通算NO.72 兄弟を殺すこと

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創世記 4:8 しかし、カインは弟アベルに話しかけた。「野に行こうではないか。」そして、ふたりが野にいたとき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。”

本日は”兄弟を殺すこと”という醍でメッセージしたいと思います。
冒頭のテキストは創世記の記述です。創世記に関してこの書は聖書の苗床であるとある人がいいました。この書にはその後、起きてくる多くのことがらの最初の発端、物語が記されているからです。
例えば、人間の大きな問題は罪です。その罪について聖書の上で学びたい時、創世記の物語は役たちます。創世記には最初の人間の罪について書いてあります。すなわち、アダムとエバの物語です。何故人が神の前に罪を犯してしまうのか、ここに記された記事を読む時、多くの語られることがあるのです。

また、創世記には最初の男と女、そして結婚が書かれています。この男と女が結婚する関係はキリストと教会をさすものであり、この奥義は大きいのです。

さて、それとともに最初の兄弟関係について書いてあります。すなわちカインとアベルです。そして、驚くべきことには、この世界で最初の兄弟の間に殺人が起きるのです。

時代が進み、多くの人が地に増えた後なら、その中には少しは悪い者もいて、人を殺す人も出てくるでしょう。しかし、まだ世界中に兄弟がたった二人しかいないその時、すでに殺人が起きているのです。

ですから、この”兄弟間における殺人”ということには何か意味のあること、聖書が語ろうとしていることがらがあることが類推できます。

最初の人、アダムの罪を通して聖書は我々に多くの教えを与えています。
また、最初の男と女の結婚を通して聖書はキリストと教会という奥義を語っています。同じように、この最初の兄弟間の殺人ということを通して聖書が語っていることがあるのではないかと類推できないでしょうか。

また、聖書をよく読む時、その中で兄が弟を殺すという話がめだって多いことがわかります。姉が妹を殺すという話は皆無です。夫が妻、妻が夫を殺すという話もほとんど思い出せません。しかし、兄弟間の殺人、しかも決まって兄が弟を殺すという話が多いのです。

このことを通して何か神が語っていること、教えようとしていることがあるのです。

私はこれは終末に起きてくる兄弟間の殺人を予表しているのではないかと思っています。
何故なら、聖書には終末の時代に関してこう書いてあるからです。

”マタイ10:21兄弟は兄弟を死に渡し、父は子を死に渡し、子どもたちは両親に立ち逆らって、彼らを死なせます。”

終末には兄弟が兄弟を死に渡すという形で殉教がおきてきます。そのことを予表して書かれているのではないかと思うのです。

兄も弟も神の民です。しかし、神の前にはこの二人には区別、区分があります。
そのことを聖書はそれぞれの箇所で語っています。聖書に記されているいくつかの兄弟の関係を一つづつ見ていきたいと思います。
 
カインとアベル
”創世記 4:3、4 ある時期になって、カインは、地の作物から主へのささげ物を持って来た。
 また、アベルは彼の羊の初子の中から、それも最良のものを、それも自分自身で、持って来た。主は、アベルとそのささげ物とに目を留められた。”

カインは地の作物を主にささげたことが書いてあります。しかし、主はそれには目をとめられなかったことが記されています。聖書の中で地と天は対照的に書かれています。クリスチャンはエペソ書によれば”天に座するもの”であり、アブラハムの子孫、天の星です。カインのささげものはこの世、地上のものであり、それに神が目をとめなかったことがわかります。

それに反してアベルは”羊”を、”最良のもの”をささげています。神は彼のささげものに目をとめました。そして、兄が弟を憎んだのは自分のささげものに神が目をとめなかったからです。そして、その怒りは弟を死にいたら占めます。
この2種類の人は2種類のクリスチャンの型です。一方は他方を迫害し、そして終末のときには死に至らしめます。

エサウとヤコブ
創世記 27:36 エサウは言った。「彼の名がヤコブというのも、このためか。二度までも私を押しのけてしまって。私の長子の権利を奪い取り、今また、私の祝福を奪い取ってしまった。」また言った。「あなたは私のために祝福を残してはおかれなかったのですか。」

創世記 27:41 エサウは、父がヤコブを祝福したあの祝福のことでヤコブを恨んだ。それでエサウは心の中で言った。「父の喪の日も近づいている。そのとき、弟ヤコブを殺してやろう。」

エサウがヤコブを憎んだのは弟に祝福があり、自分には祝福がなかったからです。自分が押し退けられたからです。終末にもこの区分は起こるでしょう。その働きにおいて、歩みにおいて神の祝福を受けるクリスチャンとそうでないクリスチャンとの区分です。そして、その違いが殺意にまで至る日がくるでしょう。

ヨセフ
創世記 37:4 彼の兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。
創世記 37:19 彼らは互いに言った。「見ろ。あの夢見る者がやって来る。
創世記 37:20 さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」

兄達は弟が父に愛されているのを見て怒りました。同じことが終末にもおこります。

しかし、私たちにあっては終末における主のみこころを行っていきたいと思います。

ー以上ー

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