書評:『幻覚世界の真実』

2002.8.26


(Sさんへ)『幻覚世界の真実』書評(1/2) 投稿者:reverie  投稿日: 8月26日(月)01時36分53秒

都合によりアクセス頻度が落ちていますが以下、暑中見舞いがわりです。この
掲示板でこういった話題に興味のある方は少ないかも知れません。

今となってはやや古い本です(1995年出版。独自の理論によって 2012年12月
21日に人類の歴史は終わると信じた著者のテレンス・マッケナは脳腫瘍により
2001年4月3日に死去)。

この本は一言で言えば、幻覚性のキノコの影響を受けた意識状態を当事者の内
面から記述したもの類に属します。いわゆる「ドラッグ紹介本」には少ない次
のような内容の記述が特色かと。

(1) 全世界、全歴史をカバーするような妄想理論の構築とそれに対する執着
(2) 「現実世界の裂け目」と妄想・幻覚の微妙な関係
(3) 幻覚から醒めた意識状態(?)における特異体験(UFO との遭遇)

この本の読者が「幻覚世界の『真実』」を具体性を帯びて感じ取れるためには
あるレベルの体験(それは必ずしもドラッグを意味しませんが)とバランス感
覚が必要なような気がします。

この本で盛んに言及されている一連の「理論」はもちろん妄想にすぎませんし、
テレンス・マッケナが科学理論のベースとその体系・プロセスの厳密さを全く
理解していないことも明らかです。従ってこの本で言及されている「理論」に
見るべきものはないと思います。

(1) は後に精神薬理学者となった実弟デニスの体験――人類の全歴史を追体験
するというもの――にも関係します。ドラッグや臨死体験、禅定などによって
自己の縁起の系列や全人類、さらには全宇宙の歴史をスキャンしたという実感
(その実感の真偽は別問題として)の生じる場合がありますが、その具体例の
一つと言えるかも知れません。

ここでは(2) の具体例として(3) に注目してみます。テレンス・マッケナの自
覚では日常意識状態だった時、地表近くの雲が合体して完全なアダムスキー型
UFO へと変化し、その動作音と発光、金属表面の模様を観察し、それが飛び去
るのを近距離からつぶさに目撃した…というものです。

この時までテレンス・マッケナはアダムスキーの UFO は紛い物だと思っていた
事が重要です。彼の自覚では紛い物の筈のアダムスキー型 UFO が実在したわけ
ですから、彼は大きなショックを受けます。

合理的な解釈をするならば

(a) アダムスキータイプの UFO は実在しない。それを見た時、テレンス・マッ
 ケナの意識はまだ幻覚の影響下だった。
(b) アダムスキータイプの UFO は実在する。テレンス・マッケナは醒めた意識
 状態でそれを見た。

のどちらかであるとなります(彼が虚偽を記述していないとして)。さて、こ
の(a)と(b)のどちらが「真実」でしょうか?

(Sさんへ)『幻覚世界の真実』書評(2/2) 投稿者:reverie  投稿日: 8月26日(月)01時39分16秒

仮に「真実」が(a) だったとしても、あるいは(b) だったとしても実は大筋で
はそれほど大きな違いはないと言えます。違いは、地球人類に外形の類似した
知的生命体とその乗り物の存在を認知する必要があるかどうか、といった程度
のものですから。以下では (a) と (b) 以外の可能性を探るため、一つの仮説
を立ててみます。

そのために、先の「合理的な解釈」が前提としている「合理的な世界像」を
(2) 「現実世界の裂け目」と妄想・幻覚の微妙な関係
において問題にします。

それはこういう意味です。仮に「合理的な世界像」(これをαとします)自体
を良くできた虚構であると実感的に認知する立場(これをβとします)があっ
たとします。たとえば、先の(1) に関連したデニスの体験がβの(かなり歪ん
でノイズだらけの)実例の一つに相当していると見なす立場です。

この立場からは、前提からβが真偽かどうかをα内部において論ずることは無
意味となります。なぜならβはα内部には属さない(=βは定義域に属さない)
ものであるがゆえにβはαで論ずる事が原理的になしえないからです(β=語
りえぬもの)。それゆえにβに関する言及は必然的に歪みを伴うことになりま
す。αではその歪みが妄想・幻覚といった形、もしくは言語道断の境地といっ
た形で反映すると。

この時、βからはαがあたかも夢の中の出来事だったかのように見えます。α
の世界に没入している時にはそこでおきている事の奇妙さに気づきませんが、
βからみるとその虚構性や奇妙さが見えてきます。αに没入していてもβに近
づいた状態ではその奇妙さが歪みを伴いながらも強調された形で自覚されます。

このような仮説によって先の(3)の体験は (a) でも(b)でもない形で「幻覚世界
の」真実、として解釈することも可能になりそうです。ただしこの仮説自体が
βをα内部から言及しようとしているものゆえ、真実とはなりえません(笑)。

ところでβからαが虚構に見えたとしてβそれ自体は真実でしょうか? たぶ
ん「β内部から見た場合は」 Yes だろうと思います。それが Yes であるゆえ
にそういった体験に強い明証性、自明性が伴うのだと。残念ながら先の前提の
制約によってαの世界では具体的、論理的に記述しえないという特殊な真実で
しょうが。

reverieさんへ_RE:『幻覚世界の真実』書評 投稿者:  投稿日: 9月29日(日)10時55分21秒

亀レスで、すみません。
> ここでは(2) の具体例として(3) に注目してみます。テレンス・マッケナの自
> 覚では日常意識状態だった時、地表近くの雲が合体して完全なアダムスキー型
> UFO へと変化し、その動作音と発光、金属表面の模様を観察し、それが飛び去
> るのを近距離からつぶさに目撃した…というものです。
>
> この時までテレンス・マッケナはアダムスキーの UFO は紛い物だと思っていた
> 事が重要です。彼の自覚では紛い物の筈のアダムスキー型 UFO が実在したわけ
> ですから、彼は大きなショックを受けます。
>
> 合理的な解釈をするならば
>
> (a) アダムスキータイプの UFO は実在しない。それを見た時、テレンス・マッ
>  ケナの意識はまだ幻覚の影響下だった。
> (b) アダムスキータイプの UFO は実在する。テレンス・マッケナは醒めた意識
>  状態でそれを見た。
>
> のどちらかであるとなります(彼が虚偽を記述していないとして)。さて、こ
> の(a)と(b)のどちらが「真実」でしょうか?

■(a)寄りの別の解釈
 最初の印象で、言語アラヤ識と目撃者の証言のことに触れたのは、こちらの解釈についてです。
 生まれてからずっと視覚の使えなかった人に手術をして、目が見えるようにすると光学系としては不備がなくても、健常者の持つような視覚にはならない。遠くにある物体や光景を見ていると解釈できず、色んなものが目に貼り付いていると感じるそうです。遠近だけでなく、物を物としてあらしめるゲシュタルトがないので、そうなるという説明を読みました。
 対応する言語アラヤ識がないものは、それに似たものが代用されるのでは。つまり、紛い物という判断がマッケナにあっても、その雲の造形に近いものはアダムスキー型UFOしかなかった。一旦、その対応が決まると、その対応に連鎖して発動しやすい感覚がある(この辺が、目撃者の証言の心理学の付会。目撃者は幻覚の影響下にあるわけではないが、物語を組み立てやすい「目撃」をしてしまう)。
 ま、この解釈の場合、ないものを見てしまったという点では、幻覚とも言えます。しかし、薬物利用による特別な意識状態になくても起こりえます。

とはいえ、reverieさんの趣旨は、
> 仮に「合理的な世界像」(これをαとします)自体
> を良くできた虚構であると実感的に認知する立場(これをβとします)があっ
> たとします。
としたときのβをαから語ることにまつわる話ですよね。
マッケナの本は読んだことがないので、デニスの話もreverieさんの投稿で初めて知りました。私は人類創世からイエスの磔刑までを早回しのように夢で見たことがあります(これもずっと以前、この掲示板で書いたはず)。その時まで、イエスを目立ちたがりのバカだと思っていたので、改心しました。ノイズだらけの夢でしたけどね。

■(b)寄りの別の解釈
 これは、ジョン・キール寄りの解釈です(笑)。というわけでβ領域になしくずしに突入しています。
アダムスキーが目撃したとされるUFOが紛い物であっても、その造形が広く行き渡ったということで、それを利用する存在が出てきてもおかしくない。
 マッケナを騙すために、そうした手品をしてくれた存在がいた。そして、その存在はαには属さない。

> ところでβからαが虚構に見えたとしてβそれ自体は真実でしょうか? たぶ
> ん「β内部から見た場合は」 Yes だろうと思います。それが Yes であるゆえ
> にそういった体験に強い明証性、自明性が伴うのだと。残念ながら先の前提の
> 制約によってαの世界では具体的、論理的に記述しえないという特殊な真実で
> しょうが。
とあるように勿論、この私の解釈もαでは、幻想としか思われない宿命を負っているでしょう。
β自体の真実性をαで再現するには、どうなるんでしょうね。
レスがありましたら、私の掲示板の方へお願いします。

HOMEにもどる