「光」の解釈の歴史



海の波は水を媒質に、音は空気を媒質に伝わります。
17〜19世紀の物理学者は、光の媒質の存在を信じて、「エーテル」と呼びました。

レーマー(1644-1710)は、光速度をはじめて計測した人で、木星の衛星イオを観測して、色のドップラー効果で光速度を導きました。
17世紀、ニュートンは、エーテルが空気中や真空中に存在し、光はエーテルを振動させ、固い物質に伝わる、と考えました。
18世紀、数学で有名なオイラーは、エーテルが光や熱だけではなく、磁気力・電気力・重力も伝える、考えました。
1850年頃、フィゾーは歯車による測定装置を作り、光速度を求めました。
マックスウェル(1831-1879)は、「光は進行方向に対して横にゆれる電気と磁気の波である」、という電磁波説を発表しました。
1887年、マイケルソンとモーリーは、エーテルの流れを観測しようと実験しましたが、観測はできませんでした。観測はできなかったけれど、光の速度が、どの方向からでも一定、という発見をしました。
1905年、アインシュタインは、「光電効果」を解明し、光が波でもあり粒子でもあるということを発見しました。


光が粒子だから、光を伝える媒質エーテルの存在は不必要になりました。



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