ヨーロッパの宇宙偵察システム

得丸 久文(1995)


概要:
 西欧同盟(Western European Union、本部ブリュッセル)は、1980年代のユーロミサイル交渉ならびに1991年のマーストリヒト条約締結後、欧州連合(European Union)の軍事組織という役割を強く担うようになった。このほど1995年3月24・25日の両日にわたってスペイン領サン・アグスチンにおいて、西欧同盟議会が呼び掛けて「ヨーロッパの宇宙偵察システムに向けて」という会議が開かれたので以下に報告する。

参考:Towards a European space-based observation system, ASSEMBLY OF WESTERN EUROPEAN UNION, Document 1454, 2nd May 1995

1.背景:西欧同盟と衛星偵察

1) 西欧同盟
 西欧同盟は1954年の改正ブリュッセル条約によって成立した軍事同盟である。1952年に成立したヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)の6つの加盟国(独仏伊ベネルクス)に英国を加えた7ヶ国が原加盟国である。そもそもはECSC条約をもとにした軍事同盟をつくることになっていたが、フランスの提案により、英国も参加していた1948年の「経済社会文化および集団自衛条約」(ブリュッセル条約、加盟国は仏英ベネルクスの5ヶ国)を改正する形をとった。
 1984年までの同盟の意義は、(旧・西)ドイツの欧州への統合と欧州共同体諸国と英国を結び付ける程度であり、あまり活発ではなかった。1980年代前半のユーロミサイル交渉によって西欧同盟は活性化し、1984年以降年に2回加盟国の外務大臣と国防大臣がそれぞれ(あるいは列席して)集まる大臣会合を開いている。
 イラン・イラク戦争後の1988年には初の共同軍事行動としてペルシャ湾で掃海活動を行った。のち1988年にスペイン・ポルトガル、1992年にギリシャが加盟を認められ、現在加盟国数は10である。1992年には、ほかにデンマークとアイルランドがオブザーバ資格、アイスランド・ノルウエー・トルコがアクティブ・オブザーバ資格を得た。(トルコはギリシャよりも早く加盟の意志表示をしたのだが、まだ正式加盟を認められていない)
 1991年に署名されたマーストリヒト条約・宣言の中で、西欧同盟は欧州連合の軍事部門と見なされるようになり、未加盟のEU諸国ならびにEU外のNATO諸国に西欧同盟への加盟が呼び掛けられている。

2) 衛星偵察
 1988年に西欧同盟議会は「衛星による軍備管理検証の科学技術的側面」という技術宇宙委員会報告書を採択した。同盟は以後宇宙からの偵察技術についての研究と議論を重ねた結果、1991年6月の大臣会合で、改正ブリュッセル条約8条2段にもとづいて、西欧同盟の下部機関として衛星データ解析とトレーニングのための「衛星センター」を設置することを決め、3825万ECUの予算を与えた。センターはマドリード郊外のトレホン元米軍基地に1992年1月1日に作られ、1993年春に運用を開始した。現在加盟国から情報専門家を中心に約50人が出向しており実運用が行われている。3年間のテスト期間の後に評価を行い、加盟国はこの計画への参加を再考することになっている。
 1991年11月の大臣会合では、「ヨーロッパの宇宙偵察システムの中・長期的実現の必要性ならびに望ましさを吟味する」研究グループが設置されることになったが、とりあえず2000年を目処にシステムが設立され、2005年には偵察衛星の実運用が開始する予定になっていた。


2.今回の会議について

1) 参加者
 3月24・25日の会議には、10の同盟国のほかに、新規EUメンバーであるスエーデン・オーストリア、アクティブオブザーバのノルウエー、東欧諸国(リトアニア・ルーマニア・ポーランド・スロバキア・ラトビア)、ロシア、米国、ヨーロッパ宇宙機関・欧州同盟などから国防関係者ならびに軍事宇宙産業合わせて200名以上の参加があった。
 ロシアの参加は、昨年12月にコズイレフ外相が西欧同盟議会を訪問して報告を行ったことが契機であるという。ちなみに今回は残念ながら日本からの招待者・参加者はいないが、ロシアのように何かの形で関係が築かれれば、招待するにやぶさかでないというのが同盟議会事務局長の意見であった。

2) 本会議の成果
 前項で略述したように、この会議は西欧同盟議会の中・長期計画にすでに盛り込まれている欧州独自の偵察衛星システムについて議論するものであった。現在独仏2ヶ国で共同開発をすすめようとしている光学センサー衛星(名称エリオス2)・レーダー衛星(名称オリシス)・電波傍受衛星(名称ゼノン)の3種類の偵察衛星を西欧同盟の衛星として活用する可能性が大である。これから20年間で90〜140億ECU(1ECU:120円として1兆800億〜1兆6800億円)の支出が見込まれている。
 会議参加者の話によれば、すでに産業界では根回しが終わっており、各国の宇宙産業がそれぞれ潤うよう仕事が配分されることになっている。おそらくフランスのマトラ・マルコーニ・スペース社が光学センサー衛星を担当し、フランスアエロスパシアル社の宇宙部門がドイツエアロスペースと合併してできる予定の新会社がレーダー衛星の担当になるだろうということであった。
* 注:レーダー衛星はその後のTerraSARにつながる

 米国と特別の協定により米国のシステムに近づける英国がやや乗り気でないということがあるが、早ければ今年末の大臣会合で計画のスタートが決定される。衛星センターの例にならえば、西欧同盟は決定があり次第すぐに次の行動に移るであろう。仏西伊3ヶ国の共同開発で今年打ち上げ予定のエリオス1aを西欧同盟の衛星へと格上げする可能性もありえる模様である。


3.米国の立場

 参加者名簿によれば、米国からは国防省宇宙獲得技術計画(Space Acquisition & Technology Programs)のクリンガー(G. I. Klinger)氏が報告を行ったほか、OASD、USAF、OUSD/ACAほかの機関から計5名が参加していた。
* クリンガーはその後NROに異動
 クリンガー氏は報告中で、ヨーロッパは独自で行うのではなく米国と協力することを勧めるという発言をしていたが、通信衛星や早期警戒衛星についての議論が中心であり、ヨーロッパが議論している高解像度地球観測衛星についての議論は行われていなかった。米国防省は1992年以来、それまで海洋大気庁(NOAA)が管轄していたランドサット計画を主管し始めたというのに奇妙に感じた。
 現在、米国には民間企業による小型の観測衛星計画がいくつかあり、それらについての議論を一般によく耳にするが、西欧同盟ではもっと大型のランドサット・SPOT級の衛星でより解像度の高いものを考えている。

以上