

私の医院を訪れる外傷の患者さんで一番多いのは切り傷です。これはどこの外科系の医療施設でも同じでしょう。しかしありふれた小さな切り傷であっても、顔や手など目立つ場所では、治療しだいで患者さんに後々思わぬ苦痛を与えてしまう可能性があるのです。
最近では形成外科医でなくても、顔のように目立つ場所を縫合しなければならない時には、細いナイロン糸を使うようになりました。さすがにかつての様に太い絹糸できつくし締められた傷を見ることはほとんどありません。でもそれだけでは目立たない傷に仕上げることはできません。
左の症例は当院受診前日に、他の医療機関で縫合を受けていました。しかし傷が残ることを心配して当院を受診されました。縫合糸が太く縫い幅が大きかったので、抜糸して縫合し直しました。線状の傷あとが残っても後で簡単に修正できますが、糸のあと (これをスティッチマークと呼びます) が傷と直角に何本も残ると、修正がかなり面倒になるからです。右の写真は当院で縫い直した状態です。
右の写真の方は2歳頃に左頬の切り傷に対してある医療機関で縫合を受けました。糸が太くて絞め方もきつかったためにスティッチマークがつき、このようにかなり目立つ傷が残ったため、当院で W 形成術を行いました。左側が術前、右側が術後1年の写真です。
細いナイロン糸でゆるく結び皮膚の表面を傷つけないように注意し、1週間以内に抜糸すれば、スティッチマークの発生は予防できます。縫合糸できつく皮膚を締めつけると、その部分が血行障害を起こし、皮膚が死んで瘢痕と呼ばれる組織ができます。それがスティッチマークの正体といわれています。
気をつけなければいけないのは、元の場所と少しでもずれて縫合されると非常に目立ってしまう部分が切れた時です。たとえばこの症例のようにくちびるを切った場合です。口唇は粘膜の部分 (唇の赤い部分) と白い皮膚の部分がありますが、その境目がずれてしまうと、どんなに丁寧に縫合しても傷が目立ってしまうのです。ですからこの部分を縫合する時は、0.1mm でもずれることがない様に細心の注意を払って縫合しなければなりません。
唇のほかでは、まぶたの縁や眉毛部分が切れた時にも同様の注意が必要です。
これは2歳男子の症例です。誤ってどぶに落ち、その際おでこに傷を負いました。傷は土で汚染していました。この場合は単純に縫合するわけにはいきません。
まず局所麻酔をし、きれいな歯ブラシで傷をブラッシングします。この際徹底的に土や汚れをかき出します。これは細菌感染を予防するためだけでなく、傷に細かい砂などが残ると、一生取れない入墨 (イレズミ) になってしまうことがあるからです。
次に傷の形を単純にして縫いやすくします。カギザキになったままの傷はきれいに縫えません。この症例では青いインクで描かれた線に沿ってメスで切開し、思い切って皮膚を切除しました。それは中途半端にしか皮膚を切り取らないと、術後感染の恐れが強かったからです。
傷をきれいにして感染の恐れがなくなったので、細い透明のナイロン糸で、下縫い (真皮縫合) をしました。この糸は一生抜糸されずに皮膚内に埋まっています。そのおかげで傷が広がらずに細いまま維持され、目立たない傷になるのです。
最後は仕上げの皮膚縫合です。皮膚自体は真皮縫合の段階でほとんど合っているので、表皮がずれない程度に、黒いナイロン糸でゆるく縫合します。右の写真は受傷後2週間のものです。
それでも傷が目立ってしまったら
ナイフやガラスでシャープにきれた傷は比較的きれいに縫合できます。鈍的なものにぶつかって裂けたような傷でも、皮膚を切除して傷を単純にすれば、きれいに縫合することが可能です。しかし時にはいろいろな原因で、形成外科医が縫った傷であっても、少し目立った傷になってしまう場合があります。そのような時は傷が完全に落ち着いてから修正手術を行います。
左上の写真が術前、左下が術後です。この患者さんは他の医療機関で最初の縫合を受けましたが、右頬部の傷あとが目立ちます。下くちびるの粘膜 (赤唇) と皮膚 (白唇) の境目がずれていて、これも非常に不自然です。修正する際はまず赤唇と白唇の境目のずれを直します。それから右頬の傷をジグザグに切り直して丁寧に縫合しなおします。

このようにジグザグに傷を縫う手技を W 形成術と呼びます。このように傷を縫い直すと、1本のまっすぐな傷よりはるかに目立たなくなります。右上の写真が皮膚切開のデザインです。縫いあがると右下の写真のようになります。
修正手術前は笑ったりすると傷が ヒキツレ てより目立ってしまったのですが、傷をジグザグにすると ヒキツレ がとれるため、表情を変化させても傷が目立たなくなりました。