邯鄲

デュシャンとケージによる能オペラ

・・・薪能オペラの制作・試演


アートキャンプ白州 '99

NO-OPERA POUR MARCEL DUCHAMP ET JOHN CAGE

QUAND TEMPS

邯鄲

デュシャンとケージによる能オペラ

伊東 乾(1999-2000)

QUENNES ITEAUX

詞  M.DUCHAMP, J. CAGE, ZEAMI(世阿弥)

1999-Aug. 白州ヴァージョン

1999年 8月9日〜12日、山梨県白州町での「アートキャンプ白州」で、能を制作しつつ考える プロジェクトを行います。

・前史と動機

1998年、筆者はマース・カニングハム舞踊団による公演、ジョン・ケージの「遺作」 『オーシャン』に参加した。「オーシャン」はジョンとマースの最後のコラボレーションで、アイデアの僅かなメモが遺されていただけのものを、ジョンのアシスタント、アンドリュー・カルヴァーらが楽譜を起こして復曲完成したものである。「オーシャン」と並んで、ジョンが遺したプランの一つに、マルセル・デュシャンによる能オペラ「エタン・ドネ」の構想があった。こちらは構想のみで、多分補作などは不可能であろうと考えられている。

筆者にとって「オーシャン」の体験は小さからざるものだった。<オーシャン以後>の仕事として99年に入ってから大野一雄、磯崎新、一柳 慧氏らとの「テロスを消去・・・1999」、大野氏、増田秀夫氏、中村仁美氏、高原聰子氏と新星日本交響楽団による「大野一雄のための『石の幽霊』という二つのプロジェクトを持ったが、これらを経て更に次の展開を考えるところで、ケージの遺した「能オペラ」のアイディアを自分の文脈で読み替えてみようと思った。今年度のNTT・CS基礎研究所の通年委嘱をこれに宛て、一つの完成物を作るというのではなく、幾つかのヴァージョンを経てある可能性の束としてのフォームを作りたいと考えている。

デュシャン、そしてケージによる「能オペラ」として、古典の「邯鄲 かんたん」を主要なテクストとすることにした。さらにこれに地口としてフランス語のQuand (いつ)Temp (時)の二語を宛て、デュシャンやケージのテキストを引きつつ幾つかのヴァージョンを考えたいとおもっている。「邯鄲」の詳細については追ってフォローをアップロードする予定。

・上演形態の特徴

「オーシャン」では、晩年のケージに良く見られる「タイム・ブラケット・ノーテーション」が採用された。これはストップウオッチで全体を制御し、その中でズレが発生する仕掛けである。筆者はここに、恣意性とは違う間身体的な関係性による偶然パラメータを導入したいと考えている。具体的にはチェスのゲームを並行して進行させることを考えている。将棋や囲碁のテレヴィ放送で「3六金」といった駒手順が読み上げられるが、チェスのゲームの時間を外側から既成するルールがあり(マキシマム・ミニマムなどが制御できる)その中で一定のルールに従いながら関係性の中で変化が起こってくる仕掛けである。たとえば一柳 慧、宮脇愛子、木幡和枝、あるいは田中泯といった固有名詞をもつ指し手を考え、彼ら彼女らのゲームの進行と関係、あるいは無関係の関係をもちつつNO-OPERAを進展させようとの目論見である。これは先々、麻雀などでも行ってみたいと思っている。「易経」などへの興味から容易に想像がつくとおり(あるいは想像されないか?)ケージは、頻度こそ少ないが雀卓を囲むのを好んだという。プロ雀士としてもニューヨークで食べることができた一柳 慧氏によれば、ケージの麻雀はすぐ顔に出るものだそうで、およそ上手いとは言い難いものだったらしいが。ケージ、小杉武久、武満 徹、一柳 慧などというメンバーで囲んだ卓もあったらしい。(見てみたかったものだ)

閑話休題。二つの数字と一つ若しくは二つの駒の名前がアナウンスされて、これを契機としてイヴェントが進行してゆく。

秋以後は、敬愛する詩人の守中高明氏とネットワーク上でテクストのための往復書簡などを行って、上に挙げた様な複数のテクストをいかに構成・反構成するかを考えたいとおもっている。2000年1月8日に行う新潟市民芸術文化会館能楽堂「武満徹追悼プロジェクト『音の河』」では、観世榮夫氏をシテに迎えて短い「新潟版・傘の出・夢の段」を上演する予定である。今回の白州では参加者という偶然を引き受ける形で、そこでの解を求めて行きたいとおもう。

もう一つ興味があるのは身体技法としての能楽や声の問題である。身体の深い(/浅い、様々な)水準で演奏・パフォームを「引き受ける」ことに興味を持っている。

参加予定者として事務局及び伊東に直接お話があった方は7月15日時点で以下の通りである。敬称は略させて頂いた。

桶川幸子

小宮寛子

井上明子

岡本理世

光沢 遼

横山太郎

濱崎加奈子

村岸祐季

Maureen Freehill 他1名

日高ふみえ?

青木涼子

森田都紀

青木 茂

伊東 乾

近々再度、確認のお問い合わせを予定していますが、まだ余裕がありますので、どうかふるってご参加をお願いしたいと思っています。

・具体的な準備1 能楽

お謡や四拍子(とりわけ今年度は能管)に関する基礎研究プロジェクトをNTTで進めている。これとの関係で、能楽の身体に関わるワークショップを準備したい。もとよりここでは古典の伝授が目的でもなく、その余裕もない。ここではそのような身体の読み替えの可能性を身体で検証することに焦点を絞る予定。

・具体的な準備2 装置

建築家の青木 茂氏に装置や装束などのアイディアとコンテを提供していただいている。基本的な発想としては、そこにあるものを読み替えることと、新たに加えられる最小限の要素でどれだけ「デュシャン / ケージによる」と言えるところまで持って行けるかが問題となると考えている。これについては追ってリリースを続けたい。 周知のように能の舞台は極めて簡素で、「塚」なども即日用意できるほど シンプルなものを用いる伝統がある。デュシャンあるいはケージを参照しつつ このような「小さな舞台」の可能性を考えることは、現時点でパフォーミング ・アーツの方法を考える上で高い実効性があると思う。

・具体的な準備3 テクスト

世阿弥のテクストではとりわけ「邯鄲」の後半、夢から醒める直前の夢想部分に興味がある。以下関連しそうな部分を抜き書きしておく。

「さてハこれなるが聞き及びにし邯鄲の枕なるかや。これハ身を知る門出の 世の試みに夢の告 天の興ふることなるべし」

「一村雨の雨宿り、一村雨の雨宿り、日ハまだ残る中宿に仮寝の夢を見るやと邯鄲の枕に臥にけり 邯鄲の枕に臥しにけり」

「謡う夜もすがら、日ハ又出でて明けらくなりて、夜かと思へば昼になり、昼かと思へば月またさやけし 春の花咲けば 紅葉も色濃く 夏かと思へば 雪も降りて 四季折々ハ目の前にて 春夏秋冬萬木千草も一日に花咲けり 面白や 不思議やな」

「かくて時過ぎ頃去れば。五十年の栄華も尽きて、眞は夢の中なれば 皆な消え消えと失せ果てて ありつる邯鄲の枕の上に 眠りの夢ハ 醒めにけり」

「栄華の程は五十年 さて夢の間は粟飯の 一炊の間なり 不思議なりや 計り難しや つらつら人間の有様を案ずるに 百年の歓楽も 命終われば夢ぞかし」

「何事も一睡の夢 南無三寶 南無三寶 よくよく思へば出離を求むる知識はこの枕なり げにありがたや邯鄲の げにありがたや邯鄲の 夢の世ぞと悟り得て 望み叶へて帰りけり」

ほかにデュシャン及びケージなどのテクストをアップロードする予定。

・具体的な準備4 身体技法と公演

限られた時間と機会を出来るだけ「そのとき 其処」でなくては叶わない内容を見出して、小さな公演を幾つか重ねたい。11日の夜を予定して、火を焚く薪能を適切な舞台で行うのをもって最も大きな公演として、近隣住民などにも公開する方向で準備しているが、専ら参加者の為のランを数回行って、それらの結果をフィードバックしてゆきたいと思っています。

8/9(月)〜12(木)3泊4日

リーダー:伊東乾(作曲・指揮)ほか。定員20名。

費用;30,000円(宿泊、食事付)

お問い合わせ 舞踊資源研究所・東京 斉藤 朋

mailto:artcamp@adgnet.or.jp

http://www.adguard.co.jp/artcamp/droe/

tel:03-5340-3860

fax:03-5340-3861

アートキャンプ白州のホームページへ

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