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死後の世界は存在する!?・ほか




死後の世界は存在する!?

現在はなぜ私の誕生以前の長い過去に、死後の長い未来にないのだろう。現在はなぜ束の間の私の生涯と重なっているのだろう。確率的にあり得ないことではないか(生が一回限りであるならば)!?よって死後の世界は存在する!?

私が十七歳であったある日のこと、脳裏に上記の疑問が浮かんだ。間をおかず永遠回帰のイメージが疑問にとって代わった。まずは受け入れられまいとして口外もせず、思い出すのもまれであったが、量子論の奇々怪々なるを目にして世に問うてみようと思い立った。十指に満たないながら外国の学者などから好意的な(驚きの表明された)返書を貰えた。インドの哲学の雑誌 (Vishva Jyoti ; Aug 1991) にはメールがそのまま掲載された。九一年のこ とである。既に書かれていることだとの指摘はなかった(パスカルの「パンセ」一九四節に近いことが記されている。「ルバイヤート」にも)。

メール(エアメール)には永遠回帰のほかに輪廻など解釈の候補を七つほど記した。また冒頭の文言とともに形を変えた文言を併記した(後述)。それには「私にとって私は特別な存在である」との一項がある。頼りなげな一項だが、九〇年代になされた哲学におけるハードプロブレム(「意識のハードプロブレム」「意識の難しい問題」とも。英語では "Hard problem of consciousness")、ハーダープロブレムといった問題提起はこの上のない支えとなろう。死後の世界の存在する蓋然性は十%から九十%の間と私はしたいが、かかることは人々の当惑や拒絶反応を誘うかも知れない。日常生活を営む上では無意味としておくべきか。しかしながら「なにごとも皆偽りの世の中に死するばかりぞまことなりける」和泉流狂言「鉢叩 ; はちたたき」と。「死後の世界があると考えるとしたら、どんなに気持ちが楽だろうと思うほどである」「死の準備」洋泉社 2001。これはがんを病み亡くなられた宗教学者、岸本英夫氏の言葉である(ほかの人たちの言葉の引用もできるが)。相性がよければ自らの死が具現化した時の昏迷、葛藤を和らげる阿片(相応に強力な)とできよう。

死後は無だと断ずる人も多いが(多分量子論の観測問題を知らぬままに)、この世界は思いの及び難い奇怪な成り立ちをしているのであろう。なにをもって奇怪とするかはともかく(一回限りの生は奇怪でない?本当に?)。
 *  冒頭の数行が分からない、日本語ではないとの評があった。薄明の平原に伸びる果ての知れない線路、線路の途中のたった一つの駅、線路上を定速(かつ低速)で一方向へ走行する列車の屋根の上の赤色灯(これまたたった一つの)をイメージされては(赤色灯のあり方は駅を通過前、通過中、通過後のいずれか)。時間、現在、私についての常識的にも素直な喩えとできよう。哲学も科学も時間、現在の本性、正体については確かなことは言い得ていない。常識或いは喩え(アナロジー)にも発言権があろう。「私」についても似た状況か。この問題提起は生きているすべての個々(主体。英語ではセルフか)にとっての不思議(個々が個々の立場に立ったときの不思議と念を押したほうがいいのか)ではあるまいか(外国の学者から死んだ人についてはどうなのかという手紙を貰った。へ理屈?は二・三浮かぶがまずは生きている個々に限っておきたい。問いは成り立つだろう)。
 *  ある人に問うてみた。「死んだらそれっきり」と「いま現に生きている」、この二つは両立すると思えます?相応の反応があった。
 *  箇条書きにするならば以下のとおり。
  1 時間(長い線分)のなかで現在は(移ろい続ける)特別な一点である。
  2 私にとって、私は特別な存在である。
  3 私にとって、私の生涯の時間は特別な時間である(長い時間のなかで)。
  4 私にとって、1 と 3の二つの特別が重なることは確率上あり得ない(生が一回限り、或いは有限回であるならば)。
  5 ゆえに私の生には限りがない(あり得ないことが現実であるので)。私以外のすべての生にとっても同様であろう。
 *  「何故に一般に存在者があってむしろ無ではないのか」ハイデッガー。
 *  無我説も唯物論も死後の世界の完全否定はできまい。幻であれ、難攻不落。
 *  あるウェブサイトに、「この世界が死後の世界だったりして」と。
 *  「哲学的仮説の誤りを証明するのは不可能に近い」 R.モリス 「ビッグ・クエスチョンズ 」はまの出版 2002 。「われわれが世界と呼んでいるこの大きな集合体はわれわれが思っているものとはまったく別物ということもありうる」モンテーニュ 「エセー」 233 。
 *  英国の哲学者エイヤーは、永遠回帰があるとしても次の世界のエイヤーと自分とはなんらの係わりもないと。私、中山は同じものは同じものと呟く。ほかのことはともかくこの同語反復は何人たりと否定できまい(エイヤーが正しくないのでいまのこの自分が存在している!?)。世界が無限であるならば、実際上自分と同じ存在もまた無限であろう。このサイトの問題提起が成立するか否かにかかわらずして個々は永続するのであろう。<追記> 我思う、ゆえに我あり、無限に !?
 *  日経サイエンス、03年8月号に「並行宇宙は実在する」という記事が。思うに無限だけが存在を支え得るのか!?かかる記事が科学雑誌に載るとあっては、個々の不滅を取り上げ論じるまでの隔たりはただの一歩では(ちなみに、数学では無限にあっては部分と全体の大小の比較はできないと)。いや、04年3月に出た「奇想、宇宙をゆく」(M・チャウン著)という本にまさしく「多世界解釈と不死」なる章があった。また、06年3月刊行の「無限の話」(J・D・バロウ著)には、「永遠に生きる」という章。
 *  無限の一部分?虚無に浮かぶただ一つの泡?ともあれ、我々の誰もが来世を選べないことに疑いの余地はあるまい。
 *  冒頭に記した疑問(ごくごく素朴単純な)が何びとの脳裏にも浮ばなかったとは思えないが。キケロは「どんな不合理なことも哲学者に言われなかったためしはない」と。ちなみに前出のパスカルの「パンセ」一九四節には「なぜわたしが生きるために与えられたこのわずかな時間が、わたしの先にあった全永遠とわたしの後につづく全永遠のどこにも指定されないで、この点に指定されたのかを知らない」(由木康訳)と。「ルバイヤート」には「永遠の絵師はなぜにこのわたしを、時の花園に飾ったのかわからない」(黒柳恒男訳)と。 あるウェブサイトには次のような英訳が。"Yet it's not clear why, in the garden of Time The eternal painter has thus drawn me" (By Majid Naficy ; 2009)。<追記> ルバイヤートの多くの版にこの詩はない。 
 *  「いかなるものも無に帰することはなく」ルクレティウス。
 *  ナーガルジュナは「輪廻とニルヴァーナとにはいかなる区別もない」と。インド人の多くは古来輪廻を信じて来たというが、輪廻に関しての名言集のような本があれば読んでみたい(温和とされるインド人だがかかる世界観のためでもあるのか)。
 *  しかしながら死に臨んでの生理的なプロセスは厭わしい。ただただ大変で報われないプロセスでもあり。人それぞれの双六。安楽死の六つだかの条件はすなわち実質禁止なのだそう。「医師たちは見た!「あんな死に方だけは嫌だな」」いくつかのウェブサイトに。手足をもがれて。死ぬときの成り行き任せ(医学上の対処・ケアの標準的なマニュアルはないそうだ。JAMA日本語版にそのような記事が。"死ぬ苦しみ"に対処のマニュアルがない!?)が嫌だと言っても誰も耳を傾けてはくれまい(爬虫類の切断された頭部は30分を経ても噛み付くとも。ほんと?人間の脳の中枢部は爬虫類の脳とカール・セーガンはいう)。コップの中のハルマゲドン。無力なるかな人間!いろいろなメニューを揃えてのサービスの競い合いがあったらなあ。亡友とはダイナマイトが一番と言ったものだ(付加価値のつけようが難しい?)。すみません、脱線。
 *  関連のあろう書物にはある程度は目を通したが、17歳のその日その瞬間に訪れたイメージを改めるべきに出会っていない。確たる否定も確たる肯定もできまいというその時の直感も覆っていない。発展性もあるまい。深入りされぬように(大学は法科だった無学の私の言うことではないけれど)。「この問題は中立的に考えるべきだと結論した。というのも人の生まれつきの理性は魂の不死性を証明したり反駁したりするほど強くないからである」P・ポンポナッティ。「またいつもくよくよ死のことを思案しているのは少なくとも無視するのと同じく害がある。何かの題目についてあまりそればかり考えることは間違っている」B・ラッセル。
 *  以上はとくに自らの死が具現化した人のために(どれほどに慰めとなるかは判らないが)。対して以下は若い人たちのために。
 *  その他のキーワード ; 平行宇宙、多重宇宙、マルチバース、サイクリック宇宙論、永久インフレーション、あの世。quantum immortality  


病の予防のすべて

不幸のカタログはない。不幸学、不幸回避学といった学問はない。社会学はあっても個人学はない。個々人にとっての危険を列挙、分類、格付け、コメントした書物はない(ようだ)。予防の対象となろう病(予防策の有効さ実効性の程は病の如何などでさまざまだが)を俯瞰したとできる書物は日本にはない。

堀秀彦氏は「古代ローマの哲人たちは人を不幸にさせるものを次々と列挙した。そしてそれから逃れることを工夫した」と。完璧なことはもとより望めない。自分なりに危険を学び品定めし見出しを付して記憶の引き出しのどこかへ留めておく。また日頃の行動、習慣を吟味、見直す。かかるがなし得る最善。自らの判断で切捨てるにしてもひとたびは目を通して。芭蕉は「深きに入って浅きに出ずる」と。ファジーに吸収。かくしてバージョンアップ(重ねて言う、とにもかくにもまずまずの手引書がなければ。自己責任もなにもかもそれから)。
 *  パナケイア(治療の女神)の信者は多い。意気軒昂。病気は治る、治してみせる(他人はいざ知らずこの自分に限っては。あまたの立派な病院はあるし)という自力本願他力本願ないまぜの信仰(善哉、善哉の声あり ?)。信者たちは知るまい、「医療上の悲観主義 (Therapeutic Pessimism)」という言葉を。医療の力量についてインゲルフィンガーの言ったことを。信心は蟷螂の斧、いずれは泥にまみれのたうつこととなる。
 *  パラケルススは「その敵を知らずして誰が損傷や災害から身を守ることができよう。誰もいない。だから敵を知ることが必要だ。多種多様な敵がいるから善を知るのと同様に悪を知ることが肝要なのだ」と。 敵を知ること、それはすなわち敵を記述することから。予防の観点から見える敵の個々を的確、簡潔に記述することから。各個撃破。有益であろうならば、推測の領域にも積極的な言及を(推測の領域をどうすくい上げどう提示するか、腕の振るいどころ)。そして予防のためのレトリックの逆転。
 *  身体に気をつけて、身体を大切にというが、その先(なににどう気をつけるのか。なにゆえに)の必要にして十分とできるを新書一冊の書物に(予防の対象とできる病(まれな病は省く)はせいぜい60。新書一冊で足りよう)。老婆心を全開させて。病の分類は予防の観点から(重大さと頻度との組み合わせで三つに分類)。病の恐ろしさは隠されることなく率直・簡潔に(医学の専門書、雑誌が公共図書館の棚に並んでいる時代である。強調も許されよう)。昔は書物の虫のうちのつもりだったので私は書物にこだわってしまう(知のワクチン。文字を精選・調合した予防薬。この上のない霊薬と、無上呪となり得る。はたまた、ヒュギエイア(予防の女神)の化身とも)。
 *  また、保護者の責務としても。
 *  豊かな教養?驚くべき博識?特別なスキル?こだわり?オタク?身辺に徘徊、潜伏する危険を知らず、無頓着とあってはとりどりの装いも上半身だけ !!
 *  新聞記事の見出しに「楽天家は死亡率高い?」と。さもありなん。
 *  人間(ことに日本人)の言うこと書くことのいかに多くが怪しいか、若い人には思いが及び難くもあろうけれど。百鬼夜行、いや白昼堂々。知人の看護婦は医学には驚かされることはいくらでもあると。
 *  日本は先進国で唯一HIV感染者が増加している国という。いやいや、この国は先進国ではないのだ。重要な情報が発信されない、伝わらない、広まらないことでもまた徹底して横並び。学校教師たちはノーテンキか無関心か。どんなシュール・レアリズムも不条理文学も真っ青(「なにも教えない教師や親」東京新聞 06・4・19 朝刊)。
 *  「教育が悪くて、若者が悪くて、ジャーナリズム、医療行政、政治が悪くて、医者も悪い」 雑誌、医学のあゆみ 05/6/4。念を押しておくがこれは日本のこと。
 *  「若者の自殺の1/3は性病が原因だ!?」。これは1985年8月発行のある雑誌の記事タイトルの一部です。医師、病院が取材源。
 *  「大いなる苦悩は沈黙する」セネカ。
 *  国会図書館のサイトからは「失敗学」という文字を書名に含む本が 32 冊出てくる (10 年 1 月現在)。このうち最古の本は畑村洋太郎著「失敗学のすすめ」 2000 。畑村洋太郎著「図解雑学失敗学」 2006 の目次には「失敗の原因は 10 に分類できる」とある。うち五つを挙げれば未知、無知、調査・検討の不足、価値観不良、不注意。節名に「頭に「知の引き出し」をつくる」「暗黙知を生かせ」。また小見出しに「失敗の情報は歪曲化される」「失敗の情報は伝承化されにくい」。また「「見たくないもの」は「見えなくなる」」。また「失敗の教科書」と。
 *  雑誌、医学のあゆみ 04.4.3 の記事は米国腎臓財団による02年の報告(ウェブサイト(英文)は http://www.kidney.org/。トップページの kidney disease をクリック)を紹介。報告が正しいならば、腎機能が低下した患者が日本でもおそらく1千万人(瞠目すべき数字。従前は数十万人とされていたはず)存在する可能性と(予備軍がさらに1千万人)。雑誌、JAMA日本語版 02.4、04.2 にも記事。後者の記事のタイトルは「大規模調査 患者急増の慢性腎疾患、予備軍に危機感なし」。米国心臓学会のサイト(AHA Statement 10/28/2003)には、慢性腎疾患の患者の死亡原因は腎不全の悪化よりも慢性腎疾患に起因する循環器の問題であることが多いようだ、などなど。英文で2ページ。私の知る限り、日本の新聞にはこれらに関する記事は出ていない(追記 ; 07年5月またその前後に至って毎日、朝日、中日、東京、日経、産経などの新聞に。読売は同年10月?)。なお、心臓から拍出された血液の量の四分の一が腎臓を通る。「心・腎相関」と。
 *  米国腎臓財団による上記報告は慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease ; CKD)という病態概念を提唱、欧米で急速に受け入れられつつあると。雑誌、綜合臨牀 06・4。「世界的にみてもCKDの実態調査は始まったばかりである」「CKD、ESRDの自然歴は不明な点が多い」 (ESRDは end-stage renal disease)同誌 06・5。
 *  「本当の死亡原因 (根本原因 : Actual Cause of Death)とは?」 という記事。雑誌、 MMJ 2000.10 に。
 *  「恐怖心があなたを救う」ニューズウィーク誌記事タイトル。「生命を維持し、健康を守るための思慮は恐怖の念によって呼び覚まされる」モンテーニュ。でも日本人はなにを見聞きしても無反応。「聞いて驚く人もなし」長唄、京鹿子娘道成寺。
 *  ヴィーナスの名はあまねく知られているがクロトー、ラケシス、アトロポス、アナンケ、テュケーは広辞苑にもない。ノーテンキな幸福論、人生論はあまた。我々日本人は未だエデンの園にいるのであろう。日本人向け仕様の(リンゴは酸っぱい)。
 *  この「病の予防のすべて」をどう読まれたであろうか。自問自答、自画自賛して曰く。ここには一字一句余計な字句はない。而してこれらは尿路感染症、性感染症の予防のために有益であろうもろもろ(私のフロッピーには能う限り漁ったその全てが他の数十の病のそれと共に。しかしながら、このサイトへのアクセスは微々たるまま。若い人たちに喫緊との思いに揺るぎはないが、これ以上のなし様は私にはない) の一部である。
 *  「小さなことに対する人間の敏感と大きなことに対する無感覚とは、奇怪な転倒のしるしである」「パンセ」パスカル著。まったく !!
 *  スーザン・ソンダクは、情報は「本質的に部分的で不完全で、断片的なもの」と。最良の情報にして。
 *  もう一度セネカの言葉、「大いなる苦悩は沈黙する」を。この原理、現象は人びとにとって不都合なことではあるまい。なにかと。
 *  不幸学はない。不幸学の学究、泰斗はいない。講座も学会も学会誌も学派もない。古典も基本書もない。死亡統計もおざなりなおざりのまま。死亡統計は研究の対象にはならないようだ。泥沼なので誰も近寄らない?(とは言え、限られた少数の人には分かっているのであろう。少なくとも問題の所在は)。
 *  この地上は目も綾な絢爛たる隠し絵。そこここに死神も潜んでいる。一期一会、死神との。「私はこの得体の知れない地で」レンヌ司教区用聖歌(J・ドリュモー著「罪と恐れ」から)。「魔界如即是佛界如、魔界如佛界如不二不別」首楞巖経(しゅりょうごんきょう)。ファンタジーはファンタジーではない。平均寿命は保証されていない。数十億年の幸運の連なりは早晩尽き、暗転、終幕となる。長短だけでもさまざまの終幕。

   
以下(自費出版を念頭においたフロッピー原稿の一部)は四つの疾病についての医学書、医学雑誌からの引用など(予防の見地からの)です。どう受け止めるかは自己責任としてください。引用した医学書、医学雑誌は 07 年末刊行までのものに限られています。僅かですが既述と重複した部分があります。

 慢性腎盂腎炎
  さまざまな細菌が腎臓を侵す

腎臓に細菌が感染し感染が長期にわたる病。原因菌は大腸菌等の広く存在する細菌(常在菌)であることも多い。細菌は通常尿路の出口(外尿道口)から侵入、尿道を上向する。腎臓の慢性の細菌感染には抗生物質等の薬剤は無効である。他の部位の感染には有効な抗生物質等もこと腎臓の感染には効果を示さない。その理由は推測の域。俗に腎臓病に薬なしというが本病も例外ではない。経過は緩慢(ほとんどの患者が20年以上腎臓の機能を保つとも)であるが、腎臓の病変が進行、いずれは腎不全となる(異論もある)。急激に悪化することもある。症状は不定多彩、頭痛、悪寒、腎臓部の痛み、全身的な不快感、神経症状など(またある人は、入浴は満足にできない。入浴に限らず身体を温めるとあとの苦痛が大きいと)。自覚症状の明らかでないこともある。病原菌の相違によるのか。病状が進むと20%は悪性高血圧を誘発(書物によっては7 割、また必発とも)する。原因を同じくする急性腎盂腎炎は発熱、腰痛、尿回数増加等症状が顕著な点で異なる。急性に対しては薬剤が効果を示すがしばしば再発もし慢性化もする。急性症状なくして本病となることも多い。
〈発生頻度〉 フリー・セックスの盛んな国で多いともいい、わが国でも劣らず多いともいう。国によっては人工透析の患者の原因疾患の首位(ある書ではわが国でも首位。欧米の書物には腎盂腎炎を腎臓病諸病の筆頭に置くものもある。わが国の書物でもいくつかは)。本病は診断が困難な場合が多い。死後の剖検で本病の所見が認められたうち生前に診断の下されていたのは13%(ある翻訳書に)と。G.M Berlyne著「腎臓病学入門」1977には「現在のところ、慢性腎盂腎炎の診断は腎疾患全体を通じて最も難しいものに数えられている」と。治療方法のないことも診断が積極的に下されない理由であろう。臨床上は女性に多く男性の約2 倍(それ以上とも。剖検例では性差はない。尿路感染の脅威に男女差はないと認識すべき)、但し40歳以上では同頻度。乳幼児の罹患もある。新患の数は後述の剖検例中の頻度から推定すると大変な数字になる可能性もある。一日乗降人数15万人(1993年資料)のJR駅前の薬局の主人は腎盂腎炎を「ポピュラー」としていた。 
〈予防〉 尿路の出口(外尿道口)およびその周囲へ細菌を感染させないよう心がける。ステディ以外の異性との性行為はリスクを高める(ある書には本病の最大の原因とも)。セックスのまえにはパートナーともに手を洗う。肛門、肛門付近には手を触れない。下着は清潔に。通気性ある衣類の着用。排尿は我慢しない。刺激等による炎症が細菌感染を誘発することもある。女児、女性は大便の拭い方(前から後へ向け拭う)を習慣づける。不潔な手指、不潔なものを局所に触れない(子供にはかかる躾を)。乳児のおむつはまめに取り替える(その際外陰部の汚れをぬるま湯で洗うとよいともある。母親等の手指は清潔に)。STD、PIDの項も参照。
〈その他〉 * 臨床上の統計報告は少なく頻度の実態は明らかでないとされる。死後の剖検で本病(単に腎盂腎炎とする書物も)の所見が認められる頻度は報告者によって大幅に相違する。書物に見られる数字(最小の報告〜最大の報告)を示すが阿部裕編「腎臓病」南山堂 1984 及び飯田喜俊編著「腎臓病クリニック」中外医学社 1989 では1.9 〜20%(外国の報告)、4.5 〜8.9 %(わが国の報告)、武内重五郎編「新臨床腎臓病学」南江堂 1985 では0.23〜33.0%(外国の報告)、0.36〜3.0 %(わが国の報告)とある。剖検における判定の明確な基準がないともある。わが国の約22万の剖検(1966〜75)では平均3.0%。E.A.Tanaghoほか編「スミス泌尿器科学」廣川書店 1993 には剖検例の10〜15%(予防について同書には「小児期から成人期にかけて尿路感染症に対する注意深い予防」とある)。C.M.Kunin著「尿路感染症」近代出版 1990 では成人0.23〜17%、小児1.6 〜3.9 %。
 * D.N.S.カー ほか著「実地医療のための腎臓病学」廣川書店1975 には「多数の検例を検討した諸報告では2 〜9 %という数字が発表されているが6 %前後とするものが最も多い」と。また「程度の差はあれ、ほとんど常に両側の腎臓がおかされる」とある。
 * 「Allen,McManus等も、腎盂腎炎は剖検で最も普通にみられる腎疾患で、殆どすべての成人は慢性腎盂腎炎の病巣を示していると述べているが、この様な驚くべき見解は、近年幾分反省の傾向にあるときく」日本内科学雑誌 64/3。「これが剖検時の腎感染症の発生率の種々の検索で、おかしな相違(10〜80%)をきたす原因となっている」H.E.de Wardener著「腎臓」医歯薬出版 1970。
 * 「とくに剖検材料においては本症と腎盂腎炎様疾患を画然と区別することは極めて困難であり」(本症とは腎盂腎炎)綜合臨牀 69/3。
 * 「腎盂腎炎の疫学を論ずることは今日なお容易ではない」本田西男編「新・腎炎のすべて」南江堂 1983 。同書には腎盂腎炎について「1940年以降は、欧米では本症は異常なまでの関心を呼び」「1960年代にはいって欧米、とくに米国で本症についての広範かつ詳細な研究が行われた」とある。「慢性腎盂腎炎は確定診断が難しく疫学調査結果に乏しい」下条文武編「メディカルノート腎臓がわかる」西村書店 2008。
 * 本病の予後に関する医師たちの見解も相違している。原因菌によっては病原性はマイルドなのだろうか。「慢性腎盂腎炎に関する知識は不充分であることを強調する必要がある。すなわちその自然歴は不明であり、その病理像の多くは剖検で得られた知識である」G.M.Berlyne著「腎臓病学入門」2 版 医学書院 1981 。「メルクマニュアル」の第16版と第17版では記述の内容は相当に異なる(2006 年に第18版が)。
 * 藤森弘著「健康のしつけ」農文協 1986 には「腎盂腎炎の恐ろしさを十分に認識している人は少ないのですが」とある。
 * 予防できる病の筆頭に本病を置いた本書は“トンデモ”ではないとしたい(がんをイメージされたい。予防の対象とならないあるいは予防法の確かとできない領域も大きいのだ)。ダイヤグラム・グループ編「新版ウーマンズボディー」鎌倉書房 1992 では「女性の病気」の冒頭は本病。
 * 感染症による死亡が第三位に浮上(米国で : ごく控え目な集計で)という記事が雑誌、 JAMA 日本語版(96 年 8 月)に。
 * 大島研三ほか編「腎臓病学」2 版、医学書院 1972 には「剖検例の男女差がほとんどないのに臨床例では女性が圧倒的に多いということである。これには種々の説明がなされているが、まだ十分に納得できないものが多い」とある。
 * 86年3 月、テレビ東京で「大丈夫?あなたの腎臓」という番組の放映があった。本病が第一にとりあげられ、100 %病勢進行、外国に劣らずわが国でも多いと(慈恵医大の上田泰教授が話をされた)。明治製菓株式会社広報室編「働きざかりの健康学」明治製菓広報室 1987 に同教授執筆の一章がある。同教授は別書で「長期間にわたって矛盾にみちた予測困難な複雑な経過をたどってゆく」「脳血管障害、心筋梗塞などが直接の死因となるものもある」と述べられている。酒徳治三郎編著「小泌尿器科書」金芳堂 1988 には「腎実質の萎縮は年とともに進展するので予後不良」とある。ある書物には「死因と直結する重要な意義をもつ疾患」と。遠山豪著「腎臓病」創元社 1958 には「従来、慢性腎炎や高血圧症の末期と思われていた患者の中で、解剖して見ると実は腎盂腎炎が原因であったという例が非常に多い(他の二者と同率あるいはそれ以上)ことがわかってきた」とある。
 * 本病への悲観的な見解の例を挙げるならば、中尾俊之編著「腎臓病教室」2版 医歯薬出版 2005 には「多くの場合はゆっくりと進行し末期腎不全になります」と、別冊医学のあゆみ 腎疾患 医歯薬出版 1997 には「3 歳以下の幼児は障害が強く現れ、成人してほぼ全員に腎機能低下」とある。
 * 日本透析医学会の調べでは慢性透析新規導入患者は年間約3 万人強(殆どすべてが終生の透析となる)、この数字は大変な数字とすべきであろう。すなわち、我々の30数人に一人はいずれ透析で生を支える時が到来する勘定であり、かつ増加傾向にある。これは年間の死亡者数との対比で(タイムラグは無視)。雑誌、医学のあゆみ 04.4.3では 555 人に一人と。かかる公衆衛生学的なとらえ方では(一事が万事)、予防のための現実のありのままの俯観は叶わない。06年末の慢性透析患者は約26万人。
 * 雑誌、医学のあゆみ 04.4の記事は、腎機能が低下した患者が一千万人存在する可能性と(予備軍がさらに一千万人)。従来言われていた腎の患者の数は数十万人だったはず。瞠目すべき数字。桁違いも二桁の違い!。この数字は米国腎臓財団の02年の報告にもとづく推測。JAMA日本語版 02.4 および04.2にも記事。後者のタイトルは「大規模調査 患者急増の慢性腎疾患、予備軍に危機感なし」。私の知る限り新聞に関連記事は出ていない(追記:07年5月またその前後に至って毎日、朝日、中日、東京、日経、産経などの新聞に)。米国心臓学会の関連したウェブサイト(AHA Statement 10/28/2003)には、慢性腎疾患の患者は腎不全の進展で死ぬ前に慢性腎疾患による循環器への影響で死ぬことが多いようだなどと。
* 米国腎臓財団による上記の報告で提唱された慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease : CKD)という病態概念は、欧米諸国で急速に受け入れられつつあると。雑誌、綜合臨牀 特集 慢性腎臓病総合対策 06/4。同誌 06/5には「CKD、ESRDの自然歴は不明な点が多い」(ESRDは end-stage renal disease)、「わが国のみならず世界的にみてもCKDの実態調査は始まったばかりである」とある。「CKDの患者は末期腎不全に到達する前に多くが心血管系疾患で死亡する」雑誌、成人病と生活習慣病 07/1。NHKのウェブサイト「ためしてガッテン:過去の放送:まさか突然死!腎臓病の真実2」参照。
 * 「慢性腎臓病は「尿検査などで、腎臓に明らかに障害が認められる」「腎臓の機能が60%未満に低下している」の2つのうち、どちらか、あるいは両方が3か月以上続く場合」と。日本で約 2000万人と推測と。雑誌、きょうの健康 07/8。日本医事新報(07/7/7)にも約 2000万人との推計が。2000万人とする雑誌はほかにも(07年半ば以降刊行の)。また3割とする雑誌(MMJ 07/6)、成人人口の約 20%とする雑誌(医学のあゆみ 07/9/8)も。
 * 21世紀になって腎臓病の描像にはかかる大きな変容があった。他方で腎臓病としての尿路感染症(腎盂腎炎)は深い深い霧のなかへ去ってゆくよう。1970年頃の米国の死亡統計では腎臓病の半分(1960頃に八割!)は「腎の感染」とされていたのに(後述)。朝日新聞 93.6には「社会心理学での数少ない合意点の一つは“よく判らないものに対しては、社会は過剰に否定的に反応する”ことだという」とある。
 * 「腎盂腎炎という用語は、腎実質の細菌感染を意味するものであり、感染が実証されない限り、尿細管間質性腎症について述べる場合に使用すべきではない」。メルクマニュアル 18 版 2006。尿細管間質性腎症は上位の概念。かくして腎盂腎炎は診察室から書物から啓蒙の対象から姿を消す。然り、啓蒙の対象からも。
 *  R・ア−リック著「怪しい科学の見抜きかた」 2007 という本には「エピローグ「医学の常識が頻繁に逆転するのはなぜか」」なる章。
 * 「したがって、腎臓を守るためには、膀胱炎を予防することがとても大切なのです」飯野靖彦著「腎臓病」主婦の友社 2007 。恐るべき不毛な大勢のなかでまともな人がひとり(と小生には映じている)。
 * 人工透析研究会による「新規導入患者の原疾患」では本病は導入患者の1 %程(わが国の04年)とされており、頻度に関する調査などと隔絶する。その解釈は読者に委ねたい。A.W.Asscher、D.B.Moffat 著「腎・泌尿器病学」南江堂 1986 には「透析患者の原因疾患の検索はあまり熱心にされないことが多いが(中略)尿路感染症に関連した死亡率を出すことは非常にむずかしいが」とある。ある病院(日本の)の内科の退院患者の表(03年)がウェブでヒットした。<腎>の区分の全67人の内訳は腎不全21、腎盂腎炎18、尿路感染症7、糖尿病性腎症5、腎機能障害3、膀胱炎2、その他11。
 * 「慢性腎不全の11〜25%は慢性腎盂腎炎に起因する」(これは93年刊行の英文の書物からの引用)上田善彦編集「腎臓・尿路系の病理アトラス」医薬ジャーナル社 1998。筆者はこの数字を10%から90%の間としたい(ひとつの仮説として)。60年頃の米国の統計ならびに慢性腎盂腎炎の診断が容易でないこと、さらにはまた、分母の大きさがまったく変わってしまった(CKDとしての)ことからして上限としての90%はあり得ない数字ではあるまい。「慢性腎炎の原因ははっきりとわかっていない」全国腎臓病協議会編「腎臓病の予防と治療」全国腎臓病協議会 2003 。「腎臓病の原因については、いまだ不明な部分が多くあり」同協議会のウェブサイトから(2008/6 時点で)。
 * 「尿管カテーテルと膀胱洗浄を使った検査による、若干の研究では、下部UTI症状を有する患者の約30〜50%が、無症候性腎感染も有していることが明らかになっている」「メルクマニュアル 第17版」1999。
 * 「尿中から細菌の検出されない腎臓感染症が多数存在する実態」垣添忠生監「泌尿器科」寺田国際事務所 2000。
 * 「しかし、感染症に伴うTINから透析に至る患者が数多く存在するのも事実である」(TINは尿細管間質性腎炎)。雑誌、腎と透析 06/3。
 * 「Fairley の最近の報告では反復する慢性尿路感染症患者の60%、何らかの急性尿路感染症状を認めた尿路感染症患者の半数は腎の感染である」山作房之輔著「腎盂腎炎の臨床」医学図書出版 1975 。
 * 米国の死亡統計で「腎の感染」(Infections of kidney)は1970年頃には腎臓病のおよそ半分を占めていた(60年頃には約 4/5!)。「腎の感染」なる項目は現行の国際疾病分類(第十回)では消えたが、米国政府刊行の統計書では三十ほどの主要死因の一つとしていまなお残っている(これも 2004 年限りで姿を消した)。
 * 腎臓病は死因でも多くが腎不全とされるに止まる。腎臓病は合併症としての脳卒中や心不全が直接の死因となることもある。「心・腎相関」と。心臓から拍出される血液の四分の一は腎臓を通る。高血圧は腎臓の細胞の異常が原因との記事(毎日新聞 95.5)がある。「死体解剖によって、ガン、心筋梗塞、腎萎縮、脳梗塞、心不全など、アメリカの臨床医がいかに多くの重大な病気を見逃しているかを知りました」中野次郎著「誤診列島」ホーム社 2000 。萎縮腎は慢性の腎臓病の末期像といえると。
 * 「一般的に腎臓病は成人病と見られていますが、実際には十代から二十代が実は始まりであって、中高年になって病状の現れることの多い病気なのです」読売新聞の連載、現代病の周辺 93/3。「末期腎不全の発症率には著明な地域差が(中略)この地域差に寄与する因子を将来同定することができれば」雑誌、医学のあゆみ 04/4。
 * 本病は尿流障害等々の基礎疾患が問題とする書が多い(頑として?なにがなんでも?)。しかしながら急性の腎盂腎炎について「メルクマニュアル」17版 日経BP社 1999 には「罹患したほとんどの女性は明らかな尿路の機能的欠陥や、解剖学的欠陥を全く持っていない」とある。「細菌尿がある成人のVURは8 %に過ぎない」医学教育研究会編「新泌尿器科学8 版」日本医事新報社 1990 。VUR(尿管逆流現象)は代表的な“基礎疾患”。男性の腎盂腎炎の患者にあってVURは1 %とする書物も。尿流障害等々への手当てで本病が治る訳ではない。
 * 「米国では毎年25万人が急性腎盂腎炎に罹患し、10万人以上が入院している」飯野靖彦ほか編「腎疾患・透析最新の治療」南江堂 2008。
 * いくつかの書物には急性腎盂腎炎は直ちに入院すべき或いは望ましいとされている。浅野泰ほか編「腎臓病学エッセンス」中外医学社 1998 には「急性腎盂腎炎は再発、再燃をおこしやすい」とある。
 * 急性腎盂腎炎は重病感があるとされるが、本病でもありがちな如くである。間質性膀胱炎、男性の慢性前立腺炎、女性のPIDの慢性でも。これらには対症療法さえもが乏しい。患者、医師はどうすればよいのであろうか。慢性前立腺炎について、ある書には診療間隔を徐々にあけると。
 * 広辞苑の「腎虚」の項の後半には「俗に房事過度のためにおこる衰弱症を指す」とある。肥後候訓誡書(「家訓集」平凡社 2001 に収録)には「色欲に腎の臓を破り短命となる」と。新婚性(ハネムーン)膀胱炎、新婚性腎盂腎炎なるものもある。ただ一たびの感染で短命に(或いは短命となる恐れに)。
 * ともあれ尿路経由の腎臓の細菌感染は人体の知られざるアキレス腱との感慨を禁じ得ない。本病の恐ろしさは実際どれほどか。恐ろしさを強調した書物として、B.ディクソン著「近代医学の壁」岩波書店 1981 を挙げておく。以上、予防上の観点から慢性腎盂腎炎を述べた。本病の恐ろしさの如何にはさまざまの見方があるために多くの引用をした。引用は本病の脅威の強調に傾いたことをお断りしておきたい。現実は見極め難い。わが国の慢性透析導入患者の原疾患として多いのは糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎とされていること、本病が透析を必要とするに至る例は一部とする書物も少なくないことを付記しておく。本書の記述との落差を覚えられもしようが、二重真理(ダブルトゥルース)、多重真理としておいたら。真理は一つなどと硬直した頭では医学文献を手にする資格はないのでは。。消去法で消去できないならば矛盾するものも捨て去らずに保留、ペンディングとしておかねば。
 * 本病は94年まで使用されていた国際疾病分類では「腎の感染」の項に含まれていた。95年からの分類では「腎尿細管間質性疾患」の一つとなった。本病の位置付けでこれに従わず、別立てにしている書物も。「しかし間質性腎炎のWHOの分類が提唱されてすでに10年以上が経過している現在でも、本疾患の概念は混沌としており」土肥和紘編「腎臓病学への招待」日本医学出版 1998 。
 * 国会図書館の雑誌記事索引のページで、腎盂腎炎という単語を論題中に含む記事の件数を出してみた。70〜83年で 161件、84〜01年で16件。ちなみに尿路感染症では 1215 件と79件。
 * インターネットのグーグルで腎盂腎炎は日本語で約四千、英語で約二万四千のヒット(03年3月)。ちなみに腎不全は同じく約三万六千と約十六万六千。 
 * 病者への助言となるが、本病は重病感、身体の危機感を覚えること(さまざまな症状も)もある。これらを過度に悲観せぬように。
 * 敢えて私見(強固な)を記しておくのだが、腎盂腎炎、尿路感染症に関する専門書および一般人向けの書物(ことに新しい書物)の総論的記述、個別的記述の多くの部分は現実と乖離している(医学は自らの非力、不得意分野には口をつぐみ話をそらす)。この私見をどう受け止めるかは読者に委ねる。

    腎盂腎炎に関するその他の引用
「間質性腎炎の持続が一連の抗原抗体反応の結果によるか否かも、議論のあるところである」「微生物が原形体の形で生存し続けると考えれば、抗生物質療法に抵抗性で、長期にわたる一見無菌性の腎盂腎炎を、説明することができる」F.H Netter著「腎臓」1977。
「急性腎盂腎炎 これはほとんど常に両側性である」「間質の炎症は原因がわからなくとも、根底となる原因があるはずであり」H.E.de Wardener著「腎臓」1970。
「腎機能不全で死亡する者の多くは慢性腎盂腎炎か腎血管の疾患によるものである。慢性血液透析や腎移植のプログラムに入る患者の大部分もまたこれらの疾患をもつ患者である」「われわれの気付いている無症候性細菌尿は恐らく氷山の一角であろう。特に留意しなければならないことは無症候性のものがいつでも症候性感染症に転ずる可能性をもっている点である」C.M Kunin著「尿路感染症の早期発見と予防、治療」1975。
「Weiss & Parker の報告以来欧米では慢性腎盂腎炎は病理診断から慢性腎疾患中で最も多いものとなっている」雑誌、臨床内科小児科 1961/9
「急性腎盂腎炎の再発ないし持続性の細菌尿と慢性腎盂腎炎との関連は現在よくわかっていない」G.M Berlyne著「腎臓病学入門」1977。
「Beesonは1955年に(中略)今日でも問題となっている多くの点を指摘した。まず腎盂腎炎が慢性化しやすく、かつ各種の抗菌剤により容易に完治し難い傾向を指摘し」市川篤二ほか監「新臨床泌尿器科全書 5A」1985。
「さらに、本疾患は晩期に至るまで特有の症状を示さず、経過も様々で診断も困難なため見落とされ易く」雑誌、臨牀と研究 1961/12。今日では医師たちは見ても見ぬふりなのであろう。昔とは異なって。医学界においてはコンセンサスは確立している。ゆえに迷いなく。確かに手の施しようがなければ施しようはないが。
「腎盂腎炎は内科のカメレオンと呼ばれてきました」「我々は“正しい”治療にもかかわらず、なぜ成功しないのかとの原因がわからないために」雑誌、診断と治療 1977/6。
「英国の感染症の化学療法の権威者である Brumfitt は1969年に「尿路感染症はその罹病率および死亡率の点からいって、広く世界的に重要である」と述べているが(中略)この事実は現在においても少しも変わっていない」大越正秋編「尿性器感染症」1982。
「慢性細菌性腎盂腎炎は臨床医学において最も難治性の疾患の一つで」「通院患者では尿路感染症は、呼吸器および消化管感染症より、はるかにその頻度が多い。また入院患者についても(中略)尿路感染症によるものが、米国では最も多い」Schrier, R.W著「腎臓疾患マニュアル」1981。
「慢性腎盂腎炎には、何ら特徴的臨床所見、検査所見、またはそれを同定するための病理学的基準もない。そしてこの病態の発生率や流行についての信頼できる成績はない」ハリソン内科書 第12版 1994。
「慢性腎盂腎炎が何故このように難治性であるかということについては(中略)現在のところいずれも推測の域を出ない段階である」雑誌、日本臨床 1963/9。
「慢性腎盂腎炎という疾病概念については未だに多くの議論がある」黒川清ほか編「EBM現代内科学」1997。
「腎盂腎炎の定義についても今日なお定説はない」雑誌、診断と治療 1964/10。
「腎盂腎炎に関する欧米の文献の多いのには驚くが、これは本症がなお発病病理、病像、予後、治療などに関して不明な点が多いためと考える」雑誌、治療 1961/10 。

 尿路感染症(UTI)〈総説〉
  判然としない全体像……

 尿道炎、膀胱炎、腎盂腎炎等(非感染性のものを除く)の総称。R.E.ラケル著「プライマリ・ケア」医学書院サウンダース 1987 には「開業医が出会う疾患として頻度が呼吸器感染症についで2 番目に高い」とある。成人女性の膀胱炎は風邪にも譬えられる。しかしながら膀胱炎は治りにくいこと、再発することも多いごとくである。要約すれば本症は頻度が高く、その全体像は把握しがたく、かつ重大な疾患、慢性腎盂腎炎となるおそれがある。
〈予防〉 前述の慢性腎盂腎炎に同じ(女性の性感染症、男性の性感染症の予防法ともほぼ重なる)。
〈その他〉 * 「それらはまったくありふれたものでありながら、治療にはきわめて抵抗性であり、再発しやすい。またそれらは重大な腎疾患(腎盂腎炎)を起こしたり」(それらとは尿路の細菌感染)ハリソン内科書 第6版 1973。
 * 尿路感染症はこのように軽視できない(生命にかかわる恐れがある)病であるが、目次にも索引にも項目のない家庭医学全書も(子供の病気とだけされていたり)。本症は一群の病の総称であるが一体的な把握も併せてなされるべきである。予防上の観点からは殊更である(それぞれの病は互いに波及もしがち)。百瀬俊郎ほか著「尿路感染症の臨床」金原出版 1965 には、このような考え方もあるとして「むしろ尿路すべてが感染し、時により各部分の症状が強く現れると考えたほうが妥当である」と。腎臓は尿路の一部。
 * 二三の特定の病原による尿路感染は尿路感染症とされない。
 * 感染症の専門書では通常は尿路感染症の記述を欠く。本症は学問的には泌尿器科の領域とされている。
 * 新婚性(ハネムーン)膀胱炎、新婚性(ハネムーン)腎盂腎炎(新婚旅行中またはその後に発病する)なるものの存在が示すように本症と性行為との関連は大きい。膀胱炎の半数は性的行為に起因とも。膀胱炎は統計上20代、30代の女性に多い。他の書物(複数)では本症の好発時期は乳幼児期、出産期、産じょく期、老年期とある。これらの時期は感染への抵抗力が劣る。ある書には老人の死因で多いのは肺炎、気管支炎や尿路感染等の感染症とある。
 * 前出の「近代医学の壁」には「尿路感染症は最もありふれた細菌感染症の一つとして知られている。この病気は慢性的に持続されることがあり、いったん治癒してもすぐ再発しやすい。尿路感染症が直接、あるいは慢性腎不全の原因となり得る腎臓の細菌感染をひきおこすことによって間接的に、地域の罹病率や死亡率を高めることは多くの研究によって周知の事実である(中略)今日慢性の腎臓感染症は慢性腎不全の最大の原因と考えられている」とある。また「自分が尿路感染症にかかっているのを知らない人の4 人中1 人は腎臓に障害がある」ともある。D.ブラック著「ブラック腎臓病学」廣川書店 1986 には「UTIの死亡の原因は、腎不全の進展のみには帰せられない(中略)しかしそれがどの程度死亡率に寄与するかということについては、正確なところ不明である」とある。尾前照雄ほか編「腎臓病学」医学書院 1981 には「すべての尿路感染症、とくに無症候性細菌尿、単純性尿路感染症が同一終末像をとるかは不明である。しかし、乳児期、小児期の尿路感染症や、複雑性尿路感染症は高頻度に末期腎不全へ進行する」とある。
 * 尿路感染症は尿流障害等々の基礎疾患の有無で複雑性と単純性とに分けられるが、筆者の感想としては相違は瑣末なことでしかない。
 * 本症の実態は漠としている。即ち症状は不定がち、慢性化或いは再発し易く、経過は一定せず、診断は困難、検査で異常が明らかとならないことも多く、治癒の判定もつけ難いことが多い。腎盂腎炎も直ちには命にかかわることは少なく不定愁訴ともあしらわれる。本症は病として"日の当たらない"、“不遇”なものの一つである。本症の脅威の大きさは不分明としたい。よく判らないこともあるのだ。病も擬態で装うのか。それ自体は直接には生命にかかわらないとできよう前立腺炎、前立腺炎症候群について、雑誌、治療 99.9 には「未だにブラックボックスのなかに放り込まれた疾患」と。雑誌、モダンフィジシャン 01.9 には「前立腺炎症候群の病因と病態にはいまだに不明の点が多く」と。雑誌、メディチーナ 98.7 には米国のことだが「男性の尿路性器系の問題で訪れた患者の40%が感染に関連したものであった」と。雑誌、毎日ライフ 02.12にはカナダでは前立腺炎症状があると思われる人は20〜59歳で9.7% と。吉田修ほか編「泌尿器疾患の最新治療」先端医療技術研究所 2003には前立腺炎の年間の新患数はおよそ 60〜100万人と。
 * 吉利和著「新編腎臓病の治療」主婦の友社 1980 には「尿路の感染症が、他の場所の感染症にくらべて、なおりにくいからです」と。H.L クローアンズ著「生と死とその間」白楊社 1995 にはカテーテル(尿排出の管)による尿路感染についての文章で「実際、治ることはまずないと言っていい」と。ある雑誌に「急性膀胱炎は非常に再発しやすい」と。再発か再燃か。治るなのか治まるなのか。
 * 日常生活のなかにも本症のリスクは存在する。万全の予防を期するのは困難であろう。とはいえ灰色、灰色の部分があろうとそれはそれとしてリスクを少なくするという選択があり得る。ことを重大とするならばなおのこと。因果関係の実証など望めないことも多い。
 * R.W.Schrier著「腎臓疾患マニュアル 3 版」MEDSI 1991 には「近年、尿路感染症を起こす危険因子に関して多くのことが調べられている(中略)加齢、妊娠、避妊用隔膜の使用、性的活動性、そして糖尿病や高血圧症といった慢性疾患は尿路感染症との関連が確立されている。一方、尿路感染症を引き起こす危険因子として考えにくいものとしては、食事、タンポンの使用、衣類、排尿方法や排尿回数、そして排便後の拭い方とか入浴習慣などの個人の衛生観念があげられる」とある。排便後の拭い方には多くの書物が触れているのだが。
 * 和田博義ほか編著「小児腎臓病ハンドブック」南江堂 1988には乳児期、幼児期、学童期の頻度は1.0 〜3.5 %、腎不全の原因疾患として「かなり重要」とある。「以上の如く小児尿路感染症はしばしば遭遇するにもかかわらず、予期以上に危険を孕んだ疾患である」「尿路感染症の臨床」(前出)。伊藤克己著「子どもの腎臓病 101の質問」東京医学社 2004 には「子どもの原因不明の発熱のなかでUTIはまれではなく」とある。「尿路感染症は抗生物質を投与すれば治るなどと考えることは、改めなければならない」雑誌、小児科診療 05・12。
 * 非淋菌性尿道炎の人から配偶者・家族などへの感染の可能性、なされるべき配慮についてはどうか。触れている書物は少ない。能中賢二著「危ないぞSEX」光文社 1985 には「性行為配偶者に対しても同様の治療が必要である」とある。「メルクマニュアル 第17版」1999 には細菌性膣炎について「CDC(米国疾病管理センター)では性生活のパートナーの治療を奨励してはいない」とある。吉田修監修「泌尿器科感染症外来」メジカルビュー 2003 には「尿道炎の治療中は性的な接触は避けるべきである」と。以上の記述のトーンからは非淋菌性尿道炎の重大さが伝わってこないが簡単な問題ではあるまい。澤村正之著「ホントのSTD」講談社 2003 には尿道炎を患う人の家庭での入浴について「まず、うつる心配はないだろう。しかし、これもマナーとして、湯船につかるのは最後にしておいた方がよいと思う」と。乳幼児などの尿路感染症の感染源はまずは家族であろう。しかしながら尿路感染と入浴について数冊の家庭医学全書なども見たが言及されていない(ウェブを見ると、STDの人はシャワーにするなどの配慮をと)。ほかSTDの項、とくにエイズ予防財団監修のパンフから引用した文を参照のこと。
 * 「尿路の感染症が性路を通じて性器感染症を併発させることも少なくない」新島端夫ほか編「標準泌尿器科学」医学書院 1983 。逆もまたおそらく。
 * 「あたかも存在しないかのように、もしくは存在しても病気ではないかのように世の中では扱われてきた」「だが相手とするのは、とにかく病因も分からず診断も治療法も混沌としている疾患である」日本間質性膀胱炎研究学会編「間質性膀胱炎」医学図書出版 2002。間質性膀胱炎なる病名は近年言われるようになった。原因不明とされるが私見を記すならば、感染に起因するものが少なくないのでは(間質性腎炎のかなりは感染が原因とされている)。よって参考までに中国語のサイト「間質性膀胱炎之心理層面影響」から「慢性且無法根治的疾病」「感覺生活無意義、或有自殺傾向」という抜き書きをしておく。他のサイトには「因間質性膀胱炎而休學、失業、失能、甚至自殺時有所聞」、また「臨床上病患因長期受比病困擾、嚴重影響病人的生活品質、無法正常工作、精神憂鬱、而産生心理上的障礙、甚至自殺的情況」とある。米国での患者は推定で70万人とも百万人とも。
 * 中国語の前立腺炎(中国語では「前列腺炎」)のあるサイトには「精神壓力很大、深感悲傷和絶望、他們工作上失去進取心、生活上失去樂趣、有的甚至家庭破裂、事業失敗、企圖自殺」と。
 * 「慢性前立腺炎の掲示板」という掲示板がある。04年6月現在のアクセスは11万(開設は01年3月)。イタリア人医師のサイトの文章、「慢性前立腺炎はほとんどすべて病原微生物が原因で起こっているので、細菌が分離されてもされてなくても」が訳出されている。
 * 本症はその初期から、神経症状或いは“軽い”意識障害を伴いがちの如くである。泌尿器科のある書物には「泌尿器科における心身症候群」とあった。横浜市の中央図書館で精神医学に分類される多数の書物からこれはと思われる書物を手にとってみたが“軽い”意識障害の何たるかを知り得なかった。不眠を別とすればよほどの重篤でなければ記述の対象とならない如くである。不定愁訴、ノイローゼと片づけられもするのであろう。身内の例では自覚される変調は生半可でないというが(あるウェブサイトには前立腺炎のストレスは脳梗塞なみと)。精神医学に分類される書物は驚くほど多くが出版されている。しかしながら精神医学は診断でも治療でも、大筋では手探りに近いとの如き文章を見た記憶がある。
 * 尿路感染症に関する一般人向けの良書(予防の前提としてその正体のありのままが書かれた)はあるか。「近代医学の壁」、「新版 ウーマンズボディー」、「からだ・私たち自身」など二三の翻訳書のほかには思い当たらない。例のごとく日本人は危険の存在に無関心、無頓着。奇奇怪怪と能天気とが津津浦浦、所構わず覇を競う異境日本。
 * 本症の病原は細菌のほか真菌、原虫など。わが国で検査の対象となるのは通常、クラミジア、トリコモナス、淋菌。「非淋菌性非クラミジア性性器炎の起因微生物が何であるかは、今後の重要な研究課題である」雑誌、医薬ジャーナル 04.3。「非クラミジア性非淋菌性尿道炎の起炎菌として Mycoplasma genitalium が認知されているが、それでも非クラミジア性非淋菌性尿道炎の約20〜30%で検出されるのみである。それ以外の起炎菌については、表1に示す細菌について検討されてはいるが、いまだ結論は出ておらず」雑誌、小児科診療 08/8。
 * 尿路感染症はあらゆる言及を逃れ、嘲笑・拒否するように思われる。ことに軽視せんとする言及を。最高レベルの脅威の病の一つ(断トツのトップかも)に列せられるべきもの。頻度、症状、経過、帰結のいずれにおいても。そして予防が可能。<追記> 私見を述べるのだが尿路感染症は予防の対象の病として第一位となろう。

 女性骨盤臓器の炎症性疾患(PID)〈総説〉
  台所に立つのも辛い……

 内性器感染症とも言う。子宮、子宮付属器(卵管、卵巣等)、骨盤結合組織、腹膜の炎症性疾患の総称(標記の疾患名は「国際疾病分類」のものであり、外陰炎、腟炎を含む。内性器の感染は多くは外性器からの上行性感染であるので、予防上からは含めて考えておくべきであろう。本書でも同じ)。急性と慢性、また化膿性、淋疾性、その他の別がある。統計上の死亡数は年間50人ほど。但し、子宮頸がんのかなりがPIDによる(後述)。ボストン女の健康の本集団著「からだ・私たち自身」松香堂書店 1988 には「アメリカでは毎年約100万人の女性がPIDにかかり」「おそらくこの統計は、非常に多くのPIDが診断されないでいるために(中略)実数や影響をかなり下回っているだろう」「その後遺症に苦しんでいる」とある。後遺症?E.ノヴァク著「婦人科学 9 版」廣川書店 1986 には「急性骨盤内炎症に一度でも感染すると、幾分慢性疾患の形として残り、再感染や増悪を繰り返す」とある。ある書ではSTDの一つとされ、アメリカでは年間10万人が外科治療を受けるとある。赤枝日出男著「あなたも病気・慢性骨盤内感染症」ジャプラン出版 1989 では、これら臓器への細菌の感染で長期悩まされている女性は少なくないとある。診断は容易でなく不定愁訴、気のせい、異常なしとされることも多く現代医学から見放されているなどとある。症状に軽重がある、一たび治癒しても容易に再発するともあり、尿路感染症に類似する点が多い如くである。「メルク・マニュアル 第18版」2006 には「PIDは一般的に35歳未満の女性で起こる。初経前、閉経後、妊娠中に起こることはまれである」と。
〈予防〉 尿路の出口(外尿道口)を外陰部と読み替え、慢性腎盂腎炎に同じ。性行為によることが多い。ほか不潔なものを腟内に入れない。生理は正しく手当て。生理用品は使用上の注意を守る。タンポン、ペッサリー等を入れたままにしない。外陰を洗うのは入浴時などに一日一度程度。月経時には二度くらい。清潔な手で。石鹸の使用については刺激の少ない石鹸でとも、石鹸はよくないとも(欧米では石鹸で泡立てた浴槽に入るが?)。薄めの石鹸水でとも。石鹸を使うときは手早く、かつ洗い流すというところか。腟内を洗うのは細菌感染を阻止している分泌物を洗い流すので逆効果。外陰炎、腟炎では物理的な刺激、薬物などの刺激による非感染性の炎症もある。細菌等の感染を誘発しやすい。「からだ・私たち自身」(前出)には他人のタオル、手ぬぐいは使わないとある。通気性のよい下着を着用。汚いものが外陰に触れぬよう。外陰を掻いたりしない。けがをしないよう。強い薬を使わない。洋式便器からの感染も。銭湯等浴室では床へ腰を下ろさない(いまのことは知らないが昔は銭湯に注意書きがあった)。生理中はセックスは控える。子宮内膜が傷つき易く、細菌感染の怖れがあるため。ビデ、ウオッシュレットの噴流は直接尿道口に当てない(病原を奥へ押しやる恐れがあるので)。
 * 器具や媒介物による伝播の報告が外国にあると。熊澤浄一ほか編「性感染症」南江堂 2004 。
 * 上記、「からだ・私たち自身」は本病、UTI,STDの予防を詳述。
 * 「各疾患名を個々の感染診断名に特定することは困難なため、今日ではPelvic inflammatory diseases(PID)と表現される」岡田弘二編著「産婦人科の薬物療法」医薬ジャーナル社 1995 。
 * 「PIDは重篤な合併症、不妊、外妊、慢性下腹痛の主たる原因」「PIDの診断に信頼のおける単独または複合の指標はなかった」雑誌、JAMA日本語版 1992.7。「PIDの診断は経験豊富な臨床家でもかなりむずかしく、剖検を行って診断されるものもある」JAMA日本語版 1986.5。
 * 腟炎、外陰炎は感染が内性器に及ぶ恐れがある。「細菌性腟炎は感染症として重要視されていなかったが、骨盤部炎症疾患(中略)流産、早産などとの関連が最近は認められつつある」「メルクマニュアル 第17版」1999。
 * 婦人科外来患者の20〜30%は腟炎とも。炎症の明らかでないこともあり、腟症とも呼ばれる。外陰炎と腟炎とは合併することが多い。
 * 尿路感染症への、また尿路感染症からの波及、合併もある。
 * PIDは「社会的経済的に低い層に起こりやすく」と。T.J. Barder 著「産婦人科シークレット」メディカル・サイエンス・インターナショナル 2005。STDも同様であろうか。いや、日本人にはあてはまらない?同書はPIDの予防の一つとして「一夫一妻制や禁欲を勧める。特にティーンエージャーに対して」と。
 * サイレントPIDと呼ばれる症状の乏しいものも。半数以上の女性が子宮頸管炎を患った経験があるとも。筆者の憶測であるが、本病の深刻さまた症状の相違は病原体の如何によるのか(尿路感染症でも同じ憶測を記したが)。
 * WHOは子宮頸がんの83%がヒト・パピローマ・ウイルスによるとする(米国国立がん研究所によれば95%とも。がんになるのは感染者の一部)。悪性新生物による死者で子宮頸は23百人、子宮部位不明は18百人(99年)。子宮頸がんが若い女性に急増と(読売新聞 03.7)。
 * 「2002年米国の調査によると、15〜44歳の女性でPID専門内科外来をはじめて受診した者の数は約200,000人であり、急性PIDで入院した女性は66,000人であった」ハリソン内科学 第2版 (第16版) 2006 。この書では本病、男性の尿道炎、女性の尿道炎は性感染症とされている。

 性感染症(STD)〈総説〉
  さまざまな病原・さまざまな病態

 本症とされる疾患は20以上(30以上、また80種とも)。但し病原体は20にとどまらない。難治・不治なもの、そうでないもの様々である(難治・不治のありのままに書物は触れたがらぬ)。感染が生殖器以外に波及するもの(全身感染型)も多く、一命にかかわるもの、複数の病原に感染すること(6 割とも)も。頻度も様々。症状のでるでないも様々。胎児へ垂直感染する病原も多い(ある書に垂直感染するSTDの主な病原は13種)。本症の情報は「一番知らされていない」とされる。然り、ことにその恐ろしさの実態が。WHOによれば本症にあらたに感染する人は年間3.4 億人。ほか、UTI、PIDの項を参照(これらを性感染症としない書物も多いが頻度、苦痛などなどにおいて本家を圧倒しているのかも。本家ははるか彼方で後塵を拝しているのかも)。
〈予防〉 パートナーの限定。定まったパートナー以外ではコンドームの適正な使用。男性は事後のコンドームの扱いに留意。事前に手を洗う。キスなどによる口唇への感染のほか状況によっては食器、コップ、手ぬぐい、タオル、ふとん、便器等にも留意。かくてなお万全となし得ない。STDのすべては間接、直接の接触感染であり性行為以外の原因による感染もあり得る。病原体保有者は家族に移さぬよう留意(入浴で移る病原体も)。家庭での常識として「最低限タオルの使いまわしはいけない」と。雑誌、治療 07/10(最低限からもう少し踏み込むと?)。感染予防の前提は、診断がつかないもの治らないもの命にかかわるもの(最良のレベルの医療を以てしても)がどれほどなのか分からない現実(底なしの沼。誇張ではなくして)を心に刻み、認識することである。この観点から見て、医学書、雑誌などの記述のあり方の多くは現実から乖離していよう。治らないことについては、インターネットの掲示板(とくに2ちゃんねるのUTIについての)で多くのカキコミを見ることができた(なぜかSTDのスレッドはほとんど消えてしまった)。若干を後で引用させて貰っている。
〈その他〉 * 正しい知識?愚かな言い草だ。全容の窺いようもない性感染症なる底なし沼に正しい知識などありようもない(間違っている知識、役立たず無意味なだけの知識(予防の見地からは)はあろうが。掃いて捨てるほどに)。医学もまた人を迷わせ誤らせるのか。
* 予防の観点からは、書物などの記述の九割九分は誤解を招くものとしたい。理由はさまざまだが、治る・治らないの視点が欠けてもいる。
 * STDは病原により分類される。STDとされる疾患の範囲は書物によって様々(UTI、PIDが含められもする)。STDなる定義、分類にとらわれないように。「STDでは性行為以外での伝播があり、それらが感染経路としてはむしろ多いことがしばしばである」新宮世三(雑誌、臨床と研究 93.12 )。
 * STDは近年下記の諸点で変貌しているとされる。
  (1)新しい疾病の出現
  (2)従前さして問題とされなかった疾病が問題となっている。
  (3)耐性菌の出現
  (4)経過が非定型、診断が容易でないものの出現
 * STDは子宮外妊娠、不妊、流産、脳神経系の病気、関節炎、循環器系の病気、ガンなどの原因ともなる。
 * 統計は一部の疾病についてのみ。統計のある疾病も実数は把握しきれまいとされる。旧性病(性病予防法は廃止された)も実数は10倍、また100 倍以上とも。身近な人、著名人とを問わず特定の人が話題となることもまずあり得ない。闇のなかの無数の事実経過……。
 * ある衛生学の先生からは本症のより詳述をとのご助言を改訂前の本書に対して賜った。本症の恐ろしさに鑑みて至当なご助言と考える。STDは自業自得ともされる。しかしその恐ろしさ(とくに治らないSTDの多いこと!!)はどれほどに伝えられまた知られていよう。恐ろしさに口を閉ざしておいて自業自得、自己責任を言うのはどういう神経なのか。なぜに恐ろしさはかくも隠蔽されるのか(おどろおどろしさではS.H.ジィナー著「性行為感染症」ブレーン出版 1986 という書物がある)!!。しかしながら発信するほうも受信するほうも永遠に永遠に絶望的に未開も未開なこの列島の蛮族ばら。
 * 「わが国ではいまだにプライマリ・ケア医にとってSTD患者は特殊なものとの偏見が根強く、患者の救済どころか人権を侵害していることもまれではない」雑誌、治療 07/10。おそらくは医薬が無力なことの裏返しとしても。2000年刊のある医学書に、「STDは自業自得で、真面目に診療する対象ではない」とする多数の医師がいると。同書に「STDは化療時代の現在、もっとも抑制の困難な感染症」と。 
 * 「この他多数の本来STDと見なされない感染症には(中略)などがあり、性的に伝播されうる」メルクマニュアル 第18版 2006。日本では通常STDとされていないUTI、PID。注意喚起もなされていない。奇怪この上ない。六大性感染症は性器クラミジア、淋病、梅毒、HIV感染症、性器ヘルペス、尖圭コンジロームと。医師のためのリストアップ。だが予防の見地からはナンセンス。
 * ある人の文にコンドームの信頼性は98%とある。避妊の目的でも数%、10%、また7 割の夫婦が失敗と。皮膚・皮膚、皮膚・粘膜で感染するSTDもいくつかある。雑誌、臨床と微生物 97.7には「一方、○○○○○○○○○は○○の場合ほど著明な差はみられず、無使用で20%の感染がコンドーム使用でも13%と半分にも減っていない。さらに○○○○○○ではコンドームの効果は全くみられていない」とある。ある翻訳書には○○はコンドームでは防げないと。相羽早百合著「ウーマンズ・ボディ・ブック」三笠書房 1994にはコンドームについて「実際には○○だけは予防できますが、その他のSTDにはあまり効果がありません」「STDには万全の予防策はありません」とある。上記の引用で病名は筆者が伏字にした。いずれもメジャーなSTD。コンドームは万能でないことが引用の眼目である。
 * 雑誌、メディカル朝日 05.3に「コンドームのある・なしで感染率が4倍も異なる」と。4倍しか異ならない、ではないのか。
 * 「コンドーム教育の推進は、かえって性感染症のリスクを助長する恐れがある」国連エイズ対策部(UNAIDS)、Richens 博士。インターネットからの引用。
 * 感染力の弱いHIVの予防法だけがライトアップの怪。ピンポン感染とやらを一般論として記す書物のノーテンキ(そんな生易しいことではないのだ、一般論を言うのならば)。名の通ったある出版社の本にSTDは「エイズを除き完治するものである」とのトンデモ言説。日本ではあまたの奇奇怪怪が大手を振って。米国では禁欲を奨励。性感染、尿路感染の現実の如何を知悉している泌尿器科医などは自らの年頃の子女になにをどのように伝えているのだろう(とくに治る治らないに関して)。学校教師の能天気とおそらくは隔絶。寝た子を起こす?火宅が火宅と見えていない学校教師。枝葉末節には湯気立てて。
 * 「すべての血液にリスクある」と。朝日新聞 93.5。
 * 「性器感染症の場合は、細菌の検出が不能のことも多く、起炎菌であることの決定もむずかしく、したがってその起炎菌に関する統計もほとんどない」大越正秋編「尿路感染症最近の臨床」医典社 1982 。遺伝子による診断法もその後実用化されてはいるというが。STDの診断は症状を見るのが中心と(朝日新聞、99.9)。診断されぬままも多いのであろう。
 * キスで移る病原も各種ある。EBウイルスは代表的なもの。酒杯のやりとりなどは常識的にも非衛生とある書にある。
 * 結婚はどうなのか、「ふつうは約一年で免疫、耐性ができ、それ以降は同じ病原体を共有し、安定するようになるが、それまではお互い未知の病原体にさらされている状態といえる。実際、結婚一年以内に発熱したり、ときには死に至るような重い感染症になることもあるらしい」病原体との共存を考える会著「図解感染恐怖マニュアル」文芸春秋 2001 。TVである人、芸能人の離婚原因のかなりがSTDと。
 * 米国では新たに感染する人は年間推定 2000 万人(JAMA日本語版 2004.9)。米国では届出対象のSTDは52種と。
 * 欧米ではSTDに代わりSTIなる呼称が一般的になってきたという。Iは infection。症状の出ない感染も多いためという。
 * クラミジアを含む非淋菌性尿道炎は第五性病とも言われる。B型肝炎に使われてもいた。第六性病はBV(バクテリアル・ヴァギノシス)と。ヘルペスにも。第七性病はトリコモナス。学問的な呼称ではない。
 * ある書に代表的なSTDは男性では非淋菌性尿道炎、女性では子宮頸管炎と。非淋菌性尿道炎は女性にとっても重要。原因は性行為だけでない。「男性のSTDのなかでは尿道炎が圧倒的に多く、全STDの86%を占めている(中略)一方、女性のSTDにおいては子宮頸管炎が最も多く、全STDの80%を占めている」内藤誠二編「新泌尿器科学 4版」南山堂 2001 。尿路感染の少なからぬが診断できぬことも想起されたい。
 * 非淋菌性尿道炎に代わって「非淋菌非クラミジア性尿道炎」なる呼称がよく見られるように。
 * 「こういう基本的な情報さえまったく提供されていないのが、日本の現状です」対馬ルリ子監修「STD性感染症」池田書店 2000。ちなみに99年の改定までの学習指導要領では性感染症は触れられていなかったという。ある雑誌には中学校の保健体育の指導書では78年に削除、02年の学習指導要領で復活の予定と。「教科書のどこを見てもこのことに関する具体的なことは書いてありません」河野美香(雑誌、文芸春秋 01.5 )。「学校での教育は隔靴掻痒の感の甚しい内容での指導を行っている。まったく空しいと言わざるをえない」「わが国の衛生行政の性感染症/HIV感染に対する認識の甘さがいかにひどいかを示すものと言える」熊本悦明(雑誌、産婦人科治療 07/4)。
 * 「泌尿器科の外来の3 割もしめる慢性前立腺炎についてマスコミで報じられることも決して多いとは言えません」中神義三著「泌尿器科知りたい話」広済堂書店 1994 。
 * STDで医療機関にかかる人は年間で推計60万人。但し7 種類のSTDに限っての推計。この数字はSTDにかかる人の「氷山の一角」(朝日新聞、99.9)と。「このように性感染症の発症率に関する研究は、方法論的な問題に直面することが多く」J・ギセック著「感染症疫学」昭和堂 2006。
 * 「このような多種多様な病原体が種族維持のための生殖行為によりパートナーからパートナーへと伝えられ拡がっていくため、これを未然にくいとめる方法は、今のところほとんどないといっても過言ではない」松田静治編「産婦人科領域感染症Q&A」医薬ジャーナル社 1998 。
 * 「若者の自殺の1/3 は性病が原因だ!?」プレイボーイ 1985.8 。読んでみたが、いくつかの大学病院でささやかれている、などとあるほかは一人の医師の実感である。読者はどう受けとめられるか?
 * 医学書を見ての筆者の個人的な感想であるが、本症の恐ろしさは次の二点で十分反映されていない。▽ 難治、不治の疾患も多いが、医学書は触れたがらぬ。EBMに程遠い。「しかし、性感染症のいちばんの問題は治療法よりも、いかにセックスパートナーや子どもに、病気を感染させないかということです」「大安心健康の医学大事典 2訂版」2004 講談社。 ▽ 原因として性的感染が重きを占める(成人において)尿路感染症、女性の内性器感染症への言及が乏しい。
 * STDの死亡数は統計上百人に満たない。性的な感染を第一原因とする死亡者の実数は神のみぞ知る(死亡統計のSTDの死亡数はナンセンスであろう)。「Deaths due to sexually transmitted diseases. The forgotten component of reproductive mortality」雑誌、JAMA 1986.4(日本語版には訳出されていないようだ。日本人はどんどん死ねと?)。STDの定義はさまざま。ある書はC型肝炎、ATLをSTDと(これにはちょっと驚き)。
 * 新聞の死亡記事の死因に性感染症と書かれることはない(外国でのエイズは希に)。
 * 利部輝雄著「性感染症」悠飛社 2005 の第三章は「性感染症と不妊・子宮外妊娠・流早産」、第四章は「性感染症と子宮頸癌」。
 * 本症の恐ろしさを多少とも伝えられようかと、医学書に見える用語のごく一部をアトランダムに記してみた。妊孕障害、母子感染、自・他覚所見、炎症、隆起性病変、丘疹、全身性の発疹、腫瘍、びらん、浮腫、分泌物、発熱、全身症状。まだまだあろうが。
 * 「しかし、予防行動は個々の性感染症に関して行なわれるのではなく、性感染症トータルの大要知識をもって、認知行動科学的に実践されるべきものです。すなわち総論的把握が肝要です」日本健康教育学会編「健康教育」保健同人社 2003。まったく。STDという森を見よ(ただし、頻度も最多の尿路感染症という全容の定かでない怪異な巨木だけは深く深く心に留めよ)。だが同書で「性感染症の基本的知識」として挙げられている11項目には最も肝要なことが抜け落ちているのでは?ネットの掲示板、2ちゃんねるで 03年11月、前立腺炎のスレッドを立てた人は冒頭で「治る治らないの議論は荒れるだけなのでやめましょう」と。
 * ネットの掲示板、2ちゃんねるには膀胱炎、前立腺炎(「助けて!前立腺炎があまりにも酷いです」)などのスレッドが過去にあった。多数の心を痛ませる書き込み。「膀胱炎?!もう何年も治んないよーヘルプ☆」なるスレッドでは「あんなに簡単になる重病はないよ」03.3と。腎盂腎炎のこと。性病の膨大な過去ログ(「性病情報交換スレッド」はPart21まで。01年1月から04年1月まで)も悲痛この上ない(「もうだめです。いろいろ不調です」03.8などなど)。これらの膀胱炎、前立腺炎、性病で見るに足るスレッドは04年初めに消滅した。なぜなのだろう。書物には決して決して書かれない現実のさまざま。
 * 2ちゃんねるに「★非クラミジア性非淋菌性尿道炎(最多のSTD)★」というスレッドが05年4月に立てられた。「恐ろしすぎる」「おれは医師にかかわらずNCNGを患い」「治らねぇなぁ、これは…」「治る気がしない。orz」「それと結婚は諦めています」などなど。04年11月に立てられた「尿道炎のスレ」というスレッドでは「もう一生治らないのでしょうか」「治りそうにありません」「もう直らないと思います」「治っていません」「俺も治らん。なんかもういやだって感じ」など。まだまだ直截この上ない書き込み。万巻の医学書では行間にさえ見えないことが綺羅星のよう。
 * 「2000年の兵庫県におけるSTDの調査(図1)では、尿道炎が83%と大部分を占め(中略)熊本らの2002年の全国9都道府県でのサーベイランスにおいても、ほぼ同様の結果であった」雑誌、日本医事新報 07/12/8。記事中の図1(6種のSTDが示されている)では「非淋菌・非クラミジア性尿道炎」が40%。診断されない非淋菌・非クラミジア性尿道炎がどれほどか。その恐ろしさはいかばかりなのか。
 * 「また、一般には性行為で伝播するとの認識が低い微生物による感染も、児に感染した場合には影響が大きい場合がある」熊澤浄一ほか編「性感染症 STD」南山堂 2004。性感染症の恐ろしさをあまさずに示すことは不可能に近い(文字だけでは)。
 * 「でもね、実は性病には、一生かかっても治らないものが多い」「セックスのあらゆる危険性を知って初めて」「ほとんどの教育委員会で「性行為」つまりセックスについて触れないことを方針にしているという」赤枝恒雄(週刊朝日 06/12)。 
 * 死神、疫病神のうろつく野に放り出された未成年者、若い人たち。すでに疫病神、死神に取り付かれてしまっている未成年者、若い人たち(2ちゃんねるには知っていればなどの書き込み。達意な文がなんとも痛ましい)。啓発の不在により知識の欠如により不運によりそれら二乃至三の複合により。
 * 性感染症は離婚、家庭内離婚、未婚の原因ともなり、職業生活(引きこもり)などなどなどにも影響していよう。統計の及ばぬ漆黒の闇のなかで。
 * 「日本の性感染症予防対策は、全く機能していない」雑誌、世界 00.12 。また米国人らしき人の言葉「「コンドームは安全」などというメッセージは本当の脅威を覆い隠す偽薬にすぎない」が引用されている。「実際にそれほど予防はむずかしいのである」雑誌、からだの科学 01.1。米国政府は「禁欲」が最良の方法との立場と(朝日新聞 02.2)。「禁欲のみの性教育定着するか」JAMA日本語版 02.7。ニューズウィークの「禁欲教育が米で広がり」 02.12.9 というトップ記事は日本版ではボツと。
 * 仮説を言うならば、STDの病原の蔓延とセックスへの態度とは数十年のサイクルで揺れ動く?つまり禁欲の結果危険が少ない環境となればフリーになり、フリーになれば病原が蔓延する。情報の伝わらない日本は別として。
 * 99年の「全国性行動調査」によれば、過去一年間に売買春した若者(18〜24歳)は15〜19%。欧米の多くの国では1〜2%とある(過去一年間に売買春した男性13.8%、欧米の4か国では 0.3から2.8%とも)。
 * 「もっとも、まともな予防対策は検討されていないのが現状だ」。クラミジアなどに関する週刊新潮 05/11/10の記事中の文。「一方、保健行政、学校教育、マスメディアからは、予防に必要な情報は提供されていない」これは思春期のSTDについて。雑誌、小児科 06/6 。
 * 「性感染症には、絶対かからないで!」(節の見出し)。赤枝恒雄ほか監修「女性の医学ハンデイブック」池田書店 2005。
* 書名に「性感染症」なる文字を含む2008年刊行のある本を手にとった。その脳天気さたるや。有害さの程はいわゆる有害図書と天と地ほどにも隔たる。この列島にはかような有害図書が氾濫している。野放しで。
* 「性交渉によって性病にかかる可能性があることを強調すべきである。コンドームが、AIDSやその他の性病を防ぐ失敗率と成功率とを示した医学の最新情報に基づく統計を、子どもに提示するとよい」。カリフォルニア州著「アメリカにおける子どもの健康教育」大学教育出版 2005。
 * 「「特定の人とのセックスは安全」などと言うことはできないのです」婦人公論 別冊 2008/1。「決まった相手とつきあっている場合でもコンドームは必要?感染していないことを確認することは実際上困難です。したがって、子どもをつくる必要があるとき以外は、必ずコンドームを使うことが確実な予防法です」と。エイズ予防財団監修のパンフ「性感染症」2006 (コンドームを確実とするのは大きな誤り)。
 * 「知らされないことによって、子どもたちは自分の体を自ら守るバリアを張れないのです」「さらに、家庭でのコミュニケーションとセックスの経験率が完全に逆相関という関係になって」木原雅子(雑誌、教育ジャーナル 03.9)。「子どもには、彼がおとなになった時、いかにしてみずからの生命を守るべきかということを教えておくべきである」J.J.ルソー著「エミール」。「若者たちは何でも親や国が守ってくれ、この世に外敵など虫一匹いないと思っている」小菅文雄著「湘南漁師物語」 2007。学校が愚かなので。「腐敗の中で最悪なのは(中略)知る必要のあることを言わないことです」J・F・ケネディ(毎日新聞の書評で 07/11/4)。
 * ハリソン内科書 第11版、上巻の「性病(性行為により伝染する疾患)」(11ページの分量)をコピーすることをお勧めする。性感染症の実態を知る上でこれ以上の文献は望めまい。続く「骨盤の炎症性疾患」(11ページの分量。これは女性の疾患)も。
 * 以上でなお十分かとの思いが残る。釈然としないのはなにゆえか。最後に一つ付け加えておこう。性感染症か否かという定義は病の重大さを判断する上でまったく意味がない(将来、定義が改められるならばとも角)。ある週刊誌の記事の見出しの一部に「セックスも命がけ!?」とあった。命にかかわる疾患の如何と蓋然性の大小とは伝えられていないに等しい。我々は偏った情報、誤った情報、情報の欠落の下で生きている。それも性感染症にあっては現実とまったく乖離した…。
 * 本病は一時の出来事に原因する。そして取り返しのつかぬ事態を招来することが多い。ある医学書に予防のカウンセリングの対象となる疾病などが14列挙されている。一時の出来事とできるのは「性感染症とHIVの予防」とあるほかは外傷である。
 * 「本来ならば教育の現場で正しい性感染症の普及・啓発を行って正しい予防のための知識を与えることを最初に行うべきであるが、それが現実問題として期待できない現状である」小野寺昭一(雑誌、感染制御 05/6)。「みっつめには、性感染症・HIV感染症の脅威が比較的に低いと思われていることです」根岸昌功(雑誌、性と健康 05/8)。「性感染症の場合は「予防できない」「治らない」感染症になるリスクと(中略)現実の話をぜひ学校での性感染症予防の中で伝えてください」堀成美(雑誌、Sexuality 05/7)、「無知が招く現実には、現実の出来事を伝えることが最も有効な手段である」今井一夫(雑誌、同前 05/7)。同誌同号で執筆している教師たちのノーテンキさ加減たるや。


<お断り> 医学書、医学雑誌は07年末をもって手に取らぬこととしたので(原則として)、このサイトへの加筆なども出来なくなりました。
<謝辞> 引用させて頂いた方々(出版社等を含む)には心からお礼を申し上げます。引用なくしては本サイトは存立し得ません。
<付記> 以下は 1998 年に自費出版した「病の予防のすべて」(東京・創造書房から。162 ページ)の目次です。
 各 論(あなたも知らない基本的なノウハウ…)
  まえがき
  疾病の第一次予防(要説)
     高頻度・軽視できない病(感染性)
     高頻度・軽視できない病
     生活習慣病(成人病)
     軽視できない病・頻度少(感染性)
     その他の病
  妊娠中留意したい若干の事項
  不慮の事故について
    付 表
 総 論(カルチャーとしての危険学・疾病学−試論−)
  この世の危うさ、非情さについて
  不運・不幸・運命について
  危険に対する我々の態度
  日本人の危険に対する態度
  逃れるを得ない場合の不運・不幸
  危険の回避について
  恐怖と不安について
  関連する分野から
  病とはなにか
  知られざる医療の実力
  啓蒙の不足・一般人の認識の不足
  病いの予防
    あとがき
<付記>  以下は「病の予防のすべて」(手元の草稿)での引用文献などの一部
  各 論 (順不同)
ダイヤグラム・グループ編「新版ウーマンズボディー」鎌倉書店 1992。ダイヤグラム・グループ編「マンズボディー」鎌倉書店 1981 。ボストン女の健康の本集団著「からだ・私たち自身」松香堂書店 1988 。M.オッペンハイム著「マンズ・ヘルス・バイブル」小学館 1997 。カリフォルニア州立大学公衆衛生学部編著「あなたを救う50の方法」ブロンズ新社 1993 。「予防と健康の事典」小学館 2007 (力作。上の五冊に比べれば見劣りはするが)。「メルクマニュアル」日経BP社 1999
  総 論 (順不同)  ○印を付した文献からは少なからぬを引用させて頂いた。
B.ディクソン著「近代医学の壁」岩波書店 1981。A.クラインマン著「病いの語り」誠信書房 1996 。 貝原益軒著「養生訓」。○梶山健著「「世界引用句辞典」明治書院 1979 。○田中秀央、落合太郎編著「ギリシア、ラテン引用語辭典」岩波書店 1963 。○モンテーニュ著「エセー」筑摩世界文学大系 筑摩書房 1973 。「旧約聖書」1955年改訳、日本聖書協会 1988
<付記> 以下は "病の予防" というテーマに関連すると思われた書物、雑誌・新聞記事などのタイトルです。ワープロのフロッピーに入っていたそのままですが一時、興味に任せて(独断と偏見で)したことです。雑誌・新聞ではタイトルの一部、記事中の小見出しのものも。雑誌記事は「大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録 件名編」にほとんどを負っています。書物は国会図書館のサイトなどに。
  −書物−
「死因を科学する」アスキーメディアワークス 2009 。「医学常識はウソだらけ」祥伝社 2009 。「リスクの正体」バジリコ 2009 。「本当のところ、なぜ人は病気になるのか」早川書房 2008 。「9割がよくある病気」(約30と)講談社 2008 。「がん検診の大罪」新潮社 2008 。「世界一病気に狙われている日本人」講談社 2008 。「死因不明社会」講談社 2007 。「本当は知らない空気の危険」祥伝社 2007 。「99.9%は仮説」(これは物理学の本。物理学にして!)光文社 2006 。「リスクのモノサシ」NHKブックス 2006 。「リスクメーターではかるリスク!」丸善 2005 。「健康格差社会」医学書院 2005 。「肝臓を感染から守る!」小学館 2004 。「私は薬に殺される」幻冬社 2003 。「「あいまい」の知」岩波書店 2003 。「もう抗生物質では治らない」NHK出版 2003 。「神様、何するの…」幻冬社 2002 。「子どものセックスが危ない」WAVE出版 2002 の節名に「病気は治るという思い込み」。「ふしぎの国の医療」ライフ企画 2001 の冒頭に「日本の常識は世界の非常識」。「最悪のはじまり」草思社 2001 。「変貌する生活習慣病」メディカルレビュー社 2000 の小見出しに「肥満・糖尿病・高血圧・高脂血症の合併頻度」。「リスク対リスク」昭和堂 1999 。「精神疾患の一次予防」ライフサイエンス 1999 。「子どもの健康と安全を守るためのABC]メディカ出版 1999 。「まさか私が死ぬなんて」健友館 1999 。「安全学」青土社 1998 。「なぜ病気になるのか」PHP研究所 1998 の小見出しに「予防はあらゆる治療にまさる」。「個人の危機管理術」中央公論社 1998 。「科学は不確かだ!」岩波書店 1998 。「なぜ私だけが苦しむのか」岩波書店 1998 。「感染症が危ない」光文社 1997 。「腎臓病診療Q&A」文光堂 1997 の小見出しに「なぜ腎臓病の治療は敬遠されるのか」。「なぜ日本人は事実を見たがらないのか」祥伝社 1997 。「命にかかわるコワーイ話」河出書房新社 1997 。「医者の言葉はうらおもて」アドア出版 1997 。「「超」細菌の報復」三田出版会 1997 の節名に「身体中が病気であると感じる」、小見出しに「最悪の生涯の始まり」「女性を台無しにするもの」「問題の大きさ」。「感染恐怖マニュアル」ネスコ 1996 。「抗ガン剤は効かない!」宝島社 1996 。「悪魔のささやき医学辞典」MEDSI 1996 。「患者よ、がんと闘うな」文芸春秋社 1996 。「カルシウムは体にわるい」光文社 1995 。「殺人病ファイル」日経BP出版センター 1995 。「早死にする食事」ロングセラーズ 1995 。「お医者さんの話が10倍わかる本」日本医療企画 1995 の節名に「症状が起こってからではもう遅い」。「健康常識のウラ・オモテ」集英社 1995 。「細菌の逆襲」中央公論社 1995 。「クスリで病気は治らない」みき書房 1995 。「医療の衝撃」日本能率マネジメントセンター 1995 。「死ぬ前にも地獄がある」主婦の友社 1995 。「死に至る病気の兆候を知る本」サンドケー出版局 1995 。「自分のための危機管理学」祥伝社 1995 。「「健康によい」は体にわるい」光文社 1995 。「薬でどんどん悪くなる」潮文社 1994 。「ドクターズルール425 」南江堂 1994 。「墓場へのロードマップ」データハウス 1994 。「危険予知の話」中央労働災害防止協会 1994 。「危ない食品物語」小学館 1994 。「病の大陸」集英社 1994 。「サイレントキラーの恐怖」アドア出版 1994 。「健康は自分で守ろう」中央公論社 1994 。「身体と性の危ない話」講談社 1993 。「健康づくりのワナ」朝日新聞社 1993 。「人間この信じやすきもの」新曜社 1993 。「患者に言えないホントの話」新潮社 1993 。「死の病を共に生きる」星和書房 1992 。「スポーツは体にわるい」光文社 1992 。「医者は病気を治せない」土日社 1992 。「がんは感染る」ベストセラーズ 1992 。「今「食」が危い」学研 1992 。「生の時刻」かまくら春秋社 1992 の章名に「体の不幸は突然に」。「しのびよる危険な食品」ABC 出版 1991 。「子供の危険 Q&A」ラジオ技術社 1990 。「日本危険白書」マルジュ社 1989 。「子供に危険な食品ワースト20」青年書館 1988 。「身近なくらしの衛生」瑳峨野書院 1988 。「危ないぞSEX」光文社 1985 。「健康術」河出書房新社 1984 の小見出しに「病気になったらおしまいだ」。「しのびよる腎臓病」読売新聞社 1978 。「健康危険の回避」杏林出版 1977 。「病気とはなにか」講談社 1976 。「生活の恐怖」ベストセラーズ 1974 。
  −雑誌・新聞記事等−
「都市圏で感染者割合増 成人T細胞白血病ウイルス」神奈川新聞 2009.6。「生活習慣の改善と心疾患:予防効果は本当にあるのか」MMJ 2009.2。「米国で末期腎不全が再び増加傾向」MMJ 2009.1。「自殺の原因 「健康」63%」日本経済新聞 2008.10。「乳幼児突然死のリスク 扇風機で7割減か」日本経済新聞 2008.10。「女性の8割が?子宮けいがん原因ウイルス感染実態」フジテレビ 2008.8 。「「糖尿病疑い」2割」毎日新聞 2008.5。「あるほど健康? コレステロール」東京新聞 2008.4 。「慢性腎臓病予防に対策案」日本経済新聞 2008.3。「重傷者の3割、精神疾患に」日本経済新聞 2007.12。「日本を蝕む「性感染症の現実」」週刊実話 2007.10 。「ニッポン「死因不明社会」特効薬は「エーアイ」だ!」週刊朝日 2007.8。「「家庭内事故」の傾向と対策」現代 2007.7 。「自殺理由どこに」神奈川新聞 2007.6。「「医師限定サイト」の暴走」週刊朝日 2007.6 。「米国の泌尿器疾患の医療費年間110億ドル」MMJ 2007.5。「メタボと寿命 関係薄い」読売新聞 2007.5 。「薬剤耐性菌 新手、拡大の兆し」日本経済新聞 2007.4 。「ガス中毒死はもっとある」AERA 2007.3 。「「尊厳ある死」4割以下」産経新聞 2007.2 。「いのちの危機管理体制を確立せよ」現代 2007.2 。「1型/2型糖尿病の妊娠女性では周産期死亡と先天性異常児が多い」MMJ 2006.11。「メタボリック・シンドロームのでたらめ」週刊朝日 2006.5 。「食と健康の「新発見」にご用心」ニューズウィーク 2006.4 。「子宮頸がん若年化」産経新聞 2006.3 。「欧米では国策で病気を予防」記事中の見出し 週刊文春 2006.1 。「健康診断は意味がない?」ニュートン 2005.11。「「健康格差社会」が到来?」静岡新聞 2005.10。「カルシウム、ビタミンDに骨折予防効果なし」MMJ2005.7。「食後の運動で死亡例」中国新聞 2005.6 。「セックスも命がけ!?」(特集「不幸に遭遇しない行動学」のなかの見出しの一部)週刊スパ 2005.6 。「いきなりやってくる「死に至る病」の現実度」週刊スパ 2005.4 。「潜行/急増する性感染症」メディカル朝日 2005.3 。「運動が体によいはホント?」nature月刊日本語ダイジェスト 2005.3 。「2500グラム未満の出生児増加」毎日新聞 2005.2 。「糖尿病 胎児に悪影響」産経新聞 2005.2 。「米国における実際の死因、2000年」JAMA日本語版 2004.9 。「20代に急増する性感染症の恐怖」ニューズウィーク 2004.9 。「たばこを吸う人 10年も早死に」沖縄タイムス 2004.8 。「コレステロール「高い方がいい」の衝撃」週刊朝日2003.12 。「勘違い多い粗食」日本経済新聞 2003.8 。「がんと性格 関係なかった」読売新聞 2003.6 。「セックスしない10代の純潔革命」ニューズウィーク 2003.1 。「肺がんより怖いCOPDって何だ」週刊朝日 2002.11。「動脈硬化がこわい本当の理由」日経サイエンス 2002.8 。「人工日焼けは皮膚がんになる」からだの科学 2002.6。「糖尿病は集団検診では見つからない」Yomiuri Weekly 2001.6 。「激増する糖尿病」東京新聞 2001.5 。「「失敗学」入門」Trigger 2001.5 。「動脈硬化が簡便に分かる機器」日経メディカル 2001.4 。「その日焼けが癌になる」ニューズウィーク 2001.2 。「「食べなきゃやせる」が基本」同。「コレステロール 「低」も「高」も死の危険アップ」朝日新聞 2000.12。「肺気腫 喫煙が呼吸を奪う」赤旗 2000.9 。「糖尿病の病魔は甘くない」ニューズウィーク 2000.9 。「パーキンソン病 家庭用農薬との関連性が指摘される」JAMA日本語版 2000.8 。「感染者100 万人性病の恐怖」日本テレビ 2000.7 。「若者に急増クローン病 ファストフードの取り過ぎ!?」赤旗 2000.7 。「ニュースにならない死に方・考」文芸春秋 2000.7 。「こうとうがん発生とウイルスの関係判明」朝日新聞 2000.5 。「“着せすぎ”注意 乳幼児突然死症候群」西日本新聞 2000.5 。「健康診断受けない人 病死率3−4割高い」同 2000.5 。「喫煙者の半数以上に肺気腫」毎日新聞 2000.4 。「肥満の基準厳しくします」同 1999.10。「血液が語る若者の貧困な食事」同 1999.10。「タックル・ヘディングは勉強にマイナス? 脳しんとう2度以上、顕著」同 1999.9 。「小中学生の2割に高脂血症」信濃毎日 1999.9 。「乳癌ウイルスの本命はどれだ」「こんなワクチンいらない?」ニューズウィーク 1999.9 。「男子学生の4割 高血圧か予備軍」河北新報 1999.8 。「乳がん発生にウイルス関与」読売新聞 1999.8 。「性感染症 10代に急増」朝日新聞 1999.7 。「高血圧は脳の縮小を早める」日経サイエンス 1999.7 。「ビタミン・ミネラル取り過ぎ防げ」朝日新聞 1999.6 。「クラミジアのたんぱく 心臓血管炎症の原因に」朝日新聞 1999.3 。「STDは大きな病気の原因にも」with 1999.3 。「報道されないエイズ感染者「6 万人」の恐怖」週間新潮 1999.1 。「氾濫する医療情報の「質」を問う」中央公論 1999.1 。「日本のウソ スポーツは体にいいのか」サンデー毎日 1999.1 。「癌にならない食べ方」ニューズウィーク 1998.12。「20年で10倍に!急増する子宮体がん」テレビ東京 1998.11。「心臓病の犯人もピロリ菌?」日経サイエンス 1998.10。「C型肝炎と心臓病」治療 1998.10。「結核患者38年ぶり増加」日本経済新聞 1998.9 。「子宮ガン・胃ガンも感染症だった」週間女性 1998.9 。「やはり粗食は長寿に有効」神戸新聞 1998.8 。「頭痛起こす「広東住血線虫」増加」朝日新聞 1998.6 。「うつぶせ寝 危険度3 倍」朝日新聞 1998.6 。「胃がんやっぱりピロリ菌」読売新聞 1998.5 。「慢性肺気腫 喫煙が原因のほとんど」朝日新聞 1998.4 。「アルミは「アルツハイマー病」の犯人か」現代 1998.4 。「高血圧は、ぼけやすい?」毎日新聞 1998.3 。「静かに広がる娘たちの性病 100 万人」サンデー毎日 1998.2 。「不治のSTD(性行為感染症)が急増中」スコラ 1998.2 。「浮上する精神病ウイルス関連説」日経サイエンス 1998.1 。「大流行性病はノドからうつる」週刊朝日 1997.12。「恐怖心があなたを救う」ニューズウィーク 1997.9 。「パーキンソン病の原因は細菌感染か」週刊新潮 1997.7 。「心臓発作の陰に細菌あり?」ニューズウィーク 1997.5 。「激増する“性病離婚”の恐怖」週刊実話 1997.1 。「日本の病院は半世紀遅れている」中央公論 1996.7 。「今そこにある性病」スパ! 1996.6 。「癌ウイルスがSEX でうつる」AERA 1996.5 。「C型肝炎、心臓病の引き金」朝日新聞 1996.4 。「医師は神様ではない、過度な期待はやめよう」ニューズウィーク 1996.4 。「くつがえる栄養信仰の不気味」週刊読売 1996.2 。「偏食ダイエットは骨粗鬆症の元凶」東京新聞 1995.11。「ご注意!中高年の高血圧 老年期に痴ほう誘発」毎日新聞 1995.10。「健康に赤信号 体育会 OB 」毎日新聞 1995.9 。「「有病年数」が増加」日本経済新聞 1995.9 。「糖尿病はがんの危険因子」西日本新聞 1995.8 。「高血圧の犯人 じん臓内細胞」毎日新聞 1995.5 。「子どもの動脈硬化 5 人に1 人は予備軍」東京新聞 1995.4 。「危い女の病気 急増中」週刊女性 1994.11。「コレステロール300 ミリグラム以下に」河北新報 1994.5 。「若者の関心は「死と不幸」に」朝日新聞 1994.3 。「リスクだらけの人生」週刊文春 1993.10から連載。「バクテリアの逆襲」ニューズウィーク 1994.3 。「自分だけは大丈夫から卒業しよう」週刊文春 1994.1 。「腎臓の病気は怖い」SOPHIA 1993.11。「怖い!ビタミンのとりすぎ」週刊読売 1993.8 。「ぼくらの周りは病人だらけ」週刊プレイボーイ 1993.7 。「衝撃リポート 蔓延するキス「感染」」週刊読売 1993.6 。「「健康神話」は間違いだらけだ」現代 1993.5 。「年間1200万人が性感染 アメリカ国内」サンケイ新聞 1993.4 。「ブームに浮かれて食べすぎると成人病に」週刊プレイボーイ 1993.6 。「エイズより怖い糖尿病」文芸春秋 1993.4 。「病気を楽しめ」宝石 1993.3 。「感染症大流行の可能性も」朝日新聞 1992.11。「激痛をともなう急性膵炎に要注意」週刊現代 1992.9 。「「疲労病」の謎に挑む」ニューズウィーク 1991.11。「飽食日本に兆す糖尿病亡国」AERA 1991.10。「髄膜炎流行」朝日新聞 1991.7 。「今、性病が危ない」BRUTUS 1991.2 。「病死者の4 割は予防可能」朝日新聞 1990.5 。「がんの発病 家系より偏食に要注意」東京新聞 1990.4 。「増えだした小児成人病」東京新聞 1990.3 。「エイズなみの恐怖を秘めてC型肝炎がじわじわ蔓延中」週刊テーミス 1990.2 。「寿命のばす生活習慣」東京新聞 1990 .1。「STD もはや手におえない状態にきている」JAMA日本語版 1989.7 。「静かな性病クラミジア 首都圏にまん延」東京新聞 1989.12。「新生児ヘルペス10年で3 倍に」東京新聞 1988.10。「結核まだまだ油断大敵」読売新聞 1988.9 。「21世紀の国民病 ウイルス肝炎」Weeks 1988.8 。「腎透析患者の急増続く」東京新聞 1988.7 。「50代男性に肝がん急増」東京新聞 1988.6 。「ヤングビジネスマン「気になる病気」全調査」週刊大衆 1988.6 。「努力を怠れば病人は増える一方」東京新聞 1988.5 。「性病 エイズの陰で急増するその症状と恐怖の末路」スコラ 1988.4 。「難病の再生不良性貧血 毛染めと関係か」朝日新聞 1988.4 。「よみがえった結核菌の恐怖」週刊読売 1987.8 。「あぶないグルメ 野獣肉の生食」東京新聞 1987.5 。「一般家庭の妊婦36%が感染!クラミジアの猛威」週刊読売 1987.4 。「ナマ魚にご用心」東京新聞 1986.10。「心筋梗塞 35歳から危険地帯」週刊読売 1986.8 。「慢性前立腺炎 若い男性にふえている」週刊読売 1986.8 。「怖い血液のがん−白血病」週刊サンケイ 1986.7 。「激増する子どもの糖尿病」朝日新聞 1986.6 。「新型の性病が増える」東京新聞 1986.4 。「若者の自殺の1/3 は性病が原因だ!?]プレイボーイ 1985.8 。「病気8 人に1 人 高齢化進み慢性病増加」朝日新聞 1985.5 。「学会の統計とちがう現場の病気」週刊読売 1983.6 。「がんより恐い!糖尿病」will 1983.3 。「中学生に性病が急増」現代 1982.12。「アメリカで猛威の新型性病「ヘルペス」」週刊ポスト 1982.9 。「胆石予防に朝食を」週刊文春 1982.3 。「膵臓炎不気味な急増カーブ」週刊読売 1981.3 。「新しい性病NGUがはやっている」(筆者注 NGUは非淋菌性尿道炎)リーダーズダイジェスト 1980.1 。「糖尿病ウイルス説の証明」同 1980.1 。「怖い慢性腎炎」週刊文春 1979.12。「死に直結する「5大現代病」研究」宝石 1979.3 。「ただいま急増中!膀胱炎はエリート女性を襲う」週刊文春 1978.12。「腎臓 危機は30代の働き盛りに」宝石 1978.1 。「「新しい性病」のショック「陰部疱疹」アメリカの成人の10%」週刊新潮 1975.12。「いま治らぬ性病があなたを狙っている」アサヒ芸能 1974.4 。「アルコール中毒女性の赤ちゃんは10人中10人が奇形児」女性自身 1976.12。「意外!子供の間に腎炎が増えている」週刊読売 1974.9 。「この恐るべき日本の梅毒の実態」新評 1971.1 。「「性病」の近況報告“数字”は減っても実数はふえている」週刊新潮 1964.11。「肝臓病恐怖時代」サンデー毎日 1954.9 。「今や肝腎時代」週刊朝日 1954.5 。「慢性の膀胱炎になったら大変よ!」コスモポリタン (年月記録洩)。「放っておくと命とりにもなるぼうこう炎は、日ごろの予防とともに早期治療をこころがける」ESSE (年月記録洩)。


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