新着物

 読みたての本です。日々増殖予定、古いものから順次、書庫コーナー『過去物』へ移していきます。

6月7日

『明野照葉』
 実業之日本社
「25時のイヴたち」★★
 日常に倦み飽き、悩みを抱えた女たちが集う隠しサイト。そこにはまる彼女らは何処へ向かうのか。
 悩みというのはパーソナルなもので、同じ悩みでも人によって受け取り方や深刻度が異なってくるものだ。チャットで出会った二人の女の悩みも、本人たちは深刻に思っているのだと想像は出来るものの、ならば何故病院に行かないのか首をかしげてしまう。
 そして彼女達の世界の狭さときたら、どうだろう?これは小説であるからいいようなものの、何の根拠もなく直感だけで自分の推測を真実と思い込むのだから苦笑してしまう。
 それから最大の違和感を覚えるのは彼女達の行動。女性にほんとうの友情はない、と言ったのは誰だったか。さほど友人が多いとは言えない同性の私ですら、彼女らの心情が理解出来ない。話の都合上、そうオチなければならないのはわかるのだが、私にはリアルに感じることは出来なかった。
 苦い、苦い物語だ。

6月6日

『久坂部羊』
 幻冬舎
「無痛」★★
 凄惨な教師一家皆殺し事件の捜査は難航していた。人を観察するだけで病を見抜く眼力を持つ医者・為頼は犯罪者をも選別することが出来るのか?
 医療サスペンス。
 この著者の小説を読むといつも居心地の悪さを感じる。なのに何故新作を読むのかと言えば、それは論議巻き起こりそうなヤバいネタをどれだけ扱っているのかの怖いもの見たさゆえなのである。
 今回もフィクションと断りを入れつつ、生来犯罪者説を肯定的に扱う設定が身震いするほどチャレンジャー!
 読み終えて思うに、やはり著者の感性と、私は相容れない。作中の言葉を借りれば青い鳥を信じる乙女のごとき甘ちゃんだからかもしれないが、登場人物のエゴイズムに反発を感じてしまうのだ。
 例えば、為頼医師が母子を助けるシーン。他の人、ざくざく殺されているんですけど。あんたら自分らだけ助かればいいのか?!と思ってしまう。人間そんなもの?
 今回は「廃用身」ほどの現実モデルの露骨な借用は無いし、「破裂」のようにニヒリストを英雄視もしていない。だがサイコサスペンスの偉大な作品、T・ハリスのあの作品とラストがかぶっていることもあり、前二作よりはヒューマニスト寄りな味付けでありながら、やはり後味はスッキリしない。それは想像するに著者が為頼医師より、もう一人の彼の方によりシンパシーを抱いているからではあるまいか。その割に枚数の都合上なのか、彼に関する描写が中途半端なままラストを迎えたのは残念だ。
 どうせヒューマニズムなど信じていない作風なのだから、無理に正義面しないで例えば白神をもう圧倒的主役に据えてしまって、ピカレスクロマン&ホラーにした方が生きる題材だったのではなかろうか。それでは多くの善良な読者は震えあがってついてこなくなるだろうが、バラシの冷静かつねちこいフェチ香る筆致を見るにつけ、この著者がおためごかしの薄っぺらい正義など粉砕するほどのノワールを、暗黒犯罪小説を書いたならば、コアなマニアに熱狂を持って迎えられ、カルト的人気を博するに違いないと、私は確信する。もしその時には、愛すべき悪人にも筆を緩めず壮絶な結末を付けられんことを願う。
p.s.為頼医師がやったあの脅し、まんま手塚治虫「ブラック・ジャック」だなあ。それもネットで読んだのか為頼?そして散瞳したらロクに焦点が合わないと思うのだが、どうか。

『ナムコ・ナンジャタウン「あなたの隣の怖い話コンテスト」事務局編』
 二見書房
「世にも恐ろしい幽霊体験」
 ナムコ・ナンジャタウンに寄せられた恐怖体験の中から選ばれた四十七編。
 う〜ん、オーソドックスにもほどがあるというか、どこかで読んだような話ばかりなのだ。
 このシリーズの初期の二冊などはなかなか怖かった覚えがあるのだが、やはり長く続いている企画なのでそろそろマンネリなのだろうか。既視感にあふれる話と、突飛…というか出来過ぎていて創作っぽい話に二極化してしまっているように思える。さてこの企画に未来はあるのか?
 逆に言えば通には物足りぬゆるさが怪談入門者&初心者向けかもしれない。

6月5日


『笙野頼子』
 河出書房新社
「絶叫師タコグルメと百人の「普通」の男」★★★
 
ブ貌を誇る作家・八百木千本が唾棄すべきロリコン政府に捕らわれた!
 表題作ほか「センカメの獄を越えて」「八百木千本様へ笙野頼子より」を収録する衝撃の小説集。
 実は本作「説教師カニバットと百人の危ない美女」の続編らしいのだが、そちらを未読のまま読み進めてしまった。大丈夫いきなり読んだって面白い。
 私は仕事を辞めて急速に暇化する人生に歯止めをかけるため読書し出し、その上新刊と見ると一も二もなく飛びついてしまう性質なので、なかなか系統立った読書が出来ない。あれでもこの八百木せんせい、「片付けない作家と西の天狗」でもお会いしたな。嗚呼、行き当たりばったり読書人生をおくる私が八百木せんせいの全貌を知るのはいつになるのだろうか。
 いつものようにテンポの良い文章が快く、ハチャメチャに見える世界でありながら気づけばそこは我々が日々生息する世界のデフォルメされたエッセンスがリアルさ背筋凍らせるほどに詰め込まれているのである。
 無責任にエンタメ&フィクションとして消費するには、此処に描かれた闇はあまりに大きく、笑っちゃうくらいバカバカしいのに心底おぞましく恐ろしい…と思えたのだった。

6月2日


新)『猿田悠』
 マイクロマガジン社
「現代畸聞録 怪異百物語」★★★
 怪談メルマガを発行している著者が収集した「怪談」集。
 収集のスタンスとして、事実より多少尾ひれが付いていても話としての完成度が高いものを選んでおられるようだ。それゆえに、どこかで読んだような展開の話や、オチが都市伝説チックでいかにも出来すぎな話も混じっているけれど、フィクションとして読む分には充分楽しめる。
 凄惨な出来事も〜ですます調の穏やかな口調で語られており、内容と文体のミスマッチが巧く不安と恐怖感を煽っていると思う。過剰な演出は無いのに、静かに怖い本である。
 続刊も出ているので読んでみるつもり。

6月1日

『元田隆晴』
 竹書房
「病怨」★★★
 病院関連の怖い話を集めたもの。著者が医学博士だというのが変わり種。
 この著者の怪談シリーズは、数冊読んだが徐々にマンネリ化している気がして次第に読まなくなった。ふと古書店で発見し、ひさびさに読んでみたらクオリティ(怪談としての、だが)が回復していて楽しめた。著者の体験だけではなくて幅広く医療関係者から体験を募っているので、寄せられた内容によって当たりはずれが出るのかもね?そういう意味では今回は割とアタリな方。
 ありがちな病院の心霊譚よりも、サイコな女医の話とかがぞっとして愉しめた。

5月31日


『乙一』
 講談社
「銃とチョコレート」 ★★★★
 貧しい移民の子・リンツは探偵ロイズに憧れていたが、偶然に怪盗ゴディバに迫る品を手に入れ捜査に協力することに。
 講談社ミステリーランドの一冊。最初はありがちなお子様向けかと危うく思い込むところだった。なんてエキサイティングな展開なのだろうか!
 そして悪ガキのドゥバイヨルにリンツが虐められるシーンには背筋寒くなるほど。さすが「死にぞこないの青」などの壮絶なイジメられ小説の著者だけはある。
 キャラ立ちも相当なもので、一読しただけで一生涯忘れられなそうな人物目白押しだ。
 私は今まで発行されたミステリーランドを全巻読んでおり、胸揺さぶる筋立ての島田荘司「透明人間の納屋」、妖美さが印象的な篠田真由美「魔女の死んだ家」、バトルから目が離せない高田崇史「鬼神伝」がお気に入りであったのだが、本書は一等に躍り出た。
 ミステリーランドって、こども向けを意識してるせいかイマイチ読みごたえがないんだよね、そう思っている人にこそ、本書をお読みいただきたい。その印象は、必ずやくつがえされるはずだから。ちょっとスパイシーではあるが、大人もこどもも等しくわくわく出来る、そんな冒険に旅立つことが出来るのだから。

新)『枡野浩一』
 朝日新聞社 
「あるきかたがただしくない」★★★★
 現代を代表する歌人の胸打つエッセイ。
 私は国語の成績が、今は昔の学生時代常に10段階評価の10であり国語の女王などとあだ名されるほどであったのだが、詩歌中心の時だけは成績を9に落とした。短いセンテンスに込められた深い意味を読解せよというのは、人生経験も浅い十代の乙女には酷だった。そんなわけで、個人的な嗜好や逆恨みもあって、私は詩とそれに関連する書物を頑なにまで避けて来たのだ。
 ようやく本題に入ると、それほどに詩なんてスカンタコ!と思っている私にとってさえも、本書は面白すぎるほど面白かった。ダンナが以前から著者の短歌本を愛好していて、短歌に疎い私でもエッセイならワカルかなぁ、と手にとってみたのが本書である。
 著者は本書の中で、離婚の結果お子さんに会えなくなってしまったことを嘆いておられる。裁判所から月に一度会う権利を認められたにもかかわらず、超法規的理由で会うことが出来ないのである。
 そこいらの入り組んだ事情は本文を読んでいただくとして、再び自分語りに戻るのだが、私自身著者の元配偶者と似たような行動をかつてしたことがある。私は親に二度と逢わぬ覚悟で家出したのだ。
 著者のケースとは違って親子間のことであるし、出て行く理由は手紙にしたためて置いて来たし、ものすげ〜不愉快なことが書いてあるけど父親からの手紙も来れば読んでいる。だから状況的には元・奥さんに同情しそうなものなのだが、著者の方にどっぷり感情移入してしまった。
 カップル間のことは他人にはわからないもの…安易に同情・共感すべからずと自らに課している私でさえ、著者の切々と胸を打つ言葉の前にはそのポリシーを曲げざるを得なかったのである。それはそれはあいまいさを排した、理性的で、心揺さぶらずにはおかないエッセイだった。
 第三者でしかない私が、なぜ会わせてあげないのだろう、と憤りに悶えてしまうほどなのだった。
 確かに本書では、しつこいまでに離婚で傷ついた心理描写が続く。けれど、吐露される心情は正直なゆえに、まっすぐなゆえに、本当のことであるがゆえにストレートに響く。とてつもなく苦しい状況で、苦痛を押し隠して楽しげなことを書いても、どこか上滑りすると思うのだ。だが本書は苦しみから逃避せず、凝視して描ききっている。貴重な魂の記録であると思う。
 むらやまじゅんとのすれ違うようで微妙に息の合った対談、そして河井克夫による後書き漫画までもが非常に面白かった。

5月30日

『椎名誠』
 文藝春秋
「波切り草」★★★★
 主人公の勇は、海辺の町に暮らす少年。父を亡くし母と兄二人姉一人、弟一人が勇の家族だ。
 勇の成長物語。大家族や豊かな自然の描写はどこか懐かしい一昔前を思わせ、郷愁感じさせる。
 うまいのが母の弟である「ツグモ叔父」の存在。近しい血族で、子供達に慈愛を持って様々なことを教えてくれる大人の存在は貴重だ。子供からは慕われる割に、周囲の大人からはろくでもない人間と見なされていたりするのだが。最近の核家族社会では、ツグモ叔父のような人はめっきり少なくなって寂しいことである。
 この叔父が半分漁師のようなことをしていたこともあり、勇は自然の恩恵と結びついた暮らしに憧れていく。必ずしも現実は勇の理想通りにはいかず、彼は寮生活を送ることになるのだが、その間、勇のふるさとは大きく変わろうとしていた。大事なものが変わり失われていくのを悲しむ勇。親しい人との別れも経験した。
 しかし、失われるだけではない。変化の中にあって自分もまた変わり、そして新たなるかけがえのない存在に出会う、それが人生なのだ。ラスト勇の一言が、清冽な印象を残し快かった。

『畠中恵』
 新潮社
「うそうそ」★★★
 病弱若だんなが旅に出た?!しゃばけ・シリーズ第五弾は、若だんながなんと箱根へ湯治の旅へ。兄と兄やたちがお供するはずが、佐助と仁吉が消えてしまい!?
 今回はファンタジック・サスペンスというか、ハラハラさせる趣向の長編である。ハラハラとは言っても、基本的に物語の底を流れるのは優しさなので、読後感は良い。
 鳴家も大活躍な上、可愛い新妖怪も登場するのだからファンは見逃せない。
 ほのぼのテイストを残しながらも、兄やたちの手に汗にぎるヴァイオレンス・アクションもありのサービスたっぷりな作品であった。
 前作はややマンネリかと思われたが、新キャラとの関わりで新たな地平が拓けてきそう。

5月29日

『島田荘司』
 講談社
「帝都衛星軌道」★★★
 風変わりな誘拐を描く表題作前後編と「ジャングルの虫たち」の三編を収録するミステリー作品集。
 これは社会派プチ・トンデモサスペンスというのか、純愛小説というのか、ネタバレそうで多くは語れないが、とにかく壮絶な奇想が結集した書物であるのは間違いない。
 あの誘拐事件がこんな結末を迎えるなんて。そして前後編の間に挿入されたあの中編にも、意味のないわけがなかった。あれとこれがああつながるとは?!驚きに打たれる。そう、全てはタイトルに堂々と示されていたのだ!
 著者のファンならば既読のはずの「××事件」を彷彿とさせる事件がフィクションとして解決されたり、吉敷シリーズを思わせる真面目な刑事たちの苦悩と、男の理解を越えた存在としての女性など、いかにも“島荘らしい”展開で楽しめる。
 ミステリー的にトリックがどうのというより、大胆な展開と感情の表出で読ませる物語だ。

5月24日

『あさのあつこ』
 光文社
「弥勒の月」★★★
 商人の妻が謎の死を遂げた。同心・信次郎と岡っ引きの伊佐治は事件にきな臭いものを感じるが…時代ミステリー。
 なにこれ、めちゃめちゃおもろ!とページを繰る手が止まらなかったのだけれど、読み終えてみればなんとも苦くて渋いお味。安易な救いなんて嘘っぽいから、このくらい重い方がリアルなんだろうか。 途切れた物語の、描かれぬその先をこそ、私は知りたかったと思う。ただただ切ない。
 真相がどうと言うより、遠野屋対信次郎の切れ者同士のやり取りや、信次郎と伊佐治の漫才のような掛け合いに魅了された。続編があるならば、是非また読んでみたい。

新)『飛鳥井千砂』
 集英社
「はるがいったら」★★★
 頑張り屋の姉と、真面目だがのんびりした弟は、老犬ハルを介護する。
 すばる新人賞受賞作。たいへん読みやすく、脇役に至るまでキャラが立っていて楽しい。特徴的な文体というわけではないが、デビュー作ですべらかに読める文章だというのは強みだろう。
 対照的な姉弟のパートが交互に進行してゆくのだが、最初は二人に好感を持って読んでいたのに、読み進めるに従って姉をどんどん嫌いになってしまって困った。だって…瀬尾まいこや島本理生などこのごろの女性作家小説が多く取り上げて来た、あのテーマがまた出てくるのだ。本作のヒロインもまた不×しているのだ。もう、そんな恋には飽き飽き。価値観が違いすぎてどうにもついていけない。
 訳知り顔の彼女が自分の無知に気付くまでの小説と言えなくもないが、かやの外な弟も哀れなら、ゴタゴタの間放っておかれたハルも可哀想だ。
 最初期待したよりは、ありふれた着地におちてしまったのが残念だった。
p.s.犬好きとしては、手にとらずにいられなかった本。ただ不満なのは、表紙カバー画の犬。私、ラブラドール・レトリバーかと思ったら、ハルは「柴犬に似た日本犬の雑種」だそうな。カバーに描かれた犬は、耳のよれ具合や萎えた足元など確かに老犬らしくはあるが、日本犬系雑種には見えないと思うのだ。細かいことだが、少々気になった。

『岸田るり子』
 東京創元社
「出口のない部屋」★★★
 ある作家のもとを訪ねる女性編集者。彼女が作家から受け取った原稿には、奇怪な密室が描かれていた…。ミステリ・フロンティアの一冊。
 私は著者のデビュー作「密室の鎮魂歌」を読んで、やや登場人物の言動に納得出来ない点があったのだけれど、真相の与える衝撃、壮絶さには心動かされるところがあったので、本書を手にとった。
 本作は、トリックの実行にやや粗さも目立つが(たとえば、×××リはどこから入手出来たというのだろうか?)第一作よりは心理面での矛盾もなく、また妖しい作中作の世界が現実と混じり合い、混迷を深める様子がゾクゾクとして楽しかった。真相はそういうことなんだろうな、とは予想がつくが、真犯人の凄絶な心中には予測していても驚かされるものがある。
 グロテスクだたりキッチュだったり、感情的な盛り上がりを見せる展開は巧いものの、ひとつ難があるとすれば、斬新さは感じないところだろうか。どこかレトロなというか、古びた印象が漂う世界なのだ。好みによっては全く疵にはならない点であるが、私はそこがやや気になった。

5月23日


『東雅夫・編』
 日本出版社
「猫路地」★★★
 猫にまつわる架空の熟語をタイトルに、そうそうたるメンバーが集う書き下ろしアンソロジー。
 加門七海「猫火花」★★★★
 急に元気を無くした飼い猫の病とは。
 猫好きならではのファンタジックな味わいが好ましい作品。ラストまでも可愛い。
 長島槇子「猫ノ湯」★★
 行方不明の猫を探す女だが、いつしか…。
 擬音が目立ち装飾の多い文章に好みが分かれそうだが、悪夢のようなゆらゆらした世界は異彩を放っていた。
 谷山浩子「猫眼鏡」★★★★
 急にスキマが気になるようになった私。
 夢とも現ともつかぬ世界がテンポ良く語られていて快い。アバウトでいつも自然体な猫と、あくせく無理する人間との対比も。
 秋里光彦「猫書店」★★★★
 行き着けの書店の、風変わりな来歴とは。
 ロマンはありがちかなぁとも思うがそれだけで終わらないところが心憎いほどツボにはまる。しかし、毎度新刊書店で少しでもキズやヨレの少ない状態の良い本を探し回っている身には、この書店うらやましすぎる。ラスト一言にまこと同感。
 寮美千子「花喰い猫」★★
 届き続ける、差出人の名の無い手紙の謎とは。
 芳香においたつような、視覚嗅覚にうったえかける作品。私には美しすぎてピンと来ず。
 倉阪鬼一郎「猫坂」★★
 ペット可物件を探す。
 So what?と思ってしまう淡い色合い。しかしオトナが猫を「ねこさん」と呼ぶのは相当な愛着のある証なのだろうな。
 佐藤弓生「猫寺物語」★★★★
 澁澤龍彦の法要に向かった先で信じられぬことが…。
 猫好きならば誰もが一度は夢見たシチュエーションであり、楽しく面白い。ヒロインの真っ当にしてどこかとぼけた反応がナイスだ。たいへん可愛らしい。
 片桐京介「妙猫」★★
 
亡き猫を猫寺で偲ぶ。
 みみの条件はやたら難題だと思うのだが、どうか。本人もそれがわかっているから、あの処遇なのかも。
 井辻朱美「魔女猫」★★★★
 漆黒の使い魔は、魔女のため人間界へ。
 幼き日に親しんだ童話のような、レトロで懐かしい世界を楽しんだ。
 菊地秀行「猫のサーカス」★★
 猫を虐待するサーカス長は、激しく猫を愛しているのだというが…。
 なんともシュールな味わい。
 片岡まみこ「失猫症候群」★★★★
 死んでしまった猫を思いつつ過ぎ行く日常。
 幻想小説の多い本書の中では珍しく、リアルな日記調の作品。猫の版画がたいへん愛らしい。
 霜島ケイ「猫波」★★★
 三六五日より、一年は一日だけ多いのだという。
 寂しげではあるが、ほんのり心あたたまる作品。
 吉田知子「猫闇」★★
 
猫的女性との共同生活の行く末は。
 私には意味不明なところもあったけれど、うらさびしく物悲しい作品。
 天沼春樹「猫女房」★★★
 
民俗研究家の語る恐るべき話とは。
 昔話によくある題材を、不安あおるタッチで描き味わい深い。
 化野燐「猫魂」★★★
 生きにくさを覚える青年の、秘められた過去とは。
 描かれなかったその後こそが気になる。
 梶尾真治「猫視」★★突如怒り出した飼い猫の見つめるものは。
 怪談ではありがちな内容だが、ユーモアをひとはけ利かせているところがこの著者らしい。
 森真沙子「四方猫」★★貧しい一家に拾われた子猫は…。
 可愛いだけではない猫のダークサイドにふれる作品。苦い味わいだ。
 別役実「とりかわりねこ」★★★
 孤独な男と猫。
 猫の妖しさと、それにもかかわらず猫に魅了されてしまう人間。
 皆川博子「蜜猫」★★
 狂える父と暮らす娘だが。
 これは私には難解だった。妖しく美しいイメージを味わえばよいのかも。
 花輪莞爾「猫鏡」★★★
 家禽になっても失われぬ猫の中の自然を説くエッセイ。
 創作小説を期待していたので最初こそはなぁんだと思ったが、読んでみればなるほど納得のいくことが多く楽しかった。
 東雅夫「猫たちは、招くよ」
 萩原朔太郎「猫町」を引用しながら猫文学の世界を格調高く解説。
 作中世界の現実であれ、主人公の脳内に招き寄せられたものであれ、可愛い/怖いの共存が普遍的なテーマとなっているのは不思議だ。

5月22日


『筒井康隆』
 文藝春秋
「壊れかた指南」★★★
 2000年〜2006年に発表された30編の短編を収録する、摩訶不思議小説集。
 著者を想わせる男性が主人公のことが多く、現実世界にはありえない突拍子もない展開の話ばかり。まさに夜見る夢の内容のように…。その中から私が読んで面白かった、気に入ったという作品のみ下記に記しておく。 「御厨木工作業所」「建設工法展示館」のように、日常に似てはいるけれど異質な世界が好きだ。
 「優待券をもった少年」あくまで優雅な少年が、最後に言い放つ台詞が鮮烈。
 「犬の沈黙」これまたスーパーナチュラルな話だけれど、成り行きに不思議と納得してしまう。
 「便意を催す顔」便秘に苦しんでいた男が発見した奇怪な事実とは。可笑しくて、ホントにありそうなところがほんのりコワイ。
 「耽読者の家」読書家にとって夢のような家とは。本好きならばうんうんとうなずいてしまうような世界。静かで素敵な時間が流れていく。私は不勉強で、ここに出てくる作品の3分の1も読んだことがないのだけれど、クラッシック・エンターテインメントのブックガイドにもなりお役立ちで、気分爽快な作品だ。

『クリフ・マクニッシュ Cliff McNish』
 理論社
「シルバーチャイルド1 ミロと6人の守り手/THE SILVER CHILD」★★★
 ストリートチルドレンがたむろするコールドハーバー。そこには、奇怪な姿や不思議な力を持った少年少女達が集まりつつあった…。
 レイチェル・シリーズは未読なのだが、この著者の手がける新シリーズを読んでみようと思ったのは、カバー画がなんとも衝撃的だったから。表紙画のモチーフに関してはややネタバレと言えなくもないけれど、書店で見た時のインパクトは絶大なものがあると思う。
 他人に癒やしを与えることの出来る少年・トマスを中心に不思議な仲間達が集って行くのだが、それが何とも奇々怪々というか、決して親しみやすい外見ではない。それゆえに、内面の力以外は普通の少年であるトマスの不安や恐怖はいかばかりであろうか。それを思うと、彼がショッキングな行動に出てしまったのもわからないではない。
 まだ一巻なので物語はほんのさわり、顔見せの感があるが、子供達の敵・ロアとは何者なのかを始めとして多くの謎があるので続刊も読んでみたい。

5月21日


『松岡圭祐』
 小学館
「千里眼背徳のシンデレラ」★★★★★★★
 千里眼の女・岬美由紀シリーズ今回は、友里佐知子の遺志を継いだ鬼邑阿諛子が美由紀の前に立ちはだかる。
 ツカミから日本沈没!? 大胆な設定で度肝をぬいてくれる。それがどういう意味を持つのかは想像ついたけれど、ただのウンチクに見えた描写がのちのち効いてくるとは思えなかった。伏線がきれいに回収される様は見事と言っていい。
 現在進行する陰謀と併走して、友里の秘められた過去が明かされるなど見所盛りだくさんだ。
 エンタメとしては非常に面白いのだが気になる点も。創作が現実をなぞる必要は必ずしもないと思うが、医学的手技がそんなに急速に習得出来るものか、とか(人体って個体差大きいから戸惑うと思うのよね)、ぽつぽつアレ?と思うこともないではない、しかしこのダイナミックな展開の前には、そうした重箱のすみつつきは野暮であろう。
 読んでいくにつれ、悪の化身であったはずの鬼邑阿諛子がだんだん可哀想になってくる。誰か彼女を救ってやってくれ、という気持ちにさせられていく。そこは著者の、情を揺さぶる描写の巧さだと思う。そして、ラスト…日本的文化ではあの幕引きこそが美しいのかもしれないが、私には残念だった。彼女には、汚泥の中を這いずってでも償っていただきたかった。美由紀もそれを望んでいたのであろうし。 
p.s.しかし鬼邑阿諛子って、人からひかれるほど奇抜な名前とは、思わないんだけどな?アユコって響き、可愛いし。そこは納得いきませんな。

5月17日

『J.K. ローリング』
 静山社
「ハリー・ポッターと謎のプリンス/
 Harry Potter and the Half-Blood Prince
訳・松岡佑子★★★★★★★
 六年生となったハリー達だが、ロンとハーマイオニーはギクシャクするし、ダンブルドアはもったいぶっているし、スネイプは相変わらず意地悪だし…おまけにマルフォイが、何かをたくらんでいて? 「あの人」ことヴォルデモートの秘められた過去に近付くハリーだが。
 「あの人」との関係が緊迫しているのに、惚れたのはれたの雑事に追われるホグワーツの学生達にちょっぴりイライラもさせられたが、お年頃だし仕方ないのかな。青春まっただなかだし。
 本作で楽しかったのは、魔法学校の雰囲気。前作から久々に読むと、読者の私も叔父一家でふさいで過ごした後学校に戻ったハリーのように、ああ戻って来た…と気持ちが高揚するのである。
 だが次回に最終巻を控えて、今回事態が大きく進行する。そこには喜びもあり、また悲劇もあった。
 そしてさほど重要とも思われなかったことこそが、ヴォルデモートとの戦いに効いてくることがわかる。あの色恋ざたは、その伏線であったのか。決着を心待ちにしたい。

5月16日


『北森鴻』
 光文社
「ぶぶ漬け伝説の謎裏京都ミステリー」★★★
 裏の顔を持つ寺男・次郎と新聞記者の折原けい、スチャラカ作家のムンちゃんが織りなす京都ほのぼのミステリー連作集。
 「支那そば館の謎」に続くシリーズ第2弾。「狐狸夢」「ぶぶ漬け伝説の謎」「悪縁断ち」「冬の刺客」「興ざめた馬を見よ」「白味噌伝説の謎」を収録。
 なんとも楽しいユーモアミステリーだ。ダメ男のムンちゃんを始め、ドタバタと動き回るキャラが愉快。アホっぽさで笑わせつつも、京都という土地ならではの味つけがなされているのが見所だ。また、グルメ描写も相変わらずの冴えで実に旨そう。思わずよだれが出てしまう、トホホで楽しいミステリーだ。続編も楽しみ!

『馳星周』
 双葉社
「トーキョー・バビロン」★★
 警察と極道の双方と癒着してのさばる悪徳金融業者・ハピネス。そこから金をむしり取ろうと暗躍する男女の騙し合いとは。
 出て来る人物みながこれでもかと自己中で、読み始めはなかなか入り込めなかったのだが、互いに出し抜きあう詐欺ゲームが加熱してからはぐいぐい読めた。誰もが打算と自己保身に凝り固まって醜いが、それでも或るカップルに肩入れしてしまうのは、彼らが比較的弱者であるのと、そこにはかすかではあるが、欲にまみれた人間関係の中でお互いを思い合う情が感じられてホッとするせいかもしれない。

5月15日

『加藤実秋』
 東京創元社
「インディゴの夜 チョコレートビースト」★★★
 夜の街の事件なら<club indigo>が解決!ホストクラブ探偵シリーズ第二弾。
 「返報者」人気ナンバーワンホストが次々顔を焼かれた!天然ホスト・樹と犯人を探る晶だが。
 いやぁ、この真相、かなりホラーではないのかな。ぞっとしそうなところを、ホスト達の明るいキャラクターが救っている。
 「マイノリティ/マジョリティ」消えた元同僚を探せ!
 ホストからやや離れて、晶達オーナーの表稼業である出版業界が舞台に。そんなトントン拍子にいくものかなあとは思うが、爽やかな後味が気持ちよい。
 「チョコレートビースト」晶、ドジを踏む?強盗団を探す面々だが。
 前作の登場人物がわいわい出て来て読者としては同窓会のような懐かしい気分になった。前作同様、今時の若者の流行・習俗ガイドのにもなっている。さてアレックスはどうなってしまうのだろうか?続編を待ちたい。
 「真夜中のダーリン」新入り人気ホストが倒れた!駆けつける晶だが。
 わけありホストとオーナーとの信頼関係にほろり。ラストしめにふさわしい読み味の作品だ。
 前作のキャラを生かしつつ、ワン・パターンにならぬよう題材を工夫していて期待以上に楽しめた。シリーズ続刊を心待ちにしたい。
p.s.こんなによりどりみどりのイイ男達がいて、ひいきもなければビクともなびかない晶が、私にとっては憂夜の過去よりも謎だ。

5月10日


『石田衣良』
 日本経済新聞社
「空は、今日も、青いか?」★★★
 作家・石田衣良初のエッセイ集。
 初、というのが意外であった。氏のエッセイをけっこう読んでいるような気がしたのだ。よく考えてみたら、著書におけるあとがきや自作解説が多いので、私が勘違いしていただけだった。
 装丁に使われた青空のように、爽やかで前向きなエッセイがたくさん詰まっている。それは空疎なうわべだけ調子を合わせたのではなくて、この世界の醜さや絶望も知っているけれど、敢えてそれでもポジティブでいようじゃない、という明るさだから強いし説得力がある。
 色々な掲載媒体からの収録ゆえ、働く男女に向けたものあり、自分磨きと恋の探索に忙しいお嬢さん向けあり、小さな子を持つパパママ向けありなのだが、どれにも共通しているのは人生を豊かに楽しもうというメッセージだ。最近いいことが無くて…って人が読んだら気分が明るくなるかも。
 やるなと思ったのは、日常描写をしつつ自作小説の宣伝もちゃっかりしっかりしているところ。ファンは読み返したくなるだろうし、未読の人は手を伸ばしたくなるだろう。かく言う私も、以前読んだら合わなかったIWGPシリーズに再挑戦したくなってきたほど。巧い。
 章ごとに美しい空の写真があり癒し系の一冊。

『町田康』
 角川春樹事務所
「正直じゃいけん」★★★★
 著者のリズム感あふれる文体が存分に味わえるエッセイ集。
 著者によるあとがきでわかったのだが、じゃいけんとはジャンケンの意であるらしい。正直ではいけない、だと思いこんでいた。ダブルミーニングのタイトルでいくらでも深読み可能にするところが心憎いセンスである。
 中身のエッセイの方も、リズム快い町田節であることないこと、冷淡でままならない世間にナイーヴにして偉大なる精神がどれほど傷つけられるかをつまびらかにしてくれちゃっているのだからたまらない。
 あるネタには共感し、とあるネタには爆笑させていただき、またあるネタにはそいつはちょっとやりすぎじゃねーの、とひき。百面相をしながら一気に読み終えた。
 一応エッセイというジャンル扱いにはなっているが、本書に出て来る時にはホラー時にはSFの物語真っ青なまでの妄想…否、想像力ときたらどうだろうか。圧倒された。

5月9日

『伊坂幸太郎』
 祥伝社
「陽気なギャングが地球を回す」★★★★
 人間嘘発見器の成瀬、嘘付きで饒舌な響野、動物好きで掏りの達人・久遠と精密な体内時計を持つ雪子の四人は、誰も傷つけずに鮮やかに金を奪う銀行強盗チームだった。ところが、この頃雪子の様子がおかしくて?ユーモア・サスペンス。
 (借り過ぎゆえ自業自得なのだが)図書館本に追われるせいか長らく積ん読していた本書、第二弾「陽気なギャングの日常と襲撃」が出たのを機にようやく読むことが出来た。
 いやあ、面白い!4人が4人、全員個性的かつ魅力的だし、ユーモラスながらセンスあふれる彼らの会話も実に楽しい。
 欠点があるとすれば、一応語られてはいるが、彼らがそれほど積極的に銀行強盗にこだわる理由が腑に落ちない、それくらいだろう。
 主役4人だけでなく、祥子や慎一も素敵だ。
 本書を一気に読み終えて満足し、その興奮さめやらぬうちに続編を読もうとしている。それは読書の楽しみ、贅沢な味わい方だろう。
 この著者の作品は、長短編を問わず或る仕掛けがなされている。それは、読めば読むほど世界がつながり広がる楽しみだ。ファンにはうれしいが、私のような記憶力の怪しい読者はその悦びを味わいそこねがちなことだけが、ちょっぴり悔しいのだった。

「陽気なギャングの日常と襲撃」★★★
 あの4人が帰って来た!そう、ロマンはここにある。
 前半は日常の謎系ミステリーだが、後半への伏線をたっぷり含んでいる。
 チームワークの魅力は前作の方が大きかったように感じるが、キャラクター同士の会話、掛け合いの楽しさは、やはり格別。小気味よい展開を味わえるのがうれしい。
 今回も、前作同様に広辞苑のパロディ(?)が豊富に入っており、愉快な文例など見逃せない。三年ぶりにシリーズ新刊が出た直後にこんなことを言うのは気が早いかもしれないが、彼らの新たなる活躍を心待ちにしたい。

5月8日


『浅暮三文』
 角川春樹事務所
「錆びたブルー」★★
 車上ホームレスだった男は女に拾われる。交錯する記憶、炸裂する超色覚。輝くピンクは幸福の色、そして錆びたブルーは…。
 ネタバレを避けるためあまり詳しくは言えないのだが、読み始めいつものこの著者らしい超感覚モノ・視覚編かな(例えば、超触覚を扱った作品「針」などがある)と思い込んだら、あなたは既に騙されている。
 サプライズを大事にするためにも、巻末の参考文献は先に見ないことをオススメする。
 自他の境界がゆらめくサスペンスミステリーで、それこそが持ち味であるのだろうが、癖とでもいうのか、多少のわかりにくさがありややストレスを覚えた。

『小川洋子』
 集英社
「犬のしっぽを撫でながら」★★★
 小説が生まれる周辺を語ったり、アンネ・フランクゆかりの地を訪ねたりのエッセイ。
 著者の代表作と言うとベストセラーになり映画化もされた「博士の愛した数式」だろう。実は私、いい話だとは思うのだけどあの作品はさほど…で泣いたり感動したりというのは無かったのだ。
 だから、本書もふうんという感じで淡々と読んだのだが、「博士〜」ファンならば、また違った感慨があるのではないかと思う。
 数学関連の話よりも、私にはアンネへの想いや家族の思い出話が興味深かった。小説家らしい大胆な想像力と発想の飛躍を楽しめるエッセイだった。

『道尾秀介』
 幻冬舎
「骸の爪」★★
 小説家の道尾は、手違いでホテルの予約が取れなかったことから瑞祥房なる仏所に泊まる羽目になる。そこには呪われた仏像があった…「背の眼」に続くシリーズ第二弾。
 オカルト風味は、超常現象全開だった前作よりも薄め。その分、かっちりとした印象になっている。
 (展開の都合上仕方なくはあるが)語り手が好意で泊めてもらっておきながら、図々しくも相手の事情を興味本位で探りまくるところには苦笑を禁じ得ない。ここは読み手の好みにもよるだろうが、善人ゆえの鈍感さにしては行き過ぎじゃないかと私なんかは思う。探偵役の真備は相変わらずの切れ者ぶり。
 途中までの謎の盛り上げ方にはたいへん好感が持てるのだが、謎解きのくだりになると、(私個人の感想として、だが)急についていけなくなるのは何故なんだろうか。「背の眼」でもそうだったのだが、犯人の動機に腑に落ちない思いがする…。ホラーよりだった前作よりも現実よりでミステリーとしては引き締まったつくりであるが、「背の眼」や「向日葵の咲かない夏」のように、破綻がありながらも疾走する展開やサプライズを好んだ向きには物足りないかもしれない。

5月3日


『ダン・ブラウン』
 角川書店
「パズル・パレス/DIGITAL FORTRESS 訳・越前敏弥ほか★★★★★★
 アメリカ国家安全保障局の才色兼備暗号解読官スーザンは、スーパーコンピュータの不調ゆえ休暇中に呼び出される。それが頭脳戦の始まりだった。
 ダン・ブラウンのデビュー作とのこと、単発物ではあるが、スピーディーな展開とヒキの強い場面転換はのちのラングドン・シリーズを感じさせる。
 ただ良くも悪くもハリウッド映画的というか、ヒロインであるスーザンも、彼女の恋人ベッカーも個性が薄い。頭が良くて正義感にあふれた善人という以上の特徴を彼らから見いだそうとするのは難しい。
 国の安全と個人の幸福は両立するのか…等、テーマは深いところもあるが、あくまでその切り口はエンタメに徹しているし、後半展開に意外性を持たせるために加味されたある要素が、難しいテーマをマスキングしてぼかしてしまう。エンタメとしてはこれで充分だが、テーマをもっと掘り下げてほしかったようにも思う。
 真相にはやや拍子抜けしたが、ヒロインと彼氏がそれぞれ同時にピンチに陥ったり、ヒロインの恋愛要素が絡んで来たりで飽きさせず、私にとっては筋立ての似た同著者の「デセプション・ポイント」よりは楽しめた。
p.s.日本人でタンカドって名字、ありえない感じなのだが…珍姓奇名?

5月2日

『太田忠司』
 光文社
「レストア オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿」★★★
 心の病に苦しむ修復師・雪永のもとに持ち込まれるオルゴールは、わけありのもので…オルゴールを通して人の心を癒やす連作集。
 雪永の飼う犬ステラが可愛い。最初は依頼人が強引だし感情的だしで、自分なんかと卑下している主人公・雪永の方がずっとまっとうに感じられた。人が良く責任感の強い雪永が、自己主張激しく悪意こそないがかなり図々しい女性たちの依頼に振り回される展開で前半はイライラしてしまった。
 しかし、中盤から“ちょっとほろりのいい話”になり、感動的なラストにつながっていく。
 私はかたくなに心を閉じた状態の主人公には感情移入したものの、ヒロイン睦月には共感出来なかった。彼女の行動も乱暴というか、拙速に感じられてしまう。だが、停滞した状況を打破するには彼女のごときハガネの意志力と行動力が必要なのかもしれない。
 物語は終わらない。雪永自身の物語はここから始まったばかりなのだろう。
p.s.周囲のエゴイスティックな人間に煩わされる雪永のストレスを追体験して辛い中(かまってもらえるうちが花か)、格好いい上にわきまえた望月の存在には大いに救われた。脇役で終わるにはもったいないキャラだと思う。

5月1日


『柳広司』
 角川書店
「トーキョー・プリズン」★★
 私立探偵のフェアフィールドは、とある人物の消息を知るために戦後間もないスガモプリズンを訪れる。そこで出会った戦犯キジマは、優れた頭脳を持つ男で…。舞台がかぶるせいか、「戦場のメリークリスマス」を想起させるムードであった。
 この物語の魅力は鬼才・キジマに尽きる。
 後半、同著者のミステリー「新世界」「吾輩はシャーロック・ホームズである」にも見られた付いていき難い幻想シーンが本作にも延々展開し、またか!と思ったのだが、今回のオチの付き方であればこのシーンの必要性にも納得がいくというもの。
 不満がないではない。推理モノの宿命ではあるのだが、前半の魅力的な謎に対して解明…もしくは探偵によって最もありうべき真相として提示されたことが見劣りして感じられてしまう。それはあまりに出来過ぎているように思えるせいもあるし、本作の丁寧に張り巡らされた伏線を追えば、展開を予想することは難しくない。だがそれでも、シンプルな筋立てに戦争がもたらした悲しみをにじませることで、本書は読後の余韻を深めている。人間の愚かさを描いた意欲作であり、読者の心に苦いせつなさと、戦争への嫌悪感を遺す作品と言えよう。