<年 譜>

日本のヘリコプター半世紀
(1960年代)

 1960年代は日本経済が大きく伸張した時代でした。しかし、一方では社会的な動揺も大きく、60年初め岸信介首相が日米新安保条約に調印、これに反対する人びとが国会に請願デモを仕掛け、争乱の中で東大女子学生が死亡しました。これは6月のことでしたが、10月には日比谷公会堂で演説中の浅沼稲次郎社会党委員長が右翼の少年に刺殺されました。

 それより前の7月、岸首相に代わって池田勇人首相が誕生、高度成長、所得倍増などの新政策を打ち出し、日本経済の発展がはじまりました。1960年は、編者にとっても大学から社会に踏み出した年ですが、個人的にも社会的にも忘れがたい年となっております。

 61年は所得倍増のための積極予算が組まれ、62年には東京が世界初の一千万人都市となりました。63年は関西電力の黒部川第4発電所(黒四ダム)が完成、アメリカでは11月22日ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されました。

 64年10月には東京オリンピックが開催され、その直前に東海道新幹線が開通しました。東京〜新大阪間の所要時間は当初4時間10分でしたが、それでも従来の半分で、世界一速い列車となりました。名神高速道路が完成したのもこの年です。

 65年は日本で初めての原子力発電が成功しました。またベトナム戦争が本格化し、米空軍による北爆がはじまった年でもあります。66年には成田空港の建設が決まりました。この閣議決定から良くも悪くも、航空関係者にとって今に続く苦難の道がはじまりました。

 67年は羽田事件が発生しました。佐藤栄作首相の南ベトナム訪問を阻止しようとする三派系全学連約2,000人が空港に突入して警官隊と衝突、京大学生1人が死亡、多数が負傷しました。こうした激しい学生運動は60年代末まで続き、全国100か所以上の大学で紛争や封鎖が繰り返され、68年の日大大衆団交や69年の東大安田講堂事件に発展しました。

 68年には小笠原諸島が正式に日本へ返還され、69年には日米首脳会談で沖縄返還が決まりました。実現するのは1年半後の1971年5月のことです。

 かくて1969年末までの10年間に日本経済は急成長を遂げ、外貨準備高も34億ドルを超えるに至りました。国民の所得倍増も実現し、乗用車も一挙に10倍増となり、4世帯に1台まで普及しました。日本の経済政策――強固な輸入制限や為替管理などに対する欧米諸国の非難がはじまったのもこの頃でした。

 こうした時代を背景とするヘリコプターの動きは、以下の通りです。

1960年

(昭和35年)

  • 4月27日 バートル107来日デモ飛行。
  • 6月24日 三井物産、ベルHU-1B/204Bの製造に関する技術援助契約締結。製造は富士重工。
  • 6月30日 安保反対デモで国会周辺の混乱をヘリコプター取材。
  • 7月29日 大阪府警に川崎ベル47G-2。
  • 12月1日 朝日ヘリコプター、シコルスキーS-58Cを登録。 

1961年

(昭和36年)

  • 2月17日 第1回薬剤散布講習会開催。
  • 9月4日 新三菱重工シコルスキーS-62の製造技術提携認可。

1962年

(昭和37年)

 

  • 1月10日 ヘリコプター農薬散布の元締め農林水産航空協会設立。
  • 3月4日 新三菱重工の国産化したS-62が初飛行。68年までに25機を生産。
  • 6月22日 航空自衛隊の救難用ヘリコプターにS-62の採用決定。
  • 7月 ベルHU-1、富士重工ノックダウン機が初飛行。社有機として使用。
  • 8月2日 川崎ベル47G3B-KH-4初飛行。11月4日に型式証明を取得。1976年まで210機を生産。


    (川崎ベル47G3B-KH4)

  • 9月20日 大阪中之島の朝日ビル屋上に初の公共用「朝日ヘリポート」開港。わが国唯一の民間企業による公共用で、便利な都心部にあり、1994年まで30年以上にわたって使われた。ピーク時の1990年には年間7,016回の離着陸を記録。
  • 11月26日 新三菱重工の国産化S-61L初飛行。

1963年

(昭和38年)

  • 1月10日 KH-4量産初号機、警視庁に納入。
  • 1月22日 川崎KV-107を関汽エアラインズに納入。1989年まで160機を生産。
  • 3月14日 KV-107をタイへ2機輸出。
  • 8月3日 関汽エアラインズKV-107わが国初のヘリコプター旅客路線――大分〜別府〜阿蘇〜熊本間の運航開始。
  • 8月15日 朝日ヘリコプターのシコルスキーS-62(神田真三機長)が富士山頂へ気象観測用のレーダードームを輸送し、取付けに成功。NHKのドキュメント番組「プロジェクトX」で有名になったシーンだが、この工事は同年初夏から翌39年まで続き、気象観測施設の大量の建設資材がヘリコプターで空輸された。


    (富士山頂へレーダードームを空輸する朝日ヘリコプターの
    シコルスキーS-62。右上方に報道取材のKH-4が見える)

  • 8月21日 新三菱重工S-62初号機を防衛庁へ納入。
  • 9月16日 川崎KV-107初号機を防衛庁へ納入。
  • 12月2日 新三菱重工の国産化した海上自衛隊向け対潜ヘリコプターHSS-2初飛行。1989年までに民間向けS-61を合わせて187機を生産。

1964年

(昭和39年)

 

  • 1月4日 日東航空S-62(10席)大阪朝日ヘリポート〜伊丹空港間の旅客輸送開始。片道7〜8分で、運賃2,000円。タクシーは640円だったが、当時は高速道路がなかったので時間短縮の効果が大きかった。8月20日まで320便を運航、1,467人を輸送して中止。
  • 1月17日 川崎KV-107アメリカから3機を受注。
  • 3月13日 新三菱重工S-62を1機タイへ輸出。
  • 3月24日 海上自衛隊HSS-2国産1号機を受領。


    (HSS-2)

  • 6月1日 三菱重工発足。
  • 6月22日 富士ベル204Bに運輸大臣の型式証明。
  • 7月22日 川崎KH-4を2機タイ国防省へ納入。
  • 8月 富士重工のライセンス生産したHU-1B初号機(通算6機目)が初飛行。1973年まで総数90機を生産。ほかに民間向け204Bを33機生産。同機はさらに204B-2となって、1991年まで22機が生産された。
  • 10月1日 川崎ベル製造部門を明石工場から岐阜工場へ移管。同日、東海道新幹線開通。
  • 10月5日 海上自衛隊KV-107による掃海曳航テストを開始。
  • 10月10日 東京オリンピック開幕。同月24日まで。
  • 10月23日 富士ベル204B初号機登録。朝日ヘリコプター向け。


    (富士ベル204B)

  • 12月10日 航空宇宙技術研究所、V/STOL用JR-100エンジンを公開。

1965年

(昭和40年)

  • 3月25日 西日本空輸シコルスキーS-61Nが福岡〜壱岐間の旅客輸送開始。12月25日からは対馬まで路線を伸ばし、初年度乗客は合わせて14,300人。
  • 11月30日 陸上自衛隊初の大型機KV-107を6機発注。

1966年

(昭和41年)

  • 1月31日 陸上自衛隊にKV-107初号機を納入。


    (KV107)

  • 8月17日 陸上自衛隊向けOH-6の国産化を川崎航空機に内定。

1967年

(昭和42年)

  • 4月1日 わが国初の消防ヘリコプターSE3160(アルウェットV)を東京消防庁に配備。
  • 6月26日 川崎ヒューズOH-6Aの製造技術提携。
  • 11月21日 川崎KV-107救難ヘリコプター初号機を航空自衛隊へ納入。

1968年

(昭和43年)

  • 3月1日 陸上自衛隊第1ヘリコプター団、北部、東北、中部、西部各方面各ヘリコプター隊発足。
  • 3月29日 警視庁、富士ベル204Bヘリコプター導入。
  • 4月1日 航空法第81条の2(捜索・救助のための特例)に消防ヘリコプターを追加。
  • 4月25日 川崎KH-4にリジッド・ローターを取りつけたKHR-1実験機が飛行開始。12月27日 陸上自衛隊11機のOH-6を川崎へ発注。

1969年

(昭和44年)

  • 3月1日 川崎OH-6J初号機を防衛庁に納入。以後1997年まで、民間型369を合わせて387機が生産された。


    (OH-6)

  • 4月1日 川崎重工発足。
  • 9月30日 川崎ヒューズ500民間向け1号機を読売新聞社へ納入。

(東山尚一編、2002.12.6)