<年 譜>

日本のヘリコプター半世紀
(1945〜50年代)
 

 ヘリコプターの歴史をふり返るとき、海外の状況についてはさまざまな文献がある。しかし、わが国のそれについてはまとまったものが少ない。そこで、日本の航空再開50年を期して、ヘリコプター事始めから今日まで半世紀の年表作成を試みた。

 個々の事象に関する歴史的な解釈には異なった見解もあろうが、編者としては50年前の刊行物から始めて広く渉猟し、余り解釈を加えずに、目についたものを可能な限り集積した。

 当然のことながら、ここに掲げたもの以外にも重要な事項は数多く存在するであろう。見落としたものや不十分な点については今後、読者各位のご教示を得ながら、つけ加えてゆくつもりである。最終的には歴史的な解釈も加味して、わが国ヘリコプター史の集大成をめざしたい。

 まずは、1945年から50年代にかけての出来事から。

1945年

(昭和20年)

 

  • 8月15日 終戦。
  • 8月25日 連合軍総司令部(GHQ)、日本に飛行禁止を通告。
  • 11月18日 GHQ航空禁止令。わが国の一切の航空活動を禁止、航空局の廃止を指令。
  • 12月21日 航空機製造事業法廃止。

1951年

(昭和26年)

  • 9月8日 サンフランシスコで講和条約調印。

1952年

(昭和27年)

 

  • 3月 萱場工業の「ヘリプレーン」開発開始。戦時中のオートジャイロ量産経験を生かして、セスナ軽飛行機の胴体にローターを取りつけ、ブレード先端のラムジェットで駆動する。54年3月におおむね完成したが、7月地上試験中に横転大破し、計画中止となった。


    (萱場工業ヘリプレーン)

  • 3月14日 日本機械貿易(現三井物産)ベル・ヘリコプター社との間でモデル47の販売代理権と製造権に関する契約締結。
  • 5月 読売新聞社の主唱で日本ヘリコプター研究会がY-1(よみうり1型)ヘリコプターの開発着手。糸川英夫氏らが協力したが、トランスミッション機構などが外国特許にひっかかって不首尾に終わった。

         
    (読売Y-1)

  • 6月6日 極東空軍のシコルスキーH-5ヘリコプターが東京月島の飛行場で公開飛行。垂直離昇、空中停止などの妙技を初めて見る日本人はしばし呆然。
  • 7月15日 航空法施行。
  • 7月16日 航空機製造法(現航空機製造事業法)施行。l 8月1日 航空庁が航空局に改組され、運輸省内局となる。
  • 8月1日 保安庁発足。1950年発足の警察予備隊は保安隊へ、52年4月発足の海上警備隊は警備隊へ改称。
  • 8月8日 萩原久雄氏ヘリコプター試作機を公開。有志とポケットマネーを出し合ってつくったもので、ローターブレード先端にジェットを取りつけて駆動する。1959年まで4機が試作されたが地上数メートルの浮揚に終わった。


    (萩原ヘリコプター)

  • 9月10日 産業経済新聞社のヒラーUH-12Bが日比谷公会堂前で公開飛行。藤本直航空部長の操縦で、運輸大臣も試乗した。
  • 10月31日 運輸省に初の民間ヘリコプター登録。登録記号JA7001は産業経済新聞社の輸入したシコルスキーR-6A,JA7002は同じく産経のヒラーUH-12B。
  • 11月1日 川崎機械工業(後に川崎航空機工業、現川崎重工)、日機貿よりベル47の製造許諾。
  • 11月24日 毎日、読売、中部日本の新聞3社のベル47D-1登録。
  • 12月27日 日本ヘリコプター輸送(現全日空)設立。

1953年

(昭和28年)

 

  • 1月2日 日本ヘリコプター47D-1初飛行。代々木秩父宮ラグビー場の大学サッカー大会を祝してボールを投下。2月20日 わが国初のヘリコプター有償飛行。日本ヘリコプターのベル47D-1が日華ゴムの全国宣伝飛行を開始。3月からは森永製菓の全国一周宣伝飛行。


(ベル47)

  • 4月23日 海上警備隊ベル47D-1を4機受領。
  • 5月4日 中日本航空設立。
  • 7月2日 海上保安庁ベル47D-1を導入。
  • 7月24日 石川県小松市でヘリコプターによる初の農薬散布実験。使用機はUH-12B。
  • 9月25日 東北電力ウェストランド・シコルスキーS-51を登録。初の送電線パトロール開始。 


    (東北電力のS-51) 

  • 11月16日 川崎で国産化されたベル47Dの1号機が初飛行。1968年まで229機を生産。
  • 12月12日 海上保安庁シコルスキーS-55を導入。

1954年

(昭和29年)

 

  • 2月15日 川崎ベル47D-1国産1号機の組立て完了。
  • 2月27日 保安隊初の47D-1/H-13Eを受領。5月までに6機。
  • 4月1日 東京大学工学部に航空学科復活。翌年4月京都大学、翌々年4月九州大学にも。
  • 6月17日 愛媛県玉津村で初の森林薬剤散布。ベル47D-1が667ヘクタールの松毛虫防除を実施、BHCを散布して効果を上げ、ヘリコプター農薬散布の端緒となった。
  • 7月1日 防衛庁設置法、自衛隊法が成立。陸上、海上、航空の3自衛隊発足。

1955年

(昭和30年)

  • 7月20日 朝日航空(後に朝日ヘリコプター、現朝日航洋)設立。

1956年

(昭和31年)

 

  • 7月27日 川崎ベル47G-2第1号機完成。
  • 8月2日 川崎ビルマ空軍向けにベル47G-2を6機輸出。
  • 9月10日 海上自衛隊ベル47Gを2機受領、南極観測用として海上保安庁に貸与。
  • 12月1日 黒部第4ダムの建設工事現場にヘリコプター投入。山岳地におけるわが国初の物資輸送となる。59年5月までの2年半に385トンを輸送、約80人の病人や怪我人を救出。引き換えに朝日航空は操縦士と整備士の殉職者2人を出した。

1957年

(昭和32年)

  • 3月6日 陸上自衛隊H-19を12機、航空自衛隊H-19を4機、海上自衛隊HSS-1を2機、米UAE社と直接契約で購入。総額11.7億円。

1958年

(昭和33年)

 

  • 1月2日 海上自衛隊、米軍から供与されたS-58を2機受領。
  • 8月27日〜29日 神奈川県で初の水田散布。日本ヘリコプターの47D-1が3日間で1,002ヘクタールを散布、広い耕地を短期間で共同防除、農家の経費負担も少ないことを実証。翌年から全国へ広がる。
  • 11月29日 防衛庁、新三菱重工へS-55Cを17機発注。陸上自衛隊向け6機、航空自衛隊向け11機で、11.8億円。
  • 12月 新三菱重工S-55国産化1号機完成。1962年までに71機が生産された。

1959年

(昭和34年)

 

  • 3月20日 陸上自衛隊第1ヘリコプター隊、霞ヶ浦に編成。
  • 4月4日 イゴール・シコルスキー氏来日。
  • 9月10日 東京池袋の西武百貨店屋上に世界最大級の屋上ヘリポート開港。朝日ヘリコプターの運航拠点としてヘリコプター3機が常駐、63年8月までの4年間テレビ局の報道取材などに使われた。
  • 9月26日 伊勢湾台風で死者5,200人余。米軍、自衛隊、民間合わせておよそ50機のヘリコプターが出動、大洪水の中に孤立した人びと約5,000人を救出。

  • 10月9日 シコルスキーS-62富士山頂に着陸。日本でのデモ飛行に際しての試み。
  • 10月15日 東京警視庁が川崎ベル47G-2導入。
  • 11月6日 川崎バートルV107Uの製造技術提携。
  • 11月13日 日ペリ4機のヘリコプターが北海道の野鼠駆除毒餌散布を開始。
(東山尚一編、2002.12.5)