書評:『ブッダが考えたこと─これが最初の仏教だ』(その1)

2005.1.13 加筆
2004.12.20 修正、追加
2004.12.11 作成


宮元啓一著、春秋社(2004年11月刊) ISBN4-393-13520-2
『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』
は明確な主張がなされており実に啓発的で意欲的な本です。

著者の宮元啓一氏は本書の主目的を

(1) 「『最初の仏教』はなんであったか」を「信の立場からではなく、哲学、倫理学の立場から」明確にする(はじめに 5ページ)。
(2) 「『最初の仏教』、つまり『ゴータマ・ブッダの哲学』について、自分がその骨格の全貌だと確信しうるかぎりにおいてまとめる」という「40年来の課題」(213ページ)に対する答えとする。
(3) 「ゴータマ・ブッダが仏教を開いた根拠となる」「根本的な独創性」はどこにあったのか(40,43ページ)、を明らかにする。

としているようです。

さて、上記の(3)に関連して釈迦の独創性に関する否定的風潮について宮元啓一氏はこう述べています。

---{
わたくしの知るかぎり、その独創性が、どのような理由で明確に独創性といえるのか、その理由を、手にとるようにわかるほどはっきりと示した論考は、意外なことに、今までなかったように思う。

たとえば、多大な業績、とりわけ原始仏教(初期仏教)の研究での多大な業績で広く知られている中村元博士は、ゴータマ・ブッダは「ドグマ」を説かなかったといって、その独創性を驚くほど明快に否定する。
(略)
そして頻繁に言外に、まとまった仏教独自の教説は、ゴータマ・ブッダが入滅して以降に、のちの仏教徒たちによって創り上げられたと示唆した。
(略)
今は中村元博士の説のみ言及したが、中村元博士の師匠である宇井伯寿博士の学問の流れを汲む仏教学者のほとんどは、いいかたの相違はさまざまあれ、どうもゴータマ・ブッダの独創性を否定したり、それに言及することを避ける傾向にある。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 40〜43ページ

そしてこの理由を宮元啓一氏は次のように推測しています。

---{
これまで、わが国の仏教学者たちは、口をそろえて、文献学を錦の御旗にして、ゴータマ・ブッダが何を説いたのか(金口の説法とは何か)は、確定できないと強調してやまない。
(略)
しかし(略)これ─文献学的手法と仏典の精読(引用者注)─によって 99.9パーセントの確立でゴータマ・ブッダの教えだといえるものを抽出することができる。
(略)
にもかかわらず、金口の説法は確定できないと、なぜあれほどまでに執拗にわが国の仏教学者たちは口をそろえて強調するのか。その執拗さには厳然とした理由があるとわたくしには思える。それはゴータマ・ブッダが何を説いたのかがわかってしまうと、多くの仏教学者は困るからである。つまりどういうことかというと、先にも述べたように、わが国の多くの仏教学者は、みずからの信に合致する「正しい仏教」が「最初の仏教」によって粉砕されることをおそれているのである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 はじめに 4〜5ページ

わが国の仏教学者がどうであるかは些事なのでさておき、釈迦の独創性を宮元啓一氏が「手にとるようにわかるほどはっきりと示した論考」とはどういう内容なのか、これを具体的に見てみます。

---{
 ゴータマ・ブッダは、当時の出家たちのあいだで常識となっていた輪廻のメカニズムの図式、その裏返しである解脱の図式に、致命的な不備があることに気がついたのである。
 ここにゴータマ・ブッダの天才的な発見があった。
 すなわち、輪廻の究極の原因は今まで欲望であるとされていたが、そうではなく、その欲望を引き起こすさらに根元的なものがまだ奥に控えている、それは、ふつうの人間が自覚すらできず、したがって、ほとんど抑制不能な生存欲であると、ゴータマ・ブッダは見たのである。
 そして、その根本的な生存欲を、「渇愛」(タンハー、盲目的な生の衝動)とか、「癡」(モーハ、迷妄)とか「無明」(アヴッィジャー、根本的な無知)とかと呼んだのである。自覚できないから癡であり無明であり、抑制できないから渇愛なのである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 54ページ

つまり、釈迦は
(2.1) 「旧来の(思考停止を目指す瞑想や苦行といった)修行法はただひたすら派生的な欲望ばかりを標的とするばかりで、欲望のよって起こってくる根元を叩くものではない」から捨て去り、
(2.2) (「思考停止を目指す瞑想」ではなく)「徹底的に思考する瞑想」によって完全な智慧を獲得することで、
(2.3) 「根本的な生存欲の滅を達成」し、それにより
(2.4) 輪廻から脱して解脱した、
と宮元啓一氏は述べています(56ページ)。

また、無明の本質は「無知」と「渇愛」のどちらなのかという、よく議論されてきた問題については
---{
自覚できないから癡であり無明であり、抑制できないから渇愛なのである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 54ページ
というように、ともに無明の2つの側面であるという認識を示しています。同様の認識は密教学者の津田眞一氏も

---{
無明とは意識(自覚)せられない状態におけるこの渇愛のことなのである。
---} 『和訳 金剛頂経』 編・著 津田眞一、東京美術刊(平成7年2月) 231ページ

と述べていますので、この点では共通する面があるようです。

次に宮元啓一氏は釈迦の悟りに関する神秘主義的な解釈を次のように否定しています。

---{
宇宙の真理と合一したというのが「さとり体験」だとする、何か世間に広まってしまっている独りよがりの神秘主義的な理解は、およそ荒唐にして無稽であり、とてもまともなものとは思えない。古い仏典をきちんと読んだことがない人ほど、天啓的な閃きが悟りだなどと、無責任なことをいいたがるようである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 58ページ

そして具体的に釈迦の言葉(ウダーナ)を取り上げ、次のように述べています。
---{
律蔵の『マハーヴァッガ』によれば、成道のさい、真理が顕わに見えた、それが骨の髄まで浸透した、そしてすべての疑念が晴れたということを、ゴータマ・ブッダは、つぎのような感興のことば(ウダーナ)で語っている。

 「努力して瞑想しているバラモン(清らかな修行者)にもろもろのものごと(が因果関係の鎖をなしていること)が顕わになったとき、彼はもろもろの原因をもつものごと(ものごとは原因があって生じるということ)を知ったので、彼の疑念はすべて消え去る」

 「努力して瞑想しているバラモンにもろもろのものごと(が因果関係の鎖をなしていること)が顕わになったとき、彼はもろもろの原因(縁)の滅を知ったので、彼の疑惑はすべて消え去る」

 「努力して瞑想しているバラモンにもろもろのものごと(が因果関係の鎖をなしていること)が顕わになったとき、彼は、太陽が天空を照らすかのように、悪魔の軍勢を打ち破って立つ」

 この感興のことばはあまりにも有名であるが、じつは、多くの仏教学者や仏教神学者たちが、ここに神秘主義的な解釈を盛り込もうとやっきになってきた。しかし、すでに明らかなように、わたくしがたどってきた話の道筋から、いかなる神秘主義的、あるいは非合理的な解釈も出てくる余地はないように思われる。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 60ページ

そしてこの神秘主義的解釈の具体的例として玉城康四朗(故人)を挙げて批判しています。
---{
 玉城康四朗博士は、禅定こそが仏となる唯一の道であるとして、みずから禅定に打ち込み、そこから得られた「禅定体験」を絶対的といってもよいほど重視した。その玉城博士は、右の最初の感興のことばを、「形無き純粋生命が全人格的思惟を営みつつある主体者に顕わになるとき、初めて人間自体の根本転換、すなわち目覚めが実現する」などと訳している。
 
 玉城博士を慕ってやまない学者の数は少なくなく、「形無き純粋生命」うんぬん的な解釈を広めてきた。しかし、最晩年の玉城博士は、身近な人々に、自分がやってきた修行方法ないし仏教解釈には重大な誤りがあったと述懐していたという。その述懐の内容は、論文や随想や著作のかたちで公刊されてはいないようである。したがって、わたくしとしてもそれ以上知りようがないが、ともあれ、禅定体験主義でゴータマ・ブッダの考え、ことばを理解しようとすると、大きく道を踏み間違える危険があるということである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 61ページ


さて、正確を期す意味で先の宮元啓一氏の批判に対応する箇所を玉城氏自身の著作から引用します。

---{
 では、ゴータマをしていったい何が充足せしめ、かつそれを涅槃として確認せしめたのであろうか。この問題を、ゴータマの解脱の際の経典『ウダーナ』によって確かめてみよう。

 菩提樹の下で解脱を得てブッダとなったとき、ゴータマ・ブッダは結跏趺坐のまま七日のあいだ解脱の境地を深め、そのあとウダーナ(即興の詩)を述べている。日没時と真夜中と夜明けにわたって、それぞれ1つづつ、三つの詩がブッダの口から発せられている。

 日没時の詩。
「実にダンマ(dhamma)が、熱心に瞑想しつつある修行者に顕わになる(patubhavati)とき、そのとき、かれの一切の疑惑は消失する。というのは、かれは縁起の法をしっているから」
 
 真夜中の詩。
「実にダンマが、熱心に瞑想しつつある修行者に顕わになるとき、そのとき、かれの一切の疑惑は消失する。というのは、かれはもろもろの縁の消滅をしったのであるから」

 夜明けの詩。
「実にダンマが、熱心に瞑想しつつある修行者に顕わになるとき、そのとき、かれは悪魔の軍隊を粉砕して、安立している。あたかも太陽が虚空を輝かすがごとくである」

 右の三つの詩は、ゴータマが目覚めてブッダとなった状況を見事に表している。その目覚めの原型とは何か。それは三つの詩に共通している所の、「ダンマが瞑想しつつある修行者(ゴータマ)に顕わになる」というそのことである。すなわち、「ダンマが主体者に顕わになる」、まさにその時に、一切の疑惑が消失したのである。

 では、ダンマ(dhamma)とは何か。それは一般に法と訳されている。しかし法にはさまざまな意味があって一概にはいえないが、ここでいうダンマは、もはやダンマとしかいいようのないものである。別の経典によると、次のようにいわれている。

「わたし(ブッダ)によってたいとくされたこのダンマは、甚だ深くて、理解しがたく、悟りがたく、寂静であり、分別を超えて微妙であり、賢者によって知らるべきものである」

 すなわちダンマは、すべての思慮分別を超えた、きわめて微妙なものであることが知られる。したがってそれは、ダンマが自己自身に顕わになったときに、初めてダンマとして頷かれ得るものである。強いていいかえれば、ダンマとは、まったく形のない、いのちの中のいのち、いわば純粋生命ともいうべきものであろう。このような、いかなる形態をも超えた純粋生命が、自己自身に顕わになるとき、その時こそが目覚めの実現であるということができる。
---} 『仏教の根底にあるもの』 玉城康四朗著、講談社文庫、22ページ。

---{
ダンマと如来とは同質である。ダンマが形なき純粋生命であれば、如来もまた形なき絶対生命である。ダンマが果てしなき過去から未来にわたって働きつづけているとすれば、如来もまた、無限の過去より未来際を通じて、しかもつねに現実に働きつづけているというができる。
---} 『仏教の根底にあるもの』 玉城康四朗著、講談社文庫、27ページ。


確かに、この玉城氏の説を単純化すれば、玉城氏のいうダンマはその本質においてブラフマンであり、「ダンマが自己自身に顕わになる」とは梵我一如の体験の一種ではないかと考えられますから、どこに仏教の独自性や「仏教の悟り」があるのかと疑問にはなります。さらにダンマが「縁起の法」であることはウダーナの文脈から明らかであるのに、それを純粋生命と解釈することには本質的な無理があり、飛躍しすぎの感があります。

しかし、宮元啓一氏の主張にも(玉城氏とはその方向が逆の)本質的欠陥があるように私には思えます。その欠陥とは
「『経験的な事実を徹底的に観察し』『「徹底的に思考する瞑想』によって完全な智慧を獲得することができる」---(主張 A)
という主張が成立しない、ということです。その理由を以下で詳しく説明します。

まず、宮元啓一氏はこの智慧をについて、次のように分析知であり直感知や超常的な洞察力(世間でいう悟りのイメージ)ではない、としてつぎのように述べています。
---{
517 あらゆる宇宙時期と輪廻と生ある者の生と死とを、2つながらに思惟弁別して、塵を離れ、汚点なく、清らかで、生を滅ぼしつくすに至った人、―――かれを目覚めた人(仏)という』」
(略)
第517節の「2つながらに思惟弁別して」というくだりは、目覚めた人(ブッダ)の智慧が、「分析的な知識(分別知)ではなく、総合的な直感である」(平川彰博士などがことあるごとに強調する)という考え方、また、「智慧は無分別知である」とする大乗仏教の経典でひんぱんに見られる考え方、また、雑多な人々が雑多に主張するような、智慧を何かしら超常的な洞察力などとする神秘主義的な考え方に、直接の打撃を加えるものであるといえる。ゴータマ・ブッダのいう「智慧」とは徹底的に分析的な知識のことである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 115ページ

---{
ゴータマ・ブッダは哲学者であった
(略)
ゴータマ・ブッダは、そういいたい人がいいたがるような神秘主義者ではなくまったくなく、透徹した合理主義者であった。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 204ページ

以上のように宮元啓一氏は釈迦の成道における智慧に関しては

・禅定主義を否定し、
・神秘主義的要素を排除し、
・直感知や無分別知ではなく合理主義に基づく分析知である

としていますから、主張 A の中の瞑想という要素は本質ではありえません。 禅定主義を否定し、神秘主義的要素を排除した上で、哲学的、倫理学的なレベルで「経験的な事実を徹底的に観察し」、 「徹底的に思考する」ことが氏の主張の核心ですから、 「徹底的に思考する『瞑想』」の「瞑想」自体は本質的な意義を持ち込みようがないわけです。あるいは「経験的な事実を徹底的に観察し徹底的に思考する」こと自体が氏にとっては既に「瞑想」なのかもしれませんが。

さらに具体的に宮元啓一氏の主張を見てみます。
---{
ゴータマ・ブッダが発見した真理の核心は、苦である輪廻的な生存を引き起こす究極の原因は根本的な生存欲であり、それを滅ぼすものは智慧であり、そのためには、輪廻的な生存にまつわるあらゆる経験的な事実が構成している因果関係の鎖を徹底的に観察、考察しなければならない、というものである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 61ページ

---{
つまりゴータマ・ブッダは本質論的(形而上学的)にではなく、いわゆる実存的な地平で因果関係を追求したのである。すると、いわゆる実存的な地平で因果関係を確認することができるのは、経験的に知られる事実のあいだにおいてのみだということは、自明のこととなる。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 83ページ


よって宮元啓一氏の主張は簡単にいえば
「経験的な事実と哲学的思考によって完全な智慧が獲得できる」---(主張 B)
ということになります。

さて、
---{
この根本的な生存欲の滅を達成するには、完全な智慧を獲得する必要がある。そのためには、みずからの実存である輪廻的な生存のありかたにまつわるすべての経験的な事実を徹底的に観察しつくさなければならない。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 56ページ

という場合の「完全な智慧」とは何を指すのかを見てみます。

---{
つまり、ゴータマ・ブッダは、一二因縁に代表される、無明から苦にいたる経験的な事実がおりなす因果関係の鎖を確認し終えたからこそ、成道にいたることができた。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 160ページ



---{
実存主義的な経験論者であるゴータマ・ブッダは一二支縁起を無明から論理的に演繹して立てたのではなく、あくまでも此縁性(*1)を用いながら、経験的な事実として因果関係にあるものを因果関係にあると確認し、一二因縁を観じたのである。ゴータマ・ブッダは、演繹論理を用いて因果関係を論証したことは一度もない。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 165ページ
---{
(*1)ここで此縁性とは『サンユッタ・ニカーヤ』などで説かれる「これがあるときにかれが成立し、これが生じることによりかれが生じ、これがないときにかれが成立することがなく、これが滅することによりかれが滅する」という詩節。
---} 引用者注

の引用箇所から、先の「完全な智慧」とは縁起の法、つまり一二支縁起の発見と確認を指していることがわかります。従って、宮元啓一氏の主張は簡単にいえば、
「経験的事実と哲学的思考によって縁起の法(一二支縁起)の発見と確認ができる」---(主張 C)
ということになります。

ところが、この主張 C は以下の理由で成立しません。

(反証 1) 成道時の悟りについての釈迦本人の発言が、まさに主張 C を否定していること。
たとえば、
---{
「わたし(ブッダ)によってたいとくされたこのダンマは、甚だ深くて、理解しがたく、悟りがたく、寂静であり、分別を超えて微妙であり、賢者によって知らるべきものである」
---}
の「分別を超えて」という言葉、あるいは
---{
『わたくしが知ったこの真理は深遠で、見がたく、難解であり、しずまり、絶妙であり、思考の域を超え、微妙であり、賢者のみよく知るところである。』
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 108ページ
の「思考の域を超え」という言葉が主張 C の「思考によって」とか、分析知であることをあからさまに否定しています。

(反証 2) 宮元啓一氏が何度も繰り返して強調している「輪廻的な生存にまつわるあらゆる経験的な事実」(56、90ページなど)はそれ自体が主張 C と矛盾しています。まず、宮元啓一氏のいう「輪廻的な生存にまつわるあらゆる経験」が過去世の想起を含まない場合、輪廻という体験を自覚できていないわけですから一二支縁起における因果の鎖は「生」より前には遡れず、「完全な智慧」とはなりえません。よって「輪廻的な生存にまつわるあらゆる経験」とは過去世の想起を含むものであるはずです。

しかし、過去世の想起内容をベースとなる「経験的な事実」と見なし、その上に分析知や合理主義で構築した思考体系は、既に哲学とはいえません。啓示をベースとした神学体系とでもいうべきものです。きわめて少数の人物のみが感得可能な「輪廻的な生存にまつわる実存的経験」を「経験的な事実」と見なした時点で論旨が破綻しています。

過去世のリアルな想起は明白な神秘体験であり、「実存主義を方法として」(203ページ)いるとか、「みずからの実存に照らして観察、検証」(165ページ)したなどと言いくるめて、合理主義的な哲学であるかのように見なすのは間違いでしょう。過去世の想起なしに、日常的経験と分析知だけで「生」より以前に因果を辿る方法を解明した哲学論文が書けてからでないと主張 C は成立しません。

(反証 3)そもそも一二支縁起を哲学的に解明した事例は宮元啓一氏を含め、皆無です。
哲学的に解明するとは、普通の人が体験可能な経験的事実と合理的思考で理解し、確認することをさします。152ページから宮元啓一氏の一二因縁の説明がなされていますが、「生」と「死」を除いた他の10の項目(支)の説明は一種の古代インド的な「通念」(156ページ)と見なすことはできても、経験的事実だとか、分析知による認識だと見なす事は、無理です。

(反証 4) 宮元啓一氏がご自身の主張の根拠と見なしている釈迦の言葉が、逆に氏の主張を否定しています。
先の引用のとおり、宮元啓一氏は
---{
517 あらゆる宇宙時期と輪廻と生ある者の生と死とを、2つながらに思惟弁別して、塵を離れ、汚点なく、清らかで、生を滅ぼしつくすに至った人、―――かれを目覚めた人(仏)という』」
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 115ページ

の『第517節の「2つながらに思惟弁別して」というくだりは、目覚めた人(ブッダ)の智慧が、「分析的な知識(分別知)ではなく、総合的な直感である」(平川彰博士などがことあるごとに強調する)という考え方、また、「智慧は無分別知である」とする大乗仏教の経典でひんぱんに見られる考え方、また、雑多な人々が雑多に主張するような、智慧を何かしら超常的な洞察力などとする神秘主義的な考え方に、直接の打撃を加えるものであるといえる』(115ページ)と主張しています。ですがこれは氏の論旨の自壊を含んでいます。

宮元啓一氏は517節に「思惟弁別」という言葉が含まれていることから「分析知や経験的事実」だと即断したようですが、「あらゆる宇宙時期と輪廻と生ある者の生と死」という重要な箇所を見逃しています。「あらゆる宇宙時期と輪廻と生ある者の生と死」は分析知や経験的事実などで捉えられるものではありません。

517節で釈迦が述べたのは「あらゆる宇宙時期と輪廻と生ある者の生と死」を射程に納めるような超越的認識(智慧、天眼)をベースにして、縁起の順観、逆観といった「思惟や弁別」がなされたというだけのことであり、思惟や弁別といった分析知から「あらゆる宇宙時期と輪廻と生ある者の生と死」を「哲学的に考察した」などという、ありえもしない事ではないはずです。

この自己や他者の無数の過去世を想起するという超越的認識については初期仏典の至る所であからさまに言及されていますが、宮元啓一氏もふくめ、仏教学者のほとんどがそれらを扱いかねて概説的に紹介して通り過ぎるか、合理化した解釈で済ませています(なお、例外として津田眞一氏とヘルマン・ベックがいます。津田眞一氏の観点については興味深いので後述します)。

「生」より以前の膨大な体験を想起(その想起内容が歴史的事実かどうかはさておき…)でき、さらにそれらの想起した体験間に因果の連鎖を見いだし、生死のサイクルが展開される以前を見る人だけが「非哲学的」に縁起と四諦を理解する…こう私はとらえています。


さて、今度は縁起の話題からは離れ、より一般的な

---{
ゴータマ・ブッダは哲学者であった
(略)
ゴータマ・ブッダは、そういいたい人がいいたがるような神秘主義者ではなくまったくなく、透徹した合理主義者であった。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 204ページ

という宮元啓一氏の主張について考えてみます。これはよく議論される、仏教の本質は神秘主義なのかそれとも合理主義なのかかという問題に繋がります。これまでの引用から宮元啓一氏は釈迦の仏教の核心・本質が合理主義的なものだと捉えていることが明白です。しかしながら、たとえば次のような釈迦の言葉は合理主義的な解釈を一切、受け付けないものだと私は考えます。

---{
 生じないもの、生成しないもの、つくられないもの、形成されないものがある。もしも生じないもの、生成しないもの、作られないもの、形成されないものがないならば、生じたもの、生成したもの、つくられたもの、形成されたものが、[そのような状況から]脱し、離れることはないであろう。生じないもの、生成しないもの、作られないもの、形成されないものがあるからこそ、生じたもの、生成したもの、作られたもの、形成されたものが、[そのような状況から]脱し、離れることがあるのである。
---} 『ウダーナ』79ページ

---{
 修行僧たちよ、このような境地がある。そこでは、地もなく、水もなく、火もなく、風もなく、空無辺処もなく、識無辺処もなく、無所有処もなく、非想非非想処もなく、この世もなく、あの世もなく、月も太陽もない。修行僧たちよ、[そこに]来るとも、行くともいえず、[そこに]いるとも、死ぬとも、[再]生するともいえない。それは何かに依っているのでも、何かから生じたのでも、何かに支えられているのでもない。それこそが苦しみの終わりである。
---} 『ウダーナ』80ページ

このような釈迦の言葉は、涅槃の体験・境地について言及したものであり、哲学的認識や分析知とは関わりのないものだと思えます。当然ながら釈迦の思想の核となるものはこういった涅槃の体験・境地に深く根ざしている筈です。だとするならば宮元啓一氏のような合理主義、知性主義だけで釈迦の思想の本質を捉えようとする姿勢には疑問があります。


主知主義に偏向した面はあるにせよ、宮元啓一氏はさすがにインド哲学を専門としているため、輪廻に関するとらえ方は的確で、
---{
 明治時代の日本では、ゴータマ・ブッダともあろう人が、輪廻という迷信を信じていたはずはないとして、最初期の仏教は輪廻説を否定したという、誤った認識が流行した。今ではこのような馬鹿げたことをいう人はほとんどいなくなったが、ときおり、いかにも学問的な体裁をとって、最初期の仏教は輪廻説をとらなかったと主張する研究者が現れる。こういう研究者の「論文」をよく読むと、右の輪廻のメカニズムとその裏返しとしての解脱のメカニズムがまったく理解されていないことがわかる。
---} 『インド哲学七つの難問』 宮元啓一著、講談社選書メチエ 114ページ
といった主張などは頷けます。


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