日本の宇宙開発は全部止めよ
Marco Opinion - マルコ・ポーロ1995年1月号

日本の宇宙開発は全部止めよ。


 宇宙工学の先達であり、権威でもある糸川氏は、現在の宇宙開発に疑問を持っている。インタビューは最初から刺激的な会話で始まった。

糸川:私は今の宇宙開発に徹底的に疑いをもっているんです。マスコミも、宇宙でエイズや癌などの特効薬ができる可能性をまだ報道したりしている。本当にできるのなら是非、拝見したいですね。できっこない、絶対に。百パーセント保証します。

− 百パーセントですか!

糸川:ええ、だって地球には1Gという重力がある。そして24時間で一周し、北極、南極に磁場を持つ。これは地球が誕生して以来約50億年不変です。地球には、そういう前提条件がある。なのに0G、つまり無重力で作った物を、1Gという重力が存在する地球に生きる人類が使えるはずがない。仮に無重力に人類のような生物が存在してて、彼らがそれを使うというのなら話は別ですけどね。

− 例えば、癌の特効薬として一時期待され、さらにエイズへの効果も話題となったガンマ・インターフェロンという薬があります。その薬に注目してきた米アラバマ大学助教授ドウルーカス博士が宇宙飛行士としての訓練を受け、実際92年に宇宙に行って大きな結晶を作り、人工合成に向けて重要な一歩を踏み出したといいます。無重力で作った結晶は、重力があっても変形はしないのでしょうか。

糸川:変形はしません。使えます。しかし地球以外で作られた結晶が、地球で役に立つかどうかは別問題。ましてや癌に効くかどうかは全く分からない。それを証明する根拠は地球上でできた科学からは出て来ないですね。結局、空想の世界なんですよ。

− しかし、ドウルーカス博士が宇宙実験をしたときには、二十社余りの製薬関連会社が実験の依頼をしたといいます。今後の宇宙での特効薬作りには日本の製薬会社なども大変な意気込みと聞きますが。

糸川:お金が余っていれば結構ですよ。しかし今のように余裕がない時にどうですか。まあベンチャービジネスだから、最初から危険性は覚悟してますというのなら結構です。

− もし、どこかの製薬会社が先生に相談に来たとしたら?

糸川:「およしなさい」と言います。絶対に言いますね。そんな物、絶対にできっこないと思うから。宇宙に行った飛行士のデータからも、六つの障害が指摘されています。もし宇宙で子孫を作った場合、G1で育ったDNAはネガティブな反応を示すはずです。

− 日本にも北海道に、落下で無重力を10秒ほど作れる施設がありますね。これは、宇宙の無重力と同じ条件と考えていいのでしょうか。

糸川:同じです。私はこういう落下性で無重力を作るほうがいいと思いますね。お金がかからないから。宇宙実験の話を聞いてて、いちばん怖いのは、お金がかかることですから。誰が負担し、その結果はどうなるのか。


ビッグサイエンスは全部、国民を裏切っている。

− 宇宙開発への警告の最大の理由は、財政問題ですか。

糸川:そうです。ビッグサイエンスは全部、税金を払った人たちを裏切っていますよ。アメリカであろうが、スウエーデンであろうがノルウエーであろうが。全部、裏切っています。確かに私はロケットを作りましたけど。その目的は、宇宙という存在は何であるのか。そこに存在する生物は何であるのか突き止めるためだった。それを突き止め、何千年にわたって人類が恩恵をこうむるんだったら、財政負担も許せると思います。しかし実際の宇宙開発は、一時為政者や一部の人が楽しんだだけであって、犠牲を払った納税者に対し、なんらリターンしていません。だから科学というものの自己否定だと、私は思っているんです。

− くどいようですが、ドウルーカス博士「宇宙実験を続けていけば、15年後には癌やエイズ、糖尿病などの特効薬が次々にできるだろう」といっています。

糸川:一種の新興宗教みたいなものだものね。一万円の壷を、信じる人は百万円でも買う。信じる、信じないの問題だから。これは科学ではなく信仰みたいなものです。

− しかし、可能性があるから多くの人が参加しようとしているんでしょう? そこにビッグビジネスを求めて。

糸川:いやあ、お金のリターンがありそうな人が集まっているだけですよ。利益配分に与りそうなそうな人がね。結果は少数の利益配分に与る人ができ、それ以外は利益配分に与らない人が大勢できるだけですよ。利益配分がくる可能性は、まず私は0に近いと思います。もっとも危険を承知でベンチャービジネスとして参加する人の首を締めてでも止めさせるほどの強硬な反対意見はもっていませんけどね。しかし、日本の場合は国家レベルの話になる。

− 日本の宇宙開発関係者の間では、糸川先生のような意見が議論されていないのですか。

糸川 こういう話はもう何十年も前から、何十回と聞かされましたよ。私がペンシルロケットを打ち上げた時から。無重力でやったらいい結晶ができる。結晶ができると癌の特効薬ができるという話は、もう毎度毎度聞かされてきたんです。だから”またか”という顔をしてるでしょ。昨日今日の話じゃない。五十年近くも前からあった話なんです。だから新興宗教と同じなんです。

− 先生の後輩の方々は、先生と同じ認識をもっていらっしゃるんですか?

糸川 私のところで勉強した人達は、こういう仕事には一切タッチしていません。その代わり、ハレー彗星が来た時には、太陽系をどう通るか、そういう調査に当たったりしています。

− つまり、純粋な科学。

糸川 そう。人類のために。会社なら株主が賛成して責任を持つ。政府の場合は、国民の税金でやるでしょう。政府や科学者が責任を持たなければいけないはずです。五十年前の状態から一歩も出ていない。そして五十年かかってやった実験を全部総括しますよね、その方向にネガティブな報告のほうが多いから、科学者としては首をかしげざるをえない。それでもベンチャーをやるというのなら、おやりなさい。ただ国民の同意が必要ということ。それがいちばん問題だと。

− しかし現実には日米欧加共同開発の宇宙ステーションは、97年アメリカのアメリカのモジュール打ち上げを契機に壮大な実験工場用として着手されようとしている。

糸川:はっきり言ってね、そういう大事な時なんですから、科学技術庁も慎重に対応すべきです。科学技術庁長官には、もっとプロを持ってきてもらいたい。

− 日本のモジュール打ち上げ予定は2000年。3100億円が開発費として見込まれ、すでに約1500億円を使っていますが。

糸川:いや、ご心配なさらなくとも、できる前に必ずキャンセルになりますよ。ほんとに。違ったら、切腹でもしてお詫びしますけどね。

− なぜでしょう。

糸川 地球上の人類の人口は百億人が限度というのが、だいたい学者の意見なんですよ。今、58億人。倍になると、もうアウト。ところが今の人口増加でいくと、あと40年で百億になる。その対策をやらないと、人類は自滅するわけです。だから、やるんだったら20年以内に結論を出しておかないと、人類そのものの生存が危うくなる。アメリカや日本は、高齢化社会で人口増加は止まる。問題はアフリカです。断固として「8人は産む」という地域もある。だからといってアフリカ大陸だけ滅亡しろとは言えないでしょう。類人猿からホモサピエンスになった、最古の骨はアフリカのエチオピアで発見されている。人類のルーツですからね、あそこは。そういう人たちに対して「死ね」とは言えないでしょう。

− 食料危機ですか。

糸川:食糧だけじゃないんです。百億人になっていちばん困るのは、酸素なんです。人類は酸素を吸って炭酸ガスにするでしょ。それを植物が光合成で炭素と酸素に分けて自然界に戻すというサイクルがある。ただ人間は、車に乗る。すろと非常にたくさんの化合物ができる。しかし、それらを酸素に戻す植物がこの地球上に存在していない。今のところ、どこの国もこれはの対策に力を尽くしていない。このまま酸素が消費されていくとどうなるか。もともと地球上に酸素はたくさんあるわけじゃないんですから。せいぜい高度五千〜一万メートルくらいまでしかありませんからね。水は水道料金を払っている。しかし酸素については酸素税を払っていないから気が付きにくいかもしれないけど、地球は有限という考えを持たなくてはならない、だから宇宙開発も結構なことなんだけど、地球との絡みを急ぐのが重要なんじゃないでしょうか。

− それが宇宙ステーションがキャンセルになる理由なわけですね。もっと人類にとって生存を含めて対策を講じる大問題があると。金は そっちに使えと。

糸川:ええ。世界の科学者は地球の危険信号を察知しているんです。だからと言って、我々が地球から出ていくこともできない。宇宙で生きられるというのも当てにならない。

− しかし、残念でもありますね。宇宙開発、宇宙生活という夢は幻想であったとすれば。

糸川:僕は全然残念だとは思わないな。他にやることは山ほどあるじゃないですか? 例えば、車に乗るのは止めましょう。じゃあ、自転車の他に乗る物はないのかということを真面目に考えるほうが、ずっとたくさんの夢がある。生活の夢も未来もある。本来、科学はそういうふうに進むべきなのに。科学も複雑になってくると、目標からだんだん遠くなってきてね。最終的には、大きく違ってきていてる。

− 推進派は先生にどういってきますか。

糸川:推進派は、いっぱいいますよ。宇宙開発事業団の人は、賛成でしょう。それにからむ人々は、政府から予算をもらわないといけないですからね。でも一部に科学を勘違いしている人がいるんですよ。筑波で「科学博」をやりましたでしょ。あれでもって「ネイチャー」誌からコテンパンにやられたんだからね。「科学博」というのは、サイエンスをやるところだ。あそこに出展したのは、東芝館だとか松下館だと化、日本の工業技術展だって。宇宙族だけでなく、地上族がいるんですよ。

− 宇宙ビジネスという蜜に群がっているわけですね。

糸川:人類の科学の歴史なんて、昔から全部そうなんですよ。そのうちスクリーニングされて大変なお金が動く。我々なんて詐欺行為に等しいと思ってるんだけど。詐欺だと思うか、信仰だと思うか。ほんと一部の新興宗教みたいな話だと思うし。でも、たくさんそういう例はありますよ。日本にだって、掃いて捨てるほどある。

− 先生は、このことに関してなにか書かれたことはあるんですか。

糸川:一切ないです。なぜかと言うとね・・・・・・ほんとうは取材も「今後の宇宙開発を検証したい」という趣旨が趣旨だからお断りしたかったんです。ほんとに役にも立たないことをやって食べてる弟子がいっぱいいるんです。私の講議を聞いて宇宙工学を学んでいる。当時、宇宙工学をやってる人いなくて、僕くらいしかいなかったからね。それで飯を食っている連中を困らせることになる。だから「出ない」ということで、ノーコメントということで通している。こういう強烈な意見が表に出たことはないです。本当のことを言えと言われたらこういうお答えをするんです。

− 大勢のお弟子さんの反応は。

糸川:ええ、まあ理論はそうですけど、現実にお給料もらわないといけないから・・・・・という話ですよ。わりと長くやっている人間というのは弱いですからねえ。とくに子供を抱えていると。まあ、なんだかんだと言っても、人類がやったことがないんだから。やってみなきゃ分からない、どっちか。ですから「やってからでも、いいんじゃないですか」という理屈も成り立つからそういう理屈に支えられて、生活を支えている人たちもいるから。その心情を思うと、可哀想でもあるんです。

− 宇宙実験に関する報道のどこが間違っているのか、教えて頂けませんでしょうか。

糸川:例えば「病気に関わる酵素やホルモンの大きくて質のよい結晶を地上で作るのはむつかしい」という箇所がありますね。この「酵素」と「ホルモン」が癌というものと本当に関わりをもつものなのかどうかということが検証されていないですね。結晶がよければ、癌ウィルスに効くなんて誰も思っていませんから。癌のウィルスそのものの本質的な構造が分かっていて、アタックすれば撃退できるというプロセスが発券されてればいいんですけれど。それがないから仮説でしかない。逆に言えば、そこが検証されれば、特効薬は地球上でもできますよ。無重力でなければできないという理屈にはならない。ひょっとしたら、地球上でできたウィルスには、地球上で作った結晶のほうが有効かもしれませんしね。だから、なんで宇宙で作るのか、と聞きたくなる。


科学技術庁長官が素人だからハラハラの連続。

− 宇宙で合成したガリウム砒素の結晶を用いれば、レベルの高い半導体ができるという可能性については?

糸川:いやあ、それは怪しいね。超伝導は、全部怪しいと思いますね。常温での超伝導を含め、超伝導は全部怪しい。そんなうまい話があるんだったら、ちゃんとした学説ができるはずです。定理が。そんなのありませんでしょ。完全結晶体の法則があって、ニュートンの引力の法則、ダーウィンの進化論に対抗するくらいの学説が成り立っていれば別ですが。ないでしょ。まあ、半導体を作っている工場は、今のところ完全な結晶体を作りたいという願望をみんな持っている。ですからマーケットとして、半導体メーカーをお客さんとしてつかみやすいことは確かです。ただそれにしてはコストが高すぎると思う。”現代の神話”だよね。シャーマニズム、シャーマンの世界ですよ。しかし、サイエンスの中でおかしくなっているのは、ここだけ。他はみんな真面目にやっているんです。宇宙だけがおかしくなってる。

− どうしてでしょう。

糸川:たまたま戦争があって、日本は負けた。なぜ負けたかというと、B29から落とされた原爆で負けた、サイエンスで負けた、原爆開発競争で負けた。そういうコンプレックスを持つ過去があるから、日本人にはサイエンスでトップに躍り出たいという潜在的な願望があると思う。負けたことで憲法9条なんて押し付けられたという怨念がある。だから科学競争なんてことになると、日本人はひっかかりやすい。もし、そんなにいい話なら、なぜアメリカは原爆を作った時みたいに、そっと自分たちでやらないのか。やれ日本だドイツだと行って、引き込もうとするのか。それはリスクが大きいと思っているからでしょ。これまでもアメリカは、相当の犠牲を払ってきている。だから分かっているんですよ。ほんとうにいいものだったら、自分たちでそっとやりますよ。原爆を作った時のように、マンハッタン計画を立て、アインシュタインを引っ張ってきたように・・・・・・

− H2ロケットも失敗しましたね。あれは単純な人為的ミスだったと言われていますが。

糸川:そうですよ。ミスは単純ミスだし。あれは大体が防衛産業の救済策ですからね。彼等は昔は潜水艦やミサイルを作っていたわけでしょ。戦後はもう作らないから、何か作らせなくてはいけない。何も作らないと倒産してしまう。あそこを倒産させてしまうと、政府としては非常に大きな税金の元と、心の元を失って戦後復興のための経済力を落とすことになるから潰したくなかった。それで従業員を食わすためにロケット研究を依託した。それで役に立たないロケットを作っているんだから、純粋サイエンスの立場からは、見ていられないわね。それに対し意義申し立てすべき科学技術庁長官が、ずぶの素人ときている。だからハラハラ、ハラハラの連続ですね。でもね、終戦五十年を迎えて、冷静に見たらいいと思うんですよ。いくら人間を欺いても、宇宙の法則を欺くことはできないんだから。

− 宇宙ステーション計画の大親分のアメリカは、どう動くでしょう。

糸川:絶対動かないでしょうね。NASAで散々無駄遣いしてるって攻撃を受けているから。ケネディ以降、宇宙にたくさんお金がつくようになった。その後、ニクソン、レーガン・・・・・そして今のクリントンまで続いているから、アメリカ国民の怨念はまさにピークに達していますよ。だから僕の意見にすごく敏感なのね。
 10年前、レーガン大統領が「宇宙ステーション計画」を発表した頃ですよ。アメリカのヒューストン大学で「無重力で癌の特効薬を作ろうなんていう宇宙ステーション計画は意味がない。予算の無駄遣いです」という講演をしたんです。そうしたら、翌日、すぐNASAの職員と称するアメリカ政府筋の人が私のところにやってきた。そしておまえの説は分かったと。科学者としてはもっともだと。だけど、こんなにNASA関連で失業者が出ている上に、これ以上失業者を出していいのかと。「仲良くしている科学者が、ヒューストンでタクシーの運転手をやるようになったら悲しいだろう?」と言いましたよ。

 糸川氏のインタビューは、当初の予定を越え約二時間にわたって行われた。おそらくこの糸川氏の発言は、大いに議論の対象になることだろう。日本の科学の方向性を考えることのみに留まらず、これからの人類が進むべき道をも示唆しているからだ。


いとかわ ひでお 1912年生まれ。中島飛行機株式会社に入社し、戦闘機「隼」などの設計に参加。その後、母校の東京帝国大学に迎えられ、55年にペンシルロケットの打ち上げに成功。日本の航空・宇宙工学の基礎を築き、宇宙科学研究の第一人者といえる。67年に退官し、現在は組織工学研究所などを主催している。
 なお、マルコ・ポーロ誌は、翌月の「アウシュビッツのガス室はなかった」とする記事のために翌月号をもって廃刊となってしまった。そのため、この糸川氏の発言がどれだけ議論の対象になったかは、誌面からは知るすべもない。本来であれば雑誌掲載記事の転載にはなんらかの許諾を必要とするのであるが、この場合には雑誌が廃刊となってしまったため、この場を借りて感謝と畏敬の意を表明したい。

 念のために2000年に打ち上げ予定となっていた日本の実験モジュールは、まだ軌道上にはない。肝心のアメリカの宇宙ステーションも残念ながらまだ運用は開始されていない。
 また、残念ながらこの記事が発表されてから5年間の間に、糸川氏の発言を覆すような新たな事実は発生せず、「腹切り」して謝罪する必要性に遭遇しないまま、糸川氏は昨年2月に他界された。くれぐれも氏の御冥福を祈る。(得丸 久文)

関連リンク

ISASニュース 1999.4 No.217「特集:糸川英夫先生を送る」
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糸川先生のこと [SF Online 1998/7/25]