書評:『彼岸の時間−<意識の人類学>』

2003年1月31日投稿


書評:『彼岸の時間−<意識の人類学>』(1/3) 投稿者:reverie  投稿日: 1月31日(金)01時49分56秒

半年ほどごぶさたしておりました。掲示板の名前も変わり常連さんも変わ
ったみたいですね。また週一程度でおじゃまできそうです。
ご挨拶のおみやげがわりに
『彼岸の時間−<意識の人類学>』蛭川立著 春秋社 2002年11月刊
の書評を書いてみました。

タイやチベットの僧院で修行した体験談、世界各地のドラッグ事情、シャ
ーマンの儀式についての具体的な記述は興味深い内容でした。

総じて、著者が世界各地で見聞きしたナマの体験、各地の実状の記述は興
味深い反面、理論的・概念的な事柄の記述ではアラが目立ちます。学術書
ではなく「旅のエッセイ」(294ページ)を目指すなら中途半端な思想や
借り物で構成した理論より「旅の体験」をもっと書いて欲しかったところ
です。以下、気になった箇所をざっと列挙します。

○不用意にさらっと書かれた
---{
つまり、他界というのは瞑想状態や死の瞬間に形成されるイメージとして
の現実(リアリティ)だと考えることができる。
---} 129 ページ
 という結論が、本書の大半を尽くして詳述した「世界の根元的な神秘」
 を見事に打ち砕いてます(笑)。シャーマンが他界へ飛翔している時の
 「超越した意識状態」やチベット仏教でいうバルドゥはイメージと現実
 が未区分の領域であることに著者は鈍感なようです。

○大学の社会学科の教員が
---{
たとえば、なにも生産しない金融業などは、賭け事以外の何者でもないし
製造業でさえも、資本主義社会では一種のゲームと化していることが多い。
---} 252 ページ
 という認識レベルであることにショックを受けました。サービスが生産
 に含まれること、金融業の本質が賭け事ではないこと、この程度の常識
 を欠いていても社会学は成立するのか…と。

---{
大学教授などはむしろその典型で、自分では何も生産労働にたずさわらず、
人々にありがたいお説教をし、かわりに住む場所や食べ物を施されること
で生きている。
---} 237 ページ
 この箇所は自虐的なジョークでしょうか? 教育や研究も生産労働であ
 る(べき)ことをご理解ねがいたいものです。

○「出家者としての都市民」の節で
---{
社会的な出家の基準というものをよく考えてみると、近代都市に住む人間
は、それだけですでに半分くらい「出家」しているともいえる。
---} 237 ページ
 と述べています。この理由として(転勤などで)定住率が低い、家や土
 地を持つことが経済的に困難、食料を生産しない、などがあげられてい
 ます。最初は冗談かと思ったのですがマジのようです。

 こんな解釈が成立しうるなら浮浪者こそ完全な出家者になってしまいま
 す。仏門にはいるという絶対条件を除外したらそもそも「出家」は成立
 しないのにどうしてこういう奇妙な説が思いつけるのかなぁ(笑)。



書評:『彼岸の時間−<意識の人類学>』(2/3) 投稿者:reverie  投稿日: 1月31日(金)01時52分39秒

○部分的な類似だけで無茶な比較をしてます。
---{
ミクロネシアのヤップ島では、かつて、男子小屋、ファルーにメスピルと
いう未婚女性が住んでいた。別の村の美少女を強引にさらってきて、男た
ちにセックスをはじめとするサービスを提供させるのだ。これは、会社社
会におけるお茶くみ嬢とか、水商売系女性や風俗嬢に対応する任務だとい
える。
---} 252 ページ
 自由意志による契約労働と拉致による強制労働の間で何を対応させてい
 ることやら。著者はサービス業も立派な生産労働だということを理解し
 ないからこんな無茶な比較ができるのかも。OL や水商売の業務、風俗
 嬢にもガチガチの偏見があるようです。

○中身のない主張の例。
---{
たとえば、英会話の教材を法外な値段で買わされた、という被害があった場
合、その教材が英語の習得のために役に立つのか立たないのかということが
問題なのではない。そうではなく、イングランドという一地方の言語それじ
たいが圧倒的な権力となって世界を支配しつつあるという現状、その中で英
語を使うことができない人が置かれている不当に低い立場、そこから発生す
るルサンチマンにつけ込む商法、という構造が問題なのだ。
(略)われわれに必要なのは、その構造を見抜くことができる明晰さなので
ある。
---} 103 ページ
 よくある進歩的文化人風の説ですが中身が空です。英語が(経済的、文
 化的な意味で)支配的な現状が「不当」であり、英語が使えない人が不
 利な現状も「不当」だと著者は言います。では、どうなれば正当なので
 しょう? 

 全ての、あるいは主要な言語を平等に扱うことが可能だとでも夢想して
 いるのであれば、この著書を日本語のみで記述して出版したのではだめ
 でしょう。当然、点字版や朗読テープ版も用意されてなくてはなりませ
 ん。自著ですら実現しえない説を立てても明晰とはいえないでしょう。

○この著者の「構造を見抜くことのできる明晰さ」がどういったものかは
 次の箇所でよくわかります。
---{
アメリカ的近代主義では個人が自由に競争することがよしとされ、勝った
ものは賞賛される。フェアでわかりやすい社会だ。その反面、能力の低い
人や運の悪い人には厳しい社会である。勝った人には勝った人で、勝ち続
けなければならないというストレスがかかりつづける。勝った人間をねた
んで引きずりおろそうという後ろ向きな考えは、アメリカ的ではない。と
はいえ、広く地球規模で見れば、そういうルサンチマンで動いている社会
は少なくない。そして、世界システムの勝者アメリカは、世界中からねた
まれている。資本主義の勝者の象徴、ツインタワーが黒煙を上げて崩れ落
ちる映像が何度も何度もブラウン管に映し出されるのを見るにつけ、「出
る杭は打たれる」とはまさにこのことだと思った。
---} 265 ページ
 「運の悪い人には厳しい社会」は全然「フェアでわかりやすい社会」じ
 ゃないでしょうに(笑)。仮にアメリカが国内で「フェアでわかりやす
 い社会」だったとしても(大いに疑問ですが)、国外でもフェアだとい
 う根拠にはなりませんし、実際フェアというにはほど遠い外交政策を行
 ってきました(例:対アラブ、対イスラエル)。

 しかし、9.11 WTC Attack で「出る杭は…」の如き脳天気なことが言え
 るとは今時珍しいほど純真な人です。



書評:『彼岸の時間−<意識の人類学>』(3/3) 投稿者:reverie  投稿日: 1月31日(金)01時54分52秒

○著者は仏教の「無我」とウパニシャッドのブラフマンは矛盾しないとい
 うユニークな主張をしています。

 著者は意識のレベルを 4つにわけて
---{
1. 生命活動はあるが知覚のない状態………………………「死」
2. 知覚だけがある状態………………………………………「昏睡」
3. 知覚に気づいている状態…………………………………「自我意識」
4. 「知覚に気づいている状態」に気づいている状態……「観察する意識」
---} 112ページ。
 とした上で、
---{
仏教では無我(アナートマン)、つまり自我(アートマン)は存在しない、
という説をとり、真の自我(アートマン)は、無限で永遠の宇宙(ブラフ
マン)と同一である、というウパニシャッドの思想と対立している。しか
し、第四のサマーディ的意識状態において消えるのは自我意識のほうで、
観察する意識は残る、とすれば両者の立場は矛盾しない。
---} 118ページ
 と主張しています。著者は仏教の無我を誤解しています。

 仏教でいう無我とは、
>3. 知覚に気づいている状態…………………………………「自我意識」
 が存在しないという意味ではなく、
>3. 知覚に気づいている状態…………………………………「自我意識」
 も
>4. 「知覚に気づいている状態」に気づいている状態……「観察する意識」
 も現象としては存在するが、実体はない(=虚構である)という意味で
 す。

 どのような意識レベルであろうが全ては縁起によって生起した現象と見
 るのが無我の立場ですから、瞑想や薬物による超越的な意識状態(禅で
 いう悟りや神秘体験)もまた虚構に過ぎません(なお、無我説のほかに
 非我説の場合でも基本的には同様だと私は考えています)。

○解脱にも誤解があります。
---{
ごく簡単にいってしまうと、輪廻からの解脱とは、身体のイメージを消す
こと、つまりは、内的なものであれ、外的なものであれ、レベル3 の意識、
自我意識の働きを止めることだと解釈できる。
---} 131ページ
 著者のこの解釈は仏教からみて(チベット仏教の文脈で上記の引用箇所
 が語られています)誤りです。
 輪廻は三界(欲界、色界、無色界)に及ぶとされています。著者のいう
 レベル4 の意識は無色界(肉体や物質の束縛を離脱した世界)に相当し
 ます。ですからたとえレベル3 の意識を止めても解脱にはなりません。



引用部訂正:『彼岸の時間−<意識の人類学>』(3/3) 投稿者:reverie  投稿日: 1月31日(金)02時09分34秒

引用箇所に大きなミスがありました。
---{
1. 生命活動はあるが知覚のない状態………………………「死」
2. 知覚だけがある状態………………………………………「昏睡」
3. 知覚に気づいている状態…………………………………「自我意識」
4. 「知覚に気づいている状態」に気づいている状態……「観察する意識」
---} 112ページ。


---{
1. 生命活動はあるが知覚のない状態………………………「昏睡」
2. 知覚だけがある状態………………………………………「夢のない眠り」
3. 知覚に気づいている状態…………………………………「自我意識」
4. 「知覚に気づいている状態」に気づいている状態……「観察する意識」
---} 112ページ。

に訂正させてください。失礼しました。

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