日本と米国のシステムの比較から問題点を探る

 
(注)個人的な体験や寄せられたメールをもとに作成しました。しかしながらこのHPはなるべく多くの方に客観的な正しい現実を知ってもらうのが目的ですので、もしここは違うのではないか、私はそうは思わないなど意見がありましたらぜひお知らせ下さい。随時改訂していくつもりです。また、ここで述べていることは一般論であって、あてはまらない事例もあることではないことをご承知ください。

日本ならびに米国での研究者のポジションを比較してみました。もちろん米国でのシステムが完璧とはいえませんが、少なくとも科学の世界で圧倒的に世界をリードしていることは事実であり、学ぶべき点も多いと思います。日本では多くの点で欧米とくに米国の影響を受けて制度も変えられるためこの日本のポスドク一万人計画にしてもこの米国を意識していることは確かです。

(日本)原則として理系学部は講座制(教授1、助教授1、講師1ー2、助手1ー5)で教授以外は独立できない。

教授会で承認の形をとっていても、実質上は教授が担当講座の助教授以下すべての人事権をもつ。

大学院生⇒助手⇒講師⇒助教授⇒教授  

ポスドク(任期付き) 

(米国)10人前後のラボ単位 (ラボのボスすなわちPrincipal Investigator: PIはassistant professor以上ならなれる)             

大学院生⇒ポスドク(3年程度の任期付き)⇒assistant professor助教授(3-5年の任期付き)⇒

associate professor準教授(厳しい審査にパスするとようやくテニュア)⇒professor教授

*この他にresearch assistant professorというボス付きの研究だけ行うfuculty positionもありますが、独立でないため、ボスがいなくなれば辞めないといけません。(このpositionは日本の助手から助教授のおかれた立場と似ています。)

                                   

太字は独立して研究できるポジションを指す。すなわちアメリカでは日本の助手の半ばぐらいの時期(30代)で独立して自分のラボを持ち、グラントをとり、ポスドク、大学院生を指導する立場になるのに対して、日本では教授の下で研究するため、いつまでたっても独立できないわけです。米国ではassistant professorでラボをもたせていわゆる経営能力(グラントがとれるか、人を集められるかすなわち研究業績)も含めて5年後に複数からなる委員会で判定され、それにパスするとtenureとしてその大学のpermanent positionがもらえます。したがって能力さえあれば早くから独立してラボをもて、好きなテーマでポスドクを雇って実験できます。日本では講座制で人事権は教授一人に集中しているので研究業績や経営能力がなくとも、教授がOKすれば講師、助教授と昇進できますが、逆に教授とうまくいかないと助手のままで研究もできないようにいじめを受けることもあるようです。

ポジションを探す際の問題点

日本では従来ポスドクに相当するポジションはほとんどありませんでした。ところが最近医学・生命科学の研究の分野でアメリカに追いつこうということで大学院生の数を増やし、その結果彼らが卒業した後の受け皿としてポスドクの枠が大幅に増えました。アメリカではポスドクはきちんとしたポジションであり、学位取得後数年ポスドクをするのが一般的ですが、ポスドクの後のシステムが完全に日米で異なることが重要な意味をもってきます。日本では移動が少なく終身雇用制が基本なため、いったん助手になると原則としてて身分の点では安泰です。それに対してポスドクは2ー3年の期限付きで採用されますので、その後どうするかということが当事者にとっては大切な問題なわけです。米国(ドイツなどでも)ではScienceという雑誌の広告のページにあるように非常に多くの公募(日本のようなニセ公募でない平等なもの)が毎週でており、自分のスキルを売り込めばポスドクとしてならばまずたいていはどこかにその後移ることが可能です。それに対して日本の場合はどうでしょうか?

1. 公募が極端に少ない。:せいぜい実験医学や細胞工学などの雑誌に一ヶ月に数件の募集が載る程度です(しかも載ってるのは1年更新、3年以内、年齢制限付きのポスドクばかり。)。それ以外の枠はどうなっているのでしょうか。たいていはボスの知り合いの人にいい人いませんかと尋ねて決まることが多いようです。

⇒情報機関の発達してない大昔ならともかく、インターネットの普及した現代で相変わらずの昔ながらの慣習が機能しているのが日本の特徴のようですね。

2. ポスドクのポジションのみが任期付き。:助手以上のポストがすべて原則として(教授以外は教授が人事権をもつので教授次第の面はあるが)終身雇用であり、その部分は旧式のシステムのままです。大学教員定年制が導入されましたが、この適応を受けるのはごくわずかでしかも決めるのは教授会なので自分たちには適応されないようになっていて形骸化しています。また、各省庁の関連研究所(国研)でも新規採用者の任期制を決めたところもあるようですが、数年前に新規採用した研究員は終身雇用です。したがって現在30歳前後の助手や国研の研究員が定年まで辞めないと30年以上にわたってポジションはふさがったままです。不況下の日本ではさらに助手や国研の研究員のポストは減ることが予想され、したがって上の図のようにいったんポスドクやら流動研究員という非常勤のポジションを選択すると助手やら常勤(終身雇用)の研究員に”復帰”するのが極端に困難です・

3. 年令制限がある。:最近は男女雇用機会均等法が施行され、性差別をなくそうとする方向に向かっていることは大変よいことです。しかし、もう一つ異なる点は日本の募集広告にはよく33歳未満に限るなどの年令制限がみうけられます。米国では性差別、年齢差別、人種差別などは違法であり面接で年令を尋ねるのは明らかに法律違反です。普段の生活の場でも人に年令はあまり尋ねないし、公募の広告にも年令制限はありません(ただNIH training grantではPh.D.取得後の年数制限はあり)。年令はその人の価値に関係ないと考えられています。若くても能力があれば上のポジションにつけるし、逆に大器晩成型でもゆっくりと昇進できる可能性もあります。日本では年齢制限は合法であり、ポスドクの途中でその年令に達すればアウトです。

⇒それにしてもどこから33歳という半端な年令がでたのでしょうか?でもなぜかこの中途半端な年令を書いている広告をよくみかけます。

4. 平等でない。

ニセ公募という言葉があるように、本当は候補者は内輪で決めておいた後で”平等にやってますよ”ということをアピールするために公募を一応しておくというパターンが多いと聞きます。これは何も若手の募集だけに限らず教授選でもみうけられるようですが(ある大学のそこの大学の出身の学長が医学部の教授は全員母校出身にしましょうと言ってその後の教授選はすべて母校出身者で固められたという話を聞きました。一応公募の形はとっていてもこれでは一生懸命抱負やら考えて書類を準備して応募した人はまったくの徒労でしかないといえます。)グラントの配分にしても人選にしても日本ではコネがものをいう古くからの慣習で、学閥や系列の弟子にお金やポジションを与えることがいまだにあたりまえのようです。それに対して米国はご存知のように競争社会ですから、実力を評価するreview制度が発達していて第3者がグラント申請書類を評価することは有名ですし(NIH study sectionなど)、ハーバード大出身で母校の教授になるのは困難といわれるほど実力、競争主義が徹底して、学閥に関係なく広く全世界から有能な人材を得ようという努力がなされています。

5. 出身大学や研究室を離れることが不利に働く

上述したように、欧米の公募と異なって日本ではコネによる閉鎖型の社会を反映して知り合いから空きポジションを埋めることが大半です。ポスドクに限って公募される傾向がでたことが裏目にでて、出身大学や研究室を離れてポスドクを別の大学の研究室で行うことが多いため、ポスドクの任期後に助手や助教授の口を探す際、排他的な日本社会では締め出しをくらってしまい、ポスドク以外の公募は稀でありポジションがない。しかもポスドクを続けようと思っても年令制限があるので欧米のようにポスドクで一生終えるわけにもいきません。

6. 絶対的なfucutly positionの不足

日本の大学では一つの講座で教授は一人、助教授も一人というように一律に定員が決められほとんど変化ないかあるいは定員が減少するのがせいぜいです。米国では薬理学、生化学など一つの部門に教授が10名、準教授10数名とたくさんいて、定員はvariableです。したがって、研究の内容に厚みがあり、ありとあらゆる分野をカバーでき、同じ大学でも多彩な研究を行っています。日本では一つの講座に君臨する教授一人に権力が集中して人事権も掌握しているため、教授のテーマ以外は冷や飯となることが多い。

7. グラントと給料が別枠のため問題点が起こりやすい

アメリカではグラントに自由度があり、一定の割合を給料にあててもよいことになっています。したがって、グラントがあたると自由にポスドクを雇うことができます。したがって、アメリカではポスドクは原則として3年までですが、グラントが続く限り大学が決めた(たいてい5ー6年)は同じラボにいることもできます。日本では研究費とポスドクの雇用は別問題で、研究費が余っていてもポスドクやら流動研究員の枠がない場合もあり、年齢制限なども雇用の枠に決められていてポスドクを長く続けるのはかなり困難です。

8. 移動のタイミングが難しい。

助手などfucultyであれば原則として任期はないので、次のポジションを外に求めるとしても、落ちついてゆっくり探すことが可能です。日本のポスドクの多くは2ー3年の任期制のため、赴任して実験に専念できるのは最初の一年くらいです。2年目になると当事者と直接関係ない気楽な(失礼)常勤の研究員やfacultyの人たちから来年はどうするのといわれだし、君のあとは誰がくるのかななどといくら悠長にかまえていようとしても出来なくなります。たいていは一年かそれ以上前から失業の不安をかかえながら次の職探しをしようとするでしょう。ところが、直属の上司に職探しがばれてその後再三にわたって嫌がらせを受けた例が後をたちません。というのは上司にとっては途中で穴を開けるのは損失のため、任期中ぎりぎりまで働かせようと考えています。途中でやめるのは契約違反といって、推薦状を書かないやら、応募先に電子メールやらで妨害したり、決まりかかっていたのを断るようにせまったりした例がかなりあるようです。

 

職場(ラボ)での問題点

1. 身分が不安定。

米国ではすでに確立した制度で、10名前後のラボ単位で運営されるための中心戦力であり、しかも上位のポジションすなわちassistant professorになるためにはポスドクを数年以上経験するのが一般的です。それに対して日本では従来はごく一部の機関(国立の研究所の流動研究員など)のみにポスドクのような任期付きの研究ポジションはありましたが、大学の多くは, とくに研究者の数が今よりも少なかった昔は卒後すぐに助手で採用されるケースが多くポスドクという制度は日本ではまだ比較的新しいポジションといえましょう。ポスドクの場合は採用時に任期(1年単位の更新で最長2ー3年)にかんする規定にサインした上で採用されるために、ごく一部の大学でようやく始まった大学教員(といっても教授でなくほとんどは助手)の任期制よりもさらにシビアに全員に任期が適応されます。もちろん欧米でポスドクをしてもこの点は同じなのですが、上記にのべたように次のポジションが日本ではないことに加えて、当事者にきいたところでは日本人特有の排他的、閉鎖的な社会がさらにポスドクのラボでの立場を悪くしているようです。

 

2. 雑用係になりやすい。

ポスドクの制度が新しいことと、テクニシャンが日本では大いに不足しているため、fuculty positionの研究者からお手伝いさんとして重宝されます。欧米ではテクニシャンが行うべきプロジェクトの末端の仕事を与えられ、あげくのはてに、first authorをとりあげられるくらいならまだしもacknowlegementに名前をまわされたという話もききます。トラブルがおきても2ー3年で1年更新の任期付きを理由に”いやなら辞めてもらうしかない”と簡単にいわれた人も知っているだけで数名もいます。

 

3. アカハラを受けやすい。

日本社会ではfairな議論よりどちらかというと陰湿なイジメが多い。米国では他民族であり、かつ内面にあまり立ち入らない(出身や年令、性別に触れることはタブー)ので学問的に激しくやり合うことはあってもfairであって人間関係に影響を残すことは少ないです。また、assistant professorの頃はラボも大きくないことも多く、少数でボスとの距離も近く、有名な教授でも日本のように威張ることなく、気軽に話ができます。日本では権威主義のため教授や部長のいうことが絶対なので、学問的にあるいはそこまでいかなくてもちょっとしたことで間違っていても逆らったら大変です。口をきかない、村八分、セミナーの際に再三にわたって実験内容にケチをつけるなどの陰湿ないじめをされた例がたくさんあります(リンク参照)。身分的に不安定で(身分証もなく外部機関の研究員という形が多いので健康診断なども受けさせてもらえない)講座制の最下層(大学院生がいるが学生は日本では可愛がられる。)に位置し、かつよそ者としていじめを受けやすい。ある研究所では研究員として派遣された形であったために、身分を示す公的書類やら次の就職の際の推薦状をここの職員でないのでややこしいといって拒否されたという事例あります。また、早めに次のポジションを探そうとしたのが上司にわかり、契約の中途での移動は認めないとして推薦状を拒否したり、応募先をしつこく尋ね妨害をしたりされた例もあります。これも教授を頂点としたピラミット型の講座制をとっているためか(上位の者が順次下位の者に権威を示す)、あるいは日本独特のイジメの体質があるためか?

 

(ラボでの実例)

1. 大学院を終えて希望にもえてあるポスドク研究員に応募したのに、常勤の研究室の人たちから”君も変わってるね。どこかの企業に就職するか、助手の口はなかったの?3年たったらどこもいくとこないよ。コンビニででバイトでもするんだな”と毎日のようにいわれる。

(世間での実例)

1. 保守的な日本社会にあってはマイナーな民族はすぐに差別、いじめを受けやすい。新しい人に会うたび、”失礼ですが”と前おきして(本当に失礼だよ。。)、それはpermanentなpositionなんですか。と質問される。それに続いて、その後はどうされるのですか?とつっこんでくる。日本人はこのような人のプライベートに入ってくる民族であることも相まってマイナーで不安定な日本での任期付き研究員は精神的にも痛めつけられている(アメリカではそのような失礼なことは尋ねられたことはない。。)

 

 結論

以下の条件を満たすのでなければ、日本でポスドクを行うことは身分が不安定な上に大変なリスクが伴い、失業の危険が非常に高い。とくに文系と違って研究者がいったん失業するとツブシがきかないので、大変です。雇う方はポスドクや非常勤の研究員はいい労働力なのでポスドクだけは(助教授やら講師は相変わらずないですが)近年ポスドク一万人計画のためか、ポスドクだけはやたらにたくさん広告がでているし、面接にいってもうまい話をするかもしれません。しかし、すぐとびついては危険です。ポスドクの後のことをよく考えとびつく前によく現状を知る必要があります。

(例外)

1. 強力なコネがあって、ポスドクを終えたらどこかに受け入れてもらえる見込みがあること。ただし、口約束だとやはり不安があります。

2. 超優秀でどこかにもぐりこめる自信のある場合。それでもポスドクをやるよりは助手で最初から採用された方が有利と思われる。なぜなら、卓越した研究をしても米国と異なり日本ではコネがなければ上位のポジションに就けない。逆に大した研究をしていなくても講座制の日本にあっては教授とうまくやれば 助手から講師、助教授までは上がれことも多いとききます。

 

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