
みんなの科学・たのしい実験室にちなむ事柄のミニ辞典です。今までの掲示板での発言やメールでお寄せいただいた情報その他などを,管理人が勝手に編纂いたしました。
・安井幸生さん。みんなの科学終了後もNHK教育テレビ(通信高校講座?)には何度か出演されていました。現在は都立高校の先生をされているようです。(ぎんちゃん・yokoyamaさん情報) 平成15年現在は,東京の杉並区立科学館の館長をされています。(ご本人情報) ・昭和46〜49年頃の司会は,「桂田実」(みのる?まこと?)とおっしゃる,俳優の田崎潤さんに似た印象の,割腹の良い方だった気が。そして,原田知世さんみたいな女性アシスタントがいました。(管理人Nishi情報) そのころ安井先生は科学実験グループで活躍されていました。 ※桂田実さんは,たのしい実験室の初期の頃に出演されていた黒川良康さんの事のようです。黒川さんは医学博士で動燃・放送大学に関係された方の様で,「桂田実」はテレビ出演の時の芸名だそうです。 ・番組開始から昭和46年頃までは,NHKの塚越靖一アナウンサーが司会をされていたようです。
当時もあまり知られていなかったようですが、昭和51年ごろの電子工作ものは、放送された翌月ぐらいに発売される「電波科学」という月刊誌に、回路図や解説が載っていました。その記事だけのためにこの雑誌を毎月買っていたので、間違いありません(笑)。日本放送出版協会(NHK出版)から出ていたと思います。 のちに雑誌名が何度か変わったあと※、つい数年前に廃刊になってしまいました。(oriheusさん情報 2002.01) ※『電波科学』(〜1985.3)→『エレクトロニクスライフ』(1985.4〜1996.4)→『パソコンライフ』(1996.4〜)と変わったようです。(Nishi)
・管理人も全く知りませんでしたが,日本放送出版協会『たのしい実験室』(1)なる書籍が出版されていたようです。当サイトをごらんになったMADさんに存在を教えていただきました。 なお,みんなの科学の黎明期調査で功績を残されたCauli.さんもご存知だったそう。世の中,なかなか知らない事は多いものです。 この本には,番組開始から昭和46年3月までの選りすぐりが紹介されているそうです。管理人Nishiは,昭和46年頃から放送を見始めたので,これで待望のトワイライトゾーンが明るみに出されたわけです。 なお,MADさんに本の内容を教えていただきました。→ NHK『たのしい実験室』(1) ※なおMADさんはリレー式電卓という,大変なものを製作されている方です。→ MAD研究所 (2001.12 Nishi)
・それは電子工作の放送の時,その難易度を発光ダイオードのマークの数で示しているのです。ただしこれは番組終了前1・2年の頃だけの制度です。(ぎんちゃん情報)
・昭和30年頃,マブチモーターで有名な東京科学株式会社(現:マブチモーター株式会社)で使われていたキャラクターで,同社提供の子供向け科学番組に出演していたようです。(下図参照) ただし,放送はアニメではなく人形劇だったそうです。(MHRさん情報) おそらくター坊が"ボケ",モーちゃんが"ツッコミ"という形態で番組が進行したであろう事が想像されます。(Nishi) ![]() 誠文堂新光社刊『子供の科学』1962年2月号裏表紙のマブチモーターの広告より
・昭和37年頃から続くグループですしその実体もまだ謎に包まれており,全ての解明はこれからの調査を待たねばなりませんが,昭和52〜終了までで出演された方をリストアップしました。 伊知地国夫さん 現在科学写真家。H11.12にNHK教育『やってみよう・なんでも実験』に出演されています。H14.8に『ホントにうつる!手作りカメラ』という本を出されました。
・放送ライブラリーに、私が生まれる前(うひょ〜)のが1本あるみたいです。(ぎんちゃん情報) ・ぎんちゃんに教えていただき,実際に見てきました。「放送ライブラリー」は横浜ランドマークタワーの近くです。残念ながら収蔵されていたのは「たのしい実験室」ではなく「未来への道」の,S40年4/16放送「科学技術館をたずねて」です。(Nishi)
・日本短波放送という意外な媒体を使って『ジュニア電子教室』というラジオ番組が毎週日曜のお昼に(午後0時から20分)放送されていたようです。放送のタイトルで分っているのは, 「静電気の手品」 「みんなの試作室」 「公開録音・クイズ劇場」 「超音波利用のいろいろ」 「今月の電気工作・お風呂ブザー」 電子教室という名称ですが,幅広く科学の話題を取り上げていたようです。(Nishi)
これにつきましては,SNAKEHEARTさんという方が長髪美女の研究を行っているご自身のHPで、詳しく事情を説明していらっしゃるのを見つけました。以下少々長いですが引用させていただきました。 ---------------------- 現在は幼児向けのアニメ等を放送している教育テレビの午後5時半〜6時の時間帯ですが、'70 年代には「みんなの科学」という番組が放送されていました。1974年の8月26日( テ−マは" 火山" でした) にたまたま「みんなの科学」を見たら、柴山佳子さんというとっても長い髪の女性が出てらっしゃいました。 頭の後ろで1本にくくったポニ−テ−ルヘアでして、最初は「この人、髪の毛長いみたい」くらいに思っていたのが、髪の先まで見えたらその髪が腰の下の方まで伸びていたのにもう感激し、その日以降、勉強嫌いの私が、柴山佳子さんの髪を目当てに毎日「みんなの科学」を見るようになりました。柴山佳子さんは大体隔月の月曜日に出てらっしゃいまして、4回に1回( 月1度) くらいの割合でアップヘアにしていましたが、大抵は腰の下の方まで伸ばしたまっすぐな長い髪を1本にくくっていました。髪が最長だったのは'75 年の6月23日( テ−マは" 通信" でした) で、その日はポニ−テ−ルの長い髪の束が体の前方にかぶさってきて、その髪の先は下腹を超えるあたりまで長く長く伸びていました。長さはもう1m近かったんじゃないでしょうか。私よりも10才以上年上の女性でしたが、このシ−ンを見て心拍数が3倍くらいになってしまったようで、初めて" 女性" を意識させて下さった方かも知れません。
私は当時、あの堅苦しくてうるさいNHKがよくこんなに長い髪の女性を使うなぁと本当に不思議に思ったのでしたが、その疑問が真実だったのか....75.6.23を最後に「みんなの科学」で柴山佳子さんを見かけなくなりました。 そんなこんなで柴山佳子さんを見かけなくなって約2年が経過した1977年のある日、ある週刊誌を見ていると「TVで活躍する女性レポ−タ−達」なる記事の中になんと柴山佳子さんが載っているではありませんか!....ですが、その髪は......2年前の1m近くあろうかという長い長い髪とは似ても似つかない肩にやっと届くかくらいのセミロングになっていたのでした。その時の私の受けたショックは並大抵のものではありませんでした。女性が髪を切ったことによって、奈落の底に落ちたような大きなショックを味わった最初の経験でした。(当時「そうなんですよ、川崎さん」で有名だっ「アフタヌ−ンショ−」でレポ−タ−をしているということでした) さて、前フリがやたらと長くなりましたが、私がお尋ねしたいのは、柴山佳子さんが髪を切られたのはいつ頃のことか、またそれは1m近い超ロングヘア−を一気にショ−トにしてしまったのか、あるいは徐々に短くされたのか、ご存じの方がいらっしゃいましたら、お教え頂きたいな−ということなのです。 皆様、これを読まれていて、“なんて、アホらしいんだろう”と思われたでしょうが、私にとっては本当に忘れられない女性で、尚且つ、少年時代の心の傷なんですよね(かと言って柴山さんを恨む気はありませんが)。 ---------------------- ということで,私の「たのしい実験室」に対する想い同様・SNAKEHEARTさんの柴山佳子さんに対しての想いは熱いです。柴山佳子さんが髪の毛を切られた事情をご存知の方はぜひご連絡を。→ snake@kcn.ne.jp また長髪美女についてより深く学ばれたい方は,SNAKEHEARTさんのHPを。→ 中年 ロングヘア− |
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