書評:『ブッダが考えたこと─これが最初の仏教だ』(その2)


2005.1.30 加筆
2005.1.12 加筆
2005.1.1 作成


 宮元啓一氏の仏典解釈には奇妙なブレがあるようです。初期仏典には一般常識では理解しがたいこと、納得しがたいことがたくさん記載されていますが、宮元啓一氏の場合は自己の体験の範囲かどうかで、その解釈が大きく分かれるようです。

類似した体験がご自身にもある場合は仏典の記述を受け入れています。梵天勧請の場合がその例です。
---{
 では、梵天の勧請というのは、実際のところ、何だったのであろうか。

(略)ほかならぬわたくし自身の実体験をも踏まえていえば、人は、人生の重大な岐路に立ったとき、内なる声とも神の声ともつかない、しかし、幻聴ではなくはっきりとした意識の下、これまたはっきりと外から鼓膜を通じて伝わってくる声を聞くことがある。

 わたくしはその声(いつでも明瞭に思い出せるあの野太い声)が、何の声であるのか、正直のところ今もわからない。神の声だと納得するほど信心深くはないけれども、神の声でないならば何の声なのか、わたくしには自信をもって断定することができない。

 しかし、ゴータマ・ブッダは、それを神の声、しかも当時の最高神である梵天の声と聞いた(にちがいない)のである。

 ちなみに、説法へのためらいを払拭して開教宣言にいたるまでのその心的変化を、豊富な臨床例をまったく持たない怪しげなユング心理学を盲愛する一部の学者は「メシア(救世主)願望」によるものだと断定している。しかし、これはいかがなものであろうか。というのも、精神科医でない人たちによってのみ支持されているユング心理学の病弊ともいうべきことなのであるが、何かにもっともらしい名称を与えたからといって、それを説明したことにはならないからである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 118ページ

宮元啓一氏は若い頃、自殺を考えていた時、呼びかけの声を聞いたと別の著書で次のように述べています。

---{
 というのも、人は、人生の重大な岐路に立たされたとき、内なる声とも神の声とも決めかねる「声」を聞くことがあるからである。
 筆者も、十年ほど前、抑鬱状態が長くつづき、死ぬことばかり考えていたある昼下がり、突如、「生きよ」という力強い声を聞いた。そしてこの声を聞いたとたん、筆者の脳裏から死の文字が消え、そのときを境に一挙に抑鬱状態から脱出することができた。
---} 『ブッダ 伝統的釈迦像の虚構と真実』 宮元啓一著、光文社刊、123ページ

教典には梵天の声だけではなく姿も出現したと記述されていますから若干、違いますがある程度、類似した体験といえるでしょう。

次に、類似の体験がない場合の解釈の例です。宮元啓一氏は悪魔に出会った体験はないらしく、次のように解釈しています。

---{
悪魔ナムチというのは、一般に考えられているように、ゴータマ・ブッダの心の葛藤を象徴的に示した擬人的存在ではなく、世俗的な価値しか認めようとしない、保守的で、出家を目の当たりにすると黙ってはいられない、かなりおせっかい、具体的な人間にほかならない。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 31ページ
---{
 ゴータマ・ブッダが「悪魔」と呼んでいるのは、出家修行者に悪意を持ち、誘惑したり、いやがらせをしたりする、バラモンたちを中心とする世俗主義的な人々、あるいはまた、出家修行者に恐れを抱かせる天変地異、猛獣などである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 37ページ

しかし、この解釈は強引すぎるようです。たとえば以下に引用する教典の箇所を上記のように解釈するのは無理があります。

---{
 さて悪魔・悪しき者は、尊師に、髪の毛がよだつような恐怖を起こさせようとして、おおきな象王のすがたを現し出して、尊師に近づいた。
(略)
尊師は「これは悪魔・悪しき者である」と知って、悪魔・悪しき者に詩で語りかけた。

 「長いあいだの輪廻にわたって、きよらかな、また嫌らしいすがたをしてきたが――そなたはそれだけで充分なはずだ。悪しき者よ」
---} 『悪魔との対話 サンユッタ・ニカーヤU』 中村元訳 岩波文庫 15ページ

世俗的な人々が象王に化けることはあり得ませんし、慈悲に満ちた釈迦が世俗的な人々に「それだけで充分な筈だ」というのは奇妙なことです。

---{
 さて、悪魔・悪しき者は(略)尊師に近づいた。近づいてから尊師に次のように言った、――
(略)
「修行者よ。眼はわたしのものです。色かたちはわたしのものです。眼が[対象に]触れて起こる識別領域はわたしのものです。修行者よ。そなたは、どこへ行ったら、わたしから脱れらるだろうか?(略)」
---} 『悪魔との対話 サンユッタ・ニカーヤU』 中村元訳 岩波文庫 37ページ

世俗的な人々が釈迦の五蘊を「わたしのものだ」とか、「どこへ行っても私から逃れられない」などと言うでしょうか?人間を支配している悪魔にこそふさわしい言葉ではないでしょうか。


---{
そこで尊師は、諸々の修行僧たちに告げられた、――「修行僧たちよ。さあ、<仙人の丘>の山腹の黒曜岩に行こう。そこで立派な人・ゴーディカは刀を取っ(て自殺し: 補足 reverie )たのだ」と。
(略)
 そこで尊師は、多数の修行僧たちとともに<仙人の丘>の山腹の黒曜岩のところに赴いた。
 尊師はゴーディカ尊者が床座の上で肩をまるめて上向きに臥しているのを、遠くから見た。
 そのとき、煙のような、朦朧としたものが、尊師東に行き、西に行き、北に行き、南に行き、上方へ域、下方へ行き、中間の四維に行った。
 さて尊師は、諸々の修行僧に告げられた、――
 「修行僧たちよ。そなたらは、この煙のようなもの、朦朧としたものを見るか?それは尊師東に行き、西に行き、北に行き、南に行き、上方へ域、下方へ行き、中間の四維に行く」と。
 「そのとおりでございます。」
 「修行僧たちよ。これは、悪魔・悪しき者が、立派な人ゴーディカの識別力を探し求めているのだ。――『立派な人・ゴーディカの識別力はどこに安住しているのであろうか?』と。 しかし立派な人・ゴーディカは識別力が安住していないで、完全なニルヴァーナに入ったのだ」と。
---} 『悪魔との対話 サンユッタ・ニカーヤU』 中村元訳 岩波文庫 51ページ  

世俗的な人が朦朧とした煙に変化して識別力(=中村元博士の注によれば、魂のようなもの)を探すこともあり得ません。(ちなみにこの箇所は、初期仏典において死後の魂の存在を肯定的に言及した、珍しい例となっています)


さらに宮元啓一氏はご自身が前世の想起を体験しなかったことから、釈迦が成道時に自己や他人の無数の前世を想起した体験のような「超常的な洞察力などとする神秘主義的な考え方」を否定し、「実存に照らして観察、検証」したなとどしています。しかし、こういったご自身に類似した体験のあるなしで仏典の不思議な記述部分の解釈が大きく左右されるのではあまりに身勝手であり、哲学的態度として疑問が残ります。宮元啓一氏のこういった姿勢は、方向こそ逆ですが、禅僧らが自己の悟り体験を絶対の基準にして、釈迦の教えを自己流に解釈することの誤謬と共通する面(体験偏重)があると思います。



なお、釈迦の前世の想起体験の本質的意味について深く考察した仏教学者として津田眞一氏がいます。津田眞一氏の提起した考察は非常に興味深いので近く別記事で紹介する予定です。


ここで少し脱線して、宮元啓一氏が聞いた「不思議な声」は何だったのか、これについて考えてみます。結論から先に言えばその不思議な声は村崎百朗氏が『電波系』(太田出版)で詳細に述べ、分類している中の「声」電波(『電波系』 103ページ)に属するものだと思います。宗教理解のための参考文献としてもきわめて貴重なこの本、『電波系』から、「声」電波に関連した箇所を以下に引用しておきます。なお、宮元啓一氏の場合は「はっきりと外から鼓膜を通じて伝わってくる声」と述べていますが、頭の中に響く声と外から聞こえてくる声の区別はそれほど簡単ではありません(*)し、「声電波」の本質を左右する違いとも思えません。

(*) 私は昔、ある種のイメージトレーニングをしていたことがあります(今はそういった事はやめましたが)。その一つとして内的な声を想像力で作り出し、頭の中でリアルに聞こえる段階を過ぎると、まれにですが不意に本当に体の外、つまり周囲のどこかから聞こえ(るように感じ)たことがあります。

---{
 これは直接頭の中に、何か妙な声がわりと具体的なことをしゃべるのが聞こえるという、いちばんうるさくて性質の悪い電波である。種類も様々で、知らない他人のほとんど意味のない会話もあれば、何か難解な理論を説明する講義のような声もある。

 しかしいちばんやっかいのは、自分は神だとか仏だとか、高次元の存在であると名乗って、こちらが聞きたくも何ともない、ありがたいお言葉やら説法やらを一方的にまくし立てる説教タイプの電波だ。それなりに暖かい波動が感じられたり、甘い香りとともにやって来るんだが、教義だか狂義だか知らんがこっちの意志を全く無視して語り続けるんだからたまったものではない。これに比べれば駅前の宗教アンケートなんか自分の屁みたいに可愛いもんだ。

 こういう声は大概もったいぶって「おまえは選ばれた」だの「使命を果たせ」だの「あなたは私の言葉を多くの人々に伝えねばなりません」などとたわけたことを言う。

(略)

 俺が電波を受けても冷静でいられるのは、こうした声がたったの一つじゃなくて数多く聞こえるからだ。たった一つの声だけしか聞こえなければ、それなりにありがたがって、その気になったかもしれないけど、これだけ何種類も来られたんじゃあ、どれも信用できない。中には本物もいるのかもしれないが、どいつもこいつも言っていることは大差ないし、俺の予知妄想では、こういう声に従って行動していけば、はじめは良くてもそのうち声にひきずられて自分を失い、必ず自滅しちゃうらしい。「声」は一見善良そうだが、本当は甘くて危険な電波なんだ。

(略)

 最近は「チャネラー」などと称する連中がいるが、そういう善良な奴らにはこう言いたい。もし、あんたが本当にこの世界をよくしたいと考えているなら、どこの何だかわからない奴が語りかける言葉を無節操に人に伝えるのは即刻止めろ。あんたが自分で考えて、世界のために良かれと思い、「伝えたい」と思うことを「あんた自身の言葉」で語るがいい。(略)出所の怪しい「声」をのさばらすな。お前自身の「現実」を生きろ。それが多くの「声」を聞いてきた俺からの忠告だ。

 なお、補足するなら、心霊主義の研究の中には「霊界にもキチガイは大勢いる」とする見方もある。たとえば、自分がキリストだという妄想を抱いて死んだ人間は、霊になってもその妄想を持ったままだというのだ。(略)電波を霊の発するものと決めつけるのは非常に危険だが、俺もキリストを自称する電波なら声色違いでこれまで20人以上来たりしているので、「声」の正体は案外そういう狂った霊だったりするのかもしれない。
---} 『電波系』根本敬、村崎百朗著 太田出版 103ページ

こういった「電波」に影響された例が、ここここで、たぶんこれこれそしてこれも「電波」の影響を強く受けているように見えます。


 さて、話題を戻します。若干細かい事になりますが、宮元啓一氏のような一二支縁起、「此縁性の文句」の解釈に関しては三枝充悳氏が文献学的な立場から以下のような批判をしています。これに関しては宮元啓一氏の主張の方に理があると私は考えています。

三枝充悳氏によれば
---{
初期仏教の最終の段階において、無明から老死[憂悲苦悩]にいたる一二支縁起説が完成し、
---} 『縁起の思想』三枝充悳著、法蔵館刊、251ページ

その後、
---{
一二支縁起説のサークルのなかの一部に「これがあるとき、かれがある。…」のフレーズがつくられ、それはそのひとびとのあいだでのみ、つねに一二支縁起説と関連して説かれた。
---} 『縁起の思想』三枝充悳著、法蔵館刊、194ページ

従って、

---{
厳密な文献学的考察を無視して、一二支縁起さらに右のフレーズ(此縁性のフレーズ―引用者注)をもって、釈尊の菩提樹下のさとりと見なしてしまう俗説が、巷間かなり広くおこなわれている。しかしこの説の初出は散文経典であり、何よりも一二支縁起さらにこのフレーズの成立史を知らず、弁えていない以上、それは明らかに却下されざると得ない。
---} 『縁起の思想』三枝充悳著、法蔵館刊、13ページ

---{
したがって途中を無視し、とびこえて、初めから、釈尊のさとりを一二支縁起としたり、「これがあるとき…」のフレーズに置いたりするのは、思想史への配慮を欠いており、まことに嘆かわしい。
---} 『縁起の思想』三枝充悳著、法蔵館刊、 194ページ


これに対して、宮元啓一氏はそういった批判を考慮の上で明確に
---{
一般に縁起といえば、
「これあれば、かれあり。これ生ずればかれ生ず。これなければかれなし。これ滅すれば、かれ滅す」
という形を原点としていると考えられている。
---} 『古代仏教の世界』 宮元啓一著、光文社文庫、141ページ

としています。その根拠として以下のように述べています。

---{
 (略)少なからぬ著名な仏教学者たちは、ゴータマ・ブッダが成道のさいに一二因縁を順逆に観じたという話は、ゴータマ・ブッダが入滅して後の仏教徒が、律蔵の『マハーヴァッガ』を編纂するときに挿入したものであり、一二因縁説は、ゴータマ・ブッダが断片的に説いた縁起説(一二よりも小さい色々な数の支による縁起説)を、ずっと後世の仏教徒がまとめ上げて成立したものだという。

 (略)しかし、そうした、ゴータマ・ブッダが断片的に説いた縁起説をよく見てもらいたい。そうした縁起説には、最終的な原因である根本的な生存欲(無明、癡、渇愛)から輪廻的な生存という苦までを繋げたものはない。

 もしもそのような仏教学者たちの説に従うならば、ゴータマ・ブッダは、根本的な生存欲と苦とを繋げて考えたことがないということになる。しかし、それならば、ゴータマ・ブッダは、なぜ「すべてを知る者」だと宣言したのであろうか。なぜゴータマ・ブッダは、成道によって修行が完成、終了し、「みずからの輪廻的な生存は止んだ」とか「なすべきことはなし終えた」などと頻繁に語っているのであろうか。「すべて」を知ることなく、ものごとを断片的にしかとらえていない者が、どうして目覚めた人、ブッダと自称することができたのであろうか。(略)
 
 彼ら(=そういった仏教学者たち:reverie 注)は、ゴータマ・ブッダが仏教を開いた、その根拠となる天才的な独創性をほとんど理解していないといわざるをえない。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 158ページ


仏教学者には3つのタイプがあるようです。一つ目は削ぎ落とし派、二つ目は肉付け派、三つ目は死体保存派です。削ぎ落とし派は文献学的な知識・手法を駆使して(当人に自覚は無くとも結果的に)仏教思想の骨はおろか骨髄までも削り取ることに精を出しています。一方、肉付け派はどこからか見つけてきた肉を骨の上に盛り上げ整えて、在りし日の仏教思想の面影を復元したと言います。死体保存派は削ぎ落とす鋭敏な刀も肉の調達もできなかったので、先人の残したミイラをそのまま維持することだけに価値を見いだしています。

分類すれば和辻哲朗博士や三枝充悳氏は削ぎ落とし派でしょうし、宮元啓一氏や木村泰賢博士、津田眞一氏、松本史郎氏などは肉付け派になると思います(肉の種類、盛りつけ方がかなり違いますが)。興味深いのは宮元啓一氏と津田眞一氏の両氏が「無明」に関する見解では(単なる不知ではないという点で)ほぼ一致しており、ともに和辻流の解釈を否定していることです。


次に釈迦の全知性、修行完成(完了)者性について宮元啓一氏は次のように述べています。

---{
 ゴータマ・ブッダの成道(目覚めた人、ブッダになったという出来事)に言及するほとんどの仏教学者、たとえば律蔵の『マハーヴァッガ』などを顧みながら、「では、ゴータマ・ブッダは菩提樹の下で何を悟った」のであろうかとの問いを立てる。そして、一二因縁を順逆に観じたのは成道のあとであるから、一二因縁を悟ったということはできない、そして、『マハーヴァッガ』などに、成道の時点でゴータマ・ブッダが何を悟ったかが書かれていないので、われわれはゴータマ・ブッダの「悟りの中身」、「悟り体験」が何であったを特定することができない、と、ほとんど決まり文句のようにいう。

 仏教学者が「何を悟ったのか」というときの「悟った」は「ブッダ」ということばの訳語である。「ブッダ」という語は「目覚める」を本義とする自動詞の動詞語幹「ブドゥ」の過去受動分詞である。自動詞の過去受動分詞であるから、「ブッダ」は素直に訳せば、「目覚めた(人)」でよいわけである。

 ところが、「ブッダ」を「悟った(人)」と訳すと、そこからただちに「では何を悟ったのか」という疑問が生ずる。しかし、この疑問は、「ブッダ」を悟った(人)」と訳したことに由来する、日本人仏教学者に特有の疑問なのである。なぜなら、彼らは、「悟る」、「悟った」という訳語を与えることによって、あたかも動詞語根「ブドゥ」を「知る」と同義語の他動詞であるかのごとく錯覚してしまうからである。

(略)そうした思考は錯覚にもとづくいるのであるから、まさに愚問愚答の域を出ることがない。

(略)したがって、「目覚めた」(ブッダ[となった])というのは、「疑念がすべて消え去った」「悪魔の軍勢を打ち破って立った」ということに相当する。

(略)では、ゴータマ・ブッダは、何を知って目覚めたのかといえば、「すべて」を知って目覚めたのである。少し丁寧にいえば、みずからの実存である輪廻的な生存にまつわる「すべての」経験的な事実が織りなす因果関係の鎖の「すべて」を「余すところなく」知ったということである。

 その因果関係の鎖をもっとも簡潔に集約したものこそが、一二因縁にほかならない。いいかえれば、ゴータマ・ブッダにとって、成道にさいして順逆に観じた一二因縁に、「知るべきことのすべて」が凝集されていたということである。
---} 『ブッダが考えたこと ─これが最初の仏教だ』 93〜98ページ

この釈迦の全知性、なすべき事を総て終えたという「修行の完了」性については、仏教徒や仏教学者の多くが(あからさまにではないにしろ)認めていない(実質的に否定している)と私は思います。釈迦自らが揺るぎない確信をもって全知性、修行の完了、を宣言しているのは初期仏典では明白ですが、大乗思想に洗脳された人々は竜樹などの大乗の論説や宗派の祖師などを信ずることはあっても既に釈迦を信ずることができなくなっているわけです。

たとえば、仏教学者の山折哲雄氏は、釈迦は最終的な解脱をしていない、釈迦の修行は完了していないと主張しています。津田眞一氏との興味深い対談を以下に引用します。

---{
釈迦は最終解脱者か

山折:

それにお釈迦さんは自分では菩提樹下で悟りを開いたといっておられる、解脱したといっておられるが、それが客観的に、事実として、最終解脱なのか、永遠に続く解脱なのかという問題がありますね。オウム真理教の麻原彰晃はそれを最終解脱だといって、自分を神格化したわけでしょう。

津田:

麻原さんは最終解脱者ではない。しかし、お釈迦さんは最終解脱者です。

山折:

私はそうではないと思っている。(略)
永遠に「道」は続くんだという認識があったと私は解釈している。

---} 『アーラヤ的世界とその神』 津田眞一著、大蔵出版 45ページ

この津田眞一氏の釈迦の全知性、修行完成(完了)を認める姿勢、さらに四諦を仏教の究極の真理とする姿勢は、本来、仏教者として当たり前の姿勢ですが、それが見失われて久しい現在、極めて尊い、と私は思います。大半のまじめな仏教者が実在した仏の言説を信じられず、夢想の中で創作された菩薩や神話的な仏の言説、大悟したと称する(自分の前世も知らぬ)禅者の言説を信ずるのはどうしてなのか、とても不思議な気がします。


(その3)は後日 upload の予定。


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