国家の情報収集手段としての衛星システムの情報管理(一私見)

櫻井 浩己

 1.概要
 2.前提条件
 3.オープンな情報システム
 4.民間専門家の活用法
 5.まとめ


1.概要

 この小文は、日本が国として安全保障や危機対応能力を向上させる情報収集手段の一つの要素として、衛星を活用する場合に考えられるシステムに対する情報の開示、民間の専門家活用について、私見をまとめた。国が安全保障の情報として扱われる情報は多岐に渡るが、特に開示・秘密の区分が困難である政治、外交、軍事的な情報に限って議論する。これらの情報は一般に全て秘密であることが当然と考えられるであろうが、公然或いは周知の事実まで、同じように等しく秘密にすることは、守秘すべき要員の間で、本当の極秘情報の価値を下げてしまう混乱を招き、得策ではない。このため秘密とする内容は、段階的で、限定されることが適切である。

 日本がこれから準備する安全保障や危機対応のための情報収集手段とする衛星システムが、1m地上解像度であれば、基本的にセンサの技術データや取得データは、特別な支障がない限り、限定的であっても開示されるべきである。ただし、画像データベース全体や衛星の運用状況(監視地域、監視頻度など)は、国益保持のため、厳格に守秘されるべきである。

 また、国益を損なうことが明確でない限り技術データやサンプル画像は、衛星が持つ全地球的な情報収集能力を生かし、広く内外の専門家に開放し、日本に限らず衆智を結集できる環境と技術向上の促進を図る方策が長期戦略として、適切であると提言する。


2.前提条件

 この小文で議論する範囲には、次のような4つの前提条件を設定する。この条件を超えた範囲での議論には、以下に主張・提言する内容は無効である。

(1)日本が整備する衛星情報システムは、最高でも1mの地上解像度を持つ衛星センサから取得される画像情報を対象とし、1mの地上解像度の衛星画像は、商用サービスを通じて、原則的には入手が一般にも可能である。

(2)構築される情報収集システムの主目的は、日本が安全保障や危機対応能力を向上させるためであり、災害の防止や環境破壊の監視といった公共サービスは副次的な目的で、主目的の根本を阻害しない場合に、特別に考慮されるべき利用目的である。

(3)日本国家の安全に関する周辺環境は、日本の基本国家理念(国民主権の民主主義)とは対立しかねないイデオロギーを堅持する中国や北朝鮮など、国家に対する潜在的な脅威が現存している。また友好国ではあっても、純粋な軍事同盟国ではない周辺の国家(ロシア、アメリカや韓国)などへの情報収集が必要な場面が想定できる。これらに対して日本国家を堅 持し、国民を保護することは、日本国政府の当然の特権的な役割である。

(4)安全保障のために、政治、外交、軍事的な情報を日本国民からも秘匿することが国益に適う場合、例え自国、周辺国の何れを対象とする場合にも、情報は秘密にすることが出来る。

 以上の4つの条件が前提である。つまり、主権、領土と国民が一体となる国民国家を超えた安全保障の概念(例えば集団安全保障や国連常設軍)や一般人は目にすることのない10cm地上解像度の衛星システムを、念頭にするならば、以下の議論には意味がない。また、例えば、防災を主目的にし、国家安全保障より、個人の人権や災害防止を最優先とすることが、日本国民の結論なら、全く違った結論が導かれると筆者も感じる。


3.オープンな情報システム

 国益を損なうことが明確でない限り、技術データやサンプル画像は、衛星が持つ全地球的な情報収集能力を生かし、広く内外の専門家に開放し、日本に限らず世界中から衆智を結集できる環境と技術向上の促進を図る方策が長期戦略として、適切であると提言する。国家が必要とするのは、長期にわたる情報の的確性であり、4項に詳細は記述するが、その能力を保つために、広範な分野で、能力の高い専門家が必須である。また、日本が世界中に対して世界最高レベルの衛星画像を少量提供していれば、世界の一流の研究者との人的ネットワークが、日本の専門家との間に形成されると期待でき、その効用は無形な財産なので把握しにくいであろうが、絶大となる可能性がある。(画像を量的に豊富に提供すると、商用サービスの発展を阻害し、新しい問題を引き起こしかねないが、学術研究や実用性向上のための実証的な画像使用は、大量にはなりえないので、拠出画像量を多くしないことで、所期の目的との調和を図る施策が存在するのではないかと思う。)衛星画像技術研究委員会を設置し、継続的に大学や民間で可能な研究のために、衛星画像を提供することで、一般の技術レベルを引き上げる触媒作用を期待して、在野の衛星画像を扱う専門家の数を増やすことが技術の裾野を広げる意味でも有効と考える。

 一流の情報機器を設計、製作、運用して、情報が分析できる専門家を占有で抱えるためには、膨大な費用を必要とするが、現在は冷戦時代とは違って、国家存亡の危機と常に対峙している訳ではない。このため、国家情報戦に使える大多数の専門家は在野にあって、一般の商業活動や学術研究に従事し、いざという場合に動員することが現実的であろう。(普段は民生分野あるいは商業分野で活動し、有事に動員できる体制を取って、政府の情報センターを必要最低限に限定する。また、政府の情報センターであっても、可能な限り外注の専門業者を利用する形態で、コストの低減と有事動員体制の核をあらかじめ組織化しておく。この構図が現在のアメリカの情報コミュニティの進んでいる方向で、この動向を商業衛星リモートセンシングの育成という名づけていると筆者は感じている。)

 日本がこれから準備する安全保障や危機対応のための情報収集手段とする衛星システムが、1mの地上解像度であれば、基本的にセンサの技術データや取得データは、特別な支障がない限り、限定的であっても開示されるべきである。NASDAの陸域観測技術衛星(ALOS)の2.5m地上解像度のセンサを全面的に開示していれば、技術的な点では、専門家にとって日本の1m地上解像度センサがどんなものであるかは、容易に類推が可能であり、周知のことと同等であろう。(とは言っても、センサの製造方法を自由に開示して良いという意味ではない。)また、画像データも、例えロシア、中国、北朝鮮といった安全保障の重要関心地域であっても、サンプル画像は、開示され、内外の専門家に分析させる機会を作る方が技術の向上に寄与する。例えば、軍事港湾などでも、海上自衛隊よりも、港湾組合、海運業者や輸出入の手続き業者の方が、港湾の荷揚げ能力、物流扱い可能トン数を、正確に推定できる能力を持つであろう。情報の専門家にとって重要なのは、画像ではなく、実存の能力やデータであり、可能な限り正確な情報が得られることである。正確な情報を得るために有効なデータは、限定的で数量に制限をつけてでも、注意深く開示しつづけることが、長期的な国家戦略として、正しいと考える。

 また、国際緊急援助隊のような活動、すなわち外国で発生した災害のために、その場で急遽画像を取得し、援助活動に提供することも、積極的に進めて良いだろう。(この方法なら民間会社は、人道的に非難できないし、要員の士気向上と訓練にもなり、民生への波及効果としても歓迎されるであろう。もっとも情報収集衛星の管制センターに24時間TV(CNN)だけを見て、画像撮像のコマンド入れ替えばかり考えている人を作らなければならないが、これも危機対応や副次的に災害対応を考えるなら、本来必要な要員であろう。)本当に困った時の友人こそが、本当の友人であるのは、国家間でも成立する話しで、国際関係の安定化や日本国益の増進が、究極の目的である情報収集手段としての衛星システムであれば、その本来的な目的に効果があるなら、少々の努力で実行できる仕組みは、是非実現して欲しい。また、その実現のために生じる障害を除去する努力は買ってでもと主張したい。地上局や情報収集衛星の軌道の特徴から、隣国での災害にその情報収集能力が最大限利用できる点からも、隣人の災害には、特に手厚く手を差し出せることに、隣人関係向上の意義を見出せるのではないだろうか。(また、実際不幸にしてそのような場面で、日本の能力が見られれば、周辺に対する軍事行動の抑止的効果もあるとは言えないだろうか。)

 ただし、特殊な軍事基地の画像データベースなど、在野に専門家がいないにも拘らず、広く開示しては、センサ把握能力の限界や欺瞞工作の有効性を相手方に知らせることなり、税金の投入された高価システムをいたずらに無効にする行為であり、不要である。そういった意味で、画像データベース全体は厳格に守秘されるべきであると考える。蓄積された画像そのものには大きな意味はないものの、監視地域、監視頻度などは、日本の政府が周辺国をどこまで、どんな風に把握しているか、どんな態度で接したいかを直接示しており、政治・外交的に不利な状況を生み出す要素があるし、軍事的には何が把握されていないかは、敵対国にとって、貴重な情報である。また、友好国の信義の度合いを確かめるような情報収集活動も十分に想定されることから、日本の不信感の証拠を開示して、いたずらに友好国を刺激することは得策ではない。ついでに言えば、日本が実は何も知らなくても、衛星で逐一知られているに違いないと、相手が牽制的に行動することになれば、まさに情報システムを導入する本来の主旨に適っていることになる。さらに、細々したことになるかもしれないが、衛星の運用状況を把握される懸念材料も、厳格に守秘されるべきである。つまり、撮像のコマンドや取得画像をダウンリンクする際に利用する暗号コードなどである。また、その時々で進行中の衛星で重点監視している地域や監視頻度、監視の優先度などは、政治・外交施策の自在性を広げるため(国益の保持)、厳格に守秘されるべきである。

 しかし、こうした秘密の適用は必然であっても、組織の暴走や隠れ蓑に悪用される懸念が付いてまとうため、厳罰を伴う守秘義務を持った政治家や情報専門家による権力を持った第3者機関による情報システムの監視機構と権限を用意することが検討されるべきであろう。情報システムの信頼性を堅持するためにも、事柄の性格上、情報開示による透明性で、組織の自己浄化作用が期待できない以上、国民主権の民主主義を戴く日本国の行政として適切な運用が出来ていることを、国民に保障するための「けん制組織である機関」は、是非設置して頂きたいと希望する。また、国民の善良な代弁者としての第3者機関が、極秘情報に関する行政の説明責任という、矛盾する現代的な要求への解ともなるであろう。


4.民間専門家の活用法

 衛星画像から情報を抽出できるのは、センサの設計者ではない。これはTVカメラの設計者が、優れたTV番組を作れるとは限らないのと同じである。情報の抽出に当たって最も困難な点は、対象とする情報の一流の専門家(当事者)だけが、本当に適切な情報を分析できる点である。つまり、核兵器プロジェクトの情報を引き出したければ、核兵器を研究、生産、 使用してしている当事者にしか、情報の抽出・分析作業が一流のレベルで出来ない点である。極論すれば、日本国家が開発を放棄している核兵器の情報は、評論家のレベルでの情報分析は可能でも、当事者の知識を備えている日本人は居ないはずなので、核兵器を研究、生産、実験した外国人でなければ、一流の情報分析ができない。外国籍の要員では、国民としての国益を共有しているとは言えず、情報分析の大前提がそもそも成立していない。

 前段のような制約はあるといっても、情報は、要は当事者が抽出・分析したものが一番的確である。その場合に、広範に必要な情報の抽出・分析に必要な専門知識を持つばらばらの要員を、どう組織化するかは大問題である。3項に述べたように、どこを、何を探す目的で、どんな頻度で、監視するかは厳重な秘密事項に値し、まして、その報告書に何が記載されているかは、情報収集活動の最高秘密である場合もあろう。しかし、特定の情報を抽出・分析できる専門家は、ごく狭い高度に専門化された範囲でしか有効でないし、民間の活動は、例え軍事的な意味があっても、政府に本当の意味での専門家はいない。また、専門家の養成は多大な費用が必要となるし、そもそも専門家の教育は専門組織にしか出来ない(情報家には出来ない)という矛盾がある。このため、本業としてそれぞれに従事している専門家を有効に使うことが必要となる。使い方として、情報要員の先生としてのみ利用するか、専門家を情報要員そのものとして利用するかの2つがあるが、いづれにしても、生の情報ソースから専門家を切り離せば、良い情報が取れないが、秘密が拡散してしまう矛盾をどう解決するかが重要な課題である。つまり、港湾の拡張性を把握するには、地質学者や港湾工事の専門業者に、ミサイル工場の生産量の推定は、ミサイルの製造業者に、といった必要に応じたチームを構成できるような柔軟性が必要であろう。(秘密保持の枠組みが、根本から必要になるかも知れない。)また、政府の要員としては、国家レベルでの軍事戦略の把握や軍隊の部隊編制の特徴など、もっぱら政府が得意とする分野(日常的に専門としている分野)に集中するのが効率的である。
 
 いづれにせよ、センサの設計製造者、コンピュータの設計製造者あるいはソフトウェア・ハウスは、情報整理の強力な助っ人であっても、情報の抽出・分析要員は、抽出・分析したい分野で活動する専門家が核であることには、変わりない。情報収集センターの組織化の要点は、国家が安全保障や危機対応能力を上げるために、何が不足していて、どこに、どんな能力を配分して、どんなことを実施するかを具体化することに、他ならない。だが、残念なことに、部外者には何がどう不足しているかが、知らされることはないため、具体的な提言は出来ない。よって、このような中途半端で、抽象的な提言になってしまうのだが、現在アメリカで衛星情報コミュニティに起こっている再構築(組織改革)は、冷戦構造下のICBMや核兵器の戦略兵器監視システムから、戦闘集団の情報化(制情報権 c: 筆者の造語:戦闘情報の優位性確保と敵側の情報ネットワークの切断)に端を発した軍隊のリアルタイム情報化という戦術的なシステムへの変換で、世界の軍事的覇権を維持するという、専守防衛の日本には必ずしも当てはまらない、対象地域に依存されない普遍的な攻撃力強化というアメリカに固有な戦略の要素が引き金である。もっとも、この背景があるからこそ、アメリカや中国の関心を引き、情報収集衛星が政治的に取り扱われ、「日本も情報の独自性を高め、脱アメリカを指向か?」と分析される理由でもあろう。


5.まとめ

 ここでは、2項の前提を置く限り、日本がこれから準備する情報収集手段とする衛星システムは、基本的にセンサの技術データや取得画像は、特別な支障がない限り、限定的であっても開示されるべきであるとし、画像データベース全体や衛星の運用状況(監視地域、監視頻度など)は、国益の保持のため、厳格に守秘されるべきであると主張した。

 国益を損なうことが明確でない限り技術データやサンプル画像は、広く内外の専門家に開放することで、日本に限らず世界の衆智を結集できる環境と技術向上の促進を図る方策が長期戦略として、適切であると提言する。

 日本の地球観測衛星は、世界的に見ても最先端、最高の一端を担えるレベルにあり、日本の安全保障情報の収集衛星を考慮するについても、相互補完を適切に設定することによって、無駄な重複開発の排除や最先端技術の相互波及を期待することが出来る。人類が手にした全地球的な情報収集手段としての衛星の利点を十分に生かし、遠隔計測という限界をわきまえた上で、世界史の大転換点にあり、現代国家としての日本の国益自体が変化する時期を有効に乗り切るためにも、可能な限りオープンで、現実的で、適切な費用で、国家の安全保障や危機対応情報収集手段としての衛星システムが構築されるよう期待する。[以上]

1999.12.6 (無断転載不可)