慶應義塾2000年度後期共通ページ


音楽への今日的アプローチ、日本伝統音楽論

みなさん、良い夏休みでしたか?

さて、2000年の後期ですが、少し趣向を変えてみようかと思っています。

今年度前期は、学生が電脳環境に適応してこないことに悩みましたが、よく考えれば、このコマは必修でもなく、好きな学生が好きにやっているだけなので、無理に電脳化しなくても良いと思うことにしました。

また、学生発表を募っても乗ってこない場合がありましたが、これも無理にそうさせる必要がない、と思うことにしました。

今期はかなり学生の自主性に任せた、言葉を換えれば突き放した形で、二つの講義を進めて行こうと思います。

◎ 音楽への今日的アプローチ 2000−2 「現代視聴覚メディア・リテラシー」

私たちは今日、テレビ、ヴィデオ、DVD、ゲームなど、様々な視聴覚メディアに取り囲まれて生活しています。そういう、身の回りのメディアに流されず、これらを「読み解く」ことを「リテラシー literacy 」と呼びます。リテラシーの反意語はイリテラシー= 文盲、ということから、その意味が汲めるでしょう。盲目的、受動的にメディアに流されていると、とかく私たちはいい加減に時間を潰してしまったり、思ってもいない行動に駆り出されたりします。また、メディアを仕掛ける側の人は、例えばCMを打って、顧客がそれ以前には思ってもいなかった購買行動を起こさせようとしたりもするわけですね。

そういう問題について、取り扱おうと思います。

後期の最初の数回は、映画の視聴覚リテラシーを、とりわけセルゲイ・エイゼンシュタインなど古典的な映画作家の作品などに即して検討してゆきます。学生発表を募りますので、このテーマに添って面白いプレゼンテーションが出来そうな人は検討してみてください。詳しくは来週相談しましょう。

今週は、1999年前期の最終回と類似のイントロダクションで、エイゼンシュタイン「戦艦ポチョムキン」から『オデッサの階段』の場面、同じくエイゼンシュタイン「アレクサンドル・ニェフスキー」から『氷上の闘い』の場面、チャップリン「独裁者」から、ラストの演説の場面を取り上げます。

◎ 日本伝統音楽論2000−2 「『日本』と『伝統』のシナリオを作りなおす」

皆さんは「日本」がいつ出来たと思いますか? 卑弥呼が「親魏倭王」とかいうハンコを貰ったころだろうか。ヤマト朝廷の統一? 聖徳太子が小野妹子を遣隋使に送った辺り? いろいろな意見があると思います。

もう一つ、皆さんは「国民国家」という概念を知っていますか? nation state の訳語ですが、この国民国家というものがあるらしい。では、国民国家としての日本が出来たのはいつ頃でしょう? 日本の伝統、と我々が思っているものは、いつ頃作られたものなのだろうか。

前期から、このような主題でものを考えながら具体的な事例に触れています。今期はこれを別の角度から考えてみたいとおもいます。

参考書として、面白いものを指定してみます。とりあえず

手塚治虫「陽だまりの樹」全7巻
手塚治虫「シュマリ」全3巻

と、コミックを二つ指定しておきましょう。ほかに白土三平「カムイ伝」なども取り上げようと思いますが、まだ僕自身、読み直していないので、追ってということにしたいとおもいます。

最初の数回は「日本」と「そうでないもの」との危うい境目を、具体的な事例のコンテンツに当たりながら考えて行きたいとおもいます。すなわち「国内」とされる側では琉球やアイヌの伝承を、「国外」とされるものからは韓国や台湾、中国などの事例を扱ってみようと思います。

これも学生発表を募る予定ですので、意欲のある人は申し出て下さい。

どちらのコマも、面白い半期に致しましょう。

Links to other sites on the Web

ホームへ


このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ