「噂のドンブリカンジョー」などもセルフカバー。

ザ・ダーツ(ディスコメイト)
1981.07「シュラシュシュ天国/イッツ・レイニング」
「シュラシュシュ天国(SHOW US YOUR SHOE)」作曲
で、盗作問題で騒がれている最中に、パクッた本家の【ダーツ】そのもののシングルまで、来日ついでにプロデュースしてしまうところが近田の底の知れない恐ろしさというか、拾ったものはゴミでもとことん利用するというか、奥深い部分である。(もちろん、勝手に曲を盗んだお詫びに、あらためて自作のオリジナル曲を作って贈り、お返しをした…という好意的な見方も、あっていい。)ダーツの面々は、もともと50's 調のリバイバル曲を中心とした、陽気なロックンロールバンドであり(言ってみれば、イギリスのクールス)お互いに"小物どうしだった"ところが、この盗作騒動が泥沼化しなかった要因か。
「シュラシュシュ天国」は作詞:H2O。(大人の階段昇れ!)
ちなみに《シュラシュシュ》とは"海外でヒットしている新しいダンスのリズムである"というのが売り文句だったが、それは森雪之丞らとともに共謀して、嘘八百を流行させて一発当てようと企まれていた、まったくの捏造であった。森雪之丞は作詞・作曲【JOE LEMON】の変名で、井上望(ビクター)(現・エド山口夫人)に「恋のシュラシュシュ」を歌わせている。見事に、どちらも当たらなかったことは、ご同慶の至り。

サンタクララ(ラジオシティ)
1981.05.25「人に言えないラブシーン/ふるさとトワイライト」
「人に言えないラブシーン」作詞・作曲
「ふるさとトワイライト」作詞・作曲

1981.09.29「逃げてしまえばパラダイス/ふるさとトワイライト」
「逃げてしまえばパラダイス」作曲
「ふるさとトワイライト」

御存知「男と女」でオナジミの夫婦デュオ【サンタクララ】のシングルも2枚、近田がプロデュースを手掛けている。(POPEYE連載「THE歌謡曲」での言及がキッカケになったものか。彼ら独特な、昔ながらの"夜っぽさ"・"お店っぽさ"に近田が共感したのだろう…と思える)編曲:久保田晴男(窪田晴男)。「逃げてしまえばパラダイス」の作詞は伊藤アキラ。

平山みき(ビクター/インヴィテーション)
1982.06.21『鬼ヶ島』
「ひろ子さん」作詞・作曲
「プールサイド・クラッシュ」作詞
「月影の渚」作詞
「ドライマティニ」作詞
「蜃気楼の街」作詞
「よくあるはなし」作詞
「おしゃべりルージュ」作詞・作曲
「電子レンジ」作詞
「雨ふりはハートエイク」作詞・作曲
「鬼ヶ島」作詞

平山三紀が【平山みき】と改名して発表した新境地アルバム。プロデュースと全曲の作詞を近田が手がけ、演奏はビブラトーンズ。全曲のアレンジが窪田晴男(この仕事を残して脱退)、作曲も近田・窪田・福岡裕・岡田陽助と、すべてビブラのメンバー。このアルバムからのシングルは発売されなかったが、「ひろ子さん/プールサイド・クラッシュ」がプロモーション・オンリー盤としてシングルカットされた。
1991年CD化。
1995年3月24日CD再発売。
『鬼ヶ島』に続く、平山みき1984年9月21日発売のアルバム『EMISSION』は、A面が筒美京平作品、B面が窪田晴男率いるバンド【HOUSE HASBAND】の演奏によるスタジオライブで構成されている。

三上寛(東芝EMI)
1982『このレコードを盗め』
「なかなか〜なんてひどい唄なんだ」編曲:ビブラトーンズ
全曲を新録音、新アレンジで収録した「初三上寛ベストアルバム」。その中で1曲、1980年7月21日に発売されたシングル曲、三上寛作詞・作曲の「なかなか」(このベストでは[吉野屋の牛丼はなかなかに旨い!]という歌詞だが、シングル盤の歌詞カード上では[吉美屋の牛丼]、NHK〈テレビファソラシド〉で歌われた際には[駅前の牛丼]と変更されている)をビブラトーンズの編曲・演奏で新録音。やはりシングル発表当時、この曲を近田がPOPEYE誌上で絶賛したこと…という、縁によるものなのだろうか?
1999年6月25日、(東芝EMI/P-VINE)からCD発売。(CDにはボーナストラックとして、シングルバージョンの「なかなか」も追加収録されている。そちらの編曲・演奏・コーラスは【ウシャコダ】。)

なかやまて由希(ポリスター)
1982『オクトパシー 〜恋する女たち〜』
今野雄二プロデュースの2ndアルバム。全曲を筒美京平が作曲、A面全曲を佐久間正英が、B面全曲を茂木由多加がアレンジ。ジャケット写真は佐藤奈々子が撮影。近田はライナーノーツを執筆しているだけである。

風見りつ子(日本コロムビア)
1985.04「炎のくちづけ/TOO YOUNGの思い出」
「炎のくちづけ」作詞・作曲・編曲
「TOO YOUNGの思い出」作詞・作曲・編曲


1985.04.21『Kiss Of Fire』
「今宵も楽しく」作詞・作曲・編曲
「チャチャでNight&Day」作詞・作曲・編曲
「恋に溺れて」作詞・作曲・編曲
「恋人達に明日はない」作詞・作曲・編曲
「夜のすべて」作詞・作曲・編曲
「いつの間にIn The Mood」作詞・作曲・編曲
「軽い関係」作詞・作曲・編曲
「炎のくちづけ」
「TOO YOUNGの思い出」



宮崎美子(sixty)
1987.06「だからDESIRE/タカラ本みりん」
「だからDESIRE」編曲:President BPM
「タカラ本みりん」作曲:TIKADAHARO/編曲:President BPM

プロデュース:President BPM。宮崎美子のラップによる{タカラ本みりん}CMソング。「だからDESIRE」は作詞:作詞センター、作曲:馬飼野康二。B面「タカラ本みりん」の作詞は香西貴乃。実際にオンエアされたCM曲が5バージョン、収録されている。

小泉今日子(ビクター)
1989.05.10「Fade Out/集中できない」
「Fade Out」作詞・作曲・編曲
「集中できない」作詞・作曲・編曲

アナログ盤EP。「Fade Out」はフェイドアウトの早い、ショートバージョンで収録。
「Fade Out」は1993年、桃井かおりがアルバム『More Standard』(NECアヴェニュー/日本コロムビア)でカバー。
1989.05.10「Fade Out/CDJ」
「Fade Out」
CDシングル。
1989.05.21『KOIZUMI IN THE HOUSE』
「Fade Out」
「好奇心7000」作詞・作曲・編曲
「STAND UP」作詞・作曲・編曲
「集中できない」
「音楽」作詞・作曲・編曲

「音楽」を布施明にカバー、希望。
1989.07.28「Fade Out(Super Remix)」
「Fade Out」リミックスバージョンを収録したアナログ盤EP。
1989.07.28『Fade Out(Super Remix Tracks)』
「Fade Out(Remix)」
「Fade Out(Back Tracks)」
「Fade Out(Click&Voice)」
「STAND UP(Adult Version)」
「STAND UP(Jungle Mix)」

「Fade Out」と「STAND UP」のリミックスバージョンを収録したミニアルバム。
この後、小泉今日子はビブラストーン「ジェット・コースター」「コマーシャル・スター」「調子悪くてあたりまえ」「一日中ボケーッ」「金っきゃねえ」にゲスト参加。

CM NETWORK
1989.12.15「CM DISCO NOW&THEN 〜24時間みてますか〜」CM NETWORK(ポニーキャニオン/RACKYO)
「アパマンの唄」(白土謙二/作曲研究所/)アパマンCMソング
「ミスターウォークマン」(作詞センター作曲研究所/)ソニー{ウォークマン}CMソング
「Wanted」(Brian Richy/作曲研究所&BQユニット/)トヨタ自動車{New CELICA}CMソング/原歌唱:WATERZ
「いやな風邪には困ります 〜ベンザエース〜」(仲畑広告制作所/作曲研究所/)武田薬品工業{ベンザエース}CMソング/原歌唱:小泉今日子
「クェッ・クェッ・チョコボール」(横山準/作曲研究所/)森永製菓{チョコボール}CMソング/原歌唱:とんねるず
ディスコサウンド風アレンジによってカバーされた、CMソング・メドレーの企画物シングルCD。
1990.05.21「CM DISCO NOW&THEN VOL.2 〜CM選択の自由アハハーン〜」CM NETWORK(ポニーキャニオン/RACKYO)
「アース・ノーマットの歌」(倉重直/作曲研究所/)アース製薬{アース・ノーマット}CMソング
「セルフィー」(W.JORDAN/作曲研究所/)パイオニア{セルフィー}CMソング
「TOTOウォシュレットのロゴ」(仲畑広告制作所/作曲研究所/)TOTO{ウォシュレット}CMサウンドロゴ
ディスコサウンド風アレンジによってカバーされた、CMソング・メドレーの企画物シングルCD。
1990.11.21「CM DISCO NOW&THEN VOL.3 〜唄って踊ってダイジョーV〜」CM NETWORK(ポニーキャニオン/RACKYO)
「椰子からナテラ」(川野康之/作曲研究所/)ライオン{ナテラ}CMソング/原歌唱:ヤシいとう&ザ・ココナッツ
ディスコサウンド風アレンジによってカバーされた、CMソング・メドレーの企画物シングルCD。
1990.12.15『CM NETWORK』CM NETWORK(ポニーキャニオン/RACKYO)
「CM DISCO NOW 〜24時間みてますか〜」
「CM DISCO THEN 〜24時間みてますか〜」
「CM DISCO NOW 〜CM選択の自由アハハーン〜」
「CM DISCO THEN 〜CM選択の自由アハハーン〜」
「二人のお風呂(BAIK-BAIK MANDI MIX)」(やまだ まや/
作曲研究所/)白元{バスキング}CMソング/原歌唱:葵司朗&瞳愛歌
「CM DISCO NOW 〜唄って踊ってダイジョーV〜」
「CM DISCO THEN 〜唄って踊ってダイジョーV〜」

過去3枚の「CM DISCO NOW&THEN」シリーズを全て含むアルバム。

1991.09.21「CM DISCO '91 〜カーカキンキン歌おうぜ!」CM NETWORK with FRIENDS(メルダック)
「負けるなベイビィ」(仲畑貴志/近田春夫/)武田薬品工業{ベンザエース}CMソング/原歌唱:?
「おみくじソーダのロゴ」(山口慶子/近田春夫/)ポッカ{おみくじソーダ}CMサウンドロゴ
「TEP,TEP,STEP」(横尾嘉信/近田春夫/)明治乳業CMソング
ディスコサウンド風アレンジによってカバーされた、CMソング・メドレーの企画物シングルCD。
1991.12.16「GO!GO!貴花田/カゼに負けるなベイビー」CM NETWORK(メルダック)
「カゼに負けるなベイビー」(仲畑貴志・柴田俊生/近田春夫/)武田薬品工業{ベンザエース}CMソング/原歌唱:田原俊彦 ほか
シングルCD。「カゼに負けるなベイビー」は、田原俊彦:出演{ベンザエース}CMソングのカバーバージョン。

1994.01.26「CM ON PARADE」JAMES&GANG(東芝EMI)
「オッケーダンス」(児玉和彦/近田春夫/)内外薬品{ケロリン}CMソング
「あなた想いでいいかしら」(白土謙二/近田春夫/)キッコーマン{薄口醤油}CMソング
「スタミナウォークマン」(仲畑広告制作所/近田春夫/)ソニー{ウォークマン}CMソング
「セ・セ・セルラー」(青山一/近田春夫/)セルラー・グループCMソング
「マックのカレー」(田中健弥/近田春夫/)日本マクドナルドCMソング
「目・肩・腰にエスファイト」(馬場マコト/近田春夫/)エスエス製薬{エスファイト}CMソング
CMソング・メドレーの企画物シングルCD。
1998.06.17「CM MEGA HIT 90'S」No!TAX(東芝EMI)
「爽健美茶のうた」(/近田春夫/JAMES)日本コカコーラ{爽健美茶}CMソング/原歌唱:鈴木さえ子
「クェッ・クェッ・チョコボール」(横山準/作曲研究所/JAMES)
CMソング・メドレーの企画物シングルCD。

2001.03.22「DJ NAO PRODUCE CM MEGA MIX」CM NETWORK(ワーナーミュージック・ジャパン)
「クェッ・クェッ・チョコボール」
「爽健美茶のうた」
「あなた想いでいいかしら」
「いやな風邪には困ります」

CMソング・メドレーのリミックス・マキシシングルCD。

2003.06.18「CM SONG ON PARADE」CM NETWORK(ドリーミュージック)
「森永チョコボール」(横山準/近田春夫/)森永製菓{チョコボール}CMソング
「サントリー・なっちゃん」(秋元康/近田春夫/)サントリー{なっちゃん}CMソング/原歌唱:なっちゃん(星井七瀬)
CMソング・メドレー曲を集めた企画物CDアルバム。

2006.11.29『ベストCM100』(東芝EMI)
「TOTOウォシュレット」
「ミスターウォークマン」
「いやな風邪には困ります」
「クエッ・クエッ・チョコボール」
「椰子からナテラ」
「なっちゃん」
「DAKARA」(/近田春夫/)
サントリー{DAKARA}CMソング
「リカルデント」(/近田春夫/)アダムス{リカルデント}CMソング/原歌唱:近田春夫
CMソング・メドレー曲を集めた企画物CDアルバム2枚組。

CMソング・メドレーの企画物CDをリリースし続ける、彼らの正体については謎のままだが、【コモロテツヤ&CM NETWORK】という名前のパロディじたいは、近田の発案であるそうだ。(作曲家としての【小諸鉄矢】氏は〈美少女戦士セーラームーン〉主題歌「ムーンライト伝説」によって、アニメファンの間では著名である)

THE FUSE(東芝EMI)
1990.03.07「Boys&Girls/CHANCE!」
いわゆる、原宿の[ホコ天]バンド。CDデビュー以前にライブビデオ『STREET PARADISE』をリリースしており、そのビデオが近田によるプロデュース作品だった。続く、このデビューシングルも近田がプロデュース。バックコーラスとして、[ホコ天]に集まったファンの少女たちの声を使用したアレンジは、このシングルのみのテイク。(TV番組で歌われる際にも、ファンの子たちは集められて一緒に出演していた)「Boys&Girls」はエースコック{スーパー0.5}CMソング。
1990.05.09「D-Kiss/この指にとまれ」
2ndシングルも続けて近田がプロデュース。エースコックCMソング「この指にとまれ」はアルバム未収録。
1990.06.27『HAPPY!HAPPY!』
ザ・ヒューズのセルフプロデュースによる1stアルバムだが、全12曲のうちシングル収録の「D-Kiss」と、ビデオにも収録された彼らの代表的ライブナンバー「Welcome To Fuse World」の2曲のみ近田のプロデュース作品、という名義になっている。(「Boys&Girls」と「CHANCE!」は、シングルとは違うテイクが採用になっていて、つまりプロデューサー・近田は"シングル2枚作っただけで、切られた"のであった?)
(安住磨奈によるバイオグラフィー仕立てのタレント本『ヒューズがとんだ!』[1990・八曜社] にも近田の名前は一切登場しておらず、このあたりの経緯については謎のままである)

中川俊郎
1990.09「MYSTERY WOMAN」(ポニーキャニオン/RACKYO)
「MYSTERY WOMAN(SPEED MIX)」REMIX
「SHINJUKU GIGOLO(CONTINENTAL MIX)」REMIX(プログラミング:電気グルーヴ)

作曲・編曲・演奏:中川俊郎のシングルCD。1990年6月21日に発売された1stアルバム『GENIUS TOUCH(天才の感触)』(ポニーキャニオン/RACKYO)からのカットだが、収録の2曲とも、近田が新たにリミックスを担当している別バージョン。
「MYSTERY WOMAN」はイタリア映画『小さなロシア』テーマ曲。
「SHINJUKU GIGOLO」は1990年・夏の{伊勢丹}CM曲。

1999.02.10『A LA CARTE COMPANIE』(東芝EMI)
「MEDICINE(CHEMICAL MIX)」REMIX
1987年の映画『ア・ラ・カルト・カンパニー』(今井美樹:主演)オリジナルサウンドトラックCD。収録のうち1曲「MEDICINE」(作曲・編曲:中川俊郎)の別バージョンを近田がリミックス。

1999.02.10『SUSPENSE』(東芝EMI)
「SHINJUKU GIGOLO(KILLER MIX)」REMIX(プログラミング:電気グルーヴ)
「MYSTERY WOMAN(SPEED MIX)」

近田&電気グルーヴがリミックスした「SHINJUKU GIGOLO」の別バージョン?(改題しただけ?)を収録。「MYSTERY WOMAN(SPEED MIX)」も再録。

2005.03.09『ナカガワ・トシオ ソングブック/cocoloni utao』(東芝EMI)
「MYSTERY WOMAN(SPEED MIX)」
「MYSTERY WOMAN(SPEED MIX)」を再録。

河内家菊水丸(ポニーキャニオン/RACKYO)
1991.06.21 『Happy』
「ハッピーマン」作詞
御存知「カーキン音頭」を含むアルバム。近田は作詞で1曲「ハッピーマン」を提供(作曲:OTO&河内家菊水丸、編曲:OTO。この曲では近田もラップによるバックコーラスで参加)。
この後、河内家菊水丸はビブラストーン「調子悪くてあたりまえ HAPPY MAN'S MIX」にゲスト参加、メインボーカルを務める。

ZUNTATA(ポニーキャニオン)
1991.06.21 『新大陸 G.S.M.TAITO 6』
【ZUNTATA】とはゲームメーカーTAITOの音楽制作チーム。自社製ゲームのBGM集をCDに収めて、『G.S.M.TAITO』シリーズとして数多く発売している。アルバム『新大陸』は、そのうちの1枚であり、VOL.6にあたるが、これはゲーム音楽のオリジナル音源に加えて、それぞれの曲を有名ミュージシャンが新たにアレンジした別バージョンも一緒に収録してある、企画アルバムなのであった。ここに近田も、OTOや上野耕路らとともにアレンジャーとして参加。

桐島かれん(東芝EMI)
1991.10.23『ディスコ桐島』
「媚薬」作詞・作曲/編曲:VIBRASTONE
「しのび逢い」作詞・作曲・編曲
「夢」作詞:近田春夫+佐藤公彦/作曲/編曲:VIBRASTONE
「炎」作詞・作曲・編曲

1997年11月19日CD再発売。

電気GROOVE(キューンソニー)
1993.05.21『FLASH PAPA MENTHOL』
「Bingo!」編曲
『FLASH PAPA MENTHOL』は、1991年4月10日発売のメジャーデビューアルバム『FLASH PAPA』(ソニー)(CMJK在籍当時)の収録全曲を、1993年(砂原良徳在籍当時)の段階でリアレンジしたアルバム。その中の1曲、石野卓球:作詞、石野卓球・CMJK:作曲の「Bingo!」を近田がアレンジ&プロデュース担当。演奏にはビブラストーンのメンバーが勢揃い。

千日前ちなつ&ちあき(メディアレモラス/ポニーキャニオン)
1993.08.20「あきのくりづくしメニュー」
「あきのくりづくしメニュー GORGEOUS Mix」作詞・作曲
「あきのくりづくしメニュー STRONG Version」千日前ちなつ&ちあき FEATURING ウゴウゴくんとルーガちゃん 作詞・作曲・編曲

フジテレビ〈ウゴウゴ・ルーガ〉挿入歌。【ちなつ&ちあき】とは、フジテレビアナウンサー大坪千夏と、現ポケット・ビスケッツ(もう、とっくに辞めた)の千秋が扮する、架空の上方漫才コンビ。

ウクレレマン(NECインターチャネル/オラシオン)
1995『UKULELEMAN in the City』
「ウクレレマンハッタン」作詞・作曲
1994年〜1995年3月までフジテレビのキャンペーンキャラクターとして〈ポンキッキーズ〉等に登場していた【ウクレレマン】イメージソング。Mac.&Win.対応CD-ROM『UKULELEMAN in the City』に収録された音楽ファイルの部分をビブラストーンがプロデュースしている。

GOLD WAX(ポリスター)
1996.05.25「ちょうだい」
『Have an eye I』からの先行CDシングル。フジテレビ〈前略ヒロミ様〉オープニングテーマ「ちょうだい」および、「ナイトフライト」のシングル・ヴァージョンを収録。(この2曲は2000年9月1日に発売された(ポリスター)20周年記念オムニバス『20th Anniversary of POLYSTAR collection #3/素敵なランデ・ヴー』にも入っている)
1996.06.26『Have an eye I』
「夢ならつづけ」作詞:東哲一郎・近田春夫/作曲:東哲一郎・仮谷克之
近田プロデュースによるミニアルバム。「夢ならつづけ」「ちょうだい」「くらくらするまで熱だして」「ナイトフライト」「抱いてたいよ」「あぶない愛」の6曲を収録。「夢ならつづけ」の作詞は近田と、ボーカル東哲一郎による共作。"シャ乱Qになりそこねたヤツら"【GOLD WAX】の皆さんが、サントリー{デカビタC}CMソング「どでかいあいつ」をリリースしていた1994年、インクスティック芝浦ファクトリーで浅草キッドとのジョイントライブが行われた。そのライブでの、キッド司会のクイズコーナーが石川誠壱の企画・構成であったことは、あまり知られていない。(それもそのはず、そのコーナーはGOLD WAXの熱演のおかげで時間が押して、飛ばされてしまったからである)

カオルコ(ソニー)
1997.06.01『SWEET SWEET JUNKY』
「秘密があるね」作詞・作曲
カオルコとは現・[アーティスト]。元の新井薫子。3曲入りマキシシングルのうちの1曲「秘密があるね」のみを近田が作詞・作曲およびサウンドプロデュース。

広瀬香美(ビクター)
1997.08.21『Thousands Of Covers Disc.1』
「う・ふ・ふ・ふ」編曲
全11曲すべてカバー、それぞれ曲ごとにプロデューサーを違える、という企画アルバムの中の1曲。1983年のヒット曲「う、ふ、ふ、ふ」(作詞・作曲・歌:EPO(RCA))のカバーバージョンを、近田がプロデュースとアレンジを担当。ハードコア・テクノに変形させている。([うーふふっふ]の部分のコーラスは近田の声。)余談:広瀬香美は、どうしてアルバム『グッド・ラック!』のCDジャケット写真を丸ごと差し替えてしまったのだろう? あの真っ赤なパンストに包まれた見事な太モモ、エロくて良かったのになあ。

YOU THE ROCK(avex)
1998.03.25『ROCK THE POINT』
「HOO! EI! HO! '98」作詞・作曲
「HOO! EI! HO! '98(INSTRUMENTAL)」作曲
「HOO! EI! HO! '98(CHAMP ROAD REMIX)」作詞・作曲・編曲
「HOO! EI! HO! '98(CHAMP ROAD REMIX INST-SENTIMENTAL)」作曲・編曲

President BPM「Hoo! Ei! Ho!」のカバー「HOO! EI! HO! '98」を収録しているマキシシングルだが、同時収録の同曲リミックスバージョンでは(綺麗なメロディですよね)近田本人がプロデュース、アレンジ、プログラミングを手がけている(近田のラップも、ゲスト参加として特別に披露)。自作の、若手によるカバー曲にも、自ら積極的に参加してしまうところが(肝心なのは"おう嬉しいよ、そう言っつくれるとよ"の身軽なフットワークであろう)、やはり近田の底の知れない恐ろしさか。近田こそが「オレが日本代表!」を名乗るべきではないのか?(とは言え、このところブラウン管の中でタレントとして活躍している【YOU THE ROCK★】氏の姿には、たしかに70年代のタレント・近田の再来を感じさせる…部分が、ないでもない。バンドブーム時代のオーケン以来の流れ…とも思えるが、いちばんイメージとして近いのは"ヒップホップ界のなぎら健壱"か)
1998.06.24『THE★GRAFFITI ROCK'98』
「HOO! EI! HO! '98」
「HOO! EI! HO! '98(CHAMP ROAD REMIX INST-SENTIMENTAL)」

2枚組アルバム。上記のマキシから「HOO! EI! HO! '98」と、近田アレンジ版のインストバージョンのみを収録。

μ(リワインドレコーディング)
1999.10.20「GLORIA」
「GLORIA(THANK TOP-MIX)」REMIX
μ(ミュー)は20歳の女性で、元モデルだったらしい。デビューマキシシングル「GLORIA」(作詞:荒木真樹彦・小泉深雪、作曲/編曲:荒木真樹彦)に収録されている、同曲のリミックスバージョン「GLORIA(THANK TOP-MIX)」は、近田のミックスによるもの。(よく事情が飲み込めないので、あいまいなことしか書けませんが、文句があるなら来なさい。

ハイポジ(CTPR/日本コロムビア)
2000.02.19「ジェニーはご機嫌ななめ」
「ジェニーはご機嫌ななめ」作曲
「ジェニーはご機嫌ななめ(R&R Mix'99)」作曲・REMIX

ジューシィ・フルーツのデビューから20年後のカバーである、ハイポジのマキシシングル。(ビートたけし「嘲笑」のカバーなど、ハイポジの心憎い選曲の妙には定評がある)同マキシには、近田が自らリミックスを手がけた「ジェニーはご機嫌ななめ(R&R Mix'99)」も収録されている。(また「ジェニー」2バージョンの他にも、バグルス「ラジオスターの悲劇」カバーも収録)

藤井尚之(ソニー)
2000.08.23「CREAMSODA ONE/恋のバカンス」
「CREAMSODA ONE」編曲
「恋のバカンス」編曲

近田プロデュースによる12インチシングル。アナログ盤のみの発売。「CREAMSODA ONE」は作詞:ユーカリ、作曲:藤井尚之。C/W曲「恋のバカンス」(作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰)は御存知、ザ・ピーナッツのカバー。

ハットリくん(ビクター)
2004.08.25「HATTORI 3(参上)」
「HATTORI 3(参上)」編曲
「HATTORI
3(参上) What's up? への字口Mix」
「HATTORI
3(参上) Instrumental」
香取慎吾が主演の実写版映画『NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE』主題歌。カトリ自身が劇中の【ハットリくん】名義でシングルをリリース。御存知[山〜を飛び〜谷を越え〜♪]の、テレビ朝日版アニメ〈忍者ハットリくん〉主題歌(作詞:藤子不二雄(A)、作曲:菊池俊輔。歌:堀絢子+コロムビアゆりかご会)にラップを取り入れ、ヒップホップバージョンとして大胆なアレンジが為されているが、その編曲とプロデュースを担当したのが近田。
(キャラクター化したカトリと、近田のコラボレーションというのは、実は、コレが初めてではない。かつて【慎吾ママ】が出演していた、2001年のNTT東日本{マイライン/スーパーケンタくん}CMソングが、近田春夫:作曲だったのである。慎吾ママにも、うちのママにも秘密があるのである。)

SHIZUKI(日本コロムビア)
2005.04.13『SUMICA』
「SUMICA」作曲:山岸大輔、近田春夫、山本暢、阪西崇
「Hazy Maze」
「HAPPINESS」
「QUIET」
「Dead or Alive」
「CAORI」
「Sunday Afternoon」

元・宝塚歌劇団【宙組】の男役トップスター姿月あさとが新境地に挑んだ別名義アルバム。「HAPPINESS」(作詞:三浦徳子)を除く全曲の作詞:SHIZUKI。全篇を貫くアンビエントハウスのサウンドプロデュースを、【anoyo】レーベルを代表して近田が手がけた。

『ララピポ』(UNIVERSAL-J)
2009.01.28『映画「ララピポ」オフィシャル・コンピレーション・アルバム』
TARANTULA ORCHESTRA starring Mizrock「BABY MARIA」作詞
TARANTULA ORCHESTRA starring 西野名菜「Shake Your "最高" NIGHT」作詞

2009年2月7日に公開された映画『ララピポ』(原作:奥田英朗、脚本は『嫌われ松子の一生』の中島哲也)の『オフィシャル・コンピレーション・アルバム』は、近田がスーパーバイザー。そこに収録されている2曲「BABY MARIA」「Shake Your "最高" NIGHT」の作詞も担当している(作曲は、いずれも笹本安詞)。映画は2009年7月10日にDVD発売。

『GOD DOCTOR』(TBS/TCエンタテインメント)
2009.02.04『GOD DOCTOR』 ※DVD
石田ひかり主演の舞台劇公演『GOD DOCTOR』(作・演出:大宮エリー/東京・新国立劇場 2008.05.04~05.18、兵庫県立芸術文化センター 2008.05.22〜05.23)の音楽を近田が担当する。2009年2月4日にDVD化。
なお、近田が作曲し、中納良恵(EGO-WRAPPIN')がナマで歌う舞台のエンディングテーマ曲「GOD DOCTOR」は、{リクルート}のCMソングに使用された。

やくしまるえつこ(キング/STAR CHILD)
2009.10.21「おやすみパラドックス/ジェニーはご機嫌ななめ」
「おやすみパラドックス」作曲・編曲
「ジェニーはご機嫌ななめ」作曲
「おやすみパラドックス(off vocal)」
「ジェニーはご機嫌ななめ(off vocal)」

【相対性理論】ボーカリスト・やくしまるえつこのソロシングルを近田がプロデュース。ティカ・a:作詞、近田の作曲・編曲による書下しの新曲「おやすみパラドックス」は、テレビ東京アニメ〈夏のあらし! 〜春夏冬中〜〉オープニング主題歌(その前の、第1シーズン〈夏のあらし!〉オープニング主題歌「あたしだけにかけて」(キング/STAR CHILD)は、「金曜日の天使」をカバーしていたこともある面影ラッキーホール feat.後藤まりこ(ミドリ)の曲だった)。カップリングの「ジェニーはご機嫌ななめ」カバーは編曲:高橋幸宏。




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★COMPOSE


*挙げてくとキリないんで、追い追い調べます。
作詞センター作曲研究所東京アレンジサービス】名義のも、あるしなあ。


1977「愛しのベイ・シティ・ローラーズ」南條由記(東宝レコード) 補作詞・作曲
作詞:島ゆき。
タータン・ホードの「憧れのベイ・シティ・ローラーズ」(東芝EMI)「愛しのベイ・シティ・ローラーズ・ショー」(キング)等ともまぎらわしい、B.C.R.讃歌の和製便乗品。
B面は、B.C.R.を脱退したパット・マッグリンを讃える「パットよ永遠に」(作詞・作曲:小林克己)。

1979「ミッチーと踊ろう」三橋美智也(キング) 作曲
1979「GO GO MITCHIE」三橋美智也(キング) 作曲

ラジオ日本〈電撃わいどウルトラ放送局〉パーソナリティーを務めたことで、大ベテラン三橋美智也がヤングにブレイク。マルちゃん{激めん}片手に、ディスコ・ブームに乗って浮かれていた【MITCHIE】時代のノベルティ的アルバム『激!ミッチー』(編曲&演奏&プロデュース:寺内タケシ)に収録。

1979.08.05「シーサイド・ハネムーン」スラップスティック(キャニオン) 作曲
1979.08.05「少年時代(ボーイズライフ)」スラップスティック(キャニオン) 作曲

1stアルバム『BE CAUTION WITH SLAPSTICK!/スラップスティックに気をつけろ!』収録。どちらも作詞:さがらよしあき、編曲:高田弘。【スラップスティック】は、古谷徹・古川登志夫・三ツ矢雄二など当時人気の男性アニメ声優5人組によるバンド。アニメファンにしか知られていないのをいいことに、80年代前半・第二次声優ブームの最中、驚くべき大量のアルバムをリリースしている。(『スラップスティックに気をつけろ!』は、これ以降の固定メンバーによるオリジナルアルバムとしては1stだが、その以前の1978年に、神谷明を含む幻の第1期メンバーで、ライブ盤LP『スラップスティック/1st.LIVE』(徳間音工)をリリースしているので、ややこしい。)近田作品の他にも、大瀧詠一・かまやつひろし・森雪之丞など豪華な作家陣による書き下ろし楽曲、また奥山イ光伸先生を筆頭にD.N.P.豪華作家陣(もちろんフィーチャリング秋元康)によるサウンドドラマ、コント等が収録されていて、目を見張る内容である。しかし当時のアニメファン以外は誰も知らない。再発もされていない。一日も早いCD復刻、再評価が待たれる完全埋没物件である。
…と、思っていたら。2006年3月15日、(キャニオン)時代のアルバム全12枚が初回生産限定版のBOXセット『スラップスティック CD-BOX』(ポニーキャニオン)として復刻された。もちろん『スラップスティックに気をつけろ!』収録の2曲も、ここで復刻。メデタイ。

1979.08「夢盗人」コンディション・グリーン(キャニオン/SEE-SAW) 作詞・作曲
1979.08「ヘヴィーデイズ・ナイト」コンディション・グリーン(キャニオン/SEE-SAW) 作詞・作曲

居作昌果監督の東宝映画『ピーマン80』主題歌としてリリースされたシングル。
1979.08.20「ウッカリBOY チャッカリGAL」ずうとるび(東芝EMI) 作詞
1979.08.20「NOTHING TO DO」ずうとるび(東芝EMI) 作詞・作曲

同じく映画『ピーマン80』(主演・新井康弘)の主題歌としてリリースされたシングル。A面「ウッカリBOY チャッカリGAL」の作曲は井上鑑。

1979.12.21「恋のコブラツイスト」スラップスティック(キャニオン) 作詞・作曲
1979.12.21「ラブ・シュプール'79」スラップスティック(キャニオン) 作詞・作曲

2ndアルバム『WAIT! SLAPSTICK/青春的恋愛論』収録。どちらも編曲:矢野立美。
2006年3月15日発売『スラップスティック CD-BOX』(ポニーキャニオン)で『青春的恋愛論』復刻。

1980.01「雨の物語」舟木一夫(日本コロムビア) 作曲
作詞:さがらよしあき。アルバム『29小節の挽歌』収録。
1980.04.05「Free」レイジー(RVC) 作曲・編曲
作詞:三浦徳子。アルバム『LAZY V』に収録。ビブラストーン『NATIONAL』収録の「Free」原曲。
1980.08.05「イン・ザ・プラネット」田原俊彦(キャニオン) 作詞・作曲・編曲
1980.08.05「10代の傷跡」田原俊彦(キャニオン) 作詞・作曲・編曲

デビューアルバム『田原俊彦』収録。「哀愁でいと」のB面「君に贈る言葉」の流れからか、"トシちゃんのラジオ番組"という設定で、曲間のトークを多く活かしたDJスタイルのアルバム(小林克也などもゲスト参加)。トシと近田が二人で演じるショートコント「田原と近田春夫のパンク・ジョーク」も収録されている。
1980.11.21「夜明け(アルバ)」スペクトラム(ビクター) 作詞
SEIKO{アルバクォーツ}のCMソング。3rdアルバム『TIME BREAK』からの先行発売シングルだが、アルバムに収録されているのは作詞・作曲:スペクトラムの別バージョン。

1981.02.21「失恋STORY」金井夕子(キャニオン) 作詞・作曲
アルバム『e' cran』収録。編曲:鈴木茂。(尾崎亜美の名曲「パステル・ラヴ」でデビューしている金井夕子だが、そのデビュー当時[石坂浩二がオダンだった]事実は、どう解釈すればいいのか。今も残る大きな謎だ)
1981.02.25「乙女心何色?」柏原よしえ(フィリップス) 作詞・作曲
1981.02.25「チャンスは急に」柏原よしえ(フィリップス) 作詞・作曲

シングルA/B面ともに、編曲:後藤次利。
1981.04「なんとなく、クリスタル」柴田恭兵(東芝EMI) 作曲
作詞:田中康夫。御存知のベストセラー小説、そのイメージソングを著者本人が手がけた…といった態である。(この曲と、かとうかずこ主演の松竹映画版『なんとなく、クリスタル』とは直接の関係はない。映画の音楽は、本編にも役者として出演している【NASA】の亀井登志夫が担当)小説同様、歌詞に登場する単語を解説した【NOTES】も田中自身によって付記されている。B面「これからはふたり」も田中の作詞(作曲は松任谷正隆)。この「なんとなく、クリスタル」は柴田恭兵が出演した宝焼酎{純}CMソングに使われた。(が、CMも焼酎も、いわゆるクリスタルな生活とは、まったく関係がないものだった)宅八郎が田中康夫を盛んに攻撃していた当時、噂の眞相連載「業界恐怖新聞」で、このレコードの存在を鬼の首とったように紹介していた。ペッ、ペッ。
1981「最新情報」川口雅代(フォーライフ) 作詞・作曲
編曲:鈴木茂。1stアルバム『SALUTE 〜ご・あ・い・さ・つ〜』に収録。宮崎美子と川口雅代。〈仙八先生〉の女教師には二人とも、近田が作品を提供しているわけだ。(〈ミスDJ〉殺し、であるとも言える)ときめくね〜。
1981.05.05「S・A・Y・O・N・A・R・A」柏原よしえ(フィリップス) 作詞・作曲
ライブアルバム『第一章・ふれあい/柏原よしえ ON STAGE』に収録。有楽町・読売ホールで1981年3月26日に行われた1stコンサートのライブ盤で、この日のステージ上でのみ、披露されたオリジナル曲。
1981.05.21「シュラシュシュNo.1!」スラップスティック(キャニオン) 作曲
アルバム『GSチック』からの先行シングル。作詞:森雪之丞、編曲:大谷和夫。近田&森雪之丞が手を結んだ《シュラシュシュ》物のサンプルが、ここにもう1曲あった。
1981.06.01「とりあえずニューヨーク」山下久美子(日本コロムビア) 作詞・編曲
1981.06.01「唄にならないBGM」山下久美子(日本コロムビア) 作詞

シングルA/B面ともに、作曲:筒美京平。「とりあえずニューヨーク」は1981年8月25日発売のアルバム『雨の日は家にいて』に収録。(われらが小林信彦先生も『笑学百科』で植草甚一を回想する話のツカミで「とりあえずニューヨーク」に言及。アルバム1枚・2800円は、そりゃ確かに高い!)
1981.06.10「FOXY FOX」沢田研二(ポリドール) 作詞
作曲:吉田建。アルバム『STRIPPER』に収録。1996年11月20日、(東芝EMI)からCD化。
1981.06.21「霧の中のロンリーシチィ」スラップスティック(キャニオン) 作曲
「シュラシュシュNo.1!」とともに、アルバム『GSチック』に収録。こちらも作詞:森雪之丞、編曲:大谷和夫。
2006年3月15日発売『スラップスティック CD-BOX』(ポニーキャニオン)で『GSチック』復刻。

1981.07.05「アメイジング・ガール」西城秀樹(RCA) 作詞・作曲
1981.07.05「スウィート・ソウル・アクション」西城秀樹(RCA) 作詞・作曲

アルバム『ポップンガール・ヒデキ』に収録。どちらも編曲:大谷和夫。
1981.08.21「ちょっとホントあとはウソ」コスミック・インベンション(ビクター) 作詞
作曲・編曲:小田啓義。1981年12月、「YA*KI*MO*KI」に続く2ndシングルとしてシングルカットもされた。
1981.08.21「ゆでたまごちゃん」コスミック・インベンション(ビクター) 作詞・作曲
編曲:小田啓義。
1981.08.21「それはシークレット」コスミック・インベンション(ビクター) 補作詞
作詞:目時裕和、作曲:井上能征、編曲:小田啓義。
以上3曲は1stアルバム『COSMORAMA』に収録。1994年12月1日、CD化。
1981.09.21「ジャンジャンロック」沢田研二(ポリドール) 作詞
作曲:沢田研二、編曲:伊藤銀次。シングル「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」のB面。アルバム未収録。
1981.10.01「メリーよ急げ!」山下久美子(日本コロムビア) 作詞
シングル「雨の日は家にいて」のB面。作曲:伊藤銀次。

1981.11.21「あの子とこの子」橋幸夫(ビクター) 作詞・作曲
アルバム『さ・そ・い・雨』に収録。

1982.02.05「BA-BA-BANG」ザ・タイガース(ポリドール) 作詞
作曲:沢田研二、編曲:伊藤銀次。解散から10周年を記念して「十年ロマンス」で一時的に復活したタイガースの(オレは、どうもアレは"加橋かつみエイド"だったんじゃないか…という気がして、しょうがないのだが。)【同窓会】シングル第2弾「色つきの女でいてくれよ」(コーセー化粧品・春のキャンペーンCMソング)B面に収録された。同日発売のアルバム『THE TIGERS 1982』および5月10日発売のライブアルバム『A-LIVE〜THE TIGERS 1982 同窓会記念コンサート』にも収録、どちらも1994年6月1日CD化。(引き続き1983年3月に3rdシングル「銀河旅行」をリリース。再結成以後、復活タイガースは約1年半に渡って活動していた。その「銀河旅行」は明星食品の"1分でできるカップラーメン"{クイック・ワン}のCMソングでしたな。オレ、それのノベルティのジャンパー、懸賞に応募して当たりまして。〈いいとも〉に着て出ている赤いジャンパーが、それです。ちなみに余談でした)
1982.04「恐れちゃいけない」ラジオっ娘(キャニオン) 作詞・作曲
1982.04「ひとつになりましょ」ラジオっ娘(キャニオン) 作詞・作曲

シングルA/B面とも編曲:後藤次利。
1982「ルンルンルン─夢みる17才─」山田邦子(ビクター) 作詞
アルバム『山田邦子ファースト』収録、1994年6月25日CD化。シングル「つっぱりハイティーン・ガール─ちょっとそこ行くお兄さん─」のB面としてシングルカットもされている。(そのシングルバージョンは1990年9月21日発売の『山田邦子CD FILE』でCD化)作曲:福岡裕、編曲:窪田晴男、演奏・コーラス:ビブラトーンズ(というか、人種熱)(『定本 気分は歌謡曲』所収・POPEYE連載1982年5月25日分「THE歌謡曲」によれば、この曲の発振音[ピー]で消されている部分には、この頃の音楽産業を騒がせていた貸しレコード店問題について、深い関心を寄せていた近田からの、あるメッセージがこめられていた、らしい。それはレコード会社からの自主規制?によって、結果的に消されてしまったわけだけど。そうなると、オレが常々"よくアレが通ったなー"と感心しているのが、まったく同じ、貸しレコードが問題になっていた、三波春夫先生が先頭に立って旗を振ったりしているその時期に[コピれ〜!][テプれ〜!]を連発していた『うなづきマーチ』(キャニオン)であるのだよ。ビートきよし師匠の[テプれ〜!]は、たけしの〈オールナイトニッポン〉リスナーにとってはオナジミのネタであったわけだが、その"言葉"を、あえて、その時期に歌詞の中に使う、というのは、近田と同じ発想から辿りついた"貸しレコード、大いに結構"という大瀧詠一のメッセージだったのだ、とオレは信じて疑わない)
1982.07.21「プラトニック学園」コスミック・インベンション(ビクター) 作詞
1982.07.21「コズミック・サーフィン」コスミック・インベンション(ビクター) 作詞

3rdシングル。A/B面ともに、作詞:近田、作曲・編曲:細野晴臣。「コズミック・サーフィン」は細野晴臣の、『PACIFIC』(CBSソニー)の、そしてYMO(アルファ)の、あの曲のカバー。元はインスト曲だが近田が「太陽の彼方」チックな、オリジナルの詞を書き下ろし、可愛らしいボーカル作品として生まれ変わった。(1999年6月25日発売のオムニバス盤『テクノ歌謡/ビクター編 コズミック・サーフィン』(ビクター/P-VINE)で初CD化)A面曲「プラトニック学園」は近田+細野コンビによるオリジナル。
1982.07.21「避暑地の恋」スラップスティック(キャニオン) 作詞・作曲
1982.07.21「君にWANT YOU!」スラップスティック(キャニオン) 作詞・作曲
1982.07.21「裸足でShakin'」スラップスティック(キャニオン) 作詞・作曲

アルバム『Take me to boathouse/ボートハウスへ連れてって』収録。いずれも編曲:大谷和夫。
2006年3月15日発売『スラップスティック CD-BOX』(ポニーキャニオン)で『ボートハウスへ連れてって』復刻。

1982.08「デートとは何か?」ラジオっ娘(キャニオン) 作詞・作曲
編曲:後藤次利。シングル「茅ヶ崎サンライズ」(by 新田ヨロシク一郎)のB面。
1982.10「渚はカーニバル」Lady,Oh!(キャニオン) 作曲
【ラジオっ娘】から【Lady,Oh!】へのグループ改名後に出したファーストアルバム『Lady,Oh! First』収録。作詞:Lady,Oh!、編曲:後藤次利。アルバムには「恐れちゃいけない」「デートとは何か?」「ひとつになりましょ」も収録。(ちなみに余談ですが、ただの自慢話ですが、オレは水島かおりにお茶をいれてもらったことがある!
2009年7月15日、アルバム未収録のシングル曲までも全て含む形で『Lady,Oh! First』CD化。
1982.12.05「永遠の恋人」山田邦子(ビクター) 作詞
『山田邦子セカンド/贅沢者』(細野晴臣作品「哲学しよう」収録の2ndミニアルバム)に収録。作曲:沢田研二。


1983.12「From Black to Pink」BLACK CATS(ビクター/インヴィテーション) 作曲
作詞:中山泰。3rdアルバム『HEAT WAVE』に収録。1991年5月21日、CD化。(ブラック・キャッツは原宿【クリーム・ソーダ】【ピンク・ドラゴン】等を拠点に活躍していたネオ・ロカビリーバンド。詳しいことは森永博志の『原宿ゴールドラッシュ』でも読みましょう)


1984「フラワー」安野とも子(ラッキーレコード/西友) 作曲・編曲
作詞:作詞センター。秋山道男プロデュースによる西友ストアのPR誌【青春評判ブック】(その前身にあたる【熱中なんでもブック】なら、オレは読んでましたけどね。編集長に秋山道男、スタッフに林真理子、中野翠、関西仕事モデルに南伸坊、糸井重里が杉浦茂にインタビューした記事なども。このへんの80年代人脈の人々をオレが最初に知ったのはコレから、だった。西友店内でのみ販売、定価は10円。ナショナル{ラジカメ}が[お値段ビックリ、一万五千九百十円]だった時代である)のイメージソングという扱いで、通販および西友店内のレコード店でのみ販売されたインディーズシングル。広く市販はされていない。定価350円、限定1000枚のプレスだった…とか。片面にはカラオケ収録。安野とも子にとってはメジャーデビュー直前の、幻のデビュー曲であった。その半年後、やはり秋山道男のプロデュースで、安野とも子は(キャニオン)からメジャーデビューを果たす。そういう縁からか、安野とも子デビュー記念の豪華パンフレットには近田の祝辞コメントも掲載されている。(そのチラシ、有楽町マリオンの【御萬の日】に、山のように配られていたなあ。【御萬の日】の説明なんか、しないけど。みんな捨ててっちゃってましたよ、萬流コピー塾生の皆さんは)(キャニオン)時代の楽曲はいずれも秋山作詞、細野晴臣の作・編曲で、近田の作品は見当たらない。
1984.02.25「雨……やみそうにない。」桑名晴子(徳間ジャパン) 作詞・作曲
アルバム『Face』に収録。
1984.04.21「似てない似顔絵」クリス(ビクター/インヴィテーション) 作詞・作曲
鈴木慶一プロデュースのアルバム『プードル』収録。1993年CD化? 2000年5月25日には(ビクター/P-VINE)より【テクノ歌謡DX】シリーズの1枚としてCD化。(クリスについては、オレにとって50年ぐらい経たないと客観的に書けないような話が多すぎるため、後で別に解説を入れます。【クリスと私】2034年公開予定。)
1984.04.25「そよ風のスクランブル」伊藤つかさ(ビクター) 作詞
作曲:見岳章、編曲:井上鑑。アルバム『クレッシェンド』収録。
1984.05.21「ちぐはぐキッス」小林千絵(キャニオン) 作曲・編曲
5thシングル。作詞:新井和夫。明治{シェイク29}CMソング。
1984.09.21「悲しみはリアルすぎて…」戸川京子(CBSソニー) 作詞・作曲・編曲
デビューシングル。ここでの出会いが『星くず兄弟の伝説』につながる?(2002年7月18日、戸川京子死す。合掌。皆憎。←それ違う。
1986年に発表の戸川京子1stミニアルバム『B.G. 〜NEO WORKING SONG〜』では、シングル曲「悲しみはリアルすぎて…」は入っていないが、2006年2月22日にCD化の『B.G. 〜NEO WORKING SONG〜 +』には収録されている。

1985「ブタペストマーチ」THE BUTA BAND(ディスコメイト) 作曲
シングル「月のワルツ」B面。

1986.05.10「愛してPAX」アミー&THE QPギャング(CBSソニー)
網浜直子の別名義シングル。ホンダ{PAX}のCMソング。作詞:作詞センター+じんましんや、作曲:作曲研究所、編曲:東京アレンジサービス

1986「あなたのとりこ ALL PRAYERS ARE ANSWERED」KIPP LENNON(アルファムーン)
宝酒造{「純」}CMソング。作詞:Chris Mosdell+作詞センター、作曲:Mark Davis。

1987.01「恋はパッション」EVE(CBSソニー)
{浅田飴パッション}CMソング。作詞:Brian Richy、作曲:作曲研究所、編曲:Mark Davis。CMに出演していた仙道敦子が歌っている「PASSION」(ハミングバード)というシングルもあるが、そちらは三浦徳子:作詞、都志見隆:作曲、中村哲:編曲の別の曲。(仙道敦子2ndアルバム『La Fillette』にも収録)ちなみに「恋はパッション」のジャケット写真には、CMに出ているピンクのコートを着た仙道敦子の、背中だけが写っている。おそらくクライアントと代理店と事務所との、連絡が上手く進まなかったのだろう。ジャケ写にCM出演タレントの顔を出すことが出来なかったのではないか。そこまでは、よくある話だが、ところが一方、仙道敦子「PASSION」のジャケ写では、こちらは本人の顔を出すことは問題なかったのだが、商品のカットを出すことが出来なかった。あくまでも出演タレントによるイメージソングであり、浅田飴のCMソングではないから。同じピンクのコートを着て、{浅田飴パッション}を手にした仙道敦子の、CM出演時のスチールがジャケ写に使われているのに、ジャケット上では浅田飴を持っているはずの片手の部分が、無理矢理に引きちぎられたようなデザインになっているのである。直前でダメが出て、関係者の皆さんもヤケを起こしたものか。つまり、このCMに関わる途中の誰かが意地を張っていたおかげで、2枚のレコードとも、非常に中途半端な形のジャケットを晒して、歴史に残ってしまったのであった。ホント、みんな仲良くすればいいのにね。(そんなことだから倒産するのだよマイカルグループ。おかげで、かつての(ハミングバード)音源がどこへ埋没してしまうのか、今後の去就が注目される。浅香唯や工藤夕貴はともかく、仙道敦子がホントもったいない)
「恋はパッション」は、(avex)の少女グループ【dream】が、2003年2月26日発売のカバー曲集アルバム『dream world』で日本語曲「Passion」として歌っている。訳詞:kenko-p、編曲:spicy dan。
1987「SPIN ME ROUND」EVE(CBSソニー)
作詞:Brian Richy、作曲:作曲研究所。「恋はパッション」とともに、アルバム『PASSION』に収録。
1987「Say Say」EVE(CBSソニー)
作詞:Brian Richy、作曲:作曲研究所。シングル「Sugar Sugar」(丸井{赤いカード}CMソング)のB面。アルバム『Che'rie』にも収録。

1987.01.28「SCANNER」PINK(アルファ/MOON) 作詞
元ビブラトーンズ・福岡裕(ユタカ)が、ホッピー神山、岡野ハジメ等と結成したバンド【PINK】にも、近田が詞を提供している。作曲:福岡ユタカ、編曲:PINK。3rdアルバム『PSYCHO-DELICIOUS』に収録。P・K・ディック『暗闇のスキャナー』にインスパイアされて書いた歌詞、だとか。ディック、好きなんだなあ。この人は昔から。(オレはヴォネガット派なんだけどね。)「SCANNER」は、北方謙三:原作・原田知世:主演の角川映画『黒いドレスの女』(オレは"永島敏行:主演!"と言いたいが)でも挿入歌として使用されている。サントラ盤LPには入ってないけど。サントラは全篇【dip in the pool】の音楽だ。

1987.05.25「ZONE」太田貴子(徳間ジャパン) 作詞
作曲/編曲:福岡ユタカ(PINK)。アルバム『POP STATION』に収録。
1987.07.05「メビウスの謎」風見律子(東芝EMI) 作曲
ムーンライダースが手掛けたアルバム『ヌヴェル』に収録。作詞:風見律子、編曲:奥慶一。

1987.07.25「大人だから」伊藤咲子&葵司朗(徳間ジャパン)
作詞:作詞センター、作曲:作曲研究所。オムニバスCD『ベスト・オブ・デュエット・ヒット』に収録。(それが初出だとは、とうてい思えないし、絶対に何かのCMソングだったに違いないとも思うのだが、調査が行き届いていません。)



1989.10.21「二人のお風呂」葵司朗&瞳愛歌(ポニーキャニオン)
白元の入浴剤{バスキング}CMソングを収録したCDシングル。作詞:やまだ まや、作曲:作曲研究所、編曲:東京アレンジサービス。カップリング曲は「二人のお風呂(ディスコ・バージョン)」。英語詞:Brian Richy、編曲:BQユニット。

1989「WANTED」WATERZ
エディ・マーフィが出演したトヨタ自動車{New CELICA}CMキャンペーン【WANTED】のテーマソング。作詞:Brian Richy、作曲:作曲研究所+THE BQ UNIT。WATERZはアメリカの、男女4人兄妹によるコーラスグループらしい。この「WANTED」は日本で製作されたオリジナル曲で、CD化などの詳細は不明だが、トヨタ販売店のみに出廻っていたプロモーションONLYのVHSビデオが存在していて、そこにCMバージョンが収録されている、という。

1991.04.25「シリアス番外地〜OLD JACK SWING」高木完(エピックソニー) 作曲
1stソロアルバム『フルーツ・オブ・ザ・リズム』収録。作詞:高木完。

1991.10「女ざかり」MIKA&マヒナアンクルズ(BMGビクター) 作曲
【神野美伽】+【和田弘とマヒナスターズ】のデュエットソング。シングル「愛の夜ばなし」カップリング曲。作詞:小谷夏(久世光彦)。アルバム『MIKA&マヒナアンクルズ』にも収録。

1992.02.25「POMPだ!」パール兄弟(ワーナーミュージック・ジャパン) 作曲
作詞:サエキけんぞう。アルバム『大ピース』に収録。ちなみに、この曲のリリース時には、すでに【パール兄弟】からは、元ビブラトーンズ・窪田晴男は脱退している。

1992.02.25「ハイ・エナジー」ANNA BANANA(SIXTY/ワーナーパイオニア) 作詞
作曲:井上ヨシマサ。アルバム『OPEN HOUSE』収録。

1992.11.04「クリスマスソング」criola(トーラス) 作詞・作曲
1stアルバム『CRIOLa WINTER SONGBOOK』に収録。日本レコード普及協会{音楽ギフトカード}CMソングに使われた。【criola】は、角田敦のプロデュースによるメンバー不定のアコースティック風セッションバンド。このアルバムにはピアニカ前田、松竹谷清、桜井芳樹などが参加している。ボーカルは【CAT MIKI】。(後に小西康陽も加わり、よりボサノバ色・ジャズ色が濃くなる。小西作品で「アンチ・クリスマスソング」なるシングルもリリース)なお「クリスマスソング」は、(トーラス)所属の女性ボーカリストによるオリジナル・クリスマスソングを集めたオムニバス盤『Happy X'mas』(翌1993年の10月27日に発売)にも収録された。

1993.04.21「CRY CRY CRY」キーラ(SIXTY/BMGビクター) 作詞
RIEKO、YUKI、MIZUHOの女性3人組・セクシーアイドルグループのデビュー曲。日本テレビ〈クイズどんなMONだい!?〉エンディングテーマ。作曲:林哲司、編曲:米光亮。CDシングルには「CRY CRY CRY」オリジナルカラオケに加えて「高音ガイドボーカル入り」「中音ガイドボーカル入り」「低音ガイドボーカル入り」の、都合4種類のカラオケが収録されている。(…ってことは、このグループ、ただのセクシーギャル集団ではなく、3人それぞれのハーモニーが売り物だったのか? それにしては[※ガイドボーカルはキーラではありません]との注意書きが気になるが)ちなみに【キーラ】というグループ名は、〈ウルトラマン〉に登場したQ星の怪獣・サイゴとキーラの【キーラ】に由来しているのである…という豆知識も。

1993.05.12「こどもなんだよ」キャット ミキ(ポニーキャニオン) 作曲(キャット ミキ、近田春夫)・編曲
作詞:TOKI(マドモワゼル朱鷺)。作曲は近田と、ボーカリスト【キャット ミキ】(本来は、近田とも因縁浅からぬ【MEN'S5】のライブメンバーである人。)との共同作品。フジテレビ〈ウゴウゴ・ルーガ〉オープニングテーマ曲。同エンディングテーマ曲「ショーガクセー イズ デッド」(by はのあき with ウゴウゴくんとルーガちゃん。作詞:ピエール瀧)とカップリングでCDシングルが発売された。

1993.09.17「みぞれ」前川清(ポニーキャニオン) 作詞
1993.09.17「流木」前川清(ポニーキャニオン) 作詞

前川清デビュー25周年記念オリジナル・アルバム『別れ曲でも唄って』に収録。いずれも作曲:都志見隆、編曲:川村栄二。(『電撃的東京』や『天然の美』で響かせている、近田のビブラート唱法は、前川清の過剰なパロディである。ここに桑田佳祐との接点が?)「流木」は1994年1月21日発売のCDシングル「悲しみの恋世界」にもC/Wとして収録。「みぞれ」は1994年11月18日発売のアルバム『悲しみの恋世界/夢まぼろし12景』にも収録。(「流木」は前川清の(テイチク)移籍後も定番ナンバーとなり、多くのベストアルバムに収録されているようだ。2002年7月1日発売の『前川清コレクション/雪列車〜ひまわり』など多数ある)
1993.10.21「HOME」国本武春(フォーライフ) 作詞
作曲:福富幸宏。アルバム『フォーライフ』に収録。このアルバムはOTO&淡谷三治のプロデュース作品であり、その前年に"ロック浪曲師"国本が、ビブラストーン「みんなおまえが悪いのさ」でボーカルとしてゲスト参加していたことが契機になって製作された。(と、思うよ。もし話が逆だったら失礼)
1993.11.21「なくわ」キーラ(SIXTY/BMGビクター) 作詞
1993.11.21「バビロン」キーラ(SIXTY/BMGビクター) 作詞

シングル。「なくわ」は作曲:林哲司、編曲:米光亮。「バビロン」は作曲・編曲:米光亮。
1993.12.16「せつなうれし天気雨」キーラ(SIXTY/BMGビクター) 作詞
1993.12.16「こめかみにしわよせて??」キーラ(SIXTY/BMGビクター) 作詞
1993.12.16「テレパシィ」キーラ(SIXTY/BMGビクター) 作詞

「せつなうれし天気雨」は作曲:林哲司。「こめかみにしわよせて??」は作曲:米光亮。「テレパシィ」は作曲:柴矢俊彦。以上3曲に「CRY CRY CRY」「なくわ」「バビロン」も含めて、すべてアルバム『L』に収録。

1994.02.18「DEJA-VU」CREOLE(フォーライフ) 作詞・作曲
1994.02.18「放課後」CREOLE(フォーライフ) 作詞

アルバム『彼と彼女のソネット』に収録。「放課後」は作曲:角田敦。【CREOLE】は【criola】の発展型で、キャット ミキのボーカルを前面に立てたユニットである。
1994.04.21「忘れさせてあげる」貴島サリオ(ポニーキャニオン) 作曲
作詞:戸沢暢美、編曲:船山基紀。3rdミニアルバム『SARIO 3』に収録。
1994.07.06「愛したひとはバツイチ」ナインティナイン&清水ミチコ(BMGビクター) 作詞
作曲・編曲:斉藤英夫。近田も出演していたテレビ東京〈浅草橋ヤング洋品店〉(現〈ASAYAN〉)の企画から発売された(そして、当事者の中にCDリリースに対して積極的な人間が誰一人としていなかった)シングルで、番組司会者の2組によるデュエット曲。
1994.07.21「わがまま」ミキ・クレオール(フォーライフ) 作詞・作曲
CAT MIKI・フィーチャリング・CREOLE…ということで、より前面に彼女のボーカルを押し出したユニット。ボサノバ風アレンジの曲を集めたミニアルバム『MAUVE』に収録。
1994.08.19「永遠(DAY DREAMING)」CREOLE(フォーライフ) 作詞・作曲
アルバム『SOMETHING FLORAL -花のように-』収録。
1994.10.21「大東京」Dr.Tommy(ポニーキャニオン) 作詞
1994.10.21「DETECTIVE」Dr.Tommy(ポニーキャニオン) 作詞
1994.10.21「僕の知らぬ間に君が消えた」Dr.Tommy(ポニーキャニオン) 作詞

すでに1991年には完成されていたらしい、ビブラストーンのラッパー【Dr.Tommy】ファースト・ソロアルバム『RHYTHM LIFE View from my colored glasses』に収録。いずれも作曲・編曲:Dr.Tommy。このアルバムで近田は、「僕の知らぬ間に君が消えた」間奏でオルガン演奏をソロで披露。また「大東京」ではラップにも、[もう一丁!]など【Kakegoe Shout】で参加している。
1994.11.23「さよならはいつわりのことば」ANNA BANANA(SIXTY/BMGビクター) 作詞
作曲:アンナ・バナナ/中山努。ミニアルバム『signz of love』収録。

1995.02.17「大空」CREOLE(フォーライフ) 作詞
作曲:桜井芳樹。
1995.02.17「南十字星」CREOLE(フォーライフ) 作詞
作曲:マツウラヨシタカ。
1995.02.17「雨上がりはいつも幸せ」CREOLE(フォーライフ) 作詞
作曲:角田敦。以上、アルバム『Any Ole Way』収録。
1995.05.20「顔だけ見て!」TRANSISTOR GLAMOUR(日本コロムビア) 作詞
寺本りえ子のソロによるプロジェクト【トランジスター・グラマー】に提供した「顔だけ見て!」は、ミノルタ{CAPIOS-25}CMイメージソング(作曲:寺本りえ子)。マキシCDシングルにはオリジナルの「顔だけ見て!」とともに「顔だけ見て! MAZURKA VERSION」「顔だけ見て! BACTERIA MIX」の、リミックスバージョンも収録。
1995.09.01「ノーコメント」TRANSISTOR GLAMOUR(日本コロムビア) 作詞
作曲:寺本りえ子。「顔だけ見て! MAZURKA VERSION」とともに、アルバム『TRANS POP』に収録。
1995.09.01「Passing」VANILLA(ソニー) 作詞
1995.09.01「IN THE SPACE」VANILLA(ソニー) 作詞

1stアルバム『VANILLA』収録。どちらも作曲:野山昭雄。【バニラ】は、【PINK】の岡野ハジメがプロデュースする、女性ボーカル+男性3人の、どこかで見たような形のバンド。森雪之丞:作詞のデビュー曲「愛をちょうだい」が多少ヒットした。ドラムス・川西幸一は元ユニコーン。
1995.10.21「世界一」TANGOS(ビクター) 作詞
1995.10.21「さかな」TANGOS(ビクター) 作詞

「世界一」は作曲:渡辺貴浩、「さかな」は作曲:角田敦。どちらも2ndアルバム『Famiglia』に収録。【TANGOS】は、ビブラストーン休業の前後にギタリスト・OTOが、南流石(ex あらん・どろん)をボーカルに迎えて結成した新バンド。1994年9月にアルバム『水田』でデビューしている。それにしても。まさか2002年になって急に、作曲家・OTOの存在が、サンコン&ムルアカの【アフリカン・ブラザーズ】によって注目されてしまうことになろうとは。
1995.10.25「怒っている女」田中美奈子(徳間ジャパン/ワイルドジャンボ) 作詞
1995.10.25「Quiet Storm」田中美奈子(徳間ジャパン/ワイルドジャンボ) 作詞

どちらも作曲:窪田晴男。窪田プロデュースのアルバム『minako/東京コア』収録。「怒っている女」は、同時発売のシングル「Tears」(小室哲哉作品)のカップリング曲としても発売。(アルバムには「怒っている女 (Electric Mix)」として収録。
1995.11.25「あ〜ら いい気持ち」SAMPLY RED(RED ALERT) 作詞
新居昭乃をボーカルに迎えたユニット。久光製薬・温熱用具CMのイメージソングと、リミックスバージョン4曲を収めたマキシシングルとして発売された。作曲・編曲:SAMPLY RED(菅野よう子の別名義ユニット)。1996年6月21日、(アポロン)から再リリースされている。
1995.12.21「ワンナイトサンバ」裕木奈江(ソニー) 作詞・作曲
1995.12.21「どうして微笑んだの?」裕木奈江(ソニー) 作詞・作曲

どちらも編曲:萩田光雄。アルバム『アラモード』収録。

1996.03.21「やる気センセーション」篠原ともえ(キューンソニー) 作曲
作詞:マドモワゼル朱鷺、編曲:石野卓球の2ndシングル。ベネッセ・コーポレーション{進研ゼミ/小学講座}CMソング。1996年10月2日発売の1stアルバム『スーパーモデル』にも収録。
1996.05.22「つばさ」VANILLA(ソニー) 作詞
作曲:野山昭雄。3rdシングル。C/W曲は「Passing Part2」(『VANILLA』収録のバージョンとはアレンジ違いで、イントロ部分に自動車走行音のSEが新たに加えられている。この曲そのものが「プレイバックPart2」のパロディなので、こっちのシングルバージョンのほうが本体なのかも知れない)。1997年3月21日発売の5thシングル「空を飛ぶ船〜ROOM#412〜」には、C/W曲で「つばさ (dub mix version)」が収録されている。
1996.07.01「ストロボ」VANILLA(ソニー) 作詞
作曲:野山昭雄。「つばさ」とともに、2ndアルバム『玉椿』収録。
1996.07.21「ダーリン」opd(エピックソニー) 作曲
1996.07.21「このままでいいから」opd(エピックソニー) 作詞

【大阪パフォーマンスドール】改め【opd】(オォピィディ) のアルバム『Magnet』に収録。(まだ今は多くを語らず。)「ダーリン」は作詞:ユーカリ、編曲:田辺恵二。「このままでいいから」は作曲・編曲:窪田晴男。
1996.09.01「午前4時の本能」VANILLA(ソニー) 作詞
作曲:野山昭雄。4thシングル「メラ☆メラ」のC/W曲として収録。アルバム未収録。

1997.07.02「春まぢか」山本譲二(ポニーキャニオン) 作詞
アルバム『指定席 II 〜あなたしかいらない〜』収録。作曲:三木たかし。
1997.10.01「オレは宇宙のファンタジー」アリラン明電(キューンソニー)  作曲
「オレは宇宙のファンタジー」
キム・スー・イルが唄う「私は宇宙のファンタジー」
明和電機が唄う「俺は宇宙のファンタジー」
「ガバは宇宙のファンタジー」
「オレは宇宙のファンタジー」
(カラオケ)
韓国ポンチャック界のスター (?) 李博士(イ・パクサ)と、明和電機が組んだユニット。同題のマキシシングルに、各々ボーカリストを違えた5曲のバリエーションを収録。作詞:土佐正道(明和電機・社長)、編曲:アリラン明電。
1997.10.22「ディスコっぽいよね」Delicious Hip(ソニー) 作詞・作曲・編曲
元PSY'Sのボーカル、CHAKAのソロデビューユニット。シングル「誘惑のハンマー」カップリング曲。1997年11月21日発売のデビューアルバム『Delicious Hip』には「ディスコっぽいよね(Album Version)」として別バージョンが収録。

1998.07.01「キスの嵐」藤井尚之(ソニー) 作詞
1998.07.01「歩こう」藤井尚之(ソニー) 作詞

アルバム先行シングル。
1998.09.09「LOVE PARADE」藤井尚之(ソニー) 作詞
1998.09.09「もしも」藤井尚之(ソニー) 作詞
1998.09.09「昨日 今日 明日」藤井尚之(ソニー) 作詞
1998.09.09「少し今夜は」藤井尚之(ソニー) 作詞

アルバム『first kiss』収録。先行シングルで発売された「キスの嵐」「歩こう」も収録。いずれも作曲:藤井尚之、編曲:佐橋佳幸。
1999.04.21「レイニーストリートブルース」藤井尚之(ソニー) 作詞
1999.04.21「電話友達」藤井尚之(ソニー) 作詞

前作に続きシングル両曲とも、作曲:藤井尚之、編曲:佐橋佳幸。「レイニーストリートブルース」は1999年9月22日発売のアルバム『Who am I?』にも収録。

1999.06.23「爽健美茶コマーシャルソング」EPO(BMGファンハウス) 作曲
近田CMソングの代表作とも言える、御存知[ハト麦、玄米、月見草〜♪]である。この曲が日本コカコーラ{爽健美茶}のCMとして登場したのは1993年だが(最初のボーカリストは鈴木さえ子)、1996年から使用されたバージョンのオリジナル歌手はEPOであった(編曲もEPO)。広告音楽の業界で賞も受けている、このEPOバージョンが初めてCD化されたのが、1999年発売の2枚組ベストアルバム『epocha 1980─1986』(「DOWN TOWN」「う、ふ、ふ、ふ」等のヒット曲ばかりではなく、短いCMソングやCMサウンドロゴ、番組テーマ曲まで、初期(RCA)時代の音源を洗いざらい集めた棚卸しベスト盤)なのである。それ以前の1998年に、【No!TAX】によるCM曲メドレーの企画物シングル『CM MEGA HIT 90'S』(東芝EMI)にも「爽健美茶のうた」として収録されてはいたが、もちろんEPO本人のボーカルではなかった。(86年までの曲を集めた初期ベストに、ポンと飛んで96年の作品がボーナストラックで入っていること…については、この99年に世に出るはずだった『近田春夫CM作品集』(東芝EMI)の発売が頓挫した事情と、むろん無関係ではないだろう)なお、2001年度から新たにオンエアされている[ハッピー、爽健美茶♪]のバージョンでは、おおたか静流・大木理沙・河合えりの3名がボーカルを担当している。編曲は1999年以来、変わらず担当の櫻井映子。(櫻井アレンジの「爽健美茶」も、広告界で99年度に賞を受けている)(2002年からの新CMは一転してドリカムが担当。近田サンお疲れさまでした)(その後、またすぐに復活した)

1999.07.01「Far away」藤井フミヤ(ソニー) 作詞
作曲/編曲:有賀啓雄。アルバム『2000-1』に収録。(1998年2月、【F-BLOOD】としてフジテレビ〈LOVELOVE あいしてる〉に出演した藤井兄弟は、想い出の曲だ…といってクールス「シンデレラ」のカバーを披露。ロックンロールに傾倒していたアマチュアバンド時代のレパートリーだったらしい。近田と藤井家との接点も、最初は案外こんなところにあったのかも知れませんな。)

2000「LOVE BEER?」声:トミー・シュナイダー 作曲
サッポロ生ビール{黒ラベル}CM曲。山崎努と豊川悦司が死闘を繰り広げる【燃える温泉卓球】篇が大好評で、そのためのプレゼントキャンペーン用に、CM映像が収録された非売品DVD『LOVE★BEER?』が製作された。近田の作曲によるBGMは、CD化などはされておらず、そのDVDのみに収録…ということになる。CMのほうは2001年まで、引き続き【バーベキュー】篇、【カラオケ】篇、さらに新アレンジバージョンの音楽を使用して【雪合戦】篇、【金魚すくい】篇、【温泉卓球リベンジ】篇などがオンエアされている。(演出:中島哲也)
2002年度からは、新たに近田が作曲したBGM「LOVE BEER? 2」を用いて、【コンビニ帰りの男】篇(出演:古田敦也)、【自転車置き場の男】篇(出演:ケリー・チャン)、【居酒屋の男】篇(出演:曙)、【特急列車の男】篇(出演:浜田幸一)、【路地裏の男達】篇(出演:松方弘樹)などと続く。(演出:真田敦)

2000.03.08「キョロちゃんでしゅ」茶々(ソニー/SPEビジュアルワークス) 作曲作曲研究所/近田春夫)・編曲
[クエックエックエッ〜♪]でオナジミの、森永{チョコボール}CMキャラクターが活躍するテレビ東京のアニメ番組〈キョロちゃん〉オープニングテーマ。作詞:横山準・茶々、作曲:作曲研究所・近田春夫の、それぞれ合作。…というのは、例の、とんねるずで知られるCMソング[クエックエックエッ〜チョコボ〜ル〜♪]をモチーフにした、ロングバージョンの曲だから。ちなみにエンディングテーマは、さねよしいさ子。さらにちなむと、近田以前の同番組テーマ曲は、つんくの作品であった。(ココナッツ娘「ハレーション・サマー」)…そういうカラクリだったのか!『考えるヒット』で急に"テレ東の子供番組はパワーがある"だの"〈おはスタ〉の【怪人ゾナー】は面白い"だの言い出していたのは!?
「キョロちゃんでしゅ」は2000年9月6日発売のサントラ盤アルバム『テレビアニメーション〈キョロちゃん〉オリジナル・サウンドトラック2』にも収録。
2002.05.15「だから今だけ クエッ!クエッ!! クエッ!!!」東京プリン(avex)
これも、森永{チョコボール}CMソングをモチーフに挿入した、改変バージョンの新曲。作詞:横山準+伊藤洋介、作曲:作曲研究所+LOW DOGS。"キョロちゃん・生誕35周年"を記念して(どうだかなあ? そういう言い草)ビデオとDVDで発売された『キョロちゃん体操』に収録。東京プリンの歌にあわせて、いたいけな子供たちが体操をしている…というだけの、想像するだに気の毒な作品。体操の振付けは、パパイヤ鈴木。(なお、2003年からは東京プリンの歌う[クエックエックエッ〜♪]がテレビのCMにも登場。そこでも、やはり、いたいけな子供たちが集められ、ネプチューンのホリケンを中心に気の毒なダンスを踊らされている。)(2010年、[クエックエックエッ〜♪]のCMは初代のとんねるずバージョンを完全にリメイクする形で、はんにゃの歌・出演で復活した。)
タレント展開・最高潮だった時期の1981年、近田春夫が主演で声優を務めた劇場版アニメ映画といえば『フリテンくん』だが、1990年には、伊藤洋介と杉村太郎のコンビ【シャインズ】を主役の声優に迎えてOVA版『フリテンくん』が2本、製作されている。2006年12月15日、近田版の『フリテンくん(劇場公開版)』がDVD化されたが、同時発売でシャインズ版の2本『フリテンくん1/フリテンの麻雀放浪記』『フリテンくん2/フリテンくんの白い巨塔』も、それぞれDVDでリリースされていて、しかも、この3枚組で『フリテンくん DVD-BOX』というセット商品にまでなって、売られているのであった。(すべて、販売:ラインコミュニケーションズ)

2003.06.18「ガラスのクツ〜なっちゃん」なっちゃん(東芝EMI) 作曲(近田春夫&上田知華)
サントリー{なっちゃん}CMソング。CMに出演している【星井七瀬】嬢が、CMキャラクターとしての名義【なっちゃん】そのままの名前でCDデビュー。作詞:秋元康、編曲:河野圭。作曲は【近田春夫&上田知華】ということで、合作の名義になっているが、要は、近田が作曲したのは、先にCMで使われている[私はなっちゃん〜歌って踊る〜15秒だけのシンデレラ〜♪]の、この部分だけなのであろう。そこ以外の、CD用の楽曲として新たに準備されたボーカルのパートが上田知華(KARYO-BINは何処へ?)の作曲、ということなのではないか。近田にしてみれば、CMソングだからということで頼まれて、15秒分だけの曲を作って渡して、そこで終わらせてしまった仕事を、"今度はCDにするから長く引き延ばせ"と言われても。それは受けたくない。15秒から先の曲作りは、他の人に任せたほうがいい…という心情だった、と想像できる。(このあたりで、『いいのかこれで 考えるヒット6』収録の、華原朋美「あきらめましょう」評を読み返してみると興味深い)つまり[15秒だけのシンデレラ]というフレーズは、作曲家・近田のことも指して、意味していたことになる!? いや、【なっちゃん】自身はCDでは、15秒から先の部分も歌ってしまっているのだから、本当に[15秒だけの]仕事をしている「シンデレラ」は近田だけだ。近田こそが「シンデレラ」だ。そうだそうだそうなのだ、28年前のハルヲフォン時代から、こうなることは決まっていたのだ!! まったく、シンデレラじゃあるまいし。時計なんか見ないで! …と言ったところでしょうか。…しかし、まさか、近田春夫と上田知華と、そして高見知佳と、80年代を代表する"芸能界・3大チカちゃん"が、すべて「シンデレラ」で一本線につながるとは。偶然なのだろうか。
なお「ガラスのクツ〜なっちゃん」は、通常発売のマキシシングル以外にも、DVDが附録についた特別マキシCDが初回限定盤としてリリースされていた。その附録のDVD『キセキに向かって』には、CMのメイキング映像などを収録。CD自体の内容は、どちらも同じで、「ガラスのクツ〜なっちゃん」および同曲の【BANANA ICE from 下町兄弟】によるリミックスバージョン「(Za downtown human beat remix)」と【TATOO】によるリミックスバージョン「(jelly fish remix)」、そして「ガラスのクツ〜なっちゃん(Instrumental)」の、合計4トラックを収録している。オリジナルのCMソング15秒バージョンはCD未収録。(そこまでしないか、大瀧詠一じゃないんだから)ただしオリジナルCM音源は、附録DVDには映像ごと丸々入っているので、そういう意味で近田ファンにとって初回限定盤は貴重である。(そのテの話で言うと、サッポロ{黒ラベル}のキャンペーン景品だった『LOVE★BEER?』DVDを入手し損ねたのが口惜しいなあ。)
(【なっちゃん】は2003年10月15日、マキシシングル「恋愛15シミュレーション」(東芝EMI/Virgin)により【星井七瀬】名義で正式にデビュー。その曲は、新人の男女ユニット【Splash Candy】による作品で、すでに近田の手は(秋元の手も?)離れているようだ。)
「ガラスのクツ〜なっちゃん」は、2004年2月25日に発売された【星井七瀬】名義の1stアルバム『桜の花』(東芝EMI/Virgin)にも収録。また2005年12月7日発売のベストアルバム『ななせは僕の宝物』(東芝EMI)でも収録された。

2006.04.05「My China Boy(愛称的熱情)」西遊妹妹(avex) 作曲・編曲
作詞:媛麗。1987年にEVEがリリースした{浅田飴パッション}CMソング「恋はパッション」(CBSソニー)の、中国語によるカバーバージョン。マキシシングル「chai Presents! ペッパー警部」({サントリーウーロン茶}CMソングに使われた、中国語版「ペッパー警部」である)にカップリング曲として収録。2006年6月28日に発売されたコンピレーションCD『chai dance!』(東芝EMI)にも収録。

2006.05.24「USO」阿井莉沙(ワーナーミュージック・ジャパン) 作詞
作曲:馬飼野康二。2006年5月27日公開の東宝映画『嫌われ松子の一生』(主演:中谷美紀。監督・脚本はサッポロ{黒ラベル}CMシリーズのディレクターでもあった中島哲也)で挿入歌として使用され、2006年5月24日発売のサウンドトラックCD『嫌われ松子の歌たち』に収録。(歌う阿井莉沙とは、かつて「Passion(恋はパッション)」をカバーしていた、元【dream】2期メンバーの人。)

2008.08.06「もいちど遊びましょ」増田恵子(キング) 作詞・作曲・編曲
アルバム『もいちど遊びましょ Now&Then』収録。



*発表年代不明*

「NOW IS THE TIME」 作曲
「WHAT IS IT」 作曲

作詞:山本沙由理(チャッピー)

「OLD FASHIONED LOVER AN」 作詞・作曲

「バクテリア」 作曲


「青年」ヒップアップ(キティ)
作詞:作詞センター、作曲:作曲研究所





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★OMNIBUS
1976.11『リメンバーGS』(キング)
近田春夫&ハルヲフォン「あの時君は若かった」
近田春夫&ハルヲフォン「エメラルドの伝説」
近田春夫&ハルヲフォン「君だけに愛を」
神無月「忘れ得ぬ君」
ザ・グループ・サウンズ「想い出の渚」
清水誠「長い髪の少女」
V.S.O.P.「好きさ好きさ好きさ」
近田春夫&ハルヲフォン「君に会いたい」
オレンジ・ペコ「雨のバラード」
近田春夫&ハルヲフォン「ブルー・シャトウ」
近田春夫&ハルヲフォン「あなたが欲しい」
近田春夫&ハルヲフォン「スワンの涙」
近田春夫&ハルヲフォン「ノー・ノー・ボーイ」
ザ・グループ・サウンズ「バラ色の雲」
ザ・グループ・サウンズ「小さなスナック」
オレンジ・ペコ「花の首飾り」
オレンジ・ペコ「真冬の帰り道」
近田春夫&ハルヲフォン「愛のリメンバー」
近田春夫&ハルヲフォン「シー・シー・シー」
神無月「夕陽が泣いている」
近田春夫&ハルヲフォン「神様お願い」
近田春夫&ハルヲフォン「朝まで待てない」
オレンジ・ペコ「亜麻色の髪の乙女」
近田春夫&ハルヲフォン「キサナドゥーの伝説」
オレンジ・ペコ「僕のマリー」
近田春夫&ハルヲフォン「あの時君は若かった」

2枚組の企画物アルバムで、若手バンドによるGSの名曲カバー集。参加メンバーはハルヲフォンの他に【オレンジ・ペコ】【V.S.O.P.】【神無月】等。ライナーノーツには近田による解説が掲載されている。
2008年9月26日、『リメンバー・グループ・サウンズ』のタイトルで【キングアーカイブシリーズ(18)】としてCD化。
なお、ハルヲフォンによる「ブルー・シャトウ」「君に会いたい」「キサナドゥーの伝説」「ノー・ノー・ボーイ」「愛のリメンバー」「朝まで待てない」の6曲は、後に『ハルヲフォン・メモリアル』に再録された。

1979『ザ・パーティー』おすぎとピーコ(CBSソニー)
TBSラジオ〈パック・イン・ミュージック〉から生まれた企画物アルバム(…だよな?)。おすぎとピーコ35歳の誕生日を祝う架空のパーティー、という設定で豪華ゲストを招いた、擬似実況録音盤。出演は大島渚、石井好子、西田敏行、小森和子、稲川淳二…、そして近田春夫。ほか関係者多数。司会:久米宏。ジャケットのイラストは和田誠(同時期にCBSソニー出版から発売された2冊目の対談集『おすぎとピーコの悪口半分百人分』の装画を流用?)

1981.03『カセットマガジン No.1』(CBSソニー) ※カセットのみ
「近田春夫のフレッシュ対談」
「宮川泰のミュージック・レポート」

「近田春夫のフレッシュ対談」として、浅野温子との対談を収録。音楽面にはまったく関わらずトークのみ、という"タレント仕事"。使用曲・南佳孝「スローなブギにしてくれ」。また、宮川泰と松田聖子の対談で進める音楽講座のコーナー「ミュージック・レポート」にもゲスト出演、宮川先生とピアノの腕を競ったりもしている? 使用曲・松田聖子「夏の扉」。
ウォークマンの普及を当て込んで、この時期[おもしろカセット]といったものが多く発売された。ちょうどブームのMANZAIをアルバム化したもの、などが目立つ一方、『スネークマンショー海賊盤』も『音版ビックリハウス』も、この流れから出てきたものだ。その一環で産まれた商品がコレ。雑誌形式で、さまざまなコーナーを詰め込んだバラエティショー的な内容のテープになっている。ラビット関根・小堺一機のコンビが全篇の狂言廻し。(1987〜88年前後には、今度は[ビデオ雑誌]といったものが乱立したことも記憶に新しい。新しいか?)
1981.06『カセットマガジン No.2』(CBSソニー) ※カセットのみ
「近田春夫のフレッシュ対談」
「近田春夫のフレッシュ対談」として、松田聖子との対談を収録。こちらもトークのみ。使用曲・松田聖子「白いパラソル」。(「宮川泰のミュージック・レポート」第2回には、近田は不参加。宮川先生は"今回は、うるさいチカヤンがいないから安心だ"等と言いながら、浜田朱里をゲストに迎えてデレデレしていた。しかし…。近田春夫を【チカヤン】と呼ぶ人を、この時の宮川先生以外にオレは知らない。(2006年3月21日、宮川泰先生・御逝去。合掌。)
中身では第3号は9月発売予定、と予告されているが、どうやら予定だけに終わったようである。

1981『近田春夫の〈あゝGS〉栄光のヒットグラフティー』近田春夫・監修(フィリップス)
A-1.君に会いたい/ザ・ジャガーズ
A-2.ダンシング・ロンリー・ナイト/ザ・ジャガーズ
A-3.マドモアゼル・ブルース/ザ・ジャガーズ
A-4.ノー・ノー・ボーイ/ザ・スパイダース
A-5.サマー・ガール/ザ・スパイダース
A-6.真珠の涙/ザ・スパイダース
A-7.あの時君は若かった/ザ・スパイダース
B-1.いつまでも いつまでも/ザ・サベージ
B-2.銀の鎖/加賀テツヤ リンド&リンダース
B-3.マイラブ・マイラブ/ザ・ヤンガース
B-4.恋をしようよジェニー/ザ・カーナビーツ
B-5.純愛/ザ・テンプターズ
B-6.忘れ得ぬ君/ザ・テンプターズ
B-7.今日を生きよう/ザ・テンプターズ

構成:近田春夫。近田のDJでつなぐ、GSヒット曲のコンピレーションアルバム。この頃、アサヒ{ミニ樽}のCMソングとして「君に会いたい」や「いつまでも いつまでも」が効果的に使用されており、ちょっとしたリバイバル・ヒットの時期を迎えていた。その動きに乗って企画された、いわゆる【CMコンピ盤】の一種だったのであろう。

1981?『懐かしのアイドル・ヒット』(CBSソニー) ※カセットのみ
近田のDJでつなぐ、ヒット曲集オムニバス?(未確認)
1981?『懐かしのアダルト・ヒット』(CBSソニー) ※カセットのみ
近田のDJでつなぐ、ヒット曲集オムニバス?(未確認)

1988.06.25『ソリッドレコード 夢のアルバム』(ソリッド)
ライナーノーツ:近田春夫。



1989.10『「東京的」VOL.1』窪田晴男プロデュース(MIDI)
近田春夫・かの香織「メカニカ」(かの香織/近田春夫/近田春夫)
近田春夫・かの香織「夜毎夫人」(近田春夫/かの香織/近田春夫)

【近田春夫・かの香織】のユニットで2曲収録。1993年3月21日CD再発売。

1990.07.21『渡邊祐の発掘王〜FUJIYAMA FUNKY編』(キング)
1975 SOUL BAND「MACHINE GUN」(//近田春夫)
ハルヲフォン「FUNKY ダッコNo.1」
1975 SOUL BAND「DO IT」(//近田春夫)

復刻コンピレーションCD。(キング)に残されたレアな音源を集めた再発オムニバス集【音王】シリーズの1枚。渡邊祐の選曲・監修による。(姉妹盤『FUJIYAMA POPS編』も同時に発売された)

1990.12『WORLD PIECE』(ポニーキャニオン/RACKYO)
WORLD PIECE「O・ZONE GYMNOPEDIE No.1」(/Erik Satie/近田春夫)
WORLD PIECE「QUIET」(/近田春夫/)
中川俊郎/近田春夫:REMIX「MYSTERY WOMAN(SPEED MIX)」
中川俊郎/近田春夫:REMIX/プログラミング:電気グルーヴ「SHINJUKU GIGOLO(CONTINENTAL MIX)」

パイオニアのLDプレイヤー{O・ZONE}CM曲「O・ZONE GYMNOPEDIE No.1」収録。御存知、エリック・サティの「ジムノペディ No.1」を近田が【WORLD PIECE】名義でアンビエント風にアレンジ。

1992『BEST OF SOLID 1986-1992 VOL.2』(ソリッド)
近田春夫&ビブラストーン『Vibra is Back』より、「YADA」を収録。

1993.11.21『Jungle Oasis inc』Dr.Tommy Produce(NECアヴェニュー/日本コロムビア)
「Love Is The Answer」(Barbara Douglas/Dr.Tommy,Jin-Gu-Ji/VOCAL ARRANGEMENT:Nappy-G&Dr.Tommy)に、シンセ演奏で参加。

1995.12.20『オフ・オフ・マザー・グース』訳詞・和田誠/作曲・櫻井順(東芝EMI)
近田春夫「があがあ鵞鳥」収録。訳詞:和田誠、作曲・編曲:櫻井順。近田は楽器に触らず、ボーカリストとしてのみの参加で、『マザー・グース』の一篇を歌う。

1996.04.25『エロチカ狂想曲』高浪敬太郎選曲・監修(イーストウエストジャパン)
近田春夫&ハルヲフォン「(秘)肉体調教師」(1978年、日活。監督:白井伸明)劇伴音楽を収録。
昭和史の闇に埋もれた、知られざる日本映画のサウンドトラック曲を発掘している【シネマニア】シリーズの1枚で、日活ロマンポルノ等で使用されたオリジナル音源が集められている。ハルヲフォン以外にも細野晴臣・DTBWB・クリエイション・三上寛ほか、大物ミュージシャン諸氏が若き日の小遣い稼ぎ仕事を披露している、隠れたレアトラック集だ。(オレ的には、日活映画『いちどは行きたい女風呂』主題歌としてのドクター南雲「女風呂の唄」と、奥山イ光伸先生:作詞の『桃尻娘』主題歌が収録されていたのが、ポイントだった)
2000年9月20日、『GO!CINEMANIA(5)/エロチカ狂想曲』として(ポリスター)からCD再発売。

1997.12.12『HITSTORY/筒美京平 ULTIMATE COLLECTION 1967〜1997 Vol.1』(ソニー)
1997.12.12『HITSTORY/筒美京平 ULTIMATE COLLECTION 1967〜1997 Vol.2』(ソニー)

筒美京平の作曲による代表的なヒット曲163作品を集めた、作曲家活動30周年記念オムニバスBOXセット。CD4枚組×2セットの計8枚組。付録ブックレットに近田の祝辞コメントが掲載されている。

1999.03.25『近田春夫CM作品集』(東芝EMI)(仮題)
発売中止。【Mr.MUSIC】プロデュースによるCM音楽オムニバス集シリーズの1枚として企画されていた。「爽健美茶」をはじめ、近田:作曲の代表的CM音楽が収録された、ファン垂涎の内容になるはずだった、らしいのだが…。

1999.04.25『キング・ニューロック・シングル集 ファンキー・ダッコNo.1』(キング/P-VINE)
ハルヲフォン「FUNKY ダッコNo.1」
ハルヲフォン「MORE FUNKY ダッコNo.1」
近田春夫&ハルヲフォン「恋のT.P.O.」 
(シングルバージョン)
近田春夫&ハルヲフォン「プラスチック・ムーン」 
(シングルバージョン)
近田春夫&ハルヲフォン「きりきり舞い」 
(シングルバージョン)
近田春夫「ロキシーの夜」
近田春夫&ハルヲフォン「闇にジャックナイフ」

復刻コンピレーションCD。シリーズ【ニューロックの夜明け】番外編(9)として、ハルヲフォンのアルバム未収録音源を中心に、(キング)作品の中から選曲された再発オムニバス集。CD裏ジャケットには、シングル「きりきり舞い」ジャケットより、近田のジョン・トラボルタ風コスプレ写真が大きくフィーチャーされている。

1999.10.25『テクノ歌謡/キング編 エレクトリック・ラブ・ストーリー』(キング/P-VINE)
近田春夫「ああ、レディハリケーン」
近田春夫「エレクトリック・ラブ・ストーリー」 
(編曲:YMO)
復刻コンピレーションCD。近田のテクノ時代を代表する、作詞:楳図・作曲:近田・編曲:"矢野顕子の旦那"の、ソロシングル2曲を収録。

1999.11.03『20世紀BEST J-POP&ロック・ヒストリー VOL.2』(日本コロムビア)
近田春夫&ビブラトーンズ「真夜中のピアニスト」
(日本コロムビア)音源から、80年代ロックの代表曲を集めた復刻コンピレーションCD。アルバム『ミッドナイト・ピアニスト』から「真夜中のピアニスト」を収録。一緒にジューシィの「ジェニーはご機嫌ななめ」も収録。

2000『THE GROUND SWELL』(ANOYO)
RICE「Tambo Tambo Tambo」(/近田春夫/)
近田の最新ユニット【RICE】によるトランス・ミュージックの新曲「Tambo Tambo Tambo」を収録。

2001『THE FORCE』(ANOYO)
RICE「Azemichi」(/近田春夫/)
近田の最新ユニット【RICE】によるトランス・ミュージックの新曲「Azemichi」を収録。

2001.11.25『ディスコ歌謡コレクション*キング編 ディスコお富さん』(キング/P-VINE)
ハルヲフォン「FUNKY ダッコNo.1」
近田春夫「エレクトリック・ラブ・ストーリー」 
(ディスコ・ヴァージョン)
70年代(キング)の和製ディスコ歌謡ヒットの中から、エボニー・ウェッブ「ディスコお富さん」スピニッヂ・パワー「ポパイ・ザ・セーラーマン」三橋ミッチー「THE TOMBI(夕焼けとんび)」「BYE BYE HORSE(達者でナ)」等、とくに珍盤・企画盤ばかりを集めた復刻コンピレーションCD。ハルヲフォン時代の「FUNKY ダッコNo.1」および、レア音源「エレクトリック・ラブ・ストーリー(ディスコ・ヴァージョン)」(おそらく、1979年当時のディスコ企画物オムニバスに収められていたアレンジ改編版か? なんか、寄せ集めLPあったじゃん、(キング)で。「お富さん」周辺で。ちなみに春日八郎「お富さん」は、幼少時代の近田が最初に記憶した歌謡曲だトカ。を収録。

2002.03.06『秋元康/秋元流 虎ノ門編』(ポニーキャニオン)
秋元康の作詞による代表的なヒット曲の中から演歌・歌謡曲、女性ボーカル作品など45曲を集めた、作詞家活動20周年記念オムニバスBOXセット。CD4枚組。楽曲解説:近田春夫。
2002.03.06『秋元康/秋元流 市ヶ谷編』(ソニー)
秋元康の作詞による代表的なヒット曲の中からロック・ニューミュージック、デュエット曲、男性ボーカル作品など46曲を集めた、作詞家活動20周年記念オムニバスBOXセット。CD4枚組。楽曲解説:近田春夫。
2003年2月からオンアされているサントリー{なっちゃん}CMソング[私はなっちゃん〜歌って踊る〜♪]は、作詞:秋元康、作曲:近田春夫。この2人が作詞・作曲で正式にコンビを組むのは、もしかしてコレが最初か?

2002『J-ロックの細道〜日本ロックの軌跡 70年代名盤セレクション』(ポニーキャニオン)
近田春夫&ハルヲフォン「ロックンロール・マイ・ウェイ」
近田春夫「エレクトリック・ラブ・ストーリー」
近田春夫&ハルヲフォン「恋のT.P.O.」 
(シングルバージョン)
各レコードメーカー10社相乗りによる、復刻コンピレーションCD。通信販売限定の10枚組BOXセット。監修・選曲:湯浅学。解説:湯浅学、田口史人。
Vol.2『KING RECORD EDITION』にハルヲフォン2曲、近田のソロ1曲が収録されている。

2002.09.04『スーパー・セレクト・CM SONGS/大都会』(キング)
近田春夫「ああ、レディハリケーン」
70〜80年代のCMヒット曲を集めた復刻コンピレーションCD。資生堂{レディバスボン}CMソングとして「ああ、レディハリケーン」を収録。

2002.10.30『LUNATIC THUNDER』(ANOYO)
RICE「Kunugi」(/近田春夫/)
RICE「Datmoon Drive」(/近田春夫/)

近田の最新ユニット【RICE】によるトランス・ミュージックの新曲「Kunugi」「Datmoon Drive」の2曲を収録。

2002.12.04『ON AIR オールナイトニッポン パーソナリティーズヒッツ』(ポニーキャニオン)
近田春夫&ハルヲフォン「ブルドッグ」
〈オールナイトニッポン〉放送開始から35周年を記念した、3枚組コンピレーションCD。歴代パーソナリティー各人が残したヒット曲、代表曲の数々が収められている。近田が火曜第2部を担当していた時期にリリースされたハルヲフォンのアルバム『電撃的東京』より「ブルドッグ」を収録。1978年の、『電撃的東京』リリース前後の半年ほどの時期は、アルバムをプロモーションするための必死の策だったのだろう。火曜第2部の、2時間の間に12回入るCMのゾーンには、地方ネット局では『電撃的東京』の12曲がアタマから順に、全部オンエアされていた。(こうやって説明すると大層なことのようだが、え〜と、要するにアレですよ、オールナイトのCMの間の、アレ。CMの時間に、ただ曲だけが流されているという例のアレ。LFで聴いていても、東京ローカルのCMが4本ほど入った後に5秒ぐらい曲が出るじゃないですか、つまりアレ。アレのことが言いたいわけなんですが、分かるよね皆サン?)ちなみに、それ以外の期間では、"CMに入る直前に番組中でオンエアされていた曲が、そのままイントロから始まって、お時間まで流れる"というのが通例だった。
(このCD、まだ近田に関しては妥当な選曲だと思うのだが、他の人の場合、必ずしもパーソナリティー在籍期間中に発表した楽曲が選ばれている…というわけではないので、各番組のヘビーリスナーだった身にとっては、だいぶ違和感が残る選曲なのだが。)

2003.04.23『鳴呼、お色直し』(テイチク)
近田春夫&ハルヲフォン「東京物語」
ロック、ニューウェーヴ系アーティストによる歌謡曲カバー作品を集めた2枚組コンピレーションCD。

2004.01.21『レッツゴー!GSカヴァーズ』(テイチク)
近田春夫&ハルヲフォン「ついておいで」
さまざまなアーティストによる、GSヒット曲のカバー作品を集めたコンピレーションCD。

2004.01.21『HIP HOP BIBLE☆白盤』(UNIVERSAL)
President BPM「NASU-KYURI」
日本におけるヒップホップの歴史を辿るコンピレーションCD。なぜか「咲坂と桃内のごきげんいかが?1・2・3」で幕を開けるが、2曲目の「NASU-KYURI」以降は順当に、いとうせいこう、高木完、ECD…と続き、「DA.YO.NE.」や「今夜はブギーバック」に至る。

2004.11.25『グワシ!! まことちゃん/楳図かずおワールド』楳図かずお(コロムビア)
近田春夫「エレクトリック・ラブ・ストーリー」 (編曲:YMO)
近田春夫「ああ、レディハリケーン」

1970年代から旺盛な活躍を続ける、ミュージシャンとしての楳図かずお、作詞家・作曲家としての楳図かずおの業績を集大成したコンピレーションアルバム。多くの『まことちゃん』ソングは言うまでもなく、1990年代に【UMEZZ】名義でリリースしたローリー寺西作品『木村の兄さん』、NHK〈みんなのうた〉でオンエアされた『むかしトイレがこわかった!』、また楽曲提供作品として『つる姫じゃ〜っ!』『妖怪伝 猫目小僧』『アンデスの少年・ペペロの冒険』などのアニメ主題歌も余さず収録されており、その中には近田に詞を提供した「エレクトリック・ラブ・ストーリー」「ああ、レディハリケーン」の2曲も、もちろん入っている。(ただし、レコード会社の関係で、郷ひろみに作詞で提供された「寒い夜明け」など多くの作品が未収録なのは残念!)それら、楳図の全ての音楽歴の出発点である、自らLP全曲の作詞・作曲・歌唱を手がけた、1975年リリースの幻の1stアルバム『楳図かずお作品集 闇のアルバム』(CBSソニー)からも、1曲「アゲイン」が収録されている。(その、ちょっと前、2004年6月9日にリリースされた、湯浅学のセレクトによる男気あふれるコンピレーションCD『男 宇宙』(ソニー)には「へび少女」1曲のみが収録されていた)この『闇のアルバム』は2005年6月29日、ライブ音源・テレビ出演時の音源・デモ演奏など多くの未発表テイクをボーナストラックとして含む形で、ようやく初のフルCD化(ソニー)が為された。(【スーパー★ポリス】のライブ音源には、どこかで近田が関わっていたりする可能性もあるのか?)

2005.02.23『イエローマジック歌謡曲』(ソニー)
近田春夫「エレクトリック・ラブ・ストーリー」 (編曲:YMO)
YMOのメンバー細野晴臣・坂本龍一・高橋幸宏の3人が、作詞なり作曲なり編曲なりプロデュースなり、何らかの形で関わったテクノポップ的な歌謡曲仕事の数々を時系列順に集大成した、3枚組コンピレーションCD。【編曲:イエローマジックオーケストラ】と記された近田の「エレクトリック・ラブ・ストーリー」は、彼ら3人の輝かしき最初期の仕事として、マナ「YELLOW MAGIC CARNIVAL」に続き、堂々2曲目に収録されている。

2006.06.14『SHINJUKU LOFT 30th ANNIVERSARY ROCK is LOFT/PURPLE DISC』(UNIVERSAL-J)
近田春夫&ハルヲフォン「シンデレラ」
ライブハウス・新宿【LOFT】のオープン30周年を記念して、【LOFT】出演経験を持つアーティストの代表曲を集めた2枚組コンピレーションCD。ヒカシュー「20世紀の終りに」、クールス「紫のハイウェイ」も収録。

2006.10.21『(秘)色情めす市場 日活ロマン・ポルノの世界』(SOLID RECORDS)
近田春夫&ハルヲフォン「(秘)肉体調教師(M-22A-1)」
日活ロマンポルノのサウンドトラックを集めたコンピレーションCD。

2007.02.25『Tokyo Underground Club Collection:ASTROBASE@Tokyo Clubs&Outdoor』(Switch Style)
CHARUOMB(近田春夫×mix by OMB)「Progressive Test」
クラブミュージックのコンピレーションCD。

2007.12.22『桜井順CM WORKS(1957-2007)』(SOLID RECORDS)
作曲家・桜井順のCM音楽作品集。附録ブックレットに近田の寄稿文が掲載されている。
ここには、大槻ケンヂが歌うサントリー{DAKARA}CMソング「そんな私の歌」(作詞:中治信博、池田定博、赤松隆一郎)が収録されているが、それはブタの着ぐるみが踊る2007年バージョンのCM。近田が作曲を担当した{DAKARA}CMは、鈴木えみが出演した【通勤はスポーツ】篇、速水もこみちが出演した【睡眠はスイミング】篇という2005年のもの。歌手は不明。(作詞者も不明だが、歌詞の[通勤だって運動だ(ある意味)]というフレーズが、どうにも近田春夫っぽいんですけどー。)

2008.09.27『続・人間万葉歌/阿久悠作詞集』(ビクター)
近田春夫&ハルヲフォン「東京物語」
2007年8月1日に亡くなられた阿久悠先生を追悼するCD5枚組のBOXセット。
阿久悠:作詞の名曲・ヒット曲がズラリと並ぶ中で、阿久悠作品のカバーバージョンのみを集めたDISC-5『阿久悠トリビュート』に、ハルヲフォン「東京物語」が収録。

2009.11.25『TOKYO SUITE Selected by NIGO(R)』(PARK HYATT TOKYO)
WORLD PIECE(近田春夫)「O・ZONE GYMNOPEDIE No.1」




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★EARLY TIMES/GUEST PLAY
1971.09.15『日本国憲法 平和・自由・愛』羅生門(ワーナーパイオニア)
1971「日本国憲法 戦争の放棄/天皇」羅生門(ワーナーパイオニア)

1972.01『インディアン、死よりも赤を選ぶ』羅生門(ワーナーパイオニア)
 #1998.06.25 CD(WEA)
1.朱よりも赤く
2.俺の世界
3.前夜(悪夢)
4.叛乱の炎
5.アンクルトマホークはもうごめん
6.消えたバッファロー
7.十字架はどこに立つ
8.花の季節
9.最後の星
10.それは涙の旅と呼ばれた
11.伝説へのノスタルジア
近田は【羅生門】には、【近尾春親】の名前でキーボード奏者として参加。参加…と言っても、レコードジャケットに写真がある近田をはじめ5名のメンバーが、実際に演奏しているのはライブ活動ぐらいのものであり、レコードに収録されている演奏は、すべてクニ河内ほかスタジオミュージシャンの手によるもの。(全作詞:かぜ耕士、というのも注目)ジャケット撮影のためにだけ、借り出されたようなもので、ほとんど架空のバンドに名前を貸しているだけ…に近い状態だったらしい。(要するに、最も分かりやすく説明すると【マイナーチューニングバンド】と【アパッチ】の関係ですよ。それに、いちばん似ている。そう考えていただくのが分かりやすい。…いや、オレには、それがいちばん分かりやすいんだけど…。)その後の近田の複雑怪奇な活動の変遷を思わせる、不思議なデビューのしかたである。


1971『FRIENDS 〜 若きロックのスターたち〜』(ビクター)
A-1.SEA OF MADNESS
A-2.FRIENDS
A-3.C.C.RIDER
A-4.I SHALL BE RELEASED
A-5.JOY TO THE WORLD
A-6.CAN I MAKE A LAST
B-1.FREAK OUT
B-2.THE WEIGHT
B-3.FIRE AND RAIN
B-4.BALLAD OF A WELL KNOWN GUN
B-5.ALL TOGETHER NOW
 #1998.05.25 CD(ビクター/P-VINE)
テツ・ヤマウチを中心に、瀬川洋、成田賢、原田裕臣、大野克夫等が集まって、海外ロックの名曲をカバーしたセッションアルバム。近田はキーボード奏者として参加。


1972.03.10『Moonlight』シロー,ブレッド&バター(ポリドール)
 #1989 CD(ポリドール)
 #1995.09.01  CD(ポリドール)
近田は「Happiness」「Sugar In My Tea」の2曲に、ピアノ演奏で参加。


1972『ゴーゴー大パーティー』(キング)
元リンド&リンダースの加藤ヒロシこと【イエロー・ジプシー】がプロデュースした、カバー曲集の企画アルバム。近田とアラン・メリル、金沢ジュンの3名で結成した【ゴジラ】がメンバー全員で、セッションミュージシャンとして参加している。この作品が近田と、後に(キング)でハルヲフォン担当を務める井口ディレクターとの、出会いの契機となったらしい?


1973『神崎みゆきファースト・アルバム』神崎みゆき(キング)
「ゆう子のグライダー」等で知られるフォークシンガー、神崎みゆき(こうざき・みゆき。ちなみに男性である)の1stアルバム。編曲・演奏を担当しているのが【加藤ヒロシとそのグループ】で、その中には近田もピアノ?で参加。フォーク嫌いの近田にしては珍しいキャリアであろう。


1973.03『ロックンロール放送局 ROCK'N ROLL BROADCASTING STATION Y.U.Y.A.1815KC』内田裕也(ワーナーパイオニア)
A-1.恋の大穴
A-2.ビー・バップ・ア・ルーラ
A-3.ジョニー・B・グッド
A-4.ノックは無用
A-5.トウッティ・フルッティ
A-6.アイ・ニード・ユア・ラブ・トゥナイト
B-1.ハートブレイク・ホテル
B-2.のっぽのサリー
B-3.トラブル
B-4.ブルー・スェード・シューズ
B-5.コミック雑誌なんかいらない
B-6.ティーンエイジ・ブギ
 #1977 (ワーナーパイオニア)
 #CD

裕也サン率いるレコーディング・セッション・バンド【1815 ROCK'N ROLL BAND】のアルバム。近田はピアニストとして参加。


1976『若草の季節』ぎりしゃーず(RCA)
少女3人組、フォーク系コーラスグループの1stアルバム。近田はキーボードプレイヤーとして、ギタリスト小林克己とともにレコーディングに参加。全曲のアレンジも担当?
同アルバムからはシングル「ふるさとのかあさん」がカットされた。


1977.03.05『PURE ELECTRIC SOUL』CREATION(EXPRESS/東芝EMI)
A-1.ELECTRIC SOUL MAN
A-2.TOKYO SALLY
A-3.STEP INTO THE LIGHT
A-4.ALL I CAN DO IS PLAY THE BLUES
B-1.SPINNING TOE-HOLD
B-2.I'M A RAMBLER
B-3.FRANKIE AND JOHNNY
B-4.SEE YOU THE NIGHT AND LEAVE YO AT DOWN/朝焼けの別れ
B-5.HAPPENINGS TEN YEARS TIME AGO/幻の10年
 #1993.03.03 CD(EXPRESS/東芝EMI)
 #1997.11.19 CD(EXPRESS/東芝EMI)

御存知「スピニング・トー・ホールド」を含む3rdアルバム。近田はキーボード奏者として、ほとんど全ての曲にゲスト参加(「STEP INTO THE LIGHT」「SPINNING TOE-HOLD」を除く)。「TOKYO SALLY」(ちょうど来日していたオリビア・ニュートン・ジョンが、ステージのために連れてきていた女性コーラス隊3人を、この曲でバックコーラスに起用)「幻の10年」(原曲:THE YARDBIRDS)の2曲は、1978年4月に発売された『CREATION/THE SUPER BEST』にも収録。「TOKYO SALLY」は、1979年11月に発売された『CREATION/GREATEST HITS』にも収録。


1977.05.05『ロックンロール ミッドナイトパーティー ライブ!!』ダーティー・サーティーズ(東芝EMI)
(DISC-1)
1.ウォーク・ドント・ラン
2.アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア
3.ハロー・メリー・ルウ
4.カラーに口紅
5.悲しき街角
6.ルイジアナ・ママ
7.ダイアナ
8.愛なき世界
9.メドレー
 ジェニ・ジェニ〜
 トゥティ・フルッティ
10.ザッツ・オールライト・ママ
11.ジョニー・エンジェル
12.ルシール
13.メドレー
 ワイプ・アウト〜
 レッツ・ゴー
14.ふられた気持
15.ワンサカ娘
16.マイ・ボニー
17.ラブ・ミー・テンダー
(DISC-2)
1.十番街の殺人
2.ワン・ナイト
3.ワン・ボーイ
4.ユー・アー・マイ・デスティニー
5.オー・キャロル
6.可愛いベイビー
7.バケーション
8.青空のある限り
9.大人になりたい
10.ロール・オーバー・ベートーベン
11.ポエトリー
12.ボーイ・ハント
13.電話でキッス
14.ホワッド・アイ・セイ
15.ブルー・スウェード・シューズ
16.フランキー
 #1995.04.19 CD(東芝EMI)
'98年度バカ息子 OF THE YEAR に輝く黒沢久雄先生を中心に、GS残党の仲間たちが寄り集まった内輪ウケなセッションバンド。六本木【KENTO'S】等のライブスポットで趣味的に、オールディーズ・ナンバーの演奏が繰り広げられていた。(『大きくふたつに分けるとすれば 考えるヒット5』に収録の、近田と筒美京平の対談で、その当時の話に触れられている)その面々による記念スタジオライブアルバム。2枚組。録音は1977年2月22日、(東芝EMI)第1スタジオ。参加した豪華メンバーは黒パン(ex ブロード・サイド・フォー。この後、これを契機に【ブロード・サイド】と名乗ってグループを再結成する)を筆頭に、山本徹、鈴木義之、林ゆたか、小松久、槇みちる、鈴木孝夫、金沢淳、そして近田春夫。特別ゲストにワイルドワンズの植田芳暁。「可愛いベイビー」がシングルカットされていた? という未確認情報もあるので、早急に調査だあ!


1979.02.05『スタジオ・ライヴ!/This is CREATION STUDIO LIVE in DIRECT TO DISC Recording』CREATION(EXPRESS/東芝EMI)
A-1.NEW WAY NEW DAY
A-2.JOHANNA
A-3.STREET SCENE
B-1.RISING SUN
B-2.LYING CHEATING
 #1993? CD(EXPRESS/東芝EMI)
近田はキーボード奏者としてゲスト参加。(CDにのみボーナストラックで収録の6曲目「NEW YORK WOMAN SERENADE」は、1978年発売のオムニバスLP『NEW YORK』(CBSソニー)に収録された竹田和夫作品で、近田は不参加。)
近田と竹田和夫の浅からぬ因縁は、カルメン・マキを通じて始まる。寺山修司から離れてロックを目指したカルメン・マキは、まず最初に近田を含むメンバーで【タイムマシーン】を結成するが、その後に一転、竹田の【ブルース・クリエイション】と組んでアルバム『カルメン・マキ&ブルース・クリエイション』(日本コロムビア)を製作している。ここまでの近田と竹田の"つながり"は[どちらもカルメン・マキのバックで弾いていた]つながり、というだけである。(さらに後の【カルメン・マキ&OZ】には、どちらも不参加)そして、裕也サンと出会った【ブルース・クリエイション】は【1815ロックン・ロール・バンド】に発展。ここへ近田も参加して、ようやく両名は同じバンドで顔を揃えることになったわけだ。その裕也サンのバンドが自然消滅、竹田を中心とした【クリエイション】となってからも、そのまま近田も【クリエイション】のライブメンバーとして、ピアノで加わっていた一時期があったらしい。やがて近田は【クリエイション】を抜け、自らのバンド【ハルヲフォン】を…という流れがあるのだが、そんな、つきあいの長い二人の関係からか、この[ダイレクト・ディスク・レコーディング]システムによるスタジオライブ盤にも、近田が呼ばれた…ようである。もうひとつ、この1979年に加藤和彦のプロデュースで、クリエイションが出したシングル「ママ・ユードン・クライ」はTBSドラマ〈水曜劇場/家路〜ママ・ドント・クライ〉主題歌であり(作詞:唐十郎(ドラマには女房の李礼仙が出演)、作曲:竹田和夫+加藤和彦)、ここでも近田とクリエイションは、役者と音楽家という関係で、再び"共演"を果たしているのであった。(それを言い出せば、その前の1978年に〈水曜劇場〉で放送された〈ムー一族〉も、音楽担当が竹田和夫で、そういう意味での"近田とクリエイションのドラマ初共演"は、そっちのほうが先になるが…。ちなみに〈ムー一族〉オープニングテーマ曲「暗闇のレオ」は、同1978年の8月5日に発売された竹田和夫の1stソロアルバム『MISTY MORNING FLIGHT』に収録された作品「LEO」が原曲で、ドラマ主題曲への起用をきっかけに、クリエイションのシングルとしてリリースされている(このドラマ用アレンジのシングルバージョンはアルバム未収録。7枚組BOXセットCD『TVタイムマシーン』(東芝EMIファミリークラブ)で初CD化。2002年12月4日発売のベスト盤CD『ニッポンのロック・ギタリスト〜竹田和夫〜』(ビクター)に収録された「暗闇のレオ」が、どのバージョンなのか…は、未確認。2003年10月22日発売の2枚組オムニバスCD、〈時間ですよ〉から〈茜さんのお弁当〉まで〈水曜劇場〉の主題歌・挿入歌を網羅した『TBS・水曜劇場の時間ですよ』(ソニー)にもシングルバージョンの「暗闇のレオ」収録。同オムニバスでは、他に〈ムー一族〉関係では郷ひろみ「林檎殺人事件」「HELL OR HEAVEN」はもちろん桂木文「短篇小説」日吉ミミ「世迷い言」など、〈熱愛一家・LOVE〉関係ではSHOT GUN「愛は心のフルコース」ヒストリー「結婚します」森光子「湯の町放浪記」など、ほとんど全て含まれているのに、〈家路〉関係が完全にオミットされているのは何故? だから「ママ・ユードン・クライ」も「マイレディー」も「セザンヌの絵」も「YMCA好知己」もない。他には〈なぜか初恋・南風〉や〈しあわせ戦争〉の主題歌まで入っているというのに…。よっぽど久世サンにヘソ曲げられてたのかな〜、あのドラマの頃って)。ドラマの挿入歌でもある、B面の曲「夢の彼方に」は、1976年に発売のクリエイション2ndアルバム『CREATION with Felix Pappalardi』からカットの「DREAMS I DREAM OF YOU」。なお、これが非常にややこしいのだが、〈ムー一族〉の前作にあたるドラマといえば、郷ひろみ&樹木希林「お化けのロック」や岸本加世子「北風よ」でもオナジミな1977年の〈水曜劇場/ムー〉である。77年当時には、このドラマのサントラ盤LP『TBS系テレビ 水曜劇場・ムー』(ポリドール)も発売されていたが、そのアルバム『ムー』のアーティスト名が【ムー一族】なのである! つまり、【ムー一族】が演奏している『ムー』は、〈ムー一族〉のサントラではなく〈ムー〉のサントラなのだ。ああ、ややこしいなあ。アルバム『ムー』は1999年10月25日に、【電子音楽イン・ジャパン】シリーズの1枚としてCD化(ポリドール/P-VINE)されているが、もちろん竹田とも近田とも関係はない。作曲:荒木一郎、編曲:森本太郎…というメンバーである(「お化けのロック」のみ作曲:宇崎竜童)。竹田和夫の音楽による〈ムー一族〉サントラ盤というのはシングルだけで、アルバム単位では発売されていない。


1981.03「涙のグラジュエーション・デイ/別れのリズム&ブルース」ザ・キングトーンズ(SMS)
シングルB面の曲「別れのリズム&ブルース」に近田がハンドクラッピングでゲスト参加?(2001年7月25日に発売された2枚組ベストCD『Complete Collection』(ポリドール)に収録。)


1981『HANKY PANKY 〜POP COME BACK〜』TH eROCKERS(キャニオン/SEE-SAW)
1.ハンキー・パンキー
2.ドライヴィンナイト・メドレー
 エイント・ザット・ア・シェイム〜
 グレイト・ボール・オブ・ファイアー〜
 トゥッティ・フルッティ
3.冷たくしないで
4.ブルージーン・バップ
5.ムーティーナイト・メドレー
 シー・シー・リトル・シェイラ〜
 セイ・ママ〜
 イエス・アイ・ラヴ・ユー
6.ヘイ・グッド・ルッキン
7.ドント・ワリー・ベイビー
8.クレイジー・ラヴ
9.ブラック・イズ・ブラック
10.涙のレター
11.キッス
12.恋の手ほどき
13.プリティ・ウーマン
14.ハンキー・パンキー
 #1995.05.19 CD(ポニーキャニオン/SEE-SAW)
ロックンロールの名曲カバー集アルバム。近田はオルガン演奏でゲスト参加。
ちなみに陣内孝則は、それから20年後に、沖山優司の「東京キケン野郎」をカバーすることになるわけだが、本人は「自動車ショー歌」の流れ…ぐらいにしか思っていないのかも知れない。


1989.04『それから』JAGATARA(BMGビクター)
 #1999.09.22 CD(BMGファンハウス)
【じゃがたら】のメジャー初アルバム。この中に収録の「つながった世界」(江戸アケミ/EBBY)に、近田がラップでゲスト参加している。同曲は、1993年2月24日発売の2枚組ベストCD『BEST OF JAGATARA 西暦2000年分の反省』(BMGファンハウス)にも収録(そのベスト盤も1999年9月22日、CD再発売)。
近田とJAGATARAとの接点は、JAGATARAの活動と並行してビブラストーンの重要メンバーでもあったギタリスト・OTOの存在が大きい。このあたりの話は、陣野俊史による評伝『じゃがたら』[2000・河出書房新社] を参照のこと。(近田へのロングインタビューも収録されている力作。オレは風呂桶の中で、じっくり熟読しました。)また、こちらも1999年9月22日にCDで再発された、【暗黒大陸じゃがたら】名義の1stアルバム『南蛮渡来』(BMGファンハウス)附録ブックレットには、【じゃがたら】を回想する近田と湯浅学の対談が掲載されている。それも参照のこと。


1989.11.25「エンケンのミッチー音頭」遠藤賢司(ポリドール)
青山ミチの1963年作品「ミッチー音頭」をカバーしたシングルCD。C/W曲は「スタミナ・カラオケ」バージョン。(プロモーション・オンリーのアナログ7インチ盤も存在するが、そこではカップリングが青山ミチの原曲になっている。また「エンケンのミッチー音頭」はニッポン放送〈三宅裕司のヤングパラダイス〉テーマ曲に使用されていたが、それは[歌って踊ってスタミナつけて〜♪]ではなく、[歌って踊ってヤンパラ聴いて〜♪]という歌詞で歌われていた、番組用だけの別バージョン。)この曲はバックコーラスのメンバーが豪華であり、戸川純、サエキけんぞう、奥田民生、関口誠人、野沢直子…等とともに、近田も参加している。
近田とエンケンの共演…といえば、1979年のニューミュージック・マガジンに掲載された【はとバス対談】が忘れられない。同じ時期に、同じ(キング)から、それぞれ[東京]をテーマとしたアルバム『電撃的東京』と『東京ワッショイ』をリリースしていた…という関係から実現したもの。日本の、東京におけるフォークとロックの接点を歌謡曲に求めて、さまざまに語られる刺激的な言葉の数々。その後の、お互いの活動にも少なからず影響を与えあっていたであろう、音楽史に残る重要な邂逅であった。雄山閣版『気分は歌謡曲』に収録。


1990.05.23『エキゾチカ '90』マーティン・デニー(東芝EMI)
ヤン富田プロデュースの新録音アルバムにレコーディング参加。


1992.06.19『NAKED MEN 〜まる出し男〜』MEN'S5(ポニーキャニオン)
1.MEN'S5のテーマ
2.誰に教わったの?
3.AV GAL
4.ハルマゲドンドン
5.愛の賞味期限
6.愛の背負い投げ "一本!"
7.Backキャンパス
8.HEAT BEAT
9.いい曲できるゾ!!
10.サンディー(本名はヨシヲ)
11.うんこはきれい
12.MEN'S5 "終り" のテーマ
後に「"ヘーコキ" ましたね」で大ブレイクすることになる(1994年度日本有線放送大賞・新人賞受賞!)コミックバンド?【MEN'S5】の、メジャーデビューアルバム(インディーズでは、この以前にアルバム『裏メンズ5』(ソリッド)がある。1991年5月25日発売)。1991年12月4日に、デビューシングルとして先に発売された「サンディー(本名はヨシヲ)/愛の背負い投げ "一本!"」の2曲も収録。また、2ndシングル「誰に教わったの?/ハルマゲドンドン」も、『NAKED MEN』からカットされた。
このアルバムにも近田がゲスト参加している。らしい。未確認だが。
【MEN'S5】は、それぞれ名うての実力派セッション・ミュージシャン5名が、変名で参加しているオ遊ビ的なバンドである。たとえばギタリスト【今田太郎】とはビブラストーン・岡田陽助のことであるし、ボーカルの【淡谷三治】というのも、その実体は、同じくビブラのサックスプレイヤー佐藤公彦のこと。ビブラの活動と並行して、【MEN'S5】でも頑張っていたわけなのだ。だから近田に限らず、ビブラの他のメンバーも、【MEN'S5】のレコーディングには積極的に協力しているようだ。その淡谷三治こと佐藤公彦、さらに元をただせば【SALLY】のメンバーだった人である。チェッカーズ大ブームの最中に続々とデビューした"偽チェッカーズ"系バンドのうち、最大の成功例であった、御存知「バージンブルー」(フィリップス)の【SALLY】(1984年度日本レコード大賞・新人賞受賞! …10年ごとに新人賞か。近田の周囲で、これほど賞獲りレースに縁の深い人というのも、珍しいのではないか?)で、やはりサックスを吹いていたのが佐藤公彦。そういう名前のミュージシャンが、浮き草的な人気の短命アイドルに祭り上げられてしまうのは、この世の宿命なのだろう。


2001.07.07『1973.10.20 日比谷野音 "聖ロック祭"』頭脳警察(ディウレコード)
1.ウィスキーハイウェイ
2.プリマドンナ
3.麗しのジェットダンサー
5.さようなら世界婦人よ
6.今日は別に変わらない
7.前衛劇団モータープール
8.無冠の帝王
9.ふざけるんじゃねえよ
10.ハイエナ
11.指名手配された犯人は殺人許可証を持っていた
12.コミック雑誌なんかいらない
13.歴史からとびだせ
14.やけっぱちのルンバ
15.最終指令自爆せよ
16.アラブレッド〜銃をとれ
17.嵐が待っている
18.銃をとれ
これまで、まったく未発表のまま埋もれていた、1973年10月20日の日比谷野外音楽堂・【頭脳警察】幻のライブ音源である。これが新世紀を迎えた後、ようやく2001年になってから初めて発掘され、ライブ盤CDとして世に出ることになった。この年の【頭脳警察】再結成を記念しての発売。
この当日のライブでは、【四人囃子】フルメンバーがバックを務めており、さらに、そこにゲスト・キーボーディストとして近田春夫までもが参加しているのであった。20年間も埋もれていたことが不思議なくらいの、豪華な内容である。



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★CM MUSIC


*自力で全部調べるつもりなど、なし。

Mr.MUSICのHPに[近田春夫・代表的CM作品]リストが載っていたので(合作曲も)、
とりあえずソレを参照しておいてください。(試聴もできます。)

グランドファンクのHPでも、試聴ができます。



[ハト麦、玄米、月見草〜♪]と
[クエックエックエッチョコボ〜ル〜♪]って
同じメロディだよねー。




*未確認情報メモ*
1978? ロッテ{三角チップ}CMソング(作曲:近田春夫)歌・出演:郷ひろみ

1984? ピップ藤本{ピップエレキバンミニ}CMソング
(作曲:近田春夫)(出演:高見知佳
   ハウス食品{さかなかな?!}CMソング「ハウスさかなかな?」
(作曲:近田春夫)歌・出演:河合美智子?(出演:南野陽子?)
   TOTO{ウォシュレット}CMソング
(作曲:近田春夫)(出演:戸川純?)
   アサヒビール{DRAFT}CMソング
(作曲:近田春夫)
   日清食品{シーフードヌードル}CMソング
(作曲:近田春夫)演奏:ゲートボール?
1987? セブンイレブンCMソング「帰り道」
(作曲:近田春夫)
   ソニー{ウォークマン}CMソング「フリ・フリ・ウォークマンのうた」
(作詞:仲畑貴志/作曲:近田春夫)
   TOTO{ウォシュレット}CMソング「最後まで信じていたいのよ」
(作詞:仲畑広告制作所/作曲:近田春夫)
   たらみ{センイ美人}CMソング「腸にVERY GOOD」
(作詞:飯石崇博/作曲:近田春夫)(出演:マルシア)
   出光興産CMソング「洗車の夏」
(作曲:近田春夫)
   出光興産CMソング{Mカード人形}CMソング「エレキ万才」
(作曲:近田春夫)
   NEC{98ノート}CMソング「プレゼンはカラーノート」篇
(作曲:近田春夫)
   NEC{98メイト}CMソング「電話」篇
(作曲:近田春夫)
   NEC{パソコンフェア}CMソング
(作曲:近田春夫)
   {ワイルドブルーヨコハマ}CMソング「3ビキニのこぶた」
(作曲:近田春夫)
   日清食品{スパ王}CMサウンドロゴ
(作曲:近田春夫)歌・山根麻衣
   日清食品{ラ王}CMサウンドロゴ
(作曲:近田春夫?)
   明星食品{一平ちゃん}CMサウンドロゴ
(作曲:近田春夫?)
   明星食品{一平ちゃん・夜店のやきそば}CMサウンドロゴ
(作曲:近田春夫?)
1996 エプソン{カラリオ}CMソング「超カラリオ年賀」篇
(作曲:近田春夫)歌・出演:内田有紀
1997 ハウス食品{こうばしコーン}CMソング
(作曲:近田春夫)(出演:篠原直美)
1997 NTT{Docomo キッズベル}CMソング「ドコモのキッズベル」
(作詞:不詳/作曲:近田春夫)(出演:広末涼子)
1998 NTT{Docomo ポケットボード}CMソング「メールでチャチャチャ」
(作曲:近田春夫)(出演:黒坂真美、梅宮万紗子、春日井静奈)
   三井不動産{ザウス}CMソング「手ぶらでSKI」
(作詞・作曲:近田春夫)(出演:榎本加奈子?)
2002 JCB{新I.C.カード}CMソング
(作曲:近田春夫)歌:三槻直子(出演:中山美穂、田口トモロヲ)
2002 千趣会{ベルメゾン}CMソング
(作曲:近田春夫)(出演:ヘザー・マークス)
2003 日本コカコーラ{tarumi}CMソング
(作曲:近田春夫)(出演:金田美香)
2004 キリンビバレッジ{午後の紅茶}CMソング「ポッポあやや」篇「3時の紅茶」
(作曲:近田春夫)歌・出演:松浦亜弥
2004 キリンビバレッジ{午後の紅茶}CMソング「冷蔵庫ショー」篇
(作曲:近田春夫)歌・出演:松浦亜弥
2004 ポッカコーポレーション{ドライバー}CMソング
(作曲:近田春夫)歌:小林克也(出演:ナインティナイン)
2004 ペンタックス{Optio}CMソング
(作曲:近田春夫)
2004 東京海上日動CMソング「無事故の男?」篇
(作曲:近田春夫)(出演:木村拓哉)
2005 日清食品{日清やきそばU.F.O.}CMソング「香りかぐや姫」篇
(作曲:近田春夫)歌・出演:松浦亜弥
2006 サントリー{ジョッキ生}CMソング
(作曲:近田春夫)歌・出演:所ジョージ
2006 キリンビール{モルトスカッシュ}【出会い篇】CMソング「酔ってた」
(作曲:近田春夫)(出演:麻生祐未)
2006 サッポロビール{Draft One}CMソング「ドラフトワン公国」篇
(作曲:近田春夫)(出演:阿部寛)
2007 サッポロビール企業CM '07 テーマ曲「ないものは、つくるしかない。」
(作曲:近田春夫/編曲:瀬川英史)歌・出演:サッポロビール社員の皆様
2007 京楽産業{ぱちんこ黒ひげ危機一発2}CMソング「黒ひげポン!!」
(作詞:青ひげ/作曲:近田春夫)歌・出演:松崎しげる
2007 京楽産業{ぱちんこ黒ひげ危機一発2}CMソング「呪文はI LOVE YOU」
(作詞・作曲:近田春夫)
2008 サントリー{シーシーレモン}CMソング「ひらけ青春」
(作曲:近田春夫&瀬川英史)
   キユーピー{シーザーサラダドレッシング}CMソング「レシピ」篇
(作曲:近田春夫)
   アサヒ飲料{アサヒ旨茶}CMソング
(作詞・作曲:近田春夫)
   ヤクルト{珈琲たいむ}CMソング
(作詞・作曲:近田春夫)










act3:近田放送(調査中)

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★TV VARIETY
1976〜 ぎんざNOW!(TBSテレビ)
【近田春夫&ハルヲフォン】レギュラー出演。
1976〜 笑って!笑って!60分(TBSテレビ)
近田は【谷啓とスーパーマーケット】メンバーとして、レギュラー出演。
1976〜 おはよう!こどもショー(日本テレビ)
近田は【谷啓とスーパーマーケット】メンバーとして、レギュラー出演。子供のどじまんコーナーの伴奏を務める。
1976 23時ショー(NET)

1976 ロックおもしロック(東京12チャンネル)


1979 日曜☆特バン!(TBSテレビ)

そろそろ各地で評判になっていた近田の"毒舌評論"が求められていた企画。表向きは最新のヒット曲をビデオで紹介する音楽情報特集なのだが、コメンテーター席の近田が、いちいち歌手や楽曲に辛口のトークをぶつけ、司会者(たしか山本雄二?)は大慌て…みたいな。それを目的とした内容である。これぞまさしく【講談・芸能界を斬る!!】。ほぼ定期的に、3〜4回のオンエアがあったはず。正式な放送タイトル等は不明。
1979 ごちそうさま(日本テレビ)
『天然の美』プロモーションで出演、ブタ挽き肉の炒め物を作るが、まだ肉が半ナマ状態なのに"このへんでいいでしょ"と適当に調理を中断。"アンタ、何ちゅうことを!"と司会の高島忠夫が大慌て。"この人は私に生のブタ肉を喰わそうとした。生のブタ肉やで"と番組終了までしつこく言われる。なんでそんなこと今でも覚えてるんだ、オレ。
1979 火曜ワイドスペシャル(フジテレビ)
正式な放送タイトル等は不明だが、ナイターの雨傘番組だった記憶はある。アイドル対抗かくし芸大会のような、どうでもいい、ユル〜い特番だった。ここで近田は、郷ひろみ・石野真子との3人で【多重トリオ】なる即席ユニットを結成し、音楽コントを披露。この年からスタートしたテレビの音声多重放送に引っかけて、メディアに新しく現れたマルチ人間・近田春夫を【音声多重人間】と呼んだのは平凡パンチの4ページ特集。歌手、音楽評論家、DJ、タレント、作詞・作曲家、キーボード奏者、俳優の"一人七役"と紹介していた。すなわち、多重トリオの【多重】というイメージは近田の存在がリードしていたものである。(その前年・1978年の週刊プレイボーイでは、やはり近田を紹介する3ページの記事があり、同じことを【4つの顔をもつ異色人間】と表現していた。…平凡だな〜。パンチがないな〜。)

1980.01.04 金曜娯楽館(日本テレビ)
【東京NEW WAVE特集】と題した新春ライブ特番で近田が司会を務める。収録は1979年12月9日、ラフォーレ原宿での公開録画。出演バンドはP-MODEL、プラスチックス、ヒカシュー、ARB、リザード、81/2、そして近田春夫&BEEF「ああ、レディハリケーン」。

1980.07.12 サザンオールスターズ復帰コンサート(TBSテレビ)
半年間のTV出演休業から復帰した、サザンのライブを中継した特番。会場は兵庫県、芦屋ルナ・ホール。ここで近田は司会を務める。前座にシャネルズ(謹慎直前。TVで「トゥナイト」が歌われた数少ない機会のひとつである)、ヒカシュー、ジューシィ・フルーツも出演。(この特番を観て、オレは初めて【パイク】の意味が分かったよ。PIKE=川カマスのこと。ちなみに鬼カマス=バラクーダー。ヒカシューの演奏の合い間に、画面ではテロップで説明しておいてくれたのである。思わぬところで「おさかな天国」な番組だったんですね)
1980.07 金曜娯楽館(日本テレビ)
引き続き近田とサザンオールスターズが共演。【サザンとゆかいな仲間たち】と題された、これも復帰特番のひとつ。

1980 レッツゴー・ヤング(NHK)
ゲストで登場、「星くず兄弟の伝説」を歌う。
1981.01.01 新春スターかくし芸大会(フジテレビ)


1982.01.01 新春ライブスペシャル3元生放送 サザン熱唱!熱演コント初挑戦(テレビ朝日)

六本木・俳優座劇場から生中継、サザンオールスターズの新春ライブ特番。近田はイリア、南美希子アナとともに司会を務め、サザンとはコントでも共演。(当時の近田はビブラトーンズ結成直後、もうTV芸人からは引退宣言したはずなのだが…。オトナの事情で断りきれなかったのか? あるいは、この頃のサザンは「チャコの海岸物語」で、"もう一度、ちゃんとTV芸人をやる"と、ちょうど近田と逆のことを宣言していた時期であり、その姿勢に共鳴したのかも知れない)



1985.02 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
映画『星くず兄弟の伝説』プロモーションで、手塚眞・尾崎紀世彦等とともに出演。



1992.04.14〜 浅草橋ヤング洋品店(テレビ東京)

1995.04.12〜1998.04.01 TK MUSIC CLAMP(フジテレビ)

1995 えびす温泉(テレビ朝日)

1995.12.09 土曜ソリトン SIDE-B(NHK教育)

1997.05.18 横浜感覚(フジテレビ)

1997 熱血!オヤジバトル(NHK衛星第2放送)

1998.08.06 笑っていいとも!(フジテレビ)

1998.11.28 熱血!オヤジバトル'98(NHK衛星第2放送)

1999.09.20〜09.22 BS音盤夜話(NHK衛星第2放送)

1999.12.25 熱血!オヤジバトル'99(NHK衛星第2放送)

2000〜 TOKYO Boy(MX TV)

2000.08.03〜08.04 BS音盤夜話(NHK衛星第2放送)

2000.10.28 熱血!オヤジバトル2000(NHK衛星第2放送)

2001.04.02 二十一世紀の音霊 〜世紀を超えるアーティストの軌跡〜/ムッシュかまやつ「風来坊の肖像」(スカイパーフェクTV!)

2001.04.22 FACTORY8(フジテレビ)

2001.07.16 GREAT+FULL(BS朝日)

鈴木慶一がホスト、キタキマユがアシスタントを務める音楽トーク番組。第33回の放送に近田がゲストで登場。(トークの内容はレコード・コレクターズ増刊『鈴木慶一&キタキマユのグレイトフル・カフェ』に収録)

2001.08.19 ずっと好きな歌 〜TRIBUTE TO THE GREAT MUSIC〜(BSフジ)

2001.10.12 バンド天国2001〜熱血!オヤジバトル(NHK衛星第2放送)

2002.08.03 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

【空耳アワー】に、神奈川県横浜市・近田春夫さんからの投稿が!?

2002.12.15 熱血!オヤジバトル2002(NHK衛星第2放送)

2003.10.13 熱血!オヤジバトル2003(NHK衛星第2放送)

2003.12.22〜12.31 ラブ紅白(NHK)
2004.01.05 NEW YEAR ROCK FESTIVAL 30+1(フジテレビ)
2004.01.09 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

【空耳アワード】に審査員で参加。

2004.08.23 NIN×NIN GOES TO HOLLYWOOD(フジテレビ)
映画『NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE』のプロモーション特番。製作スタッフへのインタビュー集の中に、主題歌「HATTORI 3(参上)」のプロデューサーとして、近田春夫も登場。

2004.10.09 第8回・熱血!オヤジバトル2004(NHK衛星第2放送)

2005.10.30 第9回・熱血!オヤジバトル2005(NHK衛星第2放送)

2006.01.13 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
2006.01.20 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

2週連続の【空耳アワード】に審査員で参加。

2006.04.12〜 わかる国語 読み書きのツボ/5・6年(NHK教育)
【近田春夫&ナカガワトシオ】として番組のテーマ音楽を担当。

2006.10.17 ROCK FUJIYAMA(テレビ東京)

2006.11.18 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

タモリ、松尾貴史、マーティ・フリードマンとともにアナログレコードのカッティング工場をレポートする。番組内での4人のトークを収めた、世界で1枚のアナログレコードを製作。(欲しい〜!)また、近田の私物パソコンに入っている音源素材なども紹介されていた。

2006.12.16 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
ポール・モーリア追悼記念【イージーリスニング鼻歌文字起こしリサイタル】に参加。

2007.02.04 第10回・熱血!オヤジバトル2006(NHK)
2007.02.10 第10回・熱血!オヤジバトル2006(NHK衛星第2放送)

2007.02.10 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
2007.02.17 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

2週連続の【空耳アワード】に審査員で参加。

2007.06.30 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
スチールドラム特集に出演。

2007.10.27 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
70年代の『歌のない歌謡曲』LPレコードの中から珍アレンジ作品を味わう企画【半田健人の歌謡曲インストナイト プレ視聴会】に出演。(ハルヲフォン『きりきり舞い』にも言及)

2008.03.08 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
2008.03.15 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

2週連続の【空耳アワード2008】に審査員で参加。

2008.07.16 笑っていいとも!(フジテレビ)
半田健人からの紹介で、【テレフォン・ショッキング】に電話で出演。
2008.07.17 笑っていいとも!(フジテレビ)
【テレフォン・ショッキング】に出演。翌日には糸井重里を紹介。

2008.08.23 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
サミー前田、半田健人、渡辺祐とともに歌謡曲の珍盤を味わう【二度と聴けない!? 裏・昭和歌謡の世界】に出演。ハルヲフォンのシングル盤『きりきり舞い』や、タモリ作詞の『夜……酒組』(【秀樹と影武者】バージョン)も紹介された。

2008.09.20 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
【空耳アワー】に、神奈川県横浜市・近田春夫さんからの投稿が!?

2009.01.10 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
(ポニーキャニオン)一口坂スタジオからの【今からでもミュージシャンになれる!? 目指せ!プロほら貝師!!】に出演。

2009.01.30 今夜だけ!タモリ倶楽部スペシャル(テレビ朝日)
テレビ朝日開局50周年記念特別番組の総集篇。2006年12月16日放送の【イージーリスニング鼻歌文字起こしリサイタル】から、クライマックスのセッションのシーンを一瞬だけ再放送。

2009.04.04 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
2週連続の【空耳アワード2009】に審査員で参加。2008年9月20日に放送された、近田自身の投稿作品も再登場。
2009.04.11 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
2週連続の【空耳アワード2009】に審査員で参加。布施明のバックバンドを務めていた時代のエピソードも披露。

2009.09.12 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
ビートルズ特集に出演。

2010.03.27 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
【ショーロの神様・ジョルジーニョにパンデイロを習おう!!】に出演。

2010.06.26 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
超大物レコーディング・エンジニア、内沼映二をフィーチュァする【40ch完全制覇! コンソールでミキシングに挑戦!!】に出演。

2011.01.29 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
【ストーブリーグをもっと熱くする!プロ野球オールスター音の球宴】に出演。

2011.03.26 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
2011.04.02 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

2週連続の【空耳アワード2011】に審査員で参加。

2011.05.14 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
【番組29年目の悲願! 今さらですが…MYマイクでオープニングを撮ろう!!】に出演。

2011.10.08 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
THE GOLDEN CUPSのロゴが入った白いTシャツを着て、【番組美術からのお願い! 空耳オブジェを作って下さい!!】に出演。

2012.01.21 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
【浴衣でアツく燃えろ!! 真冬の音頭ナイト】に出演。

2012.05.19 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
2012.05.26 タモリ倶楽部(テレビ朝日)

2週連続の【空耳アワード2012】に審査員で参加。

2012.09.08 タモリ倶楽部(テレビ朝日)
【温故知新シリーズ1・初期型モーグシンセ(箪笥)で音を作ろう】に出演。"学校の先輩"冨田勲(および松武秀樹)と共演する。


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★TV DRAMA
1978.08〜1979.02.07 水曜劇場/ムー一族(TBSテレビ)
役名【夢先案内人・ヘホ】として途中からレギュラー出演。必ず毎週一回あるオキマリの無意味なシーンで、下町の足袋店【うさぎ屋】の家政婦、金田さん(樹木希林)(カネダではなくカネタ)がトイレに入ると、中は西洋の教会風にステンドグラスで囲まれた、ディスコ的な空間になっていて、金田さんはヘホの案内で、足袋屋の息子・宇崎拓郎そっくりのイイ男、郷ひろみが歌う「HELL OR HEAVEN」で一時、楽しく踊る。(いちいち説明するの、バカバカしいですね)いったい、この【ヘホ】とは何者だったのか、トイレの中のファンタスティックな空間は何だったのか、金田さんが見ていた白昼夢という説明だけでいいのか、それは誰にもわからない。永遠の謎とされている。(それまでは毎週、ドラマの中に郷ひろみ&樹木希林が「林檎殺人事件」を歌うパートが設けられていた。しかし、同曲のヒットの波が過ぎると、そのコーナーも消えてしまい、それだけの分の時間が空いてしまう。そこで「林檎殺人事件」コーナーに代わる穴埋め新企画として、近田を新たに参加させた便所ディスコの"またフィーバーしてしまった〜!"シーンが始まった…というのは、これは確かなのだが。さらに数カ月後、この時間枠は新たな挿入歌「世迷い言」を日吉ミミが歌う"世の中バカなのよ〜♪"のコーナーに、取って替わられる。一度、家政婦協会のみなさんが集まるアンミツ屋のシーンで、毎週視聴者からのハガキを紹介していたアンミツ屋の夫婦に代わり素顔で登場。"あなた、ヘホさん?"の問いに"いいえ私はディスクジョッキーの近田春夫です!!"と声高らかに宣言。怒濤の早口でハガキを読み続ける、という面目躍如の回もあった。その頃には、もう【ヘホ】のコーナーもなくなり、番組中に近田の出番というのは必要とされなくなっていたわけだ。それでも、あちこちのシーンをウロウロしながら、チョコチョコと最終回まで出演は続けていた。多くのキャラクターが入り乱れる、バラエティ的な構成のドラマだったから、そういうことになったのだろう。
1979.02.14 水曜劇場/熱愛一家・LOVE(TBSテレビ)※第1話のみ
区役所の婚姻届け受け付け係の役で出演。長距離トラック運転手(長谷川初範)との婚姻届けを提出にきた16歳の女子高生(石野真子)に対し"子供が何いってんだよ! 親の承諾は!?"と冷たく突き放すが、次第に自分の早口に自分でパニックに陥り、わけがわからなくなる、という印象的なチョイ役。
1979.08.15〜1979.11.07 水曜劇場/家路〜ママ・ドント・クライ(TBSテレビ)
1979.11.14〜1980.02.06 水曜劇場/家路パート2(TBSテレビ)

視聴率不振のためか、途中からテコ入れでタイトルが変更されたが、同じ番組である。中華料理店の中国人コック役。近田の芸能活動史上、唯一と言ってもいい"ちゃんとした芝居のための役"である。役名【李斎足】(リ・サイタル)。妹がいて、これが高見知佳で【李梅子】(リー・バイス)(5thシングル「セザンヌの絵」がドラマ挿入歌に使われていた。本当は満足に使われていたわけではないけど、使われていたことにしておきます)。店には他に、いつも李斎足と喧嘩ばかりしている中国人コックが二人いて、これがタモリ演ずる【庚朱慶】(コウ・シュケイ)と、久保田二郎演ずる料理長の【王郭幕】(オウ・カクマク)。中国人はもうひとり、たまに店にやってくる食材卸し業者、矢崎滋(だと思うんだけどなあ)の【林珍珍】(リン・チンチン)というのもいた。しかし、この業者の役は途中から、小林旭の物真似で厨房のドアを開けて入ってくるアフロヘアの片岡鶴太郎にチェンジされてしまった。彼ら厨房のみなさんは、店の老番頭(伴淳三郎)の娘で、後にタモリと結婚する設定の仲居さん(李礼仙)も交えて、実在の香港人歌手【林子祥】(リン・ツーシャン)(東芝EMI)(てっきりアル・ヤンコビック的な、キワモノ歌手なのだろう…と思っていたのだが、どうやら香港映画界では有名なスター[中華明星]だったらしいですね、"ジョージ・ラム"の名前で。)が歌って少しだけヒットした「YMCA好知己(みなともだち)(ヴィレッジ・ピープル「Y.M.C.A.」の広東語カバー。両A面シングルの片面はジンギスカン「ジンギスカン」の広東語カバー「元祖成吉思汗」。日本のみで発売された第2弾シングルはロッド・スチュワート「アイム・セクシー」の広東語カバー。B面はジンギスカン「めざせモスクワ」の広東語カバー。)を毎回毎回、踊るのであった。(どんなドラマなんだか知らない人には全然わかんねェよ。ドラマのメインは郷ひろみ・京マチ子・佐野浅夫・梶芽衣子・浅野温子らの、店の経営者一家の話が中心です。郷ひろみ「マイレディー」という大ヒット曲も、このドラマから生まれた)
このドラマのことは当時、森茉莉が週刊新潮の名物連載「ドッキリチャンネル」の中で触れている。主にタモリの"爬虫類的な気持ち悪さ"について、口を極めて罵っているだけで、近田への言及までは書かれていないのだが、どういう番組だったのか…というのは、そのエッセイで、だいたい分かります。中野翠・編『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』[1994・ちくま文庫] を御一読あれ。

1998.09.24 向田邦子ドラマスペシャル 寺内貫太郎一家 '98秋(TBSテレビ)




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★RADIO
1977.07〜1979.03 近田春夫のオールナイトニッポン【火曜第2部】(ニッポン放送)
歌謡曲!
DJ近田、最初のレギュラー番組である。この火曜2部の時代については、いろいろと想い出が尽きないので、詳しい話は、いずれまた…として。

この番組で、おサラ回しのアルバイトをしていた学生が、今やパチンコ漫画家の大御所・谷村ひとし、であったとか。(少年ジャンプに『ショウアップ☆ハイスクール』(原作:篝一人。[1984・集英社漫画文庫] 漫画の作中には【近田晴臣】などのキャラクター名が登場)を連載していた1980年ごろ、目次ページのコメントで"近田さん、ボクを覚えていますか!?"と呼びかけていた)
(註:谷村ひとし氏は1953年生まれで、1972年ぐらいから、すでに影丸譲也先生のアシスタントとして働いていたらしい。だとすれば、近田が番組をやっていた1977〜1979年当時に学生で、バイトをしていた…というなら、それは1956年生まれの篝一人氏のほうであった可能性が強いのだ。谷村氏が呼びかけていたというのはオレの記憶違いで、連載中の目次ページでメッセージを送っていたのも原作者・篝氏だったのかも知れません。早急に調べておきます。昔のジャンプの現物を捜してこないと…)
1978年4月5日の放送では、火曜第1部の時間から連続して4時間、キャンディーズ解散コンサート【ファイナルカーニバル】の内容を完全放送した。後楽園球場でのコンサート終了直後、そのまま"録って出し"のオンエアである。"録って出し"だから、番組としてのトーク部分も現場で一発録りだ。コンサートの模様をリスナーに伝える実況アナウンサーくり万太郎、解説者として本来の火曜日パーソナリティーである1部の所ジョージと2部の近田、この3人がステージの隅に設けられた"中継席"に座り、キャンディーズが歌っている間ずっと、横で喋っていたのである! コンサートと同時進行で、その場で4時間ぶんの番組を収録してしまっていたわけだ。だからキャンディーズの最後を見届けに来ていたファンの皆さん、アナタ方は、幻の"後楽園球場・近田春夫トークライブ"も一緒に目撃していたことになるのですよ。(ビブラストーン時代に口を酸っぱくして言っていた"東京ドームライブ"は、ついに実現しなかった、というのに…)1977年10月から1978年4月の解散まで、〈オールナイトニッポン〉第1部の全パーソナリティーが協力してキャンディーズをサポートしていく、という主旨のキャンペーン『ビバ・キャンディーズ』については、同タイトルの記録本がペップ出版から刊行されている。実は2部の近田は、その半年間、解散当日以外ほとんどコレに関係することはなかったのだが、『ビバ・キャンディーズ』の中で1ページだけ、集合写真に顔が写っている。(ラン、スー、ミキを前に、い〜い笑顔を見せているのだが、残念ながら隣りにいるくり万太郎が持った鉢植えのおかげで、目の部分が半分がた隠れてしまっているのだった)
1978〜 タコ社長のマンモス歌謡ワイド(ニッポン放送)
ラジオカーに乗り都内各地から中継を入れる、外回りレポーターとしてレギュラー出演。1998年11月20日、太宰久雄氏・逝去。合掌。
1978 ロッテ・集まれヤンヤン(ニッポン放送)
ニッポン放送銀河スタジオでの公開録音。『電撃的東京』発売前のプロモーションで、ハルヲフォンがゲスト出演し、司会のおりも政夫を前に「ブルドッグ」を演奏する。おりもが"ショックを受けた"というのは、この時のことであろう…と思われる。(『電撃的東京』ライナー参照)
1978 つボイノリオのオールナイトニッポン・ウイークエンドスペシャル 全国電話リクエスト(ニッポン放送)
「きりきり舞い」プロモーションで近田がゲスト出演。(近田は77年夏から、つボイは77年秋から…と、ほぼ同時期に〈オールナイトニッポン〉でパーソナリティーを始めている【つボイノリオ】と【ちカダハルオ】は、この頃、混同されることが多かった。DJ仕事でマイナー人気はあるものの本業の歌手では売れない、という共通点のある両名。利発なトークと毒舌、笑いのセンス、ムダに長いキャリア、芸能界・音楽界に対する皮肉な視点…等、キャラクター的に類似する部分が目立っていたのだろう。近田の火曜2部に宛てて"いつもエッチな歌ばかり歌っている塚田ノリオさんコンバンワ。ヒデキの新曲もヨロシクね"と、謎のファンクラブ組織票リクエストが大量に届いた…というエピソードも。)
1978〜1979 郷ひろみの ………(タイトル思い出せない。)………(ニッポン放送)
"ひろみ君コーナー"等、〈オールナイトニッポン〉での毎週毎週のラブコールが認められ(?)、同時期に放送されていた郷ひろみのハコ番組に、途中から準レギュラー出演。
1979 所ジョージのオールナイトニッポン(ニッポン放送)
1週だけの特別企画で、ニッポン放送銀河スタジオからの公開生放送。所と近田、"売れない歌手"両名のパーソナリティで、主に芸能界のウラ事情が赤裸々に語られていた2時間の番組であった。"CA社"、"CS社"、"WPの金バッヂ"等の重要キーワードが頻出。(3時からの第2部は、従来通りの近田の番組が放送された)
1979.04.01 笑福亭鶴光のオールナイトニッポン・サンデースペシャル(ニッポン放送)
ニッポン放送銀河スタジオからの公開生番組〈エイプリル・フール大放送/これで日本も安心だ!〉。クレイジーキャッツ25周年記念で復活した植木等を迎えての特別企画。(その前年、ナンチャッテおじさんブームの渦中にあった鶴光は、植木等ヒット曲メドレーに"ナ〜ンチャッテ!"のフレーズをからめた「なんちゃって行進曲」なる新曲を製作していたが、"クレイジーなんて、もう古い!"というレコード会社の判断から、シングル発売は中止となってしまっていた。残念。もう1年だけ待っていれば、植木のほうから時代に戻ってきてくれたのになあ)ここに近田は、所ジョージとともにゲスト出演。「恋のT.P.O.」製作の秘話(?)を公開する。
1979.04〜1979.09 近田春夫とコッペのオールナイトニッポン【金曜第1部】(ニッポン放送)
番組へのリクエスト投書を中心に、レコード売り上げ等を加味した〈オールナイトニッポン〉独自の、今週のヒット曲ベスト10を発表していた。その名も〈さあ!ベストテン〉。近田が邦楽担当、コッペが洋楽担当という大まかな振り分けがあり、最新の音楽情報をお届けする…ということが目玉となっていた番組である。ドジ達&湯浅→つボイノリオの〈オールナイトニッポン・ウイークエンドスペシャル 全国電話リクエスト〉の流れから、金曜日の〈オールナイトニッポン〉では、毎週のニッポン放送〈今週のリクエスト・ベスト10〉を発表することが、慣例となっていた。それは近田&コッペの時代以後も、【ラジオっ娘】の1部、【タンゴ・ヨーロッパ】【FAY'S】の2部あたりまで続く。また、日本のマスコミで初めて、ヒット曲の"盗作"事情を明からさまに分析した、3週連続の特別企画【ビバヤング!全日本パクリ大賞】も印象深い。
1979 東京ロッキン・タイム(TBSラジオ)

1979.07.14〜07.16 ニッポン放送開局25周年記念48時間生ワイド・マトモジンVSインベーダー(ニッポン放送)
近田の出演は14日(土)深夜11時から15日(日)午前5時まで。その6時間の枠は大場久美子、相本久美子、BIBI、フィーバー、桑江知子ほか当時の人気アイドルをゲストに集めたニッポン放送銀河スタジオからの公開生中継の時間帯で、近田はタモリ、堂尾弘子アナとともに進行役を務める。(生放送48時間の全貌を記録したドキュメント本『マトモジンVSインベーダー』に詳細が記されている)
1979 タモリのオールナイトニッポン(ニッポン放送)
近田がゲスト出演、ここで"骨肉の罵り合い!"が演じられる。
1979.10〜1980.06 近田春夫とマナの西武ミュージック・フレンド・ショップ(ニッポン放送)
番組は1980年10月まで続いたが、7〜10月のパーソナリティはマナとダディ竹千代。
1980.10〜1981.09 近田春夫のパック・イン・ミュージック(TBSラジオ)
月曜深夜の放送。通称〈火曜パック〉。また〈センセーショナル・パック〉の副題もつけられていた。[風格の人]をキーワードに、谷岡ヤスジもゲストで登場。合掌。
1981.02.18 ザ・ぼんちのパック・イン・ミュージック(TBSラジオ)
この週限り、レーティング用のスペシャル・パーソナリティとして火曜深夜にザ・ぼんちが登場。近田は番組後半に特別出演。ここで「恋のぼんちシート」の盗作を全面的に認めてしまう。
1981 日立ミュージック・イン・ハイフォニック(ニッポン放送)
MCは【くり万太郎】ことニッポン放送アナウンサー高橋良一。〈近田春夫作品集〉と題した特集で6曲をオンエア。使われた楽曲は近田春夫&ハルヲフォン「きりきり舞い」ヒカシュー「ガラスのダンス」ザ・ぼんち「恋のぼんちシート」柏原よしえ「乙女心何色?」ジューシィ・フルーツ「十中八九N・G」近田春夫「星くず兄弟の伝説」。
1981.06.26〜07.03 スピーチ・バルーン(FM東京)
大瀧詠一がホストを務めるトーク番組に、沖山優司とともに2週に渡ってゲストで登場。
1982.10〜1983.04 近田春夫の赤坂センセーション(TBSラジオ)

1982 ビバヤング作詞大賞(ニッポン放送)

中山圭以子(元・「パパが私を愛してる」の中山圭子)とともに司会を務める。



1991.07 大槻ケンヂのオールナイトニッポン(ニッポン放送)
『エントロピー・プロダクションズ』のプロモーションでゲスト出演。"10年前にロック界で近田さんのいた位置が、今のボクのいる位置なんですよね"とのオーケンの言葉に"まさに、そうだよ。意味としちゃそういう事"を連発。
1991.07.12 MUSIC GUMBO FRIDAY(FM802)
音楽ライター森田恭子がパーソナリティを務める番組。『エントロピー・プロダクションズ』のプロモーションで、ゲストコーナー〈TONIGHT SPECIAL〉に出演。(トークの模様は単行本『君だけにラジヲ』に収録。ちなみに同番組での〈MUSIC FILE〉なるコーナーのテーマ曲は、ハルヲフォン「COME ON,LET'S GO」であった…とか。)



1992〜1994 ミュージック・ワークショップ(FMネット局)


1996?〜1997? 近田春夫のライオンパッケージソング(毎日放送)


2000.03 テリーとうえちゃん・のってけラジオ(ニッポン放送)

2000.12.31〜2001.01.01 徹底激論 ポップスこれが20世紀の名曲だ!(NHK-FM)

2001.05.25 テリーとうえちゃん・のってけラジオ(ニッポン放送)
2001.09.27 テリーとうえちゃん・のってけラジオ(ニッポン放送)

2003.07.23 みうらじゅん&安齋肇のTR2(J-WAVE)

2003.12.26 ムッシュかまやつ・近田春夫 2003年極私的日本歌謡界総まとめ(TBSラジオ)

2006.01.29 伊集院光・日曜日の秘密基地(TBSラジオ)

2010.12.02 ロックンローラー近田春夫の歌謡曲って何だ?(NHKラジオ第一放送)

筒美京平作品を特集してオンエア。

2011.01.09 近田春夫と篠木雅博の徳間ナイトニッポン(ニッポン放送)
2011.01.16 近田春夫と篠木雅博の徳間ナイトニッポン(ニッポン放送)
2011.01.23 近田春夫と篠木雅博の徳間ナイトニッポン(ニッポン放送)
2011.01.30 近田春夫と篠木雅博の徳間ナイトニッポン(ニッポン放送)

(徳間ジャパン)創立45周年記念の、4週連続特別企画。現(徳間ジャパン)社長・篠木雅博と、近田のトークで、同社の歴史を彩った45年間の名曲の数々を紹介する。(近田のニッポン放送レギュラー出演は「32年ぶり」と宣伝されていた。〈オールナイトニッポン〉金曜1部以来、という計算か)
近田自身の(徳間ジャパン)作品であるゲートボールについても"当時に流行っていた環境音楽を胡散臭く思っていた。それをあくまでも冗談で、お手軽に真似してみたら、ピテカントロプス等の客には意外と芸術的なものとして聴かれていた。その場の一発録りで予算は何千円とかかっていない"などと告白。
またPerfumeについては"偶然に知って気に入っていた。「ジェニーはご機嫌ななめ」のカバーも後から知った。さらに知ったのは自分がアミューズでジューシィ・フルーツやっていた頃のスタッフが、オレが残していった当時のノウハウを使ってプロモートしていたこと"と語っている。つまり、近田に無断でカバーしていた、というわけか。中田ヤスタカが無断なのはまだしも、近田と旧知のはずのアミューズ関係者も無断だったのか。コレ、たまたま近田春夫本人に気に入ってもらえていて、それでPerfumeも結果的に売れたからいいけどさ…。全部が逆に廻って、原作者に嫌われて怒られて人知れず潰されていた、という可能性だってあったわけだよなー。はっ、それが【Cutie Pai】!?

2011.02.24 ロックンローラー近田春夫の歌謡曲って何だ?(NHKラジオ第一放送)
2011.04.21 ロックンローラー近田春夫の歌謡曲って何だ?(NHKラジオ第一放送)
2011.05.19 ロックンローラー近田春夫の歌謡曲って何だ?(NHKラジオ第一放送)
2011.06.16 ロックンローラー近田春夫の歌謡曲って何だ?(NHKラジオ第一放送)


2011.08.27 ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル(TBSラジオ)

2011.09.23 ロックンローラー近田春夫の歌謡曲って何だ? 電撃的スペシャル/いいじゃん!やるじゃん!! 歌謡曲!!!(NHKラジオ第一放送)











act4:近田銀幕(調査中)

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1978.05.20 (秘)肉体調教師(日活)※音楽:近田春夫&ハルヲフォン
1979.06.23 餌食(獅子プロダクション/東映)
※出演
1980.02.16 暴行儀式(にっかつ)
※音楽:近田春夫&ハルヲフォン
1980.10.04 刑事珍道中(角川春樹事務所/東映)
※音楽
1981.03.20 悪魔と姫ぎみ
(16mm・アニメーション)(スーパーウッド/東映動画)※音楽
1981.04.11 フリテンくん
(アニメーション)(ナック/東宝)※声の出演
1983.00.00 SPh
(16mm)(MODERN SOUL FILM)※出演
1985.05.05 星くず兄弟の伝説
(16mm/スタジオアルタでの試写会でのみ上映)(ラガッツオ/シネセゾン)※原作・音楽監督・製作総指揮・出演
1985.06.15 星くず兄弟の伝説(シネセゾン/東映)
※原作・音楽監督・製作総指揮・出演
1991.09.14 バカヤロー!4 YOU!お前のことだよ/
第二話 カラダだけの男(光和インターナショナル/松竹)※音楽
2004.11.20 ザ・ゴールデン・カップス/ONE MORE TIME
(ドキュメンタリー)(アルタミラピクチャーズ)※出演
2006.05.27 嫌われ松子の一生(東宝)
※挿入歌 作詞
2009.02.07 ララピポ(「ララピポ」製作委員会)
※挿入歌 作詞


*未確認情報多数。まあ、追い追い調べますわ。




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★協力諸機関
【YMO ON LINE】主宰・ 和井江夢男様の「近田春夫と私」
あの〜、僕の近田春夫像として決定的なのは
月刊明星のオマケで「ヤングソングブック」という
いわゆる歌集の連載だったんですよ。
週刊文春で連載中の「考えるヒット」に似たもので、
その月の新曲を批評するコラム(1ページで8曲程度と記憶してます)でした。
連載期間は憶えていないのですが、
僕が読者だった80年から82年は連載していたような気がします。
(1998.11.21)

僕の愛読雑誌である「NAVI」(クルマ雑誌)26日発売の99年1月号に
近田春夫氏が載っています。
10年10万キロストーリーと題したコーナー(見開き2ページ)で、
近田氏の愛車が紹介されています。
クルマ購入の動機も紹介されていてナカナカ面白いですよ。
本文中に「気分は歌謡曲で収録しきれなかった20年以上前のポパイ誌のコラムを
すべて収めた単行本が年内にも発売」とあります。
(1998.11.28)

【Chocolate House】主宰・カトーカズヒロ様の「近田春夫と私」
近田さんというと私は「谷啓とザ・スーパーマーケット」のピアノをすぐ
思い出します。

またジューシィ・フルーツの「ジェニー〜」にはラジオで1回聞いた時点でもう
ズッキーンと来てすぐにシングルを買った記憶があります。もうこれは絶対に
売れるぞ!と友人達に触れ回って異端視されていた私でありましたが、私の
予言通り「ジェニー〜」がどんどんヒットして来て友人達に鼻高々になった
記憶もあります。んなことで鼻高々になっても仕方ないんですが(^^)
アルバム「ドリンク!」と「ジューシィ・アラモード」までは
私もよく聞きました。
(1998.11.28)

【ニセ歌謡曲マニュアル】主宰・フクダ

【YMOコレクション】主宰・ハセガワ

【BPM RABEL UNOFFICIAL PAGE】主宰・bpm

【the cat of princess】主宰・赤岩

【へちま総研】主宰・中町こまち様の「近田春夫と私」
ワタクシは近田センセイのヤンソン欄外の新譜レビューに感銘を受け、以来
テクノ好きでありながら歌謡曲にも耳を傾け、偏愛の道まっしぐらというア
リサマですとほほほ。(笑)

余談ですが、16〜7年程前に近田センセイと原由子で民放FMの夕方帯番組の
火曜日あたりを担当してましたが、アレはもしや北海道ローカルだったので
しょうか。(笑) 
(1999.08.07)

【Little Red Book】主宰・槙島りた様の「近田春夫と私」
本日はNHKのBSで(正確には昨夜ですが)
近田春夫サマのお姿を拝見いたしました。
ヒネた発言が相変わらずで、思わず惚れ直してしまいましたデス。

ええ、ワタシも明星のヤンソン(歌本)経由で
近田ワールドに引き込まれてしまった者です。
そうそう、クリスの『プードル』はワタシも名盤だと思います。
時々、ムショーに聴きたくなっちゃいますデス。
ビブラの東京でのライヴは、
皆勤賞状態でした(って自己申告ですが)。
ワタシにとって近田春夫センセイは永遠のアイドルなのでありますデス。
(1999.09.22)

【i-MONDE】主宰・takora様の「近田春夫と私」
私も近田フリーク、ビブラマニアです。

私は、ビブラが、日本で、いや、世界で一番のバンドだと思ってるので、正当な評価がされてない
現状にむかむかしてます。だって、最近、ドラゴン・アッシュとかのヒットで、 ラップの特集がメディアで
組まれるようになったのですが、そこで取り上げられるのは、日本ではスチャダラ・パーとかで、洋ものだと
RUN・DMCとか、そんなの知ってるジャンていうのを誇らしげに紹介したりしてる。ばかじゃん、評論家って\(`O´θ/
とにかく、ムーブメントのさきがけになったアフリカ・バンバータやパブリック・エネミーの名も出ないんですよ
そういうのですから、当然、ビブラのビの字もありません。おい、なんで、知らないんだよ、一様、スマイルは
ベスト30まで、あがったことあるんだぜ、テレビのオンエア回数だって、そのへんのバンドよりはるかに多い。
とにかく、あきれてしまいます。それとも、ラップって、スクラッチとライムという先入感があるんでしょうか

あと、音樂夜話で、スライ特集したとき、その週、毎日近田さんは出演してたのですが、ほとんど発言が
なかったので、今日こそは崇拝してるスライなのでがんがんべしゃってほしいと思ったら、スカシカオの方
にメインがいってしまい、ほとんど、今回も発言がなかったので、すごーく歯がゆい思いでした

なぜか、近田さんって、ハルオフォンのときも、ビブラトーンズのときも正当に評価されませんね
10年はやいとかいわれるけど、おまえらが20年おそいような気がします。それとも評論家に、ほんとに嫌われてるの

あと、、ね、最近、若い連中のラップがおさかんですが、あれがラップだとおもわれるのもいやですね
なんか、肩肘はって、真面目ったらしいめっせーじーーとかいうやつっ歌ってるけど、ラップって
そんなもんじゃなく、もっと楽しい、ある意味共感して笑えちゃうようなものなんじゃないの。深ーい言葉の中に
あるシニカルなユーモア。これがラップて、大切なんじゃないの。なんか、メッセージ、メッセージ
て、てめえのこと、棚に上げて、自分がえらいなんて勘違いしてるから、そんなことやりたくなるのよ。
自分だけが、存在意義があるなんて、おもってるから、他人に平気で傷つけたりするのよ。
もう、今のメッセージって感覚、非常に危機感もってます。
やっばりビブラが正当に評価されて、こういう楽しいラップがあるんだってこと、気がつかなきゃ、だめよ、もう 
(2000.01.20)

Yushi Gotoh

【半魚文庫】主宰・高橋半魚様の「近田春夫と私」
キングのアーティスト・コレクション・シリーズ『近田春夫&ハルヲフォン』ですが、
我慢できずさきほど早速買ってきました。
いやあ、テクノ歌謡ですねえ。カッコイイです。
あの時代の日本も不景気だったけど、でも夢がまだあったなあ。
「ああ、レディ・ハリケーン」の矢野誠プロデュースも、
YMO以上にYMOを曲解(?)してくれてます。
しかし、近田さんのボーカルは、実は初めて聞いたと思うのですが、
ほんとカッコイイですね。
YMOにも、これくらい歌える人がいたら良かったのに(笑)。
(2000.03.07)

【COOLS FAN】Johnny様/ふみえ様//kenji

【CUTIE MORNING MOON】主宰・Hitomi

【VIVA!Pink Lady】主宰・テツ

ジュン

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