はじめに


最近、めっきりマイケルのCDがない。どうしたことやら、トホホ


私は、マイケルジャクソンのファンだ。といっても1度もコンサートに行っていない悲しいファンだ。でもめちゃめちゃ好きだ。マイケル関係のCDはおよそ25枚くらい持っている。

では、激論スタート。


第1章 マイケル歌い始める。

マイケルはね。知っていると思うけど。10歳にも満たない子供のころから歌っているんだ。

その時マイケルは、ジャクソンファイブっていう兄弟で幼いながらボーカルを務めていたんだ。えらいもんだ。それでいろいろ歌って、ダイアナ・ロスが、ジャクソンファイブを見出したといわれている。(エドサリバンショー参照)。でもこれは、本当は、バンクーバーズっていうバンドがあって、この人達に見出されたらしい。

そして、マイケルが大人になる。変声期を迎える。周りからは、もうだめだと言われた。でもマイケルはこの変声期によって大きく変貌し、成功した。私の意見だが、マイケルは変声期によって声に妙な色気が出てきている。つまり声はよくなったのだ。すごいね。このころジャクソンファイブから、チーム名をジャクソンズに変更し歌い始める。

マイケルは、ジャクソンファイブのころにはモータウンていう所に所属していた。でもモータウンていうところは、黒人の歌手には、スティービーワンダーくらいにしか作曲権を与えていなかった。このため、マイケルたちの自分の音楽を作りたいという気持ちは、非常に抑圧されていたんだ。そしてザ・ジャクソンズにチーム名を変更しEPIC SONYに移籍した。そして、兄弟達と自分達が本当にやりたかった音楽をやり始めた。


第2章 ブラックミュージックからポップスへ

僕としては、ジャクソンズの時の音楽感は非常に好きなのだが、マイケルは、ジャクソンズの時に、非常にアメリカの古来からのブラックミュージックより、もっと新しいポップスに憧れておた。そこで兄弟と音楽的に、いさかいが絶えなり、ソロデビューをした。そして、永遠の傑作:アルバム”OFF THE WALL ”が生まれる。これはマイケルジャクソン最初のアルバムだが今の人達は知らないかな。僕がマイケルの出したアルバムでは1番だと思う。そのクオリティーにおいて他のアーティストの追随を許さない。この後、マイケルは、スリラー、バッド、とスター街道の王道を行く。デンジャラスの時、例の幼児虐待疑惑があったが、こんな事件なんて、ひどい中傷だよ。マイケルのアーティストとしての資質に何のマイナスになりえようか。それよりもマイケルが歌わずに身を隠さなければならなかったことの方が、罪が重い。なぜならマイケルは1曲でも多くのよい曲を残さなければならないという宿命を持っているのだから。

でも、マイケルもその後、ヒストリーとblood on the dance floor と偉大な作品を排出しつづけている。頑張れマイケル。


 意見

(小話1)僕が思うには、洋楽の欄で、マイケルジャクソンの分類はポップスだ。なぜならマイケルはking of popsと呼ばれていたじゃないか。ジャクソンズの時代ならまだわかるが、現在のマイケルの分類は、ポップスだと強く言いたい。

(小話2)僕が、マイケルを知ったのは、高校生の時だった。例のブラック オア ホワイトである。そして、バッド、スリラーと手を伸ばしていき、オフ ザ ウォールと買い進めていった。ちなみにオフ ザ ウォールの時、私はそのCDジャケットのマイケルがマイケルと判別できなかった。何しろ。ブラック オア ホワイトの時は、完全に白人なのに、オフ ザ ウォールの時は、完全に黒人だもん。驚いてしまった。

(小話3)マイケルジャクソンのCDを探していたらやたらとマイケルGがでてくるのはなぜ?

(小話4)マイケルジャクソンとジャネットジャクソンが兄弟って知っているよね。 

(小話5)遺伝子ってあるよね。親の遺伝子が子供に伝承されるっていうあれ。私としては、マイケルに限りなくたくさんの子供を作ってもらいたいな。きっとその子達は歌がうまいんだろうな。

(小話6)知っていると思うけど、マイケルとポールマッカトニーは何度か、共演したことがある。その時、SAY,SAY,SAYっていう曲を残している。僕は、ビデオでしか持っていないが、どうやら、この曲、ポール・マッカトニーさんのアルバム「PIPES OF PEACE]にでているらしい。また、「THE MAN」という曲でも、共演しているらしい(thanx KIMOさん)


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